【完結】 艦隊これくしょん 艦娘たちに呼ばれた提督の話   作:しゅーがく

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第百七十八話  夜

 

 大井が『提督への執着』を発現してからというもの、ガラリと性格が変わってしまったのではないかと感じていた。今日の朝の件もそうだ。何故早朝に大井が私室を訪れたのか。理由が分からないままだったのだ。

 夕食後、青葉に自由にするように言うと、『じゃあ今日の写真を現像してきますね!』と言って帰たので今、執務室には俺1人だ。

そんな時、執務室の扉が開かれた。

 

「失礼します。」

 

「あぁ、大井か。」

 

 入ってきたのは大井だ。今朝の事もあり、聞きたい事があるのだ。

 

「何のようだ?」

 

 まずは大井の用を訊く。その後に俺が聞きたいことを聞けばいいだろう、そう考えた。

 

「いえ。北上さんもお風呂入ってしまって髪も乾かし終わったものですから。」

 

「大井が北上の髪を乾かしてるのか?」

 

「えぇ。やはり長いですからね。自分でやるよりも良いって事です。勿論、私もやってもらってますよ?」

 

「それで?」

 

 俺は立ち上がって給湯室でお茶を汲んだ。

多分、長居するんだろう。

 

「ほい。」

 

「ありがとうございます。」

 

 俺は湯のみを渡してソファーに座る。ちなみに大井はもう座っている。

 

「んで、ここに来たのは理由があるんだろう?」

 

「はい。確認したいことと聞きたいことがありまして......。」

 

「俺が答えられる範囲なら答える。」

 

「ありがとうございます。」

 

 俺はお茶を飲みながらソファーにだらりとする。

 

「私が『親衛艦隊』なのはご存知ですか?」

 

「知ってる。」

 

 『親衛艦隊』なんて単語、すごく久々に聞いた気がする。

 

「加盟するにあたって幹部の方から話を聞いた時は特段、なにか思うって事は無かったんですけども『提督への執着』が発現してから疑問に思う事があってですね、私なりにその疑問を推理したんですよ。」

 

「疑問?」

 

「はい。何を疑問に思ったかというと、提督の事です。」

 

「俺か?」

 

 大井の今の話から想像すると一番あり得るのは、赤城、金剛、鈴谷を中心としたあの騒ぎ(※第一章のシリアスな内容のところです)の原因となった話だろう。

 

「提督は異世界の平和な日本から呼び出されたって事ですけど、それって突然ですか?」

 

「そうだ。」

 

「状況を教えては頂けませんか?」

 

 俺は話した。別に秘密にしている訳でもないし、誰かにその話をしたこともあるからだ。

普通に艦これをやっていて、突然パソコンの画面が光り出して気付いたら横須賀鎮守府の門の外、塀の側に居たっていう話をした。

 

「では、戻るという選択肢があったと言われてますけどどうして提督はご自身の世界に戻らなかったのですか?」

 

「......う~ん。その事は誰にも聞かれたことが無いなぁ......。」

 

 そう呟いて俺は考えた。

どうしてこの世界に残ることにしたのか。思い出しながら考えていると、俺は聞かれた事は無くとも自分から言ったことならある。それは鎮守府が空襲された後、焼け野原で話した時だ。

 

 

「その時残ると決めた理由は今考えてみるととても......なんて言えば良いんだろうな。......目の前に起きている事と突きつけられた現実に頭が追いつかなくて、しかもそれでいて全く別のことを考えていたんだ。」

 

「どんなことを?」

 

「提督の着任していない鎮守府ってのは印刷機から俺の居た世界で艦これをやっている提督からの指示を指令書として印刷してそれを実行する事で機能しているだろう?」

 

「そうですね。」

 

「その機能ってのはよく考えてみればとんでもない機能なんだ。」

 

 そう。この艦娘統制システムはとんでもないものなのだ。

 

「異世界からの命令を何らかの手を使って拾い、媒介して紙に印刷する......この機能がとても恐ろしかったんだ。異世界に干渉が出来る機能がな。」

 

「ふむ......提督はそれを恐れて、残ったってことですか?」

 

「大体合ってるが厳密に言えば『そのシステムを監視する』ってのが戻らなかった訳だ。皆が知らない脅威になりかねないものを唯一知ってしまった俺が残って監視をする......英雄を気取ってたんだろうな。」

 

「じゃあ、艦娘の置かれた状況に同情とかは?」

 

「感情がないわけじゃない。勿論したさ。」

 

 そう言って俺は湯のみを傾ける。

 

「今の話はお終いです。次はですね、提督のご家族とかは?」

 

「居るよ。両親と姉が。」

 

「こっちに来るときには何か......。」

 

「ある訳無いだろう。突然だったんだからな。」

 

 俺はなんだかデジャヴを感じるが、気のせいでは無いだろう。別の艦娘と同じやりとりをした記憶があるのだ。

 

「勿論こっちには?」

 

「居る訳ないだろう。」

 

 そう言うと大井は下唇を噛んで、違う質問をしてきた。

 

「この世界と提督のいらした世界って深海世界が居ない事以外に違いはありますか?」

 

「天皇制ではないって事と、軍が無い事以外はほぼ全部同じだ。」

 

「そうなんですか......。提督って歳は18でしたよね?」

 

「あぁ。今年の誕生日で19だ。」

 

「なら学校には?」

 

「勿論通ってたぞ。こっちに来た時も高校に通っていた。」

 

 俺がそう答えるとまた大井は下唇を噛んだ。

 

「やっぱり......。」

 

 そう呟いた大井は湯のみを握り締めた。

この光景もデジャヴだ。多分大井は赤城たちが言っていた他の艦娘に"気付いて欲しい"ことに"気付いた"んだろう。

 

「私の聞きたかった事はこれで終わりです。それでですけど、ここからは少し聞いて頂いて提督に伝えようかと思うのですが。」

 

「何をだ?」

 

「――――――『提督への執着』の仮説です。」

 

「は?」

 

 そう大井は言った。『提督への執着』の仮説っていうのはどういう意味だろう。

一応、解明されてるとは言いがたいが、物の原理などは分かっているのだ。そこから更に大井は何かを発展させたというのだろうか。

 

「先ず、私たち艦娘が提督に対して異常に執着する理由ですが、私は今まで言われていた通りの『これまで欲しかった提督が着任した事でこれから失うものかと過剰に提督に振りかかる危険を取り払おうとする為』で正しいと考えてます。」

 

 『提督への執着』はそんな事だと言われていたのかと俺は改めて思った。

 

「次にどういう感情を持って艦娘が『提督への執着』によって行動するか......。ここから先は誰も考えたことが無いものでしょうね。......どういう感情かですが、私は『提督をヒトではなく、モノとして認識していて、深層心理では〈モノを失うわけにはいかない〉という感情に支配されての行動ではないか』と考えました。」

 

 大井はとんでもない仮説を言った。

俺がモノとして認識されていると言ったのだ。

 

「これを考え至ったのには理由があります。......指令書です。印刷機から吐き出される指令書を元に艦娘は作戦行動を起こすのが普通ですが、艦娘は提督という存在を欲しながらも一方でその指令書、紙切れが提督として感じているとすれば指令書と提督がイコールになります。つまり艦娘の中では提督は紙切れということになりますね。」

 

「っ?!」

 

 俺の存在が全否定された気がした。艦娘には俺が指令書、紙切れ同等にしか見えてないと大井は言うのだ。

 

「そこで『近衛艦隊』が出てきます。『近衛艦隊』は『提督への執着』が強い艦娘によって構成されていたと、されていますね。」

 

「あぁ。」

 

「この『近衛艦隊』と『親衛艦隊』には大きく違いがあるとされていました。『提督への執着』の強さ、その違いで区別してましたが実際は違ったのではないか、と。」

 

「どういう意味だ?」

 

「考えてみてください。『近衛艦隊』が提督の危険を一番早く察知できる理由です。」

 

「うーん......どうだろう。さっき大井の言った『モノ』ってのかショックすぎて考えられない。」

 

 これは本当のことだ。身体に衝撃が走ったからだ。

 

「そうですか。......その理由はですね、『提督をヒトとして認識している』からだと思うんです。」

 

「は?さっき大井は艦娘は俺を紙切れだと......。」

 

「はい。ここが『近衛艦娘』と『親衛艦隊』の違いです。」

 

「じゃあ、『近衛艦隊』が異常なまでのあの反応ってのは......。」

 

「はい。彼女たちは提督の危険を、提督が怖がった、提督が怒った、提督が苦しんだ、提督が悲しんだ、などといって察知してます。その言葉は提督の感情を表してますね。つまり、『提督をヒトとして認識している』ってことです。」

 

「そうか......。」

 

 それが『近衛艦隊』の真の実態だったのだ。ただ『提督への執着』が強いという訳ではないのだ。

 

「つまり『近衛艦隊』という組織は艦娘の中での特異種、提督をヒトとして認識できる集団だったという訳です。」

 

「......あぁ。」

 

「ですので『近衛艦隊』は提督というヒトを失わないためにと考え行動し、『親衛艦隊』は提督というモノを失わないためにと考え行動していると考えられます。つまり、『提督への執着』には2種類あると考えました。」

 

「ちょっといいか?」

 

「はい。」

 

 俺は話を聞いていて疑問に思ったことを大井に聞いた。

 

「俺がモノとして認識されているのとされていないのとではどう違うんだ?」

 

「そうですねぇ......接し方ですね。会話、仕草なんてものがそうです。」

 

「成る程なぁ......。」

 

「ですから......よっと......。」

 

 そう言って大井は立ち上がり、俺の横に来た。

 

「こうやって近づいたり、擦り寄ったりする事が最大の違いですね。それに艦娘と提督との間の会話でも違いはありますよ?こうやって仕事、戦闘以外の話を掘り下げてする艦娘って少ないと思いません?」

 

「言われてみれば......確かにそうだが......。」

 

「まぁ、そんな中にも特異な艦娘も居ますけどね。」

 

 大井は立ち上がってさっき座っていたところにもう一度座った。

 

「ちなみにここで教えておきますよ。提督のことをヒトと認識している艦娘。」

 

「頼む。」

 

「金剛さん、赤城さん、鈴谷さん、加賀さん、長門さん、霧島さん、熊野さん、時雨、夕立、イムヤ、吹雪、叢雲......更に私の計13人と番犬艦隊で執行役と呼ばれていた艦娘と番犬艦隊です。最初に個人名を挙げた艦娘の共通点は分かりますよね?」

 

「勿論だ。だが何故それを大井が知っているのだ?」

 

「調べましたから。それとついでですが番犬艦隊が提督をヒトと認識している理由ですが、そもそもここの鎮守府の艦娘じゃないからですね。提督を見て提督だと言ったそうですから。」

 

 大井はドヤ顔で言う。

 

「まぁいいです。私を含む、彼女たちは自分なりに動いて何か行動しますからね。」

 

「分かった。」

 

 そう言って大井は話は終わりだと言った。

俺も聞きたいことがあったが、さっきの話の中に答えがあったので聞かないことにした。

 

「じゃあ夜も遅いから寮に戻れ。」

 

 そう言って俺は大井を追い立てる。ふとさっき時計を見たら10時前だ。消灯の時間も近い。

 

「帰りませんよ?」

 

「さも当たり前だと言わんばかりに言うんじゃない。」

 

 俺は大井に帰るように催促したが、ダメだった。何故帰るのを拒むのだろうか。

 

「提督。私は"気付いてる"んですよ?さっき挙げた集団の中でも特に提督をちゃんと認識してるんですから。それに、夜に提督を1人に出来るわけないじゃないですか。」

 

「何を言って......。」

 

 俺がそう言いかけた時、大井は俺の私室の扉を開けていた。

 

「つべこべ言わずにほらっ!」

 

「だぁー!引っ張るなっ!!」

 

 俺はそうして大井に引き摺られて私室に戻った。執務室の電気は引き摺り込まれた時に大井がついでに消したようだ。

 

「ほら、お風呂入ってきて下さいっ!」

 

「分かったから......。大井は後で帰るんだぞ?」

 

「だから帰りませんって。」

 

「埒が明かないから入ってくる。」

 

「はい。いってらっしゃい。」

 

 俺は諦めて風呂に入った。なんだか変な気分だが、いつも通り入って俺が出てくると、大井はカーディガンを脱いで座っていた。

 

「いつも提督はここで寝てるんですね。」

 

「今朝来てただろうが。しかも時よりここでテレビ見てたし......。」

 

「改めて見てってことですよ。それにここに居る時はだいたい夜で電気も点けてませんでしたから。」

 

「そうだったか?」

 

 俺はタオルを掛ける冷蔵庫からコーラを出した。蓋をひねり、封を開けて飲む。

炭酸が喉を刺激するが、それが好きだ。

 

「コーラですか。」

 

「あぁ。コーラが好きでな。」

 

「そうなんですね。」

 

 俺はそう言って椅子に腰を掛けてぼーっとする。さっきまで考え事をしていたがもう考えるのも馬鹿らしくなっていたのだ。

大井が言った『提督への執着』の仮説のことでパンクしかけていた上に、それ以外の事も考えていたからだろう。大井の仮説はそのまま飲み込んだ方が良い気がしてきたのだ。そしたらそのうちにまたもう一度考え直せばいいからだ。

 少しぼーっとすると俺はあることを思い出した。

 

「大井。風呂は?」

 

「来る前に入ってきました。」

 

「んじゃいい。さぁ、送ってくから寮に......」

 

「帰りません。」

 

 大井は頑なに帰ろうとしない。どうしてだろうか。さっきから時たま言っていた"気付いた"ってのと関係があるんだろう。

俺の中にある意味ありげな"気付いた"は大井にはもうそれがあるとしか思えない。だが大井の言う"気付いた"というのはなんか違う気がするのだ。

 

「ならどうするんだよ。」

 

「ここに泊まってきます。元からそのつもりでしたし。」

 

「はぁ?」

 

 そう言って大井は立ち上がってベッドに腰掛けた。

 

「"気付いた"ってのはそういうことですよ?」

 

「分からないって......。俺の知っている"気付いた"でないってことは分かるが。」

 

「それで合ってますよ?でもその先の事です。金剛さんも赤城さんも鈴谷さんもできてないことです。」

 

 そう言って大井はベッドの布団をバサッと持ち上げると、身体をスライドさせて布団に入った。そして顔を出して言うのだ。

 

「さぁ。入ってきてくださいよ。陽が上がっているときは肩肘張っているんですから、陽が落ちた夜くらい落としてもいいんですよ?」

 

「はぁ......。」

 

「ほらっ!」

 

 どうやら"気付いた"からこその行動らしいが、それはまた別なんじゃないかって思う。

 

「俺、家族や友人は居てもそういう関係の奴は居なかったぞ?」

 

「それをここでカミングアウトされても困ります。」

 

 俺が呆れて言ったら真面目に回答されてしまった。ちなみに、大井の格好は真面目じゃない。

 

「コホン......分からないんですか?」

 

「分からないな。」

 

「いいから入ってきて下さいっ!!」

 

 そう言って布団から這い出てきた大井は俺の腕を掴んでベッドに引き入れた。

 

「ここまで"独り"で戦ってきたんです。こういうことがあっても良いんじゃないですか?」

 

 俺はやっと大井が言いたい意味が分かった。

つまり、"独り"じゃないって言いたいんだろう。

 

「こういう事があっても良いんです。自ら捨てたとはいえ一生戻ってきませんからね。家族も友人もこれまでやってきた事も......。それに責任だってありますし、理不尽ですよね。」

 

「......。」

 

 "気付いていた"のだ。赤城たちがそれを旗印に動いた事の全てをも。

 

「でもそれを背負って提督は"独り"で頑張ってきたんです。執務はまぁ......少ないですけど。」

 

「ははっ......。」

 

 乾いた笑い声が出た。

 部屋を暗くしてそろそろ慣れてきたという時、大井はあることを言った。

 

「それと更に私は"気付いた"んです。」

 

「ん?」

 

「それは――――――――。」

 

 大井が何か言ったんだが、なんて言ったか聞き取れなかった。

それはとても重要なものだと直感的に分かったのに、聞こえなかったのだ。

 結局俺はそのまま寝てしまった。ちなみに大井もそのまま寝てしまったようだった。

大井が最後に言った言葉が気になるが、聞いたところでどうとなるかなんて分からないから結局俺は聞かなかった。

 

 





 今回から話は加速します。第二章の終結に向けて動き出しますよ。
目標は第二百十話で第二章を完結させることですかね。
今回の情報は要注目ですよ。
 それと明日の更新はありません。ご注意下さい。

 ご意見ご感想お待ちしてます。

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