【完結】 艦隊これくしょん 艦娘たちに呼ばれた提督の話   作:しゅーがく

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第百七十三話  正門の大井①

 時期外れの涼しさに俺は目を覚ました。もう5月だと言うのに肌寒いのだ。多分高気圧でも来てるんだろう。ちなみに気象に関しては分からない。

 今日の秘書艦は大井だ。なんだか大井が秘書艦やってるのが多い気もするが、くじで決めていると言っていたので運なのだろう。

秘書艦が大井ということは、早くに来るということ。俺はすぐに着替えて執務室に入った。

執務室も私室同様、時期から外れた温度をしている。肌寒い。空気の入れ替えをしようと思い、窓を開けるが余計に寒くなる。食堂に行くまでは開けておこうと思い、そのまま席に座ると大井が入ってきた。

 

「おはようございます。」

 

「おはよう。」

 

 そう言って大井は平気そうな顔をして、席に座った。

 

「大井、寒くないのか?」

 

「うーん......確かに寒いですね。でも耐えられない程ではないです。」

 

「そうか。」

 

 そう言う大井だが、ガッツリカーディガンを着ている。

 こうして見てみると、ここに来る艦娘がいつもの服に羽織って何かを着てくる姿なんて初めて見た気もする。別に俺はそういう事を禁止している覚えもないので、さして問題は無いんだが。

 

「最近どうだ?」

 

 俺はさながら思春期の子どもに話題を振る父のようなセリフを言った。

 何を聞きたいのかというと、『提督への執着』がないと言われている大井の調子だ。他の艦娘との違いに戸惑ったりしていないか心配なのだ。

 

「そうですねぇ......皆さん、良くして下さいますし、楽しいですよ。」

 

「『提督への執着』に関することで困ったことは?」

 

「それも無いですね。何かあれば他の娘に合わせれば問題無いですから。」

 

「それもそうか。」

 

 大井は淡々と答える。様子を見ても、そんな心配することもなさそうだった。

至って普通に過ごしているようにしか見えない。

 

「安心したよ。」

 

「何がです?」

 

「他の艦娘と決定的に違うところがあるからな。大井は。誰かに邪険にされてたり、意地悪されて無いんだな?」

 

「えぇ。そもそも、そんなことがアレば提督の耳に入るんじゃないんです?」

 

 そう大井は言いながら俺に今日の執務の書類を渡してきた。いつも通りの量だ。

 

「もう行くか?食堂。」

 

「そうですね。時間も時間ですし。」

 

 今の時間はだいたい6時20分くらい。もう食堂に行ってもいい時間だ。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 朝食を食べ終わり、俺と大井は執務室に戻ってきていた。帰るなり執務を始めて小1時間、もうそろそろ終わるだろうという頃に外が騒がしくなってきた。

グラウンドで駆逐艦の艦娘が遊んでいる騒がしさや、それこそ主婦のようにその辺で立ち尽くして井戸端会議をしているような声ではない。その声を聞くと面倒事が起こるというものだ。

 

「提督、あれって。」

 

「あぁ。面倒事だ。今すぐに行くぞ。」

 

「はい。」

 

 俺と大井は途中までやっていた書類をキリの良い所で終わらせ、執務室を飛び出した。向かった先は正門。

 正門にはやはり人が集まっていた。そしてそれを防ごうと、盾を持った門兵が並び、バリケードを作っている。その後ろでメガホンで即時退去を呼びかけている様子だ。

 正門に集まっている集団を見て俺は頭痛がしたような気がした。これはどう見ても抗議活動だ。

 

「即刻、横須賀鎮守府は退去せよっ!」

 

「戦争の火種を我々の近くに置くなー!」

 

「戦争はよそでやれー!」

 

 最近沈静化していた奴らだった。艦娘を見せろという奴らでは無い、どこかの自治体や議会の人間たちによるものだ。

 

「今すぐ退去して下さい!!横須賀鎮守府周辺でのデモ活動は禁止されています!!」

 

 門兵も負けじと叫ぶがやはり多勢には通用しない。ここから見ただけでも、正門前の車道にはみ出る勢いで人が集まっていて、正門じゃないとこからもその声は聞こえていた。

 

「年端もいかない少女を戦争に出す横須賀鎮守府司令官は犯罪者だー!!」

 

「国民を脅かすなー!!」

 

 どうやらこれまで訊いてきた言葉以外も出てきたみたいだ。それに、艦娘のことも出てきた。『年端もいかない少女』とはそれは外見だ。艦娘の実態は船だ。といっても俺自身も良く分かってないんだがな。

艦娘は艤装に乗り込むときは艦長のように指示を出していく。艤装を身に纏うときは艤装を体の一部のように操作する。よくわからないのだ。

 

「これは......以前にもあったというデモですね。」

 

「あぁ。だが今回のは規模が大きい。ここまで大きいのは初めてだ。」

 

「これを見て他の娘は『提督への執着』を?」

 

「そうだ。今にも現れるぞ。艤装を身に纏った金剛と鈴谷が。それに上空を艦載機が飛び始める。」

 

 そう俺と大井が空を仰ぐともう飛んでいた。烈風と彗星一二型甲だ。

 

「あーあー、出てきてるな。」

 

「そうみたいですね。」

 

 そう言って俺が後ろを振り返るとそこには金剛と鈴谷が居た。流石だ。

 

「ヘーイ、提督ぅー。」

 

「ちぃーっす。」

 

「もう来たか。」

 

 そう俺が聞くと金剛と鈴谷は頷いた。

 

「この騒ぎ、デモだね。」

 

「あぁ。」

 

 そう言うと金剛と鈴谷の後ろから赤城と加賀も現れた。

そして続々と艦娘が出てくる。

 

「結局、全員集まってしまうんだな。」

 

「そうデス。しかも今回のは特別、黙ってられマセン。」

 

 金剛の黙ってられないというのは、多分あの言葉だろう。

何も知らないのなら仕方ないとしか言えない。説明しても分かってもらえないだろうし、そもそもするつもりもない。与太話、苦し紛れの話だと思われるだけだ。

 

「戦争はよそでやれー!」

 

 俺と金剛が話している最中も、抗議のような叫び声が聞こえてくる。そんな時、俺のところに門兵の1人が来た。

 

「提督が来られてましたか。現在、横須賀鎮守府正門の左右200m塀に沿ってデモ隊が集結してます。それに続々とその人数は膨らんでおり、車道にはみ出して交通妨害も起きています。警察も出動していますが、手に負えない状況です。」

 

 そう門兵は言う。門兵は小銃を携えているが弾倉は抜いているみたいだ。

 

「状況は分かりました。門を突破しようしているデモ隊は?」

 

「いません。ですが、塀と門外から物が投げつけられています。生卵、ペットボトルなどです。」

 

 そう門兵がいうので俺は門のバリケードの方を見た。確かにペットボトルが散乱しており、生卵やペットボトルが飛んでいるのが目につく。

 

「そうですか。......気が済むまでバリケードの維持をお願いします。それと武下大尉は?」

 

「大尉ならすぐそこです。お呼びします。」

 

 そう言うと門兵は武下を呼びに行き、武下は俺のところに来た。

 

「お呼びですか?」

 

「はい。応援要請はされました?」

 

「大本営に。ですが寄越したのは警察の機動隊です。現在、正門に向かって来てるそうですが、デモ隊の妨害を受けているそうです。」

 

 そう武下が言う。現場の判断でやってくれた様だ。ありがたい話だが、今更ながら考えることがある。

どうして彼らは軍事施設だと分かっていながら、こういった活動をするのか。言っている事は分かる。だが、こうやって現地でやることになんの意味があるというのだろうか。

大本営に訴えたり、署名活動をしたりするなり方法がある筈だ。なのにそんな中で何故デモを起こすのだろうか。一番聞いてもらえない可能性のある手だというのに。

 

「そうですか。即時退去の呼びかけを強めて下さい。こちらが何かアクションを起こしてしまうと、悪い方向に持って行かれます。」

 

「わかりました。非番の者にも呼びかけます。」

 

 そう言って武下は行ってしまった。それと同時に俺は艦娘たちに言った。

 

「現時刻より艦娘は艤装を身に纏うことを禁ずる。これは命令だ。」

 

 そう俺は言って、歩き、再び立っていた位置に戻るときには皆、艤装を身に纏っていなかった。

俺がそれを確認すると、何処から来たのか巡田がやってきた。

 

「提督。ご報告です。」

 

「何ですか?」

 

「こちらにデモ隊、300人が向かっているみたいです。正門に集まっているデモ隊は1000人。今後、これ以上増えることが予想されます。」

 

「そうですか。」

 

「はい。どうやらネットで深海棲艦との戦争を非難する人間が呼びかけて集めたみたいです。それと、戦争を好まない人たちもです。更に、以前抗議デモをしていたカメラを持っていた団体も来ているみたいで、人数が膨れ上がっています。」

 

 そう言って巡田はどこかへ行ってしまった。多分だが、周りの状況を見に行くんだろう。

それにさっきから気になっているが、ヘリが飛んでいるみたいだ。4機ほど見えるが、全て報道機関だろう。

 

「秘書艦以外、自室待機だ。今すぐ戻れ!」

 

 俺は思いついたかのようにそう言う。なんだか嫌な予感がするのだ。直感的にそう感じたのだ。艦娘たちは少し不満そうだったが、素直に帰ってくれた。この場に残ったのは俺と大井だけ。

 

「戻してよかったんですか?」

 

「あぁ。どうせ金剛と鈴谷はまた何かあればすぐに現れるし、他は出てこないだろう。」

 

「そうですか。」

 

 俺と大井は今いるところから正門を眺める。わりと離れているが、そこまでだ。見えにくいという程でもない。

 

「これ、どうやって鎮めるんです?様子を見ている限り、現状維持でしたら暴徒と化す可能性もあります。」

 

「俺もそう思う。だが戦争を止めろと訴えている集団が暴徒となったその瞬間、自分らが俺に訴えていたことが矛盾する。それに既に矛盾点はあるんだ。」

 

「矛盾ですか。」

 

「あぁ。自分たちが何故、戦争が嫌なのか、止めてほしいのかを俺は知らない。一方的に言われているだけだからな。そういう考え方をすることは間違ってない。だが、それを訴えるというのなら自分たちがどういう立場にあり、状況にあるのかを明確に分かってなければならない。」

 

「......。」

 

 大井は黙って聞いている。

 

「子どもがお菓子やおもちゃをねだって愚図るのは矛盾していない。言葉をうまく使えないからだ。」

 

「そうですね。」

 

 俺はそう行って正門を見て耳をすました。

 

「大井。ラッパみたいな音が聞こえるか?」

 

「えっ?......えぇ。プップーって鳴ってますね。デモ隊の声より少し小さいくらいですが。」

 

「その音は警笛音と言って、自動車に取り付けられている車外に異変を知らせるものだ。」

 

「その警笛音が何か?」

 

「自動車がそれを何回も鳴らしているということは、何かが起きているんだ。この場合、状況を考えると......道路を封鎖されている。それも、法の下でではない別の要因で。」

 

「成る程......デモ隊が道に出ていると?」

 

「そういうことだ。それと既に起きている矛盾というのは、奴らが俺に訴える『犯罪者』という言葉。その言葉は今、そっくりそのまま自分たちに帰ってきているということだ。」

 

 そう言うと大井は正門を眺めた。

 

「そうなんですか。でも、何故ここまで訴えるんでしょう。」

 

「そうだな......。大井は勿論だが鎮守府の外には出たことがないだろう?」

 

「はい。」

 

 大井は頷く。

 

「鎮守府の外ってのは中と違って深海棲艦だのとはほとんど言っていないんだ。外に出てしまえば平和そのもの。本当に海で深海棲艦と戦争をしているのかと疑うくらいにだ。」

 

「そうなんですか?」

 

「あぁ。俺は出れる権限があるから何度か出ているが、本当に平和だ。戦争をやっていないと錯覚するほどに。」

 

 そう言って俺は腰に手を当てた。

 

「そんな鎮守府の外の世界の人間が、深海棲艦だ戦争だと言われ、鎮守府が空襲されたのを見て思ったんだ。『この戦争は私たちに関係のないものだ。』とね。」

 

 俺がそう言うと大井は衝撃を受けたようだ。強調して言ったところだろう。

 

「そんなっ......私たちが深海棲艦と戦っているから平和だと言うのに?!」

 

「そうだ。」

 

「肩代わりして死と隣合わせの戦闘をしている間、人間たちはっ......。」

 

「平和を謳歌しているだろうな。鎮守府の外は違うところも多々あるが、俺のいた世界と同じだ。平和な日本に見える。」

 

 そう俺が言うと、大井は拳を握りしめた。

 

「......悔しいわ。協力するんじゃなかったの?」

 

「艦娘の発現当初はそうだったみたいだな。協力して深海棲艦を一掃すると。まぁ、その時には既に人間たちに戦闘力は残ってなかったがな。」

 

 なんだか大井の様子がおかしい。見るからにオーラが変わってきているのだ。

 

「それで人間は支援をしていたけど、そのうち私たち艦娘を閉じ込めて深海棲艦と戦わせたのね。自分たちは平和に暮らして。」

 

「そうだったと聞いた。」

 

「挙句の果てに関係ない世界の提督も戦わせてるのね......。」

 

 俺の背中に汗が伝った。この大井の様子、他の見たことがあるのだ。そして俺の脳内で警報が鳴り響いている。この大井は危険だと。

 

「ふふっ......ふふふっ......。」

 

「っ?! 大井っ?!」

 

「ふふふふふっ......そうねぇ......。」

 

 大井が気持ち悪い笑い方をしている。これは一体なんだと言うのだろうか。

 

「大井っ!落ち着けっ!!」

 

「あら、提督。私は落ち着いてますよ?......ふふふっ......これが『提督への執着』なのね......。」

 

 大井はそう言った刹那、艤装を身に纏った。

 

「止めろっ?!大井っ!!!」

 

「分かってますよ。出てきちゃったんです。」

 

 そう言って大井は手に持っている砲を地面に置いた。

 

「憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて仕方ないわっ......。」

 

 大井はこっちを向いてそう言ったが、大井の目には光が無い。金剛や鈴谷がする目と同じ目をしている。

これは本当に『提督への執着』だ。今の話が原因でないと言われてた大井に発現してしまったのだろうか。

 




 今回から少しシリーズです。
『提督への執着』がないといわれていた大井に発現してしまいました。
今後の展開をお楽しみに。ちなみに大井が変わってしまいました。

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