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世界中で大人気を博したDMMO-RPG。圧倒的な自由度、キャラクリエイトの幅広さ、作り込まれた世界観、未知の世界に待ち構える数々の冒険! ユグドラシルの登場によってDMMO-RPGの黄金時代が到来したことはまず疑いようのないところだ。世界中の人々はユグドラシルの世界での自由と冒険、生と死、栄光、数々の宝に魅了された。もはや地球が開拓されつくし、あとは緩慢な破壊を行うだけとなった2100年代において、ユグドラシルとは単なるゲームに留まらず、人々の目の前に突如として立ち現れた未知のフロンティアでもあったのだ。そのプレイヤー数は数万とも数十万とも言われ、廃課金によって身を持ち崩すプレイヤーは後を絶たず、一時は社会現象にまでなった。その異様な熱気は老若男女、人々の夢と希望をくるんで膨らんでゆき……徐々に冷めて、しぼんでいった。
より洗練されたゲームの開発。運営に対する不満。うんざりするほどに広いゲーム世界。色々な要素が重なってのプレイヤー離れが始まると、後は坂を転げ落ちるかのようだった。かつての廃課金者は生活の為と嘯いて引退し、「所詮はゲーム」が合言葉のように繰り返されるようになり、今やかつての輝きは見る影もなく。
そしてついに今夜、サービス終了の時を迎えようとしていた。
サービス終了とは、つまり〈ユグドラシル〉という世界の終りでもある。今、色々なところで世界終了の宴が行われている事だろう。運営の用意した最後のパーティに参加する者、気の合う仲間と最後まで語り合って過ごす者、一人きりで思い出に浸る者、様々だ。
そしてそんな喧騒から遥か離れて、荒涼とした風の吹く荒野を駆ける影が一つ。
それは巨大な獣の姿だった。熊をはるかに凌ぐ巨大な体躯に、全身を覆うのはうっすらと紫の入った白毛。その相貌は猫にも犬にも似て、そのどちらとも違う。遠目にも鋭さのわかる牙と爪は鈍い紅色に輝き、大地をその四足で力強く踏みしめ疾駆していた。
プレイヤー名〈かるかんしうむ〉。彼は今、モンスターすら湧かないまさに無人の荒野を爆走していた。なぜか。
それは限界への挑戦。誰も知ることのないプロジェクトX。つまり。
(もっと速く! さらに速く!――今日こそ自己ベスト更新だ!)
つまりは、ゲーマーとしてのこだわり。ゲームをやり込みにやり込んだプレイヤーの一部が早解き、つまりRTAで己の、そしてゲームの限界に挑戦するように、彼――かるかんは、ひたすらに速さを追い求めて走っていた。世界をひたすらに探索したり、強さを追い求めるのとは違う冒険。しかしユグドラシルはそれができる、どこまでも『極められる』ゲームだった。だからこその挑戦。
画面に浮かぶスピードメーターを視界の端に捉える。現在の速度は2700 km/h。秒速にしておよそ750m。音を彼方に置き去りにし、世界にはかるかんただ一人だけ。自己ベストが2770km/hであることを考えると、今日はかなり調子がいいと言えよう。これはかるかん自身が速さを追い求めていく中で気付いたことだが、より速い速度を追い求めていった場合、
仕事に忙殺される日々の中、毎日のようにインしては体の調子を確かめ、走り、その模様を録画してフォームの研究を行い、最も効率の良い
――もはやこのユグドラシルで、俺より速いものは誰一人としていない!
かるかんはそう断言することが出来た。ユグドラシルというゲームに、スピードに人生を捧げてきたからこそ言えることだった。長距離での速度は言わずもがな、敏捷性、機動性、さらには戦闘という超短距離の瞬発力が求められる場であっても、『速度』というステージにおいては自分が最も優れているという確信があった。そして敵がいなくなれば、後は自分との戦いだった。より速く、もっと速く。
そして今日だ。今日、サービス終了の記念すべき日。この胸は自己ベスト更新の深い期待にうずき、震えている。長い間打ち破れなかった壁を壊す時が来たのだ。サービス終了の日にそんなことをしてなんになるとか、たかがゲームとか、そんなことは関係ないのだ。ただ自分との闘い。昨日までの自分に打ち勝つ時が来た。それだけのことだ。
長かった。サービス開始と共にゲームを初めて12年。12年間のたゆまぬ努力。それが今この場で結実し……そして、終わろうとしていた。
四肢にぐっと力を籠め、更なる加速を促す。一歩進むたびに足元で爆発のようなエフェクトが発生し、そのエフェクトすら置き去りにする速さで走る。
実際の所、
2710 km/h
2730 km/h
2750 km/h……
かるかんはもうメーターを見てはいなかった。景色も見えない。ただ前へ、前へ。
極度の集中の為か、視界が白くなり、何も聞こえなくなる。システム的にあり得ないはずの鼓動が感じられる気がした。
サービス開始からの記憶が走馬灯のように過ぎ去っていく。何の気なしに
そして異形種狩りに悩まされていた時に、手を差し伸べてくれた人たち。現在はDQNギルドとして悪名高き〈アインズ・ウール・ゴウン〉の面々と、純銀の聖騎士、そしてRP全振りのあの愛すべきガイコツまどう。ギルドに所属するのは性に合わない気がして断ってしまったが、それでもあの人たちは暇な時には狩りに誘ってくれたり、こちらのアイテム集めに手を貸してくれたりもした。気のいい人たちだった。異形種という迫害される立場が、より結びつきを強くしてくれたのだろう。何人かとはフレンド登録もしたし、ギルドホームに招かれたこともある。内装やNPCの見事な作り込みには感心させられたものだ。かるかんが初心者の頃から現在に至るまで、ずっと付き合いは続いている。
ふと、あのギルド長のことを考えた。あの墳墓の最奥で、メンバーが帰ってくるのを毎日のように今か今かと待ち構えていたあの
随分長く昔のことを思い出していた気がする。しかしそれも、外から見ればほんの一瞬の事だった。ほんの、コンマゼロ数秒程度の事。足元が大きく弾け、かるかんの姿が掻き消える。
爆発的な加速――恐らくは最後の。感傷的な思考すら、速度の彼方に消えてゆく感覚。
極限の速度の中で自分が世界と一つになり、溶けてゆくような心地よさ。
まるですべての楔から解き放たれたような浮遊感を、ほんの数瞬。しかし本人にとっては永遠にも思える時間。
そして世界が戻ってくる。
置き去りにした景色が、音が、彼に追いつき、全てが平常へと戻ってゆく。
緊張を緩めず、そのまま急制動を掛ける。現実のどんな生物にもありえない肉体のバネによって衝撃を吸収し、四肢で大地をしっかりと掴む。いつの間にか、周囲は荒野ではなく緑のなびく平野になっていた。それだけ遠くまで加速したということか。スピードメーターをストップさせ、記録された最高時速を確認。
――2840km/h!
「ぃいいやったぁあああああああああ!!」
快哉の声を上げ、そこらじゅうを飛び跳ねる。
誰かにこの喜びを伝えたいが……視界の端に映る時刻は、23:58:44。あと一分と少しで、世界が終わる。
ならば、今しばらくは、世界が終わるまでの間くらいは、この充実感、達成感を一人きりで味わおう。ログアウトしたら、撮影した動画を編集して、ネトゲ仲間に見せて自慢してやろう。どこかのサイトにアップロードするのもいいかもしれない。過疎ゲーで大記録を打ち立てたからってどうなるなんて思いはなかった。終わるゲームを残念に思う気持ちも、もはやない。楽しかった。いいゲームだった。これほどのものには、もう二度と出会えないかもしれない。でも構わない。
ただ、喜びと満足だけがあった。
――俺が世界最速だ!
カウントを始める時計をチラリと見やり、目を閉じる。
23:59:58――
23:59:59――
00:00:00――
そして、
00:00:01