東方狂界歴   作:シルヴィ

1 / 97
プロローグ
始まりの異変


 そこは既に現実には存在しない、幻想の存在が住む世界だった。その世界は人をはじめ、妖怪や神までもが存在する場所だった。

 そんな世界のある場所には、立派な屋敷が立っていた。その屋敷の一室に、何かを書いている女性がいた。

 「ふぅ……大体、こんなところかしらね?」

 そう呟いた女性の手の中には、あるゲームの追加ルールが書かれていた。それは『弾幕ごっこに関連した追加ルール』だ。本来ならば追加ルールなど作る理由はない。だが、一つだけ作らなければいけない理由があった。それは単純明快なわけ。このゲームは人間と妖怪が戦うために作られたものなのだが、やはり妖怪の方が有利すぎたのだ。だからこその追加ルール。

 「藍や霊夢にも協力してもらって作ったこのルールが、ほんの少しでもいい方向に向かうといいのだけれど……」

 憂いを秘めた表情で今後を心配する女性。その顔は、途轍もない神秘を宿した、一枚の絵画を見ているようだった。

 そして、その紙をしまった女性は軽く伸びをすると、小さく欠伸をした。――それでも美しく見えるのだから、綺麗な人はずるすぎると言えるだろう。

 そして女性は、窓から見える満月を少しだけ眺めると、布団を敷いた。

 そのまま布団の中に入り眠ろうとする女性は、完全に眠り切る前に、もっとこの世界をより良くするための新たな方法を考え始めていた。

 ――女性は気付くべきだったのかもしれない。この幻想の世界に、異質な存在が来たのを。この時女性が願ったことが叶えられるのは、その異質な存在によって曲げられることになるのを、女性はまだ知らなかった。

 

 

 

 

 朝になると、朝食を食べ終えた女性は、すぐに玄関へと歩いて行った

 「紫様、今日はどちらへ?」

 女性――紫と呼ばれた人は後ろを向くと、自らの式に言った。

 「フフッ。今日はね、昨日考えたスペルカードルールを広めようと思っているのよ。そのために一度、人里に行くの。その内貴女にも協力してもらうつもりだから、よろしくね、藍」

 「わかりました、紫様」

 とても楽しそうに、あるいは嬉しそうに笑う紫の姿を見て、紫の式――藍と呼ばれた女性の頬が綻んだ。

 「しかし、境界を渡って行けば、すぐに着くのでは?」

 「確かにそうよ。でも、それだと風情が無いわ。たまには、自分で歩きたいと思うこともあるのよ?」

 「それもそうですね……。では、お気をつけて行って来てください」

 「ええ、わかっているわ。それじゃあ、またね。藍」

 一礼して紫が出て行くのを見た藍は、屋敷の中へと戻って行った。

 「あんなに楽しそうな紫様を見るのは久しぶりだな。私も今日の仕事を早めに終わらせて、紫様の好きな料理を作るか」

 気合を入れた紫の式は、己が主のために仕事をし始めた。

 

 

 

 

 

 人里へと向かう道中、紫は周りの景色を眺めながら歩いていた。彼女ほどの実力があれば、例え歩きでも里へ行くのはほぼ一瞬で済むが、今は自然の風情を見るのを楽しんでいた。

 これが人であれば、このように余裕を持つのは少し難しかっただろう。この世界には妖怪がいる。例え『彼女の手によって』人を襲う時間や場所を限定されていても、不安に思ってしまうのが人だ。しかし、彼女は人ではなかった。それどころか、そこらの有象無象が束になっても敵わない存在だった。

 そのため、道中に何かが起こる可能性は皆無に近い。――はず、だったのだが。

 「ガアアアアアアアアアァァァァァァァ!!!!」

 「うるさいわねぇ……。少しは空気を読めないのかしら?」

 理性を持たない低級の妖怪。それでもただの人であれば、一瞬で殺されてしまうほどの力を持っている。しかし紫は一向に慌てる様子を見せない。それどころか、少し苛ついた表情をしていた。

 「私、貴方のせいで気分が悪いの。だから――容赦はしないわ」

 一方的にそれだけを告げると、紫は妖怪の足元に穴を開けると、そこに情け容赦なく妖怪を叩き落とした。そして、雲よりも更に上の高度に穴の出口を設定しておく。一応落としても問題無い場所を選んだので、どこにも迷惑はかけないはずだ。

 「空を飛べれば助かるかもしれないけど……無理そうね、理性も無い妖怪じゃ」

 そして、何事も無かったかのように紫は歩き出す。それからは、里につくまで何の邪魔も入ることは無く、紫は上機嫌で人里へ辿り着いた。

 

 

 

 

 「まずは、里の先生に弾幕ごっこの新しく追加したルールの説明をしてから、神社に向かいましょうか」

 彼女は――紫は、妖怪だ。しかし、里に住む人々は彼女を必要以上に恐れることは無い。それは、彼女が無意味に人を襲わないと理解していたからだ。それでも完全に恐れないと言う訳では無いが、里の外にいる妖怪に比べれば格段にマシだった。

 そして、里にある寺小屋へと向かう途中、何度か聞いた覚えのある、しかし決してここで聞くのはありえない声を聞いた。

 「紫、久しぶりね。元気にしてた?」

 「……え?」

 紫が疑問の声と訝しげな顔を出しながら後ろを振り向くと、そこには迷いの竹林にいるはずの、月の賢者がいた。

 「八意……永琳? ……何で、ここにいるのかしら? 確か貴女は、月の刺客に見つからないために、迷いの竹林に隠れていたはずじゃ無かったの?」

 永琳と呼ばれた女性は、紫の言葉に眉を顰めた。そして、何かを心配するかのように紫の額に手を当てた。

 「……紫、貴女大丈夫? 熱でもあるの?」

 「……それ、どういう意味なのか、聞いてもいい?」

 少し頬が引き攣っている紫に、永琳はやはり心配そうに言った。

 「忘れたの? 貴女が強力な結界を作ってくれたおかげで、月の刺客を心配する必要は無くなったから、もう引き籠もっていなくてもいいって言ってたじゃない。まあ、輝夜は相変わらず引き籠もってるけどね。それは仕方ないって諦めてるわ」

 苦笑いしながら言う永琳だが、どこか温かさの感じられる声音だった。けれど、『永琳がここにいる』それ自体がおかしいのに紫は気付いていた。

 「それで、ここに来たのは何故かしら? 私は薬を届けに来たのと、私のところに連れて来られない患者がいるから、診察に来たのだけど」

 「……私は、ただの散歩よ」

 紫は咄嗟に、本来の目的とは違う答えを言った。目の前にいるのが永琳だと言うことは、能力を使って理解している。しかし、自分が知らない物語を相手が知っている、それが紫の目的を言うのを妨げた。

 「そうなの? あら、もう時間ね。私はそろそろ行っちゃうけど、また後で会えたら話しましょうか。それと……」

 永琳はどこか言い難そうに口籠り、視線を彷徨わせながら、言った。

 「ええと……もう年が年なんだから、頭が心配なら、言ってね?」

 「余計なお世話よ! と言うか、年齢なら貴女の方が上じゃない!!」

 「あら、どうだったかしらね?」

 茶目っ気たっぷりに笑う永琳に、先程の言葉が冗談――本当に冗談なのか判断しかねるが――だったと悟る。どうやらそれにも気付かないほど混乱していたらしい。

 「何を悩んでいるのかは知らないけど、少しは相談してね? できる範囲で力になるから」

 真剣な顔で告げる。永琳が本心から言っているとわかる言葉。それを無下にするほど、紫は子供ではない。

 「ええ、そうさせてもらうわ。それじゃ、また」

 けれど、それでも紫は本調子には戻っていなかった。背を向けて歩き始めた紫を、永琳は心配そうに見つめていたのに最後まで気付けていなかったのだから。

 

 

 

 

 

 人里で――いや、幻想郷で異常なことが起きているのに気付いた紫は、人里を出てすぐに神社へと向かう境界を開き、そこから神社の――風情の無い上に罰当たりな言い方だが――玄関とも言うべき、鳥居の上に降り立った。すると、紫の目に信じられない光景が見えた。

 「魔理沙、待ちなさい! 待たないと痛い目見せるわよ!」

 「へっへ~ん、まだまだ行くぜ! 追い付けるなら追い付いてきな! 霊夢!」

 『五歳』程の子供になっている霊夢と魔理沙が、『仲良く』遊んでいるのを見て、紫の――妖怪の賢者とまで呼ばれた頭脳が停止してしまった。しかし、すぐに我を取り戻した紫は、こうなった原因を考え始めた。

 (まず、何が起こってこうなったのか。これに関しては全くの謎ね。なら、どうしてこうなったのか。これもわからない。それ以前に、こんな異変を起こせる存在が全く思いつかないのがおかしい。永琳が表に出て来てると言うだけなら、誰かが私か永琳の記憶を書き換えたとわかるけど……)

 『十六歳』くらいだったはずの霊夢と魔理沙が、『五歳』になっている理由が思い付けない。

 (これができる相手に、一人だけ心当たりがあるけど……彼女では無理だとわかってる)

 紫は、この異変を自分一人で答えを見つけるのは無理だと判断した。そして、藍に協力を仰ごうと、境界を渡って自らの家に戻った。

 

 

 

 

 

 紫は家に戻ると同時に、境界の外を見る間も惜しんで叫んだ。

 「藍! いるなら返事をしなさい!」

 いきなり真後ろから届いた怒声に、藍はびくりと体を震わせた。

 「ゆ、紫様!? 驚かせないでください!」

 藍は振り返って紫に抗議する。が、紫の表情がとても険しいのに気付き、すぐにそれを止めた。自らの顔を見て状況を察した藍を心の中で褒めながら、紫は聞いた。

 「藍、今の幻想郷で、何か変だと思ったことは無いかしら?」

 「変だと思ったこと? ……さあ、特にありませんが……? 少しお待ちください」

 そう言って、藍は幻想郷の結界の構築している術式を見た。そして、その顔を驚愕に歪めることになる。

 「な……! コレ、は……!?」

 「どうしたの!?」

 いきなり呻き声を上げて頭を押さえ始めた藍に、紫は肩を押さえて聞いた。

 「結界が物理的に破られていた形跡があります。しかも、破壊と同時に修復をしてあったため、私たちですら気付けませんでした」

 「……嘘、でしょう……?」

 彼女たちは、幻想郷において最強の一角である上に、この結界は彼女たち――正確には紫が――作りあげ、今まで管理してきたのだ。そんな二人すら気付くことができない程の早さで破壊し、更にバレにくいように修復を行うなど、普通はありえない。

 だからこそ二人は驚愕と困惑を顔に張りつけてしまった。しかし、流石と言うべきか、紫はすぐにこれから何をすべきかの判断をした。

 「……とにかく、今は情報収集が先よ。藍の負担が増すけど、今から結界の状況を最優先に確認。それからは幻想郷中を飛び回って、どうなってるのかを見てちょうだい。ただし、敵と遭遇する可能性もあるのだから、力を使い過ぎるのは厳禁よ。いいわね?」

 「わかりました。今日中に結界の再確認をします。今から部屋に籠りますので、料理は人里で食べておいてください。それでは」

 早足に部屋へと戻る藍を見た紫は、境界を渡って幻想郷中を渡り始めた。

 

 

 

 

 

 それからはとにかく情報を集めに集めた。そしてわかったのは、幻想郷の至るところに異常が起こっていたと言うことだけだった。ほんの一部だけが例外で、何も起こっていない場所もあったが、それでも幻想郷のほぼ全域に異変が起こっている。

 まず妖怪の山は、地底に下りたはずの鬼がいて、今にも人里に下りて行きそうな勢いだった。何とかそうするのは思いとどまるようになだめることはできたが、それでも余り長くは続かないだろう。

 次に三途ノ川だが、ここもおかしくなっていた。一部の霊が自我を持ち、暴れているのだ。今は数も少ないから死神たちでも鎮圧することができているが、もし数が増えればそう言っていられないだろう。

 冥界には何故か何も起こっていなかった。ここは幻想郷とは繋がっていないため何も起こっていないとは思っていたが、紫の親友とも言える幽々子がいるので、一応見ておいたのだ。とは言え、幽々子自身も何かが起こっていた様子は無く、今は他のことに気を取られていたため、一応の注意をしておくことにしただけで終わった。

 それと同時に、一つのこともわかった。この幻想郷では殺し合う戦いが禁止され、弾幕ごっこでしか戦えないはずの妖怪たちが、何故か殺し合いをしていたことだ。

 理由を聞いてみたのだが、そもそも弾幕ごっこが何かすら忘れていた。そのせいで殺し合いなどという真似になってしまっているのだ。

 そして、この異変で何よりも二人を驚かせたのは、紫と藍以外の全員がこれを異常だと思っていなかったことだった。いや、異常だと思う以前に、これが当たり前だと思っている。

 そのせいで、この異変を誰かに知らせるどころか、起こっていると伝えたとしても変人呼ばわりされかねない。協力を要請するのは不可能だった。その上、紫は冬はずっと眠り続けなければらない。それもあって、調査は難航していた。

 二人だけで冬を除いた約一年間、様々な場所を見て回った紫と藍だが、結局誰がこの異変を起こしているのかはわからずじまいだった。

 「ああ、もう……霊たちはともかく、鬼を抑え続けるのは不可能に近いのに……」

 「紫様、落ち着いてください。貴女様の武器はその頭脳。焦っていては解を見つけるのが難しくなってしまいます」

 「それはわかっているわ!けど、鬼を抑えていられるのは後数年。それ以上経ったら……彼らは、暴走してしまうでしょう」

 そのことは藍にもわかっていた。だからこそ紫が焦ってしまうのも知っている。

 仮に鬼たちが暴走して人間たちに勝負を挑めば、幻想郷に住む人間はすぐに消えてしまうだろう。そうなってしまえば、幻想郷に住む妖怪たちは人間から受けられる恐怖心を無くし、すぐに消滅してしまう。それは鬼たちも例外ではないが、それだけで鬼が侵攻するのを止める理由にはならない。彼らは自分たちが消えてしまうことよりも、強者と戦うのを望んでいるからだ。むしろ強者と戦うためなら、自らの命をドブに捨てるような集団が鬼なのだ。

 いくら紫と藍が強いと言っても、死んでもいい覚悟で向かってくる鬼全体と戦うのは流石に不可能だ。もしも鬼の総大将の彼女が出てくるとしたら……被害は想像できないものになるだろう。

 紫の心労は量りしれなかった。

 「……今は一所に落ち着いていられないの。悪いけど少し、出てくるわ」

 「……わかりました。お気をつけて」

 紫の心情が理解できてしまう藍は、彼女を止めることはできない。だからこそ、見送るしかできなかった。

 

 

 

 

 

 紫が空を飛んでいると、いつの間にか赤い屋根が見えてきた。

 「あれは……紅魔館、ね」

 遥か昔に幻想郷に来て、侵攻してきた妖怪たちの大将が住んでいる場所。しかしそんなのは紫にしてみればどうでもよかった。別の場所に跳んで行こうとする紫だが、見たことのない人物が見えてしまい、その場に止まった。

 「彼は一体?」

 黒いコートを着て、全身を覆っている。しかし、身長からして恐らく十歳から十二歳程度の人間の少年――気配で人間かどうか、男か女かはわかる――が、紅魔館に歩いて行っているのが見えた。その黒い少年を眺めていると、一定以上まで紅魔館に近づいたかと思えば、すぐに走り去って行った。

 「……………………………………怪しいわね。どうせ異変の元凶がどこにいるのかはわからないのだし、追ってみるとしようかしら」

 紫はそう小さく呟くと、黒い少年を追い始めた。

 黒い少年は、その小さな体躯に似合わずかなりの速度で走っている。しかも、既に『三時間以上』も走っているのだ。気配からして人間だとわかるが、休憩もせずに走り続けているのがおかしいのはバカでもわかる。

 それから更に時間が経つと、前方から黒い羽を持った少女が悲鳴を上げて突っ込んで来た。

 「イヤァァァァ! どいてください~~~~!!」

 少女が突っ込んでくるのがわかった紫は、反射的に妖力で作った壁を作ってしまった。次の瞬間、飛んできた少女は、その壁に思いっきりぶつかった。

 「ふぎゅ!」

 蛙が潰れたかような声を出しながら、少女は顔を押さえながら怒った顔をして怒鳴った。

 「どいてくださいって言ったじゃないですか!」

 「ご、ごめんなさい……つい、ね?」

 少女の気迫に呑まれた紫は、つい謝ってしまった。

 「つい、で壁を出されてたらこっちの身が持ちません!」

 と、そこで紫は、自身が悪い訳では無いのを思い出した。

 「……そっちが突っ込んで来たのだから、防御するのは当たり前だと思うのだけれど。射命丸文、そこのところはどう思うのかしら? 下手をすると、私が怪我を負ったのかもしれないのよ? 私に怪我を負わせたへっぽこ記者……このネタ、誰かに売ろうかしら?」

 「うっ……! それは勘弁してください! 後生ですから!」

 図星を突かれたことで胸を押さえて呻き、次に言われた脅しに紫を拝み倒す少女――射命丸文に紫は一つ話しを聞くことにした。理由としては拝まれるのが鬱陶しくなったのと、先程のはあくまで遊びで言ったものだったからだ。

 「けど、貴女があんな風に自分の速さを制御できないなんてあったのね。意外だわ」

 これは嘘ではなく本心だ。彼女は幻想郷では最速とも言える速さを持っていて、余程の理由でもなければ今のように暴走することはほぼ無い。

 それが聞こえた文は少しだけ唸ってから、ごにょごにょと言った。

 「ん~……何と言いますか、言い訳がましいんですけど……」

 「理由があるの? なら説明しなさい。本当かどうかは私が判断するわ」

 「で、ですが……」

 「さっきのネタ、どうしようかしらね? どこかに売ってしまおうかしら? どこかの誰かが言ってくれれば、話さないと約束するのだけれど」

 渋る文に、紫は独り言――と言う名の脅し――をした。再びかけられた脅しにしばらく呻いた文は、頭を振った後に溜息を吐いた。

 「ぐぅ……ハァ、仕方ないですね。私の自業自得ですし」

 「そ。なら、早く説明しなさい」

 彼女を困らせるためだけに聞いた、遊びで言った言葉。答えらしい答えは返ってこないと思っていた紫は、文の説明に驚愕することになる。

 「最初は普通に飛んでたんですよ。それからはいつも通りに能力を発動させて、飛んでいました。それでそのまま飛んでいたら、いきなり能力の出力が上がったんです。まるで、能力の力が上がったみたいに。それに喜んだのも束の間、いきなり能力の制御ができなくなったんです。全く持って訳がわかりません」

 そう言った文は紫を見ると、目を丸くしてしまった。胡散臭いと名高い紫が、その顔を驚愕と言うわかりやすい表情をしていたのだから。それに文は驚いてしまったのだ。

 「ど、どうしたんですか? どこか調子が悪いのでは?」

 「……何で私が驚いただけで、そんな反応が返ってくるのかしらね?」

 「あ、あ~……ぇ~と……な、何でもありません!」

 そう言って飛んで行こうとする文に、紫は急いで声をかけた。

 「待ちなさい、文」

 「は、はひ! 何でしょうか!」

 怯えている文に、紫は簡潔に本心を告げた。

 「ありがとう」

 「……え?」

 「だから、ありがとうと言ったのよ」

 そう言って本心から満面の笑みを浮かべる紫を、文はまるで別人を見る目で見てしまった。その視線を感じた紫は、その微笑みをほんの少し変化させた。

 「あら……? 何かおかしなことを言ったかしらね……?」

 「いいえ! どういたしまして! それでは!!!」

 今度こそ文が飛んで行くのを見送った紫は、険しい表情で文が飛んできた方向――あの黒い少年が走って行った方を眺めた。

 (あの少年が行った方向から、文が突っ込んで来た……。恐らくあの少年の能力は――)

 その能力に思い至った紫は、歯を噛みしめた。この異変の元凶と、その理由がわかったからだ。そして紫は、境界を渡って藍の元へと移動した。

 

 

 

 

 

 屋敷に戻った紫は、自らを出迎えた藍に開口一番に、且つ簡潔に言った。

 「藍、この異変を起こした人物と、こんな異変になった理由を理解したわ」

 「な!? それは本当ですか、紫様!」

 いきなり現れた紫には驚かなかったが、その言葉には驚いた。一年かけてわからなかった異変の内容がわかったのだから、それも当然だろう。

 「ええ。ただ、この異変で私たちが赴くのは危険過ぎるのもわかってしまったのだけれど」

 「え……? それは何故ですか!? この異変を解決できる可能性があるのは、私か紫様だけではありませんか! それなのに!」

 怒鳴りながら詰め寄って来る藍に、紫は相手の能力を告げた。それと同時に、怒鳴っていた藍が驚愕し、嘘でしょう?と言ったように呟いた。

 「――そ、れは……本当、なのですか……?」

 それが事実ならば、藍はともかくとして、紫はこの異変に関わるのは不可能に近い。いや、事実上不可能だろう。紫と相性が悪いわけではない。単純に、紫が行けば『二人にとって』最悪な結末が待っている可能性があるのだ。

 かと言って、藍だけで行くのは難しい。もしも藍が一人で行って帰って来なければ、結界を見る存在がいなくなってしまうからだ。

 「本当よ。だから、今は何もできないの」

 どこか疲れたように言う紫に、藍は何も返せなかった。しかし、紫が疲れているのはわかった。

 「なら、今日はもうお休みください。……一年間も、頑張って来たのですから」

 藍のその気遣いに感謝しながら、紫は寝室へと向かった

 

 

 

 

 

 その夜、紫は久しぶりにゆっくりと寝ようと、部屋に布団を敷いていた。その途中で、自我を持たない式から連絡が来た。

 「この式は……気分転換でもしに、見に行きましょうか」

 それはたたの気紛れだった。せっかく見出した答えを役に立たせられない苛立ちを、紛れさせるために見に行っただけだった。

 彼女が境界を渡って行った場所――あくまでも境界の中にいるので、外に出ているわけではない――は、黄昏に包まれた場所だった。

 その世界は、紫が数百年以上も前に偶然見つけた場所だった。能力の練習中に偶然見つけ、それ以来偶に来ていた。ただの黄昏ならばここまで気に入るはずはなかった。だがこの世界の黄昏は、どの場所にある黄昏よりも美しく、どれほど眺めていても飽きないくらいだった。

 そうやって偶にこの世界を眺めていたら、この世界は普通とは違う、違い過ぎる概念でできているのもわかった。

 そんな世界に、恐らく六歳――身長的には四歳――程度の小さな少年が立っていた。紫のいる場所からは後姿しか見えないが、とにかく長過ぎる白い髪が見えた。

 (何なの?あの髪は……腰くらいならまだしも、足元まであるなんて……それに、背中に六本以上も剣を背負ってる上に、更に両手に剣を持ってるのは……あんな恰好じゃ、この世界を『攻略』するのは不可能ね)

 紫は過去に何度もこの世界に挑戦してきた人間を見て来た。その中には数万の軍を連れた人間や、圧倒的な武を持った人間もいた。その他にも、間違えてここに来てしまった人間や、死に場所を求めて来た人間もいた。

 あるいは、異常な力を持って無理矢理ここに来た人間たちもいた。しかし、そうした人間は問答無用で即死した。この世界は、この世界が挑戦してもいいと定めた正規の方法で来なければ、世界そのものに殺されてしまう。実は紫が挑戦しない理由も、そこにあったりする。……その事実を知った時に、悪ふざけで挑戦しなくてよかったと安堵したりしたこともあった。

 だが、正規の方法で来たどの人間も結果は同じだった。全員、無慈悲に、一切の情け容赦なく死んでいった。

 だからこそ、紫は今回も死ぬだろうと判断した。いや、紫でなくともそう思うだろう。六歳の少年がここを『攻略』するなど、『普通は』不可能なのだから。しかし、紫が少年の目を見ていれば別の考えを思い浮かべたかもしれない。少年の目が、常に周囲を見ていることに気付けば。

 (……まあ、どうせ来たのだから、ここの風景を眺めようかしら)

 そう考えた紫は境界の中で座り込み、横目で少年を眺める。そして、周囲の壁に書かれた精巧な絵が動き始めた。

 そして、その絵の一部が少年の目の前に動き、剣を突き出した。その剣は、絵を『飛び越えて』少年の顔を貫こうとする。それが少年を貫こうとした時、少年は真横に跳んで躱した。

 「え……?」

 そのまま少年は走り出す。その少年に合わせて周囲の絵は動き、少年を攻撃しようとする。

剣、槍は左右だけでなく斜めからも迫る。位置的に真正面と真後ろからは来ないが、それでも膨大な数が迫ってくれば避けるのは難しくなる。それに加えて、真上からは矢も降ってくるのだ。

 紫が知っている中で長く生き残れた人間は、約一時間前後。最終的には体力切れで死んだ。

 だから、少年もそうなると思っていた。しかし、少年は止まらなかった。一度も足を止めないで、ただ走り続ける。その行動は間違っていない。否、正解だった。

 (……一瞬で理解した?この迷宮の答えを?)

 この『黄昏の迷宮』は、過去に戦場で死んで、あの世に逝った人々を疑似的に映し、その行い通りに動く効果を持つ。つまり、死ぬ前に武勲を上げ、活躍した存在ほど技術が優れているのだ。

 今はそこらの有象無象しか現れていないが、奥に進めば進むほどに優れた人間が現れて来る。だからこそ、序盤で無駄に動き回り、体力を消耗させるのは悪手になってしまうのだ。

 少年は、まるでそれがわかっているかのように攻撃を避け続ける。躱せる攻撃は躱し、通れない部分には剣を合わせて受け流し、矢は切り裂いて地面に叩き落とす。

 (……今までの人間とは違う。いいえ、比べるのがおかしいわね。この迷宮を『攻略』するには一瞬で的確な判断を下し、それを冷静に体に反映できる頭脳と、それに劣らない身体能力。何よりも、圧倒的とも言える実戦経験が重要になる。何よりも異常な行動をする壁の動きを見切り、異常な現象を受け入れる胆力が重要になる。今までの人間はそれができていなかった。だけど、彼は――)

 紫は、自身が少年に魅入られているのに、気付いていなかった。それを自覚していなくても、少年の体力がいつ切れるかどうかはわからないが、それまでは見続けようと心に決めていた。

 紫はその時気付いていなかった。少年が、走り始めてからずっと百メートルを約九秒で走り続けていると言う事実に。しかし紫は妖怪だ。そもそも人間が百メートルを走る時間な、気にしない。

 それ以前に、妖怪の中にはその距離を一瞬で詰める化け物が多いのだから、それも仕方ないのかもしれないが。

 それから半日以上が経っても、紫は少年を見続けていた。驚いたことに少年は迷路であるはずの道筋を全て覚えているかのように走っている。『奥に進めば進むほど絵の中にいる人間が強くなる』とわかっていたとしてもコレは異常だ。

 どんどん激しくなっていく攻防。いや、攻防にすらなっていない、一方的に嬲られているだけだ。それでも少年はただ走り続けている。

 いつの間にか、少年が持っていた剣も残り三本になり、そしてまた壊れた。残り二本だけになった剣を両手に持つと、相手の攻撃を利用して鞘を全て捨て去る。相手の攻撃を自身に掠らせず、鞘だけを狙わせるその神業に、紫は息を呑んだ。

 (アレが本当に、人間なの?)

 そのまま身軽になった少年は更に速くなった。百メートルを七秒以下で走り出す少年に合わせて、絵の中の人間だった存在たちもかなりの速度で動き出す。

 そして、少年は『黄昏の迷宮』の終わりが見える場所まで辿り着いた。少年は、最後の力を振り絞らんとばかりに今まで以上の速度で、その黒い闇に飛び込んで行った。

 そこまでを眺めきった紫は、あることを思いついた。

 (……彼を使えば、あるいは)

 あの黒い少年も、人間でありながら異常な身体能力を有していた。仮に紫の想像が正しければ、こちらもあの黒い少年と同じくらいの力を持った人間をぶつけるのがいいだろう。

 (――まあ、彼が生き残れば、の話だけど)

 あの闇の中は、紫でさえも見れない。正確には、見てしまえば後悔すると直感で理解していた。

 そして、紫はその場で少年が生き残るかどうかを待ち続けていた。

 その場で数時間待ち続けた紫は、いきなり黄昏が消え、真っ暗な空間になるのを見た。それを見て、紫はこの世界が『攻略』されたのを悟った。

 (フフ、フフフ。彼なら、彼ならできる! 私の幻想郷を正すことが!)

 紫は自身に笑みが張り付いているのを知らず、声も出さずに笑った。

 それから紫は、少年がいるであろう場所に境界を繋げると、そこに向かった。その場には、息も絶え絶えの少年がいた。紫は、その少年を幻想郷に落とそうと、境界を出そうとする。

 (ごめんなさいね。けど、もう一刻の猶予も無いの。だから――)

 そうして能力を発動させようとした瞬間に、驚くべきことが起こった。少年の髪が黒に染まったかと思うと、無作為に『重力の塊』を飛ばし始めたのだ。それに巻き込まれないように妖力の壁を作った紫は、再度能力を発動させようとした。

 少年の居場所はわかっているのだから、確認する必要は無い。だから能力を発動させた。けれど、あと一歩遅かった。既に少年は、この世界から抜け出していたのだ。

 「――クソッ!!!!!」

 彼女らしからぬ悪態。しかし、それも当然の行動だった。一年間も藍と二人――藍は結界の作業もあったから実質は一人――で異変を探り続けた。それを見つけたかと思えば、自分たちはこの異変に対して行動できないのがわかっただけだった。

 そんな状況で見つけた、このどうしようもない状況を打破できるかもしれない存在は、あっさりと掌から滑り落ちた。紫が悪態を吐くのも仕方ないだろう。

 だが、まだ完全に滑り落ちたわけではない。唇を噛みしめ、そこから血を流しながら、紫は決意を秘めた声で呟いた

 「あの子が私から逃げるのなら、彼を見つけて、無理矢理にでも連れて来てあげればいいだけよ」

 そう言って、紫は自らの寝室へと戻って行った。

 

 

 

 

 

 「紫様、どこへ行っていたのですか!?」

 紫が部屋へと戻ると、自身を起こしに来たのであろう藍が怒った顔で待っていた。その顔は、生半可な答えでは許さない、と語っていた。休んでくださいと言った相手が勝手に外に出て行ったのだから、心配するのも当然だった。

 だが、紫の顔に決意が滲んでいるのを見て、表情を改める。そして、紫はあの光景を見た時に自らの出した考えを言った。

 「……私たちが取るべき行動を、見つけただけよ」

 「……は?」

 流石に返ってきた言葉が予想外だったらしく、困惑していた藍だがすぐに姿勢を改めた。

 「私たちが行動できないのなら、私たち以外に行動することができる存在を連れて来ればいいと思ったの。これから私は外に出て、役に立つ人間を連れてくるつもりよ」

 「し、しかし、この異変を解決できるほどの力を持った人間など、ほとんど見つからないに決まっています!」

 確かに、二人ほどの力を持った存在が一年間もかかって、しかも最終的には偶然によって元凶を見つけたのだ。力を持たない、ただの人間が役に立つはずが無い。

 藍からすれば、霊夢クラスの実力でも無ければ話にならない、そう思っているだろう。だが紫は見つけたのだ。霊夢よりも強いと言える力を持った強者を。

 「いいえ。可能性はあるの。この異変を起こした元凶も、そして私がある場所で見て来た人間も、普通じゃなかったわ」

 「ある場所で見て来た……人間?」

 「ええ。その人間は、妖怪としてのスペックがあっても厳し過ぎる場所を攻略した。あのくらいの強さがあれば、あるいは……」

 その言葉に、藍はありえないとばかりに首を振った。

 「そんな人間を見つけるのに、どれだけの時間がかかると思っているのですか?」

 「これ以外に道は無いわ。私は幻想郷の外に出てくるから、結界はお願いね」

 「紫様! お待ちくだ――」

 紫を止めようとする藍を無視して、紫は外に出るために境界を渡った。

 

 

 

 

 

 それから三年が経ったが、二人の――いや、紫の御眼鏡に敵った人間はいなかった。正確には、危な過ぎる人間ばかりだったのだ。ある人間は能力を制御できず、ある人間は能力のせいで精神を病み、ある人間はその能力で好き放題ばかりしていた。能力的には優れていても、そんな人間を連れて来れば幻想郷を破壊されてしまう。それでは本末転倒だ。

 だからこそ、紫はあの少年を探し続けた。自らの能力を使いこなし、自身の力に溺れずに戦っていた、あの少年を。

 その三年間は、時間の流れに対して無頓着な妖怪である彼女たちからしても、濃く感じた。それ故に、彼女たちの心労は加速度的に増していった。だからこそ、藍は紫があの少年が見つからないことに対してムキになってると感じた。藍はムキになっている紫の行動に呆れると同時に困惑していた。 それと同時に、こんな無駄なことを繰り返すぐらいなら、別の行動を取った方がマシだとも思っていた。

 鬼たちの限界も後一年か二年程度。それまでに何らかの対策を取らねば、この幻想郷は終わってしまう。それだけは避けなければならなかった。

 そしてそれから少し経ち、それでも変わらない行動を取り続ける紫に我慢できなくなった藍は、彼女に抗議した。

 「紫様、もう無駄です! その少年とやらを見つけるなど、不可能なんですよ!」

 「それでも見つけなきゃいけないのよ!」

 「何故ですか!? それなら別の対策を――」

 「思いつくと思っているの!? 妖怪たちに事情を説明せず、それでいながらこの状況を打破できるような都合のいい策が! あるわけないでしょう!?」

 「そ、それは――」

 怒鳴り合う二人に、猫の耳と尻尾を持った少女が割って入って来た。

 「二人とも、うるさい! 少しは大人しくしなさいよ! みっともない!」

 そう言って二人の間にある場所を指差す相手を見た。二人の険しい表情に、猫耳をつけた少女はびくりと体を震わせながらも気丈に振る舞う。

 「そ、それに、そんな風に考えても、良いことなんて一個も無いんだから、もう少し、冷静に考えて……」

 「橙……」

 猫耳の少女――橙の言葉は途中で消えてしまった。恐らく、二人の険しさに委縮したのだろう。  二人が橙の性格から考えて彼女の言いたいことを要約すると「そんな風に怒鳴り合わないで、もっと仲良くして」となる。二人の嫌われ役になってでも二人を仲直りさせようとする橙に、二人は顔を見合わせた。

 「あ~……その、大丈夫だ、橙。もう平気だよ」

 「そうね。だから、安心して」

 「ほ、本当に?」

 不安気にこちらを見詰める橙に、二人はバカなことをしたと後悔した。そう思うも一瞬、二人は力強く頷いた。

 「「本当よ(だ)」」

 「そう……なら、これで私の言いたいことは終わり! じゃ、私は遊んで来るね!」

 そう言って元気よく駆け出す橙を見送りながら、二人は頭を下げた。

 「その……すみません、紫様。怒鳴ってしまって」

 「いいえ、それは私もよ。私自身が答えられないものを投げかけたのだから……ごめんなさいね」

 「ですが――」

 「なら、お相子よ。それで終わりにしましょう」

 喧嘩をしてからの後腐れが無いように、紫は話を無理矢理終わらせる。それを察した藍は、その話を持ち出さなかった。

 「しかし、紫様。これからどうすればいいのでしょうか」

 「さあ、ね。彼がもう一つの場所に行ってくれれば、あるいは――!?」

 その瞬間、息を呑んで目を見開く紫に、藍は驚いた。

 「紫様、何かあったのですか?」

 「あの場所にいる式から連絡があった。これから今すぐに行ってくるわ。多分、あの少年かもしれない」

 「……! では、今すぐ向かうので?」

 「ええ。後は任せたわよ、藍!」

 「畏まりました、紫様!」

 頭を下げる藍を横目に、紫は境界に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 紫が境界から眺めた場所に、あれからほんの少しだけ成長した少年がいた。

 「……あの時から三年も経ってるのに、あれだけしか身長が伸びていない? 一体、何がどうなっているの?」

 その疑問に答えは無い。しかし、それは余り問題にならなかった。あの少年を幻想郷に連れて行ければ、紫にとってはそれでよかったからだ。

 けれど、すぐに少年の異常に気付く。三年前の戦い方は見る影も無かったからだ。

 少年がいる場所は『幻影の世界』と言う場所だ。その名の通りに、そこに実体があるかどうかもわからないままに殺される世界。それでも少年は的確に相手を斬り捨てる。しかし、すぐに相手は攻撃してくる。彼らは実体を持たないが故に死ぬことは無い。そのため、どれだけ殺しても終わりが来ることがないのだ。

 更に、『黄昏の迷宮』と違って、前後左右と上から攻撃が来るのだ。相手から来る攻撃にはそれぞれの獲物によって数は変われど、躱しにくいのには変わりない。

 そんな状況で戦い続けている少年は、自身の体を一切顧みなかった。急所や大怪我は庇っているため重症は負わないが、全身の至る所に細かな裂傷を受けている。それでも少年の動きは鈍るどころかキレがマシていた。

 「……今のあの子は、かなり危ないわね。だけど、強くなっているのに変わりは無い。なら、私がするべき選択は――」

 そして、『黄昏の迷宮』のように終わりが見えて来た場所で、少年は攻撃するのを止め、そのまま攻撃を避けるだけで走り抜けた。

 「何をやって……!?」

 下手をすれば、そのまま殺されかねない行動。結果的には無事だが、危険な賭けであるのは変わり無い。

 それでも賭けに勝った少年は、『黄昏の迷宮』の黒い闇とは反対の、白い光を放つ場所に入って行った。

 紫は目を鋭くさせながらも、少年が戻って来るのを待った。

 少年が戻って来た時、その姿は前回よりも酷かった。前回は息も絶え絶え、と言う物だったが、それでも毅然としていた。しかし、今は剣の重さを支えきれずに倒れてしまっている。それでも無理矢理立ち上がったが、無理をしているのに変わりは無い。

 しかし、紫は待たなかった。いや、待てなかった。今回の状況は、偶然の産物だ。次がある訳が無い。だからこそ、紫は少年に自分たちの危機を伝えず、且つ少年が勝手に動くようにするための振る舞いをしなければならなかった。それがどれだけ自分勝手だとわかっていても。

 そうして紫は能力をその空間全体に発動させ、少年の目の前に降り立った




感想批判どちらもお待ちしております
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。