第1話 ※
「ほら」
木の上の猫に声を掛けながら、枝に登る。
「よしよし。こっちにおいで」
猫に手を伸ばし、身体を掴みあげる。降りる前に抱え方を変えてから飛び降りる。
「っと」
地面に降りて、猫を降ろす。
『兄ちゃんありがと!』
「どういたしまして。次は降りれるとこに登りなよ?」
お礼を言う猫にそう返し、手を振る。
もちろん、猫が人の言葉は喋ってない。どちらかと言えば俺が獣の言葉が理解できるだけだ。生まれつきなのか、少なくとも物心がついたときには、獣と意思を通じ合わせて会話が出来た。
「さて……と」
鞄を拾い上げ、時計に目を向け固まる。
「あっ‥‥やばっ」
学校に行く途中だったが、猫を助けてる間に時間が経っていて急いでも遅刻が確定してしまっていた。
「あー。どうするか」
別に学校なんて行かなくても良いんだけど、面倒見てくれてる翔さんへの義理があるしな。そう考えていると、空に何かが舞っているのが見えた。
「ん? あれは……手紙?」
何で空から、という疑問は生じたが近くの電柱に止まってた鳥に頼んで取ってきてもらう。純粋に好奇心が湧いたからだ。
「どうも」
『お安い御用さ。』
鳥にお礼を言ってから手紙、白い封筒を見る。
「……何で俺の名前が書いてるんだ?」
封筒に書かれた『風魔空殿へ』という宛名につぶやく。
それは間違いなく、俺の名前だ。森の家族につけられた青空のような目の色からとった空、に街で行き倒れていた俺を拾ってくれて里親になってくれた人から貰った風魔という苗字が書かれているのは偶然とは思えない。そもそもこの辺りに同名の人間はいない。
「開けてみるか」
中を見てみないとイタズラなのかどうかの判断が出来ないので封を切ろうとし、手を止める。
『そらー』
名前を呼ばれてそちらに目を向ける。
「ルー? どうかしたのか?」
とてとてと駆け寄ってくる黒い子犬、もとい子狼のルーに声を掛ける。
『これ。忘れてるよ』
「忘れ物? ああ」
ルーがくわえているポーチを受け取り、ルーを撫でてやる。
「助かった。これを忘れてたよ」
外出するときにいつも持ってるこれを忘れてたのは迂闊だった。この中には色々と便利な物が入れてあるからな。
ポーチを腰に付け、ルーを持ち上げてフードの中に入れてやる。
『あれぇ? そら、学校は?』
「うっ。そ、それよりこの手紙どう思う?」
誤魔化そうと手紙をルーへ見せる。
『てがみ? 中身はー?』
「今から見るよ」
封を切り、中に入ってた手紙を読む。
〈悩み多し異才を持つ少年少女に告げる。その才能(ギフト)を試すことを望むのならば、己の家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨て、我らの”箱庭”に来られたし〉
「何だ、これ?」
『箱庭?』
ルーと一緒に首を傾げていると視界が切り替わった。
「……へ?」
下を見ると地面ははるか下、体は宙にあった。
「ちょッ!?」
体は重力に従い落下を始める。
『そ、そらー!?』
「掴まって、いや服を噛んでおけ!」
ルーに叫び、周囲に視線を巡らせる。
自分の他に三人、スカイダイビングをしてる少年と少女、それに三毛猫。三毛猫とその飼い主と思われる少女は近い位置にいる。
下を見てみると、湖が広がっている。正確な高さは分からないけど、ぶつかったら水といえどただじゃすまないと思う。だが、俺の直感は何とかなるという結論を弾き出した。
その前に、このまま落ちたら俺らはともかくルーと三毛猫は溺れかねないので三毛猫に手を伸ばしてフードに入れる。
『な、何や!?』
「暴れると危ない。しっかりしがみついてろ」
『!? わ、分かった』
おとなしくなった三毛猫とルーを守るようにしながら湖に突っ込む。
大きな水柱が起きる。
♦
「はあ。大丈夫か?」
陸地に上がり、フードの二匹に声を掛ける。
『大丈夫だよ!』
『おかげで助かった。おおきに。』
大丈夫そうだな。ほっとしながら三毛猫をフードから出してやる。
「ありがとう」
横から聞こえた声に顔を向けると猫の飼い主のショートカットの少女がいた。
「あ、ああ。ほら」
落ちてるときは余裕が無くしっかり見てなかったが、結構可愛い子だ。そう考えながら、少女に三毛猫を渡す。
「三毛猫を助けてくれてありがとう」
「どういたしまして」
もう一度お礼を言った少女にそう返し、周りを見回す。
「し、信じられないわ! まさか問答無用で引き摺りこんだ挙句、空に放り出すなんて!」
「右に同じだクソッタレ。場合によっちゃその場でゲームオーバーだぜコレ。石の中に呼び出された方がまだ親切だ」
黒髪の少女と学ランとヘッドホンを付けた金髪の少年が罵詈雑言を吐き捨てていた。
とりあえず、石の中の方がゲームオーバーになりそうな気がする。
「……。いえ、石の中に呼び出されては動けないでしょう?」
少女の方は常識的な事を言った。
「俺は問題ない」
「そう。身勝手ね」
少年の方は、まあそうだな。常識外?
会話を聞きつつ、パーカーを脱いで絞る。
「此処……どこだろう?」
「さあな。まあ、世界の果てっぽいものが見えたし、どこぞの大亀の背中じゃねえか?」
(割と落ち着いてるな)
そう感心しながらある程度水を搾り出したパーカーを着直し、ルーをフードへ入れる。
隣の少女の呟きに少年が応えた。
「まず間違いないだろうけど、一応確認しとくぞ。もしかしてお前達にも変な手紙が?」
「そうだけど、まずは”オマエ”って呼び方は訂正して。―――私は久遠飛鳥よ。以後は気を付けて。それで、そこの猫を抱き抱えてる貴女は?」
「……春日部耀。以下同文」
「そう。よろしく春日部さん。次に、その隣の、子犬をフードに入れてる貴方は?」
「俺は風魔空。後、『ぼくは犬じゃない!!』……勘違いされやすいがこいつは犬じゃなくて一応狼だ」
フード内で暴れるルーに苦笑しながら自己紹介をする。
「あら、それはごめんなさい。最後に、野蛮で凶暴そうな貴方は?」
おい。いや、そうっぽいけどさ。初対面の相手にそれはどうだろうか?
「高圧的な自己紹介をありがとよ。見たまんま野蛮で凶暴な逆廻十六夜です。粗野で凶悪で快楽主義と三拍子そろった駄目人間なので、用法と用量を守った上で適切な態度で接してくれお嬢様」
「そう。取扱説明書をくれたら考えてあげるわ、十六夜君」
「ハハ、マジかよ。今度作っとくから覚悟しとけ、お嬢様」
久遠飛鳥と逆廻十六夜、両名の背後に竜と虎が見えた気がした。
『こわいよぉ。』
「大丈夫だ。手出しさせる真似はさせないからな」
『ほんと?』
「本当だ。俺を信用しな」
ルーと会話(ただし、周りに奇怪と思われないように小声で)をしていると、隣から視線を感じた。
見てみると、春日部耀と名乗った少女が驚いた顔でこっちを見ていた。
(やばい! 聞かれてたか?)
どうやって誤魔化そうか、考えていると耀は口を開いた。
「動物の言葉、分かるの?」
……バレてる。下手に誤魔化すよりも認めた方が良さそうだな。
「ああ。大体の獣の言葉は理解できる」
そう応え、次に来るであろう不気味なものを見る目を思い浮かべて、ため息をつく。
「……私以外に言葉がわかる人がいるんだ」
ん? 今、何て?
『おお! そうだった。お嬢。この小僧、ワシの言葉が分かっとるようや』
「うん。そうみたい」
ああ。空耳じゃなかったのか。
「ええと‥‥。君もか?」
そう聞くと、耀は頷いた。
『へえー! そら以外に喋れる人いるんだね!』
「そうみたいだな。驚いたな」
まさか、自分以外にも動物と会話出来る人間がいるとは思ってなかった。いきなり空中に投げ出されたお詫びにはならないがいい収穫だ。
♦
自分以外にも動物と会話出来る人間がいるという発見をして驚いていると、十六夜が苛立たしげに口を開いた。
「で、呼び出されたはいいけどなんで誰もいねえんだよ。この状況だと、招待状に書かれていた箱庭とかいうものの説明をする人間が現れるもんじゃねえのか?」
「そうね。なんの説明もないままでは動きようがないもの」
「……。この状況に対して落ち着きすぎているのもどうかと思うけど」
「君もな? 後、俺もか」
適応力は高い俺は、あっさり状況を飲み込んだ自分へ苦笑をもらす。
(さっさと出てくれば良いのに、何してるんだ?)
ああ。こっちが落ち着きすぎているから出るに出られないのか。と物陰から伺っている人物に心の中でつぶやく。
「―――仕方がねえな。こうなったら、そこに隠れている奴にでも話を聞くか?」
ため息混じりに、十六夜がつぶやくと隠れていた人物はびくぅと飛び跳ねた。
俺らは物陰に視線を集中させる。
「なんだ、貴方も気づいていたの?」
「当然。かくれんぼじゃ負けなしだぜ? そっちの猫を抱いてるやつと、犬っころをフードに入れてるやつも気づいていたんだろ?」
「風上に立たれたら嫌でもわかる」
『だから、ぼくは犬じゃない!!』
「匂いもそうだが、そもそも、本気で隠れる気が無いんじゃないか? 気配がだだ漏れだ」
ルーは無視しとこう。
「……へえ? 面白いなお前ら」
あっ。目をつけられた。
というか、十六夜。お前目が笑ってないな。まあ。こんな手荒い招集されて怒らないのは、かなりの聖人君子だと思う。
なので、俺も冷ややかな視線を隠れてる人物に向ける。
「や、やだなあ御四人様。そんな狼みたいに怖い顔で見られると黒ウサギは死んじゃいますよ? ええ、ええ、古来より孤独と狼はウサギの天敵でございます。そんな黒ウサギの脆弱な心臓に免じてここは一つ穏便に御話を聞いていただけたら嬉しいでございますョ?」
狼ならフード内にいるけど?
「断る」
「却下」
「お断りします」
「……なあ。ルー。今日の昼はウサギとかどうだ? 食える部分はあると思うんだが?」
「あっは、取り付くシマもないですね♪ 後、黒ウサギは美味しくないのでやめてくださいね!?」
ちぇ、残念だ。
バンザーイ、と降参のポーズをとった黒ウサギだが、その眼はこちらを値踏みしている。
うーん、値踏みされるのは不愉快なんだよな。どうするか。―――そう考えていると、耀が不思議そうに黒ウサギの隣に立ち、黒いウサ耳を根元から鷲掴みにし、
「えい」
「フギャ!」
力いっぱいに引っ張った。あのリアクション、ただの飾りじゃないのか、耳って。
「ちょ、ちょっとお待ちを! 触るまでなら黙って受け入れますが、まさか初対面で遠慮無用に黒ウサギの素敵耳を引き抜きに掛かるとは、どういう了見ですか!?」
「好奇心の成せる業」
好奇心なら仕方ない。
「自由にも程があります!」
「へえ? このウサ耳って本物なのか?」
今度は十六夜も参加した。
「……。じゃあ私も」
「ちょ、ちょっと待―――」
更に、飛鳥も加わった。
言葉にならない悲鳴をあげながら、こっちに助けを求める目を向けてきた黒ウサギを見、ニコリと笑って口を開く。
「誰でもいいから、気が済んだら変わってくれないか?」
「「「分かった」」」
黒ウサギの顔が絶望に染まってゆく。
俺だって、この理不尽な呼び出しには腹が立っているからな。