シオンが倒れ伏した瞬間、レミリア、フラン、美鈴の三人が叫んだ。
「シオン! シオン!」
「いきなり何が起こったの!? さっきまでは普通に話してたのに!!」
「と、とにかく治療を――!」
「全員、落ち着いてください!」
慌てていた三人は、咲夜の怒鳴り声で動きを止める。そのまま咲夜は、シオンに触ろうとしていたフランに鋭い声で言った。
「フラン様、シオンに触らないでください。容態が悪化する可能性があります。美鈴は清潔な水とタオル、それと治療のための薬と包帯の用意を」
「わかりました」
咲夜の言った内容を理解したフランはすぐに出していた手を引っ込める。そして美鈴は、紅魔館の中へと走って戻って行った。
それらを確認した咲夜は、自身の服が汚れるのを厭わずにシオンに近づくと、その場に座ってシオンの体を診始めた。
レミリア達は何をすればいいのかわからない、といったように途方に暮れていたが、余り時間が無い上にシオンのどこが悪いのか把握できていない現状では、何も言えない。
もしもシオンが妖怪ならば妖力を受け渡して自然回復力を高めさせることができる。けれど純粋な人間であるシオンにはその方法は無意味だ。対して、人間である咲夜やシオンは脆い。寿命も短く、怪我や病気で死ぬ可能性が高い。だからこそ咲夜は、怪我や病気の治療法を知っている必要があった。
妖怪は強過ぎる故にその類の知識を持たず、人間は弱いからこそ知恵を持った。しかし、知恵を持っている咲夜でさえ、シオンの体に起こっていることがわからなかった。
(外傷に変化無し。なら、中身を見ないと……しかし、ここにはそれらを見るための道具がない。一体どうすれば……)
途方に暮れる咲夜だが、うつ伏せに倒れているシオンを仰向けにしようと、右肩に手をかけた。その時、少しだけ変な感触がした。
(……? 硬い物を掴んでいる感触が殆どない? まるで肉その物を掴んでいるかのような――まさか!?)
何かに気付いた咲夜は急いでシオンの体を仰向けにする。その途中で、咲夜はシオンの体がどうなっているのかを大雑把ながらも理解した。
(やはり、特定の箇所のみ
そして、同時に理解した。自分では何もできないと。
自身は助けてもらっておきながら、彼を助けることができない。その苛立ちを、握り締めた拳を地面に叩き付けることで無理矢理抑え込む。地面を叩いた時に血が飛び跳ねたが、咲夜にはそれを気にする余裕が無かった。
そんな咲夜の様子を見ていたフランは、知りたくない、けれど知りたい、といった矛盾した顔で聞いた。
「ねぇ。……シオンは助かる、んだよね?」
途中でつっかえてしまったのは、それがありえないと理解しているからだろうか。咲夜は胸の痛みを抑えながら、なるべく感情を乗せないように言った。
「………………無理、です」
「……え?」
機械のような声での返答に、フランは呆けた声が出てしまった。しばらくそのまま呆然としていたフランは、その言葉の意味を理解すると、嫌々と首を振った。
「嘘……嘘だよ! 何で、どうして! また、また私のせいなの!? シオン、目を開けて! 謝るから!! シオンの言うこと何でも聞くから! だから、だから死なないでよ!!!」
泣き叫ぶフランに、何も言えないのが咲夜には歯痒かった。と、その場に四人以外の少女の声が響いて来た。
「紅魔館が揺れている上に、爆発音が響くから、何が起こったのかと来てみたのだけれど……これは、一体どうなっているの?」
レミリアがその声のした方向を見ると、自身のよく知る人物が立っていた。
「パチェ!?」
パチェと呼ばれた少女の雰囲気は、少し暗い。長い紫髪の先をリボンでまとめ、目は眠たそうに緩んでいる。服装は、まるで寝間着のようだった。薄紫の服を着ていて、その下に紫と薄紫の縦じまが入った服を着ている。頭にはドアキャップに似た帽子を被っていた。また服の各所に青と赤のリボンがあり、帽子には三日月の飾りが付いていた。全体的にゆったりとした服だ。正直に言って、外に出る時に着るような服では無い。
そんな少女は周囲を見渡しながら、不機嫌そうに言った。
「レミィ、こっちは図書館の本が崩れて大変だったのよ? それにこの中庭の惨状。何があったのかの説明くらいはしてちょうだい」
仏頂面で答える少女は、ここに来る前の出来事を思い出した。
「パチュリー様、今は何を読んでいるのですか?」
赤く長い髪を背中に一束にた少女は、自らの主に聞いた。その少女には、頭と背中に悪魔の羽に似たような物が生えていた。服装は白いシャツと、黒色のベストに真赤なリボン着けている。そして、ベストと同色のロングスカートを履いていた。
「ああ、これ? これは、術式に関連した物よ」
「魔法の術式ですか? そんな物を読んで何かためにになるのでしょうか。殆どの魔法は詠唱のみで発動させるもので、術式を使う物は極限られたもののみしかないはずですよね?」
この世界の魔法はほぼ全ての物はを詠唱をすることによって発動する。術式を使わなければならない魔法は、結界などの魔法を維持するためか、発動させるのすらかなり面倒な代物か、あるいは特殊な効果を持ったものかといったものだ。あるいは詠唱だけでは発動できない魔法の補助にのみ使われている。要するに、余程難解な魔法を使うか、あるいは魔法の才が無い人間くらいしか使う必要が無い。
だからこそ、少女は主がしようとしていることがわからなかった。
「小悪魔、私が喘息持ちなのは知っているわよね?」
「もちろんですが……」
小悪魔と呼ばれた少女は、困惑しながらもそう答える。パチュリーが持病の喘息を持っていることなど、紅魔館に住んでいる者には当たり前の情報だ。それなのに、今更ながらそれを確認してきた理由がわからなかった。
「私はこの持病のせいで、魔法の詠唱を完全に終えるのが難しい。特に、強い魔法になればなるほど詠唱は長くなるから、体調が良い時にしか使えない。それは勿体ないと思ったのよ。膨大な魔力を持っていながら、それを扱えないなんて」
「確かに、宝の持ち腐れですね」
普段は無口な主が饒舌なことに訝しみながらも、小悪魔は遠慮ない相槌を打つ。そして、頷いた小悪魔の目の前に、パチュリーが先程まで読んでいたページが広げられていた。
「ここを見て」
「……?」
パチュリーが言った通りに見てみると、そのページには何らかの術式が書かれていた。しかし、これは――
「この術式って、退魔師の使う護符か何か、ですよね?」
そう、パチュリーが見ていたものは、魔法に使う術式ではなく、退魔師、あるいは陰陽師たちが使う護符などに関連した術式だったのだ。
「この技術を応用しようと思ったのよ」
「はぁ……ってええ!? む、無理ですよ、そんなの! そもそも魔法の術式と退魔師、陰陽師の使う符に描かれた術式は全くの別物です。なのにこれを使うなんて!」
実際、こう言った技術を全く別のものに応用しようとするのは、それ相応の時間がかかる。それに加えて、パチュリーは魔法使いの才能はあっても、退魔師、陰陽師の才能があるわけではない。
その点に関してはわかっているのか、パチュリーは鷹揚に頷き返した。
「別にこの技術を丸ごと使おうなんて思ってないわよ。単純に、この技術を使ってそれぞれの魔法を使うための術式を作って、それをこの紙に書いて使おうと思っただけ」
自らが座っている机の中から髪の束を取り出し、机の上に乗せる。その紙には、魔法に関しての複雑な術式が描かれていた。その紙の端には、この術式の基礎理論が書いてある。
「これは……」
感嘆の息を漏らしながら、興味深そうにその術式を眺める小悪魔に、パチュリーが言った。
「この術式は、魔法において基礎の基礎の魔法の術式が描かれているの。基礎の魔法でさえこの難しさ。けれどもしもこれがうまくいくならば、私の弱点が何とかなるわ」
「まさか、これを作った理由は!?」
小悪魔は何故パチュリーがこんな時間も手間もかかることをしたのか理解した。
「そう。この術式を使えば、
そう言い切るパチェリーの顔には、何時もは無い覇気が宿っているような気がした。
「凄い、凄いですよパチュリー様! こんな物を作れるなんて!」
「まだ試作段階だから、そこまで当てにはならないわ。けど、近日中に完成させてみせる。このことを貴方に話したのは、貴方にも手伝って欲しいから。手伝ってくれる? 小悪魔」
「もちろんです!」
大きく頷いた小悪魔は、パチュリーの指示通りにいくつかの本を持って移動を開始する。そんな時に、いきなり轟音がし、紅魔館全体が揺れるほどの地震が起こった。
「うわわわ!!」
「ッッ!」
小悪魔は慌てて地面に座り、パチュリーは机にしがみついた。すぐに地震は止んだが、先程の地震の影響で、本や魔法の術式が書かれた紙の束がそこら中に散らばってしまった。
すぐに紙の束は回収できたが、いくつかの紙はところどころ破れていて、術式がわかりにくくなってしまっていた。
「……………………………………」
それにしばらく呆然としていると、今度は何かが爆発するような音が聞こえてきた。
「い、一体何が起こってるんですか!??」
小悪魔は状況を理解できずに頭を抱えて座り込んでいるが、パチュリーはこの音で外に何が起こっているのかを悟った。
「戦闘、ね」
「え? ですが、ここ最近戦闘なんて殆ど起こってませんよね? 精々バカな妖怪が美鈴に懲らしめられるくらいで」
「けど、実際に戦闘は起こっているわ。……私は外の様子を見に行ってくる。最悪加勢してくるつもりだけど、貴方はここで待っていて」
紙の束を戻しながらそう言い、小悪魔の返事が来る前に魔法を使って飛ぶ。
それから空を飛んで一階を目指している途中、またも爆発音が聞こえてきた。
「飛んでいくのは危ないかもしれないわね……」
飛ぶのを一旦止めると、念のため防御の魔法を張る。その状態を維持して、再び一階を目指した。
体力が全くと言っていいほどに無いパチュリーが一階に着いた時には、ほんの少しだけ息が乱れていた。途中まで飛んで行けたからまだマシだったが、もしも全部歩きだったら、しばらく休む必要があっただろう。
「ふぅ……爆発音も止まったみたいね。場所は……中庭かしら?」
先程から響いて来た音によって、どこで戦闘があったのかは大体わかっていた。体を中庭のある方向へと向けると、すぐに歩きを再開した。
そして、パチュリーが中庭に着いた時、その惨状に普段は緩んでいる目が見開かれた。
「な、どうなっているのよ、コレは……!?」
綺麗な花を植え、様々な蝶が飛び回っていたころの面影は残っていない。むしろ、廃墟寸前のような状態だった。
ここにあった花のいくつかは、パチュリーがメイドに指示をして作らせたものだ。自らの手間をかけて――実際に花を植えるための行動したのはメイドと門番だが、新しい品種を配合し、作り上げたのはパチュリーだ――作ったものだけあって、それなりの愛着があったのだが、それら全てが吹き飛んでいた。
こんな惨状を作った相手を恨みつつ、パチュリーは中庭を突き進む。最悪戦闘になったとしても、その相手を自身の最強の魔法で消してしまえばいい、などという物騒なことを考えながら。
そして中庭のほぼ中央へと辿り着き、何故か俯いている自らの親友であり、誇り高き吸血鬼の少女――レミィに言った。
「紅魔館が揺れている上に、爆発音が響くから、何が起こったのかと来てみたのだけれど……これは、一体どうなっているの?」
そう。パチュリーが表に出てきたのは、あの戦闘が起こったからだったのだ。
パチュリーが外に出ていて、目の前にいる。その事実に驚愕する前に、レミリアは叫んでいた。
「パチェ、説明は後でするから、今は何も聞かずにシオンの傷を治してほしいの!」
自らの要求を無視されたパチェリーは少しムッとした顔をするが、視線を逸らした時に見た地面に座り込んで泣いている金髪の少女を見て驚いてしまう。
「貴方は……。フラン? フランドール・スカーレット?」
その声に俯いていた顔を上げると、よく知らない少女がいた。
しかし、自身の姉がこの人物に頼んでいたのが聞こえていたフランは、目の前の少女に懇願した。
「私のこと知ってるの? ううん。今はそんなことはどうでもいいから、シオンを治して! お願いだから!」
自分に懇願してくるフランの姿に戸惑うパチュリーは、レミリアの方を向く。すると、驚いたことにレミリアが頭を下げてきた。
「私からももう一度お願いするわ。シオンを治して、パチェ」
「ハァ……後で、きちんと説明してよね?」
溜息を吐きながらも、パチュリーはレミリアの取った行動に内心で驚いていた。
(まさかレミィが頭を下げるなんて……フランもいるし、二人の恩人か何かかしら?)
そんなことを考えながら、パチュリーはシオンとやらがいる方を見た。そこにいたのは、大量の血に沈んだ小さな少女のような少年がいた。
「凄い怪我、ね」
暢気に呟いているパチュリーは、何故あの程度の怪我で二人が大袈裟に騒いでいるのかが理解できなかった。
そう、パチェリーは誤解していた。フランを救えたシオンは、人間ではなく妖怪だと思ってしまったのだ。
聞き覚えのある声が横から聞こえた咲夜は、無力感に苛まされて俯かせていた顔を上げる。そこにはいたのは、何時も図書館で黙々と本を読んでいるはずの、パチュリーの姿があった。
「パチェリー様!!」
驚愕した咲夜だが、何故ここにパチュリーがいるのかという疑問を思う前に、叫んでいた。
「お願い致します! 今すぐ、今すぐにシオンを診てください! もう何時死んでもおかしくないのです!」
悲鳴のような声を身に浴びたパチュリーは咲夜が怒鳴っているという事実に驚く前に、シオンが何時死んでもおかしくないという言葉に疑問を覚えた。
(どういうこと? 彼は妖怪じゃないの?)
そのことを咲夜に伝えると、ようやく二人は双方の理解にズレがあるのがわかった。
シオンが人間であるのを知っている咲夜と、彼が妖怪だと思って行動しているパチュリーとでは、思うことが違うのは当たり前だ。
やっとシオンが人間だということがわかったパチュリーは、今までの呑気な動きから即座に動き始めた。
そしてパチュリーは歩いてシオンに近づいき、そのボロボロの体に触れようとしながら、咲夜に聞いた。
「シオンの体の容態はどうなっているの? 大雑把でも構わないから、教えてちょうだい」
「私にわかるのは、外よりも中の方が酷い、ということだけでした」
「そう。ならまずは中身を見るわ」
自らの責務を思い出したのか、少しだけ冷静になったらしい咲夜の答えに頷きながら、魔法を発動させるために詠唱する。それから発動させた魔法をシオンにかけた。そして、その結果に愕然とさせられた。
「何なのよ、コレは!!?」
いきなり叫び出したパチュリーに三人は驚いて体を震わせた。特にレミリアは、パチュリーがこんな大声を出したことに目を見開いていた。
しかし肝心のパチュリーは、訳の分からない結果に頭を悩ませていた。
(ありえない、ありえない、ありえない! 何で、どうしてこんな怪我を負いながら、生きていられるの!?))
そう、彼女が見たシオンの体は、惨いという言葉を通り越していた。こんな大怪我を負いながら生き長らえているシオンは、正直に言って化け物だった。
「ど、どうしたのですか?」
パチュリーが見た結果を知ろうと、咲夜は聞いた。それで我に返ったパチュリーは、大声を出したことに若干の恥ずかしさを感じながら、少しだけ震えた声で言った。
「……とにかく、魔法を使うわ。回復と自然治癒力を上げる二つの魔法をかけるから、少しだけ待ってちょうだい」
それだけ言ってシオンを回復させようと詠唱するパチュリーを、三人は黙ったまま見つめていた。
詠唱し、魔法をかけるその姿はまさしく魔法使い。幻想的な光景でありながら、既に見慣れてしまっているレミリアと美鈴には何の感慨もわかない。唯一フランだけが興味深そうに瞳を輝かせていたが、やはりシオンが心配なのか、その瞳は不安気に揺れていた。
そして二つの魔法をかけ終え、一息ついているパチュリーに対し、我慢できなくなったフランが叫んだ。
「ねぇ、シオンは助かるの!?」
少しだけ汗を掻いているパチュリーは、その質問にすぐには答えられなかった。
そして少し経ってから話せるようになると、フランにとっては絶望的な診断を告げた。
「……現時点で、助かる見込みは皆無に近いわ」
「そんな!」
その残酷なまでに現実的な言葉に、呆然となったフランは地面に膝を着き、そのまま座り込んだ。しかし、パチュリーの言葉はまだ終わっていない。
「でも……」
「何か他のことがわかったの?」
言いよどむパチュリーに、レミリアは続きを促すために話しかける。やがて言う決心が着いたのか、かなり言い難そうに言った。
「私の予想では、多分助かると思う」
「それは、何故かしら?」
普段のパチュリーならば、そんな観測的希望は口はしない。パチュリーは良くも悪くも
だからこそ、パチュリーがこんなことを言うならば、何かしらの理由があるはずなのだ。
「遠まわしに言うのはあまり好きじゃないから、単刀直入に言わせてもらうわ。本来なら、シオンはもうとっくに死んでいてもおかしくない。いいえ、死んでいないとおかしいのよ」
またもあっさりと真実を告げるパチュリーに、三人は息を呑む。
「け、けど、それでもシオンは生きているよ?」
「それが不思議でしかないのよ」
フランの必死な反論に、パチュリーは額をコンコンと叩いて複雑な表情をする。
「シオンの体は、どう表現すればいいのか、よくわからない状態なの。惨いという言葉すら通り越してて、もう本当になんて言えばいいのか……。まず全身の筋肉が断裂してる。それと殆どの骨が欠け、折れ、捻じ曲がり、一部が粉々になっているか、あるいは
パチュリーが言った怪我をしている部位を聞いてしまった三人は、開いた口が塞がっていない状態だった。
先程パチュリーが告げた『彼は死んでいなければおかしい』という言葉は、確かに正鵠を射ていたのだ。しかも、まだ怪我をしている部位があるのだから、例え生き長らえたとしても、その先は地獄だけが待っているだろう。
しかし何よりもパチュリーを不思議に思わせたのが、その怪我の仕方だった。
「不思議なのは、何故外見に全く変化が起こっていないのにここまで内側が壊れているのかが想像できないの。筋肉の断裂に関しては、体に無理をかけ過ぎたってことで納得できるのだけれど、粉々になっている理由がわからない。考えられる要因としては、外側をそのままに、
パチュリーの推察を聞いたフランは、シオンの首にかかってある黒陽を見た。
考えられる要因としては、それ以外に無かった。
四人がそのまま固まっていると、紅魔館から声が聞こえてきた。
「咲夜ー! 用意できましたよー!!」
その声に三人は顔を見合わせ、パチュリーの方を見る。その視線に対して、パチュリーはどこか億劫そうに言った。
「……なるべくゆっくり、丁寧に運んでちょうだい。今シオンに負担を与えたら、多分死ぬから。それと、薬を塗ってもほとんど意味は無いと思うから、汗を拭うだけでいいわ」
パチュリーの言葉に、三人は今までに見たことが無いくらいに真剣に頷いた。
咲夜は、シオンとしては不本意だろうと思われるお姫様抱っこで運び始める。
フランはシオンの顔を心配そうに眺めていた。
レミリアは毅然としながら咲夜を見ていた。念のため咲夜が落としかけた時には妖力を使って補助をするためにそうしていたのだが、内心には不安が残っていた。パチュリーの魔法が失敗したとは思っていない。親友の魔法の腕に関しては十分知っているからだ。しかし、万が一シオンが死んでしまった場合、残されたフランがどうなってしまうのか。レミリアは姉として心配だった。
そんな三人――特に親友であるレミリアの背中を見ながら、パチュリーはポツリと呟いた。
「まさかあの二人が、あんな顔をして頭を下げてくるなんて思ってもみなかったわ。何故かフランも外に出ていたし……」
恐らくあのシオンと呼ばれていた少年が、フランを助けたのだろうというのは想像できる。けれどシオンが人間ならば話は別だ。人間は利己的で、しかも初対面の相手にあそこまで必死になれるようなお人好しはほとんどいない。
そもそもフランを相手にすれば、あんな怪我を負うとわかっていたはずだ。自身の筋肉が断裂しながらでも戦っていたのだから、その予想ができないほどバカじゃないはず。この想像はまず間違っていないだろう。だがそれでもなお助けられるような生易しい相手では無い。
それなのに、彼はフランを助けた。ただ無鉄砲なバカではないということだが、後の事を考えていないという点ではバカであるのに変わりは無い。
そこまで考えて、パチュリーは咳き込んだ。また持病の喘息が起こったのだ。
実のところ、今日のパチュリーは余り体調が良いとは言えない。先程の魔法も、かなり無理をしていたのだ。
「けど、あのまま放っておいて、シオンとやらを見捨てるのは、無理だったのよね」
無関係な人間を助けるほど、パチュリーは優しくない。けれど、大切な親友とその妹と従者に頭を下げられてお願いされたのだ。それを断れるほど、パチュリーは冷たくは無かった。
「私の全力を持って治療をしてあげたのだから、死ぬのだけは許さないわよ」
貴方が死んだら、あの三人が悲しむのだから。そうつぶやいた言葉は、誰の耳にも入ることなく廃墟と化しているボロボロの中庭に消えていった。
紅魔館の一階、中庭に繋がっている扉のすぐ傍にある空き部屋にシオンを連れて行った三人は、シオンをベッドに横にしてから、美鈴が包帯などを持ってくるのを待っていた。
「咲夜、言われた通りの物を持ってきましたが、これでいいのですか?」
開いていた扉から、咲夜が言った通りの物を持った美鈴が入って来た。
「はい。ありがとうございます」
咲夜は感謝しながら水とタオルを受け取った。
そしてそれを使ってシオンの体を綺麗にしようとしたが、服を脱がそうとするだけでもシオンの体に負担をかけると思った咲夜は、美鈴に手伝ってもらいながら服を脱がせた。そして水をつけた濡れタオルでシオンの体を拭い――もちろん細心の注意を払って――包帯を巻いた。しかし一部の骨が無いため、何処に巻けばいいのかわからず、結局は火傷をしてある脇腹を始めとしたいくつかの部分に巻いただけだった。
それからは余りやることも無いまま、その場にいるしかなかった。
全てをやり終えてからの時間は、とてつもなく長く感じられた。たまに汗を掻いたシオンの額を拭うくらいしかすることが無く、ただ見ているだけしかできないレミリアとフランは、何もできない自分に憤るしかなかった。
そして数時間が経った頃、咲夜が口を開いた。
「お嬢様とフラン様は、もう休んでください。そろそろ朝日が出る時間です」
「わ、私はまだ大丈――」
「フラン」
強がるフランの肩に手を置きながら、レミリアは首を横に振る。
「私たちがここに居ても意味が無いわ。知識が無い私たちがここにいれば、咲夜と美鈴の邪魔になるだけ」
「で、でも!」
フランは反論しようとするが、自分の肩に置かれた手が震えているのに気付いた。レミリアも、シオンのことが心配なのだろう。
本当のところ、レミリアはシオンが死んでしまった後のフランを心配していだだけだ。レミリアにとって、シオンはフランを正気に戻してくれた相手ではあっても、家族、友人、従者のどれにも当てはまらないのだから。
もしもシオンが目覚めた場合は認めてもいいが、死んでしまったら恨むくらいの気概でいたのだ。
だがそれを知らないフランは、姉もシオンを心配しているのだと勘違いした。それはある観点から見れば間違ってはいないが、正しいとも言い切れない。
そしてフランは、悔しそうにしながらも咲夜に頼んだ。
「咲夜……シオンのこと、お願いするね」
「お任せください。フラン様」
咲夜の顔には隠しきれない疲労の色があった。それでも咲夜の佇まいからは、必ず助けるという決意があった。
小さく頷いたフランは、レミリアと同時に言った。
「「お休みなさい」」
「「お休みなさいませ。お嬢様、フラン様」」
従者と門番は、頭を下げて二人を見送った。
その日からは、似たようなことを繰り返すだけだった。
朝から夜になるまでは咲夜と美鈴がシオンの看病をし、夜は咲夜が眠る前に作ったご飯を食べながらレミリアとフランがシオンを看る。
二人は、シオンに何らかの変化が起こった場合に咲夜を起こす、という役割だった。
パチュリーは一日一回だけ、シオンの体に魔法をかけに来た。パチュリーがかけているのは回復の効果を持った魔法ではなく、体の中身を診る魔法だった。
もしもシオンの体に異物が入り込んだとしたら、それを取り除く必要があったからだ。
そして三日経ち、三回目――中庭でも一度使っているから、正確には四回目なのだが――の魔法をかけた時に、パチュリーはおかしなところを見つけた。
(ん……? 何か変ね。シオンに、何かが――)
そこでパチュリーの思考と魔法が途切れる。シオンが身動ぎをしたからだ。
「ぅ……づ……」
「「「「「!!!!!」」」」」
シオンが呻き声を発した瞬間、フランはベッドの端に手を置いて身を乗り出した。
何度か呻き声を発したシオンは、瞼を震わせながら目を開けた。そして、しわがれた声で呟いた。
「……ここ、は」
「シオン!!」
「え? うわっ!?」
フランに抱き着かれて完全に目を覚ますことができたが、代わりに凄まじい激痛が襲ってきた。
「が、ぁ……ぐ!」
抑えきれずに漏れてしまった微かな悲鳴。
「ご、ごめんなさい!」
慌てて離れようとするフランに、シオンは大丈夫だと伝えるために苦笑する。しかし、大丈夫なはずがなかった。フランが離れても痛みは消えない。それに右肩と左手から左腕、そして両足から骨のある感触がしない。その上血も足りず、少し頭がクラクラする。それを気合で我慢しながら、何とか咲夜へと声をかけることができた。
「咲夜、水、くれ」
「は、はい」
喋るのも億劫といった様子のシオンに冷たい水を渡そうとするが、すぐにシオンは体を動かせないことを思い出す。そして、シオンの左肩から背中に手を回して、少しだけ体を起こさせると、少しずつ水を飲ませた。
顔が歪みそうになるのを抑えながら何とか水を飲み込むと、シオンは自分の
それと同時に足元まであった長い髪が腰まで縮む。外見的な変化はそれだけだった。しかしシオンはいきなり
誰もが驚いて固まっている中、パチェリーが呆然としたまま呟いた。
「何で、動いているの……? 右肩も、両足の骨も殆ど粉々になっていたから、動かせるはずがないのに……」
その疑問に、シオンは簡潔に答えた。
「これが、俺の『本当の』能力だから」
「貴方の、能力?」
未だに信じられない、といった風に呟いたパチェリーの言葉に、小さく頷き返す。
「そう。……レミリアには、後で話すって言ったよね。全部、話すよ。黒陽と白夜。そして俺に宿った、この忌々しい力。その全てを」
そうしてシオンは、自分が知っている能力の説明を始めた。
今シオンとフランのプロフィール作成していますw
10話と同時に投稿するつもりなので、そこそこ時間かかるかも……