仮面ライダー鎧武 The Genesis of Children   作:裏腹

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Episode.07 Shadow creeping

「なあ、光汰」

「なんだ?」

「お前は、この旗にどんな夢を乗せたんだ?」

「な、なんだよ、急に?」

 

 古びたおんぼろの倉庫へと続く、階段。

 そこの一段に小さな腰を下ろして、少年は訊ねた。

 

「いやぁ、聞いてなかったからさ、お前の夢。っていうか、信じるもの、っての? わかんないけど」

「確かに教えてなかったけどさ……聞くタイミングとか考えてくれよ、恥ずかしいなあ」

 

 そうやって赤くなった頬をかいて恥じらう少年を見て、隣の銀髪の少年がけらけらと陽気に笑う。

 やめろよ。そんな風に言ったって、彼は茶化すのをやめてはくれないが。

 それが良くわかっていたから、咳払いで強引に話を進めた。

 

「俺は、そうだな……」

 

 空を仰いで、言葉を詰まらせて、数秒。

 正直改まってはみても、未来へ託す希望なんて、特別あるわけではなくて。

 

「あっれ、お前もしかしてないの?!」

「ち、ちがっ」

「鎧武の名付け親のくせに!!?」

「んなこと考えてる暇がねーんだよ! 俺は今が忙しいの!」

 

 それは別に「明日が嫌いだった」とか、「未来が恐かった」とか、そんな思春期特有の理由ではなくて。

 

「それよりもお前だ、お前! 俺はお前の夢を知らないぞ!」

「あ、話逸らしたな? ずっりぃ」

「う、うるせえ!」

「頭いいくせ、ほんと舌戦には弱いんだよなあ、お前」

「ほっとけよ!」

 

 純粋に、現在が楽しかった。

 今日が一番だった。

 今が最高だった。

 そんな今が、ずっと続いていくと――そう信じていた。

 故に、未来を考えられなかった。

 

「んで、俺の夢だっけ」

 

 少年は、手すりに腰かけ、果てへと沈む夕陽を望む親友の横顔を見つめながら、頷いた。

 

「俺の夢はすごいぜ。鎧武が出来るずっと前、お前らと出会った時から何も変わってないんだからな!」

「いいから、勿体ぶらないで早く教えろよ」

「せっかちだなぁ」

 

 彼が夢を教えてくれた“あの日”の事は。

 

 

『俺の夢は――――』

 

 

 今でもまだ、覚えてる。

 

 

 

「……!」

 

 目に飛び込んだのは、いつかぶりの我が家の天井。

 そこに、柔らかな金髪をした少女の、不安げな表情が映り込む。

 

「コータ……! 大丈夫?」

「う、ん……」

 

 まずはベッドから上体を起こした。目を落とせば、胸部に巻かれた包帯。手酷くやられた証。

 次にずきずきと痛む頭をもたげると、スイッチでも入ったかのように、最新の記憶が映像として呼び戻された。

 何となしに見やった外の景色は、宵闇のせいで何が何だかわからなくなっていて。

 

「目覚めましたか」

「刀也……俺……」

 

 カミキリインベスとの戦闘が終了してから、実に六時間が経とうとしていた。

 刀也は、光汰にそのことを伝える。

 

「まったく……『危なくなったらすぐ逃げろ』っていう本人が危うく死にかけてちゃ、世話ないですよ」

 

「本当だよ!」腕を組んでひとりごちる彼に、便乗する茉優。

 

「無茶するな、とかなんとか言ってたくせにさ!」

「あ、ああ……すまん」

 

 両者の小言を蔑ろにしている……という訳ではないけれど、どこか届いていないようにも取れる受け答えに、目を細めた。

 それを知ってか知らずか、のそのそと現れた静寂が辺りを包む。

 

「……あいつら、どうなった」

 

 しかして長居はできないらしく、光汰の開口によってあっさり立ち去った。

 どうにもまだ頭が痛むのか、掌は額に張り付いている。

 

「わからないです。目立った動きもありません」

「……そっか」

 

 そんな生返事の後に、額を押さえる手とは別の手が横に出される。

 

「ダメですよ」

 

 それが伸びた先は、あろうことか戦極ドライバーだった。

 尤も、掴むことまではままならなかったようだが。

 がしり手錠のように手首に巻き付いた刀也の手は、満身創痍の少年にとっては大変に重いもので。

 

「…………」

 

 視線が、かち合った。

 軋む腕。

 ただ一人当惑する茉優をよそに行われる、二人の言外のやりとり。

 

「……放してくれ」

「ダメです」

「放せ」

「ダメです」

「放せよ!!」

「ダメです」

 

「放せ」と拒むほどに、刀也の握る力が強くなった。

 それだけ「行くな」と。光汰にそう言っているようだった。

 

「行かせてくれ! あいつを止めなきゃいけないんだよ今すぐに!」

 

 されど、光汰は目を見開いて叫ぶ。

 二人を止めようとした茉優だったが、すっかり気圧されてしまう。

 

「そんな体で何ができる!」

「俺はまだ生きてる! 戦える!」

「殺されれば何の意味もないでしょう!!」

「ぐっ!!」

 

 がば、と腕ごと引き寄せた光汰の頭に、刀也が自らの額をぶつけた。

 これにより、まるで怪我人とは思えない気迫こそは鳴りを潜めた。呼吸だって整った……が、その剣幕に変わりはなく。

 

「……あいつは、腹の底から笑ってた」

「…………」

「心の底から、悪意をばら撒くことを楽しんでた」

 

 文字通りの目と鼻の先の相手に、穏やかならざる胸中を吐露する光汰。

 気を失っても尚、脳裏に鮮明に焼き付いていたのは――商人の男の言葉と、その無邪気が過ぎる笑顔。

 

「許せないと、思った」

 

 何が返るでもない中で、光汰は続けた。

 

「ああいう奴が、誰かの幸福を、平穏を次々踏みにじって、破壊する」

 

「だから」。

 すぐにでも、止めなければ。

 光汰が皆まで言う前、刀也は光汰を解放、発話を遮る。

 

「それでも、俺はあなたを行かせるわけにはいきません」

 

 彼にとて、譲れぬものはある。

 合理的に考えた上で止めているのも、多少はあろう。

 

「あなたを、ただただ見殺しにするわけにはいきません」

 

 だが一番に望むのは、仲間の安寧――その一心に、寸分も違いはない。

 光汰が二人を守りたいように。

 刀也だって、二人を守りたいのだ。

 

「俺だってあなたの友人であり、仲間なんだ」

「トーヤ……」

「もしあなたが、俺を非力じゃないと思うんなら……仲間には頼ってくださいよ、光汰さん」

 

 その言葉を聞き、光汰も真の意味で大人しくなったのがわかった。

 

「あなたは、一人じゃないんですから」

 

 先日、茉優に言ったばかりの言葉を図らずも刀也に返されて頭が冷えたか、光汰は戦極ドライバーから手を離した。

 それを確認した刀也もふう、と一息吐いて、尖らせた視線を丸めながら椅子に腰を落とす。

「二人とも無茶しすぎだよ」胸を撫で下ろした茉優。

 そんな彼女へごめんなさい、という意味を込めて頭を軽く下げた。

 そしてすぐに今後の鎧武の動きを提案しようとした、折の事だった。

 

「……敵の青いインベスに、手も足も出せなかった」

 

 光汰が俯き、言う。

 

「同じように剣を……、マスターが与えた日本刀を使うインベスだったんだけど、かすり傷も付けられないで、一方的にやられた。速かった。達人みたいだった」

 

 直面している問題を、今立ちはだかっている敵を、包み隠さず、詳らかに。

 

「俺は、どうすればいい?」

 

 その上で、少年は、

 

「俺は――どうすればそいつに勝てる?」

 

 仲間に問うてみせた。

 最後に上げた面には、絶対に自棄などではないと断言できる、確かな闘志が宿っていた。

 

 光汰を見つめて押し黙る刀也――その真意とは。

 

 

 

      *      *      *

 

 

 

 ひっきりなしにブオン、ブロロと喧しく鳴り続ける駆動音。

 足場には石ころが敷き詰められてて、集中して立たねばならぬものだから、余計にそれが鬱陶しく感じられる。

 吹き抜ける隙間風が冷を運び込み、体温を確実に奪っていく。

 

「さんむ」

 

 吐息と共に思わず漏れる、茉優の本音。

 チーム鎧武の三人は、街の巨大高架の下に来ていた。

 御覧の通り止まぬ自動車の往来に不安定な足場、おまけに寒くて排気ガス臭いという劣悪条件から、普段は不良学生が悪ふざけする時ぐらいにしか使われない、そんな場所なのだが――。

 お世辞ですらいい環境と言えないこの場に訪れたのは、当然ながら理由があって。

 

 

『特訓です』

 

 

 これは昨日、あれからの刀也が光汰に向けて言ったことだ。

 あまりに突拍子がなさすぎて思わず小首を傾げる一言ではあったが、よくよく考えれば強くなるためには鍛練するしかないし、案外理には適っている発想だった。

 だから、特訓をするから、誰にも使われない、迷惑のかからない、ここなのである。

 

「プランは一晩がかりで考えてきました。二刀流は専門外だけど……、教えられる限界まで叩き込みます」

「時間はどれぐらいかかるんだ? あまりかけたくない、とは希望したけど」

 

 騒音まみれの中でどうにかそれを聞きつけた刀也は、三本の指を立てた手を見せた。

 

「三日か……及第点だな」

「この三日間で、茉優さんには相手方の情報収集を、光汰さんには戦闘技術を上げてもらいます」

「おーっ!!」

 

 やはり喧騒を意識してか、出る声も張っている。

 

「っていうか茉優、なんでお前もジャージ姿なんだ」

「お揃いにした方が一体感あるし、チームって感じあるじゃん? なんか鎧武ってるじゃん?」

「何の動詞だよ」

 

 茶番を笑うように吹いた風で膨らむ赤ジャージを、光汰はしぶしぶ押し縮めた。

 

「(わかってはいたし、仕方ないけれど、やっぱりもどかしいな……)」

 

 信用していない訳じゃない。

 しかし、やはりなまじっか目先の事がちらつくからこそ、結果が出るかも怪しいことは……という風には、思っている。

 今更言ったところで、しょうがないことではあるものの。

「早速やっていきますよ!」刀也がそんな独白を察せられるはずもなく、“特訓”は始まった。

 

 

「まず、竹刀を二本持ってみてください」

 

 太刀と小太刀、ケースから取り出した二本を、光汰に手渡した。

 そこからか、などと内心でつっこみを入れる光汰ではあったが。

 

「え!!?」

 

 一瞬にしてそんな余裕は消え失せた。

 がくん、と。

 両手が予想だにしなかった重みに耐えきれず、あっさりと落ちてしまった。

 持ち上がらない。同時に目が点になる。なんでだ、どうして――鎧武の時はああも軽々と振り回せてたじゃないか。

 

「やっぱり」

「な、なんだよこれ!」

 

 まるで確信があったかのように頷いた後、刀也は光汰の疑問の答えを示して聞かせた。

 

「光汰さんの腕力がなさすぎるんだ……」

「で、でも、鎧武の時はあんなに!」

「それは、『鎧武のスーツによって強化された力のお蔭で』振り回せてただけ、なんだと思います」

「つ、つまり?」

「単刀直入に言ってしまえば、光汰さんは今まで、鎧武の性能だけで戦っていたってことです」

 

 落ち込んだような、衝撃を受けたような、曖昧模糊な反応を見せている光汰だが、どうやら理解はできたようだ。

 無遠慮ではあるが、とどのつまり刀也は「地力が足りていない」と、そう言っている。

 

「戦いの様子を詳しく見ていないので、ここからは憶測なんですが――今回の敵は、鎧武の力だけでは倒せないものだった、ってことなんじゃないでしょうか」

「結局は、俺自身をフルに鍛えるしかない。そういうことだな?」

「はい。光汰さん自身の身体能力が上がれば、鎧武としてのパフォーマンスも底上げされるはずです」

 

「簡単に言ってくれる」。

 これが彼の第一声。

 結論を急いだ光汰も、その無茶極まる話にはたじたじだ。

 自分の体力を。腕力を。脚力を。技術力を。諸々全てを三日間で強化する。そう取ったが故に。

 

「たはは……、厳しいなぁ」

 

 あまりに途方もなく、聞いてるだけならえらく現実離れした話だろう。おとぎ話でもいい。

 

「……ふう」

 

 ではあるけれど。

 

「――ッ!!!!」

 

 両手から竹刀を落とすやいなや、大きく息を吸い込み、一気に吐き出す。

 

 パチンッ!

 

 続けて己の両頬を掌で思い切り叩き、鈍っていた双眸を大きく見開いた。

 

「やるしかないか」

 

 何をするべきか。それはよくわかった。

 今やれることに、全てを注ぐ。

 そんな言葉と気合を胸に、再び地面で寝転ぶ竹刀を拾い上げた光汰は、手始めに素振りをおっ始めた。

 

 

 

      *      *      *

 

 

 

 さて、光汰を高架下に置いていってどれぐらいが経ったろう。

 手元に置いた携帯の液晶を光らせ、時刻を確認。小一時間といったところ。

 

「黒のキャスケットに、しゃれたベストねぇ」

「あと中肉中背。忘れてる」

「っと、そうだったな」

 

 改造ロックシード商人の手がかりを得るため、茉優は虱潰しに聞き込みをして回っていた。

「虱潰し」が云う通り、どなた様であろうが我武者羅に訊ね歩く。

 たとえその対象が、ビートライダーズであろうと。

 

「大体、黒キャスケットにベストなんざちょっと探しゃどこにでもいるだろうがよ?」

「まあ、『若者が今一番おしゃれして歩きたい町』なんて言われてるものね~」

「んなもんどうでもいいからさぁ、アンタもこっち来ていっちょ張ってきなって」

「真面目に情報を求めてるんですから、もっとちゃんと取り合ってあげてください!」

 

 テーブル越しで少年少女がこぞってああでもない、こうでもないと退屈な会話を繰り広げる様相を前に、さしもの茉優も居心地の悪さを感じる。

 外は真昼というのに、彼ら『Seven Colors』のアジトはどうにも光が足りていない。理由はここがバーだから、という事実に尽きる。

 困って視線を漂わせると、ダーツスペース、ビリヤード台、ポーカーテーブル等、いわゆる大人の娯楽を匂わせる物が目に入った。

 

「(思ったより、立派だなあ)」

 

 内心で呟く茉優。

 大胆に乗り込んではいるが、実のところ今回が初めてだったりする。

 彼女としても、さぞ新鮮なことだろう。

 

「あ、っと、鎧武ちゃん」

「ほえ」

 

 そうやって見学して、少々の高揚を覚えていた彼女だったが、

 

「えーと、悪い、やっぱわかんねえな」

 

 予想を何一つ裏切らない回答を受け、一瞬で肩を落とした。

 

「リーダーがいりゃなんかヒントも出来たかもしれねえんだけどさぁ……ごめんな」

「はぁ~~」

 

 影も形も掴めない。そんな現状に、ため息一つ。

 

 

 

      *      *      *

 

 

 

甲蝉(こうぜん)政樹(まさき)?」

「そう、それがあのロックシード売りの名前!」

 

『収穫がなかったらどうしよう』

 

 数時間前に少女が独り言として放った言の葉だったが――杞憂に終わったようだ。

 事が動いたのは聞き込み開始から二時間半。

 何となしに町中をほっつき歩いていた大学生から、実に有力な情報を得られた。

 

「19歳、食品メーカー『CO-ZEN』の社長さんの息子で、趣味は工作だって。小学校の頃の同級生曰くだけど」

「甲蝉って、あのCO-ZENですか!?」

「まさか、一大企業の御曹司が犯罪者とはな」

「ただ、今は勘当されてるみたいだけど……」

 

 刑事よろしくメモを読み上げる茉優へ向く、光汰の「どちらでもいいさ」。

 

「身元が割れたなら、足がつくのも間もない」

「SNSのダミーアカウントで情報も流しましょう。拡散力に期待はできませんが……ビートライダーズの目に入れば、それだけでこちらも楽にもなるはずです」

「トーヤあったまいい~!」

 

 この大きな一歩に、少年少女たちは大いに沸く。

 

「残り二日、茉優さんは引き続き情報収集をお願いします」

「うん!」

 

 何故ならあと少し――あと少しで、追いかけていたものに手が届きそうだから。

 

「光汰さんは、しっかり仕上げることを優先に」

「ああ!」

 

 改造ロックシード騒動の解決に、こぎつけそうだから。

 

「それじゃあ早速、走り込みもう一時間!」

「もうちょっとだけ休ませてくれ」

 

 間違いなく風が向いている。

 この場にいる誰もが、そう確信した。

 

 

 

      *      *      *

 

 

 

 光汰の修行開始から、二日経った。

 急いで生きる上での時の流れとはなかなかに早いもので、彼女にもいまいち実感がないようだ。

 

「うーん、知らない人だなぁ、ごめんね」

「そうですか……ありがとうございました」

 

 尤も、同じことを三日がかりで繰り返しているせいもあるのかも、しれないが。

 

「ここぞってとこで詰まってるぅ……」

 

 通りがかったコンビニの前で、がくりと肩を落とす。

 あれからも根気よく聞き込みを繰り返していた茉優ではあったが、肝心要の『甲蝉』の居場所が、突き止められずにいた。

「出身校」「昔の住所」「特技」「所属していた部活」「好きな食べ物」等々の情報は集まっても、結局のところそこから更なる何かに繋がるということはなくて。

 数時間後に控えた刀也らとの合流までには、決定的な手がかりを掴みたい。そうは思っても。

 

「そうそう上手くいかないんだなぁ……」

 

 という独り言に次いで、

 

「刑事さんって大変だな」

 

 実にとりとめのない一言を呟いた。

 まあ、鬱々しく胸を曇らせていても仕方ない。

 気分転換に飲み物で一服でもしようと、(ほぞ)をコンビニへと向けた、その時だった。

 

「ありがとうございましたー」

 

 開いた戸から、喧騒に消されかけた店員の挨拶と共に、その男は現れた。

 

「……!」

 

 思わず息を飲んだ。そして、別方向を向いた。

 

「(うそ……!?)」

 

 想定外の遭遇で慌てこそしたが、コンビニの前で購入したから揚げを食すこの男は、どこからどう見ても、紛れもなく。

 

「(甲蝉……!)」

 

 瞳に焼き付けた今しがたの姿と、四日前の記憶に眠る彼の姿を照らし合わせても、一致する。

 突然の事にどうすべきか内心で迷っているうち、甲蝉はゴミを捨て、どこかへと歩き出した。

 それのお蔭で、茉優も自ずと、己が取るべき行動を理解した。

 

 

『追いかけよう』

 

 

 こんなチャンスは二度とないだろう。

 そう考えれば、体は勝手に動いていた。

 

 周りに気を配り。

 

 しかし対象から目を離すこともなく。

 

 ばれないように一定距離を保って。

 

 彼女は、尾行した。

 

 

 歩いて三〇分になるか。

 そこで、甲蝉の歩みは目に見えて遅くなった。

 それは目的地が近いことを意味する。

 軽く見回せば散見される、光を失ったディスプレイや、看板たち。現在地はどうやらクラブ街らしい。

 すたすた、てくてく、もたもた。

 段階を踏んで徐々に遅くなる甲蝉の足が最後に赴いた先は、一件のクラブ。

 

「(ここだけ外装の明りは点いてる……、お昼でも使われてるところなのかな)」

 

 遅くはなれど止まらぬ歩みでクラブへと入って行った彼を見て、茉優は一旦立ち止まる。

 見上げた眼前の建物は何も不自然なところのない、言い換えてしまえばありきたりなクラブ……若人の遊び場だ。

 

『この中に、きっと何かが――』

 

 付きまとう疑念も、この独白の前には綺麗に霧散した。

 

「よし」

 

 そして発される短い一声が、茉優の背中を押す。

 

 

「う、うるっさあ……」

 

 

 扉の重さは、未知の世界の存在を証す。

 屋内いっぱいにガンガンと鳴り響くBGMが耳を劈くと、一人の少女を盛大に怯ませた。

 飛び込んだ見知らぬ世界の先には、幾人もの男女が時を忘れて踊り狂う、そんな光景が広がっていた。

 

『みんなァ! 今日はこんな忙しい時間の中で集まってくれてありがとう! 今日はすべて忘れて、踊り明かそうぜ!!』

 

 バンダナのDJの言葉で一層の盛り上がりを見せる場内を、嫌悪気味に、目立つまいと、壁伝いに歩く。

 

「ねえねえそこのカノジョ、かわいいね? 俺と踊んない?」

「!?」

「ん?」

「か、かわ、かい、かわか、わ、かわいい!?」

「そうそう! だから、踊ろうぜ?」

「け、け、結構ですっ! し、失礼します……!」

「え、あ、ちょっと!」

 

 されど目を付けてくるというんだから、パーティーピープルの業の深さを感じずにはいられない。

 どいつもこいつも派手な格好で、喧しく騒ぎながら、踊っているではないか。

「こんなののどこがいいんだ」子供のこましゃくれにも見えるそれを否定する茉優は、それこそ自分が子供なだけなのかな、なんて思いながらも、口を頑ななへの字に結んだ。

 ただ「かわいい」という言葉は、まんざらでもなかったようで。

 

「(もしかしたら、凄く見逃しちゃダメなタイミングで見逃しちゃったかも)」

 

 気を取り直し、たまにぶつかりそうになりつつ探すのは、やはり甲蝉。

 壁に手を付けて歩き、あちらこちらと視線を散らす。骨折り損は百も承知。

 

「(さっき、素直に追った方がよかったかな~)」

 

 一目見るだけで良い。

 そこで、彼が何をしているかを知ることさえできれば、それだけで。

 

「あ、あだっ!」

 

 そんな淡い願いを抱いた途端に、すてんと前へこけた。

 幸か不幸か余所見しながらの歩行だったので、勢いはそれほどでもなかったのだが、膝を打ったようだ。

 紙一重でレーザー光が及ばぬ暗がりで、痛む所をさする。

 何が悪かったんだ。何もない場所で転ぶのは幼少よりそこそこの回数こそあったが、今回はどう考えても違うだろうに。

 誰にも言えないで、行き場のなくなった怒りを悔し気に顔に出す。

 

「……?」

 

 数瞬で、そんな面も拝めなくはなるのだが。

 

「これ……」

 

 自分がこけた原因を見せられてしまっては、黙る他あるまいに。

 弱く風が吹いた。不思議な空間。

 伝う壁に、明らかな途切れがあった。

 

「通路、だよね?」

 

 途切れた壁と壁の、間。

 そこには人一人半の隙間が、まるで感知する者を誘うかのように佇んでいる。

 何かの意図を感じるまでに光が寸断されたそこは、誰が目にしたって『異質』と云うだろう。

 

「ここに」

 

 どっくんどっくんと、騒々しい胸。

 生物としての本能が怪しいと告げている。

 だが同時に、それは信じがたくも「答えがある」とも――言っている。

 

「いるんだ」

 

 ここまでに迫った茉優が臆するなど、もはやあり得なかった。

 茉優は一切の躊躇なく、思いきり闇へと乗り込んだ。

 地下へ地下へと進んでく。

 忽ち音が遠ざかる。光が離れる。代わってくるのは埃の匂い。

 

「……」

 

 ひやり冷たい無明の一本道を早足で追い求めた果てに、ドアに突き当たった。

 ここで一呼吸。

 ドアに耳を付けてみるも、熱が奪われるばかりで、何も聞こえてきやしない。

 重たい、鉄の戸だ。手すりに手をかけてわかった。

 

「(この向こうに、アイツが。甲蝉が)」

 

 鼓動は相も変わらず激しいけれど。

 ここまでの道のりを迷わなかったように。

 この扉を開く手も、迷わず引いた。

 

「……えいっ」

 

 無論、小さく……という注釈はあるが。

 

 この厚い鉄板の向こうの、望み続けた謎の正体。

 

 総ての真相。

 

 彼女が見たものは――。

 

 

「ぐあ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!」

 

 

 まずは、血肉が弾け飛んだ。

 次に、ぐちゃりと大変耳当たりの悪い音が鳴った。

 終いには、

 

「勝者ァ、青コーーーーナーーーーーー!!」

 

 腹からありったけの血液と臓物をぶちまけて、人間が倒れた。

 

『オオオオオオオオオ!!!!』

 

 見ている者すら出血しそうな程度には、広がる血の池地獄が踏み荒らされた。

 たった今、この瞬間に亡骸となった元人間を足蹴にする生物――言わずともわかるだろう。

 

「イン、ベス……ゲーム……!!?」

 

 絶句する茉優。

 大きくなったその目に映るのは、広大な楕円形の闘技場。

 そしてその周りを囲う客席は、満員。

 

「グォアアアアアアアア!!!!!!」

 

 血に汚れた禍々しい怪異の咆哮に、更なる別の人物が場内に引きずり出される。

 

「青コーナー変わりましてェー、北村ァーーーーーー孝介ーーーーーー!!!!」

 

 コールに囃され出てきた北村という人物がロックシードをおもむろに解錠すると、今一度、すさまじい歓声が聞こえた。

 よくよく目を凝らせば、殺人インベスの向こうにも人間がいて。

 

「うちの子、もう人間の肉じゃねえと満足できなくなっちゃってさ。モモとかすっげー好きなんだけど」

「っくく、殺してやる……殺シてゃrう……っく、ハハハハ!!」

「聞こえてねえかあ」

 

 雄叫びを上げ、体液を吹き溢し、殺意を募らせて。

 箍が外れたインベス同士の殺し合いは、行われる。

 それをなんとも楽しげに見物する、群衆。

 人の死体が、そこかしこに転がっているのに。

 何度も何度も、断末魔が響いているのに。

 助けてと、命乞いしているのに。

 何故みんな笑顔なのか。

 何故誰も止めないのか。

 何故誰一人不思議そうな顔をしないのか。

 

『――まともじゃない』

 

 茉優は鳥肌が立った。

 みんなみんな、どの人も、あの人も、自分の知ってる“人間”と、あまりにかけ離れ過ぎているから。狂っているから。

 そうだ。

 ここで行われるインベスゲームは、負ければプレイヤーの命も奪われる――死のゲーム。

 いや、ゲームなんかじゃない。

 改造ロックシードを用いて行われる、殺し合いだ。

 

「お゙ァ゙」

 

 また命が奪われた。

 歪んだ頭が、深紅の噴水に押し出されて虚空を舞う。

 

「っ」

 

 全てを悟った茉優は恐怖で呼吸を震わせながらも、これを刀也らへと伝えんと振り返る。

 

 

「楽しそうだねぇ。覗き見」

「!!!!!!」

 

 

 さて――この行動があとどれぐらい早ければ、甲蝉(かれ)に見つからずに済んだのだろう?

 

「……!!」

 

 咄嗟に取り出したイチゴロックシードは、一瞬にして払い落とされ。

 

「かはッ――!」

 

 腹に拳が、打ち付けられた。

 

『早く伝えなくては』。

 

 気持ちだけが急いて、少女の意識は完全に途切れた。

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