”サウザントアイズ”を後にして、広場を超えてだいたい三十分程歩きコミュニティの門前に着いた。
「この中が我々のコミュニティでございます。しかし本拠の館は入口から更に歩かねばならないのでご容赦ください。この近辺はまだ戦いの名残がありますので‥‥」
「戦いの名残? 噂の魔王って素敵ネーミングな奴との戦いか?」
「は、はい。」
「ちょうどいいわ。箱庭最悪の天災が残した傷跡、見せてもらおうかしら。」
飛鳥‥‥機嫌悪くない? さっき白夜叉に虫扱いされたのが気に食わないの?
黒ウサギが躊躇いながら門を空ける。門の向こうから乾いた風が吹く。
「っ、これは‥‥!?」
「‥‥これは。」
砂塵から顔を庇い、顔を上げると視界いっぱいに廃墟が広がっていた。
『‥‥想像よりひどいね。』
「ここまでだったとはな。」
近くの囲いの残骸に手を触れる。すると木材は乾いた音とともに崩れた。
「‥‥おい、黒ウサギ。魔王のギフトゲームがあったのは―――今から何百年前の話だ?」
「僅か三年前でございます。」
十六夜の質問に黒ウサギが答え、その答えに驚愕する。
(たった三年でここまでになるのか?)
「ハッ、そりゃ面白いな。いやマジで面白いぞ。この風化しきった町並みが三年前だと?」
整備されていただろう街路は砂に埋もれ、木造の建物は腐って倒れ落ちている。鉄筋や針金は錆、街路樹は枯れている。そんな町並みが三年前までは人がいたとは思えない。
(これが‥‥魔王の力か?)
予想のはるか上をいく惨状に冷や汗を感じる。
「‥‥断言するぜ。どんな力がぶつかっても、こんな壊れ方はありえない。この木造の崩れ方なんて、膨大な時間をかけて自然崩壊したようにしか思えない。」
ありえない、そう結論づける十六夜だが、内心ではおそらく冷や汗を流しているだろう。
「ベランダのテーブルにティーセットがそのまま出ているわ。これじゃまるで、生活していた人間がふっと消えたみたいじゃない。」
「それに、獣はおろか虫一匹の気配も感じない。不自然すぎる。」
小さく感想を呟くと耀が頷いた。
恐ろしい。そう感想を抱いた。ここまで酷い傷跡を残せる存在、それが魔王とわかったからだ。
♦
―――”ノーネーム”・居住区前、黒ウサギの案内で進むと水路があり、それに沿って行くと貯水池に着いた。そこには先客がいた。
ジンと何人かの子ども達が水路の掃除を行っていた。
「あ、みなさん! 水路と貯水池の準備は調っています!」
「ご苦労様ですジン坊っちゃん♪ 皆も掃除を手伝っていましたか?」
ワイワイと騒ぎながら子ども達が黒ウサギに群がった。
「黒ウサのねーちゃんお帰り!」
「眠たいけどお掃除手伝ったよー」
「ねえねえ、新しい人達って誰!?」
「強いの!? カッコいい!?」
「Yes! とても強くて可愛い人達ですよ! 皆に紹介するから一列に並んでくださいね。」
黒ウサギが指を鳴らすと、子ども達は一糸乱れぬ動きで横一列に並んだ。
だいたい二十人前後だろう。見れば何人かは猫耳やきつね耳の子もいる。
(あれは、俺みたいな獣憑きではないんだろうな。)そういうギフトを持っているんだろう。
横を見ると飛鳥と耀は微妙に苦手そうな表情を浮かべていた。
まあ、これから彼らと生活していくわけだしある程度の交友は必要だし頑張ってほしいな。
ちなみに俺は、子どもは好きなほうだ。
ゴホン、と咳払いした黒ウサギは俺らの紹介を始めた。
「右から逆廻十六夜さん、久遠飛鳥さん、風魔空さん、春日部耀さんです。皆も知っている通り、コミュニティを支えるのは力のあるプレイヤー達です。ギフトゲームに参加できない者達はギフトプレイヤーの私生活を支え、励まし、時に彼らの為に身を粉にして尽くさねばなりません。」
「あら、別にそんなのは必要ないわよ? もっとフランクにしてくれても」
「駄目です。それでは組織は成り立ちません。」
飛鳥の申し出をこれ以上ない声音で断じる黒ウサギ。その表情は真剣そのものだった。
「コミュニティはプレイヤー達がギフトゲームに参加し、彼らのもたらす恩恵で初めて生活が成り立つのでごさいます。これは箱庭の世界で生きていく以上、避ける事が出来ない掟。子どものうちから甘やかせばこの子達の将来の為になりません。」
「‥‥そう。」
黒ウサギの有無を言わせない気迫に押され飛鳥は口を閉ざした。そういえばここのコミュニティが魔王に襲われたのは三年前。つまり三年前から黒ウサギはコミュニティを支えてきたということになる。そう思えば、言葉の重さがはっきりと分かる。
( うーん‥‥。これは、予想以上に責任が重いのか?)だとすると生半可な覚悟はやめておいた方が良いな。
「此処にいるのは子ども達の年長組です。ゲームには出られないものの、見ての通り獣のギフト券持っている子もおりますから、何か用事を言いつける時はこの子達を使ってくださいな。みんなも、それでいいですね?」
「「「「「よろしくお願いします!」」」」」
‥‥み、耳鳴りが‥‥。どこの音波兵器だよ!?
「ハハ、元気がいいじゃねえか。」
「子どもが元気なのはいい事だよ。」
「そ、そうね」
笑みを浮かべているのは、十六夜と俺だけで飛鳥と耀は複雑な顔をしている。
♦
水路に水を張るのを眺めていようとしたら、子ども達に取り囲まれた。
「ん? どうした?」
目線を合わせて問いかける。
「兄ちゃん、原っぱみたいな匂いがする!」
「ほんとだー!」
「僕も!」
「私も!」
凄いくっつかれた。嫌ではないけど、少しだけ暑いかな?
子ども達を撫でてやっていると、一人だけ離れて見ている狐っ娘に気づいた。
「?」
「‥‥ふぇっ! ‥‥ええっと!」
目があっただけで驚かれた。少しショックだ。
耀の後ろに隠れたその子に苦笑を浮かべる。
「‥‥ええと。おそらく、空さんが九尾の狐であることに気づいたのでしょう。位で言えば空さんは最上位に位置しますし、恐れ多さがあるんだと思います。」
‥‥ああ。九尾ってそういえばそんなんだったっけ?
でも、それはそれだ。必要以上に遠慮される気はない。
なので、他の子ども達を掻き分けながらその子に近づく。子ども達が不満そうな顔をしてたが、今は我慢してもらおう。
「初めまして、だな。俺は風魔空。君の名前を聞いてもいいかい?」
目線を合わせ、そう言う。
「! り、リリと申しますっ! あの、ええとっ‥‥」
「よし。落ち着くんだ、リリ。」
わたわたと慌てる少女‥‥リリに苦笑混じりに言いながら、頭を撫でてやる。
「‥‥ふぇぇぇ!?」
最初、ビックリしていたリリだが、徐々に表情を緩めた。
「‥‥えへへ///」
‥‥ああ。可愛らしいな。正直、妹にしたいくらいだ。
『相変わらず、そらは子ども好きだねー。さすが孤児院でバイトしてるだけあるね。』
してた、じゃないかな? もう。
俺は元々、動物と並ぶくらいに子どもが好きだ。子どもは嘘をつかないからな。ついても可愛らしい嘘だし。俺自身も子ども達に懐かれる体質だし、それを生かして孤児院で子どもの遊び相手をするバイトをさせてもらっていた。最初の頃は友人も一緒にやっていたのだが、子どものテンションについていけずにやめて、俺一人だけが残った。
「あら? 随分と子どもの扱いがうまいのね?」
ルーの言葉が分かる耀は驚いていたが、飛鳥はからかうような感じで言ってきた。
「まあな。一応、元いたとこじゃ孤児院のバイトで子どもの相手をしてたからな。」
それと、と切って念の為に言っておく。
「別に俺はロリコンとかではないからな?」至ってノーマルだ。子ども好きなだけの。
「そ、そうなの。」
納得してもらえた。よかったよかった。
♦
その後、水路に水を張る時に黒ウサギが十六夜を濡れ鼠にしかけた。
屋敷に案内され、ついた頃には既に夜中になっていた。月明かりによって浮き彫りになる屋敷は、風魔家の和建築の屋敷とは違う趣があった。
「遠目から見てもかなり大きいけど‥‥近づくと一層大きいね。何処に泊まればいい?」
屋敷を見上げて感嘆の息をもらしていた耀はそう聞いた。
「コミュニティの伝統では、ギフトゲームに参加できる者には序列を与え、上位から最上階に住む事になっております‥‥けど、今は好きなところを使っていただいて結構でごさいますよ。移動も不便でしょうし」
「そう。そこにある別館は使っていいの?」
飛鳥は屋敷脇に建つ建物を指さした。
「ああ、あれは子ども達の館ですよ。本来は別の用途があるのですが、警備の問題でみんな此処に住んでます。飛鳥さんが百二十人の子どもと一緒の館でよければ」
「遠慮するわ」
即答だった。さすがの俺もその大人数相手は勘弁だし、飛鳥もそうなんだろう。
「‥‥なるほど。だったら警備は楽そうだな。」
一箇所に集まっているなら何か起きても全員守れそうだ。一応、ガルドが部下をけしかけてきた時のために防御の護符を貼っておくけど。
「ルー。貼ってきてくれ。」
『りょーかい。』
ルーに護符を持たせ、離す。
この暗闇の中の上、ルーの黒い毛はいいカモフラージュになって誰もルーには気づかなかった。
風呂を掃除すると、黒ウサギが大慌てで掃除に取り掛かるので、その間に一度宛てがわれた部屋の確認をしてから貴賓室に集まる。
『お嬢‥‥ワシも風呂に入らなアカンか?』
「駄目だよ。ちゃんと三毛猫もお風呂に入らないと」
『‥‥後生じゃ! 堪忍してくれぇぇ!』
三毛猫は叫ぶと耀の腕の中から飛び出して部屋の外に走って行った。よっぽど嫌なんだろうな。
『そらー。終わっ、わぅっ!』
戻ってきたルーと衝突しそうになり、互いに寸前でかわした。
「あっ! ごめん、お風呂には先に入ってて。三毛猫捕まえてくる。」
三毛猫を追って耀も部屋を飛び出した。
『‥‥なに?』
どういう事かと首をかしげて聞いてくるルーに確認するように言う。
「お前は、大人しく風呂に入るよな?」
『? 入るよ?』
ああ、良かった。
「皆さん! 湯殿の用意ができました! 女性様方から、って耀さんはどちらに?」
入ってきた黒ウサギの質問に答える。
「耀なら逃げた三毛猫を追っかけていった。」
「黒ウサギも先に入ってましょ。」
飛鳥と黒ウサギは部屋から出て行った。
「‥‥それじゃ、十六夜。外の相手は任せた。俺は耀に手を貸してくる。」
少し前から匂ってきてる侵入者の相手を十六夜に任せる。十六夜一人で十分どころか百分な戦力だし。オーバーキルともいう。
「ああ。任せとけ。」
承諾した十六夜に手を振りつつ、ルーをフードに入れてから部屋を出る。
道中で説明をしながら三毛猫の匂いを追う。
『まあ。猫は水苦手だもんね。三毛おじいちゃんもかな?』
三毛おじいちゃんって、まあ確かにあの三毛猫は年寄りだけどさ。もうすぐで猫又になるんじゃないかって程に。
「そうなんじゃないか?」
適当に答えながら、屋敷の外に出てはいないと判明したので屋敷内を歩き回る。
『それで、三毛おじいちゃんはどこに逃げたのかなー。』
「外じゃないのは確かだな。何処かの空き部屋にいると思う。」
たぶんドアの開いている部屋かな。三毛猫がドアノブ使えれば別の話だが。ルーはドア開けられるから可能性として考えておこう。
捜索していると、ズドガァン!と爆発音が聞こえた。十六夜が派手にやってるんだろう。
『ぎにゃぁぁぁぁぁぁ!!』
音に驚いて目の前の部屋から三毛猫が飛び出してきた。なので、首を掴んで捕獲。
『離せぇぇぇ!! ワシはうまくないぃ!』
『おちついてよ! おじいちゃん。ぼくたちだよ。』
錯乱していた三毛猫だが次第に落ち着きを取り戻した。
『な、なんや。小僧とその連れか。』
『ぼくはルーだよ。』
『そうか。すまんかった。それで、こないとこで何やっとるんや?』
「お前の捕獲、かな?」
『‥‥ワシは風呂に入らんぞ。』
どれだけ嫌なの?
「別に俺は無理に入れとは言わないぞ? ただお前が逃げ回ってると耀に迷惑がかかるんじゃないかと思っただけだ。」動物は水浴び程度で十分だと思うし。
『‥‥。‥‥そうやな。小僧。お嬢のとこに連れてってくれんか?』
「了解。」
三毛猫に答え、今度は耀を探しに行く。