今回の話しで、何故シオンが感情を抑え込んだのか
そういったところがわかります。
レミリアの審判であるその言葉を聞いた咲夜とフランの顔はある意味で似ていた。咲夜はどこか嬉しそうに、あるいは寂しそうに笑っている。しかしフランは咲夜とは全く違い、今にも泣きそうだ。いや、実際に泣いていた。
「シオンは……出て行っちゃうんだね」
そう、本来この戦いはそれを賭けていたのだ。シオンが勝ったと言うことは、もうシオンとは会えないということを意味する。それがフランには悲しかった。
フランの呟きが聞こえた咲夜も、寂しさと悲しさを濃くした。口には出していないが、レミリアもどこか拗ねたような雰囲気がある。
「身勝手ね……本当に」
謎だけを残して去っていく。理由すら離さずに。それがレミリアには悔しかった。理由さえ話してくれれば、納得はできなくとも受け入れはした。
それが聞こえたのだろうか、シオンはフラフラとしながらも三人に近づいて、辛そうに笑いながら言った。
「別にもう会えない訳じゃ無いだろ?一年くらいしたら戻って来るよ。……こっちの世界なら、対処法があるかもしれないし」
シオンの最後の呟きが聞こえた咲夜は、彼が何かを探しているのを理解した。しかし、それだけしかわからない。だからこそ、それを何とかできる相手を紹介した。
「なら、永琳を訪ねるのはどうでしょうか?」
「永、琳……? 誰なんだ、その人は?」
「そうですね……。彼女を一言で表すなら、『天才』、でしょうか」
「天才、ね」
シオンはどこか信じていないように口の中でモゴモゴと呟いたが、実際彼女はそれ以外の言葉では絶対に表現できない。まさしく『天才』なのだから。
「会ってみればわかりますよ。シオンの言う『対処法』というのが何なのかはわかりませんが、彼女ならばきっと何かを授けてくれるはずです。……無茶な注文をされる可能性が無きにしも非ず、ですが」
「……わかった。情報ありがとう。ついでにどこにいるのかを教えてくれるとありがたいんだけどね?」
どこか茶化すように言う。おそらく、咲夜ばかりと話しているシオンに頬を膨らませて「不満です!」と表現しているフランを意識させるためだろう。
咲夜は苦笑しながらも答えた。
「彼女は迷いの竹林にいるはずですよ。あるいは人里に。一度人里に行って、そこで正確な場所を聞くことをお勧めします。シオンの足ならば、すぐに辿り着けるはずですので」
飛べるのならばもっと早いのだが、シオンはその方法を知らない。美鈴ならば気での飛び方を教えてくれるだろうとは思うが、今すぐに出て行くという雰囲気を出しているシオンは、そうする気など無いとわかる。
コクリと頷いたシオンはレミリアを見る。しかしレミリアは首を横に振って、フランの方を指差した。そして、目でシオンを睨んだ。
――私はいいから、フランを慰めてあげなさい。
そう言っているようなレミリアに目で返事をすると、彼女は視線を逸らした。もう話すことなど無い、ということだろうか。
一つ頷いてから、シオンは俯いているフランに近づいた。
「フラン」
「……………………」
シオンが話しかけても、フランは横を向いたまま俯いていた。一目見て拗ねているとわかる姿だが、精神が子供である相手が拗ねる時ほど面倒なことは無い。
それでもシオンは気分を害すことなく一方的にとわかっていても言いたかった。
「俺が理不尽なことを願っているのはわかってる。だけど、コレはどうしてもしなきゃならないんだ。まあ、最終的には自分のためにやってることだから、責められても文句を言うつもりは無いよ」
「…………もん」
「え?」
「わかってるもん! シオンが自分勝手な理由で出て行こうと思ってる訳じゃ無いことくらいは!」
それぐらいはフランにも理解できた。シオンの実直過ぎる性格からして、いきなり出て行きたいと言うのならばそれ相応の訳があるのは。
しかし、心の中で荒れ狂う感情がそれを受け入れるのを拒否してしまっていた。どうしようもないくらいにおさまらない怒り。何よりももう離れ離れになってしまう悲しさと、もう会えないかもしれない寂しさ。それらがごちゃ混ぜになっていて、フランでさえ制御できなくなっているのだ。
もしもシオンが人間では無かったのなら耐えられたかもしれない。妖怪ならば死ににくい。しかし人間は脆く、儚い。フランが全力で殴れば、それに妖力が宿っていなかろうと体全てを粉砕してしまうのはすぐにわかる。それ以前に、人間は百年と経たずに寿命で死ぬ。それを考えれば、少しでも長く一緒にいたいと思う気持ちはフランにもわかる。
「それでも……寂しさは抑えられないよ」
その気持ちは、シオンにも痛いほどよくわかる。ある意味では、フランとシオンはよく似ている。独りになった理由は違うが、境遇は似ているのだから。『寂しい』と言う気持ちが、時に何よりの病になることも。だからだろうか、シオンは特に考える間もなく答えた。
「……なら、約束しよう」
「約束? ……どんな?」
「俺は必ず戻って来る。……そうだな、五年以内にココに来ると約束するよ」
ボロ雑巾のようにズタズタになっている体で、快活に笑う。フランが安心できるようにと、ただそれだけのために。
シオンの笑みに感化されたからだろうか、フランも少しだけ笑みを浮かべてくれた。
「なら……指切りしよう」
「え、指切り? ……何で知ってるんだ?」
「閉じ込められてる時に、ちょっと、ね」
言葉を濁すフランにシオンは肩を竦めると、右手の小指を差し出す。フランも小指を差し出すと、シオンの小指と絡めて言った。
「指切りげんまん嘘吐いたら針千本飲~ます、指切った!」
それと同時に指を解くと、無理矢理浮かべた笑みを見せる。そして、何となく少し前に見た
「もしもシオンが帰ってこなかったら、地獄の果てまで追いかけて行ってパンッて撃っちゃうからね!」
「え……」
銃を撃つ真似を動作をするフランに、レミリアと咲夜は何をしているのかがよくわからなかった。だが、わからないのも無理は無かった。
この幻想郷に銃器は存在しない。一部の場所にガスや水道管、電気が通ってはいるが、それでも一部だけだ。全ての場所に存在する訳では無い。
だからこそ銃を撃つ動作を知るはずがないのだが、レミリアは紅魔館に侵入しようとした人間の一部を、フランのために血を得るための餌としていた。それには、
それ故にフランは、それが何の動作かもよく知らずに使ったのだ。その動作が、シオンのある意味での『
シオンの脳裏に、思い出したくないあの時のことがフラッシュバックする。
『―――――――――――――――――――――』
とても、とても大切な、大好きだった姉が地に伏し、そこから大量の血が流れている。その横には、姉を撃ったとわかる男と、その付添であるボディーガードのような人間がいた。
何故シオンがその男が姉を撃ったのかわかったのは、そいつが持っている銃から煙が出ていたからだ。
その男の容貌はよく覚えている。あの地獄みたいな場所でなければ大層な人気者になれるとわかる整った顔立ち。太陽みたいに輝く金髪と、それに反した血のような赤の瞳。身長もかなり高く、服装の上からだがガッシリとした体つきもしていた。
そう、そいつが男であることと、身長や体格が違うという点を除けば、金髪、赤い瞳、整った顔立ち、それらは全て
だが本来ならそれだけでトラウマが蘇るはずが無い。しかしタイミングが悪かった。とてつもないほどに悪すぎた。姉が死んだことによって死滅しかけていた感情を紅魔館で無理矢理引き出して更に摩耗させてしまったことと、何度も過去を思い出すような出来事を経験したことによって、シオンの感情の箍が外れかけてしまっていたのだ。
そこに来て、フランのこの動作。
――コろ…てし…え!
「あ、ああ……」
もう、抑えられなかった。
――コろ…てしマえ!
「あああ……」
「シオン?」
ここにきてようやくフランたちが異変に気付いた。だが遅い。ずっと抑えていた物が解放されそうになる。欲が殆ど無いシオンが唯一持っていると言える、あの男に対する
――コろシてしマえ!!!!!!!
「アアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!」
叫びながらもシオンは目の前にいるアイツの首を右手で握り締める。そのまま斜め後方に投げて壁に叩き付けた。
「ぅ……ッ!!」
いくら吸血鬼といえど、油断していたところに首を絞められれば息が詰まる。しかも、ただの人間ならばともかく、氣を纏った人外の腕力で絞められたのだ。まともな対応はできなくなると考えていい。骨が折れなかっただけマシだと言えるだろう。
それを意識する間もなく――いや、考える意識すら殆ど残っていないのだが――シオンは投げ飛ばしたフランの方向に走り出した。そして右手でペンダントを握ると、剣の形に変える。
「ッ! させないわ!」
そこでようやく我を取り戻したレミリアと咲夜が咄嗟に駆け出すが、先に走り出していたシオンの方が速いのは道理だ。そして、邪魔をすることができるのもシオンの方が先だった。
剣を細長くすると、その場所に黒い何かを纏わせる。そのまま一気にレミリアたちが通るであろう頭上に振り向かずに斬った。
「黒の斬撃!」
斬った後に残ったのは黒い何か。それがどんな作用を起こすのかを考える時間すら無くその下を通ろうとして、一気に床に叩きつけられた。
「グ!? 一体、何、が!!?」
自身が重くなったと言うより、周囲一帯が何らかの重石をつけられたかのようにその場に押し止められる。その威力は人間ならば骨や内臓がどころか体全体が破壊されるであろう威力だった。咲夜は咄嗟に身体強化で体の耐久度をあげたからこそ耐えられたが、後一瞬でも遅れていれば肉塊になっていたかもしれない。
レミリアたちが動けなくなったことすら確認せず、シオンは壁に手をついて咳をしているアイツの元へと走る。シオンが近付いているのに気付いたアイツだが、無理矢理酸欠にさせられたせいで意識が朦朧としている。足元がフラついている内にと近づき、そのまま剣を振り下ろした。
フランが斬り殺されるのを黙って見ているしかないの、と歯噛みするレミリア。そしてシオンが剣を叩き付ける瞬間、その横に黒い影がよぎった。
「ハァ!」
シオンの腕に掌底を当てて跳ね返す。それをしたのは、先程まで気絶していた美鈴だった。
「一体何なのですか、この状況は!?」
意識が戻ったらすぐ目の前でシオンが暴走していれば混乱するのも当然だった。それでもフランが危ないと感じ、すぐさま行動したのは流石と言える。
だがそれでも動かなければならなかった。シオンの目に隠しきれない憎悪が宿っているのが見えているのに、ポカンとしていられる訳が無いのだから。
シオンは跳ね返された腕の勢いを殺さずに受け入れ、左足の膝を美鈴の足に叩きこむ。躱すのではなくガードした美鈴だが、それは悪手だった。
「ぇ、キャア!」
ガードしたはずなのに、重過ぎる蹴りにそのまま吹き飛ばされる。しかも最悪なことに足が壊されていた。武術家にとって足を壊されるのは自分が殺されることと等しい。これでは戦えない。
(何で、こんなに簡単に……!)
何も不思議なことをしていたわけではない。シオンは美鈴との戦闘時は五%以下の出力で重力制御を扱っていた。能力を解放し、怒りと憎悪でそれらが吹き飛んでいる今の状況ならば、それを遥かに超える力を引き出せる。
だからこそ蹴りの威力が異様に跳ね上がっているのだ。美鈴と戦っていた時の数十倍、あるいは数百倍の威力を持つ。更にその数倍の可能性もあるが、正確にはわからない。
しかしそれだけの威力があれば、当然足にかかる負担も半端ではない。美鈴の足が壊れるのと同時に、シオンの足もイカレてしまった。いかに氣を纏って身体強化をしていようと限界はあるのだから、それもしようがなかった。
それでもシオンは左足の不具合を無視して通常と変わらない動きで動かし続ける。それが後々に響くとわかっていてもだ。
だが美鈴は妖怪だ。人とは違い妖力で足を再生させることもできる。ただし、
(この足ではフラン様を守れない!)
時間が足りない。圧倒的なまでに。
(ですが、時間稼ぎはできました)
美鈴が横やりを入れている間に、フランは何とか体勢を立て直せた。コレならばまともに戦える。誰もがそう思っていた。
しかし、現実は違った。
「ぁ……ク! 来て、『レーヴァテイン』!」
フランは終始押され続けた。全力で戦っても、体細胞変質能力を使っていない上に左手と左足を使うことができないシオンにすら届かない。白夜すら使わず、黒陽の重力制御のみであるのにもかかわらず、だ。
攻撃しても躱そうとしても重力を変動させられまともに戦えない。その上元々の戦闘経験の差が激し過ぎた。そう、シオンは暴走していても、その戦い方は変わらなかったのだ。
(こんなに……差があったなんて……!)
どこかで慢心していたのかもしれない。シオンと自分にはそこまでの差は無いのだろうと。 フランは今の今まで忘れていたのだ。シオンはフランを助けるために全力で戦っていたわけではないのだということを。始めから殺す気で戦えば、これ程までに広すぎる差があることを忘れていた。それが決定的なものを生んでしまった。
慢心は油断を生み、油断は隙を生む。フランがシオンよりも強者ならば多少の隙は何とかなっただろう。だが自身よりも遥かに強い相手に、その隙は致命的過ぎた。
最早レーヴァテインの炎すら意味が無い。何せ、炎で皮膚を炙られようと、それを無視して突っ込んでくるのだから。本来ならば火によって与えられる痛みは想像を絶するほどの激痛をもたらす。にも関わらず、シオンは憎悪のみを宿して特攻してくるのだ。それがどれほどの恐怖を生むか、フランには肌でわかってしまった。
(とにかく逃げないと……!)
逃げようと翼をはためかせた瞬間、シオンは再度剣を伸ばし、その先端部分に黒い物を宿し始めた。
「逃がすかアアアアアアアァァァァァァァァ!!!!!! 黒の斬撃!!!」
憎悪の叫び声をあげながらもシオンはジャンプして空中に停滞、一回転しながら玄関ホールの壁すれすれの箇所に黒い物を設置する。先程のレミリアたちの時を見てそれが何かわかっていたフランは、その上を通るように逃げ出そうとした。
しかし、その上を通ろうとした瞬間に、内側に跳ね返された。
「え……?」
それが何かわからずとも、コレが決定的な隙を生みかねないのは頭では無くとも肌で感じ取れる。とにかく翼をはためかせてその場所から逃げ出したその時、数十の黒い弾丸がフランの翼の一部を破壊した。
「い……た……」
翼を破壊されたせいで体勢を崩されたフランは、後ろから迫りくる殺意に反応して体を捻って無理矢理レーヴァテインを間に挟む。
重力操作をして空中に浮かんでいるシオンはそのままフランと鍔迫り合いをする。しかし片翼を破壊されかけているフランはまともな体勢を保てず、じりじりと後ろに下がっていく。
やがてシオンが作った黒い何かのところへと押し付けられたフランは、跳ね返されるように前へと出されるのを感じた。
「一体、何を、したの!?」
答えるはずが無いとわかっていながらも、フランは叫んだ。だが以外にもシオンは口を開いて言った。
「簡単なことだよ! 黒の斬撃は一方向に重力を作用させられる! それを使って外に出ようとした相手を強制的に内側に跳ね返して戻す、リングのような役目をしたものを作っただけだ!俺か
「!?」
フランはそこでわかってしまった。シオンはフランを見ているのではなく、
そしてシオンは、その
(それじゃあ……シオンが感情を封じ込んでいたのは……!)
暴走してフランたちを殺しかねないとわかっていたからこそ、ここから出て行こうとしたのだ。また独りになるとわかっていても、殺すよりはマシだからと。
(本当に……シオンは、バカだよ!)
バカにもほどがある。フランはシオンに対して怒っている訳では無い。ただ、そんな真似をするのなら、してほしいことがあったと思っただけだ。
「何で、私たちに
フランはそれが嫌だった。シオンは此方の意を汲んでやって欲しいことをそれ以上のレベルでやってくれる。それなのに自分たちは何も返せない。
(どうすれば、シオンを正気に戻せるの?)
考える。自分に何ができるかを考える。しかしどれだけ考えても答えは出ない。憎悪が理由で暴走したのならばその対象を殺せば戻るだろうが、今回の対象はフランだ。その手は使えない。
(なら、他に理由は?)
シオンは強い。体だけでは無く心も。そんな人間が簡単に憎悪に身を任せるとは思えない。何らかの外的要因があるはず。だがシオンの体には何かおかしな物があるわけではない。
「本当に、何も思いつかないよ。……ク!!」
前からは押し付けられ、後ろからは跳ね返される。そんな状況で考えていたからか、体にかかる負担が無視できないレベルになってきた。このままでは押し潰される、そう判断したフランはシオンに攻撃することを決めた。
「ごめんなさい!」
レーヴァテインの炎を増大させてシオンの腕を燃やす。一瞬で融ける程の高温ではないが、それでも看過できない程度の熱量だ。シオンは咄嗟に腕を振り回して炎を消す。
そのタイミングでフランはその場から飛び出して地面に下りる。どの道このリングがある間は逃げても意味が無い。ならばこのまま戦うしかない。
素人の構えを見せるフランの前に、炎を消したシオンが下り立つ。その口からは、ブツブツとただ一つの言葉が漏れていた。
「殺す、殺す、殺す。絶対に殺す――!」
瞳孔は開き、眼は正気を持っているとは思えないほどに揺れている。その眼はフランでは無い誰かを見据えるように睨みつけていた。例えその殺気が自身に向けられている訳では無かったとしても、尋常では無い質に気圧される。
(自分の命を懸けてでも殺したい相手……)
フランにはわからない。そもそもフランは誰かを憎いと、殺したいと思ったことは
フランが今まで殺してきたのは、単純に相手が自分に害をなそうとしていたから。それ以外の理由では殺していない。要するにフランは、自分が生き残るためにしかたなく殺していただけなのだ。
だからこそシオンが向ける殺気の根源が理解できない。殺気を向けられたことがあっても、それが何なのかがわからない。
そしてフランはミスをした。自分よりも圧倒的な強者を相手に余計なことを考える暇などあるはずがないのに。
飛び出してきたシオンが今まで使わなかった壊れている左手を使ってきた。フランは、もう左手を使えないと勘違いしたせいで、その不意打ちに全く対応できなかった。
おそらくシオンは敢えて左手を使わないことで、もう左手は使えないのだという印象を与えたかったのだろう。もしフランが左手と同じく壊れている左足を使っているのだから、左手が使えないはずがないと少しでも思っていればまた別の選択肢が取れたはずだ。だが、結局は余計な事を考えていたせいで反応できなかった。
そして、シオンは
「い……っだ……!」
悲鳴を噛み殺すが、全身に走る激痛は体を強張らせ、隙を生んでしまう。シオンはその隙を逃さない。剣の切先をフランに向け、そのまま突き出した。どうにか反応しようとするが、どうにもならない。
黒陽がフランの心臓に突き刺さる――その直前、大きな声が響いた。
「震脚!」
それと同時に紅魔館全体が揺れたかと錯覚するような大きな揺れが走る。レミリアが声をした方向を見ると、そこには壁に手を突きながらも壊れた足を支えに無理矢理力を込めて技を繰り出した美鈴の姿があった。フランが殺されると悟った美鈴が、せめてもの悪あがきにと使ったのだろう。
体勢を崩されたシオンの剣の切先がブレる。だがそこでシオンの重心のコントロールの良さが仇となる。足をもう一歩前に出して無理に剣の軌道を切り替える。更に体勢が崩れ、同時に重心も崩れるが、それでもその突きはフランの心臓に当たる軌道を描いていた。
だが、そこでフランの黒の斬撃によってできた隙で壊されながらも一部が残っていた片翼がはためいた。それによってほんの少しだけフランの体が傾き、結果として心臓には当たらなかった。
だがそれは、即死であるはずの攻撃が回避されただけだった。
「――!?」
心臓には当たらなかったが、胸の中心には突き刺さっていた。胸を突き抜けてフランに致命傷を与えた漆黒の刀身がフランの背中から現れる。
「う、ガハッ!」
吐血し、フランの口から血が溢れる。その目からは悲しみの涙が溢れ、フランの頬を伝ってシオンの顔に当たった。
「シ……オ、ン。正気に……戻、って?」
翼を切り落とされた時以上の激痛が走る。何故か普通の剣で斬られた時よりも痛みが酷かった。まるで銀の剣で斬られたかのようだ。だがその理由を考えず、本来なら痛みで動かせない体を動かし、腕をあげてシオンの頬に手を当てる。
「お、願い……何時も、の……シオン、に……ゴホッ、戻って……?」
無理に喋るせいで口から血が零れる。それでもシオンの目を合わせた。そして最後に、シオンを労わるような笑みを浮かべた。
「シオンの、せいじゃない、から……コレ、は……私、が、我儘を、言っ、た、せい、だから……だか、ら……自分、を、責めないで……ね?」
そう言いながらシオンの目を通して自分がちゃんと笑えたと確認したフランは、繋げていた意識を手放した。
混濁し、朦朧とした意識の中で、シオンは自身に向けられていたその笑みをどこかで見たことがあるような気がしていた。
(どこで……どこかで、この笑みを……。一体、どこで……?)
その時の光景を思い出そうと必死になる。もう取り返しのつかない状況になっているかもしれない。あるいはこれからなるのかもしれない。だが、今すぐにでも思い出さなければきっと後悔する、それだけはわかった。
(思い出せ。思い出せ、思い出せ、思い出せ……!)
念じれば念じる程に頭がこんがらがる。だが、ふいに思い出した。あの笑みと同じ笑みを。
(あ……ああ、あ……)
そうだ。この笑みは、あの時のものを同じだ。
姉の顔と、目の前にいるアイツの顔が被る。いや、目の前にいるのはアイツじゃなかった。
(じゃあ……この人は、誰……?)
そこで混濁していた意識が戻りかける。そして、目の前にいる相手の顔を認識した。認識、してしまった。
「フラ、ン……?え、あ……え……?何、で……どうして……」
まるで夢の中にいるように呆然とした顔をする。その時微かに腕を動かしたシオンは、よく知っている感触を感じた。肉を、骨を断ち、貫いている感触。嘘だ、違うと思いながらも、それが現実だとわかってしまう。
決して認めたくないと思いながらも、シオンは少しずつ視線を下に動かす。そして、現実を見た。
「…………あ………あ……」
シオンの右腕は真赤な血に染まりきり、その先は漆黒の刀身に血が垂れていた。更にその先には、フランの体があった。その刀身はフランの体を突き抜け、奥には切っ先が見えていた。
「違う…………」
これを見ても現実逃避をしていられるほどシオンの心は弱くは無く、耐えられるほど強くは無かった。
「こんなの…………」
――また守れなかった。違う、
その事実が、シオンの心を締め付ける。
「嘘だ…………」
口では「違う、嘘だ」と言っていてもわかってしまう。これをやったのは自分だと受け入れるしかないのだと。
それを悟ったシオンの心は、元々罅が入っていた部分が拡大し、砕け散った。
「ウアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!!!」
悲痛の叫び声をあげながら、シオンは決して抜いてはいけないとわかっていても、剣を抜いてしまった。フランの体を貫くと同時に、血が漏れないように蓋の役目を担っていた黒陽が抜かれたことで、大量の血が溢れ出してくる。
それでもシオンは、それが現実だと認めたくなかった。涙を浮かべ、その場にペタリと座り込む。
シオンの集中力が途切れたことで黒の斬撃が消滅し、レミリアと咲夜は自由の身になる。強制的に体を押し止められたせいで嫌な圧迫感が残っているが、すぐに行動を開始した。
一瞬で倒れているフランの傍に座り込んだレミリアは、その体を診る。そしてほんの少しずつフランの体が治っているのを見て、この程度の怪我なら消滅はしないのを理解した。
キッと視線を鋭くし、レミリアは後ろに座り込んでいるシオンを見て、怒鳴りつけようと口を開いた。
「シオン、貴方は何て愚かな――!?」
しかしレミリアは口を噤んだ。レミリアよりも遅れてきた咲夜は、途中で口を閉ざしたことに訝しみながらも、主と同じ方向を向いた。
そこには、頭を抱えて涙を流して何かを呟いているシオンがいた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい――」
ありえないほどに取り乱し、ただ謝罪し続ける。そのままの謝罪し続けていたシオンは、やがて自身を責める言葉を繰り返した。
「やっぱり俺は化物だ。誰も守れない、傷つけるだけの人外だ。どうして、何でいつも期待する。期待しなければフランを刺さなくてすんだのに。すぐにここから出て行けばそれでよかったのに。何で、何で何で何で俺はいつもこんな――」
黒陽を握り締めて、今にも自殺しそうな雰囲気を纏いながら自身のことを「化物だ」と言い続ける。まるで何かのトラウマを思い出しているかのようなシオンに、さしものレミリアも責める言葉は言えなかった。
いや、わかっていたのだ。シオンがわざとフランを傷つけたのではないことくらい。理解したのだ。何か傷つけるような言葉を言ってしまえば、シオンは完全に壊れてしまうことを。
いや、もう壊れてしまっていたのかもしれない。単純に、壊れていないように外側を取り繕っていただけなのかもしれない。それを知っているのは、もう誰もいない。今のシオンは話を聞けるような状況ではないのだから。
「……咲夜、フランを運んで。美鈴、貴方は昨夜を手伝って」
「は、い……お嬢様。しかし……シオンは……どうするのでしょうか……?」
「どうもこうもしないわ。どの道これじゃあ何かしても無駄よ。それは貴方もわかっているでしょう?」
それは咲夜にもわかっている。今のシオンを刺激すれば、もっと最悪な結末を迎えてしまうことになるかもしれないのは。
「わかり、ました……」
咲夜はフランを背負う。メイド服が血に染まり汚れるが、それを意識することなく足を再生させた美鈴に手伝ってもらい、共に運び始める。
それを見ながら、レミリアは未だに自身を責めているシオンに歩み寄りながら言った。
「そうやって自分を責めるのは構わないわ。けど、私は貴方を責めない。フランが意識を失う寸前、自分を――シオンを責めないで、と貴方に言っていたのだから。私は妹の意志を汲んで、貴方を責めない。……さっきは感情が抑えきれずに爆発して、責めかけたけど」
最後に言い訳をするように言うと、レミリアはシオンの横に立つ。
「……美鈴との勝負は貴方の勝ち。だから貴方がここから出て行ったとしても追手は出さないし、責めもしないわ。……シオン、これから先は貴方自身が選ぶ事よ」
それだけ言ってレミリアは去って行った。
しかし、シオンはそれだけで満足できるはずが無かった。
「どう、して……何で、そんなことを言うんだよ……!何で俺を庇うんだよ、フラン……!どうして責めてくれないんだよ、レミリア……!」
わざと左手を振りかぶって床に叩き付ける。とてつもない痛みが走る。だが、心の痛みはそれ以上にあったせいで、体に走る激痛を意識しにくかった。
「フランを傷つけた俺を、
ついに死にたいと言ってしまったシオン。誰もいない、中庭のように荒れ果てた玄関ホールで、人目を憚ることなくただ泣き続けた。
というわけで、シオンが暴走しました。
コレを見てシオンが弱いと思う方がいらっしゃるかもしれませんが
もう一度いいます。
大事な事なので二回言いました。
むしろ、九歳でこんな経験してるシオンがおかしいのです(まあ、こんな設定にしたのは私なのですが……)。
次回、少しシオンの過去をかなりかるーく載せます。その時に暴走した理由の一旦がわかります(シオンが暴走した理由については、まあ、後二話か三話後にわかるかと)。