東方狂界歴   作:シルヴィ

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今回シオンの過去をある程度載せます。
ではどうぞー


失った道標

 あの後シオンに発破をかけたレミリアは地下にある図書館に向けて歩いていた。

 (完全に壊れるか、それとも立ち直るか……。それは貴方次第ね)

 そう思いながらも図書館に辿り着いたレミリアは中に入る。そして、本の山に囲まれている親友の元へと行った。

 「パチェ、少しお願いしたいことがあるのだけれど」

 「お願い? 貴女が? 随分と珍しいこともあるものね。内容次第だけれど、まずそれを教えてもらえないかしら?」

 「フランが負傷したの。何故か治りにくい傷だったから、少し診て欲しいのよ」

 「再生能力が高い吸血鬼が? 銀のナイフで指でも切ったりしたの?」

 「いえ、シオンに黒陽で斬られたの」

 流石にこれは意外だったのか、パチェリーは小さく息を呑んだ。

 「……冗談、じゃないの?」

 「逆に聞くけど、冗談でこんなことを言うとでも?」

 レミリアの言葉は予想していたのか、小さく頭を振る。そして立ち上がると、傍にいた小悪魔にいくつかの指示を出した。

 「小悪魔、そことそこ、それとそこにある本の山を片付けておいて」

 「は、はい! わかりました」

 元気よく返事をした小悪魔は、指示された通りに本の山にあるいくつかを持って元々あった場所に移動し始める。

 そしてパチェリーはレミリアに頷くと、そのまま二人は図書館を出て行った。

 

 

 

 

 

 二人が図書館を出て数分、咲夜と美鈴がいる部屋に入った。

 「咲夜、フランの様子はどう?」

 「お嬢様……と、パチェリー様? 何故ここに?」

 振り返ったところで、レミリアの後ろにパチェリーがいることに気付いた咲夜が疑問の声を出す。

 「ちょっと疑問を覚えたところがあったから、パチェリーの知恵を借りようと思ったの。それでもう一度聞くけど、フランの様子は?」

 「そう、ですね。少しずつ傷が塞がってはいます。ただ……」

 「どうしたの?」

 「……傷が、完治しません」

 「「!?」」

 咲夜の言葉に二人はショックを受ける。傷が治りにくいのならばまだ理解できる。だが、完治できないというのは意味がわからなかった。

 「……パチェ、すぐにフランを診てちょうだい。私は妖力をフランに渡して回復力を増大させてみるから」

 「わかったわ」

 レミリアが冷静に状況を判断できていることに内心で驚きながらも、パチェリーは言われた通りにフランを診る。

 フランの胸には包帯が巻かれていた。もう治療はしてあるらしいが、巻かれている包帯から血が滲んでいるのを見るに、咲夜の言う通り完全に傷が塞がっているわけではないらしい。本来ならば吸血鬼には薬も包帯も必要ないのだが、治らないという言葉は本当のようだ。

 (……今までのレミィなら、これを見たらかなり取り乱してる状況なのだけど……ここまで冷静になれてるのは、シオンのお蔭、なのかしら? まあ、それはそれでいいわね。別に不都合があるわけでもないし)

 そう思いながらもフランの体に魔法をかける。無言のままフランを診察したパチェリーは、これ以上することはないと顔をあげた。

 そこで一番初めに目にしたのは、難しい顔をしたレミリアだった。

 「どうしたの?」

 「……治らないのよ。どれだけ妖力を籠めても、全く治らないの!」

 声を荒げて憤慨するレミリア。実際に傷のついている部分を見ると、確かに全く治っていなかった。

 「どれくらいの量を籠めたの?」

 「もう殆どの妖力をフランに渡したわ。私に妖力が残らないくらいに」

 「……異常とかそう言う話じゃないわね。それじゃ、今度は私から報告するわ」

 レミリアの言葉を予想していたのか、若干の間は空いたがすぐに口を開く。レミリアはその様子を見て一旦の落ち着きを取り戻した。

 「よくはわからないのだけど、フランの傷口の周辺に『何か』が漂ってる」

 「『何か』って……?」

 「最初にわからないと言ったでしょう? 本当に、全然わからないの。何か参考になる物があれば別だけど……」

 最後まで言わずに頭を振る。どうにもならないと言いたいのだろう。

 「どうすればいいのよ……。このままじゃいくら妖怪でも消えてしまうわよ?」

 如何に妖怪と言えど、限界は存在する。吸血鬼の再生力はかなりのものだが、それでも傷が治らずに血が流れ続けていれば消滅してしまうのだ。

 この程度の傷ならば恐らく年単位で生き残れるだろうが、その間は胸の痛みが常にフランを襲い続けるだろう。

 コレでは死ぬより先に痛みで発狂する可能性が高い。常に胸を貫かれている激痛があるのだから、あながちこの考えは間違っていなかった。

 「治す方法としては、この傷を覆っている『何か』を吹き飛ばせば……あるいは……」

 「何かあるの!?」

 何かを呟いているパチェリーに、レミリアは身を乗り出す勢いで尋ねる。それに少しだけ気圧されたのか、パチェリーは手を前に出して落ち着いてと言ってから説明を始めた。

 「簡単に言えば、コレを妖力で吹き飛ばすの。ただ、かなりの妖力を使うことになるだろうから、妖力が最大まで回復してから一切の手加減をせずにした方がいいわ。ただし、それを攻撃に費やしたらフランの体が吹き飛ぶ。純粋な妖力を叩き付けなきゃダメよ」

 「純粋な……けど、それはかなりの難易度よ?」

 ただ妖力を高めるだけならば問題は無い。それを放出するのも問題は無い。だが、それを攻撃に使うのではなく、妖力そのものとして使うのは難しいのだ。

 妖力は気や魔力のようにその妖怪でそれぞれ違う。つまり、その妖怪に宿っている時点で何らかの『色』に染まってしまっているのだ。その『色』を無理矢理取り除いて使えと言われているようなものなのだから、レミリアが戸惑うのも無理は無かった。

 そもそもがその色を取り除くメリットは殆ど存在しない。他の妖怪の回復力を高めるだけなら少量の妖力を少しずつ渡せばそれで済む話な上に、その他の用途が存在しない。そのせいでレミリアは――いや、ほぼ全ての妖怪が――純粋な妖力を扱えない。

 例外として人間とよく接する妖怪は扱える可能性が高い。純粋な力は呪いなどの力を跳ね除ける力もあるからだ。単純に妖力をぶつけると、逆にその呪いを増大させかねないため、純粋な妖力はそこそこ重要になってくる。

 「……そこが問題なのよね。私がやってもいいのだけど、レミィに比べれば最大魔力量は劣るから失敗する可能性が高いわ」

 「ぶっつけ本番しかない、ってことね。……いいわ、やってみせる」

 「それでいいの?」

 「私の妹を助けるためよ。そのためなら、私は全てを賭けても構わない」

 大切な(かぞく)のためにあっさりと覚悟を決めるレミリア。現実主義者であるパチェリーも、この覚悟を見てしまっては何も言えなかった。

 そこでおずおずと手をあげた影が見えた。

 「あの……お嬢様、少しよろしいでしょうか?」

 「どうしたの? 美鈴」

 手をあげた人影は美鈴だった。

 「お嬢様としては、遺憾かと思われますが……シオンに協力を仰ぐ、というのはどうでしょうか?」

 とても言い難そうに、途切れ途切れに答える。これがかなりの無理を言っていると理解しているからだろう。

 「何故シオンに?」

 「……彼の能力制御が強力だから、でしょうか」

 「能力制御? それがどうしてシオンに協力してもらう理由になるのかしら?」

 「それは彼が殆ど一瞬で氣を一瞬で扱える点からも言えるのですが……私よりも、咲夜の方が理解できていると思います」

 「咲夜が?」

 美鈴に言われ、咲夜のいる方を見るレミリア。だが肝心の咲夜は少し焦った様子で美鈴に詰め寄っていた。

 「美鈴、何故私が!?」

 「いえ、シオンの空間制御は咲夜が使う『空間歪曲』によく似ていますので、何かわかっているのではないかと思ったのですが……」

 「ぅ……」

 それを言われると弱かった。美鈴の言っていることは事実だからだ。

 「はぁ……まあそうですね。シオンが持っている白夜の空間制御能力は、お嬢様が考えているものよりも遥かに扱いにくく、そして危険なものです」

 「え? それはどういう意味かしら?」

 「例えば、の話ですが……私が空間歪曲を起こす時、その周囲に悪影響が出ないかどうかを緻密に演算しています」

 咲夜は手をあげると、見えない何かに触れて、それを押し出した。

 「こうして少しずつ周囲の空間を動かし、ほんの微かでもズレが生じたらそこで止め、演算をし直します。こうやって私は紅魔館の空間を広げていったのですよ」

 「もしもそれをしなかったらどうなるの?」

 「既にシオンが黒陽の説明をする時に話していますよ。周囲の重力が無茶苦茶になる、というのを空間に当てはめると、無差別に空間を操れば、真直ぐに歩いているはずなのに全く別の方向に向かう、というものになります」

 そう言って咲夜は閉まっている部屋の扉に立つ。そして何らかの動作をした。

 「こうしますと……こうなります」

 「「「図書館!?」」」

 扉を開けた四人の目に映ったのは、パチェリーが住んでいる図書館だった。

 三人が驚いたのは、咲夜の空間歪曲を完全に把握していなかったからだ。ここまで空間を歪曲させられると知っていれば、ここまで驚きはしなかっただろう。

 そして咲夜は扉を閉じると、先程とはまた違う動作をする。再度開けると、そこは何時もの廊下だった。

 「こうして全く別の場所に繋げることで、疑似的な迷路を生み出せます。しかも私の空間歪曲は永続的なので、基本的に破壊不可能な上に、目に映るのは通常のものなのですぐに混乱させられます」

 咲夜が初めて空間歪曲を使ったのは七歳の時。それから二年もの時間をかけて紅魔館の広さを増やしていったのだ。その地味さは想像を絶するものだった。

 「しかし、シオンの場合は違います。白夜による空間転移はその間にあるものを全て無視しています。もしも演算を少しでも間違えれば……体が引き千切られ、肉の塊のような無残な物体が転移した先に残るでしょう」

 「引き千切……られる」

 それを想像したレミリアの顔が青くなる。手足が千切れる程度なら吸血鬼の再生能力で何とかなるが、首や胴体がそうなったら、如何にレミリアと言えど死ぬ。

 咲夜は更に、と続けた。

 「私は時間をかけて少しずつ演算を行える上にやり直しが可能ですが、シオンはそうはいきません。一瞬で膨大な演算をし、ただ一つのミスも無く行う。それがどれだけの難易度となるのか……想像に難くありません」

 それを聞いて、シオンはそんな多大なリスクを負って常に空間転移をしていたのか、と思ったが、咲夜の様子を見ていると少しおかしなことに気付いた。

 「咲夜、どこか貴方らしくないわね。何時もの貴方なら、無理矢理にでもシオンを止めると思ったのだけれど」

 「そうなのですが……シオンは白夜の説明をしている時に、演算をしているなどとは一言も言っていないのですよ。そこから考えたのですが、恐らくシオンは自身が演算をしているなどとは全く思っていないでしょう」

 「? それじゃあ貴方の言っていることと矛盾しているじゃない?」

 「考えられる要因としては、シオン自身の演算能力が凄まじいため無意識で全ての計算を終えている。あるいは白夜の空間制御はそもそも演算を必要としない。このどちらかですね」

 咲夜の考察に、レミリアはやっと違和感を覚えた。

 (……何となく、だけれど……咲夜らしくない?)

 レミリアの知る咲夜はここまで大人びてはいない。というより、子供らしく視野狭窄状態になっているせいで行き詰っている気がしていた。

 「ねぇ、咲夜。もしかして、シオンに何か言われたの?」

 原因としてはそれしかない。あの時の戦闘で何かを教えられたのなら、この冷静さも納得できる。

 「ええ、いくつかのアドバイスをもらいました。……そんなに違いますか?」

 咲夜は誤魔化すこと無く頷いた。だがやはり不満はあるらしく、少し拗ねたように言った。

 「違うわね」

 「違いますね」

 「違い過ぎるわ」

 レミリア、美鈴、パチェリーにオブラートに包まれず直接言われ、流石の咲夜も少し凹んでしまった。しかしすぐに頭を振ると、聞かなかったことにして言った。

 「私はシオンに考えるのに必要なことを教えてもらっただけです」

 「考えるのに必要? それは何なの?」

 「発想力と想像力。そして応用力。これが重要だそうです」

 この言葉で理解できたのはパチェリーだけだった。本を読んで知識を蓄えているパチェリーだからこそわかったのだろう。

 「なるほどね……。自身の能力とシオンの似通った部分を発想し、想像する。そしてそこから応用してレミィの質問に答えたのね」

  納得したように頷くパチェリー。自身の疑問が解消したからか、どこか機嫌がよさそうだった。

 「そうなります。まあそれは置いておきまして、美鈴、後は任せます」

 「わかりました。ではお嬢様、先程咲夜が言ったように空間制御を行うだけでも多大な集中力を要します。そこにシオンは空間制御と同じくらいの難易度を持つと思われる重力制御、それよりも遥かに難しい体細胞変質能力。これら三つを同時に行いながら戦う……それがどれほどのものかはわかりますか?」

 ここまで言われればレミリアにでもわかる。常識的に考えれば不可能だと言うことは。だがそれが行えるシオンだからこそ、美鈴は協力を仰ぎたいと言っているのだろう。

 「制御能力が卓越し過ぎているシオンならば、純粋な氣を扱える可能性が高い……よしんば扱えなかったとしてもすぐに覚えられると考えられる。そう言いたいのでしょう?」

 「はい。最悪私が教えようと思います。少量ならば私にもできるので」

 美鈴は手を差し出すと、そこに氣を纏わせる。本来ならば色があるはずのソレは、無色透明になっていた。

 「……わかったわ。シオンに協力を仰いで何とかしてもらいましょう。いいえ、違うわね。責任を取らせる、と言った方が正しいかしら」

 「それがいいかと。彼も何の責任も負わせられないのは逆に辛いでしょうから」

 あの時のシオンの様子は全員の頭にこびりついていて離れない。それ程までにショックだったのだ。あそこまで自信に溢れていて、才能があり、何よりも誠実だった相手があんなに弱々しい姿になるなど。

 「最悪の場合は私がやるしかないわね。まあ、そうなったら妖力が回復するまではどうにもできないわ。一旦解散しましょう。咲夜と美鈴も仕事に戻っていいわよ」

 「「はい、畏まりました」」

 レミリアの言う通り、二人は各々の仕事に戻るため部屋を退出する。今の今まで傍観していたパチェリーも立ち上がった。

 「私も帰るわね。……ああ、そうだ。もし彼がまともになったら、私のところに来るように言ってくれない?」

 「別に構わないけれど……何かするつもりなの?」

 「ちょっと、ね。手伝ってもらいたいことがあるのよ」

 歯切れ悪く答えるパチェリーにレミリアは訝しむ。この親友は、いつでもどこでも単刀直入に言いたいことを言っていたのだ。なのに今はここまで歯切れが悪いのがわからなかった。

 まあ、パチェリーが余計なことを言わないのは、喘息があるせいだとは思うが。余計なことを喋っている間に咳が出て本題が話せないなど、本末転倒にもほどがあるからだ。

 「……咲夜もそうだけど、パチェもらしくないわね。早く言ったらどう?」

 「……それもそうね。なら、彼にこう伝えておいてくれないかしら。貴方の言う三つの力を借りたいから、私がいる場所に来てほしい、と」

 「やっぱり何をしたいのかはよくわからないけど、要件はわかったわ。きちんと伝えておくから」

 結局何がしたいのかを話してはくれなかったが、自身の親友を信じているレミリアは頷き返した。レミリアがそう言うのは予想していたのか、パチェリーは小さく「ありがとう」と言うとすぐに扉から出て行った。

 それからはレミリアだけが部屋に残った。自身を除けば少しだけ苦しそうに眠っているフラン以外に誰もいない静かな部屋。そこでレミリアはフランの傍に歩み寄ると、子供をあやすように髪を梳いた。

 「……貴方が信じるシオンのことを、私も信じる。だから、負けないで」

 レミリアがあっさりと承諾したのは、それが理由だった。もしもフランがシオンを信じられなければ、レミリアが美鈴の提案に乗ることは無かっただろう。

 まるで聖母のように微笑むレミリアのその表情は、とても慈愛に溢れていた。

 

 

 

 

 

 時は戻り、レミリアがここから去ってすぐのことだった。

 「……ここから出て行くなんて、できるわけがない……!」

 壊れかけた体を動かして立ち上がり、動かない足を庇うために壁に肩を預けながらもフラフラとしながらも歩き出す。

 「……フランを殺しかけたくせに、ここから逃げるなんて……!」

 シオンはレミリアの言う通りにするつもりはなかった。まだここでやるべきことがあるはずなのだから。

 「けど、何をすればいいんだろう……」

 もうシオンにはわからなかった。逃げるなんてできるはずがない。しかし何かができるわけでもない。レミリアが責めてくれればまだマシだっただろうが、そうしてはくれなかった。

 だからこそシオンの心が軋んでいく。もう目的が見つからなかった。生きて行くために必要な目的が。

 「……何で俺は、生きているんだろう……?」

 シオンにはやるべきことがあった。自身の命を懸けてでも殺してみせると誓ったものが。けれどここにはその相手がいない。憎悪を向けるべき対象が存在しない。行き場のない感情が暴走し、その結果フランを傷つけてしまった。

 「……無理だよ、姉さん……生きるのには……もう、疲れた……」

 だがシオンは自殺できない。約束をしたのだから。大切な姉と、大好きな姉さんと誓った最後の約束。これだけは守りたかった。いや、違う。守らなければならない。

 「姉さんを守るって約束も果たせず……自身が助けたフランを殺しかけて……結局俺は、何がしたいんだろう……」

 どこを歩いているのかもわからず、前を全く見ずに歩く。片足が殆ど動かないせいでノロノロとしながらも確かに歩き続ける。その意味すら見出せないままに。

 「……わからない。もう何もわからない。死にたい。死ねば楽になれる。生きるのは……苦痛しかない」

 全部奪われた。当たり前の日常(幸せ)も。大好きだった家族と引き離されてどこかも知れない場所に連れて行かれて。引き離されてからも残った家族との唯一の繋がりだった髪と目の色も変えられて。やっとできた大切な居場所、大切な存在だった姉さんも殺されて。もうシオンには何も残っていなかった。

 「……紫という妖怪を恨めばいいのかな? ……ダメだな、俺は。憎悪にでも縋らなきゃ、心が保てないくらいになってるなんて」

 シオンが暴走するほどの憎悪を持っているのは、それが理由だった。シオンはフランやレミリア、咲夜に美鈴、パチェリーが思うほど心が強いわけではない。正直に言ってしまえば、もう限界だった。

 姉さんと過ごした日々は楽しかった。毎日が幸せだった。食べ物も娯楽も何もない。それでも大切な人と触れ合える、ただそれだけのことが嬉しかった。それだけがあれば……十分に幸せだった。

 他者から見れば不幸にしか見えないだろう。だがシオンにとっては、人とまともに接することができないような地獄を生きてきたシオンからすれば、心から信頼できる相手と話せるだけでよかった。

 「……なのに、そんなちっぽけな幸せすらすぐに消えた」

 絶望しか見てこなかったシオンは、姉という希望があった。その光は強烈だった。いや、強烈すぎた。その後に叩き落とされた絶望は、最初に見た絶望よりも遥かに深かったのだから。生きることすら投げ出したいと思ったほどに。

 コレは何も不思議なことではない。人は何かを期待して、それが外れると普段よりも大きな落胆を得る。それと同じことだ。だがシオンの場合は、それの強弱が激し過ぎた。

 生きるよりも死ぬ方が楽な場所で生き残り、必死にあがいてきた。家族とまた会ってみせるという、半ば意地のようなもので。だがそれは、髪と目の変色によってその繋がりが断たれたような気がした。

 そこから何とか逃げ出して、独りで生き残り続けた。それでも限界はあった。シオンは自身を殺しに来る相手は殺してきたが、食べ物を盗んだことは一度も無かったのだ。もしも一回でも物を盗んでしまえば、家族と顔を合わせられないという子供の考えで。今思えばそれは甘かったのだろう。それでもシオンは人を殺すという悪事しかしなかった。

 そして遂に限界が来た。いくら心が耐えられても、まともな食事ができなかったせいで体の限界が来てしまったのだ。

 そんな時、姉と出会った。最初は信じることなど全くできなかった。どうせこいつも他の人間と同じだと、そう思い込んでいたから。しかし姉はそんな自身を見限らず、しつこいとも言えるほどに執念深く関わって来た。

 気が付いたら話していた。どんな人生を送って来たのか、どうして信用しないのかを。全てを話して、それでもなお受け入れてくれた姉を、シオンは少しだけ信じ始めた。

 それから様々なことを教わった。シオンのあの偏った知識は、姉が教えてくれたことや、あの場所にあった数少ない本を読んで知ったことだ。代わりに料理の名称や常識といったものは殆ど養われなかったが。

 実のところ、シオンのあの女性に対する優しさを叩きこんだのも姉だった。あのころのシオンは他者などどうでもいいと考え、全て見捨てていたのだ。それを心配した姉が、せめて自分の身を守れない非力な女性は助けろと、洗脳に近いレベルで言い付けた。言い聞かされ始めたころは特に変化は無かったが、大体一時間毎に聞かされたせいで無意識の内に女性を助けるようになってしまった。

 無意識で女性を助けるようになってしまったのは、しょうがないと諦めた。特に不都合も無いのだから、と。

 それからは幸せな時間が続いた。しかし、一年も続かない幸せだった。

 「……何で、関係のない女性は助けられたのに、姉さんは助けられなかったんだろう」

 ある時嫌な予感を覚えたシオンが急いで家に帰ると、もう全てが手遅れだった。見覚えの無い男が十人近く。そして姉のすぐ目の前にいる男が、手に持っている銃で姉を撃っていた。

 その時のことはよく覚えていない。気が付けばあの男以外の人間が床に倒れ伏していた。微かに息をしているところから察するに、死にかけという体ではあったが、一応は生き残っていようだ。だが、あの男だけはいなかった。

 しかしシオンはそんな余計なことを意識せず、倒れていた姉に駆け寄っていた。だが一目見た瞬間にわかってしまった。この傷では助からないと。

 血塗れになった姉と会話をした。一言でも話すのを辛そうにしていたが、それでも伝えたいことがあると無理に話していた。ほんの少しでも生きるための時間を削ってまで。

 交わした言葉は多くない。それでも姉の言葉を聞いて、自身の想いを話した。そして、全てを話し終える前に、姉は息絶えた。最後の、息絶える寸前に「笑って欲しい」と言われ、無理矢理に浮かべた笑みのまま、シオンは自分の心が狂いかけているのを悟った。しかしそれは受け入れられなかった。心が死ぬと言うのは死と同義だ。コレでは姉との約束を違えることになってしまう。

 シオンは他人を恨んだことが殆ど無かった。自分が連れ去られたのも、姉が死んでしまったのも――そしてフランを傷つけてしまったのも、全て自分が弱かったからだと。

 そんな性格であったせいか、当時のシオンは、自身の心が壊れそうになるのを跳ね除ける強さなど持ち合わせていなかった。それ故に見つけたのだ。愚かな目的、復讐するという道を。姉を殺した相手を殺してみせる、という目的を掲げることを心に誓い、刻み込んだ。

 こんなことを姉が望んでいないのはわかっている。自分が死んだ時、死んだ姉に殴られ、侮蔑の視線を浴びるかもしれない。

 だがそれしかなかった。それだけしか見つけられなかった。

 殆どの人は孤独に耐え切れない。それ故に人の温もりを求めるのだ、例えそれが偽りだったとしても。

 シオンはずっと独りだった。孤独という言葉の意味を知らなかった。だからこそ耐えていられたのだ。しかし知ってしまった。人と触れ合う温もりの大切さを。嬉しさを。愛しさを。

 グルグルと思い悩みながらも、結局シオンは――全てを憎悪に委ね、自身を一本の剣のように見立てた。この日、この瞬間、この場所で、心を凍らせ、人々に死を告げ、無慈悲に命を刈り取っていく『()()()()()()

 戦場を渡り歩き、それまでは大きく回避するのを前提にした戦いを、紙一重で避けるのに変えた。殺して殺して殺し続けた。いくつかの想いを持ちながら。

 「俺が、代わりに死ねばよかったのに……」

 そんな想いもあった。姉のように信じられる人と出会えるのではとも思った。あるいは復讐を果たす前に死ぬかもしれないとも思っていた。

 最初咲夜がシオンを『空っぽ』だと言ったのは、半分正解で半分間違っている。本当はやるべきことがあったのだ。アイツを憎悪することで心を無理矢理燃やして、憎悪を杖にして無理矢理体を動かして。やっていることは愚かなことだが、それでも目標と呼べる物はあった。

 しかしこの世界に落とされたせいで、それら全てを取り上げられてしまった。杖を支えにして何とか歩けていたのに、それが無くなったせいで地面に這い蹲らされた。それでも何とか這いずっていた。心をすり減らして、感情を摩耗させ、死にかけてまで。

 咲夜がシオンに対して何も無いと感じたのは、おそらくそのせいだろう。

 咲夜が自分に対して何かを思っているのをシオンは知っていたが、それを気にすることもできないほどに焦っていた。このままでは生きていくために作り上げた道標が無くなった憎悪が暴走し、周囲にあるもの全てを破壊しかねないと。

 だからこそシオンはレミリアの提案を受けたのだ。常のシオン――いや、ここ一年のシオンならばあの提案を受け入れるはずがなかった。それでも受けたのは、新たな目的を見つけるためだった。

 何か目的を見つければ、この憎悪を抑え切れるかもしれないと、そう思って。そうしてシオンはフランドール・スカーレットという少女を助けた。

 その時にシオンは少しだけ希望を持ってしまったのかもしれない。自分と似たような境遇をしているフランなら、自分と友達になれるかもしれないと。

 だが、それは全て無意味になった。自身の手でフランを傷つけるという、考えるまでもなく最悪な結末に。それがシオンの心をバラバラにさせる、最後の一押しとなってしまった。

 結局、自分のやってきたことは――

 「……ッ!?」

 移動している最中に寄りかかっていた壁が途中でいきなり無くなってしまったシオンは、床に倒れた。どうやら開いたままになっていた扉があったらしい。

 シオンは立ち上がろうとして――やめた。

 「……もう、どうしようもないよ」

 這いずりながら床を移動し、部屋の奥の壁に移動する。移動し終えたシオンは壁に背中を預けると、姿勢を崩して天井を向いた。

 常のシオンならば、こんなリラックスした姿勢をすることなど無いだろう。四六時中生きるか死ぬかのやり取りをして生きてきたせいか、最早常在戦場を意識せずに心がけるような領域に入っていたのだから。

 例え座っていようと、あるいは寝ていようとすぐさま動けるようにし、不意を突かれないように周囲を警戒し続ける。それが当たり前になっていた。

 けれど今だけはそれをしていなかった。姿勢を崩している現状すぐに反応はできず、周囲の警戒をしていないためナイフか何かを投げつけられればそれを悟れずに終わる。今まで生きてきた中で、最も無防備な瞬間だった。

 「……誰か……俺を、殺してくれよ……」

 そのままの姿勢を固定したシオンの目には、透明な雫と真赤な雫が溢れ、雪のような白い肌を伝って流れ落ちていた。それを意識せず、シオンは光を失った目で虚空を見つめ続けた。

 

 

 

 

 

 しばらくの間フランの様子を見ていたレミリアは、やがて立ち上がると部屋を出た。

 「とりあえず、シオンを探さないとね」

 とはいえ、見つけるのは簡単だ。如何に紅魔館が広いといっても、気配を探ればすぐにわかるのだから。

 そして探知して――驚愕した。

 「見つからない?」

 気配を探っても何の反応も感じない。咲夜と美鈴の気配を紅魔館内に、パチェリーは地下にいるのを感じるに探れないというわけではないのだが。

 「……まさか、ここから出て行ったのかしら?」

 その可能性は万が一にも無いとは思うが、確証も無い。そうなったらどうしようかと悩みながら、レミリアはとりあえず玄関ホールに向かった。

 「いないわね」

 向かったのはいいが、やはりいない。それからのレミリアはとにかく歩き回った。食堂、各々の部屋。地下図書館にかつてフランがいた地下牢。中庭も見て回った。

 「……ここまで見つからないとなると、何らかの作為を感じるわね」

 敢えてシオンがここから出て行ったとは考えないあたり、レミリアも一応の信頼はしているらしい。

 だがここまで探しても見つからないというのも苛立つものだ。しかも探している間に妖力が回復しきったのが苛立ちを助長させる。段々とストレスが溜まっていくのを感じながら、レミリアは探索を再開した。

 それから少しして、扉が開いている部屋を見つけた。一応ここの廊下にある部屋は全て見たはずなのだが、確かここだけは「開いている部屋にいるはずがないわね」と思って無視していた場所だ。

 「……まさかとは思うけど、ここにいる……なんてことはないわよね?」

 何かの前振りかと思うような言葉を呟きながら、レミリアはそこを覗いた。そして部屋の中には、虚空を見つめているシオンの姿があった。

 「……今まで一生懸命に探してたのは、何だったのかしらね……」

 一気に脱力し、溜息を吐きながらも部屋に入る。そして驚愕した。

 「……何よ、コレは……!?」

 部屋に入った瞬間、訳の分からない感覚が襲ってきた。しばらくして自身の体が震えているのに気付いたレミリアは、一旦深呼吸をして自らを落ち着かせた。

 「コレは……負の感情ね」

 レミリアが感じたモノは、それだった。レミリアの能力は運命を操れるもの。だからこそ、使い方によっては過去にどんな運命を送って来たのか、その良し悪し程度はわかるのだ。

 流石に記憶そのものを覗きこむことはできないのだが、きちんと扱えればその良し悪しの内容もわかる。

 例えばその人間がどんな悪事をしてきたのかを知りたい時、それを念頭に置いておけばそれがわかる。シオンの場合は人を殺してきた数を見れば、それがどれだけの数かは経験則で大体わかる。

 (数十万人を超えてるのには驚いたけど……)

 間接的に殺したのも含めれば軽く百万は超える。だが驚いたことに、シオンはそれ以外の悪事を一切していなかった。それ故にレミリアはシオンの嘘を吐かないという言葉をあっさりとスルーできたのだ。それが真実だと知っていたがために。

 ついそんなことを『視て』しまったレミリアは頭を振る。

 (今はそんなのはどうでもいいことね。そんなことより、体の震えが治まらないのはどうにかならないかしら……)

 レミリアが震えているのは、今まで感じたことが無いほどの負の感情を、シオンが現在進行で放っているからだ。

 怒り、嘆き、憎悪、絶望……それ以外にも様々な負の感情を放っている。正直、たった一人の人間がここまでのモノを放てるとは思ってもみなかった。

 (一体どうやったら、こんなものを隠していられるの……。まあいいわ。とにかく、話しかけてみなければ何も変わらない)

 一歩前に踏み出し、シオンの前に歩み寄る。そしてすぐ手前まで来て足を止めた。

 近づいたことで更に勢いを増した負の感情に怯みそうになるのを、レミリアは必死に抑え込んだ。

 「……シオン」

 「……? レミリア、か?」

 今の今まで気付いていなかったらしく、シオンは微かに首を傾げた。その眼には光が宿っておらず、訳のわからないモノを宿していた。

 「貴方に、お願いがあるのだけど」

 「……今なら大抵のことは聞くよ。今はとにかく気を紛らわしたいから」

 それが本心なのはレミリアにもすぐにわかった。それほどまでにこの部屋に渦巻いている感情が酷過ぎるのだ。

 「それなら話が早いわ。フランの傷……貴方が黒陽で貫いたところが完治しないの。だから貴方が完治させてちょうだい」

 フラン、という言葉にピクリと肩を震わせる。レミリアは、やはり気にしているか、と思ったが、シオンは意外とすぐに答えた。

 「……別にいいけど、俺に体の傷を癒す能力なんて無いぞ?」

 今までのように感情を抑え込んでいるのではなく、抜け落ちたような表情。そんな中でも微かな体の動きとその言葉で、どんなことを思っているのかは予測できる。

 「方法に関しては美鈴に聞いてちょうだい。その方が手っ取り早いから。さ、着いてきて」

 「……わかった」

 フラフラとしながら立ち上がるシオン。そこでレミリアはやっと気付いた。その事実に。

 「シオン、貴方、腕と足が、もう()()()……!?」

 シオンの手足とところどころにある火傷はもう殆どが治っていた。あれからまだ数時間も経っていないのに加え、更には治療もしてない。それなのに完治寸前。訳がわからなかった。

 だが元々シオンの体は色々とおかしい。妖怪と身体強化もせずにまともに戦える身体能力を持っていたことと、黒陽の反動によって眠っていた時に、わずか三日で目覚めていたことだ。

 本来なら妖怪と戦える時点で疑問に思うべきなのだろうが、妖怪と戦える例外というのは常に存在する。今回はシオンがそれに当て嵌まるとレミリアは思ったのだ。

 しかし違う。シオンは普通の人間とは違い、この強さを得るための何らかの原因があるはずだ。そうでもなければ説明がつかない。

 「……ああ、俺って他の人間よりも自然治癒が早いんだよね」

 「そんな言葉で納得できるとでも? 要するに、答える気は無いのね?」

 はぐらかすように遠まわしに言うシオンに、レミリアは建前はいいと叩き捨てる。シオンは微かに頷いた。

 しかたないかと諦めたレミリアだが、どうせこんな状態で話してくれるわけがないと思っていた。

 「……それならそれでいいわ。今度こそ行くわよ」

 シオンが着いてくるのを確認してから歩き出すレミリア。だが、今やっと気付いたことがあった。

 (……気配が全く感じられない。まるで幽霊そのものね)

 そう、未だにシオンの気配が感じられないのだ。目の前にいるはずなのに、そこにいないと錯覚するレベルで。

 今思えば、シオンを見つけられなかったのもこのせいだろう。無意識に周囲の気配と自身の気配を同化させ、見つけられないようにしている。

 不意に後ろを見ると、まるで幽鬼のようにシオンが着いてくる姿があった。

 (――不気味すぎる。こんな姿をフランが見たら、どう思うのかしら……)

 歯に物着せぬことを考えながらも、レミリアはシオンをフランの元へと案内した。

 

 

 

 

 

 シオンを案内している道中、レミリアは手に灯した自身の妖力を数回増減させた。

 「……何をやってるんだ?」

 「え? ああ、コレは合図のようなものね」

 「合図? 集合とかそういったものか?」

 「相変わらず察しがよくて助かるわ。今のは時間が来たから集まってという合図よ」

 妖力を落ち着かせたレミリアは、後ろから早歩きで来た咲夜に言った。

 「早いわね。まだ合図してから数分も経っていないのだけど」

 「フラン様の一大事ですから。ところで、シオンはどこに……?」

 「何を言っているの? そこにいるじゃない」

 シオンのいる方を指差すレミリア。そこでやっとシオンに気付いたのか、咲夜は顔を驚愕に染めた。

 「シオン、いつからそこに!?」

 「……ずっとここにいたけど」

 やはり全く気配を感じないせいで影が薄くなっているらしい。

 だがそんな理由を知らない咲夜は、流石に今の反応は失礼だと感じたのか、すぐに頭を下げてきた。

 「その、すみません! すぐ目の前にいるのに気付かないなんて……!」

 「……別にいい。気にしてないから」

 実際どうでもいいと感じているらしく、シオンは咲夜の方を見ていない。逆にそれが辛いらしく、咲夜は表情を暗くした。

 常のシオンならばそこで何かを言うのだろうが、今のシオンにはそんな余裕は無かった。

 「……レミリア、早く行った方がいいんじゃないか? 美鈴はもうそろそろ着きそうだぞ」

 「本当に? なら早く行きましょう」

 再び歩き出す二人と咲夜。そして三人がフランが眠っている部屋に入る。それと同時に、既に部屋の中にいた美鈴とパチェリーと遭遇した。

 「あ、レミリア様。シオンの協力を仰げたのです、ね……?」

 美鈴の言葉が途中で止まって行く。シオンの幽鬼のような姿を見たせいだろう。此方を見ているのに、見られているような気がしない。そう錯覚してしまうほどに今のシオンの眼には光が宿っていないのだ。パチェリーも余りの事に目を見開いていた。

 「……一体、何が?」

 声を抑えてレミリアに聞く。だが、レミリア自身にもよくわかってはいないのだ。

 「よくわからないわ。私にわかるのは、今のシオンには生きたいという意志すら無くなってしまっていることくらいよ」

 「それはマズいのでは? いくらシオンの制御能力が強力だとしても、こんな状態で純粋な氣を扱うなんて不可能ですよ!?」」

 「そんなのやってみなければわからないわ。とにかく試してみましょう」

 「無理だと思いますけど……」

 そんなのはレミリアとてわかっている。いや、わからないはずがないのだ。それでもあのシオンならば、と思ってここに連れてきた。

 レミリアは未だに何も話そうとしないシオンに向き直って言った。

 「シオン、頼んだわよ」

 「……わかってる。美鈴、俺は何をすればいいんだ?」

 美鈴の手前に移動し、その顔を見上げる。だが美鈴は顔を仰け反らせてしまった。

 「……どうした?」

 「……いえ、何でもありません。失礼な真似をしました」

 そうは言っているが、美鈴は内心かなり焦っていた。

 (シオンの眼が、酷過ぎる……)

 濁り切っている。これ以上ないと言えるくらいに。

 (この眼を何度か見たことがありますが、やはり慣れませんね)

 生きることを諦め、全てに絶望しきった瞳。そう言った人間は、すぐに死んでいった。シオンがそうなるとは限らないが、楽観的な考えはできないだろう。

 「えっと、シオン、コレを使えますか?」

 とりあえず気を紛らわせるように純粋な氣を手に灯す。シオンはそれを見て首を傾げると、通常の氣を出す。

 「あ、それではなくて――」

 「……こう、か」

 「――え?」

 違うと言おうとした美鈴だが、シオンが気の色を変えたことで言葉が途切れる。そう、シオンが()()()()()使()()()()()()()()()

 余りにもあっさりと純粋な氣を会得したせいで、もう嫉妬をする気すら起きなかった。

 「……それで、コレをどうすればいいんだ?」

 「え、ああ、そうですね。それをフラン様の傷に当ててくれませんか?」

 「……わかった」

 小さく頷くと、シオンはベッドに眠っているフランに歩み寄る。そしてベッドのすぐ横に移動し終えると、小さく手を握り締めた。

 「……ごめん、傷つけて」

 悔恨の言葉を呟くシオン。それは四人の耳に聞こえてきた。やはりシオンは気にしているのかと思ったが、それを口に出すことは無かった。

 シオンは膨大な純粋な氣を手に宿すと、それをフランの胸の中心に触る寸前で止める。そして少しずつ、パチェリーにしか見えなかった『何か』を包み、消し去った。

 『何か』が消え去るのと同時に、フランの傷が消えて無くなる。それにホッとしたレミリアたちだが、たった一人だけ驚愕の表情をしていた。

 「……何をやったの?」

 他の三人にはわからなかったが、パチェリーだけは見えていた。本来なら吹き飛ばすしかないはずの『何か』を、ほんの少量の力だけで包み込み、消し去ったのを。

 それがどれだけのことなのか、魔法使いとしてかなりの実力を持つパチェリーだからこそわかってしまう。

 (アレをしたことで、本来ならかなりの生命力を削るはずだったのを極少量にまで抑えた。一体、何をやったの……?)

 シオンがやったのは何も不思議なことではない。あの纏わりついているものに最も適した属性を与え、包み込み、外に影響が出ないように掻き消した。

 パチェリーとてできないわけではない。だが、それはフランの胸の傷に纏わりついているモノが何なのかがわかればの話だ。

 だからこそ、シオンの取った行動が許せなかった。

 (もしも失敗したら、アレが暴走して、フランを殺してたかもしれないのに……!)

 パチェリーはシオンに近づくと、その手を取って部屋の外に歩き出す。

 「ちょ、パチェ!? 何をやっているの?」

 「少し話があるの。止めないでちょうだい」

 一度レミリアの方に振り返り、いつにも増して迫力のある声音で告げる。それに少しだけ怯んだのか、コクリと頷き返してきた。

 パチェリーはそれを確認すると、一度も振り返らずに部屋を出て行く。シオンは一切の文句も言わず、ただ手を引かれながら着いて行った。

 そしてある程度の距離が出ると、パチェリーは険しい顔でシオンに詰め寄った。

 「シオン、貴方は自分が一体何をしたのかわかっているの? もしもアレが失敗していたとしたら、フランを殺していたかもしれないのよ?」

 「……大丈夫」

 「何がよ!?」

 全く焦りの見えないシオンに、少しずつ苛立ちが溜まって行く。だが、シオンからすれば何故パチェリーが焦っているのかがわからなかった。

 「アレは俺の知ってるものだから。わかっているものを対処してたのに、どうして責められなきゃならないんだ?」

 「貴方はアレが何なのか知ってたの!?」

 パチェリーからすれば、そのことを知っているだけで驚嘆ものだった。それほどまでに、アレが何なのか、さっぱりわからなかったのだから。

 「……知っているのか、と言われるとかなり微妙だけどね」

 「なら、知っている範囲でいいから教えてちょうだい」

 「……言えるのは一つだけ。アレは妖怪にとって最悪に近いものだ。……今言えるのは、コレくらいだ」

 「答えになってないわよ」

 かなり遠まわしになっている上に、結局は何も教えてくれないことに憤ったパチェリーは詰め寄る。しかしシオンは、もう話すことは無いと言わんばかりに部屋に戻って行った。

 「待ちなさい!」

 慌てて追いかけるが、もう遅い。既に部屋に入ったシオンは、レミリアに話しかけていた。

 「……レミリア、俺はちょっと風に当たってくる。外にいるから、用があるならそっちから来てほしい」

 「わかったわ。何をする気かは知らないけど、フランのことは気にしないでね」

 「…………ああ。ありがとう」

 レミリアの気遣いに、少し間を空けて返す。そのままシオンは部屋を出て行った。

 「私の質問に、ちゃんと答えてもらっていないのだけど」

 しかしパチェリーはシオンの腕を掴んで引き止める。

 「……アレ以外に話せりことは無い、と言ったはずだが?」

 「あの程度の情報で納得できるとでも?」

 逆に返されたシオンは、少し悩んでから言った。

 「……俺は、あの情報だけでも、調べようと思えば調べられるはずだと思うんだけどな」

 去り際に、「レミリアかフランなら、気付く可能性があると思うけど」と言って、シオンは部屋から出て行った。

 「……レミィかフランなら? 何故この二人なの?」

 パチェリーの疑問に、レミリアたちは何も答えられなかった。




実を言うと、シオンの過去の話の構成は全部できちゃってるんですよね、ただたんに載せる機会が無いだけで。
シオンの嘆き、怒り、憎しみ、絶望……そういったのを早く書きたいんですがねー
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