シオンの更なる歪さがお話の途中にありますので、見てくださいなw
「それでは、よろしくお願いします、シオン」
「よろしく」
食堂から玄関ホールへと移動し、会話する美鈴とシオン。ニコニコと笑っている美鈴に対して、シオンはどこか悲しそうに言う。
が、何故かすぐにシオンは柔軟を始めていた。しかもかなり体が柔らかいらしく、足を百八十度真横に広げて上体のほぼ全てを倒し、更にはそのまま腕を伸ばすなど、原理的に曲げられない部分以外は普通に曲げられるんじゃないか、といった具合だ。武術家の観点から見ると、あの柔らかさはかなり羨ましいと美鈴は思った。
それからしばらくして柔軟を終えたシオンは、腕や足を色々と伸ばし、手足が攣らないようにしておいてから元の体勢に戻った。
その姿を確認したレミリアは、同じく準備運動をしていた美鈴を見る。本来なら準備運動などする時間は設けないのだが、今回だけは特別だった。
ちなみに審判役であるレミリアは玄関の扉の前に立ち、フランはその後ろで持って来た椅子に座っている。咲夜は何かのイレギュラーが起きた時のために外の方に意識を向けて警戒をしていた。
頷いた美鈴を確認したレミリアは、片手をあげて両者の準備が完了したことを告げる。
「二人とも、構えなさい」
レミリアの静かな合図を聞き、二人は構える。が、やはりシオンは何の構えもせず、ただ美鈴の構えを見ているだけだった。
フランはそれがシオンの構えだと知っている。手を下ろしてから自身の方を見たレミリアに頷き返して、フランは叫んだ。最初の合図だけは、どうしてもとフランに頼まれた譲ったのだ。
「――それじゃ、始めて!」
その叫びと同時に、全ての無駄な感情を排斥したシオンは飛び出す。美鈴相手に余計なことを考えれば即座にやられる。そう思ったが故の行動だ。そして、何故こんなことをしなければならないんだ、と思った。
しかし、それでもこれはやらなければならないことだった。
(本当に……どうしてこうなった……)
自身のせいで戦うことになったのはわかっている。単なる自業自得だ。
上体を殆ど倒し、蛇のように地面を駆けて美鈴の元へと突き進みながらも、シオンはこうなった原因を思い出していた。
咲夜と戦ったその日の夕方。シオンは玄関ホールで人目につかない場所に隠れ、とにかく気配を抑え込んでいた。本来なら抑え込むのではなく別の方法を使うのだが、今回は無理そうだったため断念した。
途中で咲夜が穴の開いた場所を修復しに来た時はバレないかと思いもした。常態ならばともかくとして、今の状況では事と次第によっては咲夜にさえ悟られる可能性があったからだ。
結局バレはしなかったが、かなり冷や冷やしたのには変わりない。
もうこんなコンディションで同じことはしたくないと思いながらシオンは立ち上がる。そして、早朝に案内された道を思い出しながら、シオンは食堂へと歩き出した。
シオン以外ならすぐにでも迷ってしまいそうなほどに広い紅魔館の廊下。いや、それ以前にたった一度案内されただけでその道を覚えてしまうシオンの方がおかしいのだが。
まあ、コレには理由があるんだけど、と思いながらも食堂まで歩き続ける。
(本当に、この特異体質ってズルいよな)
平和な場所でこの力を持ち、そしてそれを扱えるだけの人間ならば、かなり有名になれる――あるいは排斥されてしまう――であろうモノ。
それをシオンは、全く別のことに使っているのに些かの疑問を覚えながらも、食堂の扉の前へと辿り着いた。
扉の前に立ったシオンは部屋の中の探索をする。結果わかったのは、この部屋にはレミリアとフランがいるということと、咲夜が料理の準備をしていることだった。
ついでに周辺の探索をすると、美鈴が此方に向かっているのもわかった。
昼前に決めたことを言うのにはちょうどいいと思ったシオンは、そのまま扉を開けて部屋の中に入って行った。
「あ、シオン。おはよう!」
「おはよう、シオン。……朝と夜、両方おはようというのは、何か変な感じがするわね」
シオンの早朝はレミリアたちの夜、レミリアたちの朝はシオンの夜。どちらかが昼夜逆転でもしない限りはどうやっても挨拶が重なる事は無いので、仕方ないと言えば仕方ない。
「……おはよう」
「「…………ハァッ」」
今朝と同じく言われたから返しただけという態度に、二人は溜息を吐くしかなかった。
特にフランは、今朝涙を流したシオンを見たので、恐らくは感情が戻っているだろうと思っていただけに、かなり残念だった。
だが、少し注目すればわかっただろう。シオンがわざわざレミリアとフランに合わせて「おはよう」と言ったことに。
そこで、シオンの後ろからチャイナ服姿の門番が現れた。
「お嬢様、今日も誰も来ませんでしたよ。……あ、今日もお疲れ様です」
前半はレミリアに、後半はシオンに言う。シオンは客人であるためお疲れ様という必要は無いのだが、美鈴はそれを言う理由があった。だからこそ、この言葉を言ったのだ。
「……お疲れ」
が、やはりシオンはこんな言葉を返すだけだ。
しかし流石は大人というべきか、微かに苦笑してはいても美鈴は特に気分を害した様子も無くレミリアの横の横についた。恐らく空いた場所は咲夜のためにあるのだろう。
シオンはフランの横に座ると、そのまま黙って料理が来るのを待つ。フランはシオンと話そうとしたが、何故かはわからないが嫌な予感がしたため、黙っていることにした。
レミリアと美鈴は二人が放つ雰囲気に押され、何も言うことは無かった。
今朝の時と似たような雰囲気に陥ってしまったのを、レミリアは誰にも悟られないまま頭を抱えそうになったが、そんな真似はできない。内心では頭を抱えていたが。
咲夜が朝食改め夕食を持ってくると、今朝と似たような空気に気付き、何故こうなっているのだろうかと訝しむ。
感情を消したシオンしか知らないレミリアたちと、唯一感情を出したシオンを見ている咲夜では、認識に差が出てしまうのは当然だった。
だが今現在ではそんなことはわからない。とりあえずメイドとしての仕事をやろうと、咲夜は料理をテーブルの上に置き始めた。
どんな原理なのかよくわからないが、何故か咲夜の顔の怪我は表面上治っているように見える。他の部分はメイド服の下に隠れているためよく見えない。しかし、服が擦れるせいでかなりの激痛が走っているのは想像に難くなかった。
それを決して表に出さない辺り、咲夜のメイドとしての誇りは相当なものだろう。
料理を置くと、咲夜がレミリアの横に座る。そして五人は同時に言った。
「「「「「いただきます」」」」」
五人はすぐに皿を手に取り、料理を食べ始める。元々レミリアは食事中に喋る方では無く、咲夜と美鈴はお互いの仕事の予定があるため、お互いにそれぞれ食事をとっている。
フランはまともな食事をするのは余り多くは無かったのと、そもそもが一人で生きてきたせいで話すことをしようとは余り思っていない。
シオンの場合はこの場にいる中でもっともまともな食生活をしていないため、料理の味に集中し、ただ食べ続けた。
結果、今朝とは違い誰も口を開くことなく食べ続けることになった。
そして五人が食事を終え、咲夜と美鈴が食器などを片付け始める。二人が片付けをしている途中で、フランは先程自身が感じた嫌な予感がどんどん増していくのがわかった。けれど、それが何なのかがわからない。
何もできない自分に憤りながらも、座して待つしかなかった。
咲夜と美鈴が戻って来ると、やはりというべきか食後の紅茶を用意していた。今朝と同じくいい匂いを漂わせる紅茶をそれぞれに用意したカップの中に淹れた。
レミリアは目の前にある紅茶の匂いを目を細めながら満足そうに頷きながら手に取り、飲み始める。フランも笑顔を浮かべながら両手でカップを持って飲んでいた。
しかしシオンは紅茶を飲まずに、レミリアが飲み終えるのを待っていた。
感じていた視線がどこか急いでいるのがわかっていたレミリアは、なるべく速く、それでいて優雅に飲み終え、その方向を見る。
「……それで、咲夜が用意してくれた紅茶を飲まないで、何を急いでいるのかしら?」
「……言いたいことがある」
かなり言い難そうにしながらも、シオンはレミリアから目を逸らさない。どうやらかなり真面目な話らしいと悟ったレミリアは、姿勢を少しだけ正した。
「言いたいこと、ね。その件は、何か重要なことなの?」
「ああ、かなり重要な物だ。自分で言った手前、コレを撤回するのは悪いとは思うが――」
フランはずっと感じていた嫌な予感がほぼ最大限まで高まるのを理解した。それと同時に、シオンが何を言うつもりなのかもわかってしまった。
「――俺がここから出て行くのを、黙認してくれないか?」
「「「「――ッ!!??」」」」
シオンの訳のわからない要求に、座っていたレミリアがずりおちかけ、座ろうとしていた咲夜と美鈴は足を挫きかける。それほどに予想外な要求だったのだ。
「シ、シオン、それはどういう意味なの!?」
「言葉通りの意味だ」
泡を食ったように叫んだのは唯一崩れなかったフランだった。だが、そんなフランを一刀両断し、全く取り合うつもりがないかのようにそちらを見ようともしない。
けれど、それだけでフランが納得できるはずがない。何より、フランはシオンと離れたくなど無かった。自身を命がけで助け、そして生涯背負い続けることになるであろう十字架を下ろしてくれたシオンと。
もしもシオンと一緒にいられないなら、フランは自分がどうにかなってしまいそうなほどだと思っていたほどに、感謝していたのだから。
「何で、どうしていきなり、そんなこと言うの!!?」
だからこそ、フランは踏み止まって欲しかった。せめて、せめて後少しだけでもいいから、と。
「
「――!だからって、そんなのないよ!」
今朝のような凄まじい頭の回転の速さはもうない。それはしかたないだろう。本来なら精神年齢が未熟過ぎて、その頭脳など扱えるはずがなかったのだ。
それ故に、シオンの言葉の意味を受け取る余裕が無かった。少し考えれば、何か理由があるとわかったはずなのに。
フランが喚き散らし、今にも泣いてしまいそうなのを見ながらも、意外にもレミリアは冷静に状況を見ていた。
(確かに不自然ね。いくらなんでもいきなりすぎるし、そもそも理由が見当たらない)
そこで、今日はどこか不自然だった咲夜が、ここにきて更にその不自然さが増してきているのがわかった。それが何なのかはよくわからないが、とりあえず咲夜の袖を引っ張って無理矢理アイコンタクトをとらせる。
――咲夜、貴方は何か知っているのかしら?今日はいつもおかしかったのだけど
――それ、は……
やはり何かを知っている。しかも主の命令を無視している。レミリアは知っているのかと問うたのに、咲夜が何も言おうとしないからだ。
あの時でさえ直ぐに答えたのに、今は答えられない。その差がよくわからなかった。
――命令よ。教えなさい。拒否権は無いわ
横暴ともとれる態度。だが、こうでもしなければ咲夜は答えないだろうとわかっていた。
――……実は――
咲夜がかなり言い難そうにしながらも、起きた出来事をわかりやすく纏めてからに伝える。レミリアはところどころ驚きながらも、とにかく状況把握をするために黙って――まあ、二人ともずっと目で会話しているため、元々黙っていたのだが――聞いていた。
それらを飲み込んだ結果……何もわからなかった。
(あの後会いに行ったら感情が戻っていて、今会った時はまた感情が無くなってた?訳が分からないわよ……。共通してるとしたらどちらも夜というところだけど、こんなのが理由になるはずがないし)
もう理解できない。どうすればいいのかも考えられない。そんな時、横から袖が引っ張られるのを感じた。
「誰?」
レミリアがそちらを見ると、何故か美鈴が何かを言いたそうにしていた。
「……何か用かしら?コレでも考えごとをしているから、忙しいのだけど」
「す、すいません、お嬢様。ですが、一つお願いがありまして」
「お願い?まあ一つくらいなら構わないけど、内容によるわよ?」
「ありがとうございます。私のお願いは――」
そこで区切って、未だにフランに詰め寄られるのをのらりくらりと躱しているシオンを見ながら言った。
「――一度だけ、シオンと戦わせてもらえないでしょうか?」
「……え?」
そこで固まった主を見た美鈴は、不謹慎ながらもやっぱり可愛いと思ってしまった。
実のところ、美鈴がレミリアにこんなお願いをしたのには理由があった。
(咲夜だけがシオンと戦えるのは、ズルいですからね)
そう、美鈴は
とはいっても美鈴が行ったころには戦闘が終わっていたので、人の姿は影も形も無かったのだが、それでも咲夜を
(あの年齢であれだけの技術……戦えれば、何かしらの経験を得られるはずです)
美鈴が戦いと思ったのは、これが理由だった。美鈴とて一戦士。強者と戦い、自らの足りない部分を知りたい、補いたいと思うのは当然だった。
しかし紅魔館の門番の仕事をしていると、それをするのは難しい。門番はほぼ一日中そこにいなければならず、強者と戦うための時間はとれないせいで自ら行くのは難しい。
かといって待っていても強者よりも弱者の方が来る確率が高い。というより、そもそもの問題としてここに人が来る方が珍しいのも理由の一旦だろう。
とにもかくにも、美鈴は強者と戦うのに飢えていた。耐えられない訳では無いが、それでもどうしてもシオンと戦いたいとは思ってしまう。
(私は
こんなことを考える自分を自分で笑ってしまいそうになる。だが、一つだけ懸念があった。
(……あの時感じた
下手をすると、もっとヤバい何かを出してしまうかもしれない。不安定過ぎるシオンは、内に何かを飼っている可能性があるからだ。
そんなことを思っていた美鈴が我を取り戻すと、いつの間にか顔をテーブルに向けながらも深く考え込んでいるレミリアがいた。
「…………………………………………」
「あの、お嬢様?」
「……え?ああ、さっきのお願いね。別にいいわよ、今からシオンに頼むから」
「本当ですか!?」
余りの嬉しさについガッツポーズを取ってしまっていた美鈴は気付かなかった。レミリアが少しだけ意地悪そうな笑みを浮かべていたことに。
(悪いわね、美鈴。でも、これを試すしかないの。
そう思いながらも、どうしようかと考える。恐らくシオンの意思は固い。生半可な頼み方ではあっさりと断られて終わりだろう。
けれど、ここで一つ忘れていたことを思い出す。コレをネタに使えばまぁ大丈夫だろうと考えながら、レミリアはシオンに言った。
「シオン、一つ頼みがあるのだけど」
「――何?」
フランとの言い合い――と言うよりはフランが一方的に叫んでいるだけだが――を中断したシオンがレミリアの方を見る。
「美鈴と戦ってもらえないかしら?」
「断る」
やはりというべきか、取りつく島も無い。そこで、レミリアは笑いながら言った。
「あら、一度言った願いを取り下げて別の願いを言うのだから、こちらの願いを言うのもいいでしょう?確か前にパチェリーが言ってた等価交換、よ」
「ぐ……」
それを言われると弱かった。無茶を言っているのがシオンの方なだけに、レミリアの方が筋が通っている。
しかし、手が無い訳でも無かった。
「なら、無理にでもここを出て行こうか?」
「そうする気なんて無いのに?それくらいはわかるわよ」
「………………」
図星を突かれたシオンは黙り込む。事実、それをする気などさらさらなかった。
シオンの返事を待つ気などないのか、レミリアは急かしてきた。
「それで、返事は?」
「………………………………………………………………わかった」
かなりの間を空けながらも、シオンは小さく呟き返した。それを聞いたレミリアは、
「そう、それはよかったわ。もしも断るつもりなら、
「おい、それは――」
「だからよかった、と言ったのよ」
感情を抑え込んでいるのにもかかわらず、シオンの頬が引き攣っていた。最初にレミリアと話していた時とはあべこべの光景に、咲夜は感嘆の息を漏らした。
「流石はお嬢様……」
「……お嬢様の方が悪役に見えるのは、気のせいでしょうか?」
「妖怪って元々悪に属している方じゃないの?」
美鈴は冷静に状況を観察し、フランは的確に突っ込む。しかし、レミリアとシオンはそれどころではなかったため、特に気にしなかった。
「それじゃ、それをすれば出て行くのを黙認――いや、
「あら、そんな細かいところまでやるの?用心深いわねぇ」
「黙認の意味は黙っているということだ。なら、一切話さなければ手を出してもいいということになる」
「……まぁ、いいわよ。けど貴方がそう言うのなら、美鈴との勝負に、勝った方がもう一つ願いごとを相手に言えるというのを付け加えたいのだけれど、どうかしら?」
「それだと美鈴が勝った場合に『俺がここに止まっていなければならないような願いごと』をされる可能性があるのだが?」
腹の探り合いのようにお互いの妥協点を見つけようとする。けれど、フランのためにシオンを紅魔館から出したくないレミリアと、今すぐにでもここから離れたいシオンでは、話しが平行線を辿りそうになるのはしかたがなかった。
「――それじゃ、最終的な結論として、まず『シオンがここから出る時、私たちは追手を出さない』、こちらは『美鈴と戦ってもらうこと』。次に美鈴との戦闘は『シオンが提示する戦闘方式をするのを認める』代わりに、『こちらが勝った場合はもう一つ願いごとを聞いてもらう』というものでいいのかしら?」
「ああ、それでいい。これ以上言い合っても不毛だし、何よりこうした方が早く決着が着くだろうから」
けれどもシオンとレミリアが納得できていない部分はある。前者は二人とも問題は無い。問題は後者だ。シオンが提示する戦闘方式は、物によっては美鈴が極端に不利になるようになってしまう。逆にレミリアが言ったのはレミリアだけに利があり、デメリットが一つもない上にシオンにとって嫌な願いごとをされる確率が高い。
最初はシオンが「勝負する内容はこちらが決める」というのを「ならこっちは戦ったら何か一つ言うことを聞いてもらう」と言った、両者ともかなり理不尽な要求を突き付けたりもしていたので、妥当な線と言えば妥当なものだが。ちなみに言い合っている途中でシオンが苛立ちという感情を出していたので、レミリアの
ちなみにシオンの言った物は勝負する内容と言っただけで、戦闘をするとは一言も言っていない。それを察知したレミリアが敢えて理不尽な要求をすることでそれを潰したのだが、傍目から聞いていた三人とも気付けていなかった。だからこそ最終的に
二人とも未だに不満タラタラだというような表情をしているが、それは仕方ない。どの道、こんな条件でも無ければ納得はできないし、これなら恨みっこなしとなる。だからこそ、内心ではどう思っていてもこれで無理矢理自身を納得させるしかなかった。
「それじゃ、これで決定ね?」
「ああ、わかった。……どっちが勝っても文句は無しだ。いいな?」
「それくらい理解しているわ。用心深いわね」
再三確認してくるシオンに、どこか投げ槍気味に返す。それでもシオンは安心してはいなかった。
レミリアがその気になれば、今すぐにでもシオンを監禁するのが不可能なことではないのだから。
そのことはレミリアにもわかっているのだろう。だからこそ、相手だけでなく自身にも言い聞かせるように言った。
「なら、この言葉を言えば多少は信用できるかしら?もしも美鈴が負けたのなら、私は何もしない。
「「「「――なッ!?」」」」
レミリアの誓いに、シオンどころか傍目から聞いていた三人――フランは今一よくわかっていないらしいのだがが、それでもその誓いが大事なことなのはわかった――までもが驚いた。だが四人が驚いたのも無理は無い。『吸血鬼の誇り』、それはレミリアにとって何よりも大事なものだ。
フランと天秤にかければどちらに傾くかはわからないが、それでも
事実、レミリアがこの誓いを立ててそれを破ったことは一度も無い。いや、そもそもこの誓いを立てた回数が少ないのもあるが、例えそうだとしても一定以上の信用は得られる。
シオンはその事実は知らないが、レミリアのプライドの高さ、そして吸血鬼であることの誇りを持つ気高さから余程大事なことなのは理解できる。
だからこそ、とりあえず今はこれ以上のことは言わないでおいた。余計なことを言って相手の逆鱗に触れるのは御免だからだ。
「……わかった。それじゃ、移動しようか」
「ええ、そうしましょう」
静かに立ち上がるシオンに続いて、レミリアも立ち上がり、二人は揃って歩きだした。それを見た三人も急いで立ち上がって二人に着いていく。
どうやらシオンとレミリアの二人は行くべき場所はもう決まっているらしく、一切の淀みなく、そして決めてもいないのに同じ方向を歩いていた。
「どこに行くか、わかっているの?」
「あの場所しかないだろう。他に候補があるのか?」
「……無いわね」
気になったレミリアは問うが、逆に納得させられた。
ここ紅魔館は広い。だが、それでも戦闘ができる場所はやはり限られている。中庭が破壊され尽くしている現状、あの場所しか思いつく場所は無い。
正確にはもう一か所だけあるにはあるが、友人に迷惑をかけることはできなかった。
そのまま二人――いや、五人は一切喋らずに歩き続け、今朝シオンと咲夜が戦った場所に辿り着いた。そう、玄関ホールに。
「ここで、戦うのですか?」
今まで黙って着いてきていた美鈴が尋ねる。
「そうよ。それでシオン、貴方はどんなルールを求めるのかしら」
美鈴の質問に答えながらも、レミリアはこの勝負で最も大事なことを求める。コレの内容次第ではこちらが不利になるのだから、気になるのは当然だった。
もう内容は決まっていたらしく、シオンは一切熟考せずに口を開いた。
「ルールは遠距離攻撃及び近接武器無しの
それに驚いたのはレミリアや美鈴だけではない。しかし、この内容ではシオンではなく美鈴の方が有利になってしまう。
「……こちらとしてはありがたいけど、いいのかしら?貴方の方が不利になることくらいわかるでしょう」
「それくらいはわかる。けど、こっちとしても理由があるんだ」
シオンは不敵に笑いながら美鈴の目を見る。全てを見透かされるようなその眼に見つめられながらも、美鈴も視線を返す。
「
「ッ!!――なるほど、それならこちらも遠慮はしたくありませんね」
「むしろしないでもらいたいところだよ。そのためだけにわざわざこんなルールにしたんだから。代わりに準備運動はさせてもらうけどね?」
シオンの言葉に納得し、好戦的な笑みを浮かべる美鈴。その様変わりように他の三人の方が呆然としてしまう。いつも呑気に微笑んでいる美鈴らしからぬ笑み。
だが、本来はこちらの方が美鈴の『素』なのだ。ただただひたすらに自身を鍛え、強くなるために強者と戦う。勝ち負けは関係ない。ただ戦うことのみが望みだったころの。
単純に美鈴の性格が穏やかになっているのは、紅魔館の門番を数百年もしているせいで、鈍ってしまったのだ。要するに、剣でいうところの長い時間研磨されなかったせいで鈍になってしまったという意味だ。
それがこの言葉が引き金となって一気に研ぎ澄まされた。だからこその豹変。とはいえ、シオンにとってはこれが望みだったのだから、好都合だった。
シオンからしても、美鈴と戦いたいとは思っていたのだ。少ししか見れなかったが、美鈴の格闘技術には目を見張るものがある。それを間近でもっと見たいと思ったが故に、こんなルールにしたのだ。
美鈴は、何故準備運動をしたいのかが気になるが……とは感じたのだが、それはそれだと納得した。
「勝敗の決め方は気絶、降参、後は――死にかけるかどうか、だな」
「つまり、コレは訓練ではなく実戦、だということですか?」
「そうなるね」
ますます好戦的な笑みを深めていく美鈴を見て不安になったレミリアが、泡を食ったように割って入って来た。
「ま、待ちなさい!それだと当たり所が悪ければ死んでしまうじゃない!!」
「それがどうかしたのか?」
「それがって――」
「どの道俺は
「生きるか死ぬか、ですって――?」
予想外も予想外、想像の外を行く回答に、目を見開き体を震わせてしまう。この言葉が嘘かどうかはすぐにわかる。嘘では無く、本当だと。
本当に、体を鍛え、技術を頭では無く体と感覚で覚えて生きるか、それができずに死ぬかの選択肢を突き付けられながら自らを鍛えて来たのだろう。文字通り命を
いや、そもそも最初からおかしいのだ。九歳の人間がここまでの技術を覚えるには、元々の才能に加えて物心ついてからすぐに、それこそシオンが言ったように命を懸けてこなければできないに決まっている。
だからこそ、それしか知らない。咲夜の訓練の仕方も、実戦しか知らないからこそああするしかなかったということが予測できる。
だが、彼女たちは知らない。実戦という名の訓練すら、まだ生温いということに。シオンはもっと酷い地獄で生きてきたのだから。
それでもシオンの言葉から読み取った中で理解できないことを尋ねようとするが――その前に声をかけられ、封殺されてしまった。
「それじゃ、殺りあおうか」
「……そうですね。今気にするべきはそれじゃありません。今するべきは――」
戸惑っていた表情を一変させ、戦士としての己を表面に出す。
「――貴方と戦い、勝つことです」
これが理由で、二人は戦うことになったのだった。
一応次話はできてます。が、近接格闘って何だよ!状態なので余り期待してないでくれると本気で嬉しいです……。いや、前振りじゃなくてマジで。