ぶっちゃけ今のシオンって暗すぎて主人公っぽくない……
シオンが食堂を飛び出した後、フランに呼び止められた咲夜だが、それでもチラチラとシオンが出て行った方向を見ていた。
美鈴は何も言わないが、困惑しているのはわかる。
それでもフランは叫ぶ。自分を救ってくれたシオンのために。
「私は全部を理解したわけじゃない。それでも、シオンが何かを恐れているのはわかるの。……さっきシオンが泣いたのは、多分懐かしさからだと思う。だから、今は……今だけでも、シオンを一人にして、心の整理をしてあげたいの」
「「「……………………」」」
先程まで無邪気に笑っていたフランと同一人物とは思えないような深い推察と思考に、黙っていたレミリアでさえも呆然としていた。
何よりも驚いたのは、ずっと閉じ込められていたフランが心の機微に対してここまで詳しい考えを言えたことだ。
「……何で、フランはそこまでわかるのかしら?」
「……他の人はわからないよ。私がわかるのは、シオンだけ。
フランはシオンの全てを知っているわけではない。それ以前に、こう思っていた。彼と接していた時間がたった一日にも満たない自分が、シオンの抱えている闇を理解できるなんてありえない、と。
しかし、それでもわかることはあるのだ。フランがわかったのは、シオンは一回も嘘を吐いていないことと、約束を破らないということだ。その様は、まるで鬼のような馬鹿正直さだと思ってしまうほどに。
そしてもう一つ、彼は何かを憎んでいるのと同時に、恐れている。多分だが、自分を助けたのもそれが理由だろう。それでも、一つだけわからないことがある。それがわかれば……と、ここまで考えたところで、フランは自身に視線が集まっているのに気付いた。
「え~と……どうしたの?」
「あ~……何て言えばいいのかしら」
「…………?」
「バカっぽい――じゃなくて、間の抜けたような顔をしたフランしか見たことが無かったから、真剣な顔をしていたのに驚いただけよ」
「バカっぽいって……」
余りの言い草に怒りよりも先に呆れが来る。レミリアは自身の失言に気付いたのか、少し顔を赤くして視線や顔どころか体全体を逸らした。
二人はレミリアの嘘偽りの無い毒舌に、らしくないと思った。その後の態度も予想外だ。余りにらしくない行動に、ふと美鈴は言ってしまった。正確には、零してしまった、と言う方が正しいかもしれない。……それが地獄への片道切符であるとも知らずに。
「もしかしてお嬢様……嫉妬してたり、とか?」
「――――――ッ!!?」
その言葉に、レミリアはほんの微かに体を揺らしてしまう。その微かな反応を見逃すはずがなく、図星だと判断した美鈴は更に言葉を重ねる。
「あら、図星ですか?いや~意外ですねぇ。昔はあんなに素直でかわいらしかったのに、今じゃそんな素振りを見せないので、少々残念に思っていたのですよ?まさかフラン様のことでこんな可愛らしい子供らしい反応をする、なん、て……」
そこまで言ってようやく気付いたらしい。自分が虎の尻尾……いや、鬼の角を思いっきり踏んでいることに。
どんどん高まっていくレミリアの妖力と比例して、美鈴の顔が青くなっていく。そして増加した妖力に気圧されたのか、自分自身でも気付かぬうちに一歩後ろに下がっていた。
レミリアはそんなことはどうでもいいと言わんばかりに、箍の外れた鬼の如く不気味に笑いながら立ち上がった。
「フ、フフフ……ねぇ、美鈴。いつから貴方は、私をからかえるくらいに偉くなったと思っているの?ねぇ、教えてもらえないかしら?」
「こ、答えたら……そ、そその、許してもらえたり……とか、は?」
せめてもの悪あがきにと発せられた言葉に、レミリアは笑顔を返す。――そう、
それを見た美鈴は心の中で
――あ、死にましたね、コレ
と現実逃避したが、それでどうにかなるわけがなかった。
「さて、お痛した
「あ、ああ……」
最後の頼みの綱として二人に助けを求めようと目を向けるが、肝心の二人の姿は影も形もなかった。それに気付いた美鈴の顔は絶望で染まった。
その数秒後、イヤァァァァッ!!?いう甲高い悲鳴が紅魔館に響いた。
……余談だが、フランと咲夜の二人は美鈴が地雷を思いっきり踏み抜いたことをすぐに見抜き、あっさりと美鈴を捨てることを決断。さっさと部屋を出ていた。
この幻想郷で生き残るには、こういった危機管理意識が重要なのだ。
――美鈴、合掌。
時は遡り、シオンが食堂を走り去っていく。右に左にとただ我武者羅に走って行く中で、シオンの異常な聴覚はフランが咲夜と美鈴を引き止めたのを知った。
自身の異常な五感に
そして、食堂から十分に離れたところで、手近な部屋の中へと入りこむ。その時シオンは気付かなかったが、そこはシオンの怪我の治療に使われた部屋だった。
この部屋に無意識に来たことにすら気付かないまま扉を閉める。そうしてから、背を扉にもたれ掛けさせてズルズルと座り込み、息切れを直すために何度も浅く呼吸を繰り返す。疲れているわけではない。シオンの体はそんな普通の人間のレベルに収まってはいないのだから。
シオンが息切れをしていたのは、精神的な負担のせいで、動悸が収まらないのだ。
「……違う。違う、違う、違うッ!そうじゃない。ただ似た味なだけだ。それだけ何だ!」
壊れた機械のように何かを否定する。違うと、そうじゃないと、ただそれだけを繰り返す。
歯を噛みしめて、拳を血が滲みそうになるほど握り締めて。それでも耐えられなかった。シオンの目から、また小さなしずくが溢れ出す。そこで、普通ではありえないおかしな部分があった。右目はただの涙。それなのに左目からは、赤く紅い水が溢れている。
けれど、シオンはただぶつぶつと呟くだけだ、それに気付くことは無い。その様子は、まるで自己暗示をかけているようだった。
「
突如左目に激痛が走る。反射的に手で左目を抑えるが、口から漏れ出る言葉を抑えるのは不可能だった。
「何で、何でこんなに辛いんだ……!」
そして再び涙を流し始める。それを少しでも抑えようと、額を膝に押し付ける。
しばらくして泣き止んだシオンは、あの時心に決めたことを明確に思い出し、再び心に無理矢理刻み込む。
(俺はもう二度と必要以上に人と関わるような真似はしない。家族もいらない。友達も作らない。ずっと、ずっと独りで生きて行く。そうすれば……もう、失うなんてことは無いから)
そんなのはただ逃げているだけと、そう言う人もいるだろう。そんなのはシオンもわかっている。しかし、シオンはもう耐えられなかった。
自分の命を懸けてでも守りたいと、一緒にいたいと思った大切な人が、目の前で死んでしまうのに。あの時シオンは知ってしまった。
――
シオンの能力も、黒陽の能力も、攻撃寄り過ぎるのだ。周囲全てを殺し尽くすのは簡単だとしても、守るのは不可能に近い。
幻想郷に来る直前に預かった百夜の断絶を利用した結界を使えば守るのは可能だが、敵を殺す前に自分が死ぬ可能性が高い。あの結界は燃費が悪すぎるのだ。
「もう、独りは嫌なんだ……」
シオン自身すら気付かぬ内に、無意識に漏れた言葉。それこそが、シオンの心の内に宿している願いの
――独りは嫌だ。でも失うのは怖い。それなら守ればいい。あの時も守れなかった俺には無理だ。
そんな矛盾した思いばかりがグルグルと心の中を駆け巡る。
そして、最終的にシオンは――諦めた。今の自分では、守るどころか自らの手で殺しかねない、と。
傍から見れば、シオンの言動や行動には一貫性が無く、おかしな部分ばかりだろう。だが、シオンは
周囲の気配すら読めなくなるほど動揺していたのに呆れ、同時にこんなだからああなってしまったんだと自分を嘲る。まだまだ弱い。心も体も。シオンはそんな風に思っていたが、他人がその話を聞いたらこう思うだろう。
――誰かのために命を懸けることができ、大妖怪をすら助けることができたお前が弱いのなら、幻想郷に住む人間の大部分はそこらの虫と同レベルになるだろう、と。
しかし今はそんな突っ込みをいれられる人間はいない。
ノックを聞いてゆっくりと立ち上がったシオンは、返事をしなかったために何もせずその場で待っているであろうメイドを待たせるのも悪いと思い、扉を開けた。
「待たせて、ごめん」
相手の顔を見ずに、若干目を逸らしながら言う。その目が何時もより少しだけ赤くなっていたのに気付いた咲夜は、気にしてないという風に首を横に振る。
「いえ、お気になさらず。……そろそろ昼食になりますので、呼びに来ました」
「え……」
「……?どうかしましたか?」
つい呆然とした声を出すシオンに、首を傾げながら咲夜は問い返す。しかし、シオンは何でも無いと頭を振った。
(どれだけの時間をグルグルと悩んでいたんだ……?体感時間じゃあ数分しか経ってないような気がするし、逆に何日も経ったような気もする。色々と異常過ぎるこの体に少しは慣れてきたのかと思ったんだけどな……)
実を言うと、シオンは黒陽と白夜の力を理解できているものは全て話してはいるが、体細胞変質能力の全てを話したわけではない。嘘は吐いていない。レミリアとの約束は『能力の全てを話す』ことであって、『
そんな理由で、シオンは自分しか知らない特異体質がいくつか存在する。だが、シオン自身がその特異体質を全て理解できているわけでもない。
忘れているかもしれないが、
それなのにシオンは、今この一瞬にも力を完全に掌握しようと努力し続けている。
異質で歪で、どこかが壊れ狂ってしまっている。そんな少年がシオンという存在なのだ。
そしてシオンは、咲夜にいくつかの疑問を聞いた。
「そういえば、俺が食堂から飛び出した後はどうなったんだ?」
「ああ……。まず、美鈴がお嬢様の地雷を思い切り踏んでしまい、現在お仕置き……と言う名の調教をしている真最中です。もう終わっている可能性が高いですが」
「おい、調教って何だ調教って。動物じゃないんだぞ……?」
「……そこは気にしないでください。この世界には、知らない方が幸せなこともあるのですから」
「……わかった、聞かないよ。気にしないことにする。……別の件だけど身に覚えがあったりするし」
どこか遠い目をしている咲夜に、地雷を踏みかけていると察したシオンは、続きを聞くのを止めた。後半ボソリと口の中で呟いた言葉を聞かれないようにして。……多分、咲夜もその調教とやらを受けたことがあるのかもしれない。
そこまで考えながらも、とりあえず話を変えようと思ったシオンは、フランがどこにいるのかを聞いた。
「フランはどこにいるんだ?もう先に着いてて、待ってるとか?」
「フラン様はもうご就寝していますね」
「え?……ああ、レミリアとフランは吸血鬼だったっけ」
「演技ではなく、本気で忘れていたのですか」
どことなく呆れている咲夜に、シオンは常識をぶち壊すような発言をする。
「二人が吸血鬼らしくないってところもあるんだけど……それ以前に、どうでもいいことだろう?」
「は?」
「俺と咲夜は人間で、レミリアとフランは吸血鬼。美鈴はよく知らないけど何かの妖怪で、パチェリーは魔法使いだっけ?それでも俺たちは普通に生活していられる。確かに人間と吸血鬼は――いや、妖怪と比べれば、何もかもが違う。だけど、共に生きるくらいはできる。だったら、俺にとって種族の差なんて気にもならないし、
それは、咲夜にとって青天の霹靂とも言えるほどに強烈な言葉だった。
咲夜はレミリアに拾われる前のことを殆ど覚えていない。そのことを知ったレミリアがパチェリーに便宜を図り、それから様々なことを学んだ。――いや、学ばせてくれた。
だからこそ咲夜は、恩人であるレミリアの手伝いをしたいと思っていたのだ。しかし、ここで一つの問題があった。
確かに役に立つ部分もある。料理、洗濯、掃除といった家事は咲夜が全てやれる。だが、それだけなのだ。戦闘において、人間は使えない。それが咲夜にとって当たり前のことだった。
あの博麗神社の巫女のような例外中の例外でもなければ――そう、思っていた。
けれどシオンが違った。この世界に来たばかりでありながら、既に順応しきっている。更に言えば、レミリアと咲夜はシオンが直接フランを救うのではなく、何らかの方法を提示してくるのだと思っていた。それなのに、シオンはフランと互角以上に戦い、そして勝った。
シオンは卑怯な小細工をしたと言っていたが、レミリアたちはそう思わなかった。卑怯な手段や小細工を使っているなどと喚くのは負け犬の遠吠えにすぎない。それは単なる言い訳だ。
いくつもの能力を使った?
――その力は、自分で努力して得た物だ。使って何の問題がある?
初めて戦った相手に本気を出した?
――お互いに命を懸けた戦いで手加減をするのは愚の骨頂だ。そもそも殺さなかっただけシオンは手加減している。
そう、実のところレミリアたちのシオンに対する評価はかなり高い。知識も、技術も、それに培われた経験も……全てが異常なまでに高い。知識はパチェリーが、技術と経験は――技術に関しては恐らく格闘のみだろうが――美鈴の方が上回っているが、そもそも百年以上を生きているパチェリー、そして数百年以上の時を修行に費やしてきた美鈴と、たったの九年しか生きていないシオンを比べるのが間違っている。いや、比べられる時点でおかしいのだ。
そして咲夜はそれを聞いて、嫉妬してしまった。『人間は妖怪と共に戦えない』、そう思い続けていた咲夜にとって、フランと戦えていたシオンを不謹慎ながらも憧れ、同時に羨ましいと思ってしまった。妬ましかった。
自分と同い年。そうでありながらも三つの能力を使いこなし、加えて身長が低いなどといったハンディキャップがあるのにも関わらず、それらを物ともしない不屈の闘志。レミリアの隣に立つことがきるシオンが、本当に羨ましかった。
自分がその位置に立ちたいと願い続けていた咲夜にとって、それができるシオンは憧憬の対象だった。
あの力を手に入れるために、シオンが血反吐を吐くような日々を送っていたであろうことは想像に難くない。
それでも咲夜は、自分を止めることができなかった。
「………………………」
本来メイドでしかない咲夜が、客人であるシオンに対してこんなことを頼むのは、間違っているどころか、レミリアにバレてしまえばどんな目に合うのかわかったものではない。最悪の場合は――
咲夜はその恐怖を押し隠し、紅魔館の玄関へと案内した。その時、黙って咲夜の後ろに着いてきていたシオンが声をかけた。
「咲夜、何故こんな場所に連れてきたんだ?」
「……わかりませんか?」
咲夜の返答に、「やっぱりか」というように頭を掻く。
「……わかる、わかるさ。わかりたくないくらいにわかりやすい。そんなに殺気立っていれば、この後何をするのか予想は簡単にできる。……できれば、間違っていて欲しいと思うよ」
どこか疲れたかのように言うシオン。だが、その願いは叶わなかった。
「私がシオンにして欲しいと思っているのはただ一つだけ。お願いします。私と戦ってもらえないでしょうか?」
どこからかナイフを取り出しながら咲夜は言った。
傲岸不遜に見える態度だが、『目』が良過ぎるシオンには見えていた。咲夜の体が殆どわからないくらい微かに震えているのに。恐らく震えている本人すら気付いていないだろう。
そしてシオンは、いつもの癖で考えてしまった。わからないことを理解するために。
そうしなければ生き残れなかったシオンは、『わからないことは即座に理解しなければならない』のを必須としていたのだ。
(まずわかっているのは、咲夜が無意識レベルで恐れている物がある、ということ。そしてそれは、朝食の時に美鈴が言った数年前の話に対する咲夜の反応で大体わかる。それは――)
――レミリアの枷になる、あるいは嫌な行動をしない、というものだ。だが、何故今回の行動で、ほぼ確実にレミリアが『嫌がる』であろう行動をするのか?
そこまで思ったところで、シオンは自分自身忘れかけていた事実を思い出した。
(――ああ、そういえば今の俺の立場は、『一応』客人って扱いだったっけ。つまり、咲夜は……)
そこらの一般的な店でも、似たようなことは起こる。最も大事な客に対して粗相をした人間は、大抵の場合クビにさせられるからだ。
恐らく咲夜は、ここ紅魔館をクビに――退職させられ、追い出されるのを恐れているのだろう。
そこまでの事情を把握し終えたシオンは、高速回転していた思考を終わらせる。
そして未だ数秒しか経っていないせいでシオンの方を見ていない咲夜に言った。
「――断る」
「…………え?」
断られると思っていなかったのか、ナイフを持つ手が揺れる。その背中に、シオンは追撃を入れる。
「そもそも、紅魔館を追い出される可能性に思い至っているくせに、何故戦って欲しいなんて言ったんだ?」
「な、何故それを……?」
図星を突かれ、咲夜は振り返る。シオンはどこか不愉快だと思わせる声音で言う。
「そんなの、今まで知った情報から推察できる。俺が聞きたいのは、何故こんな真似をしたのか、だ」
「例え追い出されるという可能性を思いついていなかったとして、それでもレミリアから何らかの罰を受けるのはほぼ確定しているのはわかるはずだ。最悪信用すら失う。それがわかっていながら、何故?」
「…………………………ッ!」
わかっていた、そんなことは。わかっていても、感情を制御しきれなかったのだ。
顔を歪めている咲夜は、今にも泣いてしまいそうにも、あるいは怒ってしまいそうにも見えた。あるいは――妬むと同時に、羨んでいるようにも。
事実はわからない。けれど、それでも咲夜がこんなバカな真似をしたのはそういった感情があるからだろう。
「……妬み、か」
「!?……やはり、わかってしまいますか」
鎌をかけたシオンの推察を否定せず、悲しそうに言った。
それを見て、シオンは不謹慎にもこう思ってしまった。
――誰かに失望されるのを恐れることができるのは、羨ましいと。
失望されるのを恐れるということは、今は誰かに必要とされていることと同義だ。それすらないシオンには、『持っている』咲夜は羨ましかった。
二人はお互いに羨ましいと思いながらも妬んでいる。ある意味、今この場の二人は最も『人間らしい』と言えるだろう。
だが、シオンにとってはそれは関係が無い。『身勝手な人間に巻き込まれる』のに疲れていたシオンは、きつい言い方をしてしまった。
「自分勝手だね。普通こういった行動をするのなら、まずレミリアから許可をもらって、その後に俺のところに来るのが筋じゃないのか?」
咲夜は何も言い返さない。シオンの言っていることが正しいと理解できているからだろう。
けれど、次の言葉だけは許せなかった。
「身体も
未熟な子供。それはレミリアたちによく言われていたものだった。
――まだ子供なんだから、メイドの仕事なんてやる必要は無いわよ。
何時もそう言われていた。それでも咲夜は無理を言ってメイドにさせてもらった。
だからこそ咲夜は、紅魔館の、ひいては主であるレミリアのために完璧で瀟洒なメイドになろうとしていた。やり始めたばかりのころは失敗もしたが、ある程度経ってからは上手くいっていた。全てが完璧にできていたわけではないが、一部の事柄以外――例えば戦闘面など――は完璧にやれていた。
そんな時に咲夜以上に完璧と言えるシオンが現れた。最初に話した時は友人になれると思った。しかし、シオンは咲夜にできなかったことをやり遂げた。
そして、それをやり遂げる前に少ない情報で未来予知の如く自らの『願い』で出る影響を予測に入れていたりもした。
自身が優秀だと自覚していた咲夜でも、シオンと比べれば未熟過ぎた。
そして、そのシオンに図星を刺されたことによって心が揺れたことと、レミリアの評価を下げてしまったと勘違いしたと思った咲夜は、完璧なメイドの仮面を捨て去り、完全なる暴挙に出た。
自らの能力を発動させる。全ての色が抜け落ち、モノクロの世界となる。
それを確認した咲夜はシオンに近づき、右手に持ったナイフをその首へと押し当てた。咲夜は『何時でも貴方を殺せる』と脅して、無理矢理にでも戦ってもらおうと考えたのだ。
この方法は妖怪には余り使えない。体が頑丈過ぎる妖怪では、ナイフ一本を押し当てたところで脅しにもならないからだ。
しかし、幸か不幸かシオンは人間だった。ならばこの方法は使えるはず。そう思いながら、咲夜は能力の発動を止める。そして、徐々に色が戻ってきた。
それを確認した咲夜は、シオンに話しかけようとして――絶句した。
「えっ、あ……何、で……?」
「………………………………」
咲夜の呆然とした声にシオンは何も答えない。いや、正確には答えることができない。
何故ならば、首に押し当てていたはずのナイフが、シオンの
(――何で、何で反応できたのですか?能力はきちんと発動したはず。お嬢様だってこの力を防ぐのは不可能でした。それなのに、何でシオンは、こんな!)
咲夜の能力は、例え大妖怪であろうと抗えない。戦闘時においてこの力は圧倒的なアドバンテージを得られるほどに強力な能力。
それほどまでに強力な能力だったからこそ、咲夜は混乱を起こしてしまった。『誰にも破られたことが無い』が故に、『能力が効かない』相手がいるとは思っておらず、その対処法も考えていなかったのだ。
(私にはこれしか無いのです。それでもシオンには意味が無いのですか!?)
咲夜が硬直しながらもそんなことを思っている間、それまでずっと動きを止めていたシオンがナイフから口を放した。
「――仕方ない、か。いいよ、戦っても」
「え?」
先程まで戦うのに消極的だったシオンが、戦ってもいいと言ったことに、咲夜は嬉しさよりも先に驚きと疑いの気持ちが先に出てしまった。しかし――
「でも、私は――」
「――自身が無い、か?」
「…………」
図星だった。能力を除いてしまえば、咲夜は魔力を使った身体強化と、ある程度の弾幕くらいしか作れない小娘にすぎない。
既に能力の中でも最強の手札を破られてしまっている現状、咲夜の心は折れかかっていた。
弱弱しい姿の咲夜を見たシオンは、内心で溜息を吐いた。
(やれやれ……本当に、咲夜が羨ましい。俺と違って――いや、これは関係ない。とりあえず今俺に出来るのは、挫折しかけている咲夜にどんなアドバイスをするか、だな。他人に進むべき道を示すなんてしたことは無いけど……。行動するくらいはできる)
本来のシオンなら、何かを思いはしても関わろうとはしなかっただろう。しかし、今回だけはそうしなかった。
――私が、いますよ。
その言葉が、ただ嬉しかった。例えそれがその場限りの嘘偽りだったとしても、少しだけ救われた気がした。
そんな理由があったからこそ、シオンは咲夜の勘違いを直すために行動をした。
「咲夜に教えてあげるよ。人と妖怪の違いを」
食堂で話していた時とは違い、明確な感情が宿っていたシオンの言葉に、咲夜は俯かせていた顔を上げる。
その目の前には、既に剣の形にさせていた黒陽を右手に持ち、覚悟を決めた顔をしたシオンがいた。
「人と妖怪の……違いですか?」
「そうだ。人と人が戦う場合にも……いや、戦闘において必ず役に立つ……というより、奇策に近い。俺が今から示すものはね」
「それでも、その違いがわかれば、私は強くなれるのでしょうか?」
シオンの言葉に、咲夜の声には希望が滲み始めていた。しかし、シオンが首を横に振ったことで消え去ってしまう。
「そんな、それじゃ――」
「早合点するな。俺が言いたいのは、わかるだけじゃ意味が無いってこと。血を吐くような真似をしなければ、結果は出ないどころか中途半端に終わる。更に言えば、例え成功しても必ず勝てるわけじゃない。むしろ失敗する確率の方が高い」
「……それでも、やらないよりは強くなれるのでしょう?」
遠まわしにやめるなら今の内だと告げるシオンに、咲夜は決意を込めた言葉を言った。それを感じたシオンは、即答で返す。
「なれる。ほぼ確実に」
「なら、私の言うことは一つだけです。――私と戦ってください」
「ああ、わかった」
二人は頷きあうと、玄関の中央へと歩き出した。
次回戦闘
まぁ、戦闘シーンはそこまで長くならないと思いますが……