【完結】 艦隊これくしょん 艦娘たちに呼ばれた提督の話 作:しゅーがく
侵入者が新瑞に連れて行かれた翌日。今日も新瑞が来ることになっていた。今日の要件は艦娘の前での侵入者の晒し。つまり艦娘の怒りを鎮めるという事だ。
「司令官。今日はアレですね~。」
俺が艦娘がどう豹変するのか胃を痛めているという時に今日の秘書官である綾波はその抜けた様なホンワカ雰囲気でアレとか言いだした。
「アレって?」
「今日は鎮守府に出来た酒保が開くのでしょう?早く行きたいなぁ~。」
すっごいふにゃっとした表情でそう言う綾波だが、そのあとそのふにゃっとしたまま話を続けた。
「ですがその前に司令官を撃ったあの人が来るんですよね?処刑されるって聞いたのですが?」
「そうだな。来るのは何でも艦娘たちの怒りを鎮める為に謝罪に来るんだと。俺には逆効果な気がするが。」
そう言うと綾波は『そうですね~。』とか言うものだから椅子から滑ったのは言うまでもない。
だが俺は昨日、どういう処遇になるかというのを読んでいて思った事があった。あの人を殺してなんになるというのだろうか。確かに俺はあの人に殺されかけた。だが、あの人は洗脳されていたと考えてもいい。海軍本部の意向に染められていたのだ。
ならそれに気づいた今、あの人を殺してどうすると言うのか。洗脳が解けたのならいいのではないか。そう俺は思っていた。
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一つ思い返す事があった。俺が金剛の歓迎会の後に片づけを手伝った後に間宮から聞かされた艦娘の事。
あの時間宮は艦娘が隔離された理由を『それは最初は自衛隊内だけで言われてましたが、遂にメディアに流れてしまって国民に知れ渡ったんです。そこからです。』と言ったが、何故観艦式には恐れずに観客がたくさん集まり、メディアがあそこまで注目したのか。疑問だった。
それは簡単な事だった。知れ渡ったと言うがその方法とその情報の詳細についてだ。人の噂は歪曲しながら伝播する。きっと国民に知れ渡った時には艦娘と言う文字は残っていなかったのだろう。さしずめ『こちらに味方する深海棲艦』と言ったところだ。
ここまで考えて思考を切り替えた。今、目の前には昨日まで地下で拘束されていた侵入者が跪いている。多くの艦娘に囲まれて。
「私は重大な過ちを犯しました......。許してほしいとは言いません............。申し訳ございませんでした......。」
手枷をつけられ、地べたに座る侵入者はぼさぼさの髪を垂らして謝罪した。これは艦娘に向けてであり俺にも向かっている。
艦娘の目には怒り一文字しかなく、俺がここに来る際に艤装を身に纏うのを禁止しなければ今頃穴だらけになっていただろう。
俺はその侵入者の目を見た。
涙が溜まり、涙の痕が残っていた。きっと連れて行かれた後に泣いていたのだろう。
「......。」
艦娘たちは黙って見ている。
俺の判断を待っているのだ。
新瑞は鎮守府で俺に会うなり『ここでのアレを終わらせればあいつは処刑される。このシマから出るには提督の声がいるだろう?それまでは何時までもいるさ。』そう言ったのだ。
俺の裁量でここでこの侵入者は殺す事も出来る。どんな方法でもだ。だが俺にはつっかえるものがあった。この侵入者は海軍本部の歪曲した考えで染まった洗脳が解けている。もう唯の諜報員。所属も海軍本部だったがそれも今は無いので無所属。この人にも絶対家族が居る筈だ。そう考えると俺はここで『連れて行け』などと言えなくなっていた。
その一言で取り戻した自分の意思が殺されることになってしまうからだ。それよりも、これまで深海棲艦を駆る事には躊躇しなかったが、人を殺した事は無かったのが俺にブレーキをかけていた。
「司令官?」
俺の横に立つ綾波も不思議そうに俺の顔を覗き込む。
「何でもないさ......。」
俺は決心した。何と言われようと、そうすると。
「諜報員だったか?」
そう俺は切り出した。
「はい......。」
「そうか。」
俺は間を置いた。
「......家族は?」
そう俺が言うと綾波を始め、居た艦娘は何を言っているのか理解できない顔をしていた。
「います......。父、母......それと、もう何か月と逢ってませんが、妻、娘がっ......。」
そう言って電池の切れかけた携帯端末を俺に向けた。
「......。」
休みの時に家電屋に二等兵と行ったがこんなもの売ってたのか。買えばよかったと考えた後、それを言った。
「反省は。」
「嫌と言うほどしました......。私が空母の艦娘の艤装の飛行甲板の上で私にイラナイと言ったあの艦娘が目の前にあの時の表情で浮かんでくるんです......。そして昨日、駆逐艦の艦娘から聞かされたあの話......。昨日から朝まで方時と耳から離れませんでした......。」
「そうか。なら自分の言っていた事、覚えいるか?」
「はい?......海軍本部の先輩の話でしょうか?」
「いや、それの後だ。」
「友人の話ですか?」
「あぁ、俺は満身創痍で帰ってきた護衛艦の艦長の様にはなりたくない。武下大尉っ!」
俺は唐突に武下大尉を呼ぶと一言だけ言った。
「制服の予備、ありますか?」
「っ!?正気ですか?!曲がりなりにも提督を殺そうとした張本人ですよ!?」
そう言った武下の声にやっと状況が掴めたのか艦娘たちがざわざわし始めた。横の綾波もオロオロしている。
「分かっている。新瑞さん、ここは私のシマであってここからは私の声がなければ何もできないのですよね?」
「あっ......あぁ。」
新瑞に確認を取ると俺は侵入者の前に座った。
「俺は海軍本部の諜報員が俺の暗殺を企てている事を聞いたときから対策を取っていたんだ。何だと思う?」
「......そっ、それは警備に艦娘が出ていましたので、それでしょうか?」
「違う。俺は逮捕を命じたんだ。」
そう言うと周りで見ていた赤城が大声を上げた。
「待ってくださいっ!確かに逮捕を命じましたが、まさか仲間としてここに置くので?!」
そう言うと周りの艦娘や綾波も気付いたのかざわざわし始めた。綾波は『本当なのですか?殺さないなんて......。』と言っている。
「その通りだが、問題あるか?」
そう言うと今度は長門が立ち上がった。
「コイツは提督を殺そうとした奴なんだぞ!?」
そう言うと長門の前に俺は歩みを進めて立ち止った。
「彼は洗脳されていたんだ。昨日の引き渡しの際、海軍本部の意向に染められていた事が分かったんだ。もうその洗脳は解けている。今は何ら変わらない人だ。」
「だがっ!」
そう続けた長門の言葉を遮るように言った。
「俺に裁けと?!彼はあの海軍本部に洗脳されていたんだ!!!お前らと同じ被害者だろうがっ!!!」
「でもっ!」
長門はまだ食い下がってきた。
「ならば長門......。」
「なっ、なんだ。」
「長門にこの場で命令を下してもいいのだぞ?」
「どういう命令だ。」
「『解体』だ。」
そう言うと周りの艦娘はおろか、新瑞も驚いた。
「何故だっ!?」
「彼は俺の殺人未遂をした。長門は俺に何をした。」
そう言うと俺が着任して挨拶した日までに進水していなかった艦娘が長門を囲んだ。
「......。」
長門は黙ってしまった。
「そうだ、長門。アレは俺にミスもあったが一ヵ月もなぁ?」
そう言うと長門は引き下がった。
「それに彼はもう絶対にやらないだろう。配置も艦娘の目に触れないようにするさ。」
そう言って侵入者に近づいた。
「ウチに諜報員が欲しい。なってくれるか?」
「えっ?......。」
そう言った侵入者は状況が掴めていない様だった。
「いいですよね?新瑞さん。」
「あぁ。提督がそういうなら処刑を取り消そう。」
そう言って新瑞は部下を連れて少し離れた。
「任務を与える。侵入しようとする者、侵入を企てている者をマーク。侵入した際、逮捕せよ。」
そう言って武下が持ってきていた予備の門兵の服を渡した。
「諜報員なんだろ?その能力を生かしてくれ。艦娘と門兵を欺いた諜報能力は凄かった。」
そう言って俺はその場を離れる事にした。
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場所は変わって食堂。
俺がどうしてあの判断を下したかの説明をしていた。
どうしてそうしたのかという経緯、主に昨日あったことを説明する提督がそれでいいならと自分らの前に本当に現れないならいいと納得してくれたが、今は違う事で騒ぎになっている。
俺が長門に言ったアレだった。
「落ち着け。」
俺が宥めているのは俺の歓迎会より後に来た艦娘。最上、金剛、陸奥、伊勢、島風、瑞鶴、瑞鳳、陽炎、イムヤ、蒼龍、飛龍、鈴谷が全員艤装を身に纏い、長門に砲を向けていた。
「あれとは何デスカ?!答えて下サイ!!」
そう言った金剛に合わせてガシャンとそれぞれの艤装から音がした。給弾したのだろう。
「落ち着くんだ金剛!」
そう言うと囲まれていた長門が大丈夫だとだけ言って説明をした。
「提督は着任されてから一ヵ月、第一艦隊である私たちが提督の着任を連絡せずにいたんだ。」
そう言うと長門は一息ついて続けた。
「一ヵ月間、提督は執務室と私室しか行き来せず、食事も執務室で三食摂っていたんだ。」
そう言うと金剛の艤装の主砲4基が動き出した。
「それは軟禁デス!!」
そう叫んだ金剛と長門の間に俺は入っていった。
「落ち着くんだ金剛。言っただろう、俺にも非があったんだ。それに丁度その時期は金剛の事で皆に出撃や遠征で出払ってたし。」
そう言うと金剛は身に纏った艤装を消した。
「......ならいいデスケド。」
そう言ってプクーと頬を膨らませた。そして周りの艦娘も艤装を消した。どうやら納得した様だ。
「ありがとう金剛。」
俺はようやくその場を納める事が出来た。
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「司令官~。」
そう執務室で呼ぶのは綾波。侵入者の事や長門の騒ぎが落ち着き、執務室に戻ってからすぐだった。
「なんだ?」
「司令官が仲間に引き入れたあの侵入者の名前って聞いたんですか?」
そうぺかーと表現してもいい具合の表情に少し戸惑いつつも、聞いて無い事を思い出した。
「あ、聞いてない。」
「確か『巡田(めぐりだ)』さんとか訊きました。」
「そうか。」
俺は手元にあったメモにその名前をメモった。
この後、武下が執務室を訪れて巡田はどうするかという方針の話をし始めた。
取りあえず今日は休ませて家に帰らせる。出勤は門兵の夜間警備の交代の時間に来させるとの事。所属を鎮守府警備部に書き換えておくこと。巡田の交代要員を用意しておくとの事。色々と決めて行った。そして最後に、艦娘が通るであろう場所から配置を離すという事が決まった。
これで侵入者の騒動は終わりです。
長かったですねー。ラストはちょっと強引だったかと思いますが、自分は満足してます。
最近雪風の開発日記を書いてない気がします。いいネタが出てこないんですもの......。頑張って雪風w
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