飛ばされた場所
何も無い真っ暗な空間の中に、一人の少年が立っていた。その姿は満身創痍、大怪我は無いが細かな傷痕があり、血が滲んでいた。
そんな少年の外見は、美少女と言ってもいいくらいに少女寄りだった。地面に着くほどまで伸びている長く白い髪。それに反してまるで目は血の様に紅い瞳をしている。
目は睨んでいるかの様に鋭いのだが、今は疲れているせいかいつもの鋭さが無かった。顔は目と目の間に前髪をあごの近くまで伸ばしているため少しわかりにくいが、それでも美しいと言えるだろう。
身長は同年代の人間と比べてかなり低く、百センチメートルにも満たない。その上かなり痩せている。恐らく栄養が足りていないのだろう。
服装もかなり奇抜だった。白いシャツとズボン、そして腰にローブか何かを巻いていた。
そんな少年の左手には白銀の剣――白夜が握られていた。一切の装飾も無い、ただ剣と言う形をしているだけのその剣は、少年からすれば、本来扱えないはずのものだった。何せ、少年よりも剣の方がほんの数ミリだけ長いのだ。
この剣を預かる……というか押し付けられた時には、疲労していたのと、かなりの重さのせいでで地面に押し潰されかけた。
しかしこの剣には、そんなのはどうでもいいと思えるくらいの能力を有していた。
そして少年は剣を使って『空間を切り裂き』、その中に剣を放り込んだ。そして、やっとこの空間から出られる、そう思った時に異変が起こった。
「な!?」
何の前触れも無く、いきなり地面が揺れた。そして、周囲の暗闇から無数の目が表れる。
「何だコレ……!? クソッ!」
普段はしない舌打ちをしながら走り出そうとする少年――シオンだが、ここに来る前から極度に疲弊していた。そしてこの世界に来てから負った細かな傷のせいで少しずつ血も流れ、意識が若干だが朦朧とし、満身創痍の今の状態では全力で走る事が出来ない。だが、結局走り出す事は出来なかった。目の前に女性が現れたからだ。
その人は、紫色のドレスを着ていた。右手に華麗な装飾のついた傘を持ち、左手には優雅な扇子がある。綺麗な金色の髪を長く伸ばしていて、毛先を幾つかの束にしてリボンで結んでいる。瞳は髪と同じく金色だ。百八十はあるはずなのに、何故か少女のようにも見える妖艶な美女だった。
しかしシオンの直感がどこか、自分達とは決定的に違う『何か』を感じていた。
「……………………」
それでもその現実離れした美しさに、シオンは今の状況を忘れてただ見惚れてしまった。そのままシオンが見惚れていると、女性が左手に持っていた扇子を開き、それを使って少しだけ口元を隠しながら言った。
『貴方には、してもらいたい事があるの』
女性が居るのは目の前のはずなのに、声は地面のある真下を除いた全方位から聞こえた。それに驚きながらもシオンは冷静に言葉を返す。
「……何をしろと?」
『あら、案外冷静なのね。もう少し慌てると思ったのだけど?』
本当に意外だ、と思っているようで、かすかに眉を寄せていた。しかし、シオンからすれば逆に気付かれてなかったのかと驚いた。
「あの『黄昏の迷宮』で誰かに見られているとはわかっていた。それが貴女だとわかったから驚かなかっただけだ。視線に力を籠め過ぎていたから、かなりわかりやすかったが?」
若干視線を鋭くしながら答えた。シオンの言葉をどこか面白そうに聞いていた女性は、ほんの微かに頷いた。
『視線に気付かれてしまうなんて、私もまだまだね。まあ私にとっては好都合なのだから、別にいいのかしら? それで肝心の私の用事だけど、貴方にしてもらいたいのは、私の箱庭の狂った部分を元に戻す。それだけよ』
女性から返ってきた答えは、どこまでも自分本位なものだった。けれど、シオンはそれに動じない。女性の話にはまだ続きがあるとわかっていたからだ。
シオンが何も答えないことを悟った女性は、口元を隠していた扇子をどかし、面白そうにクスリと雅に笑った。
『けど、そこまで気にしないでいいわよ。元々これは貴方がやらなくてもいいことだもの。だからこそ、貴方が思うように勝手に行動してくれれば、それでいいわ』
「それは勝手過ぎるだろう……こっちの都合は無視か? それ以前に、何が狙いなんだ?」
呆れて物も言えないシオンに、女性は意地の悪い笑みを浮かべた。
『フフッ、それについては諦めて? 昔も今も、そしてこれからも、ずっと変わることなんてないわ。『私達』は、そういうものなのよ。狙いに関してはどうとも言えないわ。けど、貴方もわかっているのでしょう? 何かを起こさなければ、何も変わることなどありえない、と』
「……その『私達』と言うのが気になるが、どうせ教えてくれないだろな。まあいい。それで、貴女の言う何かを起こす、そのための起爆剤が俺――いや、俺達、ということか?」
『あら、言い得て妙ね。起爆剤、そう、その通りよ。ただ、一つだけ言っておくわ。私の箱庭に招待するのが決まっているのは、今現在では貴方だけ。もしも万が一貴方が死んだ場合のみ次の人を呼ぶつもりよ。だから、貴方の同類は来ないと考えていいわ』
そして女性は、続けてこう言った。起爆剤が多くなり過ぎて、箱庭そのものが無くなったら困るものね? と。そして、女性は嘲るように嗤った。
『まあ、貴方はしょせん代用品。殺されてしまっても、また別のを連れて来ればいいだけの話だから、精々あがいてみせて頂戴。健闘を祈っているわ』
一方的に告げると、女性は後ろを向いてどこかに消える。まるで幻のように。けれど、シオンは女性が何かを我慢していように見えた。気のせいかもしれないが、シオンは自身の目には少しだけ自信があった。そのため、一応このことは覚えておくことにした。
「……幻覚か?」
そうポツリと呟くが、それがありえないことはバカでもわかる。そしてシオンは気付いた。自分の体が不自然なほどに凝り固まっていたことに。つまり、シオンは無意識の内に相手の強さを悟っていたのだ。しかもそれは、自分にとっては知りたくない情報だった。
「……あの人は、強い。なるべく戦いたくは無いな」
相打ち覚悟で腕の一本を持っていけるかどうか。最悪、何もしないで終わる、というより、殺される。もしもシオンが先程の女性と戦った場合、そんな未来が見える気がした。
そして、女性が消えてから、周囲にあった無数の目が地面まで迫って来た。そしてその目がシオンの足元まで来ると同時に浮遊感がシオンを襲う。そして、シオンは暗闇を落ち始めた。
地面が消え去る。シオンはあの時の感覚の差異と比べながら、真っ暗な空間を頭から落ち続けていた。
「アレに比べれば感覚もあるし、まだマシとは言えるけど……この高度から落ちたら潰れて死ぬだろうな。……起爆剤にしたいんだったら、もう少しマシな方法で落としてくれよ。本当に」
普通なら取り乱す場面で、異常とも言える程に冷静なシオンは、的確に状況を把握していた。
「とは言っても、こんな体じゃ殆ど何も出来ないし、空中じゃ満足に動くこともできない。もう少し体力があればまだ他に手もあるんだけど……いや、そうか」
そこで何かを思い出したシオンは背中の黒い剣を抜き放った。そして叫ぶ。
「能力解放!」
叫び終えると同時に、外から内へと何かを飲み込もうとする闇が現れる。
剣をそのまま、体を上体にして、シオンは下、と言うよりも上を見据え続けた。
そして、遂に光が見えた。それと同時に黒の剣を真上に上げる。
「重力減少」
上げた剣の切っ先があった場所でシオンの体がふわりと宙に浮く。その瞬間にシオンは体を回転させて、足を地面に向けるようにした。
周囲の重力が減少した中で徐々に落下し始める。しかし、先程までのような落下速度ではなかったため、衝撃は少なかった。
そして周辺を見回したシオンはポツリと呟く。
「ここは……どこだ?」
霧に包まれた中で発した声は、すぐに消えていった。
その後シオンは、黒陽を鞘にしまってから能力を使って大きさを変え、鎖のついた小さな剣の形をしたペンダントに変える。そして、その剣の形をしたペンダントを首にかけると、その場に座って体力を回復させた。もしも大怪我をしていたら、こんなに悠長にしていられなかっただろう。
まあ、どの道満足に動けないという点には変わらないから、そのまま死ぬしか無かったかもしれないが。
そのまま休むこと数分、傷が全て癒え――小さな傷とはいえ、人間では絶対にあり得ない異常な回復力だ――て、体力がある程度回復したシオンは立ち上がり、伸びをして凝り固まった体を解した。
「とりあえず、移動するか。このままここに居ても情報は集まらないし」
もう一度周囲を見渡すが、やはり殆ど見えない。精々数メートル先が限度だ。木々があることから恐らく森の中なのだろうが、確証は無い。
仕方ないと諦めて歩き始めたシオンは周囲の気配を読もうとするが、何かが干渉しているのか、三十メートル程度の範囲しか知ることが出来なかった。
「……面倒だな」
そんな状態のままで歩き続けて三十分程経った時、いきなり前方から怒鳴り声が聞こえた。
「そこにいる人間、止まりなさい! ここがどこかわかっているのですか?」
どこか奇妙なその言い方におかしいと感じたが、とりあえずここがどこか尋ねようと一歩進み、言った。
「なあ、ここは――」
「く、やはり忠告は無視と言う訳ですか。わかりました、その挑戦、受けてあげます!」
「……は?」
言葉を無視され、更にはいきなり戦わなければならない状況になったシオンは、珍しく呆けた声を出していた。そして、すぐに誤解を解こうと手を前に出して、シオンにしては速い口調で話す。
「待て、俺は別に何も――」
「問答無用!」
が、あっさりと跳ね除けられる。既に走り出している女性――声と気配で判断した――には何を言っても無駄だということを悟ったシオンは、意識を戦闘状態へと切り替え様とする。それと同時に、女性は人間ではありえない速度で走って来た。
「……!?」
それに驚いてしまい、反応が遅れる。その隙に女性は更に近付いてきた。
そして、そのまま左足で跳び膝蹴りをシオンの頭に叩き付けようとしてくる。頭を狙っているのを感じたシオンはその場にしゃがむ。そして、自分の頭上すれすれを通っていく蹴りを空気の揺れで悟りながら、地に手を置いて、宙返りの要領で女性の背中へ蹴りを入れようとする。
「……!」
躱されたことと反撃を入れられようとしていることに驚いたのか、女性は息を呑んだ。しかし、女性は自らの蹴りの勢いを利用して空中で半回転し、シオンの蹴りと自らの蹴りをぶつける。
踏ん張りの利かない空中に居た女性は吹き飛んだ。しかし、蹴りの威力を殆ど相殺されたせいなのか、ダメージは負っていなかった。
攻撃を躱され、逆に反撃を喰らいかけたからか、女性の気配が変わる。恐らく油断するのをやめたのだろう。
そしてそれはシオンも同じだった。意識を切り替えている最中に驚くものを見せられたせいで、大きく回避する必要が出たのだ。
本来のシオンならば、回避と同時に反撃する事が出来るのだから。そのせいで蹴りを入れるのが若干遅くなり、結果防御されてしまった。
そして、本気になった――本気ではあるが、全力ではない――両者はそれぞれの構えを取った。女性は何らかの――霧で見えにくいが、構えから判断すると、恐らく中国拳法の可能性が高い――構えをするが、シオンはただ突っ立っているだけだ。
けれど自らを鍛え続けた女性にはわかる。目の前の侵入者が、体の重心を全くブレさせていないことに。
普通、人は生きている限りは完全に重心を動かさない事は出来ない。なにせ、ただ呼吸しているだけでも、胸や腹が動くからだ。
だからこそ、女性は疑問に思ってしまう。こんな小さな子供が、何故ここまでの技術を持っているのかと。
この子供が気配で完全に人間だとわかった今だからこそ、女性は自分が取ってしまった行動を後悔していた。
シオンが気配を探り難かったように、女性も気配を探ることが難しかったのだ。そんな状況で誰かが近づくのを感じて、つい侵入者だと決めつけてしまった。けれど、今更構えを解くことなどできるはずがない。
せめて怪我はさせないようにして気絶させてから看病し、改めて事情を聞こうと思った女性は、気合の声を上げ、動く。
「ハアァァァッ!」
女性の動きはとても滑らかで、全くと言っていいほどぎこちなさが無い。そのためその動きは速く、何より力強かった。何日も、何年もの間妥協せず、諦めず、ただ自らを鍛え続けてきたものだとわかる。
身体能力が高いことに胡坐をかかず、技術を上乗せした目の前の女性は、シオンにとってあの場所の人間に比べて、何よりも高潔に映った。いや、比べることすらおこがましいだろう。
けれどシオンは知らない。目の前にいるこの女性は、この世界では決して強い方だとは言い切れないということを。
シオンがそんなことを考えている間に女性との距離はほぼ埋められていた。
そして、女性はほぼ絶対に避けられることがわかっていながら再度蹴りを放つ。
機動力を削いでしまうのに、何より躱されることがわかっているのに何故同じことを繰り返したのか?
答えは簡単だった。二人の身長に差があり過ぎるのだ。
シオンは現在九歳だが、一時期栄養不足のせいで殆ど背が伸びなかった。その為背が低い。逆に女性は、そこらの男性よりも背が高い。
そのせいで女性がシオンを殴る為には身を屈める必要がある。しかしそんなことをすれば攻撃の幅が狭まる上に動きも遅くなり、シオンの攻撃を回避する事が難しくなる。
それはこの少年が相手では致命的過ぎることが女性はわかっていた。だからこそ避けられるとわかっていながら、蹴りを使って牽制してから攻撃する方法を選んだ。そして、そのことはシオンにもわかっている。
シオンの頭を狙った女性の蹴りが飛んで来る。音速を超えて攻撃することが出来ない体術――無理矢理音速を超えた動きをすれば、自らを傷つける自爆技になりかねないからだ――では、銃弾飛び交う戦場で生きてきたシオンにとっては遅過ぎる。
更に、シオンは今だからこそ使える技があった。それは相手の体の動き、つまり行動の予備動作を見ることだ。人は体を動かす時に他の部分も動く。
蹴りを放つ時の力の動きでどちらの足を動かすかを読み、視線でどこを攻撃するのか予測した。この二つを同時に使うことで、例えフェイントを使ったとしても、シオンにはそれすらわかってしまう。
つまり、女性が蹴りだけしか使えない今、シオンに勝つことは殆ど不可能だ。
とはいえ、かなりの集中力を必要とするせいで、現状では一対一でしか使えない。けれど、もしも使えるなら――シオンはほぼ無敵になれる。それが、
「は!?」
完璧にタイミングを合わせて受け止めようとした右手が弾かれた。それに驚愕しつつも咄嗟に左手で足を掴む。
それでも蹴りの勢いは止まらない。無理矢理体に力を込めるのと、能力の補助を追加してやっと受け止められた。
「な、嘘でしょう!?」
蹴りの軌道を完全に見切られ、その上足を掴まれたことに女性は驚愕の声を出し、体が硬直してしまう。しかし、蹴りを受け止めたシオンの方も驚愕していた。
(ありえない、重過ぎる!?)
先程女性の放った蹴りが、異常に重過ぎるのだ。はっきり言って、人間に出せるような威力では無い。
(もしも今のがまともに当たっていたら……!)
体がグチャグチャになるだけではすまない。
その事実にぞっとしながらも、シオンの体は無意識ながらに動く。その動きに女性がハッと我を取り戻して動こうとするが、それは遅かった。女性が硬直していたのは一瞬だったが、先に動いていたシオンにとっては、ほんの少しの時間があればそれで十分だった。
「これで、終わり!」
そう叫びながら体を回し、後方にあった壁へと放り投げる。
「きゃあ!」
壁にぶつかり悲鳴をあげる女性に更に追い打ちを入れようと、シオンは走る。そして走る時の勢いを乗せて鳩尾を殴りつけた。
ある程度加減したが、最低でも気絶させるくらいの威力を乗せた。
「う…ッ…!!」
苦悶の声を出しながら、女性は膝をつき地面に倒れる……寸前でシオンは女性の肩を掴んだが、その体勢でしばし固まってしまう。
先程までははっきりと見えず、そして戦闘中だったため気にもしなかったが、今はマズい。何故マズいのか? 先程この女性は高いとわかった。そして、そういう女性は個人差はあれど、概ね同じ傾向にある。つまり――胸が大きい、ということだ。
が、シオンが固まったのは別の理由だ。そもそもシオンの精神は
今シオンが思っているのは、自らの姉だった人の言葉だった。
『いい、シオン。気絶している女性を介抱するのは別に構わないわ。けどね、怪我の治療とかそういう事情でも無い限り、胸とかに触るのはダメよ。わかったわね?』
と、笑顔で言われてしまった。そして、頭では無く感覚で悟った。本当に怒っている人は、笑っている時が一番恐ろしいのだと。
この言葉を言った理由が単なる嫉妬だったのだと、あの時になってわかったのだが。
あの時のことを思い出してしまったシオンは、胸を切り裂かれる様な幻痛を抑えながら女性を背負うと、その態勢のまま門の中へと入って行った。
女性の怪我を見る――手加減したとはいえ、傷が無いとは限らないからだ――には、この霧は邪魔だからだ。
……背の低い子供が、背の高い女性を背負っているというシュールな光景のまま歩いていることに気付かないで。他の人がこれを見れば自分の目を疑うだろう。
そして遂に扉の前に辿り着く。女性を背負いなおし、何とか落とさないで扉を開ける。
家の中に入った瞬間、シオンは何故この女性が自分を襲ったのかを理解した。
「確かに襲われても仕方がないな……というか、これで完全に侵入者になっちゃったし」
この言葉を呟いたのは、ここがどこかの屋敷だとわかったからだ。この深い霧の中を歩き回る人間など、門番からしたら怪しすぎる。
「とりあえず謝罪は後にして、さっさと手当てするか」
溜息をしながら女性を下ろし、壁にもたれかけさせた。シオンはその時初めて女性の姿を見る。
シオンも人のことは言えないのだが、かなり奇抜な格好をしていた。頭に星のマークがついた緑色の帽子。同じく緑色のチャイナと、それに何らかの服を足して割ったかのような服を着ていた。側頭部には編み上げたリボンを付けて垂らしている。
赤い髪は長く、腰くらいまではあるだろう。瞳の色は閉じているためわからない。顔は見方によっては可愛いようにも、綺麗なようにも見える。体つきは……今更言うまでもないだろう。
けれど、今の状況では少し問題があった。チャイナ服を着ているせいで、打ち付けた背中や勢いよく殴った腹が直接見れず、その場合は触診するしかない。こんな服は見たことが無いシオンは、脱がし方もよくわからない。まあ、寝ている女性の服を剥ぐつもりなどさらさらないが。
ほんの数秒悩んだシオンは、再度溜息を吐くとまず腹に触り、その後に肩を掴んで背中を壁から離して触る。両方とも軽い怪我――精々打撲程度――だとわかり、少し安心する。
けれど、油断はできない。この女性が人間なのか、あるいは化物と呼ばれる類のものなのかがはっきりしない限りは安心できないのだ。
とりあえず女性の背を壁にもたれかけさせなおすのと同時に、ずっと隠れていた人物に向かって鋭い声を投げる。
「いつまでもそこに隠れてないで、いい加減出てきたらどうだ?」
その言葉に今まで隠れていた誰かの気配が少しだけ揺れる。隠れていた誰かもそのことを理解したのか、隠していた気配を戻した。
「……いつから気付いていたのですか?」
物陰から出てきて少しずつ自分に近づいてくる女性、いや少女に向けて疑問に答える。
「最初から」
「……え?」
余程驚いたのか、ピタリと足が止まる。それを無視して話を続けた。
「……自分でも理由がわからなかったのか? 俺がこの人を背負って入って来た時に、ほんの少しだけ動揺しただろう。そのせいで気配が揺らいだんだ。すぐに戻ったから普通の奴なら気付かないだろうけど、俺は普通じゃないからね。後は、その場所をずっと探り続ければ動いたのかどうかそうでないのかは簡単にわかる。もしも最初に動揺しなかったら俺でもわからなかっただろう。誇っていいと思うよ」
「そう、ですか……」
シオンの説明を聞いて落ち着きを取り戻したのか、冷静な声で言う少女に、シオンは容赦無く爆弾を落とした。
「そんなにこの人が心配だったの?」
「え!?」
立ち上がったシオンが振り返ると、自分と同じくらいの年齢の少女が、顔を真赤に染めて立っていた。
髪は銀色で、肩くらいまである。両方のもみあげあたりから、先端に赤色のリボンをつけた三つ編みを結っている。瞳は綺麗な青色だった。
そして少女は、近い将来、かなりの美人になるだろう顔立ちをしている。今は可愛らしい感じだが、大人になれば、クールとかそういった言葉が似合うと思われる。
身長はシオンよりも高く――というよりシオンが低過ぎるだけなのだが――百四十センチメートルくらいはある。
そして何故か青と白を基調としたメイド服を着ていた。頭にはカチューシャをつけていて、裾の長さは膝丈くらいだろうか。どうやらポケットに何かが入っているらしく、少しだけ金色の鎖が見えていた。
正直に言ってしまうと、若干服に着られている感じがする。余り着慣れていないのだろう。あるいは、子供が着ているせいで背伸びをしていると感じられるからか。
が、シオンが気になったのはそこではない。服装は自身も変なのだから――これにはきちんとした理由があるのだが――他人をとやかく言える訳が無い。シオンが気になったのは、少女の髪の色だった。
自分の心が荒れそうになるのを、必死になって抑えながら――それを少女には絶対に悟らせないようにして――何とかニヤニヤとした笑みを作る。その顔を見て何を思ったのか、少女は慌てた声で叫ぶ。慌てていたせいか、敬語が抜けていた。
「別に、私は心配してなんか……!」
「仲間を心配するのは当たり前のことだと思うけどね?」
「う……!」
更に顔を真赤にする少女を見ながら、シオンは真面目な顔をした。
「とりあえず、謝罪しておく。知らなかったとはいえ、勝手にこの家に入ったのは迂闊だった。ごめん」
そう言って頭を下げるシオンに毒気を抜かれたのか、少女は溜息を吐いて薄く笑った。
「散々弄っておいてそれですか……では、貴方様の名前は何と言うのですか?」
「……俺の名前は二つある。どちらを言えばいい? それとも両方か?」
自分の質問に素直に答える少年に内心で驚く。そんな律儀な事を言う性格だとは思ってもみなかった――先程のシオンの態度では仕方無いが――し、態々そんな事を言わずに偽名か、あるいはどちらかの名前を言ってしまえばよかったのにと思いながら、少女はしばし悩み、言った。
「……では、いつも使っている方の名前で」
少女の言葉に眉をほんの少しだけ動かす。何故、と言った様に。
「わかった。俺の名前はシオン。姓名は無いよ。それと、様はいらない。敬語もね」
「畏まりました。シオン、ですね。敬語の方は、私がメイドである以上は必要なことですので、諦めてください。名前は
咲夜の言葉に、少しだけ意味が分からないと顔に書いてしまっているシオンに咲夜は苦笑する。大人びているかと思えば年相応の反応をするシオンが可笑しかったのだ。
暫く悩んでいたシオンだが、結局咲夜に聞いた。
「なあ、咲夜は日本語なのに、何故美鈴は中国語なんだ?」
名前を聞いただけで中国語だとわかったシオンに微かに驚きつつも、咲夜は説明をした。
「それは美鈴が中国の妖怪だからですよ」
「……妖怪?」
「はい、そうです」
呆然と呟くシオンに咲夜は頷き返す。そして、シオンはそのままブツブツと呟きながら独り言を言い始める。
「何で、どうしてこうなったんだ? まさか白夜の能力の暴走……? ……多分違う、恐らくあの人が何かしたのか……。なあ咲夜、一つ聞いてもいいか?」
シオンは幾つか思い付く中で最も可能性の高い問いの答えを聞こうと咲夜に言った。
「ええ、いいですよ」
それに対して簡潔に言いながら頷く咲夜にシオンは聞く。
「ここは、この場所は、何て言うんだ?」
「この世界は、幻想郷と言います」
咲夜の冷静な声で言われた答えは、シオンにとって、予想通りとでも言える可能性だった。
主人公が中々にチートですが全部理由があったりします。
何の理由も無しに大きな力が手に入るとかありえないよ!
ちなみに咲夜がシオンと同年齢なのにも理由があったりします。
それと戦闘描写と人物描写が難しいw
誤字・脱字に関するものと感想批判お待ちしてます。