東方狂界歴   作:シルヴィ

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今回はレミリアたちのオリジナル設定が出てきます。
一応調べたりはしていますが、間違っている可能性は高いです。
間違っていると気付いた方がいらっしゃったら教えてください、直しますので。


歪さの露見

 全員がそれぞれのやるべきことをするために部屋を出て行った後、パチェリーだけは図書館に戻ってからも本を読まずに、ただ考えごとをしていた。

 (……いくら考えても答えが出ない。どうしてシオンはあの大怪我を負いながら、たったの三日で意識が覚めたの?生き長らえたとしても、一ヶ月は眠ったままだと思ったのだけど)

 パチェリーが疑問に思ったのはそれだった。彼女は医療に関しては疎いが、それでも本から得ていた知識からおかしいのだということくらいはわかっている。

 いや、そんなことを考えるのなら、あの大怪我で生きていた時点でおかしいと思うのだが。

 (彼から聞いた能力の説明ではそんな話は出てこなかった……。思いつく理由としては、体細胞変質能力の恩恵なのだろうけれど、どこをどうやればそんなふうになるのか)

 そこでパチェリーは溜息を吐いた。いくら彼女でも、専門外過ぎることを理解するのは不可能に近い。

 (一旦考えるのはやめにしましょう。どうせ答えは出ないのだから)

 机の上に置いてあった紙の束を手に取って、そこから一部の破れてしまっている紙を抜き取る。

 「小悪魔、私の指示する本を持ってきて」

 「え?あ、わかりました」

 崩れてしまっていた本を元に戻していた小悪魔は、持っていた本を床に下ろし、パチェリーの指示した本を取りに行く。

 「今は、これの修復を先にやりましょう」

 わからない問題は先送りにし、小悪魔が持って来た本を読みながら、パチェリーは修復作業を始めた。

 

 

 

 

 

 シオンが自身の能力の説明をしてから数時間が経った。

 あれから部屋の修理をした咲夜は、朝食の下拵えをしていた。今よりももっと幼いころから料理の研究をしてきた咲夜は、料理に関しては些かのプライドがある。実際、咲夜のソレはプロの料理人顔負けのような動きをしていた。数人で食べるとは思えないような量を作っているが、これはついでに昼飯の分も作っているためだ。

 もう一つの理由としては、三日ぶりに目覚めたシオンと、まともとは言えないような食事ばかりしてきたフランのために、いつもより豪勢な食事を用意したのだ。

 この料理で、あの全てに絶望したかのような無表情をしていたシオンが少しはマシになってくれればと思いながら、咲夜は料理の準備をする。

 そして下拵えを終えると、使っていた調理器具を洗っておいて、食堂のテーブルに座っている主の元へと訊ねに行った。

 「お嬢様、準備が終わりましたので、シオンを呼んできますね」

 「そう?わかったわ、行ってらっしゃい。それと悪いのだけど、なるべく早く戻ってきてくれないかしら。看病で無理をし過ぎたせいか、フランが眠そうなのよ」

 コクコクと船を漕いでしまっているフランの様子を楽しそうに眺めながら言う。久しぶりの家族の団欒が嬉しいのだろうか。

 それに微笑ましいような気分になりながら、咲夜は頷いた。

 「わかりました。すぐに戻ってきますね」

 「なるべく早くシオンを呼んできてね」

 「はい。それでは」

 フランの要望に答えながら、咲夜はシオンがいるであろう中庭へと向けて歩き出した。

 中庭へ辿り着いた咲夜は、シオンが剣を振っているのを見た。シオンがあの部屋から既に数時間が経っている。おそらく一時も休んでいないだろうが、動きに鈍っているところはない。しかし、その剣の振り方はどこかがおかしい。

 しばらく様子を見ていたが、ふとした拍子に何がおかしいのかに気付いた。

 「ただ、振っているだけ……?」

 そう、シオンはただ只管に剣を振っているだけなのだ。型も無く、動きすら滅茶苦茶。それでいながら何故か重心がほとんど動いていないというおかしな矛盾。フランと戦っていた時とはまるで違う。あの攻防では、もっとマシな動きをしていたはずなのに。

 そこで咲夜は更なる事実に気付いた。動きが無茶苦茶なのは当たり前だった。シオンは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。何を忘れたいのかはわからない。それでもシオンは何かに対して泣いているのだと思ってしまう。そんな動きだった。

 (シオン、一体貴方は()に囚われているのですか……?)

 あそこまで深い絶望に囚われるには、それ相応の理由があるはずだ。だがシオンがそれを話すのはありえないだろう。そんな簡単に、自分の弱さを吐き出すような人物にはどうしても見えないからだ。出会ったばかりで、まだ信用できるとは言い難い他人相手には特に。少なくとも咲夜にはそう見えた。

 その悲しい演武を、咲夜は少しだけ眺め続けた。

 シオンの演武が一段落したのを確認した咲夜は、シオンの元へと歩き出す。

 その足音に気付いたのか、シオンは動きをピタリと止めた。

 「何か用?」

 やはり何の感情も乗っていない声だった。この言葉も、訊ねたのではなくどちらかというと近付いて来たから言っただけという感じだ。

 「はい。朝食の用意ができましたので、ついてきてください」

 「わかった」

 簡潔に告げると、シオンは黒陽をアクセサリーに、白夜を空間に放り込む。それが終わってから咲夜へと向き直った。

 「案内を頼む」

 「……はい」

 何故か一言しか言わない――あるいは言えない理由があるのだろうか――のに訝しみながらも、咲夜はシオンを案内するために背を向けて歩き出す。

 紅魔館の中に入り、廊下を歩き続ける。二人とも一切話さないため、一種不気味な程の沈黙が二人の間に覆いかぶさるが、それでも咲夜は無言で歩き続けた。そこで、前回レミリアの元へ案内した時とは違う部分に気付いた。

 (――足音が……全くしていない?)

 咲夜自身も足音を立てないように気を配る訓練はしている。それでもここまで完璧にはできない。しかし疑問は残る。あれほどの戦闘技術を持っている人物が、何故暗殺者の技術を学んでいるのか――それがわからなかった。

 咲夜は美鈴とは違い、気付いていないのだ。シオンの剣は暗殺剣――影に隠れはしないが、ある種の暗殺技術の紛い物であることに。

 どの道、たった九歳の子供が使う剣技では無いのだが、それはシオンの経歴が人よりも数倍悲惨なだけだった。

 そして、足音がするかどうかの違いに気付くと、また別の部分にも気付いてしまった。

 (初めて会った時は敵かどうかがわからなかったせいで、案内していた時も明かりをつけてなかったのにも関わらず、それが当たり前のようについてこれていた。まさか、夜目も利くのですか?)

 これが事実だとすると、シオンは本当に何かしらの理由で暗殺者の――例えそれが真似事であったとしても――経験を積んでいることになる。

 (まさか、それが理由で感情を消しているのでは……。いえ、それは理由になっていませんね。では何故、シオンはここまで感情を排しているのでしょうか?)

 しかし、どれだけ考えても思いつかない。あの時咲夜はシオンを『空っぽ』だと感じたが、今のシオンは本当の意味で『空っぽ』だと思えた。

 パチェリーと同じく、答えの無い迷路に陥ってしまった咲夜は、とりあえずこの考えを放置することにした。

 (今は、美味しいと思ってもらえる料理を出すこと……。これだけです)

 当初の目的を思い出した咲夜は、心の中で気合を入れ直しておいた。そう思っていたからだろうか。そんな咲夜の後姿を、シオンがどこか申し訳なさそうに見ていたのについぞ気付けなかった。

 

 

 

 

 

 一方咲夜がシオンの元へと向かっていた時間、レミリアたちがいる食堂に美鈴が来ていた。

 「咲夜、何か料理はできて――」

 そこで、物音が聞こえて振り向いたレミリアと目が合った。

 「「あ……」」

 昨夜のことを思い出し、二人はほぼ同時に目を逸らしてしまう。フランは眠そうに目をショボショボとさせていたため、その様子には気付かなかった。

 気まずい雰囲気になりかけたのを感じた美鈴は、やはり私が悪いと頭を下げて謝った。

 「「すいませんでした(ごめんなさい)」」

 美鈴が頭を下げるのに合わせてレミリアも頭を下げていた。

 「「……え?」」

 またも同時に頭を上げると、二人は驚きで丸くしてしまった目を見合わせる。そして、それに耐え切れなくなった二人は、一緒に笑い出した。

 「あれ?二人とも、どうしたの?」

 二人の笑い声に眠気が少し飛んだのか、フランが言った。しかし二人は、その質問をはぐらかした。

 「何でもないわ。ね、美鈴」

 「フフッ、そうですね」

 「ぶー、二人とも、教えてよ」

 駄々をこねるフランを、二人は笑いながら見つめていた。

 

 

 

 

 

 シオンと咲夜の二人が食堂へ辿り着くと、そこにはレミリアと美鈴が昨夜の怒鳴り合いのことなど何も無かったかのように朗らかに笑っている姿があった。フランは拗ねているような気がするが、それでもどこか楽しそうだ。

 三人は数人が座れる丸い形のテーブルに座っている。左から順にフラン、レミリア、美鈴が座っていた。

 端の方に長方形のテーブルがあるのを見るに、恐らくフランがこのテーブルがいいと言ったのだろう。

 頭上にはかなり巨大なシャンデリアがある。あの時はよく見ていなかったが、確か玄関にはこれ以上に大きな物があったはずだ。

 周囲には何らかの絵が飾られているが、そういった物を見たことが無いシオンにはそれの価値がよくわからなかった。

 と、そこでシオンに気付いたフランの嬉しそうな声が聞こえた。

 「シオン、おはよう!私からしたらこんばんわなんだけどね!」

 「フラン、はしたないからもう少し静かになさい。……おはよう、シオン」

 パタパタと足を揺らしながら満面の笑顔を浮かべるフランと、苦笑しながら注意してはいるが、妹が喜んでいるのを見て嬉しさを隠しきれていないレミリアが挨拶をしてくる。美鈴は微笑みながら二人を見ていた。

 それに反して、シオンの声にはやはりというべきか、抑揚が無かった。

 「おはよう」

 言われたから返しただけといわんばかりの態度によって、若干空気が悪くなってしまった。

 しばらく誰も動かなかった――あるいは動けなくなった――がその空気の中にいずらくなった咲夜が、早口で言った。

 「わ、私は料理の用意をしてきます」

 そそくさとキッチンに移動する咲夜を横目に、シオンはフランの左側に座る。そのまま全員が沈黙してから数分が経つ。

 それに耐え切れなくなった美鈴が、口を開いた。

 「そういえば、シオンの傷はもう大丈夫なのでしょうか?」

 「特に問題は無い。ほぼ完治した」

 「そう、ですか……」

 シオンの素気なさ過ぎる返答に、美鈴は乾いた声を出す。更に悪くなっていく空気の中で、美鈴は聞かなければよかったかもしれないと後悔した。

 それからは咲夜の料理が来るまで、誰も口を開かなかった。戻って来た咲夜が持って来た料理がテーブルの上に並べなれると、咲夜自身も美鈴の右側の椅子に座った。そのことを確認し終えたレミリアたちは、料理を食べ始める。シオンは手を合わせると、決して大きいとは言えない、けれど何故かよく聞こえる声で言った。

 「いただきます」

 無感動な声を出し続けていたシオンだが、この言葉だけは、どこか暖かいものを感じた。

 「シオン、それは一体?」

 レミリアの質問に、シオンは動きを止める。

 「……日本語を知っているのに、食前の挨拶、あるいは祈りを知らないの?」

 もしもこの声に感情が乗っていれば、おそらくかなりの呆れを滲ませていただろう。だが、レミリアたちが日本語を話せるのには理由がある。

 「私たちはパチェリーに日本語を教えてもらったから、話しだけはできるのよ」

 「ああ、そういうことか。……そういえば、何でフランは日本語を話せるんだ?閉じ込められた時は使えなかったはずだろう?」

 「え?……言われてみればそうね。フラン、何で日本語を使えるの?」

 今まで気にもしなかったことにやっと気付いたレミリア。が、フランはその内容が内容だったため、お茶を濁して答えた。

 「え~と……秘密……じゃダメ?」

 「つまり、答える気が無いってことね」

 「あるいは言っても信じてもらえないかとでも思ってるんじゃないのか」

 レミリアとシオンがフランの思っていることを的確に突くが、実際これは言ってもしようが無いモノだった。

 (言えるわけ無いよ……私の中に潜んでる『ナニカ』が日本語を使ってて、それを教えてもらったり、その他にも色々教えてくれてたなんて……)

 その間に二人の注意はフランから逸れていて、既に元の話に戻っていた。

 「――そんなわけだから、日本の文化とかはわからないの。それまではルーマニア語、フランス五、ドイツ語を使っていたわ。これだけ覚えてれば、余り困らなかったし。実は後もう一つあったのだけれど、そっちは余り使ってなかったからもう忘れちゃったの」

 「レミリアたちがいたのはルーマニアなのか?」

 「ええ、そうよ。正確には、ツェペシュがいた土地だから行った、ってだけなのだけれど」

 「ツェペシュ?ああ、串刺し公ヴラドのことか。けど、それが理由になるのか?」

 確かに吸血鬼と呼ばれながらもあそこまで有名な存在はあまりいないだろう。だが、それがレミリアと何の関係があるのかはわからなかった。

 シオンがヴラドのことを知っていたのに驚きながらも、レミリアは言った。

 「ああ、それは私がツェペシュの末裔だからよ」

 「ありえないな」

 レミリアの答えをばっさりと切り捨てる。全く感情が乗っていないからこそ、その声は逆に恐ろしかった。

 「な、なんでそう言い切れるのよ」

 「ヴラド・ツェペシュは十五世紀の中盤少し前生まれ。子を産むとしたら大体中盤辺りだろうな。だからレミリアが末裔だと言うのは確かに否定しきれない。けど、それが人間ではなく妖怪なら話が別だ。ヴラドが死んだ正確な年は知らないが、それでも十六世紀には行かないだろう。そして()()()()()()()()()レミリアは十六世紀前後に生まれたはず。今更言われるまでも無いだろうが、妖怪は長寿だ。ヴラドの息子あるいは娘が、たった百年で出会い、子を産むのはありえない。例えもしレミリアが娘でも、娘なら末裔とは言わないだろう?……これが理由だ。まあ、ヴラドじゃない親類のツェペシュの末裔であり可能性はあるから、俺の否定論は本に書かれていたのが正しければ、の話だけどね」

 「う……」

 シオンの理路整然とした正論に、レミリアはぐぅの音も出ない。周りから白い眼で見られるのに耐え切れなくなり、顔を伏せてしまう。

 「ねぇ、話しがズレてるよ?」

 「……確かに。どこまで話してんだっけ?」

 フランから突っ込まれ、ズレすぎていたのを元に戻すために聞く。それに答えたのは、口を挿まず静かに聞いていた咲夜だった。

 「日本の文化を知らないお嬢様がルーマニアにいたのを知った、という部分です」

 「そうだった。……ああ、そういえばあそこが信仰しているのは正教会……というか、キリスト関連だっけ?カトリックとかプロテスタントとかの宗教内の違いが全くわからないけど――って、そういう意味か」

 いきなり納得したシオンに、美鈴が問いかけた。

 「何がそういう意味なのですか?」

 「ん?それはキリスト教がやる食前の祈りの内容が問題だったんだよ」

 「祈り、ですか?」

 「そう。俺もよく覚えてないんだけど、天にまします我らが父よ――とか、人によっては言い方が変わるけど、確かそんな感じだったはずだ。ここで言う父は神って意味だから、やるはずは無いって思ったんだよ」

 シオンの言う通り、妖怪が神に感謝するはずがない。絶対とは言い切れないが、それでもありえないだろう。

 特に、伝承では死者を冒涜していると言われている吸血鬼がするのだけはありえない。

 「まあ、そんなところかしら。それで、シオンのやってたアレはかなり簡素だったけど、どんな意味があるの?」

 いつの間にか再起動していたレミリアが聞いてきた。

 「いただきますの意味は人によって解釈があるけど、俺の場合は食材と食材を育てた人、そして料理を作った人に感謝するものであって、神に感謝するものではないね」

 「食材と料理人に感謝……ね。それは誰から教わったの?」

 「母さんから教わった。もうほとんど覚えてないけど、これは何故か覚えてた」

 「え?」

 「……何でもない」

 シオンの呟きは小さい上に速かったため、レミリアには聞き取れなかった。しかし、隣にいたフランだけは聞こえていた。と、そこで咲夜が呟いた。

 「食材に感謝……ですか」

 昨夜は目の前の料理を見る。そしてクスリと笑い、手を合わせて言った。

 「いただきます」

 その様子を見ていたレミリア、フラン、美鈴は顔を見合わせて、ほんの少しだけ笑いながら言った。

 「まあ、神に感謝するわけじゃないのだし」

 「私も、咲夜になら感謝できるよ!」

 「それでは――」

 「「「いただきます」」」

 そして再度料理を食べ始める。長く話していたせいで少し冷めていたが、それでも先程より美味しく感じた。

 少しして咲夜が視線を少しだけシオンの方へと向けると、シオンが食器だけ持って一切料理に手を付けていないのが見えた。

 「シオン、食べないのですか?」

 咲夜に聞かれたシオンは、どこか困ったように言った。

 「……コレ、何?どうやって食べるんだ?」

 「……は?」

 訳のわからない答えに、一瞬耳がおかしくなったと思った咲夜だが、シオンの様子から嘘では無いと悟った。それはレミリアたちも同じらしく、ボソボソと話し始めていた。

 「何でキリスト教の食前の祈りや、大雑把とは言えヴラドの生きていた年齢を知っていたのに、この料理の名前がわからないの?普通逆じゃないかしら?」

 「確かにそうですよね。一体何故でしょうか」

 「まさか、教えてもらえなかったのかしら?」

 「それは無いと思います。流石にそんな環境にいられるはずがありませんし」

 「……けど、私も知らないよ?」

 「え?……ああ、フランは当たり前よ。だって初めて見る、物、じゃ……」

 そこで声が途切れる。普通、料理の名前を知らないのはありえない。それらの分別がきちんとしていなければ、もし料理を頼む時に何て言えばいいのかわからないからだ。

 しかし、それがありえる理由がある。それはフランと同じように、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のどちらかだ。シオンの偏った知識から、どちらかというと後者の確率の方が高いとは思うが、絶対とは言い切れない。

 それに思い至ったレミリアと美鈴は、咲夜に料理の名前を教えてもらいながら食べているシオンを、心配そうに見つめた。

 咲夜はシオンに料理名とそれの食べ方を教えると、椅子に座り直した。

 それからは、再度沈黙が続いた。シオンと昨夜、そしてフランは息苦しさを感じていなかったが、レミリアと美鈴はどこか居心地悪そうにしていた。おそらく、先程思い至った考えが原因だろう。それでも料理は食べ続けていた。

 五人が殆どの料理を食べ終えた時、レミリアは昨夜聞き忘れたことを聞くために、シオンへと顔を向けた。

 「ねぇシオン。結局貴方の願いは何なの?」

 レミリアから問われたシオンは料理を食べるのを止め、口に入れていた食べ物を飲み込んでから言った。

 「俺の願いは、この紅魔館で、俺が寿命で死ぬまで最上級の客人として扱われること。これだけだ」

 「最上級の客人として?」

 疑問の声を出したのはレミリアだけだが、他の三人も頭の中は疑問だらけだった。

 何せ、レミリアたちは客人を招く、あるいは迎え入れるということをしたことがほとんど無い。人が全く来ない訳では無いが、招かれざる妖怪やどうでもいい人間――という名の餌なのだが――が来るだけだ。しかし客人ではない。

 だからこそレミリアたちは少し混乱しているのだ。そんな事情など知らないシオンは、自らの考えを話し始めた。

 「この願いで、この紅魔館にいるメンバーは俺を敬う必要がある。見たところパチェリーは従者じゃなさそうだから、彼女は例外になりそうだけど」

 「……そう、そういうこと」

 レミリアはその言葉で、契約する前にシオンが言っていた『紅魔館に及ぶ影響』という内容を理解した。だが他の三人は理解できていなかったらしく、痺れを切らしたフランが割って入って来た。

 「お姉さま、一体どういう意味?」

 その質問に、レミリアは長考してから言った。

 「……大妖怪である私が人間(シオン)を敬うということは、私がシオンに負けたことを意味するの。理性がある妖怪ならそれ以外の理由を探るか、あるいはシオンがそれだけ強いということはわかると思う。けれど、一つだけ問題があるの」

 「……なるほど、そういうことでしたか」

 美鈴は理解できたのか、神妙に頷いていた。その小さな呟きが聞こえたのか、咲夜は美鈴へと聞いた。

 「美鈴は理解できたのですか?」

 「え!?あ~えっと、そのぅ……」

 何か困ったことを聞かれたかのように美鈴は目を泳がせる。わかりやすく「しまった!」という反応をしている美鈴を、ジト目で咲夜は睨み続ける。

 それに困った美鈴は「どうしましょう?」とレミリアに目で伝えた。しかしレミリアは別に構わない、と言った風に肩を竦めるだけで、その他の反応は返さなかった。

 その様子を見た美鈴は溜息を吐くと、億劫そうにしながらも口を開いた。

 「以前にも、似たようなことが一度だけあったんです」

 「似たようなこと、ですか?」

 「はい。……人間の子供を迎え入れたことで、お嬢様が甘くなったと勘違いした頭が可哀想な妖怪と、それに釣られた理性の無い雑魚妖怪が大挙して押し寄せて来たんです」

 どこか棘のある美鈴の言い方だが、咲夜はそれを聞いていなかった。咲夜が聞けたのは、前半の()()()()()、という部分だけだ。

 「それって……」

 フランは昨夜の方を見る。咲夜は目を見開いて硬直していた。その様を見て、美鈴は心の中で頭を抱えた。

 (やはりこうなってしまいましたか……お嬢様に恩返しをしたいと常々言っていた咲夜ですから、こうなるのは予想できたいたのですけど……)

 内心で溜息を吐いた美鈴は、話しの続きを言った。

 「まあ、結局はお嬢様がその大量の雑魚妖怪を血祭りにしたことで勘違いだったとわかりやすく示され、沈静化しましたが……今回は話が別です。何せ今回は――」

 「――あの『紅い悪魔(スカーレット・デビル)』が妖怪からしたらただの雑魚にすぎない人間に負けた。そう見るだろうな」

 「ただの人間、ねぇ……」

 シオンはニヤニヤと笑いながら呟くレミリアに気付いてはいたが、シオンの鉄の仮面を崩すことはなかった。

 逆にレミリアの声が聞こえていた美鈴はかなり微妙な、形容し難い複雑な顔をしていた。ちなみに咲夜は未だに硬直している。

 そんな状況で、いきなりフランが叫び出した。

 「そんなのおかしいよ!負けたのは私で、お姉さまじゃない!ううん、それ以前に、シオンは弱くないもん!!それなのに――」

 「落ち着け」

 今にも能力を使って暴れ狂いそうなフランを、握った手の甲でかなり軽く叩く。どちらかというと叩くというよりも乗せる、といった表現が正しかったが、それで我を取り戻したのか、フランは罰の悪そうな顔をしていた。

 シオンはそれを無視して言った。

 「事実がどうあれ、大概はそう取られる可能性があるんだよ。他の人間や妖怪からしたら、俺はこの世界に来たばかりの弱い人間と同じにしか見えないんだからな」

 「それに、デメリットしか無い訳じゃ無いのよ?」

 それまで傍観していたレミリアが言う。

 「え?それって、どういうこと?」

 「簡単に言ってしまえば、シオンがこの世界で有名になればいいのよ。シオンが私たちと同程度の強さを持った妖怪に勝つのが一番手っ取り早いわね」

 「あっさりと言ってくれるね……」

 少し疲れたような物言いに反して、シオンの表情はやはりピクリとも動かない。それに慣れたのか、レミリアは挑発するように返した。

 「フランを相手に手加減して勝てた貴方ならできるでしょう?」

 「……さあな。殺し合いに絶対なんて言葉は無い。特に、俺の場合はね」

 「シオンの場合って?」

 「ああ。それは――」

 「人間であるが故の脆弱さ、ですよね?」

 フランの疑問に答えたのは、シオンではなく美鈴だった。何故彼女が答えられたのかと言うと、美鈴は門番として人間を追い払っているが、門番となったばかりのころは初めてやる仕事に若干緊張したせいか、力加減を間違えて相手を粉砕してしまったことがあるのだ。

 その時の嫌な経験があるからこそ、シオンの致命的過ぎる弱点に気付いたのだ。

 「それに、体の耐久度も低いです。だから多分ですけど、シオンは全力は出せないと思っているのですが――違いますか?」

 「いや、あってるよ。俺は妖怪に本気で……いや、恐らく軽く叩かれただけでも死ぬ。俺の戦い方が全ての攻撃を避けるのを基本にしていなければ、フランとの戦いで即死してただろうね。まあ、簡単に負けるつもりはないけど……」

 皆まで言わずに頭を振って最後の言葉を濁す。そして、話しを元々していたものに戻した。

 「とにかく、客人として扱ってもらう。だから、俺が昨夜説明していたことは他言無用だ。まあ、紅魔館の主は客が言われたくないようなことを他人にバラしてしまう、マナーのなっていない奴だと思われたいのなら、話しは別だが……」

 「んな……ッ!?よくもまあ、そんなにあっさりと私のプライドを刺激するような言葉を吐けるわね……貴方が能力の説明をしたのは、これを予期していたからなの?」

 レミリアは引き攣った顔で聞き返す。

 「いや、これは後付の理由。それ以外の理由は、この世界の情報を知りたかったから」

 「情報を?」

 「俺はこの世界のことを何も知らない。そんな状態で周囲を歩けば、最悪何も知らないまま殺されるか、あるいは犯罪者扱いを受ける可能性すらある。()()()()()()。だから、この世界のことを知りたかった」

 「なるほど、そういう意味だったの。……咲夜、食後の紅茶を淹れて来てちょうだい。ここにいる人数分を、ね」

 その命令によってやっと我を取り戻したのか、昨夜は慌てて立ち上がりながら頷いた。

 「ひゃ、はい。畏まりました」

 慌て過ぎて噛んでしまった咲夜は顔を真赤に染めて駆け出して行った。その光景を見ていたフランは両手で、美鈴は右手で口元を押さえて笑いそうになるのを堪えていた。何時もクールな人が失敗する時ほど可愛らしいということだろうか。

 もしも咲夜がこの二人のリアクションを知っていたのなら、もっと厄介な目になっていただろう。

 咲夜の珍しく失態していたのを意外に思いながらも、レミリアは美鈴へと言った。

 「美鈴は食器を片づけてちょうだい」

 「はい。畏まりました」

 美鈴はそこそこ俊敏な動きで食器を片付け、キッチンの流し台へと持って行く。それを見てから、レミリアはシオンに向き直った。

 「それで、その二つ以外にも何か理由はあるの?」

 「一応ある。元々能力の説明は『体細胞変質能力』以外は話しても余り問題は無かった。黒陽と白夜は汎用性が――使用時のリスクを除けばだけど――高い。だから別にバラされてもいいとは思っている。不利になるから、なるべく言わないでほしいけどね。まあこれは、第三者が聞いてきたら言う建前のようなものだ。俺がこの願いを言った理由は後二つあるよ。まあ、一つは絶対にわからないだろうけど、もう一つはわかると思う」

 「何か引っ掛かる物言いだけど……。まあいいわ。私の予想だと、シオンの能力を話してもメリットが無いってこと。そしてもし貴方が有名になった場合、その貴方と繋がりのある私たちの名声が上がる可能性が高いということ。けれど私が裏切れば、そのメリットは全て無くなってしまう。私たち妖怪は長い時を生きるから、即物的な利益や楽しさより、将来長く続くメリットを選ぶはず……そういうことでしょう?」

 レミリアは首を傾げながら確認してくるのに対し、シオンは頷きを返した。そこで、何故かフランが話に加わって来た。

 「私、シオンが考えてる最後の理由がわかったよ」

 「「え?」」

 レミリアだけでなく、シオンまでもが驚きながら――やはり表情は変わっていない。この時点で、レミリアはシオンが感情を出さないのではなく、出せないのではないか?と疑い始めていた――声をあげる。

 フランは、無邪気に笑いながら、まるで当たり前のことを言うように言った。

 「シオンは損得関係なしに、私たちを信じているんだと思う。だから、自分の力を話してくれたんでしょう?」

 「フラン、流石にそれは――」

 ない、と言おうとしたところでレミリアの動きは止まる。今まで無表情を保っていたシオンの顔が、少しだけ赤くなっていて、少しずつ顔が歪んでいくのを見たからだ。

 シオンのこの反応。これでは、まるで――

 「――まさか、フランの言っていることが図星……なの?」

 「…………………………」

 ほんの少しの間沈黙していたシオンだが、やがてコクリと小さく頷いた。

 「何で、そう思ったの?」

 「話していた時の人柄、性格。それと雰囲気、その他で判断した。それとレミリアたちには、人から感じられる害意が余り無いから、信用はできると思った」

 ボソボソと答えるシオンに、レミリアは生暖かい視線と、小さな微笑みを、フランは満面の笑みを向けた。

 純粋すぎる笑顔を向けるフランに、シオンは「何で」、と呟いた。

 「何で……俺がそう思ってるとわかったんだ?」

 「ふぇ?ん~……」

 フランは手の甲を顎に当てて考える。そのポーズは『考える人』ばりに様になっていたが、それに反して気の抜ける声を出していた。

 しばらくして答えに思い至ったのか、グーの形にした右手を左手の掌にポンと置き、頭の上に豆電球を出すと錯覚しかける程に『わかった!』という顔をし、シオンを絶句させる言葉を口にした。

 「シオンから、私と似たような何かがある気がするから……かな?」

 フランはシオンと初めて出会った時、そう思ったのだ。何かを成し遂げたい固い『意志』が感じられるのに、それに反して深い絶望を纏っていた。その絶望は、どこか自分と似たようなものだと思ったのだ。

 それはシオンも同じだった。()()()自分は助かった。しかしフランだけは未だ助けが無く、たった独りであの場所に居続けていた。だからこそ、フラッシュバックしたのだろう。もう思い出したくも無い、あの地獄を。あの寂しさを。

 「――ッ!」

 シオンが表情を変えずに済んだのは奇跡に近かった。もしも表情を変えてしまい、それを診られてしまったら、シオンが奥底に静めている『願い』を悟られる可能性があったからだ。

 だからこそシオンは、小さく呟くことで、レミリアの注意を逸らした。

 「なるほど、似た者同士ということか」

 「うん。そーいうことだよ♪」

 何とか流せたことに安堵したシオンは、一つのことを見逃していた。フランは精神的には未成熟で子供だが、決してバカなわけではないことに。シオンが気を緩め、注意が逸れた瞬間をフランは見逃していなかったのだ。

 (やっぱり、シオンは……)

 そして話が途切れたのと同時に、ちょうどよく咲夜と美鈴が戻ってきた。

 咲夜は食堂の雰囲気がどこかおかしいことに気付いたが、自分が抜けている間に起こったことはわからないからと無視して、紅茶の用意をした。美鈴は少しだけ戸惑いつつも、流石の胆力で食器をかだす前に座っていた位置に戻った。

 その間、シオンは先程言った願いの内容を詰めていた。

 「客人として扱ってくれとは言ったが、俺としては紅魔館に置いてくれるだけでも構わないと思ってる。だから普段通りに接して欲しい」

 「……最初会った時にも思ったけど、変な人間よねぇ……。普通の人間なら、もっと色々要求してくると思うのだけれど」

 「俺は他の人間と違って殆ど欲が無い。人間の三大欲求と言われている食欲、睡眠欲、性欲がゼロに近いくらいだからな。まあ、俺の年齢で性欲があるのは少しおかしいような気はするが……」

 「性欲については置いておくとして……他二つは流石に異常過ぎるないかしら?」

 「事実だ」

 体を震わせながら言うレミリアの言葉を即答で返す。二人の話を聞いていた三人も似たり寄ったりの反応をしていた。

 シオンはその反応を無視して紅茶の入ったカップを手に取った。そして紅茶を飲み始める。

 「とりあえず、シオンの要求は理解したわ。どの道、私は断れないのだし――ッ!?」

 シオンと同じく紅茶を飲んだレミリアは、目の前の光景に息を呑んだ。レミリアがいきなり驚いたのに訝しんだフランたちは、彼女が見ている方向を見て、同じく息を呑む。

 シオンの顔は、まるで何かの感情を抑えるかのように――しかし抑えきれず、両目からポロポロと涙を流していた。それでもシオンは何も言わず、ただ黙って歯を噛みしめているだけだった。

 その様子を見るのに耐えかねたのか、咲夜が恐る恐るシオンに話しかけた。

 「シ、シオン、マズかったのなら言ってください。別の物を用意しますのね」

 「……違う……マズいかったわけじゃない……ただ……」

 喉の奥から絞り出すかのように弱弱しい声を出す。そんなシオンに、では何故、と言おうとした咲夜だが、それはできなかった。

 今にも崩れて壊れてしまいそうな外見が四歳程度の小さな子供に質問するなど、できるはずがなかった。

 しかしその場にいるのに耐えかねたのか、再びカップを手に取ってから無理矢理全てを飲み干し、カップと皿に傷がつかないギリギリの強さで置くと、そのまま駆け出して食堂を出て行った。

 咲夜と美鈴が慌てて追いかけようとしたが、後ろからが届いて来た鋭い声に動きを止めた。

 「待って!」

 「「え!?」」

 二人が後ろを振り返ると、必死な表情をしているフランがいた。

 「今は……今だけは、シオンを一人にしてあげて……」

 その必死な表情にたじろぎながらも、咲夜はモゴモゴとしながら言った。

 「フラン様……ですが……」

 「咲夜、お願いだから……」

 懇願するフランの声だけが、嫌な空気の立ち込める食堂に響いた。




ぶっちゃけレミリアたちが普通に日本語を話してる二次創作(原作もそうなのですが)が多いので、個人的な理由を突っ込んでみました。余り不自然にはならないようにしたのですが、どうしょう?
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