獣二匹、疾走す   作:はぎのつき

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獣二匹、出会う

 1秒。

 2秒。

 3秒。

 

 いつまでたっても強制ログアウトの気配がないことに不審に思い、かるかんはその目をゆっくりと開く。同時に、そこに信じがたい光景が飛び込んできた。

 

「うぉおっ!?」

 

 それは森だ。薄暗く、密度の高い森。鼻を鳴らせば嗅いだことの無いような濃い緑の匂いが脳を直撃する。耳を澄ませば近くに潜む獣の息遣いまでが聞こえてくる。決して先程までのような広々とした、地平線まで見渡せる平野などではない。

 自然とこちらの息遣いも荒くなってきた。走ってもいないのに心臓が痛いくらいに拍動する。

 

「……なにが……おこった?」

 

 景色がいきなり切り替わった事だけではない。自分は今何をした? 『鼻を鳴らし』『耳を澄まし』『息遣いが荒くなり』『心臓が痛いくらいに拍動する』? ゲームのアバターであるこの身に、そんなことが起こり得るはずもない。

 

「コ……コンソール……」

 

 開かない。

 

「GMコール……〈伝言(メッセージ)〉は?」

 

 繋がらない。

 

「ゲームは……ユグドラシルは終わったんじゃ……?」

 

 自問する。しかし頭の片隅では分かってもいた。ゲームは終わった。今のこれはもっと別の何かなのだ。

 何が何だか分からない。未だ混乱の渦中だ。

 しかし一つだけ分かっていることもあった。

 ――また走れる。

 もう二度と無理だと思っていた。だからこその、先程のラストラン。ゲームとはいえ、全力で、自分の全てを振り絞って走った。結果、自己ベスト大幅更新。悔いはなかった。満足した――筈だった。

 しかし。

 

「つまり……俺には、まだチャンスがあるって事か?」

 

 未だ記録更新の機会が残っているとなれば、話は変わってくる。燃え尽きた筈の欲望が、熾火の様に静かに燃えはじめ、やがてチロチロと舌を出し、みるみる大きく膨れ上がってくる。

 

「……よくわからんが、とにかくよし!」

 

 もしかして夢かもしれない。速度を追い求めた果てに、自分は狂ってしまったのかもしれない。頭の幾分か冷静な部分がそう判断する。だが、そんなものはどうだっていい。

 夢なら覚めるな。狂気よ去るな。

 もし神がいるのなら、最速に挑戦する機会を与えてくださったことに感謝します。

 かるかんしうむは今にも膝をついて神に祈りをささげかねない勢いだった。

 そうやって気分よくトんでいた時、かるかんは頭の奥で何かが点滅するのを感じた。

 

「……?」

 

 よくわからない、分からないが、なにかが近づいてきている気がする。

 それなりに大きい。かるかんより少し小さいくらい。レベルにして30と少し程度か。なんてことはない雑魚だが……。

 

「なぜ、そんなことが俺に分かるんだ?」

 

 言っていて、自分で苦笑する。どう考えても特殊技術(スキル)や、特殊能力の効果だろう。常時発動型(パッシブ)の〈生命感知〉や〈獣の直感〉その他いくつかの特殊技術(スキル)と特殊能力が働いているのが分かる。もっと鋭く(・・)すれば、その辺を飛んでいる虫まで正確に感知できそうだった。

 

「歓迎の準備でもした方がいいのか?」

 

 向かってくる気配は一つ。速度を緩める気配はなく、何となくこちらに敵意を持っているのが分かる。自分の感知範囲の中に他に同程度の強さのモンスターを確認できないことから、この辺りではおそらく珍しいモンスターであろうと思った。

 

(……レアポップか? なら、なんかレアいアイテムとか持ってるかもな)

 

 ユグドラシルにおいては速度をひたすらに追い求めてキャラを組み立ててきたかるかんだが、ごく一般的なユグドラシルの楽しみまで捨てていたわけではない。未踏の地域に踏み入り、まだ見ぬレアアイテムを獲得することにコレクター魂をくすぐられるような感性も、彼はまた有していた。

 そしてふと、気付く。

 

(そういや、集めたアイテムほぼ全部拠点に放り込んだままじゃん!)

 

 慌ててアイテムボックスを開く。コンソールと違い、こちらは正確に動作した。中には、今装着している速度上昇極振り装備を除いた戦闘用のメイン装備、それと何種類かのポーションと、重用している課金アイテム、後は家に飾ろうと思っていたレアな家具型アーティファクトや一山いくらのゴミアイテムが、重量超過による速度制限を受けない範囲で入っていた。

 

(8割くらい、置きっぱなしだ……)

 

 頭を抱える。取りに帰れるだろうか? 無理だろう。そんな確信があった。思い返される冒険の日々……幸い、常に使うような重要なものや、肌身離さず持っておきたいアイテムは所持したままだが、だからと言って拠点に置いてきたアイテムたちの事を割り切れるわけではない。

 

(ポーションとか、補充できるんだろうな……?)

 

 ふと頭をもたげた暗い予感を振り切る。気付けば敵はもうすぐ近くまで来ていた。

 わざわざ装備を切り替えたりはしない。30レベル程度の敵では何をどう頑張っても100レベルのかるかんの脅威にはなりようがない。裸で迎えてもいいくらいだ。

 

 楽観視しているかるかんに向かって、ぶわん、という重たくも鋭い音と共に、森の暗がりから巨大な鞭が飛んできた。常人であればなすすべもなくぺちゃんこになりそうな速度と威力。

 しかしその速度も、かるかんにしてみれば飛んできた、というよりは漂ってきた、という方が正しいようなのんびりとしたもので、仮に直撃を食らっても傷一つ付かないであろうことは容易に推察できた。

 ひょい、と巨大な体で楽々回避する。

 

(これは、尻尾か何かか?)

 

 元からしてゲームの為の訓練による常人離れした動体視力と反射神経を持つかるかんの目は、飛んできた鞭の姿を克明に捉えていた。

 蛇のような鱗に覆われた、太い尻尾。直撃した地面がえぐれていることや、激突音などからそれなりの硬さや重さがあるのだと思われた。尻尾は来た時と同じ速度で素早く森の影に引っ込んでいく。攻撃を放った者の姿は、森の作り出す暗闇にまぎれてはっきりとしない。

 そして同時に、深く、知性を感じさせる声が、警戒の色を乗せて響いてきた。

 

「むむっ……それがしの一撃をこうも容易くかわすとは、おぬし、ただものではないでござるな?」

 

(それがし? ござる? ……ていうか、喋るのか。これはいよいよレアモンスターか?)

 

 何も言わないかるかんの姿をどう受け取ったのか、声の調子は静かなまま、しかし確かな畏怖を込めたものへと変わる。

 

「そしてその威容、さぞかし名のある地の主とお見受けするでござる」

 

 言葉と共に、影が進み出てくる。日の光に照らされたその姿は――。

 

(こいつは……)

 

 思わず呆気にとられる。ユグドラシルでは見たこともない種族、そして自分の人生で初めて見る大きさ。

 

「それがしはこの地の主。森の賢王と申す者。見知らぬお方よ、この地に如何様な目的で参られたのか」

 

 返答次第によっては、ただで返すわけにはいかぬでござる、と息巻くその姿は、どこからどう見ても、巨大なハムスターだった。

 

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