ビっ子さんのとある一日   作:SIRO提督

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ビっ子さんと海

 このぼろアパートにはクーラーが無い。部屋は扇風機が最大風速で動いているだけだ。それだけでは、照りつける夏の太陽の熱を冷ますには力不足であることは言うまでもない。

 そして、そんなぼろアパートの一室で、男女が事に励んでいた。行為が終わると、男女は煙草を吹かし始める。

「ビっ子さん。海、行こうよ」

「んー。……今から? 外めっちゃ暑いよ」

「夏だからね。ビっ子さん海好きでしょ?」

「好きだよ。でもあの人混みは嫌いだね。この時期の海なんて人だらけでしょ」

「そうでもない。近くの海はクラゲが大量発生してて観光客はいないよ」

「そんな海に行って何するのさ?」

「別に。特に目的はないけど、部屋に籠もってるだけなのも不健康でしょ」

「こんなもん吸ってて不健康も何もないでしょや」

 ビっ子さんはニッと歯を見せてくわえてい煙草を動かす。ビっ子さんはcherryを愛飲しているので、僕もそれに倣っている。

「……ま、いっか。このクーラーも無いぼろアパートに居ても、煙草吸うかHするだけだしね。その両方とも今やったし」

 ビっ子さんはベッドから降りて、全裸のままケンケンして進み、窓枠に座って紫煙を外に吐き出す。僕は、彼女のだらしなさを諫めることもせず、その素晴らしい体をうっとりと眺める。

「何ニヤニヤ見てんのさ」

「いや、ビっ子さんの体は綺麗だなと思って」

「どの辺が?」

「まずその白髪。絹織物なんか目じゃないくらい綺麗だ。黒のメッシュもメリハリが効いててとてもかっこいー。目のブルーも素敵だし、折れそうなくらい華奢で小さな体つきも可愛らしいし、笑うと見える八重歯も愛おしい。さらにHの時は娼婦らしく余裕綽々でリードしてくれる。そして、なんと言ってもケロイドで潰れた右目と膝上で切断された左足だね。美しいなんて言葉じゃ足りない。普通の人なら隠してしまうであろう痛ましい傷を臆することなくさらし、これが自分だとはばからない精神は崇高だ。ビっ子さんこそが生きた美なんだなって思うよ」

 僕が言い終わると、ビっ子さんは吹き出し、愉快そうに笑い始める。

 彼女は、小学生の時に事故で右目が潰れて左足も切断され、諸々のショックから髪も全部白髪になってしまった。昔はかなり荒れていたみたいで、薬漬けだった日々もあるらしい。

 と、昔は色々あったみたいだけど、今僕が知っているビっ子さんはよく笑い、よく飲み、よく食べるとても可愛い女の子だ。放浪癖を持っているらしく、全国をうろうろしているらしい。一五、六に見える彼女だが、娼婦を生業としている。だから、僕のような男が全国に何人もいるのだろう。そういうことに関して、僕は悪い気はしなかった。むしろ、そんな彼女に惚れてしまった次第だ。

「いやいや、前から思ってたんだけどさ、キミって結構変態だよね。傷を触ってる時が一番固いし」

「娼婦のビっ子さんにそう言われるのは光栄だね」

「にひひ」

 僕らは笑って紫煙を吐き出す。

「んじゃ、汗流してから行こか」

「じゃあ車いす出さないと」

「いんや、いいよ。松葉杖で歩いていく。一五分ぐらいでしょ?」

「うん。きつかったら言ってね。シャワー先に浴びる?」

「あー、キミからで良いよ。もうちょっと吸ってから行く」

「わかった。一緒に入る? 時間短縮できるかもよ」

「一緒に入ったら狭いし、絶対時間かかるよ。そういうことは帰ってからにしようや」

「ちぇ」

 

               ***

 

「うへー、あっちい」

 ビっ子さんは手を翳して指の隙間から太陽をのぞき込みながらだるそうに呟く。彼女は黒いキャミソールとホットパンツにスニーカーという露出の多いラフな格好だ。日焼け止めはしっかりと塗ってある。というか塗らされた。

 ビっ子さんはあまり荷物を持たない。持っているのは、黒いウエストポーチに携帯と財布と煙草を入れているだけ。それと、妙に可愛らしいキャラクターの携帯灰皿を首から下げている。ただ、この携帯灰皿は、開けるときにキャラクターの首がネジで取れるという仕様になっている。

「鍵閉めた?」

「うん」

「じゃあ行こうか。夏は影が濃いねー」

「包帯と眼帯は良いの?」

「んなもん付けてたら暑くってしょうがないさね。なんだ、さっきは傷をさらしているのが崇高だとか言っておいて、人前では隠して欲しいのかい?」

「いや、ビっ子さんの傷は僕だけが見ていれば良いなって。他の人に見せるのは勿体ない」

「よくもまあ真顔でそんなこと言えるもんだね」

 にひひ、とビっ子さんは笑う。

 もしも自分がビっ子さんと同じ境遇になったとしたら、笑うことなどできるだろうか。事故に遭い、体の一部を失い、薬漬けになっても、笑うことはできるだろうか。ストレスで白髪になった髪に黒のメッシュを入れて「かっこいーっしょ」と自慢げに言えるだろうか。

「そうだ、確か浜辺の近くに焼き鳥屋あったよね」

「うん」

「じゃあ帰りに焼き鳥買って晩酌にしようよ」

「いいねー」

「よし、出発!」

 ビっ子さんは松葉杖を突いて歩き出す。僕は彼女の小さな背を少しだけ眺めて歩き出した。

 今日も、暑いな。




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