東方狂界歴   作:シルヴィ

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やっぱきついですね、体術だけって。
というかシオンの体格だと近接戦闘とか鬼門すぎます。


武術家との演武

 全ての原因を思い出し、やはり悪いのは自分であると若干憂鬱になったシオンだが、すぐにそれらを頭から削ぎ落して美鈴の元へと駆ける。

 そして上体を倒したまま右手を少しだけ動かし、掌底の形にする。すぐに反応しようとした美鈴だが、()()()()()()()()()()()()()()()に驚愕してしまう。

 「な――ッ!?」

 しかし美鈴も然る者、すぐに左足を上げてガードし、即座に反撃として腕を突き出す。シオンは先程フェイクとして掌底の形をさせていた右腕を使って威力を殺す。しかし、威力は殺せても勢いは殺せず、そのまま後ろに飛ばされる。

 その攻防を見ていたレミリアは、その小さな隙を狙ってすぐに美鈴が飛び出すと思っていたのだが、予想に反して美鈴は体勢を立て直している最中だった。

 眉を顰めながら見ていたが、どうやら美鈴の方が驚嘆していたらしく、目を見開いていた。

 「……まさか、足を引っ掛けられるとは思いませんでしたよ」

 「まぁ、そうしないと追撃を入れるからね」

 どうやら事情を理解できているのは両者だけらしく、見ていた三人にはさっぱり訳がわからなかった。

 あの攻防の瞬間、シオンは腕で防御をした時に黒陽の重力制御を使って蹴りを受け止められて止まった体を半強制的に動かし、蹴りを出した方の足をほんの少しだけ前に出した。後はその勢いを利用して美鈴の軸足となっていた足の太腿の裏に足の甲を置き、吹き飛ばされた刹那の時間でその足を刈り取ったのだ。

 だからこそ美鈴は崩された体勢を戻すために時間を要し、追撃が入れられなかった。他の三人が気付けなかったのは、ガードしていた時にあげていた美鈴の足が影となっていて見えなかったのだろう。

 「先程の柔軟は、このためなのでしょうか?」

 「正解。俺は体格が低いからね。こういったトリッキーな体術を使うしかないんだよ。本当はさっきので足を砕くつもりだったんだけど」

 やっぱりガードされちゃったか、と言って頭を振り、余裕ぶった仕草をする。しかし、その眼は一切の油断なく美鈴を貫いていた。だがそれも当然だ。シオンはその身長故に美鈴の上半身から上の箇所は狙い難い。だからこそ鳩尾や足しか狙えないのだ。

 「ならば、今度は私が行かせてもらいます」

 言うや否や、美鈴は駆けだす。だが、やはり百八十センチを超える美鈴と、わずか一メートルすら無いシオンでは、拳を届かせるのは難しい。しかし、それはただの人間が、ただ武術を学んだ場合の話だ。

 「――は?」

 いきなり目の前から消えた美鈴。それに驚きながらも、シオンは自身の直感に従って左腕を額の上にに回す。

 それと同時に、まるで車によって跳ね飛ばされたかのような衝撃が襲いかかってくる。瞬時に後ろに飛ぶことで衝撃を緩和して着地、咄嗟に足を振り上げる。

 追撃を入れようと駆け出していた美鈴は、その蹴りをほんの少しだけ上体を逸らし、紙一重で回避する。そのまま体を後方に倒して一回転させ、代わりに上へと上がる足でシオンの体に蹴りを入れようとする。シオンはすぐに体を半身にさせることで避け、美鈴の元へと一歩踏み込む。

 そして未だに一回転をしている途中、片手を地につけているそれを刈り取ろうと回し蹴りをした。美鈴は手を緩めて力を溜めると、宙に浮きあがる。蹴りを回避されたシオンはそのまま一回転をすると、蹴りに使った足を地につけ、その反動でもう片方の足を振り上げる。美鈴はすぐに体勢を変えると、シオンの蹴りに自身の足を軽く乗せてフラリと空中では無く後方に飛んだ。

 こうした理由は、体術を扱う存在は、地に足をつけていなければ満足に戦えないと知っているからだ。体を動かして相手に拳を叩きこむにも、まずは足を地面につけ、踏み込む動作が無ければならない。空中でもできないことはないが、無理な動作では拳に威力が乗らず、最悪の場合は無防備な姿を晒すことになる。

 何故美鈴がここまで注意しているのかというと、かつて無理矢理空中に吹き飛ばされ、満足に拳を振れなかったことからの経験で、すぐに足を地につけるようになったのだ。とはいえ、氣を使っていれば飛べないこともないため、余り不必要に注意すべきわけではない。

 しかし、今回だけは話が別だ。この勝負は純粋な近接格闘のみ。身体強化以外の用途で氣を使うつもりはなかった。シオンとて黒陽で勢いを操り、トリッキーな戦法で戦ってはいるのだが、空中に浮く、あるいは空中を踏みつけるような動作はしていない。つまりは、シオンもそうする気が無いのだろう。

 だからこそ美鈴も、あくまでも格闘家として、地に足を踏みしめて戦う武闘家として、自らの力のみで戦う。それだけだ。

 空中から地に下り立った美鈴を見ながら、シオンはボソリと呟いた。

 「……縮地、か」

 「――わかりますか?」

 「まあ、一応書物でそういった物があるとは知ってたからね」

 縮地とは近づいている事を気付かせない移動法等のある意味で「瞬時に接近する」技術や、長い距離を少ない歩数で接近する技術のことだ。

 美鈴の場合は妖怪の身体能力を使って、本当の意味で一瞬で詰められる。何せある程度の距離までならば、一歩で、そして瞬時に移動できるのだから。

 そのまま二人は睨みあい……すぐさまシオンは拳を握りしめて殴りかかる――が、逆にカウンターを入れられ、吹き飛ばされてしまった。

 「っぐ!?」

 確かに拳は入ったはずだ。だが、逆に吹き飛ばされた。しかし、シオンは混乱せずにその理由を探る。バカのように混乱し、無用な隙を晒せば更に追撃を入れられるからだ。

 そのまま探りを入れる。けれど美鈴はそれを待ってくれるはずが無い。しようがないとばかりに拳と蹴りの応酬を受け入れるが、やはり殆どがカウンターとして返ってくる。

 殴れば蹴りが、蹴りを入れれば拳が、あるいは拳には拳を、蹴りには蹴りを返される。

 バカの一つ覚えのようにカウンターを入れられ続けるシオンだが、何もただそれを受け入れていた訳では無い。当たる瞬間に体の重心と打点をズラして弱点を突かれないようにし、衝撃を逃して威力を殺す。だが、美鈴の戦闘技術を前に、そんな小細工はすぐに無駄になる。美鈴の場合では、ズラした箇所を先読みして更にズラした打撃を入れてくるのだ。

 それでもシオンは、先読みされた箇所に重力制御を使って更に重心をズラして無理矢理回避していた。さしもの美鈴も、全く先読みできないことをされてしまえば、もう打点を戻すのは不可能だった。

 だがズラした重心による影響の隙を狙われかねないため、無理矢理重心を元に戻すという動作をしなければならず、結果としてシオンの体にはそれなりの負荷がかかり始めていた。

 そこまでの小細工をし続けて、何とか美鈴の攻撃を受け続けていた。

 この現象を解明するための探りを入れてから十五回ほど殴られ蹴られたころだろうか、シオンは再度美鈴に殴りかかり、腹に一撃を入れて逆に腹に膝を入れられ――逆にシオンが蹴り返した。

 「かッ――ふ!」

 その蹴りは美鈴を吹き飛ばすことはなく、全ての衝撃を叩きこむものだった。それによってシオンの足は未だに美鈴の腹に乗っている。その足に力を込め、まるで地に足をつけているかのように軸にして体を回転させると、もう片方の足を踵落としの如く振り下ろす。

 美鈴は腹の痛みを堪え、片手でそれをガードし、頭に攻撃されるのを防ぐ。しかしその衝撃の勢いによって膝を着きそうになってしまった。けれど、その一瞬の間にもう片方の手をシオンの無防備な体に叩きもうとするが――逆に腕を掴まれ、投げ飛ばされた。

 「きゃあ!」

 可愛らしい悲鳴をあげながらも体勢を整え、何とか着地する。隙を作るまいと急いでシオンの方を見るが、流石に攻撃を受け過ぎたせいだろうか、少しフラついていた。

 「……そろそろ、限界なのではないですか?」

 「妖怪の腕力で殴られて形があるだけマシだと言ってほしいけどね」

 美鈴の言葉に嫌味を返す。けれど、確かに限界に近いと言えば近かった。だがそれだけだ。疲れて立つのも辛い、ただそれだけならばまだ戦える。

 「けど心配はいらない。俺は体調が万全の状態で戦えたことなんて余り無いからな。ここからが本当の勝負だと言えるよ」

 「本当に、色々厄介な人間ですね! まあ、こちらとしてもここで終わり何て嫌ですけど。しかし、まさか()()()()()()とは思いませんでしたが」

 そう、美鈴のカウンターにシオンのカウンターが返されたのは、それが理由だ。完璧に真似をされた訳ではない。だが、限りなく美鈴の使っている技と似ていた。

 (見稽古、というものでしょうか? それはないですね。たった一度、しかも聞いただけでしかありませんが、あれは完全に真似をするというもの。シオンのはそこまでの完成度ではありませんでしたし、どちらかというと見様見真似で私の技を極限まで模倣したモノ、と言うべきでしょうか)

 シオンの使ったカウンターは美鈴と似ている。円運動を利用したカウンター。しかし、全てを受け流せずに多少のダメージを喰らっていたところを見るに、見稽古とは言えない単なる真似技だ。とはいえ、かなりの練度であるのには変わりないが。しかし美鈴の技はカウンターだけでは無い。一部を真似された程度なら余り問題は無かった。

 「まあ、それでもすぐに破られるとは考えられませんでしたよ」

 「そのために観察してたんだからね。まさか最初からカウンター狙いでワザと攻撃を受けて衝撃の殆どを殺してから反撃してるとは思わなかったけど……」

 「しかたがありませんよ。身長差がありすぎて、こちらとしては当て辛いのですから」

 シオンは動体視力がいい。逆を言えば、相手が何をやっているのかをそのままトレースできるのだ。けれど、いくら真似ができるとは言っても限界がある。そのために何度も何度も攻撃を受けてそれを身に沁み渡らせた。いわゆる、習うより慣れろ、である。

 とはいえ、ただそれだけのために十五回も打撃を受けるなど、正気とは思えないが……。コレがただの人間相手ならば納得はできる。しかし、大妖怪ではないとはいえ、美鈴も妖怪のはしくれ。その中身は人間のソレとは全く構造が違う。そんな相手の一撃を受け続けるなど、正気の沙汰ではないのだ。いや、それ以前に体細胞変質能力でフランの劣化コピー状態にすらならずに受けられるはずがないのだが。

 美鈴とて本気で殴っていても全力では無い。気を使って拳や蹴りの威力を底上げしていないとはいって、それでも形を保っていられるシオンは異常だった。

 「まぁ、こうやってただ受け流すだけなら得意だったからね」

 悩んでいた美鈴の耳に届いたのは、そんな自嘲気味な言葉だった。

 「それは、どういう……?」

 「別に何でもないよ? それに、受け流しに関しては太極拳を使ってる美鈴の方が得意なんじゃないか?」

 「何故それを!?」

 縮地同様、またもあっさりとバレてしまったのに驚く美鈴。

 「……一回だけ、美鈴と似たような動きをしている相手と戦ったから、かな」

 「……?」

 どこか歯切れ悪く言うシオン。それに対して美鈴は訝しむが、シオンは頭を振って言った。

 「気にすることでもないよ。ただ忘れたい過去の話をしただけだから」

 たったそれだけの訳のわからないことを一方的に告げると、シオンは再び駆け出す。若干不意打ちに近いが、そもそも戦っている間に余計な事を考えるのが間違っているのだ。

 そしてまた上体を倒したまま駆け出してくるシオンを見る。近付いてきたシオンは、手と足に力を込めていた。どちらが来るか――それを判断しようとした美鈴は、もっと異常な真似をしてきたシオンにまたも驚愕させられる。

 「頭――突き!?」

 そう、美鈴の叫び通り、シオンは全く勢いを緩めることなく跳び込んできた。すぐに両手で受け止めようとするが、それを回避され鳩尾の辺りに頭を叩きこまれる。

 すぐに腹と足に力を入れて耐えようとするが、シオンは両手を腰に回して投げ飛ばした。下半身に力を込めていたせいで即座に反応ができなかった美鈴は、体をゴロゴロと回転させながら地面に着くことで衝撃を逃がした。

 しかし、いつの間にか傍に来ていたのか、美鈴の足を掴んだシオンに体を持ち上げられ、床に叩きつけられる。その衝撃で、()()()()()

 まるで子供のような無茶苦茶なやり方に、人間では出せない異常な腕力。だが美鈴にはわかってしまう。シオンは無駄に効率よく、最大限威力が出せるようにして攻撃していたことくらいは。まさしく学んだ技術の無駄遣いだと言えるだろう。

 周囲にもわかりやすく示すような技術を持っているかと思えば、こんな我武者羅としか言えない理解不能な技を使う。シオンの言うトリッキーな戦法は、正直他の人間が使うものとは比べ物にならなかった。

 けれどそんなことを喚いてはいられない。すぐにここから脱出しなければどんどん追い込まれてしまう、それを頭で理解する前に肌で、感覚でわかっている美鈴は足を動かそうとする。だが足を掴まれている現状、それはできなかった。更に最悪なことに、美鈴の体は割れた床に埋め込まれている。これでは腕を動かすのにも時間がかかる。おそらくシオンはわざと衝撃を逃さずに地面を割り、美鈴が逃れられないようにしたのだろう。

 足を掴まれたままの美鈴は、頭上に影がよぎったのが見えた。次の瞬間、美鈴の腹にハンマーで殴られたかのような衝撃が走る。衝撃は地面に走ることなく腹に叩きこまれ、吐血してしまった。

 「カフッ! ぅ、ぁ……」

 もう一度振り上げられた拳が頂点に達すると同時に、先程の衝撃で地面に埋め込まれていた片腕が外れたため、その腕を地面に殴りつけ、その反動で体をねじる。そして振り下ろされた拳が地面に叩きつけられ、床を割るのではなく巨大なクレーターを作った。

 コレには傍目で見ていた三人も絶句してしまった。レミリアやフランならば、コレと同じことはできるだろう。だが、咲夜は無理だ。身体強化をすれば恐らくは可能だろうが、ここまで大きなものにはならない。人間離れした異常な腕力。それでも精々が中級妖怪程度だった。

 美鈴はもう一度体をねじってシオンの手を振り解く。そして急いで距離を取ると、すぐさま構えを作る。しかし、予想していた追撃は来なかった。

 訝しんだ美鈴はシオンの方を見ると、その腕の有様に両目を見開いた。

 「な、その腕は……」

 シオンの左腕は、先程の無茶な使い方のせいで無残な姿になっていた。最悪壊死しているかもしれない、そう思わせるくらいの惨さだった。

 おそらく、人間が本来出せる力の許容量を遥かに超えた腕力を出したせいだろう。正直、内側と外側が全く釣り合っていないと思ってしまう。しかし当の本人はそれを一切気にしていない様子で美鈴の方を見ていた。とはいえ全く影響が無い訳ではないらしく、少しだけ動きづらそうにしていたが。

 「シオン、貴方は一体何故そんな無茶をして……?」

 流石の美鈴も、シオンの行動は理解できなかった。あのような力技を使えば、あんな腕になるとわからないはずがない。それなのにあんな暴挙に出た理由がわからない、理解できない、そう思ってしまったから、つい呟いてしまった。

 「勝つためだ。現状不利な今、多少動きにくくした方がいいだろうからね」

 「勝つ……ため? それだけのために……こんなバカな真似を?」

 「バカな真似……か。そっちからすればそう見えるんだろうね。けど、()()()()()()()()()()()()()()()()

 その言葉は、どこか焦燥感に溢れていた。現状追い詰められていると言えるのは、どちらかと言うと美鈴だ。だが、この声音からは、とにかく早く終わらせたいという思いが滲んでいるようだった。

 しかし、美鈴にとっては()()()()()()()()()()()()()だ。

 (……つまり、シオンは勝ち負けにしか興味が無く、私との勝負の内容はどうでもいい、ということですか?)

 そんなはずがないのはわかっている。シオンは嘘は吐かない。ならば、消化不良が嫌だからこそこのルールにした、というのは本当だろう。

 つまりシオンは、それ以外の理由で追い詰められている。それが頭では理解できても、感情は別だ。

 (……なら、もう多少の遠慮は無用ですよね? 今から、全力で行かせてもらいます)

 結局のところ、美鈴は未だに手加減をしていたのだ。だがそれはしかたがないのかもしれない。数百年もの間、人間相手には殆ど本気を出さずにいたうえ、その時までは若干戦闘狂だった性格が温厚になってしまっていたのだ。

 それに加えてシオンの外見は完璧に幼い子供の姿そのもの。コレを相手にしてあっさりと全力を出すのは、美鈴には無理だったのだ。

 「行きます」

 今まで以上の集中力を見せる美鈴は、腹から来る痛みを無視して『氣』を纏い始める。そしてそのまま、シオンに視認できない速度で後ろに回る。

 美鈴からすれば歩く速度。だがシオンからすればフラン以上の速度で動いているように見えた。本来なら美鈴はフラン以上の速度で移動するなどできはしない。だが、そこに技術を上乗せすれば、それが可能になる。

 「ハッ!!」

 敢えて踏み込みの動作で力を溜めてから攻撃するという手段をとる美鈴。そのお蔭だろう、シオンは何とか体の間に腕をねじ込めた。だが、できたのはそれだけだった。

 腕がゴキゴキと鳴る嫌な音が響く。しかしその腕は壊死しかけているかのような方の腕だったらしい。おそらくはまだ動かせる右腕よりも、使えない左腕を盾にしようと考えたのだろう。

 (甘いですよ!)

 シオンが美鈴の体に全ての衝撃を叩きこめたように、美鈴もまた衝撃を全て叩き込むことくらいはできる。

 いや、美鈴の技はシオンのそれよりも上手だ。シオンの場合は殆ど直感でやっているのに対し、美鈴はきちんとした技術としてやっているのだから。

 要するに、美鈴は左腕に全衝撃を叩きこませ、シオンをその場から吹き飛ばさずに体勢を崩したのだ。これならば身を屈めても問題は無い。

 美鈴は体を回転させてシオンの懐に潜ると、その勢いを乗せて肘を入れる。そこに膝を入れた後、両手を握って頭に叩き込む。膝を腹に入れられているため、地面に叩きつけられることなくその場に止まらせられる。

 そのまま美鈴は止めを入れようとした――が、その前にシオンが無事な方である右手で美鈴の膝を掴み、そのまま投げ飛ばす。

 しかし、不意打ちでもなんでもない、ただ投げただけのソレでは美鈴に効果は無い。あっさりと着地する美鈴を、シオンは冷静に眺めていた。

 「……コレで、もう私の勝ちは決まりました。降参してください」

 美鈴のこの言葉は、決して間違ってはいない。氣を使った美鈴の攻撃によってシオンの体は先程よりもボロボロ。黒陽の反動でなったあの時よりはマシだが、あの小さな体では内臓の幾つかを傷づけて、骨が折れていてもおかしくはない。しかも左腕はもう使えないのだ。シオンが体細胞変質能力でも使えば別だが、おそらくそれを使うつもりはないだろう。

 だからこそ美鈴は降伏をしてほしいと言ったのだ。だが、シオンは首を横に振ってそれを拒否した。

 「この程度の怪我で降参する気は無いよ」

 「ですが――!」

 「それに、()()()()()からね」

 憤る美鈴を無視して、シオンは右腕をあげる。そしてそこに、美鈴と()()()を宿した。

 「な……!それは、()……!?」

 シオンが使っているのは、美鈴と同じ氣だった。だが、それが使えるのなら何故今の今まで使わなかったのかがわからない。しかし、そこで先程シオンが言った言葉を思い出した。

 「()()()……つまり、たった今氣の使い方を学んだと言うのですか、貴方は!」

 「そういうことになるかな。体の動きを真似るよりは楽だったよ」

 美鈴は知らないが、咲夜だけは知っている。シオンは体の中にある魔力の流れすら読めていたことを。それを応用して、美鈴の体内にある氣の流れを読んだのだろう。

 (ですが、それだけで氣を扱えるはずが……)

 氣を習得するには、膨大な修行が必要になる。だが、そこで咲夜は思い出した。

 「そう、でした。シオンは、死と隣り合わせの中で生きてきた――!」

 氣の伝承、あるいは考察は諸説あるが、原型と言われている物では雲は大気の凝縮であり、風は大気の流動。その同じ大気が生き物が呼吸をすることで体内を充満し循環して、身体の生命力として働かせる。つまりは大気の流動性と連続性との対応を見出し、そこに存在する霊的で生命的な原理を見る、というモノ。

 その他にも様々な考えは存在するが、大抵の物では氣は息やその連続性として大気にある変化を捉えた物が多い。何よりも氣は最終的に生きている物の生命力として捉えられている。

 この考えからすると、氣と生命力はイコールである。生命力を燃やすことをすることで結果氣が生まれる、とも考えられるが、それは各々の捉え方次第だろう。

 美鈴はそれを利用して気流の流れを操作できたりもするが、コレをするには大量の氣を消費するため、ただの人間が使えばすぐに生命力を枯渇させて死に至る。しかし美鈴は妖怪であるため、死ぬ可能性はほぼ無い。

 一方で一部が人間――腕力その他がもはや人間とは言えないだろう――であるシオンは、常に死を意識して生きてきた。いや、実際に死にかけたことなど腐るほどあるかもしれない。そして死を感じたことがあるということは、逆に生命力を感じることができる可能性がある、ということでもある。

 とはいえたった一度死を意識し、感じるだけでは無理だろうが、シオンは複数回どころかほぼ常時死を感じているのに加えて、血反吐を吐くような修行もしてきた。

 美鈴でさえ膨大な修行をして覚えられたのだ。ある意味での極限状態になれば氣を感じ取れると言うならば、美鈴より幼いとはいえ、それよりも遥かに濃密な人生を送って来たシオンができない道理は無い。

 あるいは、死の淵から蘇った人間が何らかの才能を得ることが多いように、何度も死にかけたシオンも何らかの才能を得たのかもしれない。とにもかくにも、今まで氣を使わなかったのは――いや、使えなかった理由はわかる。

 (今まで使わなかったのは、単純に使い方を知らなかったから――!)

 いくら優れた技術であろうと、使い方を知らなければ使えるはずが無い。

 過去の人間を現代に連れて来ても殆ど何もできない、と考えればわかりやすいだろうか。仮に何かを見せられてもコレは何だとしか思えないだろう。シオンもそれと同じだ。

 (シオンはあえて、美鈴に氣を使わせるように仕向けたのでしょうか?)

 いや、それはない。あの時のシオンの声には本当に焦燥感が溢れていた。だが、美鈴に氣を使わせようと思っていたのは本当だろう。それぐらいは当たり前のようにやる人間だ。

 (ですが、この幻想郷に氣を使える存在がいるなど、一言も言っていないのですが……それでも予想は可能でしょうね。魔力やら妖力やらが当たり前のようにある世界ですし)

 シオンが言っていた言葉から、咲夜はその世界の常識はその世界にしか当て嵌まらないと思い始めていた。

 咲夜にとっての『当たり前』は、シオンにとっての『非常識』になるのなら、その逆もある、と。実際、シオンのいた世界を見れば、咲夜はほぼ間違いなく「ありえない」と言うだろう。

 とにもかくにも、コレで勝負はわからなくなった。が、未だに勝機は美鈴に傾いている。

 「いくら氣を覚えたとは言っても、覚えるのと使うのはまた別の話です!」

 そう、いくら氣を使えたとしても、それを美鈴と同じレベルで使うの不可能だ。更に氣は生命力を使う。最初は体力を奪っていくが、使い過ぎれば自身の生命力――寿命とも呼べる物を枯渇させていき、最悪死に至るような力でもある。

 しかしここにいる二人は少々例外だ。片や妖怪、片や人外。体力が尽きて終わるというのはほぼありえない。

 だからこその短期決着。シオンが氣の使い方を覚える前に倒そうと、美鈴は走り出した。

 しかし、美鈴は忘れている。シオンは()()()()()()()()生きてきたことに。

 「一撃で終わらせてもらいます」

 宣言した美鈴は、先程と同じように一瞬でシオンの後ろに回る。そしてそのまま意識を落とそうと右手を振るうが、逆に右腕を掴まれて足を払われる。

 微かに驚きながらも左の手を掌底の形に変えて突き出す。シオンなら避ける、そう思っていたが、予想に反して避けずに喰らった。

 「な、なぜ!」

 攻撃を当てた美鈴の方が逆に驚いてしまう。だが、それが狙いだった。敢えて避けずに力を溜めたシオンは、体勢が崩れていた美鈴の腹に膝を入れる。先程全力で殴られた時の痛みが引いていなかった美鈴は、とてつもない激痛に歯を食いしばって耐える。

 (こんなにも早く氣を使えるようになるなんて! 本当に、シオンの才能は戦闘方面に特化し過ぎているような気がします!)

 すぐに身を離そうとするが、腕を掴まれている今、離れることができない。振り払おうにも氣で身体強化をしているシオンと今の美鈴の腕力に余り差は無い。痛みによる耐性の差もあり、美鈴は離れることができなかった。

 「インファイト……ですか。いいですよ、付き合います!」

 そこでシオンの狙いが、一切離れずに殴り合うという――シオンの場合だと蹴りしか使えないのだが――ことだと悟った美鈴は、もう離れるなどという考えは思い浮かばなかった。

 そこからの二人の戦いは異様な光景だった。美鈴は殴り、蹴る。だがシオンはそれを一切気にしていないかのように避けないで受け入れ続け、逆に蹴りを入れる。

 シオンが一回蹴るのに対し、美鈴は四回、五回と攻撃できる。しかも避けようと思えば避けられるのだ。今はシオンが攻撃を喰らうのを受け入れているため、その分を蹴りに集中できるおかげで必ず蹴りが当たっているが、そうでなければ当たらなかっただろう。

 それでもシオンが不利すぎるのには変わりない。けれどシオンはどこを殴られようが蹴られようが全く気にしていないかのような能面のままだ。いくら痛みに耐性があるとは言っても、誰もがここまでとは思っていなかっただろう。

 自身の方が押しているはずなのに、その姿に圧倒されてしまっている美鈴の顔は、嫌な冷や汗だらけだった。

 美鈴が冷や汗を掻いているのは、蹴られ続けているのが腹だけ、というのもあるのだが、どちらかというとシオンの姿に気圧されているのだ。

 「……ッ!これで、終わりです!!」

 どんどん怪我を負い、痛ましい姿になっていくシオンを見るのに耐えられなくなってしまった美鈴は全身を覆わせていた氣を左手に集める。本来美鈴の利き手は右手なのだが、現状シオンに捕まれてしまっているため使えない。

 そのまま力を込め、そして一気に解放する。氣を集めている間にもシオンに蹴られてはいたが、もう終わらせられるとわかっていた美鈴はそれを気にしなかった。

 「ッハ!」

 力を込めすぎて体の外にも氣が出ていた。大きな光を纏った左手は寸分狂わずにシオンの腹にぶち当たり、何かが爆発しかのような轟音を立てる。

 その音が止む寸前にシオンは吐血した。そして、掴んでいた右手がスルリと解ける。

 (右手ならば、もっと早く終わっていたのでしょうに……)

 勝ったと思った美鈴は、俯いているシオンの体に流れている氣を見ると、制御が利かなくなった氣が体の外に漏れ始めていた。

 (何となく、後味が悪いですね……)

 やはり外見が子供の相手をするのは心が痛む。若干だが戦闘狂だった昔でも相手をするのが苦手だったのだから、今の温和な美鈴の心中は押して図るべしだろう。

 身体強化を解除した美鈴は、膝をついて今にも倒れそうになっているシオンを見た。その瞬間、何故か本来ならば助言をしてはいけないはずの咲夜が叫んできた。

 「まだです、美鈴!」

 「え!?」

 反射的にシオンを見るが、その判断は遅かった。体に衝撃が走った美鈴は、目を見開いた。

 「ぁ、ぐ……何、が!」

 美鈴の腹を、(おぞ)ましい色をした何かが貫いていた。その色は見たことがある。この色は()()()()()()()()()()()

 「ま、さか……」

 あの時、確かに氣が漏れるのは見ていた。だが、()()()()()()()()()()()()()()

 元々氣は体内の生命力を燃焼するもの。ならば、美鈴にさえバレないように新たな氣を纏うことくらい難しいことではない。それが通常時なら、という条件が付くのだが、シオンの痛みの耐性は最早異常。わざと氣を漏らすというカムフラージュをしながら、新たな氣を練るくらいはやってのけるはずだ。

 (シオンの狙いは、始めから……!)

 全身の気を抜いた瞬間に美鈴の腹に一撃を入れること。もしもコレがただの一撃ならば問題は無かった。しかしシオンは何度も何度も腹のみを殴り、蹴ってきた。それによって蓄積したダメージが、今の氣を爆発させた掌底によって一気に爆発したのだ。

 如何に美鈴といえど、身体強化もしていないまま、しかも緊張が緩んでいた一瞬を狙われた状態で耐えるのは難しい。

 シオンのこの行動は人によっては卑怯者と蔑むだろうが、美鈴はシオンに一本取られたとしか思えなかった。

 (しかし、左腕はもう動かないはず! なのに何故!?)

 シオンの左腕はもう動かせないのは見ればわかる。何より同じく近接格闘のみをしてきた美鈴にとって、体の怪我はそれがどれだけの重症なのかは見れば――シオンの怪我は見るまでも無いとは思うが――わかる。と、その瞬間、美鈴の目にシオンの胸元からキラリと光る何かがとび込んできた。

 (黒陽……! まさか、重力制御で無理矢理腕を動かしたのですか!!?)

 確かに重力制御の力を使えば可能だろう。黒陽は封印状態でも十%以下なら扱うことができる。とはいえそれは余程黒陽の力を扱えなければ無理だ。

 今のシオンでは七%以下しか引き出せない。怪我を負っている現状、引き出せるのは一~三%程度だろう。しかし、今回だけは少し特別だった。

 シオン以外は知らないが、実のところ黒陽は剣の近くで、更に範囲が狭ければ狭いほどに必要とする力は低くなる。それを使って左腕周辺の重力を、普段は下にかかっている重力を上にして無理矢理振り上げさせ、そして掌が美鈴のいる方を向いたらその方向に体が動くよう重力を圧縮、解放すればいいだけだ。

 しかしそれだけで美鈴に当てられるはずが無い。というより、普通は外れて終わる。「シオンだからできた」と言えばそれだけなのだが、実を言うと後一つだけ理由がある。本来ならばその切り札のような物を使う必要は無いと言えば無いのだが、念のために使ったのだ。

 シオンは美鈴を過少評価はしない。『美鈴ならば避けるかもしれない』、そんな可能性を考えて念のために使ったのだ。

 逆に言えば範囲が狭ければ使う必要が低い、と言うのは、周囲に多大な影響を与える重力の消失をさせるにはかなりの力を必要とするのだが……余り使う必要が無いため、現状問題は無い。

 美鈴はそれらを知らないし、知るはずも無い。だが、それでも譲れない意地くらいはある。

 「まだ……まだです!」

 後一撃。後一回だけでいいからと、足を踏み出す。そして今度は利き手である右手でシオンの顔に殴りかかる。

 実のところ、美鈴は今の今まで余り顔を狙っていなかった。何度か当たってはいたが、それでも結果的に当たったというだけであって、全力では無い。

 コレはシオンも美鈴の顔を狙っていなかったからだ。そうしているのは、多分美鈴が女性だからだろう。しかし舐められているとは思わなかった。元々の身長差で手足が届かないのもあったし、どちらかというと、何か強迫観念のような物を植え付けられているせいで無意識の内に顔を狙うのを避けてしまっている、そんな感じがするからだ。

 とにもかくにも、もう避ける体力が残っていなかったシオンは、それを受け入れるしかなかった。顔を思いっきり殴られ、体を仰け反らせてたたらを踏むが、まだ膝を着いてはいない。

 鼻血が出ていながらもシオンはキッと顔をあげる。その眼は、未だ死んではいなかった。

 (……負けですね。今回は、ですけど)

 そんな眼を向けられては、もう意地を張る必要は無くなってしまった。とはいえ、コレもいい訳なのかもしれない。今の美鈴には、例え一歩だとしても動けるだけの体力が残っていなかったのだから。

 シオンは歯を噛みしめて一歩を前に踏み出し、何の身体強化もしていない体で美鈴の腹を殴りつけた。

 身体強化をしていないとは言っても、シオンの全てを懸けた()()()一撃はそれこそ大妖怪が軽く殴ったのと同等の威力くらいは持っている。流石の美鈴も、もう立つことは維持できずに床に倒れ伏すしかなかった。

 今回の勝負はシオンの勝ちなのだろう。しかし、その姿は勝者とは言い切れなかった。醜く変色した左手はもう動かないためダラリと下がり、体は殴られ蹴られまくったせいで痣どころかいくつか骨が外れ、折れているだろう。

 それでも黒陽の反動の時とは違い、気絶できずに受け続けた鈍痛はいかほどのものか。それは見ている三人にはわからなかった。

 だが三人は肝心なことを忘れている。例え徒手空拳であろうと美鈴は骨や関節を砕いたり、手刀でシオンの体を切り裂き、貫いたり――それはシオンもできることなのだが――できるということを。

 それを考えれば、()()()()()怪我はまだマシだったりする。

 まあ、それでも酷過ぎる怪我には変わりないのだが。常人ならば気絶するどころか泣き叫ぶほどの激痛なのだから、まともに立てるだけでも十分におかしい。

 それでもそんな死に掛けの状態でシオンは立っていた。もう勝ったのだから倒れてしまってもいいのにも関わらず、何かを待っているかのように立ち続けている。

 それに気付いたレミリアは、苦虫を噛み潰したかのような表情で渋々と言った。

 「……勝者、シオン!」

 その声は、とてもよく響いた。どこか悔しそうに。そして、何かを諦めたかのように。




シオンが能力の補助がほぼ無しの場合は通常時の美鈴と同じ程度。氣アリだとやや美鈴に分配があがります。シオンの強さはあくまでも体細胞変質能力を始めとした白夜と黒陽によるものだと皆様に思わせたかったのでこうしましたが、もう近接格闘だけとか嫌よ……!(正確には身長の低すぎるシオンと逆に高すぎる美鈴のような戦闘を書きたくない……!)

氣に関してはかなりこじつけっぽい。
この説明よりももっとらしい説明あったら聞かせてください。
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