東方狂界歴   作:シルヴィ

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何かサブタイトルが思いつかなくなってきたw
1話目の美鈴との軽い戦闘を除けば二回目の戦闘です。
変なところあったらご指摘お願いします。


訓練という名の実戦

 とある世界のとある館の玄関ホール中央に、二人の幼き子供が向き合っていた。

 片方は白いシャツとズボン、そして腰に黒いローブを腰に巻いている。この黒色が無ければ、白すぎる髪と白磁のような肌によってどこか危うさと、今にも消えていなくなってしまいそうな儚さを感じさせる外見を持っている、年齢に反比例して小さすぎる少年。

 もう片方は銀色の髪をしていた少女だ。本来子供が着るものでは無い、青色を基調としたメイド服を着ていた。クールな印象を与える外見だが、いつもよりも若干ピリピリとした雰囲気を纏っていた。それでも大人から見れば可愛らしい印象を与えてしまうのは、その少女が美しいからだろうか。白すぎる少年よりも身長はあるが、やはり幼き少女であるのには変わりがない。

 その二人の内白黒の少年が、自身が決めた訓練の内容の確認をするために口を開いた。

 「――戦いの方式は実戦を基準にした、本当の意味での殺し合い。制限時間は無し。場所はこの玄関ホールだけ」

 そこで区切って玄関ホールを見回す少年。ここはかなり広い。二人が戦うための広さは十分にあるので、何かを壊す心配は無い。

 玄関ホールの真上にある巨大なシャンデリアを壊さないかどうかの懸念はあるが、それでもコレを除けば余り問題は無いだろう。

 第三者が見れば中庭で戦えばいいとは思うだろうが、あの場所はシオンとフランの戦いの影響で、地面がかなりデボコボになってしまっている。アレでは戦うもクソも無かった。

 「次に、勝敗の決め方は気絶、降参、そして命を奪われる攻撃を寸止めで受けるかの三つになる。まあ、最悪の場合は死ぬのもありえるが……コレは言わなくてもよかったか?」

 「ええ、そうですね。ただ一つ訂正をお願いします。制限時間を設けてくれませんか?」

 少年が言った決闘のルールに、少女は改善を願う。少女の願いに少年は首を傾げるが、すぐに納得した。

 「ああ、そういう意味か。けど、逃げ場のない戦闘で何時間もかかると思うか?」

 少年が納得したのは、少女の役職故にだった。いくら二人が戦闘を行うと言っても、コレはあくまで非公式。少女が仕事を放りだす理由にはなりえない。

 だからこその制限時間。昼食を削って作った時間を過ぎる可能性がある今、少女が制限を付けたいと願うのも当然のことだった。

 が、少年の言うこともまた事実。元々人間は全力で行動できる時間は本人が思うよりも意外と少ない。しかし、それでも少女はそれを願う。

 「単純に、念のため、という理由で追加するだけですよ。例え今日で最後だとしても、私はまだ、この紅魔館のメイドですから」

 少女にはメイドとしての譲れない矜持がある。だからどんな理由があろうとも、メイドとしての仕事を放り出すわけにはいかないのだ。

 「人のこと言えた義理じゃないけど、咲夜は難儀な性格をしているね。……とりあえず、制限時間は三十分くらいでいいか?」

 「嘘を言ったことが無いと言い切ったシオンに言われたくはないのですが……。まあ、それぐらいですか。昼食を食べる時間は大体それぐらいですので、三十分でお願いします」

 「わかった。それじゃ、始めようか」

 言い終えると同時に、二人はバックステップで後退する。

 少年ことシオンは右手に持った漆黒の剣をダラリと下げたままで構えようとせず、白夜を使おうとはしない。

 少女こと咲夜はまたもどこからか取り出したナイフを両手の指と指の間、計八本を持って構える。

 両者はしばし睨み合う。そのままの体勢でいること数十秒、シオンが動く気が無いのを悟った咲夜は、少しずつ移動を始める。それでもシオンは動く様子を見せなかった。

 痺れを切らした咲夜は、能力を使い自らを『加速』させながら後ろへ一歩分だけ跳んで、その勢いを利用して空中へと跳び上がる。

 天井までかなりの高さがある玄関ホールの半ばあたりまで跳び上がった咲夜は、跳んだ時の勢いをつけて宙返りし、更に捻りを加えて魔力で作ったナイフとともに両手のナイフをシオンへと投げつける。

 「ハァッ!?」

 元々加速していた咲夜の速度と、回転などの勢いを利用して更に速度を増すナイフ。挙句の果てには魔力で量を増やして追い打ちをかけるというプレゼントを見て、流石のシオンも驚いてしまった。

 が、それも一瞬のこと、シオンはフランと本格的に戦う前にやったのと同じ要領で黒陽で重力を減少させると、一気に真上へと跳ぶ。次の瞬間、シオンが消えた場所に二十本近いナイフが突き刺さる。

 気配探知でそれを理解しながら、シオンは天井へと足を向けて()()する。

 躱されたのがすぐにわかった咲夜は追撃を入れようとするが、シオンが着地したのはシャンデリアのすぐ横。つまり、巨大すぎるシャンデリアの陰に隠れてしまっている状態が仇となっていて、追撃が入れられない。

 もしも咲夜がナイフにナイフをぶつけて投げる方向を変えられるなら話は別だが、生憎とそんな技術は覚えていなかった。

 しかしそれを狙っていたシオンからすれば、今の咲夜は格好の的だった。

 シオンはすぐ横にあるシャンデリアを掴むと、腕を支点にして自分を()()()。位置関係の理由で微かに湾曲しながらも咲夜のいる場所へと正確に向かっていく。

 咲夜へと向かう前にも手を加えるのは忘れない。黒陽を使って自身の重力を加重させ、落ちる速度とぶつかった場合に備えての威力を底上げしておく。

 そして二人は交差する寸前、別々の行動をした。

 シオンは速度と威力を上げた重い一撃を与えようと内側に腕を振りかぶっての横なぎ。突きのような点の攻撃では無く、線の攻撃をすることで回避される可能性を少しでも減らす。本来なら突きで攻撃し回避させてからの袈裟懸けが一番いいのだが、咲夜には『加速』がある。アレを使われてしまえば避けられてしまうのだから、無駄なことはしないようにした。

 咲夜は何もせずにいればこのまま斬られると判断し、遺憾ながらも再度加速する。再びスローモーションとなっていく世界の中、ほんの少しだけ稼げた時間を使って体を反らす。

 そして加速が解けると、元の速度に戻った黒陽は咲夜のすぐ目の前を通って、数本の前髪を斬る。自らが取り込まれそうになるような黒すぎる刀身を目の前に冷や汗が出た。完全に避けれたことに安堵しそうになるが、すぐにその身が悪寒に晒される。

 咲夜は自身のその直感を信じて、顔の前に腕を交差させてガードの姿勢をとる。それよりもやや遅れてきた何かが腕に途轍もない衝撃を走らせた。

 反射的に目を閉じかける前に、シオンの左手が掌底の形をしていたのが見えた。恐らく、回避されるとわかったシオンはすぐさま体勢を立て直し、振り切った右腕はもう動かせないと割り切って左手を使ったのだろう。避けられたことに動じず、すぐさま別の手段を使って次に繋げようとするその判断力は驚異であり脅威に値するものだ。

 もし後ほんの少しでも判断が遅れてしまい、ガードができなければ、今の衝撃を顔面に叩きつけられて気絶していただろう。

 咲夜は戦闘中に気を抜きかけた自身を恥じた。

 床に落ちる前に、せめて一回は反撃しようと右手で――直接掌底を喰らった左腕は痺れてしまい、しばらくは使い物にならない――ナイフを投げる。

 しかし当たり前のように左手で受け止められ、逆に投げ返されるハメになった。

 「人差し指と中指での真剣白羽取り(エッジ・キャッチング・ピーク)を普通に使わないで欲しいですね!」

 叫びながらも床に降り立った咲夜はすぐに横にずれると、そのまま走って逃げる。けれど、すぐ()()の床にナイフが突き刺さったのに動揺し、一瞬動きが止まりかけてしまう。

 (先読みされたのですか!?)

 自分がどこに動くかを予め予想していなければ、今の位置にナイフは刺さらない。やはり歴戦の猛者と言う訳か、シオンはこういった嗅覚が優れていた。

 (ですが、今なら!)

 シオンはレミリアやフラン、咲夜、美鈴、パチェリーのように飛ぶ術は持っていない。つまり、今現在空中にいるシオンはこのまま床に下りるしかないのだ。

 それを狙って、咲夜は魔力で作成したナイフを投げ、少しでも時間を稼いだ。

 咲夜は前を見据えながら走っていたため見えなかったが、シオンは床に降り立つ前に飛んで来たナイフを黒陽で数本弾き、残りは体勢を変えて避けた。

 どれだけ咲夜が速く投げようと、加速していない上に何の勢いも加えず、変な体勢で投げたナイフは銃弾よりも数段遅い。その程度の速さでは、周囲を囲われ逃げ場の無い場所で銃弾の弾幕を避け続けていたこともあるシオンからすれば欠伸が出るほどに遅い。

 だからこそ、地面に下り立ったばかりという状況でどうしても避けられそうにない位置にあったものだけを弾いたのだ。

 だが、例えほんの数秒であろうと時間稼ぎは成功していた。後ろを見ずとも避けられたのを察した咲夜は、もう体勢を整え終えたシオンに愕然としつつも、時を止めるために集中する。

 元々咲夜は自身の能力を完全に制御できるわけではない。そのため、加速はともかく停止はそれなりの集中力を要した。それ故の時間稼ぎだったのだ。

 三十メートルはあったはずの距離を、気や魔力で身体強化をせずにたったの一歩で埋めるという常識外れな真似をするシオンだが、咲夜の能力の発動は止められなかった。

 モノクロになっていく世界。時間停止を発動させた咲夜は、すぐに天井近くまで跳んで、魔力を使って中へ浮き上がる。

 残った二秒にも満たない刹那の時間で、天井を埋め尽くすほどに大量のナイフを作る。フランの弾幕は千ほどだったが、こちらは数千。やはり魔力や妖力を扱う練習の差が出ていた。

 時が戻ると、咲夜はシオンに向かってナイフの雨を降らせる。

 シオンは右に左にと巧みに動き、身を屈め、ギリギリ通れるかどうかの隙間を通って避け続ける。

 フランの時とは違い、多すぎるナイフのせいで白夜を使った空間転移は使えず、仮にできたとしても転移できる範囲が限定されている今は使っても意味が無い。咲夜の近くに転移しようにも、フランとの戦闘を見ていたためだろうか、それを懸念してわざわざ咲夜の上下左右を通ってからナイフを落としていた。無理に転移しても串刺しにされて終わりだろう。

 形勢は完全に咲夜へと傾いていた。

 しかし、実のところ咲夜にはそこまでの余裕は無かった。

 大量の魔力の消費という疲労に、数千本というナイフの維持し、それらを操る制御能力。この三つが原因となって、咲夜の集中力は凄まじい勢いで削れていく。

 今も神経がガリガリと削れていくような錯覚を感じながら、ただナイフを操り続ける。

 そもそも無理があるのだ。今までの訓練では、これほどの量のナイフを作り出して維持しているだけでも限界を超えかけてしまい、操って動かすのは夢のまた夢だったのだから。

 シオンが避け続けられるのも、一本一本を細かく操作できないせいで複雑な軌道を描くことができないという点にある。それと複数の方向からしか攻撃できないのと、制御が甘くなって弾幕が緩んだ部分を見たシオンが、その場所に躊躇無く跳び込んでいるためだ。それくらいは咲夜も理解していた。こんなことをし続けても無駄なのだということは。

 それなのに咲夜がナイフの制御ができているのは、シオンの『強くなれる』という言葉を信じてのことだった。

 (私の何が間違っていて、何が足りないのか。そして、何を理解すればいいのか。それを私に示してくれると言い切った貴方なら、これくらいは何とかできるはずです。だから、私は本気で行かせてもらいます!)

 咲夜は今まで待機させていたナイフすらも操作して、全方向から攻撃をする。今までとは違い隙間が存在しない、絶対に避けられない圧倒的な密度の弾幕。

 このままいけばシオンは串刺しにされ、物言わぬ死体となるだろう。――そう、普通なら。

 「それを待っていたよ、咲夜!」

 「え!?」

 シオンは動かし続けていた足を止めると、黒陽の切先を咲夜へ向ける。その剣の周辺に濃密な重力の闇が蠢き始め、収束し、それらが黒陽の切先に集まり小さな重力球となる。その凝縮された球体を解放し、あの密集したナイフの元へと放つ。徐々に小さな球体が巨大化していくのを見ながらも、咲夜はナイフを呼び戻して自身の前へと束ね、何重にも重ねた壁にする。

 重ねられたナイフをまるでガラスが破砕していくかのような音を立てながら砕き続けた重力球は、咲夜にギリギリ届くかどうかという位置で止まる。

 かなりの量を破壊した重力球であっても、限界は存在するというわけだろう。

 だが、咲夜は自らが悪手をとってしまったのを悟った。

 とにかく急いで三度加速を使うと、後先考えずに全力でその場から移動して回避行動を取った。それが功を奏したのだろう。加速している状態にもかかわらず、咲夜自身とほぼ同じ速度で飛んで来た血のように赤い紅の短剣が咲夜の頬を掠めた。

 もしも先程の攻防のように気を抜いてしまっていれば、容赦なく喉を貫いていただろう。

 それに気付き、背筋が凍るような感覚の中でナイフを全て消し去る。どれだけ数を多くしたところで全く効果が無いとわかった今、無駄に維持し続けても意味が無い。それどころか、魔力と精神力を削るだけであって、全くメリットが無い。

 無理な加速をしたことで全身がボロボロになり、内出血を起こしている。何とか内臓は身体強化でカバーできはしたが、それでも殆どの場所は加速の負担がかかっていた。

 咲夜は自身の能力で他人の一秒を咲夜にとっての数秒まで加速する程度なら問題は無い。だがそれが積み重なっていくと、音速を超えた速度になってしまう。けれど生身で音速に突っ込むなど自殺に等しい愚かな行動。それをカバーするために身体強化を使っているのだ。

 しかし今回はできなかった。余りにも速すぎるシオンの攻撃に反応が微かに遅れ、大怪我を負うか死ぬかの二択しかなかったのだ。実戦が初めてである咲夜の、咄嗟の判断としては良い方だっただろう。ここで少しでも躊躇すれば、そこには死しか残っていないのだから。

 咲夜は体に走っている痛みを無視し、回避行動をした後に残った数秒でシオンがいる場所を見て、その姿を観察する。

 シオンは重力球を飛ばしてきた場所からは離れた場所で、咲夜が出現させたナイフの上に乗っていたらしく、そこで何かを投げ切ったかのように左腕が大きく振るわれていた。

 そんなシオンの服装を眺める。白いシャツとズボンに隠せる場所存在せず、ローブの中は見えないが、それでも隠せる場所は無いだろう。

 (やはり、どこかに短剣を隠し持っている様子はありませんね。ならば、どうやってあの短剣を使ったのでしょうか……?)

 それが何よりも不思議だった。しかしそこで加速が途切れ、同時に咲夜の思考も中断されてしまった。

 元から宙に浮いていた咲夜は関係無いのだが、シオンはナイフが消えたことで床に落とされてしまう。不安定な足場に乗って走っていたのに加え、短剣を投げ切った姿勢であったのと、不意打ちに近い形での落下。本来ならば受け身すら取れないのが当然なのだが、シオンは足から着地していた。もしもそこで墜落していたのなら追撃を入れたのだが、無駄な試みだった。

 つくづく常識外れな人間だ。あんなのは自身の重心と体の動かし方を完全に理解し、制御できなければできないことだろうに。

 咲夜は床に下りると――残りの魔力量が心もとないせいで、余り多く使うことができないのだ――手元に残っていた、魔力で作った幻影ではなく、実体のある本物のナイフを取り出して右手に持つ。

 そこで右半身を前に出し、左半身を隠しているシオンの方を見た。

 「……まさか、あんな奇抜な方法で破られるとは思いませんでした」

 「不意打ちをしたのは悪いと思っているよ」

 シオンは真顔でのたまっているため、咲夜は誠意が足りませんよと思ってしまった。

 「それに関しては別に構いません。引っ掛かったのは私ですし、コレが実戦と同じだと同意したのも私ですので。しかし、あの短剣は一体?どこにも持っていませんでしたよね?」

 「それに関しては、後ろを見ればわかると思うよ。多分だけど」

 「………………?」

 訝しんではいるが後ろを見ようとしない咲夜。恐らく不意打ちをされるのを警戒しているのだろう。戦闘をしている人間としては当たり前の判断だ。身振りと交えて一時休戦、攻撃はしないと言ったところでようやく後ろを向いた。

 シオンの言葉をあっさりと信じてしまう咲夜は、自身を除外してまだ若いと思わせるものだった。攻撃はしないと言っても、別の方向に攻撃した二次災害はしないとは言っていない。二次災害はあくまで『偶然』起こった結果であり、攻撃しようと言う意志は無いからだ。

 単なる詭弁ではあるが、事実でもある。

 (こんなことを思ってしまう俺は、汚れきっているな……)

 人の善意よりも悪意ばかりを多く見て来たシオンは、正直に言って他人が信用できない。だからこそ、相手の言った言葉を鵜呑みにせず、どこかに嘘が無いかを探してしまう。

 咲夜のように、相手の言葉を純粋に受け取れるのは、やはりどこか羨ましいと思ってしまった。まあ、純粋すぎるのも問題なのだろうが。

 シオンがそんなことを思っている内に、後ろを振り向いた咲夜が見たそこには、何の変哲もない紅の短剣が落ちている。しかし他に変なところは特に存在しない。だが、その光景を見ていて不意に気付いた。短剣の一部が欠けていて、そこから赤い液体が零れていることに。

 ()()()()()。それも恐らく、()()()()()()()()()()()()()()()()()血だった。

 「シオン、アレは――ッ!?」

 振り返りながら訊ねた咲夜はそこで理解した。何故シオンが半身となっていて、左腕を隠しているのかを。

 「まさか……!」

 「多分、今思っているので合ってるよ。……何で紅魔館のメンバーは、こうも頭の回転が速いんだ……?正直、不公平だろう」

 その紅魔館にいるメンバーよりも遥かに不公平で理不尽の塊な存在であるシオンが言うべきことではないが、今の咲夜には気にならなかった。いや、正確には気にする余裕が無かった、と言うべきだろうか。

 「その隠している左腕……見せてくださいませんか?」

 「わかった」

 わりかしあっさり頷いたシオンは、これまたあっさりと左腕を晒す。その腕には鋭い物で斜めに切られた後があり、そこから決して少なくは無い血が流れていた。

 それを見た咲夜は、シオンがどうやってあの短剣を取り出したのかを理解した。

 「体外の細胞変質を使用し、血を材料にして短剣を作ったのですね?」

 問うと言うよりも確認するような口調だった。それに対して、シオンは剣を腋の間に挿んでから流石、と言う意味を込めて拍手をした。

 「そうだよ。体外の細胞変質は俺の細胞を元にして別の物質に変える物。だけど、やっぱりというべきなのか、変える物質は元の物質と近い方が速いんだ。というか、体外の細胞変質はかなりの集中力が必要だから、余り無茶な変化は俺にも負担がかかるんだよ。少しだけだけどね。まぁ、フランのブレスレットを作った時は、それなりに疲れたけど」

 肩を竦めておどけながら言うが、シオンが言っていることは確かに理に適っている。血液には鉄分が含まれている。その物質を元にすれば、通常よりも速く短剣を作れるはずだ。

 そしてシオンは、こんな風にね、と言ってから、左腕から流れる血液に触れる。すると、流れて行く血がピタリと止まり、シオンの手の中に集まり出す。その手の中から、再び紅の短剣が現れた。

 「しかし、何故あんなにも脆いのですか?」

 「作り変える速度と、相手を貫くための鋭さを追求したせいで、その他の部分が疎かになってるんだよ。まあ、その代わりに殆ど何でも貫くことができる武器にはなっているんだけどね。たださっきも言ったけど作るのにかなりの集中力がいるし、運が良くて二回、最悪投げてる途中に自壊する。一本作るのに使う血液量も少ないわけじゃない。一回の戦闘で作れるのは精々一本か二本あたりが限界だ。それに、不意打ちには使えるけど一回しか効果が無い」

 シオンの言う通り、確かに様々な制限が存在する。それもかなり高いリスクが。シオンの身長は低い。そして身長が――というよりも、幼児や体格が小さい人間は、同時に体の血液の量が少ないと言うことでもある。戦闘中にも血を流すことを考えれば、多用しすぎれば自身を死に追い込みかねない。戦闘時以外に作っても意味は無いし、何より相手に『シオンが暗器を持っていない』と思わせるためには作るわけにはいかず、それ以前に耐久度の問題や持ちすぎればかさ張ってしまうのも考えなければならない。

 それでも有効なのには変わりなかった。暗器を持っていないと思い込んでいる相手に不意の一撃。それがどれだけ恐ろしいことなのか、咲夜にはよくわかる。実際、咲夜もそれで殺されかけたのだから。

 先程は加速が間に合ったからよかったが、そうでなければ負けていた。

 それに加えて、不意打ちをする方法は時と場合で変化する。つまり、必ずしも一度しか使えない訳では無い。戦慄してしまうのを隠せない咲夜に、シオンは言った。

 「まあそれを差し引いても使えることには変わりない。元々は怪我して流れる血を利用しないのはもったいない思ったから、この方法を考え付いただけだし。やっぱり耐久度が無いに等しいのがネックだけど……相手に武器が渡るよりはいいからね」

 短剣を仕舞いながら言うシオンに、どうしてもどこかおかしいと思ってしまう。どうしてここまで自分の力を理解し、それらを完全に扱おうと努力できるのか。どうしてこんなに必死に努力できるのか。咲夜にはわからなかった。

 しかし、自分が不利になるとわかっているのに、わざわざ能力の解説をしてくれているのだろうかと疑問には思う。

 だが、シオンが「一時休戦は終わりだ」と言ったことで我を取り戻した。

 そして咲夜は自身が持っている時計を見る。

 「そろそろ時間です。……次で最後になります」

 「ああ、わかってる。……本気で来い」

 二人はこう言ってはいるが、どの道次で終わりだ。

 咲夜は三度目に無理な加速をしたせいで体がガタガタになり、その上魔力が枯渇しかかっているせいで意識は朦朧としている。後一回能力が使えるかどうかといったところだ。

 対するシオンは、大量のナイフを避ける時にできた、ところどころにある細かな裂傷を除けば左腕にしか傷は無いが、流れ落ちて行く血の量が尋常では無いせいで、貧血に近い。本来シオンは悠長に話している暇などなかったのだ。

 咲夜が地面に下りた瞬間に問答無用で攻撃して、さっさと勝負を終わらせて治療してから、能力の説明をすればよかったのだから。あえて不利になる理由は無いし、それに気付かないほどシオンはバカではない。

 咲夜が思い付く理由としては、一つしかなかった。

 (……自惚れで無ければ、私のため、なのでしょうか)

 それ以外の理由は思い付かないし、わからない。けれど、そこまで間違ってはいないだろうと思った。

 シオンは、咲夜を教え導くように手加減しているのだから。

 そこまで考えて、咲夜は頭を振って気持ちをリセットする。今はそんなことをどうでもいいと。

 (加速は無意味。恐らく見切られて終わります。フラン様の攻撃に反応できるような相手に通用するはずがありません。そう思うのは都合が良過ぎます)

 今更だが、能力の補正があったとはいえ、何の戦闘訓練をしていないというハンデを負った大妖怪相手であっても、まともに戦えるシオンは人外過ぎる。

 そこで咲夜は覚悟を決めた。相手の実力は自分より上。ならば、まだ効果があるとわかっている時間停止を全力で発動させるしかない。

 そして時を停め、色彩を失った世界を咲夜は駆ける。

 シオンに近づいて攻撃する寸前で気が付いた。シオンが色彩を失っていないことに。

 何故!?と驚愕しつつも、もう止まることができない咲夜はナイフで首を狙う。

 けれど、逆に一歩踏み込まれ、懐に入られた。これでは目測がズレてしまい首を狙えない。苦し紛れに咲夜は何とか体勢を変えてシオンの首を狙おうと右腕を伸ばすが、やはりというべきか回避される。逆に伸ばしきっていた右腕を右手で掴まれ、そこで半回転して背負い投げをされた。

 本来こんな方法では背負い投げなどできるはずが無いのだが、咲夜が走っていた勢いとシオンの異常な筋力が合わさったからこそできたことだった。他の人間が見様見真似で同じことをしようとすれば、咲夜とぶつかって不発に終わるだろう。

 投げられ受け身すら取れなかった咲夜は背中から地面に激突し、小さく悲鳴を上げる。

 「キャッ!!」

 その衝撃に、元々意識が朦朧としていた咲夜は、気絶しかけてしまう。クラクラとしているその隙をついて、いつの間に持ち替えていたのか、左手に持った漆黒の剣を喉元に突き付けられる。

 朦朧としていた意識を気力で取り戻した咲夜はそれを見て、自身が負けたのだと理解した。

 「私の、負けです」

 こうして二人の勝負は、シオンの勝利で幕を閉じた。




ぶっちゃけ咲夜の加速と減速はFateに出てくる衛宮切嗣さんの『固有時制御(タイムアルター)』と少し似ています、はい。
あちらは能力の発動を終えた時に世界の修正を受けて急激な血流の変化による毛細血管などにダメージを負いますが、こちらの場合は時間を加速させて増えた速度に体が耐え切れないだけです(簡単に言えば、生身で音速を出しているようなもの)。
だからこそ、身体強化でそれらをカバーしています(シオンが音速を出しても平気なのは例外。フランの細胞をコピーすることで耐えられただけであって、通常では普通に大怪我を負います)。
ちなみにシオンが最初「紫には捨て身で戦って腕一本をとれるかどうか」と思ったのは、シオンが人間としての細胞のみで戦った場合であって、フランの細胞込みならまともに戦えます(もちろん今現在でも紫に分配はあがりますが。シオンは妖怪との戦闘経験は少ないので)。
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