仮面ライダー鎧武 The Genesis of Children 作:裏腹
「グルウウウ……」
初めに聞こえたのは、アルマジロインベスの唸り声だった。
「フゥーーーー……」
その獣が鋭利な眼光で捉えて放さないのは、二振りの竹刀を構えた少年。
彼は肺から、目一杯に空気を吐き出した。
相対する一人と一体が睨み合って、もうどれだけ経つか。
当事者達だって忘れているんだから、わかるはずもない。
「…………」
少年は固唾を飲んだ。
ピークに昇った緊張。
「――はじめ!!」
それが颯と解けた。
「ッ!!」
「グルオオッ!」
見守るもう一人の少年の一声で、一斉に互いが互いへ駆け出す両者。
先制。
ぶん回した竹太刀が、インベスの腕をドスンと叩き鳴らす。
「くっ!」
吹き抜ける風――足元の岩間から生えた雑草が、ゆったりと揺れた。
「グルオ!!」
今度はこちらの番だ。そういわんばかりの速さで拳を前面へやり、柄を握る手をはたきにかかる。
バシン。
「……!!」
そんな手を、左の竹小太刀は、はたいた。
太刀が続けて空を穿つ。突きを入れる。
守れど耐えきれぬ巨躯が押し出され、後ろへと大きくのけ反った。
「う、」
今の彼は、それを見逃す彼ではなかった。
「あああああああッ!」
一歩前に出てぐにゃり曲がる脚は、主の体勢を確かに低めた。
狙うはどてっ腹に釣り合わぬ耐久の脚。先の一撃でぐらつくそれを薙ぐのは、そう難いことでもない。
「グラアアアアア!!!!」
――相手の立て直しが遅ければ、だが。
「何!?」
思わず口走り、焦った。
今しがたまでのよろめきが嘘だったかのように、急に脚に芯が通ったものだから。
「ぐ!」
小太刀の打音すら掻き消す轟音が響く。
構え直しで豪快に振り降ろされる拳を防いで。
「まだだ!」
突き上げて、離した。
アルマジロが吃驚する。
こうして覆される攻勢までは予測していなかったらしく、今度こそ本当の意味で構えが崩れた。
「――でやあああああああ!!!」
引き下がるインベス。駆け出す少年。どちらが速いか。
「グ……!!」
そんなものは、明白だった。
竹刀の打突がしっかりと入った。だが。しかし。
ここからは彼も、想像していなかったのではなかろうか。
「へ!?」
少年の点になった目の中で反射するのは、折れた得物の、情けない姿。
「そ、そん」
『なあ』。
言い掛けの落胆も無視して、竹刀の身は宙をすっ飛んでいった。
「……そこまで」
程なくして激しく肩を落とす光汰を結びとして、刀也は立ち合いに止めを入れる。
それを合図に、アルマジロインベスも構えを解いた。
「惜しかったですね」
「くっそー……」
くすりと笑む刀也を尻目に、悔しげに柄を放って、座り込む。
特訓三日目の最終課題は『アルマジロインベスから一本取る』というものだった。
もう何度も何度も繰り返して――数も三〇回にまで登ろうとしていた所。
そんな中で取りかけた試合だ。落ち込むのも無理はない。
「体勢を低めて潜り込むまではよかったです。でも、生物の一番の弱点である頭を相手の肩より下の高さで差し出すということは、それだけハイリスクな事でもあります」
「ん……つまり、どういうことだ?」
「一回目の突きで相手をよろめかせて追撃に走った時、踏み込みがもう少しだけ大きければ、そのまま足を崩しきれて勝てていた……って話です」
「なるほど」
逆に、あそこで中途半端をやって竹刀に要らぬダメージを入れたのが敗因だった、とも言っている。
光汰は早々飲み込み、泥で汚れ汗で濡れ伸び擦りボロボロになったジャージのポケットから取り出した携帯に、『躊躇なく攻める』というメモを取った。
「ほっ」
そして文字通り一息つく。
二日前じゃ、ちょっと体を動かしただけでぜえぜえ言っていたものが、今となっては模擬戦後にメモを取る余裕すらあるのだから、人の体というのはわからないもので。
「茉優が来るまでには、どうにか仕上げたいなぁ」
光汰の独り言を逃さず、刀也は返す。
「そうですね。きっと茉優さんのことだから、最後にまた大きな情報を持ってくるはずですし」
「そうか? あいつ、なんだかんだ詰め甘いぜ?」
「いえいえ、いざとなった時の行動力と鋭さは、俺なんかよりもずっとずっとありますよ」
「だといいけど」
微笑みが交わされる会話は、強張った体を程よくほぐした。
「残念だが……、お前らが言ってるお嬢ちゃんは、帰ってこないぜ」
こんな時間に誰だろう。
そんなことよりも。
聞こえてきた言葉の方が、二人にとってみれば、ずうっと引っかかった。
「お前……!」
「DJサガラ……」
「よっ」振り向いてみれば、あまりにご機嫌なご挨拶だ。
落ち行く日に背を向けて、その男は立っていた。
「楽しそうだなぁ若人、青春だねえ」
先程とは打って変わって険しい表情を見せる二人をどこ吹く風に、無駄口を叩く。
一方二人は、敵意のような、警戒心のようなものを奥歯で延々噛み潰している。
仕方のないことだ。
この男は鎧武が『非』とするビートライダーズ抗争を容認、あまつさえ鼓吹する始末――二人にとっては、敵ということに他ならない。
「おいおい、挨拶しにきてみりゃあ……初対面でこれだ。困っちゃうぜ」
自分の、裏返せば無礼な挨拶を棚上げし、そう話しかけるサガラだが。
「あんたは俺達を知らないかもしれないけど、俺達はあんたをよく知っている」
「へえ」
「用件はなんだ? ……言え」
生憎、二人は彼と多くの会話を望んでいない。
歓迎されていない雰囲気をようやく飲み、サガラは渋々と今しがた喋りかけたことの本題に入った。
「茉優、だったか。お前らの連れの嬢ちゃんは戻らねえって言ったのさ」
「だから、その意味がわからないって」
「まあ、要するにだ」
「――――!!!!」
理解できない少年らを、一発で黙らせるアイテム。
それを差し出した。
「イチゴロックシード……!!?」
「お前!!」
「俺じゃあないぜ」
語調を強める光汰の発話を遮り、言葉を紡ぐ。
刀也は放り投げられたイチゴを、キャッチした。
「俺は中立だ、なんにもしちゃいねぇ。強いて言うなら、見てただけだ」
知れぬ真相の所為で、大きい沈黙が訪れた。視線が錯綜する中で。二人が一人を、睥睨する中で。
されどサガラだけは、話を続ける。
「クラブ『
「デス・インベスゲーム……?」
「使用するのは改造ロックシード。懸けるのはプレイヤーの命。いっちまえば、闇のインベスゲーム……ってとこだろうなあ」
「……馬鹿げてる……」
聞き慣れないワードと、聞くだけで虫唾が走るワードに、少年二人の眉がひそむ。
「んーで、お前らんとこの嬢ちゃんは、そのゲームの主催を追いかけて……」
サガラはまるでそんな二人を扇ぎたてるかのように、敢えて歯切れ悪く伝達した。
所在なさげに両の手を広げるジェスチャーが決め手になったか。
彼が想像した以上に、彼らの表情には焦りが宿る。
「くっ……!」
「光汰さん!」
少し離れた位置に置かれた戦極ドライバーを見やった光汰を、引き止めた。
まだ完全に仕上がっていない鎧武では、「また同じ道を辿る」と。そう思った故に。
「まだ、特訓が終わってないです……!」
しかし、刀也の言の葉に、覇気はなかった。
わけは語るまでもないだろう。
――揺らいで、いるんだ。
光汰を戦わせても、無事では済まない。
それでも、茉優を助けねばならない。
自分一人で奴らに立ち向かうなど、論外だ。
「もう少し、もう少しだけ……! あと少しで、きっと勝てます! から!」
このジレンマに、押し潰されそうになっている。
「ひとまず、ビートライダーズに今起こってる情報を、流して、」
この選択は正しいのか?
「なんとか、して……」
そもそも、茉優は無事なのだろうか?
「し、て」
次々と浮かび上がる、不穏で、無価値な思考。
そんな場合ではないはずなのに。頭を動かせば動かすほど、どつぼにはまっていく。
「……」
言葉が出ない。
何も見えない。聞こえない。
どうしたらいいのか。何ができるのか。
考えても考えても、解答が出てこない。
こんな時に生まれるのが、自責というものならば。
少年はきっと、振り払うことなどできないだろう。
自分が、茉優を一人になんかしなければ。
自分が、最初から別のチームに協力を仰いでおけば。
『自分』という言葉が野放図に増えて、頭の中を埋め尽くし、脳細部を真っ黒に塗り潰し、自分を殺していく。
生まれた黒は水に垂らした血の一滴が如く胸に広がり、心臓すらも染め上げた。
――何が鎧武を守りたい、だよ。
己の言葉が、己の胸を突き刺した。
ぽつんと立ち尽くした少年の脚から、腕から、全身から、力が抜ける。
掴んだ肩が、離れていく。
また、いなくなる。
やめてくれの一つも言えないまま、背中が遠ざかった――。
「刀也」
そして、翻った。
「へ……――?」
崩れかけた自分を、抱えた。
「光、汰、さ」
「こんな時だからこそ、あまり重く捉えないでほしいんだけどさ」
呆気にとられる少年を我に返す、彼の声。
「刀也は、俺や茉優より、ずっとずっと頭が良いから――何かにぶつかった時に、正しい決断ができる」
「……違う、俺は」
「誰よりも早く、何をすべきかがわかる。そんなお前に、俺達は今まで何度も助けられてきた」
たまたまだ。その決断だって、いずれ人を殺す。
返しかける言葉に、また別の言葉が重なる。
「でも、だけど、そうやって選んでも、事が思うように運ばなくなって……焦っちゃう時もあると思うんだ」
「状況を見ろ」と叱る訳でも「お前のせいだ」と咎める訳でも、まして「俺一人で行く」と死に急ぐ訳でもない。
光汰はただゆっくり、静かに、刀也へと語りかける。
「それで間違った結果が怖くなって、後悔だけが先走るようになって、そのうち自分が信じられなくなって」
「それでもいいんだ」
「俺もそうだった」
されど否定する少年へ、肯定を連ね続けて。
「ただそういう時は、自分を信じる人を、信じてみてほしいんだ」
「……!」
自分を支える存在の横顔から見えるものは、絶望とも、焦燥とも違う。
「――自分の選択で救われてきた人間の選択を、信じてみてほしいんだ」
冀望であった。
望んだ結末を見据え、ただひたすらに希求するその目は。
「やれるやれないじゃない。お前が成すべきと思ったことなら、俺達もやり遂げて見せる」
あの日々以上に輝いていたと、思う。
「だから、あと少しだけでいい」
瞼の裏に映った闇は、とうに消えていた。
「俺に力を貸してくれ」
閉ざされかけた世界が、再び広がるのがわかった。
「俺のために、戦ってくれ」
体が軽い。目が冴える。
「……――」
少年は今一度、立ち上がる。
* * *
声が必要以上に響くような空間で、必要以上に大きな声で騒ぐ人々。
そんな連中のせいで、茉優は目を覚ました。
「……!」
薄目を経て、開眼。
最初に映ったのは、遠くで殺し合うインベスの姿。
意識を失う直前に目の当たりにした光景と、全く同じものだった。
狂騒極まる周囲――自分がいるのはクラブの地下闘技場、その客席の一部だろう、見回してそう考える。
「いっつ」
状況も呑み込めて余裕が出てきたようで、細やかな事にも気づくようになった。
手首の痛みだ。
自分では確認できないが、両手を後ろで、鎖によって雑に、それでもきつく括られている事を確信する。
いや、そこだけじゃない。
視線を落とせば足の自由も失われていて、腹と腕だって背後で固定された鉄柱に縛り付けられているではないか。
「……!」
とどのつまり、完全に拘束された状態である。
「気が付いたか」
「!」
横で腕を組んで死のゲームを観戦するは、伽賀嶺。
特別意識を取り戻した茉優に何かをする風でもなく。
「な、何のつもり……!」
ゆえにこそ、彼女はその意図を理解できない訳で。
「君を賞品にするのさ」
一向に口を開かない伽賀嶺に代わり、闇より現れた甲蝉が茉優に手短な説明を聞かせる。
「はぁ!?」
「なんでもご褒美があると、頑張ろうって気になるだろ? だからさぁ、今こうやって行われてるゲームを勝ち抜いた人に、君をプレゼントしようと思って」
何を言ってるんだ。
平然と喋る面に化かされかけるが……たぶん、これが自然なリアクションだろう。
「日本語喋ってよ」
「不満かい? 僕はけっこういいと思うんだけどなあ……健康的な体型だし、色白で肌の質もよさげだし、顔だって一般人にしてはかわいい方だ」
「そういう話じゃない!」
「ああ、見辛いかな。ここ、最前列の特等席なんだけれど」
わざとか否かはわからないが、間違いなく会話ができないと判断した相手に、茉優は歯噛みした。
無茶苦茶な話にままならない状況でいらいらを募らせる彼女だったが、一旦思考が止まる間に、忘れていた事を思い出した。
「こ、コータとトーヤは……!!」
「知らないよ。君がこうなってることも知らないんじゃないかな」
「くっ……」
「ま、優勝者が決まったら自由にしてあげるから、待ってなよ」
しかしそこは茉優、諦めず、どうにか逃げ出す方法をその小さな頭脳から捻出しようとするも――。
「やめておけ。そこまで縛られていれば、どうにもなるまい」
次は、伽賀嶺が言の葉を発した。
尤も、尚も不自由な体をくねらせる様を見て、無駄を悟ったようではあるが。
数分に渡り延々と同じ動作を繰り返した頃か。
「……不思議だ」
茉優は静止し、呟き、
「……何?」
伽賀嶺に突如問いかけた。
「どうして、甲蝉なんかに協力するの?」
「……質問の意図が、見えんが」
「アンタは本気になれば、ここにいる誰よりもずっと強いはずなのに」
それはあまりに、素朴すぎる疑問。
そんな疑問に疑問を持つ伽賀嶺ではあったものの、斜に茉優を見据え不承不承に答えてみせた。
「俺は、自分で作った剣を……力を試せる場所を求める。それをこの男が用意するから、従っているだけの事だ」
この伽賀嶺の返答によって、茉優の疑問は解消されたかのように思えた。本当に思えただけだった。
余計に造られる難しそうな表情が、それを教える。
「それは、人を救う上でだって、出来るはずなのに」
まだ通じぬか、そんな言葉が聞こえてきそうな面持ちで訝しむ伽賀嶺を瞥見しながら、付け加えた。
「それだけの力があれば、自分をそんなに堕とさなくたって、自分の凄さを証明できるのに」
「一つ忘れているぞ」今度は少しの間を置いた男の番。
「剣は人命を壊す物であって、救う物ではない」
「そんなことない……! 力は力でしかないもん、使い方は作った人じゃなく、持つ人が決めるものだよ!」
そう発して彼女が浮かべるのは、自分が大好きな人の、大好きな物を守る姿――。
「殺すための剣ばかりじゃない、守るための剣だってあってもいいはずだよ……!」
最初に与えられた力は、確かに誰かを泣かせるものだったかもしれないが。
それでも誰かのために使って、誰かを笑顔に出来る。幸せのために振るう事が出来る。
「……そう、思うよ」
思わず熱を帯びてしまった自分を御さんと、茉優は俯いてクールダウンを図る。
「餓鬼の戯言だな」
「…………」
一蹴だ。伽賀嶺はというと、『熱』の『ね』の字もなかったようだが。
「ぶつぶつぶつぶつうるさいなぁ、物は言葉を発しちゃダメだろ」
そんな問答を無言で聞いていられるほど甲蝉は器が大きいかどうかといえば、答えはノーだ。
この発言の行き先は無論、茉優だった。
それなりに苛立ってるようで、小刻みに歯ぎしりしているのが騒音の中でもわかる。
「その気になれば轡もあるんだよ? するかい? んん?」
茉優の前に出てきて、頬に手を。
「いい肌だから、あんまり痕を付けたりするのも忍びないんだけ」
『ど』。
たった今まで勝ち誇って、御託を並べていた男が硬直する。
何か何かと側近は固まっていたが、その時が訪れたのは、本当にいきなりの事で。
「うわアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」
甲蝉は差し出した掌に走った激痛に、一切の我慢を無くして悶絶した。
「痕は付けたくない」と語った男の手に付けられた、非常に無情で痛々しい痕。歯型だ。
どれだけ大きく絶叫したのか。
だだっ広い空間一杯に響き渡ったそれは、そこにいる者全員を、一様に黙らせた。
「……ボクは、お前らの言いなりになんかならない。助けが来るまで、目一杯暴れてやる」
出し抜けに生まれ落ちた静寂をかき切り、開口した茉優。不敵に笑ったその口から、少量の血が垂れている。
自分が賞品ならば手は出せない。
それを利用して、抵抗の限りを尽くす。改まって言うまでもない算段だった。
「――調子に乗りやがってエエエエエエ!!!!!」
しかし、これがどうしてとんだ皮算用でもあった。
彼が『短気が服を着て歩いているような存在』だなんて、茉優には知る由もなかっただろう。
筋肉を限界まで膨らませた。平に血が滲むほどの力で拳を握った。風を切るレベルで振りかぶった。スイングした頬に当たった押し曲げた振り切った打ち飛ばした。
「――――っ!!」
甲蝉はあれだけ気遣っていた茉優の頬を、性別どころか人道すら無視しかねない勢いで殴り付けた。
耐えがたい激痛。
どごっ、とあまりに痛々しく、およそ人体から鳴るとは思えない鈍い音が場内に響き渡る。
「っこの野郎……、僕に楯突いてんじゃねえよ……僕より頭の悪いクソバカ女がよォ!!!!」
「ッ!!」
ざわつく場内を歯牙にもかけず、目をぎょろつかせ、息を整えるのも忘れて、抵抗も出来ない茉優を再び殴打する。
「僕は頭がいい! 友達も多い! 勉強が出来る! スポーツだって得意だ!」
一発入れば、もう一発。
「そんな僕がなんで! 他人から批判されなきゃならねえんだ!!」
執拗に。
「僕は最強なんだ!」
ねちっこく。
「誰も文句なんざ言えねえんだッ!!」
一か所を。
「なめた口聞いてんじゃねええええ!!!!」
フルスイングで。
一〇発入るか入らないかのタイミングで、拳は下ろされた。
「痛い」と言う暇もなく殴られ続けた茉優の左頬は、内出血で紫に晴れていた。
口からボタボタ落ちる血液は、今度こそ本人のもの。
「……っぐ……」
「チッ、クソが」
頭部を揺すられ続けても、意識ははっきりしている。喋れるかどうかは、別の話だが。
金属音の後、茉優は己を縛る各所の鎖を外されたのがわかった。
次の瞬間髪を引っ張られ、痛覚が悲鳴を上げたのも、わかった。
「いッ……!」
甲蝉が歩きながら茉優を粗雑に牽引し、おもむろに場内へと出る。
すると彼女の背中を蹴り、放って見せた。
「えー、諸君。取り乱して失礼」
そうして口にするのは、
「お詫びにこちらの品、傷物ですが」
少女を地獄に落とす、
「――山分けという形で、提供します」
最低にして最悪の号令。
「な……!!!??」
その言葉を聞きつけた瞬間。皆の目の色が変わった。
プレイヤーも、観客も、その場にいる男という男が雄叫びを上げ、問答無用に茉優目掛けて一斉に駆け出した。
「そ、そん……!!」
逃げ出そうとした茉優であったが、身長一六〇もいかない少女に、一丸となり巨大な津波と化した男達を避けることが出来る道理など、あるはずもない。
あっという間に捕縛、獣臭い男共に取り押さえられ、嫌悪感を露にする。
「や、めろ!」
「お前が暴れんのをやめろよ……!」
ばたつかせようとした手足は理不尽なまでの力で地面に磔にされた。
「うぁ……!」
そのうち手が無数に伸びてきて、丸みを帯びた華奢な身体を小気持ち悪く弄び始める。
「かわいいなぁ……、お嬢ちゃんのかわいいところ、たっぷり見せておくれ」
「ち、ちょ……!」
まず、ショートパンツが脱がされた。
「待っ……!!」
「へへへ、こいつぁ上玉だ!」
「く、――っ」
次いで食指が向くのは上半身。
まるで薄皮を剥くかのような手際でするりとパーカーをはぎ取られ、その二つの盛り上がりは姿を現した。
布切れ一枚越しではあるものの、己にない豊満な隆起を目にした獣共は、よりいっそうの哮りを上げ、それを躊躇いなく手中に収めた。
「い、あ、ぁ!」
歪めれば歪めるほど手に返る気持ちの良い力が、その柔さを以て男の理性を吸い取っていく。
跳ねる短い絶叫も、柔肌を薄ら赤く染める憤怒も、この獣達には御馳走でしかない。
「気持ちいいだろ? 気持ちいいだろう? 言ってみろよ!」
「(ま……負ける、もんか……っ!)」
饅頭のようにふっくらたわわに育った純白の果実の主は、されど、されどもと辱めに耐えて、抵抗にならない抵抗と発声にならない発声を幾度となく繰り返した。
「助けなんて、本当に来るのかねぇ……」
「!」
胸元をまさぐりながら、男は言った。
泣きっ面に蜂とはこういうことなのかもしれない。
抗うことに手応えを覚えられず、しかして歯を食い縛って堪えていた少女の耳元で、無情にも囁かれた言葉。
それを聞いた、いや、聞いてしまった彼女は、不覚にも芯がぶれる。
「……来る……」
「どうしてわかるの?」
口の奥が震えた。
屈してはいけないと思うほどに、丸腰の精神に覆いかぶさる妄言。それはやがてどちらが妄言かも、わからなくする。
「く、来る! 来るったら、来る……っ!」
泣いちゃダメだと考えるほどに、黒曜石の光沢も増していく。涙だけは溢すまいと、踏ん張って。
「ひ」ぞくりと震えあがった肉体が、次なる悪意の到来を教えてくれた。
「こっちはどうかな」
「! や、やだ、そこは――!」
下、だ。
開かれた脚。未だ誰も踏み入ったことの無いなだらかで純麗な双丘の上、冷をばら撒きながら百足のように男の手が這い回る。
布一重が何の役割を果たそうか。血と唾液とで汚れきった指がお構いなしに、温柔な地維をくにくにと踏み荒らす。
一杯一杯の頭の中に、一気に恐怖と不快が注ぎ込まれた。
「――――っ!」
肢体が撫で回される度、聖域が穢される度、どんどんラグが進んでいく思考。
抜け落ちていく思い付き。一本調子な考え方。
「やめ、ろ……っ!」
それでも、目を強く閉じ、首を懸命に振る。
やれることがこれだけだから。意味など何一つない。
だがここで自分が折れてしまっては。
「触るな! 触るなあっ!!」
折れて、しまっては。
「……触……るな……」
自分が、自分では――。
「さ、わ……」
亭々たる虚空が嘲ったか、深淵なる闇色が誘ったか。
「ごめん」「いやだ」「悔しい」が混一されたモノは、少女の腹と頭の中で膨れ爆ぜた。
そうして希望に突き放された茉優は、堪えていたものをついにぶちまける。
求めていたものを前にし響く甲蝉の高笑いも、障害が消え失せ沸く男共の歓喜も――何も聞こえない。
千切れそうなほどに唇を噛み締めて、さめざめと泣く。
どうしようもないじゃないか。それしかないじゃないか。
願ったって、叫んだって、何一つ変わらないじゃないか。
「やだ……ッ……」
理由なき悪意に飲み込まれた彼女の脱力を合図に余興を終える男達は、
「う……」
ついに最後の、脆く柔い障壁に手をかけた。
うら若き乙女の“初めて”を収穫せんと。
「……っ」
嫌だ。力なく、何度も唱える。
もう開かないでくれ。強く、強く目を閉じた。
世界は残酷だ。
ただ幸せを願うだけの少女でさえも、底なしの絶望に堕とし込むのだから。
これだけの人がいながらも、今、頬を伝う茉優の涙を見る者は――誰一人としていないのだから。
『ズドン』
いや。
『ズドン』
ここに一人。
『ズドン』
そして、もう一人。
謎の轟音で、またしても静まり返る場内。
「なんだ」「いいところで」「誰だよ」口々に獣が喚き散らす。
そんな喧しさを鰾膠無く突っ返し、今一度揺れ動く――――扉。
「おい、見てこい」
甲蝉に指示され男の一人が出入り口の方へ向かったその時、事は起こった。
ドゴォォォン!!
外れた扉が凄まじい勢いで風の輪を作り、男もろとも場内へぶっ飛ぶ。
余力で小さく跳ねる鉄の戸は、衝撃でべこんべこんに潰れ、歪んでいた。
「!?」
これが誰の仕業か。
やはりここでも、甲蝉には心当たりがあって。
「……まったく」
静観に終始していた伽賀嶺が刀を手に取り、無理やり開かれた長方形の一点を凝視する。
「ほう」
「こ……た……っ」
たとえ、彼女が声を出せなくなっても。
たとえ、彼女の涙が枯れたとしても。
「……いずれ、また
煙を裂き。
闇を振りほどき。
どこにいたって、彼らは必ず現れる。
「こうも早くに斬り直させてくれるか――」
「そいつから――離れろ」
理不尽を斬る『守る剣』を、携えて。
竹刀を持った二人と一体は、ついに死の盤と足を踏み入れた。