仮面ライダー鎧武 The Genesis of Children 作:裏腹
白が贅沢に横たわるだだっ広い空間の中に、男たちはいた。
その場に染みでも残すかのように、黒と赤の服を着て。
数はざっと十人は下らないだろうか。
座る者、立つ者。話す者、黙る者。もっと細かく言うと食事を取る者、携帯を弄る者、ダーツに更け込む者、テレビを視聴する者――。
皆恰好は同じでも、室内での行動はまるでバラバラで。
「……と、いう話だ」
――チームバロンの集会は、そんな様相を呈する。
丸いテーブルの上、誰に見せるでもないトランプマジックを淡々と練習する男――駆紋戒斗が、開いていた口を閉ざした。
「新しいアーマードライダー、なぁ。なるほどね」
そんな彼の傍らに立ち、味わうように、今しがた聞いた話を反芻する別の男。
「まぁお前の事だ、別に心配しちゃいねぇけどな」
少しの間を取ってから、不敵ににやりと笑う。
そうして男は実に馴れ馴れしく戒斗を呼び捨て、実に軽々しく続きの言葉を紡いでいく。
「よくわかってるじゃないかザック――奴は障害どころか、不安要素にすらなりえない」
『ザック』。
戒斗にそう呼ばれた黒髪長身の青年は、高い鼻筋が特徴の美男。
チームバロンのサブリーダーを務める、そんな男だ。
馴れ馴れしいのも、軽々しいのも無理はない。むしろ自然な事だろう。
「どんな立派な鎧を着こんだところで、俺たちの前じゃあ所詮は橙武者(だいだいむしゃ)――っつーことだな」
余裕綽々――といった表情で、ザックは戒斗の手中からトランプを一枚手に取り、テーブルの中心に置いた。
スートはスペード、ランクはA。柄としてオレンジが描かれている。
それを見た戒斗も、続けてオレンジを囲うように札を並べていく。
「龍玄」
ハートのA、ぶどう。
「Seven Colors」
クラブのA、どんぐり。
「ドミニオン」
ハートのQ、リンゴ
「レッドホット」
クラブのJ、ドリアン。
「Free Lancer」
ダイヤのK、スイカ。
「斬月」
スペードのK、メロン。
「そして俺たち――バロン」
ダイヤのA、バナナ。
「この戦乱の中で、今更おめおめと沸いて出た新参勢力が生き残れる道理はない」
ひとしきり並べ終えた後にやおら手を翳すと、たちまち浮き上がったスペードのA。どんどん上昇していき、やがて戒斗の掌に戻ってくる。
「生かすも殺すも俺たち……、いや、俺次第」
戒斗は敵意を込めた視線を以て、それを鋭く一瞥してから、
「奴の命運は――俺の手の中にある」
山札の海へと沈め落とした。
* * *
『なんでお前が、ここにいるんだ……? ――――刀也』
あの時のこの問いに、彼が答えてくれることはなかった。
それからの二人はというと、立ち去る刀也を追いかけることもできないで、ただただその背中を見送った。
ひとえに倒れていた女性の保護を優先したためだ。
心音と意識を確かめ、救急車を呼び、搬送してもらい――ひとまず事を収めた。そんな昨日。
「もう、関わるなって言われたろ」
「いいからいいから」
然る建物の門の前で、じっと何かを待つ少年と少女。門の向こうへ立ち入らないのは、彼らがこの先に入る必要と権限がないことを意味している。
ちょうど二四時間ぶりか、茉優は光汰を連れ再び実成高校に訪れていた。
自分たちが通りすがりの視線に晒される事も厭わず、行われる会話。
「昨日のあれの真相を確かめなきゃいけないんだよ? そんなこと言ってる場合じゃないよ」
「でも、今度こそ会ってくれないかもしれないし……」
「もー、コータはこれほっとけるの? トーヤが何か危ないことしてるかもって思わないの?」
「い、いや……ほっとけないし、危険な事してるなら、止めなきゃ……とは思うけど」
「だったらこうするしかないでしょ」
もごもごとした口から出る、歯切れの悪い返答。
茉優はそんな光汰の態度にますますの苛立ちを覚え、ぷんすかぷんすかと頬を膨らせる。
「ご、ごめんって」
「もういいよ、ふん」
それから、彼女は言葉を紡ぐのをやめた。その様子を見て申し訳なさそうに眉をひそめる光汰。
――気持ちは、同じだ。
いくら来るなと言われようと、いくら拒絶されようと、簡単には切り離せない。
悲しき哉、人と人の繋がりはそういう風にできている。
現に光汰だってそれに従って、刀也への気持ちは変わらないし、変えられない。
どれだけ辛辣な対応をされようと、今でも彼を想っている。
なればこそ危険な事をしているなら止めたいと思うし、巻き込まれているなら助けたいと願う。この疑問を晴らさねばならないと、考える。
そこは茉優と一緒だ。
でも。
(……訊けたところで、話してはくれないだろうな)
「したい事」と「できる事」を結び付ける真似はしない。
考えがあるでもないが、こうするよりも、もっと他にやれることがあるのでは、と。
彼はそうとも思うのだ。
「や、やっぱり、別のやり方で探った方が……」
「しゃーらーーーーーーーーーーーっぷ!!!!」
そのような思考なものだから、やっぱり彼女に意見する。
そして結局はね除けられる。
「そんなに会うのがこわいか! 責められるのがつらいか! 昨日の姿勢はどうした!」
「べ、別に俺はそういう話をしてるんじゃなくて……!」
「じゃあどういう話だーッ!!」
「だから! 今こうしている間にも敵は好き勝手やってる! その時間を費やして俺たちがここで待ってても、ロス分の収穫があるとは到底思えないって話!」
要約、時間の無駄。
光汰も邪推されてついに気を悪くし、主張の語気を強め始めた。
門の前で行われるやり取りはもはや目立つを通り越して迷惑にもなっている状態だが、尚も両者は押し問答をやめようとしない。
「じゃあ他に何をするの! どんな方法があるの!」
「わかんない! わかんないけど!」
「なら黙ってろ!」
「お断りだ! もっと賢いやり方があるという確信がある以上俺は黙らないッ!」
「むっかーー!!? ばーか!」
「は!? アホ!!」
「まぬけ!!」
「オタンコナス!!」
「あの、どいてもらっていいですか」
「あ……はい、すいません」
「ご、ごめんなさい……」
幼稚を極める口論もいがみ合いも、部外者から冷や水をぶっかけられるような言葉で止められると、存外冷静になれるもので。
向き合っていた恰好を解き、一旦離れる光汰と茉優。その間を通り抜けていく、部外者。
おかげで二人はすっかりクールダウンできた。
『おいおいおいおいおいおいおい』
目の前の旧友の素通りに、気付けるくらいには。
「なんですか、その売れない芸人みたいなありきたりなツッコミ」
二人に引き止められ、振り返る部外者――刀也。
抵抗する様子こそなかったが、その面持ちはどこか物憂げで、大儀そうで。
「……昨日の関わらないでくれって言葉、聞こえませんでしたか?」
それを隠すそぶりも見せないで、言いたいことをストレートに伝えた。
「そういう訳にはいかない。ボク達も、訊きたいことがあって来たんだ」
対して茉優も、刀也の威圧的な声音に怖じることなく、直球で言葉をぶつける。
譲れないものがある故に。
いまいち居辛いのか、言い辛いのか、コホン、と頼りない光汰の咳払い。
そして前に出て、
「刀也……なんでお前、昨日あの場所にいたんだ?」
即座に本題を持ち込んだ。
無論、罪と向き合う事から逃げるつもりはない――でも、平気と言ったら嘘になる。
「お前が、事件に関係してるのか?」
されど、訊かねばならない。知らねばならない。
「お前が――ロックシード狩りなのか?」
「………………」
たとえ、返る答えがないとしても。
光汰はたどたどしくも声を振り絞り、ありのままの意志で、思い描いた通りの言の葉を彼に渡した。
それを受け取って、視線を逸らした一瞬。茉優がしっかり捉える。
直後、あからさまに意味深長な間を置いてから、とうとう刀也は口を開いた。
「……別に。たまたまあの場所に居合わせただけですよ」
「そんなはずない!」――見え透いた嘯きを否む茉優。
「インベス騒ぎが起こっている場所に、たまたま居合わせられるわけがない。正直に言ってほしい」
光汰も表現こそ丁寧にせど、彼の返答を信用する気はないようで。
「正直にも何も、それが事実ですよ」
「………………」
「トーヤ!」
あくまでもしらを切る刀也へ、さらなる追及が致されんとする。
が、光汰は悟ったように「そうか」と短く呟いて、これ以上の会話を止めた。
「コータ……!?」
「――わかったよ。それが事実って言うのなら、しょうがない」
「ちょっと、いいの!? これじゃあ……!」
「……しょうがないんだ」
「……!」
「……もう、行っていいですか」
二人の追及を難なく跳ね除け、あまつさえ鋭利な視線で抵抗する少年を、
「ああ、邪魔したな」
頷きでそっと解放する。
多くは語らない。
ただ、見当通りの結果を前にして、トライを諦めただけ。
「~~~~っ……」
隣で、離れていく背中を口惜しそうに見やる茉優へ向け、首を振る光汰。
彼の言った「しょうがない」の意味を理解しているからこそ、彼女も、追いかける真似はしなかった。
「ああ、そういえば」
心ならずも身を翻した二人の注意を、再度引き付ける声。
主は言わずもがな。
「ついにアーマードライダーになったんですね、光汰さんも」
刀也は肩越しの相手に、「昨日ふと目に入ったモノ」についての話題を出した。
嘲笑のニュアンスも含んでいるのか、その言葉は笑声混じりに感じられる。
「……そうだな」
「結局は、連中の――ユグドラシルの言いなりですか?」
「………………」
「ビートライダーズに戻るって、そういうことですよね? 結局は楽園のために」
「違う」
「!」
「……それは、違う」
即答。反復。
どちらも、強い否定を意図してのもの。
ユグドラシルの言いなりになったんじゃない。楽園へと至るために戦極ドライバーを取ったんじゃない。
「俺は、大事なものを守るために戦ってる」
光汰は、そう言っている。
「………………」
「確かに、俺が、俺の弱さが、裕樹を殺した」
「ああするしかなかった」と言えたら、どれだけ楽か。力が及ばなかった事実を「仕方なかった」で済ませられれば、どれだけ幸せか。
沢山の救われる可能性を内包した、たらればの話。
意味はないと知っていても、今でも――ふとした瞬間に、考える。
「許されない事なのかもしれない。罪深い事なのかも、しれない」
それは悔悟の表れで。
後悔は消えない。これからもずっとずっと、消えることはない。
「だけど、それで俺が逃げたら――今度は、あいつと築き上げたものまで失くしてしまう」
それでも願うのだ。
「それが嫌だから、戦うんだよ」
罪も、悔いも恨みも全部背負って、彼と手にしたもの――仲間と、その居場所を守るために。剣を取るのだ。
そこには贖罪も、他者の意志もない。
「これは、そのための
自分の、自分だけの、ただ一つの願い。
光汰はそれを叶える覚悟の一片をおもむろに取り出し、刀也の横顔に見せつけた。
己が持った力を、
「……せいぜい頑張ることですね。あなた方如きで、何が変えられる訳でもないけど」
目を閉ざして、置いた間。後ろに続く言葉が二人をまた傷付ける。
「それじゃあ、さよなら」。
さらに付け加え、刀也は二人の前から姿を消した。
* * *
「あの、405号室の患者さんと面会したいんですが」
「どちらさまでしょうか?」
「あ、一応関係者です。救助の方を致しまして」
「そうですか、でしたらこちらの書類にサインの方を――」
これは数分前、受付で行われた会話。
手がかりが完全に無くなったわけじゃない。
光汰の言うことで足を運んだ場所、沢芽市立中央病院。
回るのも一苦労する広さの院内をガイドもなしに歩いて、ここ、ナースステーションまでたどり着いた。
「んん、病院なんてあんまりお世話にならないから、やっぱ迷うなぁ」
「馬鹿は風邪引かないって言うしな」
「ちょっと、それどーゆー意味!」
「なんでもないですよ、っと」
患者に医師、清掃員、ちょっとした距離でも諸々の関係者とこれだけすれ違うというのだから、病院という施設の忙しさが窺い知れる。
二人は取るに足らない会話をして足を進めているうちに、
「お、ここか……」
405号室に辿りついた。
手ぶらはよろしくないのだろうが、致し方なし。
そんなことを考えつつ開く、スライド式ドア。がらがら、という小気味よい音が二人を室内に迎え入れた。
「あ……」
「えっと、どうも」
開口一番に双方のぎこちない挨拶が交わされる。
「誰だろう」なんて戸惑いが見て取れる患者の表情に、頭を下げての自己紹介。
「昨日、倒れているところを見て通報した者です」
「ああ、すみません……!」
それでようやっと腑に落ち、ベッドから身を起こした目の前の患者は、昨日現場で倒れていた女性その人だ。
「ありがとうございました! どうなることかと……!」
「いえいえ、無事なようで何よりです」
診断結果は、インベスに襲われたショックによる失神。
気絶していた時間こそ長かったが、つい先ほど意識が回復したようで。
ひとしきり感謝と謝罪の言葉を述べた患者が次に言うは、
「えっと、何か、ありましたか……?」
疑問の言葉。
「いえ、ちょっと昨日の状況を細かく教えてもらいたくて」
光汰はそれに対し、待ってましたと言わんばかりに、用件を説明する。
「状況、細かく、ですか?」
「はい、ほんとに小さな、ちょっとしたことでもいいんです。インベスに襲われて気絶する瞬間までで、思い出せる限りのことを教えてもらえませんか?」
「わ、わかりました、ちょっとさかのぼってみます」
素っ頓狂な声が、次いで出た。
多少困った様子でこそあったが、患者は光汰の要望を飲んでくれた。
「ええと、確かあそこからちょっと離れた場所を歩いていて……、だけど周りの人が『インベスだ』って騒いでたのを聞いて、気になって行っちゃって……」
自分の頭に手を添え、女性が記憶の再生を試みる。
そうして彼女が腰を沈めるベッドのすぐそばで、彼女を見守る二人。
「行った、先に……青と茶色のインベスがいました」
聞いた瞬間、光汰と茉優は確信の眼差しを以て顔を見合わせた。
シカインベスだ――間違いない。
彼女はシカインベスに襲われた。そのように確定させようとした。
「それで逃げようとしたら、後ろから鳴き声がきこえて……、振り向いたら、もう一体のインベスがいたんです」
――そこで突如現れる、謎のもう一体。
「へ……?」
「色は、青と、黒……だったかしら。私に襲い掛かってきて……」
「そ、そんな……!?」
「そこから先は、よく……思い出せないです」
まず、目が丸くなる。
二人は図らずもまったく知覚していなかった存在を示唆され、驚きを隠せない。
青と黒の体色は、ウシインベスとも違っているし、そもそもウシインベスは彼女がシカインベスと会う前に倒している。よって彼女を挟み撃ちにできるわけはなくて。
誰だ。
神速で浮かんだクエスチョンだけが、脳内を駆け巡る。
「ほ、ほんとに間違いないですか? 幻覚とかではなくて……?」
「間違い、ないと思います」
曖昧な内容だが確かな意識の元で、彼女は茉優の問いかけにもしっかり答えた。
これを見ると失礼だが、目覚めてからの彼女がおかしくなっているだけとも考えづらい。
なれば、なればこそ。
「青と、黒の、インベス――」
想定しえなかった存在に、当惑する事になる。
光汰は顎に手を当てて、考えた。
* * *
――勉強もできる。
スポーツだって、同じぐらいできる。
なんでもできる。誰にも負けない。上になんて立たせない。
自分がなんでも一番で、頂点で。
彼はいつでも周りから“天才”と呼ばれて、育ってきた。
そして全てを“虫けら”と見下して、生きてきた。
「ちょっと人より優れてるからって、偉そうにしやがって」
「どうせ腹の底で俺達を見下してるんだ」
「何言ったところで、天才様は相手にしちゃくれねえよ」
「お前はいいよなぁ……何の努力も要らないんだもん」
虫けらは、いつだって自分を攻撃してきた。
傷つけられたから、虫けらと見下したのか。
見下したから、虫けらと傷つけられたのか。
もはや自分でも、定かではなくなっていた。
ただ寝そべる事実を前に、怒り、悲しみ、最後には「周りがおかしいんだ」と決めつけて。
自ら周りを拒絶して「一人ぼっちになるべき人間だった」と言い聞かせて。
孤独でいることの寂しさを、優れていることの誇らしさで隠して。
強がって、生きてきた。
『――頼む! 俺達の仲間になってほしいんだ!』
この言葉を聞くまでは。
『……や』
『――……うや』
『――――おい、刀也!』
「!」
自分への呼び声をきいて、「はっ」と、途絶えていた意識を繋ぎとめる少年。
どうやら過去に耽っているうちに、眠りこけてしまっていたらしい。
(……柄でもない)
場所はDrupeRs。学校帰りに立ち寄った、久方ぶりの憩いの場だ。
「お疲れか? あんま無理すんじゃねえぞ」
「はい……すいません」
「サービスだ、すっきりするぜ」
隅の席で居眠りする刀也を起こした阪東は、続けてコーヒーを出した。
久方ぶりに顔を見られたのが嬉しかったのだろう、サービスという形で。
「どうも」と愛想を欠いた礼をして、一口含んだ。
「しっかしあれだなぁ、最近は懐かしい顔ばっか見やがる」
そして広がった、その芳醇な香りごと、嚥下する。
「光汰さん、ですか」
「ご名答。会ったか?」
「正式に別れを告げてやりました」
「たはは、そうかいそうかい」
かつては兄貴分と慕った男が見せる苦々しい笑顔の真意を知りつつも、一瞥だけで反応を終わらせた刀也。
訳知りでも、いや、訳知りであるからこそ、阪東も多くは言わないのだろう。
「時間は、巻き戻らない。進むしかない」
呵責に駆られた、という程でもないが。彼なりの理由を説明する。
「いつまでも過ぎ去ったことや終わったことを抱えたところで、最後には置いてかれるんですよ」
過去と決別する理由を、
「そんなものまっぴらだ――、俺は未来を生きる」
まるで誰かに言い聞かせるように。
「でないと、俺は」
「――本当に、そうかい?」
「!」
刀也の暗示じみた呟きを途絶えさせた、阪東の一言。
特にすることもないようで、片手間にグラスを磨きながら、彼は言う。
「ほんとに過去を捨てなきゃ、未来へは進めねえのかな?」
「………………」
「こ、怖ぇ顔すんなよ」
不意に細められた目に向け「別に否定しようってんじゃない」。
「ただ俺は、一人ぐらい――過去を引っ張りながら、前へ進んでく奴がいてもいいんじゃねえかな、って。そう思うだけだ」
「……!」
「仮に背負ったモンを捨てなきゃ先へ行けねえとしても、その事実は、簡単に過去を諦めちまっていい理屈にはならねえはずだろ?」
俺はそれを望んでる――と、勢いに任せて返したかった。
けれど、せっかく舌に乗るまでに至ったその言の葉を、静かに飲み下す。
だって、意地と願望とがせめぎ合って、また自分の本心がわからなくなってしまうから。
「自分が今まで積み重ねたもの、手に入れたもの……そいつらをもう一回だけ、見直してみな」
「俺は……」
「でもって理屈とか、そういうモン全部なくして」
グラスの中で懊悩する少年。
「――自分の気持ち一つで、必要かどうかを決めてみな」
そんな彼に老婆心と知りつつも、諄々と道を説く、春の日の黄昏時。
* * *
一つ目の謎。
なぜ、一般のロックシードを狩るのか?
改造のため、一般人の無力化のため、単なるコレクションetc……考えようは、いくらでも。
二つ目の謎。
どうして、刀也はあの場にいたのか?
最悪の答えをあえて避けるとするなら、彼宣わく偶然居合わせただけ、ということになる。逆を言うなら、他の理由らしい理由はそれしか浮かばない、ということでもある訳で。
三つ目の謎。
なんで、二体のインベスに襲われて女性は無事でいられたのか?
……こればかりは、解き明かすには他の謎を処理しなければどうしようもない。
想像力を働かせ、脳内で散らばった謎を整理する光汰。
身体はというと、何かが入ったレジ袋片手に、すたすたと歩いている。どこかへと向かっているようだ。
「ほらよ、あんぱんと牛乳」
「おぉ~待ってました!」
中身の答えは程なくして、立ち止まった彼の口から出た。
渡した相手はもちろん茉優だ。大喜びしながらその二つを開封、外だというのに憚らず食し始める。
「でも、なんであんぱんと牛乳」
「ばっかだなー、張り込みと言ったらこれでしょ! 刑事ドラマとかであるじゃん?」
「あのなぁ、遊びじゃないんだが?」
「ゆずさん、ホシは動いたかっ! とか言ってみたり」
「聞いてないし……つかゆずさんって俺かよ……」
茉優がのんきにおどけるのを見て、はあ、と光汰はため息をつく。
――かれこれ事の発生から丸二日経とうとしている現在、彼らが居る場所は、昨日とまるで変わっていなかった。
「んで結局は、実成かよ」
「仕方ない……、ね」
実成高校校門前、待つのは刀也。
病院を出た後も、あちこち奔走して訊ね回ったが、悉く有用な情報は得られなかった。
されど繰り返し、結果的に行き着いたのが、最もヒントが残されているここになった――という訳だ。
なりふり構っていられない今回ばかりは、彼も刀也と再度会うことを、了承した。
そしてさらに、深く話を聞かねばならない。モノローグで漏らす。
「なあ、茉優」
口をもぐもぐと動かしながら、「んー?」という簡素な返事をよこす。
「お前は、どう思う?」
「ん?」
「刀也は、ほんとに……」
そんな彼女に、光汰は俯き“一番考えたくない可能性”を提示した。
それを聞いて、ぼやり校舎を眺める茉優――。その相好から、大きな感情の動きは読み取れない。
「ボクは、疑ってないよ」
口内のパンを処理し、表情の補足をするように喋り出す。
「なんで、そう言える?」
「んー、わかんない」
疑念たっぷりの質問にもこの返答。彼女らしいと言えば、彼女らしいが。
「強いて言うなら――トーヤは、トーヤだから?」
おまけに感覚派丸出しの表現。
理論派が聞けば、さぞ怒ることであろう。
「なんだよ、それ」
「んー、上手に言えないんだけどね? コータはどんなになってもコータだったし、ボクも最後には、やっぱりボクだったし」
曖昧な言葉の羅列は、ともすればいい加減さすら感じてしまう。
「だからトーヤも、いつまでもトーヤなんじゃないかなって」
だけどその実、これほどまでに正直に、シンプルに感情を乗せて、友の平穏を願ってる――。
「どれだけ変わってしまっても、刀也は刀也だ」と。
胸を張って、そう言っているようにも取れた。
「……滅茶苦茶だよなぁ、ほんと」
調子はずれな言い回しに、光汰も困らざるを得ない。
あても、根拠もない。それでも信じる。信じたい。
真心から紡がれた感情論。素敵な素敵な感情論。
「でもお前のそーゆーとこ……、嫌いじゃないよ」
「でしょ? ぶいっ」
光汰はそのにっこり笑顔のVサインに、心からの賞賛を送った。
伴う微笑み。
寄りかかっていた門から背中を離して、敷地内に目をやり、再び人を待つ姿勢に戻る。
ちょっとしたおやつを済ませた茉優も、出たゴミを先程のレジ袋に突っ込んで、口を結んだ。
――巨大な物音が、その作業の邪魔をする。
ズドン、と何かが轟いた。
「なっ、なに……!?」
あまりの大きさに、二人の体はびくっと跳ねる。
周囲は当たり前に立ち止まって、異変を感じ取って、どよめいて。
――ゴオンッ!!
「また……!」
「――中だ」
「え、あ、ちょっと!」
光汰は二回目の轟音を聞くと、それを合図に門の先――実成高校の敷地内へと足を踏み入れた。
散在する放課後の生徒らを次々かわし、彼らが作る隙間を前のめりで走り抜けていく。
ぶつかった相手に「すみません」を言うのも忘れ、耳の残響を頼りに音の元であろう場に到着した。
「……!」
実成高校の裏庭――――。
そこから見える校舎の壁が、二つの大岩によって突き破られているではないか。
甘く立つ粉塵。すかさずあたりを見回す。
ぽつぽつと野次馬感覚で見物を決め込む生徒こそいるが――どうやら怪我人はいないようだ。
「フジャアアアアアアアア……ッ!!」
「やっぱりお前か」
代わりといってはなんだが、シカインベスが咆えているわけだが。
間もなく追って来た茉優は、ロックシードを構える。
同時に校舎が異形の危険を報せるように、非常ベルをけたたましく鳴り響かせた。
「なんだってここを選んだのかは知らないけど……これ以上、好き勝手にはやらせない!」
怒号の直後、腹部にあてがわれる戦極ドライバー。
シルバーの帯が光汰の腰を駆けた。
続けて取り出したオレンジロックシードを解錠する――
「なんだァ、お前ら一昨日のかよ」
動作を、男の声に妨げられる。
「……!?」
(男の、声……!)
二人が相対するシカインベスの背後から、ぬうと現れた不快感を煽る人影。
――人間だ。
革ジャンを羽織り、ダメージジーンズで恰好を付けた黒髪細目の男が、シカインベスの隣に並び立った。
「あんときはトンネルの中で、顔良く見えなかったケド……、こうやって会ってみりゃわかるもんだなァ」
そして低く暗い声で、彼らの存在の認知を伝える。
二人は知らないどころか、初めて見る顔だったが――この言動で、その手中で、おおよその正体は理解した。
「ねえ、こいつ……!」
「わかってる」
驚き半分、怖さ半分になりつつも必死に話をつなげる二人。
こいつは間違いなく。
「――先にお前らから仕返ししてやるよォ」
「お互いに、願ったり叶ったりらしい――」
ロックシード狩りの、犯人だ。
あまりに刺々しい眼光。走る緊張も構わない。
光汰は断定するやいなや、下卑た笑いを溢す男に語り掛けた。
「……なんで、他人のロックシードを奪った」
「あ? コレクションだよォ」
「複数犯か?」
「……さぁねェ」
「じゃあ――」
聞きたかった事を、たっぷり絞り出すつもりで――。
同刻、ざわざわと喧しい校内。
若いが故の愚かしさか、生徒らは観ることに徹するばかりで、異形を前にしても能動的に避難をしない。
「ねえ、なにあれ」
「あれじゃねえのか、噂の改造ロックシードって……」
「アーマードライダーもいるみたい、腰にベルトがついてるよ」
「なんだかおもしろそうだな!」
そんな中を、刀也が焦り気味に通る。
三階の人だかりを押し退け、廊下の窓から見下ろした裏庭には、
(……あいつら……!)
三人の人間と、一体のインベス。
うち二人は見知った顔。それどころか、苦楽を共にした元仲間だった。
「何してるの! はやく逃げるわよ!」
そのうちに教員が現れ、穏やかじゃない声音で彼らに避難を促す。
ある者は口惜しそうに、またある者は指示が来たぞと安心し、ぞろぞろと列を成して玄関を目指した。
「雅楽くんも……!」
刀也はというと。
「ちっ……!」
「!? ま、待ちなさい! 雅楽くん! 雅楽くん!!」
教員の手を払いのけ、一人別方向へと駆け出した。
「次。ここへ来た狙いはなんだ」
「そこまで答えてやる必要、ねぇよなァ?」
男は、横のシカインベスに同意を求める。
操るのは自分というに、なんとも白々しいパフォーマンスだ。
やがてシカインベスに向けていた視線を、そのまま光汰まで這わせて――ロックオン。
「――これ以上知りてぇなら、この
その言葉のすぐ後、シカインベスが光汰目掛けて襲い掛かった。
「っ!」
『オレンジ!』
振りかぶった腕をすれ違いざまにかわし、芝生の上を転げて開く、オレンジの錠前。
『ロック・オン! ソイヤッ!』
「変身!!」
勢い任せで向き直った光汰に、オレンジアームズが覆いかぶさる。
『オレンジアームズ! 花道・オン・ステージ!!』
「だったら、お言葉に甘えてたんまり聞かせてもらう……!」
顕現した鎧武者は、夕陽にも劣らない橙の輝きを放っていた。
「やっちまえ!」
「フシェェェェッ!!」
「はあああああっ!」
流れる夕焼け雲の下、双方鬨の声を上げて、敵を討たんとぶつかり合う。
「いって、キュータロー!」
「キュエエエエエエエエ!!」
茉優も続いてコウモリインベスを召喚、光汰の加勢に入る。
「はっ! せや!!」
開始早々、戦況は優勢を極める。前回とは立場が逆転しているためだろう。
空対地でコウモリインベスが攪乱、生まれたその隙を鎧武が的確に突いていく――二対一の圧倒的な、ワンサイドゲーム。
「この形、ずっと思ってたけど……」
戦闘の合間、光汰が無双セイバーと大橙丸を数秒見つめて、思い付きのように二振りの柄尻を合わせた。
次の瞬間、ガチャ、と小気味よい音が鳴り響き合致、
「やっぱり!」
「くっつく~~!」
綺麗に一本の長刀へと変化する。
「ナギナタか……いいじゃん!」
光汰は虚を一閃、続けて駆け出して袈裟斬りをお見舞いした。
たちまち呻きが上がり、その主は思うように戦えない恨みをぶつけるように、力いっぱいに拳を投げ出す。
「残念だけど、見切ってる!」
それをすげなく弾き、振り回しながらの横一文字。
「フ!?」
「まだまだ!」
さらに回転させて、車輪のような軌跡を描いて、重ねて。
鮮やかに連なり刻まれる斬撃を防ぐ術など、敵にありはしない。
「たああああああああああああッ!」
仕上げは一撃、踏み込んで縦の斬り上げ。
「フジャアアアアアア!!」
辛抱堪らず絶叫するシカインベス。
ズタボロな躰が激しく火花を吹き散らして、マスターの足元まですっ飛んでいく。
そこへ行き着くまでに起こった幾度かのバウンドが、傷んだ体表を余計に痛め付けた。
「観念しろ」
歯噛みする不時見へ白刃を向けて、光汰は言う。
「……くっ、そォ!」
対する不時見は開いたロックシードを閉ざしてシカインベスを送還、一目散に逃げ出した。
よほど負けたくないのか、それとも捕まりたくないのか――尤も、どちらでもいいが。
「待て!」
させまいと追いかける二人。
せっかく掴んだ尻尾だ、放すわけがない。
「はぁ、はぁ……!!」
息を切らして脱兎の如く逃げる敵を、目で捉え続ける。
悪あがきを。
独白し、緊迫する空気。
追い回すだけ追い回して、校舎正面、校庭に出る頃か。
「いい加減に、しろーっ!!」
「キュエエエエエエエエーーーーッ!」
「う、おおおお!?」
がむしゃらのまま繰り広げられる不時見の逃避行であったが、茉優の機転によって先回りしていたコウモリインベスが飛来、彼の退路上に見事に立ちはだかった。
「どああああっ!!」
上から来るなんて想定もしていなかったのだろう――あまりに唐突なアクシデントで驚き、なまじ反射的に動いた脚が、不本意にもつれる。
そうして不時見は派手に転倒、ころころと生暖かいアスファルトを転げた。
「ちっ、まだ――……!」
「まだ、やるつもりか」
「!」
咄嗟に起き上がろうと地面に手をついても、少し遅かった。
ギリギリのところで、目の前に立つ光汰。
放たれる「抵抗をやめろ」と言わんばかりの威圧感は、きっと気のせいではない。
「俺達の勝ちだ」
「…………」
「答えてもらうぞ、俺達の質問に」
「チッ……」
人気もなく、今にも閑古鳥が鳴きそうな静寂の中で、響き渡る舌打ち。
「……ひっ」
そして逃げ遅れた生徒の――、短い悲鳴。
「!?」
「え、あの、えっと、その……! わ、わたしは、なにも……!」
「……逃げ遅れか」
視線の先で震える女子生徒は、おそらく避難の際にばら撒いてしまった勉強道具を、拾い集めていたのだろう。
パニックでカバンに入れるのも忘れ、胸で抱えられた汚れだらけのノートや教科書が、それを教えてくれる。
「ここは危険だ、早く逃げ」
――ガチャッ。
「……!!?」
光汰が息を整えて、振り向いた先にいた少女へ避難を促そうとした折。
聞き覚えのある物音が彼の発話を遮った。
「フウウウゥゥゥゥゥゥ!!!」
ロックシードの解錠音だ。
もはや誰が鳴らしたか、言う必要はあるまい。
「不時見、お前!!」
「人質ワンチャンだろォォォォォォォォォォ!!」
ほんの僅かな意識の
光汰でも、コウモリインベスでも間に合わない。
そもそも召喚の
一瞬にして崩される形勢。勝ち誇る不時見。
不覚を取った――。
「逃げて!!」
「え、あああああっ!!?」
「しまっ――!!」
ジジィイィーーーーーー……。
突然、ファスナーの模様が浮き上がる。
彼女の頭上に現れた、もう一つの
この空間に存在する誰一人として、この現象の介入を想定の範囲に加えなかった。
だからだろう、皆一斉に、そこへと目が行った。
「フ、ウ、ウゥゥウウウウ……!!」
そして視線を戻した先で広がる光景は、シカインベスが少女を捕らえたもの。
「グルルルルルゥ……!!」
「な……!!」
「も、もう一体のインベス……!?」
ではなくて、シカインベスが、別のインベスに押さえられるものだった。
「グゥゥゥウウ、オオオオォォォォ!!」
そのまま骨の軋む音と共に、剛力でシカインベスを押し返す。
間違いではない、謎のインベスは少女を守った。
前に立って、背を向け、敵を追い払った。
「グルルル……!」
「なんだ、こいつ……」
茉優は何かに気づいて、あー! と指さす。
「コータ、体色、体色!」
「……! 青と、黒…!!」
それは、病院で得た証言と明らかに一致するカラーリング。
外骨格じみた曲線的なフォルムの皮膚を纏い、猫のように曲げた背が闘争心のほどをよく表す。
唸って威嚇するそのインベスは、まるでアルマジロのような見てくれで。
「――情けないな、アーマードライダー」
そんな挑発的な言葉を連れて木の陰から現れた、アルマジロインベスのマスター。
彼の姿を目の当たりにし、光汰と茉優は仰天する。
「トーヤ!?」
「お前、なんで……!!」
「そんなことより、来ますよ」
「のわっ!」
蹴りをかわされたシカインベスは、次に刀也に襲い掛かった。
しかし黙って通すわけがない。アルマジロインベスを自分の前までもってきて、枝角の頭突きを受け止めさせる。
「そうだよ、お前だよお前ェ!! お前に会いたかったんだよォ雅楽刀也クンンン!!!」
「ご丁寧に名前まで調べてここまで来たのか……、よほどの暇人だな」
「俺はなァ、自分のやりてぇことを邪魔されんのが最高に大ッ嫌いなんだよなァ……!!」
「……知るかよ」
「だーからァ! 仕返ししねェとよォ!!?」
双方突き出すロックシード。拮抗する両者のインベス。
謎に謎を呼ばれて内心当惑する二人が、そんな様を見ている。
「そんなに気になるなら、種明かししてあげますよ」
光汰と茉優を横目で捉えながら、刀也は約四八時間前の話を始めた――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
『きゃあああーーーーーーーーーーーーーッ!』
鎧武との戦闘で満身創痍になったシカインベス――もとい不時見は、トンネルを出たところで見かけた女性に襲い掛かった。
それこそ人質にして、その後であんた達を揺さぶるために。
『フシィィィィィイイ!!』
『グルオオオオオオオオオン!!』
俺はそれを邪魔しただけですよ――アルマジロインベスを使ってね。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「尤も女性に気絶されるのは、想定外でしたけど」
フン、とやや楽し気に笑う。
「まだだ、まだ肝心な、お前があそこにいた理由がわかってない」
「ああ……」
「偶然いただなんて、余計に信じられなくなった」
一転、今度は物憂げに一息吐く。
そうして溜めてから、
「――『ビートライダーズとして再興した』という言葉の真意を知りたくて、あなた方の後をつけた……とでも言えば、満足してもらえますかね」
こう言った。
「なんだよ、それ」
発言と行動の矛盾をやんわりと指摘するも、誤魔化されて。
「そのロックシードも……トーヤ、ほんとは……」
茉優は一足早く何かを察して、静かに先立って彼へと語り掛けた。
瞥見した手中のロックシードは、あの頃となんにも変わらない――L.S.-05『パイン』だ。
「――捨てようとしましたよ。したんですよ、何回も」
彼も察し良く茉優の意図を汲み取る。
もはや隠さない。
刀也は、儚く脆い言葉を繋いだ。
それはずっとずっとポケットにしまっていたことで、そして同時に、立ち戻った孤独の中に押し込めたこと。
彼の、たった一人の――
「あんた達が消えて、チーム鎧武がなくなってから……『自分も前に進まなきゃな』って、忘れようとしましたよ」
持っていたのは、焦りだった。
再び訪れた虚無に取り残されまいと、次のステージを目指す。見つける。
そんな焦りだった。
それを拭うのに、また嘘を使った。沢山の虚勢を張った。
「だけどね」
でも。
「いくら払い落しても」
どれだけ探しても、見つからなくて。
「どんなに洗い流しても」
どれだけ作っても、最後には壊れて。
まるで形になりゃしない。
どうして? 理由? 簡単だ。
「頭ん中の奥底に染みついて、消えないんですよ」
心がまだ、鎧武にあるから。
己が腹の底から「幸せだ」と笑って言えるパーツが――光汰と茉優の中にあるから。
「あんた達が恨めしい、なんなら憎たらしいはずなのに――この記憶が、捨てられないんですよ」
自分の積み重ねてきたもの、自分が得てきたもの。
彼らとの思い出という名の、一番の宝物。
『ほんとに過去を捨てなきゃ、未来へは進めねえのかな?』
どんなに自分を騙したって、
『だけど、それで俺が逃げたら――今度は、あいつと築き上げたものまで失くしてしまう』
簡単に忘れられるわけがないんだ。
「……まったく、ロクなもんじゃない」
断ち切れないのは、彼だって一緒だった。
それを知ったからこそ、彼はもう一度、彼なりのやり方で悪あがきする。
「グルオオォ!!」
「!!」
アルマジロインベスとシカインベスの均衡が、ついに崩れた。
青と黒の怪物はもう一度、そのパワーで技の鹿を押し飛ばして見せた。
「刀也、お前……」
「後で、ツラ貸してくださいよ」
「へ……?」
「あんたには、言いたいことがいっぱいあるんだ」
「奇遇だな」。
目交いの相手、否、友との約束を快く受け入れる光汰。
「俺も、謝りたいことがあったんだ」
なぜなら彼にもこの一年で、刀也に伝えたいことがあった。
それを言うために。
この一年越しの蟠りを、打ち壊すために。
「――だったらお互い」
少年二人は今一度、
「生き残らなきゃな!」
手を取り合った。
「フゥウウウウウウウウウ!」
ついに怒り狂う、シカインベス。ぶんぶん振るわれた頭がその度合いをしかと示している。
今度は三対一。
二対一で強いられた一方的な戦いの色が、より濃厚になった。
見極めずとも明々白々な結果。白旗を振る以外に残された道はないと、火を見るより明らか。
「くそッ何やってんだよォ!! さっさと立てよおらァ!!!」
であれども、この頓珍漢はそんな真似をしなかろうて。
肉の屠る音が止まぬ。骨を打たれる音が消えぬ。
三人の猛攻は反撃の隙さえ与えないで、入れ代わり立ち代りに、立て続けに展開される。
「決めるよ!」
「ああ!」
「合わせるぞ!」
そして茉優の一声で、それはとうとうとどめの段階へと移行した。
「キュエエーーーーーーッ!!」
「グルォォォォォォ!!」
光汰がシカインベスを蹴飛ばしたのを合図に、両脇から二体のインベスが同時にダッシュ、遠ざかった獲物を猛追する。
敵はというと、ドン、と肉体を地面に打ち付けた後に立ち直り、落ち着いて迎撃の体勢。
「!!?」
一発の弾丸がそれを容易く崩す。
光汰も駆けながらに得物の銃口――“ムソウマズル”を向けて、引き金である“ブライトリガー”を引き絞った。
「フ、」
何度も。
「ジャ、アアアアアアァァアアア!!!」
何度も。
「ほーら、隙ありだよっ!」
そうこうしているうちに鎧武の援護を背にコウモリインベスが切り込む。通りすがりに、刃で挨拶。
「休む暇はやらねーぞ!」
悲鳴を上げる間もなくアルマジロインベスも懐に侵入。
三発の拳を叩き込み、仕上げに力いっぱいのアッパーを以て打ち上げる。
「まだまだいきますよ~~~~!」
風切り。
はたたき。
視界で舞い踊る一対の黒翼。
それがコウモリインベスと気づいたのは、上空で滅多斬りにされた後のこと。
「フシィ、ゴァ、ギャアアアア、アアアアアアアア!!!」
尋常ではない悲鳴が、体の限界を報せる。
「いいよコータ!」
「光汰さん!」
その中で響いた呼び声は――、
『ロック・オン!』
とどめを刺すべく奔る彼の背を、押した。
無双セイバー・ナギナタにオレンジロックシードを装填し、駆ける光汰。
『一、十、百、』
始まるカウントダウン。
進路上で背中を丸めたアルマジロインベスを借りて、跳躍する。
『千、万ッ!』
限りある滞空の中で、仰ぎ構えた刀身。
『オレンジチャージ!!』
錠前が謳う刹那。
天を昇る物打ちは、見事に落ちゆく怪異を捕らえた。
長刀はすれ違いざまに咆えて断末魔を掻き消して、空気ごと躰を掻っ切って。
「せいやああああああああああああああああああああああああああッ!!」
ブオン、という斬撃音と一緒に無双セイバーを振り抜いた光汰はそのまま落下、着地した。
その背中で起きた爆発が、敵の絶命を教えてくれる。
宙空で浮き上がった輪切りオレンジの模様は、おまけとでも言っておけばいいか。
「た~~まや~~」
「季節外れですよ、それ」
ふざける茉優に、指摘する刀也。
抜群のコンビネーションを発揮し、掴むべくして勝利を掴み、皆で喜びを共有する。
今、この瞬間だけは――あの頃のチーム鎧武そのものだ。
闇色に染まりかけた空を仰ぎながら、光汰は懐かしむ。
「……ふっ」
バイザーの奥で、そっと微笑みながら。
「何、楽しんじゃってんの?」
「!!」
野暮な事だが、仕方ない。
不時見はゆらりと立ち上がり、彼らの再会の邪魔をした。
俯いてぶつくさぶつくさ何かを呟いているようだが、彼らの耳には届かない。届かせる必要もない。
「終わりだ、今度こそ」
再び周囲を包み込む静寂に声を通し、強気に彼の元へ足を進める。
「……終わらねェよ」
戯言を抜かせ。
散々困らされた光汰は内心で乱暴に呟いた。
もう怖くない。何もありはしない。
『――レベルアップ!』
そう思っていたのは、どうやら彼だけだったようだ。
「な……!?」
インベスを宿さなくなったロックシードから、だしぬけに聞こえたレベルアップの音声。
なんだ、なぜ、どうして。
インベスは確かに撃破したはずだろう――急激に疑問の泡が浮上し警戒、思わず引き下がる。
「……だから言ったろ」
「フ、ヴ、ヴ、オ、オ、オ、オ、オ、オ」
「そ、そんな……!」
「嘘、だろ……!?」
三人は眼前で起こった現象に、目を疑った。
「終わらねェ、って」
信じられるか。
爆発で飛び散った肉片から、再びシカインベスが生まれたのだ。
「ヴ、グ、……オオオオオオオオオッ!!」
しかもそれだけではない。
うねる体表、くちゃくちゃに歪む骨格、大きくなる呻き声。
それらの段階を踏んで、シカインベスの肉体は変質していく。
「俺様の邪魔するから、悪いんだぜ」
「こんな、ことって……!!」
影法師が、三人の少年少女を覆い隠した。
見上げた化物は全身が尋常じゃないくらい膨れ上がり、元がなんだったのかすらわからないまでに変容していた。
進化前の面影すら残していないが。シカインベスの強化態は、確かにここに。
「俺様のコレクションの、邪魔するからァ!!」
「――ヴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
彼らの前に、現れる。
「ぐ……!」
咆哮一つで空気が震えあがらせ、彼らの肌を大いにぴりつかせる。
ズシン、ズシン。
一歩大地を踏みしめるごとに大足は地面を叩き鳴らし、彼らへ並々ならぬプレッシャーをかける。
「っ、くるよ!!」
「やれ――シカインベス!!」
「ヴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
負けじと大声を上げた茉優。
腕が振り上げられた瞬間に光汰、茉優、刀也は各々の方向に散って回避した。
落ちた拳で砕かれたアスファルトも、そんな三人を追うように飛んでいく。
「く、あっ!」
「くっそぉぉぉ!」
衝撃は駆け巡った。
意図的に生まれた風が彼らに容赦なく突進する。
光汰はスーツに、茉優と刀也はインベスに守られこそしたが――もたない。
今しがたの出鱈目なパワーを伴った一撃で理解する。
長期戦は危険だ、と。
長引けば勝機は消える、と。
「半端じゃないですね……、改造ロックシードって……!」
「ほんとに、ねっ!」
立ち直った茉優が目を狙い、コウモリインベスを飛ばした。
一気に決める、そのための布石を打つ意図を持って。
しかし。
「キュ――――!?」
「!!?」
突如躍り出た拳。
もてなしは。
額面通りのワンパンチ。
コウモリインベスはそんなカウンターをもろにくらい、ダウンしてしまった。
「き、キュータロー!」
体力の限界を迎えた茉優の相棒は呆気なく墜落、クラックへと強制的に仕舞われる。
「ハハ! ハハハ! ギャハハハハハハ!!」
何一つ成せないまま沈んだ相手をよほど滑稽に思ったか、爆笑する不時見。
「……馬鹿げてる、なんだこのパワー……」
付け加えで「スピードを対価にしたって、お釣りがくるぐらいだ」とのこと。
仰る通りだ――この五メートル近い巨体から捻り出される力であるということを考えても、些か強すぎる。
そんなものだから、刀也は足が竦む。端的に言えば怯む。
「それでも、やるしかない!」
対して光汰は自らを奮い立たせ、矢面に立った。
振るう無双セイバー・ナギナタ。でも、
「ぐっ……!!!!」
刃が通らない。
全身を走る枝角が、無情にも斬撃を阻むのだ。
乾いた音だけが侘しく鳴る様相に、一体どれだけの絶望感が内包されているのだろう。
「虫刺されかなァ~~~~~~!!」
「く、ううッ!」
そんなこと意にも介さず、シカインベスの拳は振り回される。
敏捷性が損なわれているのが唯一の救いか、四方八方から来る全ての殴打をいずれも紙一重でかわしている。
潜って飛んで回って、忙しなく動き回って。
それでも防戦一方は強いられて。
反撃で与えるであろうダメージと、攻撃で受けるであろうダメージがまるで釣り合っていない。
「ヴゥゥゥウウオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
襲い来る鉄拳をまた回避しようとしたその時、アルマジロインベスが間に割って入った。
「!」
「グルルゥウウウ……!!」
攻撃を堅牢な背中で防ぎながら、「やれ」と目くばせする。
光汰はそれを見逃さなかった。
次は背中ではなく肩を借りて、
「うおおおおおおッ!!」
天高く飛び上がった。
『オレンジスカッシュ!!』
カッティングブレードを倒された戦極ドライバーががなり、光汰の得物を輝かせる。
稲妻のように駆け抜ける時が、止まる一瞬。
『これで!』
短い独白を漏らす。
直後に重力を味方につけて降下、燦々と煌めく無双セイバー・ナギナタを叩きつけた。
「……ッ!!?」
はずだった。
確かに、そのはずだったのだ。
しかしどうだろう。
目の前の敵は傷一つない。
「ぐ、あ、あ……!!」
残るのは、全身を蝕む強烈な閉塞感――いや、圧力。
叩きつける直前に聞こえた「がしり」という音が、この状況の答えに直結する。
「光汰さん!!」
光汰が、その人ならざる者の掌に捕縛された。
「――つーかまーえ、たァ!」
「う、が、あ!!」
「ハハハハハハ!! ギャーーーーハハハハハハ!!!」
「ぐっ!! ぐああああああああああああああああああああ!!!」
「コータ! コータぁぁっ!」
実に不快な笑い声が響き渡る。
握りしめられた瞬間、惨さすら感じるほどの苛烈な痛みが脳天から吹き上がる。
鎧が歪んで、骨が軋んで、肉が縮んで声が千切れて。
意識を確かめる声にも応えられず、ひたすら悶絶する光汰。
当たり前だ。
鎧武でもなければ死んでいるところのダメージを受けているのだから。
足元で攻撃するアルマジロインベスを蚊帳の外へやり、ひとしきりおもちゃのように光汰を遊び倒したシカインベスは、彼を粗雑に放り投げる。
「う、あ」
すると、光汰は儚くぽてっと地面に転がって、ぐったりと倒れ込んだ。
同時に霧散する鎧。強制変身解除。
口辺には、血が滲んでいた。
「は、あ……あ……!!」
親友が倒れゆくのを見て、図らずも涙目になる者。
「ち、くしょう……!」
必死に思考する者。
どちらも正しい反応だろう。この危機に直面しているのなら。
「さァて」
大きな影が、光汰に注ぐ残光を遮る。
とどめを刺さんとするシカインベスの気迫は、二人が庇う事さえ許してくれなかった。
要らぬ動作は無しに、振り上げた拳。不時見が内心で数える。
一。
二。
「――仕返し、完了だァァァァ!!」
三。
「っ!!」
ズドォン。
相変わらず、音だけは一丁前。でも降ろされた拳骨に手応えはなく。
「あ……?」
「――くっそおおおおお!」
刀也は
追撃を阻むのは、アルマジロインベスの役目。
体格差をものともせず、勇敢に挑みかかった。
「おい……おい!!」
「う、……」
「何伸びてるんだよ……起きろよ!!」
何分持つかはわからない――。
背後で大小のインベスが競り合う中、その虚ろな瞳に呼びかける。
声を荒らげている。
体が震えている。
それは半ば、やけっぱちの証。
「さっき言ったじゃないか! あんたには、言いたいことがいっぱいあるって!!」
もしかすると『死ぬかもしれない』なんて危機感が――彼を突き動かしたの、かも。
「……俺は、ずっとずっと『何かを変えられる人間』に憧れてた」
聞こえてるかなんて定かじゃない。
それでも、事が終わった後に伝えるはずの言葉を光汰に吐き出した。
「だから……、あんたの背中を追ったんだ」
しぶとく、あきらめ悪く。
この一年のありったけを。
「……れ、は」
「コータ……?」
駆け寄った茉優が光汰の口元に耳を傾け、その消え入りそうな声を、確かに拾い上げる。
「俺、は……何も、変えてなんかない」
「変えたさ、俺を!」
『――頼む! 俺達の仲間になってほしいんだ!』
「誰かを見下すことでしか、自分の意義を求められないこの俺を!!」
『お前は俺たちの誰よりも頭がいい。だから、その頭の良さで俺たちを助けてほしい』
忘れない。
「あんたは俺に、世界の広さを教えてくれた! 友達ってやつの素晴らしさを教えてくれた!!」
あれほどまでに自分を認め、受け容れてくれた人間の――“友達”の言葉を、決して忘れるものか。
胸の奥に、手付かずのままでずっとしまってる。
「あんたは、俺にとっての憧れだった……間違いなく!」
だからこそ、背中を追うだけでは足らなくなって。
彼と並んで、同じ道を歩くようになって。
「だからこそ! あんたのあの行動が許せなかったッ!」
そんな憧れだったからこそ――――彼が逃げたのは、どうにも許せなかった。
裕樹を殺されたことでも、自分の居場所を失くされたことでもない。
ただ彼が、『己の選択から逃げたこと』に、刀也はずっと怒っていたのだ。
思った理想と違うがゆえに。描いたビジョンと異なるために。
「バカみたいだろ? 笑っちまうだろ……!?」
「……トーヤ……」
身勝手、独りよがり、自己中、ミーイズム、我執、妄執。
「勝手に期待して、勝手に裏切られて、勝手に怒って……滑稽そのものだろ!!?」
「…………」
さて、周りは彼をどう呼ぶか。
「だけど、それでもな!」
尤も雅楽刀也という男にとっては、そんな些末なことはどうでもいいのだが。
「それでもあんたって人は――いつまでも俺のヒーローなんだよ!!」
信じた理想がどんなになっても、その身朽ち果てるまで追い続ける――彼にとっては。
笑いたければ笑えばいい。
貶めたければ貶めればいい。
それでも彼は。いや、彼も。自分の信じた道を行くから。
「グ、ルアアアアアアアアアッ!!!」
大きな鳴き声が、後ろで空を震撼させた。
主は残念なことにアルマジロインベスで、コウモリインベス同様に抵抗虚しくクラックへ引き戻される。
シカインベスは勝ち誇って、雄たけびを上げていた。
「ヒヒッ、手こずらせやがって」
「く……」
「コータ、ダメだよ……!」
「ダメじゃない、やらなきゃ……っ」
迫る足音。近づく地響き。
それを知覚し、ゆっくり起き上がった光汰。
打つ手はないけど、体は動く。時として酷なヒーローの本能。それだけで、戦う理由には十分となってしまう。
そんな満身創痍を案じる茉優の前を横切り、黄色の錠前は差し出される。
「!」
彼の決意が閉じ込められたそれは、今まで持ったどのロックシードよりも、重く感じられた。
光汰が大切そうにそれを受け取ると、刀也は口を開く。
そして静かに、彼の眼を見据えた。
「……俺はもう一回、あんたの背中を追いかけたい」
漸く「これまで」を清算して、最後に添える「これから」。
ヒーローへ、見つけた『自分の本当の未来』を教える。
「……俺はもう一回、あんたと同じ道を行きたい」
それはきっと――。
「だからもう一回! 俺を、仲間に入れてくれッ!!」
今を生きる指標になるから。
「ヴ、オオオオオオ……!」
目と鼻の先なんてものじゃない。
気付けばシカインベスは、三人の身に影をかけられる場所で、立っていた。
見上げた茉優と刀也は、意図せずして同じタイミングで生唾を飲み込む。
死を覚悟する二人の間で、無言のままむくり、とよろめきながらも立ち上がった少年。
「ヘヘ!! ハハハハハハ!! ざァーんねんでした!!」
「………………」
まとめて叩き潰そう――振りかざされた握り拳から、そんな意図が見て取れる。
「終わるのは、テメェらだよォォォォォォ!!!!」
殺戮のハンマーはそのまま別れを告げんと、落ちてきて。
「コータ!」
「ぐっ……!」
『パイン!!』
肥大化した影は、そのまま三人の少年少女を音もなく飲み込んだ。
ひっそり、本当にひっそりと。
「……っ」
拳が振り降ろされて、五秒ばかり経った頃か。
二人は反射的に閉じてしまった目を、おそるおそる開き直した。
居座って遅々として消えない静謐に、違和感を覚えて――大方そんなところだろう。
「……へ!!?」
そしてひらけた視界の中で、明かされたその正体。
パインを被った鎧武。
それはしっかり相手の拳を防いでいて、言い換えれば、きっちり二人を守っていた。
「ヴ!!?」
驚くのは彼女らだけでなく、シカインベスも一緒。
だがこの仰天ショー、どうもそれだけでは終わらないらしい。
続けて拳を押さえるパインの鉄塊が高速回転を開始、敵の手の肉を派手に削り取った。
「ヴ、オオオオッ!」
シカインベスはたまらず手のひらを引っ込め、後ずさる。
その瞬間だ。
『――――パインアームズ!』
光汰の頭部で燻っていたパインの鉄塊は停止し、待ってましたと言わぬばかりに果汁状のエネルギーと共に弾けた。
『粉砕・デストロイ!!』
やがて顔を出す。新たな音声を引っ提げて。
鎧武は新しい形態に変化した――刺々しいメタリックイエローの装甲とバイザーを持つ、『パインアームズ』に。
差し色の緑が「デストロイ」という言葉に反してなんともいえぬ茶目っ気を出している。
「パイナップル……トーヤの……!」
「…………」
「なあ、刀也」
自分の背中を見守る刀也へ、光汰は声をかけた。
「もう一回も何も、ないだろ」
「!」
「これまでも、今も、これからも」
語り掛けるのは、さっきの言葉への、返事。
「俺達――、いつまでも仲間だぜ」
それだけを残して、光汰は“もう一回”前に出る。
彼の『消せない思い出』を戦極ドライバーに輝かせながら――。
「おいおい、隠し事はずるいだろォがよォ」
「お互いさま、ってことで」
飄々と返す余裕を見せつけ、ゆっくりと不格好なアスファルト上を歩む。
「ま、そんな状態で、何ができるとも思ってねェけどなァ!!!」
下品に喚き散らし、またもシカインベスを差し向けた不時見。
それから彼の顔が恐慌に歪むまで、僅か二秒。
「ヴォオオオオオオオオオオ!!??」
シカインベスは横からの飛来物に打ち払われる。
発情期の獣が如き勢いで光汰に駆けた――そこまではよかった。
だが彼とて、五メートルもある化物を近づけたいと思うだろうか?
答えはノーだ。
今までは近くでないと戦えなかったから、敢えてそうしていただけのこと。
「ぱ、ぱわふる……!」
「……へえ、こりゃいい」
だが、今は違う。
右手のモーニングスターが、ちゃら、と自ら金属音を鳴らし、己が存在を誇示する。
パインアームズの固有武器、パイン型鎖付き鉄球『パインアイアン』は、敵の皮膚を砕いた後に、鈍く輝いて見せた。
「ヴ……!」
「やらせるか!」
反撃なんてさせるはずがない。
二度目に立ち上がる前に、振り回して叩き込む一発。
「ヴァアアアアアッ!!!」
さらに一発、もう一発と、次々に『一発』を重ね合わせていく。
持ち主の柔軟な動きに合わせて、変幻自在、且つバリエーション豊かにシカインベスの肉体を壊していく。
ただパターンは変われど、唯一変わらない一撃の重厚さ。
それが、パインアームズの特性でもあって。
「はッ!!」
回って、薙いで、振り上げて。
「せええええりゃああああああああああッ!!」
叩きつけて、回って回って振り回して。
防御。耐久。関係ない。
繰り出すは、最上の力押しという名の最善策。
光汰は額面通り手も足も出させず、ひたすらに鈍い音を響かせながら、皮膚を破砕した。
「――クソッタレがアアアアアアアアアァ!!!!」
不時見の怒声に発破をかけられ、シカインベスは決死の突撃を試みる。
「やらせないって、言ったぞ!!」
光汰もほぼ同時に胸ほどの高さの宙に放られたパインアイアンを――殴りつけた。
続けて飛んでくいかつい鉄球は、カウンターと相成って敵の胸へと直撃、より遠くへと押し返す。
抉れた空気はいくつもの輪へと変わり、無様にすっ転がるのを見送った
「ヴ、ヴオ……ヴォオ……!!」
「さあ、仕上げだ!」
もはや立つことすらままならないシカインベスへ向けて、
『パインオーレ!!』
ついに戦極ドライバーが引導を渡す。
「そこ、うごくなよ……!」
光汰はパインアイアンを旅より引き戻して、再び振り回した。
ぶんぶんと空虚の中で回転運動を続けるそれは、やがて円の残像を形作る。
そうして狙った相手へ、
「そらッ!!」
投擲。
たちまち伸びた鎖が周りを踊り狂い、獲物を囲い込んだ。
危機を感じ暴れても、もう遅い。
抗えば抗うだけ、チェーンはその巨体に巻きつき、食い込みを繰り返して。
「ヴ、オオオオッ!」
終いには、獲物をがんじがらめにする――。
端から、自由を与えるつもりなどなかった。
「はァァァァァァ……――!」
黄色く光り輝く無双セイバーが、その証拠。
右手に剣を、左手に鎖を。その手に握った二つの武器を、絶対に離さない。
逃がさない。
まず光汰は大地に踏ん張り、鎖を手繰り寄せる。
「お、おい……なにしてやがる……!!」
抵抗が意味を成さないと知れども致してしまうのは――マスターの諦めの悪さの表れだ。
「う、動け!! 動きやがれポンコツ!!」
少しずつ、上がった馬力で、ゆっくりと。
身をよじる挙動も、跳ねる動作も、一切を徒爾へと返す。
ただ引きずりに伴って地面は抉れゆき、地獄への道を作り出して。
「く、クソ……クソクソクソ!! ちくしょうッ!!! こいつは最強なんだ! こいつは!!!」
準備は、整った。
「――いっけええええええええええええええええええええ!!!」
パインアイアンは目と鼻の先のシカインベスを一気に引き寄せバトンタッチ、入れ違って前に出た無双セイバーが、その獲物を切り裂いた。
「ヴジ、ギアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
「ちくしょオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
光芒、怪異を断ちて。
豪快に振りきって怪物を真っ二つにするその様は、まさしく一刀両断と表すに相応しい。
爆炎と断末魔をまき散らして、シカインベスはついに果てた。
「はー……はー……」
相手の最期を見届け一安心した光汰も、変身解除。限界なのは彼も変わらないようで。
ほんのり月が顔を出す大空へ、へそを向ける。
とさ、と倒れ込んだ光汰に、
「……ひどい顔ですね」
歩み寄る少年。
「お前も、ほっぺ汚れてんぞ」
「……ははっ」
「へへ」
二人して笑い声を重ね合わせながら、一人はもう一人を起こして、肩を貸す。
「後ろを向いてたって、前へは進める」
そして、歩き出す。
「後ろ歩きで、ね」
二人ともボロボロで、おぼつかない足取りだけれど。
「――違いないな」
それでもちゃんと、歩いてる。
「刀也」
「なんです?」
止まっていた時が、再び動き出した。
「――おかえり」
そんな気がした。
「ただいま――、です」
刀也も、『もう一回』。
クスリと笑って一歩を踏み出した。
ひとまずの行く先は――とりあえず、すぐそこ。不時見にのしかかる、茉優の所まで。
「抵抗したら噛みつくぞ!! このやろーーーー!!」
「だぁああああやめろ、やめろってェェェェ!!!」
今日、この瞬間、チーム鎧武は再結成される。
失ったものを取り戻すために。大切なものを守るために。
彼らはこれから、自警団として沢芽市で活躍していくことになるのだが――それはまた、別の話で。