仮面ライダー鎧武 The Genesis of Children   作:裏腹

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Episode.04 Guilt

『今回騒ぎになった改造ロックシードに関してですが、私共は一切の関与を否定させていただきます』

 

『ですが、改造の元となった商品は御社のものということになっておりますが、そのことについてはどのようにお思いでしょうか?』

 

『……………………』

 

『何か言ってください』

 

『それは……』

 

『責任問題ですよこれは!』

 

『今後の対応はどうされるおつもりですか!』

 

『……申し訳、ありません』

 

『謝れって言ってるんじゃないんです! 被害が出ている中で、そちらがどうするのかと具体策を――!』

 

 

 

 箱の中に、酷い茶番を見た。

 頼りない見てくれの老人が背広を着て、まるで処刑のようにカメラフラッシュの集中砲火を浴びている。

 そして記者に迫られ、薄れた頭頂部を晒しあげる。見る者は皆一様に「ハゲ頭」と小馬鹿にすることだろう。

 先日起こった改造ロックシードのパニックによって、ついにだんまりを決め込めなくなったユグドラシル。

 開いた記者会見で何を言うかと思えば、出てきた言葉は責任逃れ。

 この社長の本意か、それとも別の誰かが考えた言葉か――後者だろう。

 液晶越しで冷ややかにその様相を見物する光汰は、そう思う。この企業の深い闇を、知るが故に。

 

「……とんだ傀儡社長だ」

 

 消え際のテレビが映し出したのは、押し寄せる記者達を必死に止める老人の姿だった。

 光汰は呟き、テレビの電源を落とした。

 

「ってて」

 

 自分の芯を探し出し、決意を固め、変身して、インベスを倒したあの戦いから、一夜明けた今日。

 あれから光汰は死んだように眠って、つい先程――午前一〇時に目覚めたところだ。

 疲れが抜けきらぬ肉体を蝕む痛み、正体は筋肉痛。長らくまともな運動をしていなかったツケが、今になって回ってきたらしい。

『張り切りすぎたか』。

 ソファに身を委ね、内心でそう漏らした光汰。の、前に出されたお茶。

 

「飲んで」

 

 という茉優の言葉を伴って。

 

「わり、ありがと」

 

 茉優は盆を床に置き、テーブルの前に座った。

 

「どうするの? これから」

 

 そして投げかける、一つの問い。

 気持ちを決めたはいいが、気にすべきは今後のこと。

 

「戦う――って言っても、なぁ」

 

 茶をすすりながら、うようよと漂わせる視線。

 虱潰しに立ちはだかるインベスを倒していったところで、相手は複数犯。

 明らかに一人による犯行ではないし、徒党を組んでいる可能性さえ考えるべきだ。

 対してこちらは、たった二人。

 一方的な消耗を強いられる、そんな中で戦い続けるのは冴えたやり方ではないと、じり貧だと。茉優でも理解できる。

 だからこそ、テーブルの上でだらしなく伸びた。

 

「うー……どうにかしなきゃ、だね」

 

「とりあえず、まぁ」。

 光汰がおもむろに湯呑みを傾けながら、言葉を紡ぐ。

 

「明日も見えない状況だけど、当面はがむしゃらに動いていくしかないだろ。今はきっと、立ち止まるところじゃない」

「ん、そうだね」

「だけど、あんな無茶はもう二度とするなよ」

「え、あー、うげ」

 

 次いで肯定を示した茉優に向けて、突き刺すような眼差しを送り込む。

 それによってわかりやすく焦る茉優。その頬には、冷や汗が一滴、たらりと。

 

「昨日のアレは正直肝が冷えた……俺のせいでもあるけど」

「ご、ごめん」

「いいか、もう一人じゃないんだ。無理なら頼れよな」

「はーい……」

 

 そんな具合にばつが悪そうにする茉優から反省の念を感じた光汰は、ようやっと彼女から注意を逸らした。

 

(まったく、すぐに無理するんだからな)

 

 尤も独白は、未だ続いているようだが。

 

「さて、と」

「お、もう時間か……」

 

 露知らぬまま立ち上がったと思えば、エプロンを脱いで、自分の湯呑みを片し始める茉優。

 どうやらどこかへと向かうつもりのようだが、これは言うまでもない。

 

「んじゃ、いきますか」

 

 光汰も察したのだろう、腰を浮かせてホッと一息吐いて、

 

「バイト」

 

 湯呑みをそっと置いた。

 

 

 

 コトッ。

 

 

 

「お待たせ致しました、チョコレートピーチになります。ごゆっくりどうぞ」

 

 客にパフェをが配膳する、ウエイター。いまいち冴えない、ウエイター。

 光汰からすれば二度目のバイト、ということになるのだろうが、その手際に滞りはない。

 それどころか鮮やかとすら云える仕事ぶり。

 考えられる理由は、ひとえに頭の回転の速さ――だろうか。

 

「すっかり板についたね?」

「おかげさまでな」

「これも教育係が良かったからかな~?」

「無駄口叩くな」

「うぃーっす」

 

 先輩風を吹かせ、白々しく自賛する茉優の調子もなんのその。

 光汰はあっさりと流して、阪東から渡された特大のフルーツ盛り合わせを運ぶ。

 

「お待たせ致しました、果実之塔・松になります」

 

 配膳先はボックス席で、予想通りの大人数。

 彼らが座するテーブルに注文の品を置くと、「おおおお」なんて歓声も上がった。

 どうやら大学生か何かのようだ。

 

「ごゆっくりどうぞ」

 

 昼間から元気に騒ぐ若人らにそう言い残し、すぐさま近くのテーブルへ。

 今しがた空席になった場所だ。卓上には盛られたものを綺麗さっぱり失くした食器があった。

 そう時間が経たぬうちに茉優もそこへ来て、散り散りの器を片づけていく。

 

「うっへえ、うめえコレ」

「でしょ?? 伊達に雑誌ですすめられてないわ」

「なんかもう一個頼んでも食えそうだわ」

「腹こわすっつの」

 

 仕事中、客同士の会話が聞こえるのは必然。よくあること。

 こうして今弾んでいる声は、光汰が先程フルーツの盛り合わせを提供したテーブルから起こっていた。和やかに談笑しているのがよくわかる。

 客の何とない会話。

 足を止めて行う作業では、これがいいBGM代わりだったりする。

 

「そういやさ、聞いた?」

「何を?」

「うちの学校からも、ついにロックシード狩りの被害者が出たんだってよ」

「……マジ?」

「ああ、襲われたのはロックシード同好会の――」

 

 目まぐるしく流動する青年らの会話を突如としてせき止める、ドン、という大きな着席音。

 それはあまりに彼らにとっては想定外で。手を止めて困惑するのも無理はない。

 仲間内でワイワイ話している席の中、いきなり現れた店員がその話に混ざってくる――そんな光景を前にして、寧ろ戸惑わない方がどうかしている。

 だが、しかし。

 

 

「その話、ちょっと詳しく聞かせてもらえないですか」

 

 

 店員には店員なりに、『聞こえたBGMを、BGMのままにしておけないだけの理由』が、あるようだ。

 少年はオーダー用のメモ帳とペンで、彼らの紡いだ言葉を逐一記していった。

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

「――ロックシード狩り?」

 

 目の前の相手から伝えられたワードに、茉優は小首をかしげた。

 

「そ。なんでも改造ロックシードでインベスゲーマーを襲って、そのゲーマーのロックシードを奪い取るんだと。ここ最近で騒がれるようになったらしい」

「みんなが手塩にかけて育てたインベスを……許せないね」

「ああ……」

 

 二回目のバイトも、無事終了。

 結果的に途中で仕事を放ったりもしてしまったが、それも減給を免れる程度には収めた。

 光汰と茉優の二人は同時に上がった後、帰り道で通りかかったおもちゃ屋に足を運んでいた。

 入ってすぐの売り場には、山のように積まれた変身ヒーローのなりきりグッズ。

 どうやら売り上げは好調なようで、たった今も一人の子供が手に取って行った。嬉しいのだろう、『バッチリミナー! バッチリミナー! オオメダマ!』と、その変身ヒーローの真似をしながら。

 

「昨日の件とは、違う奴かな」

「わからない。昨日の相手がさらなる戦力増強の意図を以て、改造のためのロックシードを集めている可能性もある」

「なんにせよ情報不足だなぁ~」

 

 そんな舌足らずなお子の様相から目を離して、二人はロックシード売り場へ向かう。

 

「コータ、これ……!」

「……へえ」

 

 そうして行った先での『販売中止』の四文字。

 これ以上の言葉は、きっと要らない。

 

「ま、こうなるわな」

 

 改造されるのならば、改造の元を断ってしまう。

 これがユグドラシルの出した、対応という名の答え。

 呟き、ため息、光汰は『知ってました』と言わんばかりの反応を示して、せっせと身を翻す。

 その横顔はどこか厭そうで。

 思い出の場所が変わっていく焦りか、何一つ展望を見出せない現状への呆れか。

 とりあえずは“ユグドラシルの対応の程を確認する”目的も果たしたので、店を出ることにした。

 

「しっかしロックシード狩り、ねぇ」

 

 噛み締めるような光汰の呟きに、茉優が続く。

 

「とりあえずは、やっつけなきゃいけない敵ってことで、いいのかな」

「まあ、だろうな」

「よっしゃ! んじゃ、さっそく情報集めしてこ!」

「簡単に言うなよ」

 

「まぁ、正しいけど」――そんな苦々しい追加。

 だがそれよりなにより、光汰が最初にすべきと考えることがある。

 目先の問題よりも先に、この現状を改善し、もっと先でも余裕をもって行動できる策が。

 それは、

 

「まずは行動を共にできる仲間を増やす」

 

 今彼が言った通り。

 

「――ナイスアイデア!」

 

 二人だけでは心許ないと判断したが故の提案だ。

 これには思わず彼女も指を鳴らし、賞賛せざるを得ない。

 仲間――最悪同盟なんて形式ばったものでもいい。それでも味方は一人でも多い方がいい。その思考は茉優も一緒なようで。

 そうと決まった光汰は、己の人間関係を辿る――。

 

「でもコータ、友達いたっけ……?」

「………………」

 

 そして三秒でやめる。

 彼の繋がりは、その大半がビートライダーズ時代に出来たものだ。

 そんな繋がりも放っていきなり引退、そこから丸一年消えてから「一緒に危険な事に付き合ってくれ」なんてのも、些か虫のよすぎる話だろう。

 彼もそう思うからこそ、頼るアテが三秒にしてなくなった。

 

「くそ、また振り出しか」

 

 重たく吐いた息が、ずしりと足元のアスファルトに沈む。

 右手で押さえた頭は小さく垂れた。

 

「んー……」

 

 彼を見て、腕組みしたまま思いめぐらす茉優。

 視線の先の彼女が何を考えていようと、きっと何の変化も起こるまい。そんな根拠のない決めつけ。

 光汰はそれを内心で行ってから、茉優に「行くぞ」と声かけしようとした。

 

「あ」

 

 その時だった。

 

「……なんだよ」

「いいこと、思いついた!」

 

 鼻息をふんす、と吹いて得意げな顔をする茉優が、その発話を遮る。

 

「いいことって言ったって、一般人の友達を誘うのは無し――って!!」

「ちょっとついてきて!」

「ちょ、おい! おま、どこ行くんだよーーーーーー!?」

 

 そうして、か細い光汰の手首を掴み、どこかへと走っていった。

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

雅楽(がらく) 刀也(とうや)くんは、現在部活動中ですね」

「そ、そうですか……」

「用事でしたら、お伝えしておきますが……」

 

 五階建て。やけに大きな白い建物。

 周りはプールに、グラウンドに、道場に――そんな大型設備も用意されている。

 正面から来る客を、その荘厳な趣の門で迎える。刻まれた『実成高等学校』の文字が、ここが学校であることを二人に教えていた。

 

「いえ! 終わるまで待ってます!」

 

 無論、承知の上でいるわけだが。

 

「は、はあ」

「あ、あーあーすいません、見学がてらそこらへんで時間潰しておきますので、お構いなく!」

 

 突然の来客でどこか困り気味の受付に気を遣ったか、光汰は茉優を連れて一旦外へと出た。

 戸の前で整える一呼吸。

 

「……お前、考えってまさか」

「そ、トーヤを仲間にしよっかなって」

「だから、簡単に言うなよなぁ~っ」

「一緒に過ごした仲間だよ? 大丈夫大丈夫」

 

 雅楽 刀也。その名を聞くのは、光汰は実に一年ぶり。

 逆を言えば、一年前の『自分が消えるあの日』まで、ずっと一緒だったとも云える。

 

「――あいつが、俺と会ってくれるわけ、ないのに」

 

 かつて、鎧武の一人だった男。二人の、大事な大事な仲間。

 いや、厳密には「だった」か。

 そんな相手への罪の意識は、やはり消しきれなくて。

 裕樹の死――茉優は許してくれたけれど、彼が許しているなんて限らない。いや寧ろ、こんなことは、許さない方が自然なのかもしれない。

 光汰は俯き、そう思う。

 

「そんなの、訊いてみなきゃわかんないよ! あの日からずっと会ってないんでしょ!」

「わかっ、てる。わかってるけど」

 

 それでも、言い淀んでしまう。

 何を言えばいいのか、どんな顔をすればいいのか。

 脳裏に甦る。全て崩壊した後、雨の中で刀也とすれ違った『あの日』が。

 モノクロのまま再生されたその映像が、焦燥感を掻き立て彼の内心をかき乱した。

 逃げないと決めたけれど。たぶん開き直っていい訳じゃない。

 

「……くっ」

 

 なればこそ、悩まなければ。

 下校生徒が作る雑踏の中で、一人壁に手をつき、虚と見合う光汰。まるでそこに何かがあるかのように。

 

「コータ……」

 

 鈍った決心。

 だが残酷にも、少年がそんな決心を取り払う間もなく――。

 

「あの」

 

 その声は、彼を呼び止めることとなる。

 

「――!!」

 

 今どきの若者然とした茶髪に、ただただ高い背。

 白過ぎず、黒過ぎず、健康的な肌の色。

 背負った竹刀は、実にお似合いで。黒の学ランは、夕明りも構わず遮断する。

 

「うおお、懐かしい……!」

 

 その姿は、あの日の記憶を閉じ込めたまま、何も変わりばえしない。

 

 

「お久しぶりです、先輩方」

 

 

 愕然とする二人の前――雅楽刀也が、そこにいた。

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

 カキン!

 バットによる、爽快な打音。たちまち握り拳大のボールが空高く飛んでいく。

 

「おーしいいぞー!」

 

 自販機で購入した飲み物片手に、三人が訪れたグラウンド。

 そこは野球部の練習場となっていた。少なくとも、今は。

 彼らの練習風景を遠巻きで眺めながら、三人は積もる話を折り重ねる。

 

「なるほど。じゃああれから、ずっと活動しないでいたんですね」

「ま、まあ……」

「そ。最近になって、また始めたんだけどね」

 

 尤も一人は、あまりにぎこちない口ぶりでこそあるが。

 心の準備ができないままに訪れた再会に、水面下で慌てふためく光汰。茉優でもいなければ、会話が成り立ちそうにないぐらいには焦っている。

「怒ってないのか」とか「なんで普通に話すんだ」とか、色々と訊ねたいことはあれど、この雰囲気を悪くしてしまうのも本意ではなくて。かといって純粋に話したい事もない。罪悪感の方が勝っているがために。

 

「へえ、それはどうして?」

「……まあ、色々と整理がついたって感じかな」

「そうですか、それは何より」

 

 刀也はにこり、と爽やかに笑って、炭酸飲料を一口。

 

「トーヤも、この一年で頑張って、こんな凄いところに入学したんだね」

「いえいえ、とんでもないです」

 

 そして、乾いた土を爪先でいじめながら発された言葉に、そう返す。

 

「ううん、すごいよ! 実成(じっせい)って言ったら、めっちゃ頭いい人が通うガチ進学校じゃん!」

「こんな所、ちょっと勉強すればすぐに入れますよ」

「へ! ってことはボクにも可能性が!」

「頑張り次第では!」

 

 逡巡する間にも、嘘みたいに他愛ない会話は弾んで、進んで。

 茉優はわからないが、光汰は間違いなく傍から覚えていた。

 

「しかし、二人とも元気そうでよかった」

 

 ――この不信感と、違和感を。

 

「トーヤも、ね」

 

 刀也はとてもとても、あっけらかんとしすぎている。忘れてしまっているかのように。

 どうして。なぜだ。舌に乗る言葉をひたすら飲み下す。

 そのうち戸惑いは疑念に変わり、答えのない問いを、延々と独白で繰り返す。

 そんな彼もお構いなしに、また事は進んで。

 

「で……、さ」

「はい」

「――お願いが、あるんだけど」

 

 ついに、茉優が頼みの口火を切った。

 ここに来た理由。彼を呼んだわけ。ただの顔出しではない、本当の来訪の意味。

 光汰は「やっぱりやめよう」と、言いかけた。

 だけれど茉優は、それも聞かぬままに話を進めて。

 

「ボクたち、またビートライダーズとして活動を再開したって、言ったじゃない?」

「そうですね」

「だから、さ」

 

 歯切れ悪くも強引に言葉を紡ぎ、彼へ必死に意志を伝えようとした。

 その折のこと。

 

 

「――――『俺にも、また一緒になってほしい』なんて、言うんじゃないでしょうね」

 

 

 彼女の口を、一瞬にして塞いだ発話。

 

「……!」

 

 感じた不信感も、違和感も疑念も。すべて気のせいだった。

 全部全部彼の考える通りだった。

 ハハハ。無情に木霊する笑声。

 

「まさか、言うわけないですよね」

 

 許すわけが、なかった。

 虚しいまでに的中してしまった予想。どこかで「外れであれ」なんて、思っていたのかもしれない。

 茉優がぴたり、と言葉を詰まらせる隣で、光汰は静かに伏目で顔を逸らした。

 

「どのツラ下げて戻ってきた、って感じですもん」

 

 緩やかな夕風が吹く。

 ゆらゆらと踊る前髪の向こうで――彼の目は、冷たく笑っていた。

 

「逆に、よく許されると思いましたよね。――あんな真似しておいて」

「っ……」

「トーヤ!」

 

 さらに下品に吐き捨てられる尖った言の葉が、少年の胸を無容赦に、無遠慮に抉っていく。

 聞きかねた茉優が止めに入る。 

 

「コータは、ちゃんと自分のしたことと向き合った! だから!」

「だからなんですか?」

「だから……!」

「勝手に消えて、また勝手にのこのこ戻ってきて、挙句『また一緒にやりましょう』って? ふざけるのも大概にしろ」

 

 光汰は、噤んだ唇を噛み締めた。

 彼の言うことは正しいから。その通りだから。

 

「辛くて立ち去った、でも向き合った、戻ってきた……重畳重畳、良かったじゃないですか。だけど、それは全部そっちの話だ」

「悪いとは思ってるよ!」

「ならそっちに居場所も失くされ、取り残されたこっちの事、この一年で考えたことはありましたか?」

「……あるよ、ある……」

「だったら、そんな頼みはするべきじゃない」

 

 苦し紛れの「ある」に、一体どれだけの信ぴょう性があるだろう。きっと限りなくゼロに近い。

「あいつならわかってくれるはず」なんて。長い付き合いが決め手となって生まれた身勝手な決めつけ。それが刀也を傷つけていた。

 ようやっとそれを理解する鈍い己に、嫌気が差す。

 自分のしてきたことのもろもろが、もろにのしかかって、自分を潰しにかかって。

 なんとも滑稽な話だ。

 

「ビートライダーズとか、鎧武とか、俺にとってはもうどうでもいいんですよ」

 

 そう言わんばかりに行われる、居場所と繋がりの否定。

 茉優も、取捨選択の果てに返せる言葉が無くなって。

 

「俺は未来を見てる」

 

 そして最後には、

 

 

「だからもう、関わらないで下さい」

 

 

 立ち去る彼の後ろ姿を、ただただ見送ることしか、できなくなった。

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

『ならそっちに居場所も失くされ、取り残されたこっちの事、この一年で考えたことはありましたか?』

 

 時間をかけて、さっきかけられた言葉を反芻する、帰り道。

 帰りのバスに揺られながら、物言わぬ自分一人の反省会。

 高架道路を走っているためか、見晴らしがとてもよろしい。

 されど、そんなものを気にする時ではないようだが。

 

「…………」

 

 頬杖をついて、目まぐるしく流れていく窓の外を見やる。そうして思う。

 

(傷付いてたのは――俺だけじゃなかった)

 

 彼も、一緒だった。

 それはちょっと考えてみれば当たり前のことで。茉優だってそうだった。

 自分だけじゃない。みんなみんな、あの日の傷を抱えてる。

 

(……だったら)

 

 何が言えなくとも、「ごめん」くらいは――言っておけばよかった、と。

 そんな風に、思う。

 光汰はもはや現状が変わらなかったことよりも、彼への態度や、向き合い方を気にするばかりで。

 何かを言ってはいけないが、何も言わなくていいわけではない。

 

『じゃあ、何を言えばよかったんだろう』

 

 心の奥深くで、そう唱えた。

 逃げない、背負うと誓ったものの、やっぱり思いめぐらせるときはめぐらせる。

 良いのか悪いのか、人の性。

 

「んー」

 

 不意に自分の頭に伸びた、ちっぽけでかわいい(たなごころ)

 出所は隣の席から。そこに座るのは、茉優で。

 光汰は驚きから、一瞬ぴたっと静止する。

 

「よしよし」

 

 その一瞬で、手が動き出す。

 

「よくがんばりました。えらいぞ」

 

 そうして茉優はにっこり笑って、温かな手のひらで、光汰の頭を優しく撫でた。

「やめろよ、恥ずかしい」。

 逃げるように離した頭頂。紅潮は恥じらいからか。

 

「ひ、人前でなんてことしやがる」

「んひひ。頑張ったから、褒めてるだけだよ?」

 

 光汰の反応が面白かったのだろう、はにかんだまま手を引っ込める。

 

「何も、頑張ってない。大事なことを言えなかった」

「いーよ、それでも」

「そんな簡単に――」

「逃げなかっただけで、コータはすごいと思うんだよ」

 

 茉優の口から出たそれは、甘やかしの一言以外のなんでもない。

 だけれど、不思議と素直に受け取れた。

 自分を肯定してくれる、彼女――それはどこかで、少年の心の支えになっていて。「あまり自分を責めちゃいけない」と、教えてくれてるみたいで。

 

「今日のがんばりでダメだったら、明日は、今日よりほんのもう少しだけがんばればいいよ」

 

 ダメでも、ちょっとずつ重ねる「ほんのもう少し」。

 頑張りすぎない。無理しない。背負い込まない抱えない。ずっと傍にいてくれた彼女が、伝えてくれていた事。

 そう言う彼女の横顔を見ていると、たまに自然と笑みが漏れる。

 

「おいしいもの、食べてかえろっか」

「ああ……、そうだな」

 

 見合わせたくしゃくしゃの笑顔は、夕陽に負けないぐらい眩しかった。

 

 

「お、停車か」

 

 プシュー、という音と共に、バスが止まる。

 扉が開いて、そこから見えたバス停で、自分たちが降りるタイミングだと理解した。

 ゆっくり立ち上がって、他の乗客が作る流れに乗って、試みる降車。

 

「たすっ、助けてくれえーー!!」

 

 それを阻むように、突如外から走ってきた男が、一時的な人ごみを押しのけ無理矢理乗車しようとした。

 汗だくで、意味もわからぬ必死ぶり。

 ただただ常識のない客に対し、みな一様に「なんだ、なんだ」と口走り、一部の客は不機嫌にもなった。

 運転手にも注意されるが、そんなこと歯牙にもかけず、男は切れ切れの息で、目をまん丸にしたまま一方的に話を続ける。

 

 

「向こうで、向こうでインベスが暴れてるんだ!!」

 

 

 その言葉が聞こえた瞬間、一瞬にして他の客の血相も、男と同じになって。

 ほどなくして空気が変わって。

 皆一斉に、パニックのまま逃げ出した。

 

「茉優……!」

「……うん!」

 

 そんな中、険しく顔を見合わせた二人は、押し寄せる人々の彼方へと駆けていった。

 

 

 

 走っていく。走っていく。

 ――悲鳴の鳴る方へ。

 不気味なまでに紅を湛える夕焼け空は、顔面蒼白にして逃げ惑う人々を、どこか嘲っているみたいで。

 

「うああああああああっ!!」

 

 一人の少年と少女が一歩ずつ人工の大地を蹴り飛ばす今この瞬間も、喚声は上がっている。

 矢継ぎ早に逃げてくる一般人を逐一かわして、向こうを見据えた。そろそろ現場だ。

 

「――茉優、119番!」

「うん!」

 

 途中、腕から血を流して倒れる男性を見かけた光汰は、大声でそう叫ぶ。

 茉優もそこで立ち止まり、彼女とも別れ――先に騒ぎの根本へと到着した。

 

「ここか……」

 

 息も切れ切れで辿りついたのは、都市トンネル。

 光汰は確認の暇も作らず、中へと足を踏み入れる。

 遥か遠い光。それなりの長さがあり、見通しも悪い。人気は当然のように失せていて。

 破壊、横転、乗り捨て、エトセトラ……様々な理由で動かなくなった車が、そこらじゅうに無造作に転がっていた。

 呼吸を整え、おもむろに進んでいく。ほんのり漂う排気ガスの臭気に表情を歪めた。

 直後耳に入る、ボン、という破裂音。

 

「!」

 

 それが小規模な爆発によるものだというのは、数秒後に気づいた事。

 十数メートル先で炎が上がった。

 そうして空間を巻き込みめらめらと揺らぐ(ほむら)が、

 

 

「フウゥゥゥ…………!」

 

 

 この騒ぎの元凶を、照らし出す。

 

「こいつか……!」

 

 インベスを発見するやいなや、手早く戦極ドライバーを装着した光汰。

 

『オレンジ!』

 

 続けて前に突き出し解錠したオレンジロックシードを、天高くへ持っていく。

 

『ロック・オン!』

 

 そのまま装填、

 

 

「変身!」

 

 

 そして間髪容れずカッティングブレードを倒した。

 

『ソイヤッ! オレンジアームズ! 花道・オン・ステージ!』

 

 “光汰”から“鎧武”へ。遂げられた変身。

 気付(きつ)けに吐かれた一息が、風で流れゆく。

 

「――お前、ロックシード狩りだな」

「フシュウウゥゥゥ……!」

 

 大橙丸を構え行う問答。

 それはまるで意味を成していないが、光汰は確信を持てた。

 何故なら向き合ったインベスの手の中に、パパイヤのロックシードがあったからだ。

 そうとわかったところで、やることなぞ変わらないが。

 

「――はああッ!」

 

 一度大橙丸で空を一閃してから、光汰は眼前の敵へまっすぐ突っ込む。

 振り降ろす一刀。

 インベスはそれを回避、

 

「シェアッ!!」

 

 次いで繰り出された横一文字も、バック転で回避して見せた。

 

「こいつ……!」

 

 速い。彼が直後に発した言葉。

 

「フシィ……」

 

 挑発するようにぴょん、ぴょんと二回の跳躍。

 ブルーとブラウンのツートンで彩られた肉体に迫力を添える、立派な二本の枝角。

 両の前腕と脛に取り付く外骨格は、こいつが肉弾戦に特化していることを教えてくれている。

 頸椎をコキコキ鳴らし、ファイティングポーズを取るこのインベス――名を『シカインベス』という。

 

「キュウゥゥ……!」

 

 その両脇を固めるように、下級インベス二体が並び立った。

 三対一、分が悪い。だが――、

 

「うおおおおおおおおおお!」

 

 やるしかない。

 光汰は内心で呟き、再び敵に突撃する。

 狙うは頭。

 シカインベス。

 愚直な正面からの唐竹割り。

 シカインベスも戦う気になったのだろう、今度はその攻撃を右前腕で受け止め、左掌底で光汰を突き返す。

「ぐ」と小さく漏らして、後ずさった三歩。

 シカインベスはおのずからその分の距離を詰めて、

 

「シアッ!」

「つっ!」

 

 顔面に右フック。

 

「フシェェアッ!」

「かはっ!」

 

 わき腹に左ニー。そして、

 

「フシュッ!!」

「ぐああっ!」

 

 とどめに右ローリングソバットを叩き込んだ。

 高水準な格闘スキルからなる連撃を受けた光汰は、たまらず吹き飛んで地を転げる。

 いくら強化スーツ越しといえど、そのダメージはゼロに出来ない。

 

「強い……、でも」

 

 しかし、寝ている暇などない。

 聞こえる足音。さらなる追撃のため、初級インベス二体が襲い掛かる。

 けだるげに立ち上がって左に持ち替えた大橙丸。

 

「負けてはやれない!」

 

 空いた右で抜き放った無双セイバーが、火を吹いた。

 

「キキ、ギィィ!!」

 

 ドギュン、ドギュン、と独特な発砲音が暗黒の中で鳴り響く。

 ひり出された弾丸は闇を切り裂いて、嬉々として獲物を穿った。

 

「もう、」

 

 ガシャッ、リロード音が追いかけてきて。

 

「いっちょ!」

 

 さらに二発の弾丸を撃ちこむ。

 痛覚を激しく刺激されたインベス共が、けたたましい叫びを上げた。

 するとそれを合図に後ろに下がる光汰。繰り返しのバックステップで逃げ込んだのは、煙を吐き散らして派手に車道を塞ぐトラックの陰。

 

「ウ、ギィィィィィ!!」

 

 インベスの性質か、はたまたマスターの気性か。

 二体の異形は光汰の逃げ場を認識するなり、そこへ助走付きの体当たりを浴びせる。

 どうやら外身ごと、中に隠れた物を破壊しようとしているらしい。

 

「ギィッ!! ギイイィッ!」

 

 灰の色した丸い躰がぶつかるたび、痛々しい衝突音が響く。

 まるで怒りでもぶつけるかのように、その鉄の箱を歪ませ、へこませ、スクラップに変えていく。

 いよいよコンテナの骨組みが露出を始め、トラック本体も原型を留めなくなってきた頃。

 されど起きないリアクションに違和感を覚えつつも、どこからか見物しているマスターは、

 

「ぶち壊せ」

 

 そのようにインベスへ命令を下した。

 

 

『――オレンジスカッシュ!!』

 

 

 やらせない。

 トラックの向こうから聞こえた電子音声は、そんな明確な意思表示。

 

「ギ!?」

 

 刹那、橙の閃き――箱を突き破りて。

 バシュンという音の後、甚大な刀状のエネルギーが迸り、下級インベスの一体をコンテナごと貫いた。

 隣で腹をぶち抜かれて悶える様を見たもう一体が危機を察知するも、もう遅い。

 

「押してもダメなら――引いてみな!!」

 

 光汰がトラック越しで光り輝く大橙丸を振り切ると、もう一体も真っ二つになった。

 

「――――――!」

 

 断末魔を上げる暇もないままに。

 起きた二つの爆発が、二体の絶命を知らせる。それに巻き込まれたトラック――否、スクラップも炎上。激しい火柱を立てた。

 轟々と燃え盛る炎を前に、涼し気な風して佇むシカインベス。

 

 

「――せいやァァァァァァァァァァァァッ!!!」

 

 

 その(ツラ)に、逆襲の一撃を。

 火の海から飛び出した鎧武者。

 韋駄天走りで風を切る鎧武者。

 握り拳が、音にも迫る速さを以て、油断しきった顔面にクリーンヒットする。

 

「シギィィィィィィ!!」

 

 シカインベスは抵抗虚しく吹き飛び、後ろで横たわっていた車に激突した。

 光汰はゆっくりとパンチの構えを解く。

 そして殴った手の中にあった逆手の無双セイバーを順手に持ち替え、

 

「これで一発、お返しだ」

 

 向ける鋭利な切っ先。

 それをぶれさせることなく駆け出し、漸く一対一を挑む。

 

「ヴルルルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」

「か……ッ!!?」

 

 ――はずだった。

 光汰を襲ったのは、左からの謎の力。巨大な鉛玉でもぶつけられたかの如き衝撃が全身に走り、程なくして彼は大きく跳ねとばされた。

「なんだ」。

 しかし彼とて戦士の端くれ、地面との暫しの別れを、ただ享受する訳ではなかった。

 肉体を大きく浮かされている今この瞬間でぐらつく視界を御し、首を動かす。

 そうして見つける力の正体。

 

(増援か……ッ)

 

 逆さで詳細には確認できないが――一体。赤い体。黒い二本角。肥大化した立派な前腕。そして特徴的な鼻輪。

 まるで牛だ。

 光汰はほんの数秒の間で全ての視覚情報を捌ききると、即座に受け身を取って着地した。

 

 

「ヴルルル……ヴモォォォォォォ!!」

 

 

 喧しい雄叫びを聞いて、「知ってたよ」と一言。

 対峙した増援は予想通り、牛の特質を持つインベスであった。

 光汰が勝手に「ウシインベス」と名づけたそれは、せっかちに拳をどんどこと叩き合わせて、鼻から放熱と申さんばかりに蒸気を吹き出す。

 

「ヴゥゥゥモォォォォォォォ!!!!」

 

 そして今一度発した咆哮を皮切りに、光汰目掛けて突進した。

 

「っ!!」

 

 足に、哮けりに、衝突。

 音という音が片っ端から鳴り響いて空気を打ち震わせ、その果てに残したのは、トンネルの部分的破壊。

 立ち込める煙と崩れる壁面とが、その一撃の強さを確かに物語る。

 幸い、パラパラという音で締められたウシインベスの攻撃に、紙一重の回避を見せた光汰が巻き込まれることはなかった。

 

「はぁ、はぁ……!」

 

 だが、よしんば『力の牛』を流したところで、『技の鹿』が待ち受ける。

 

「シエエエェェッ!!」

「く、うあっ!」

 

 視界の外より飛んできた蹴りに対応しきれず、敵の連打を許してしまう。

 右ストレート、左フック、左肘、右膝、小足、小足、蹴り上げ。まるで格闘ゲームのようにさくさくと入る連続攻撃に、呻くしかできない光汰。

 蓄積されたダメージによってよろめいた一瞬に、

 

「がはっ!!!」

 

 とどめのパンチが、ウシインベスから一発。

 さすがに効いた。

 望まずとも後退させられ、踏ん張った爪先。されど虚しい抵抗。

 腹を押さえて力なく片膝をついて、二体を上目で捉えた。

 まだまだ余裕があるようで――一目見れば、分かる。

 

「く、そ」

 

 敗北のビジョンが、確実に脳裏にちらつく。

 有り体に言えば負けを予感する。

 当たり前だ。考えたくはない。

 けれど打つ手もない、味方もないとなれば、こうなるのも仕方なくて。

 毛頭諦めるつもりもないが、本能が告げている。

 

『このままじゃ負ける』

 

 と。

 

(どうする……、どうすれば……!)

「フシィィィィィ……」

「ヴモォォォォ……!」

 

 そんな万事休すな光汰を嗤うように、鳴き声を絡める二体。

 

「コータ!!」

「! 茉優!」

 

 それを遮り、光汰の耳朶を打った茉優の呼び声。

 避難も終え、駆け付けた彼女が最初にすること。ロックシードの解錠。

 

「待て!」

「!? どうして!」

 

 だが光汰は何を思ったか、茉優のその行為を止めてしまう。

 すかさず背後より疑問が投げかけられた。

 

「オレンジアームズは、この組み合わせには、分が悪い」

 

 別に気が狂ったのではない。冷静さも欠いてはいない。

 その証拠として、息を切れ切れにしながらも、茉優に止めた理由を説明する。

 

「相手の二体は互いの弱点を埋め合ってる。器用貧乏なこいつはカモでしかない」

 

 対するオレンジアームズはスピードもパワーも平均的で、良好なバランスで手堅くまとまっている。

 故にこそ、尖った性能を併せたコンビネーションの前には押し負ける、と。器用貧乏が露呈する、と。

 光汰はそう言うのだ。

 

「そんな状態で出力負けした正規インベスを加勢させたところで、たぶん……戦況は変わらない、と思う」

「じゃあ、どうしたら!」

「イチゴアームズを、使う」

「へ……?」

「鎧武の形態を、変える」

 

 簡単に言い換えると、わかりもしない力を使う。

 とんでもない奇策に吃驚した茉優は、思わず目を点にした。

 

「そ、そんな、めちゃくちゃだよ……!」

「めちゃくちゃだけど、可能性はそれしか残ってない」

「っ……」

「貸してくれ……やってみせる」

 

 どこか腑に落ちない――が、

 

「――負けたら承知、しないからっ!」

 

 仲間として。親友として。

 茉優は光汰を信じて、イチゴロックシードを彼へ投げ渡した。

 

「負けないために、使わせてもらうんだ、よっ!」

 

『ロック・オフ!』

 

 ドライバーに取り付くオレンジロックシードの掛け金を再度開くと、オレンジ色の装甲は再び球状の鉄塊へと立ち戻り、敵の方向へすっ飛んでいった。

 必然的にそれはインベスらに対する牽制と相成り、光汰への接近を妨害する。

 

「勝つか負けるか――一か八かの大博打、付き合ってもらう!」

 

『イチゴ!』

 

 邪魔立ての役目を終えて消えゆくオレンジアームズと入れ替わりに出現した、イチゴ型の鉄塊、イチゴアームズ。

 

『ロック・オン! ソイヤッ!』

 

 空のドライバーにイチゴロックシードが装填され、切り開かれた。

 

『イチゴアームズ!』

 

 巨大イチゴは頭上から鎧武に覆いかぶさり展開、コーラルレッドの装甲へと変化する。

 

 

『シュシュッと・スパーク!』

 

 

 そうして弾けたオーラの先――“赤の鎧武”は、立っていた。

 バイザー部は鎧と同じ赤色に変わり、後頭部の兜は、イチゴのヘタを髣髴させる装飾が施されている。

 

「武器は……、これか」

 

 両手に携えられたイチゴ模様のクナイを、手の上でくるりと一回転させた。

 一通りその感触を馴染ませた後、低く構える鎧武。

 

「いくぞ」

 

 短いその言葉が第二ラウンドのゴングとなって、シカインベスを彼の元へと突き動かした。

 

「フウゥウゥゥゥオッ!!」

 

 インベスからすれば、新たな力だろうと知ったことではなくて。

『力に慣れてしまう前に片づける』。今まさに喰らわせんとする跳び蹴りには、そんな意図が見て取れる。

 

「!!」

 

 襲い来る足。

 それをかわす宙返り。

 着地に伴うスリップ音も置き去りに疾走、姿勢を整え直す光汰へ拳を飛ばす。

 

「フシィィィ!!」

「つっ!」

 

 受け流し。

 正拳突き、回避。

 手刀、切り払い。

 蹴り上げ、バックステップ。

 回し蹴り、前傾。

 小足、跳躍。

 

(凄い、体が軽い……!)

 

 的確に、鮮やかに、光汰は連なる相手の攻撃を、軽快な身のこなしで処理していく。

 細切れな声と声とがかち合って、弾けて散ってを繰り返す。

 熾烈な近接戦、肉弾の応酬。

 反復される中でようやっと見えた一撃と一撃の継ぎ目を――彼は見逃さなかった。

 

「――今だ」

 

 相手のパンチがすれすれで頭の横を抜けていくその瞬間、一気に近づいた懐にクナイを突き立てる。

 

「ーーーーーー!!?」

 

 それはまさしく電光石火。たちまち派手に咲き誇った一輪のスパーク。

 シカインベスが面食らうのも知らんぷり、クナイはキュイイイイ、という鋭い金切り音と共に、胸の皮膚を見事に掻っ裂いた。

 

「……浅い!」

 

 構わない。落ちたパワーを補う手数の多さが、イチゴアームズにはある。

 

「だけど!」

 

 光汰は反撃など許さんと言わんばかりに、続けて十文字の斬撃をお見舞い。そして、

 

「これでぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

 仕上げに一連の攻撃に使ったクナイを二本、全力で肩へと捻じ込んだ。

 敵の肉を屠って、埋まって、最後に手から離れた刃は、そこに大きな爆発を残して消え去って。

 やがてそれから生まれた焦げ臭い風が、放たれた絶叫を遠ざける。

 

「ヴモオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 だらしなくアスファルトに伸びた『技の鹿』を飛び越え、第二波となって殴り掛かる『力の牛』。

 大きく唸る大地がその接近を知らせる。

 敵討ちでもする勢いで光汰に猛進し、丸太のような腕を振りかぶった。

 

「!」

 

 俊敏なシカインベスの攻撃に対応できるほどの敏捷性を持つイチゴアームズに、果たしてウシインベスの攻撃はどう映るだろうか。

 きっとあくびが出てしまうくらいに――、いやもしかしたら、止まってすら見えるのかもしれない。

 今の光汰にとって、ウシインベスの運動はあまりに鈍重で。

 

「ヴモォォッ!!」

 

 ウシインベスが光汰に向かって渾身のパンチを放つと同時、光汰の手中に今一度クナイが出現する。

 体を捻って踏み込んだ転瞬、

 

「ヴッ……!!」

 

 閃く赤光がすれ違いざまに異形の目を斬った。

 

「ヴモォォォォオオオオオオオオオ!!」

 

 目つぶしをくらって悶えるウシインベスの様相が、痛覚の存在を証明する。

 寂しく無を捉えた拳は虚無感からか暴れて回った。

 

「終わりだ」

 

 そんな間抜けな踊りを披露する敵を背に、ドライバーから外したイチゴロックシード。

 次の行き先は、無双セイバー。

 静かにセット、掛け金を閉ざす。

 

『ロック・オン!』

 

 その音声で、ウシインベスは光汰の位置を確認した。

 だが、今更の事。

 

「ヴ――」

 

 耳だけを頼りに突っ込む。

 

「モォッ!!?」

 

 のを、黙って観ている訳もない。

 光汰はイチゴロックシードが填まった無双セイバーを左腰のホルダーに収め、振り向きざまにクナイを投げつける。

 次々と現れては消え、ぶつかり弾けるそれは、ウシインベスのこれ以上の進行を阻んだ。

 

『……一』

 

 二本。

 

『……十』

 

 六本。

 

『……百!』

 

 十本。

 

 

『――イチゴチャージ!!』

 

 

 計一八本ものクナイが飛び立った後。

 木霊する無双セイバーの意気盛んな声音。

 

 

「ヴモォォォォォォオオォォォォォォォ!!?」

 

 

 それが最期に、ウシインベスが聞いた音だった。

 忍者よろしく瞬く間に距離を詰め、居合の要領で抜いた無双セイバーが、ウシインベスのどてっぱらに綺麗な斜線を引いて見せた。

 獲物の皮を裂き、肉を切り、骨を断ち――肉体の層を侵すたび、刃にチャージされたエネルギーは輝きとなって発散されていく。

 

「せいはァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 そしてそれが尽きる頃。ウシインベスは両断されていた。

 直後に上がる爆炎を見た茉優が、

 

「やったぁ!」

 

 大きくガッツポーズ。

 

「シカインベスは――!」

 

 そんなことも露知らず、光汰は辺りを見回すが、シカインベスは見つからなかった。

 

「……逃げたか」

 

 ぼそりと呟きながらイチゴロックシードを閉ざし、解いた変身。

 そこに大喜びの茉優が駆け寄る。

 

「やったね! コータならやってくれると思ってた!」

「ったく、調子いいやつだなぁ……これでも危なかったんだぞ?」

「終わりよければ全て良し、結果オーライってやつ?」

「簡単に言うなよなぁ……、マジで」

 

 でもま、助かったよ。

 言葉を付け加え、返却のためイチゴロックシードを差し出した。

 その時だった。

 

 

「きゃあああーーーーーーーーーーーーーッ!」

 

 

 ――人の声。

 それも悲鳴。

 聞いた二人がすることは、ただ一つ。

 

「こんなんばっかかよ……っ!」

 

 声のする方へと走る。

 障害物となった車を悉く避け、徐々に傍に感じられる光。どうやらトンネルの向こうのようだ。

 

「っ!」

 

 光汰と茉優は暗闇から出て、沈みかけの太陽と再会を果たす。

 そこに広がる光景――女性が倒れている。

 外傷はなく、争った形跡もない。

 茉優が急いで警戒するも、周辺にインベスの気配もなければ、マスターの気配すらなかった。

 だからこそ、倒れているのは不自然な訳で。

 しかし戸惑っている暇はない。光汰は女性の安否を確認しようと、駆け寄ろうとした。

 

「大丈夫で――」

 

 途中で、止まった足。

 理由は簡単。

 さらなる異常を確認したから。この場にいることそのものが明らかに不自然に感じられる、そんな相手が視界に入ってしまったから。

 やがて茉優もそれに気づいて、愕然――彼女も同じ反応を示した。

 

「……なんで」

 

 続く「どうして」。震える声。

 倒れた女性の向こうで揺らぐ、詰襟学生服。

 

「なんで、お前がここにいるんだ……?」

 

 呆然と立ち尽くす、そんな彼の疑問に答えることもなく。

 

 

「――――刀也」

 

 

 雅楽刀也は、背を向け立ち去った。

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