作品が勝手に走り出すって、こういうことを言うんですかね。
シオンを地の底に叩き落としたのは咲夜だった。
咲夜はシオンは諦めが悪いことを知っている。言い方は悪いが、台所によく出現する
だからこそ、レミリアとフランが攻撃を終えた瞬間に自身が出せる限界ギリギリの速度まで加速して蹴りを叩きこんだのだ。まあ実際のところ、美鈴が攻撃を引き付けておいてパチェリーに罠をしかけさせ、レミリアとフランが逃げられないようにしていたのに、自分だけが何もできなかったことに憤っていた咲夜が勝手行動してやったことなのだが。しかしそれが結果的には正解だったのだから、何がいい方向に向かうのかわからない。
しかし、その無茶は昨夜にもそれ相応の負担をかけていた。元々咲夜の加速は自分だけを加速させているものなので、空気中に存在する大気はそのままの状態になっている。それ故に咲夜が加速をすれば音速を超えたせいでソニックブームになった大気が自分自身に攻撃してきてしまう。そこから更に、それこそ限界まで加速すれば、大気は強固な『壁』となる。
コレは何も不思議なことではない。人間がかなりの上空から落下したとして、時速二〇〇キロメートルを超えはしないが、それに近い速度が出る。こんな速度で落ちれば、例え水の中に落ちたとしても、その水はコンクリートと余り変わらない硬さになるのだ。
つまり先程の咲夜は、強固な壁を体全体で殴って無理矢理突き破りながら移動していたことになる。もし集中力が一瞬でも途切れてしまい制御が狂えば、一瞬で大気の壁に激突することになり、自身の肉体が無残なスプラッタとなって哀れなオブジェができあがる。それほどまでの無茶をしていたのだ、咲夜は。
かなりの無茶をしたと思いながら、咲夜は一息吐いた。
シオンが地の底に叩き落とされたのを確認した美鈴は、横目に咲夜を診ながらも即座にパチェリーの元へと移動をする。焦りながら走っていたせいなのか、一息吐いていたレミリアたちも釣られて走り出していた。
「美鈴、どうしたの!?」
怪我をしているのにも関わらず無茶をしている美鈴を咎めるレミリア。しかし当の美鈴はパチェリーのところへ着くまで何も話さなかった。
そのまま結局全員がパチェリーのいる場所に辿り着いてから、美鈴が話し始めた。
「申し訳ありません。時間に余裕があるわけではないので、急ぎました」
「それは何故? シオンが戻って来るのには、それなりの時間がかかると思うけれど」
レミリアはパチェリーの顔を見る。それで何が言いたいのかを察したパチェリー。
「……一応、
「「「「……?」」」」
聞き覚えの無い言葉を耳にしたせいか、四人の首が傾く。
「簡単に言えば、地表……私たちが立っている今ここから測ると、大体二六〇〇キロメートルから二八〇〇キロメートルの間よ。流石に外核辺りまで落とすと、シオンでも死ぬかもしれないからやめておいたわ」
四人は地球についての知識を知らないから仕方がないが、地球の構成物質をよく知っている人物がこの言葉を聞けば驚愕するだろう。
確かにパチェリーは嘘は言っていない。しかし、シオンが生きている可能性より、死んでいる可能性の方が遥かに高いのだ。
地球にはいくつかの層が存在する。人や動物が生きている地表。それらを支える地殻。そして上部マントル、下部マントル、外核、内核だ。外核と内核を合わせた距離が約三五〇〇キロメートルであることを考えると、それにも満たない二八〇〇キロメートルは少ないと思うだろう。しかし違う。そんな甘い話ではないのだ。マントルにもいくつかの層があり、上部マントルの下層に位置するスピネル相の上にかんらん石というものがある。このかんらん石は地表から約六〇キロメートルから四四〇キロメートルまでの不連続面であり、地殻とともに圧力や温度、水分含有量などの条件が合わさると部分融解を起こし、
場所が限られているとはいえ、わずか四四〇キロメートルの間にもマグマなどという、ほんの少しでも触れようとすれば――いや、触れる前から火傷させられ、触れれば融ける高温度の場所があるのだ。下部マントルがどうなっているのかなど想像するまでもない。叩きとされただけでも即死する。というより、上部マントルの条件によっては落ちる途中で死ぬ。
それ以前に、下部マントルに落ちた人間自体存在しない。しかしその中は上部マントルよりも更に酷い環境だ。下部マントルの最下層の下には外核が存在する。内核と外核は、それこそどんな生き物でも生き残れない超高温度であり、それに近い下部マントルは
マグマでさえ地面を完全には融かすことはできないのだ。それを融解させている内核、外核の温度は押して図るべし、だろう。
けれど、落とした当の本人は余り気にしていなかった。薄情だと思われるだろうが、本当のところでは、パチェリーはシオンを
もうわかっているのだ。シオンを助ける方法は、おそらく無いことに。だからこそ、フランに恨まれるとわかっていても、下部マントルに落としたのだ。内核の中心まで落とせればよかったのだが、流石にそこまでは操作できない。それ以前の問題として、まず魔力がもたないのだが。
(どのみち、コレで死ぬとは思えないけど)
あの頑丈な鎧を身に纏っているのだから、死ぬ可能性は低い。剥き出しになったままの右半身がそのままなら死ぬだろうが、どうせ何かをしているはずだと思いながらも、パチェリーは話を戻した。
「それで、美鈴は何を話したいの?」
「話し、というよりは、情報を再確認したい、という方が正しいですね」
「情報の再確認。そういうということは、美鈴は何かがわかったの?」
「はい」
パチェリーの疑問に美鈴は即答した。
「時間がもったいないので詳細は省きますが、シオンは足技はともかく、手を使った技は
美鈴はそう断言する。だがコレには理由がある。というより、何故思い至らなかったのかと不思議に思うほどに当然のことだった。
「今思えば不思議だったのですよ。わずか九歳の子供が、超一流と呼んでも過言ではない技術を持っていたのか。しかし、この理由なら納得できます」
そして美鈴は言った。誰もが思い至らなかった、至極当然のことを。
「シオンは、
の
そう、それが美鈴の気付いたことだった。
「剣を使った正中線――人体の急所を狙った攻撃は鋭いのにも関わらず、手足などの急所以外の部分は全く狙っていない。というよりも、狙えていません。足技は重いのに、手技は全く速くない。これらは、おそらくシオンが習得していない……あるいは習得するための時間が無く、結果諦めたことによるものです」
美鈴が気付けたのは、全くの偶然だった。理性を失い獣となったシオンでも、足技は理性あったころとほとんど変わらない技術を持っていた。おそらく本能でやれていたのだろう。
にもかかわらず、手を使った格闘術は殴り、突き、爪による切り払いといった単純すぎるものばかり。
それを見てフランとの戦いを思い出したのだ。シオンの剣はまともな戦い方を知らない暗殺剣だということに。
「つまり、シオンは一部の技術のみが突出していることを隠していたのです。まあ、戦士としては当然の行動なのですが。私でも騙されてしまいました」
美鈴が戦った時、シオンはその身長差故に足技ばかり使ってきた。届きにくい、あるいは届かない手を使っても意味が無いと、そう思い込ませるように。実際当ててはいたが、それでも余り効果が無いと意味づけるように殴って来た時もあった。
そのせいで、シオンは殴って来るよりも蹴りの回数が多かった。しかも途中で自分の体の損傷を度外視した自滅技を使って美鈴を負傷させるなどもしていた。その後はすぐに片手を掴み掴まれた状態でのインファイトとなったせいで、手技が苦手だと悟らせなかったのだ。
「本当に、愚かでしたよ。子供だからかと油断していたのでしょうか……」
珍しく苦悩の表情を見せる美鈴。子供であるシオンに騙されたのが悔しいのか、あるいは膨大な戦闘を繰り返しているのにも関わらず全く気付けなかった自分を罵っているのか……。その心の動きは、レミリアにはわからなかった。
「その他にも、何かわかったことはありますか? 私は、シオンの苦手なモノが徒手格闘だということだけです」
美鈴はレミリア、フラン、咲夜、パチェリーの顔を順繰りに見つめる。しかし見つめられた側からすれば少々困る。なにせ、何もわからないのだから。
各々はとにかく考えるが、やはり情報が少なかった。
(私が知っているシオンのこと。人間離れした強さ。年齢にそぐわない精神力と技術、膨大な戦闘経験。知ってるものは知っているけど知らないことは知らない歪な知識。他者を思いやれる心。他には。シオンの強さはどちらかという能力に依存してる。……能力?)
能力という言葉に何かが引っ掛かったレミリアは、そこを重点的に思い出す。
(シオン自身の能力。自身の細胞を別の物質に作り変えられる能力。剣の能力。重力制御と空間制御。けどおかしい。能力を取り込んだからと言ってあそこまで強くはなれない。黒陽という武器の由来。謎。ヒント。私かフランになら理解できる。シオンと私とフランの共通点。化け物、あるいは人外としての並み外れた強さ。それは今関係ない。他の共通点。武器が通常のものではないこと。――ッ!!!)
そこでレミリアは思い出した。あの時シオンは『レミリアとフランなら、気付く可能性があると思うけど』と言ったのだ。何故この二人なのか。戦闘経験の多さゆえに様々な武器を知っている美鈴でも、本から知識を得たパチェリーでも無く、レミリアと、ほとんど無知に近いフラン。これの共通点は、一つしかなかった。
「『神器』……」
「お嬢様?」
唐突にポツリと呟いたレミリアに、訝しげに美鈴が応じる。しかしレミリアはそれを聞いていなかった。
「そう、そうよ……。何故気付かなかったの? これしかありえないのに。わかりやすい見本のようなものが手元にあったのに。私も美鈴のことを笑えな――」
「お嬢様!!」
集中していた時に真横から叫ばれたせいで、レミリアの体がビクリと震える。
「め、美鈴? いきなり何……?」
耳元で叫ばれたレミリアは、少しキーンとする耳を抑える。
「お嬢様が何かを呟いた後、ブツブツと独り言を言うからです。……それで、何か気付いたのですか?」
「……まあ、一応ね。全部が全部正しいとは思っていないけれど」
「それならそれでも構いません。今はほんの些細なことでも重要なのです」
自信たっぷりに断言する美鈴。だがそれは正しい。所詮人や妖怪の思考は、無理に一人で考えていれば、重要な、あるいは自分にとって大事な物を考えていればいるほどに、ほとんど一つのことしか見えなくなってしまう。ほんの些細な、他の部分に注意を向ければ気付けるはずの簡単なことにも気付けないほどに。
だからこそ皆で考えた方が効率がいいのだ。自分では気付けない事を、他の人が気付いてくれるかもしれないのだから。
「それじゃ、言うわ。私が気付いたのは、シオンの持つ『武器』についてよ」
「武器、ですか? アレに何かあるのですか?」
「まずは聞いてて。……アレは武器というカテゴリーに入るのかも謎な代物よ。おそらくアレは、『神器』と呼ばれる物だから」
「「「「――神器!?」」」」
四人が息を呑む。それも当然の反応だった。『神器』とは、文字通りの意味で『神が扱う武器』なのだ。人や妖怪が扱えるような、そんな生易しいモノでは決してない。
モノによっては適性が無ければ触っただけで即死するようなモノすらある。あるいは一回使っただけでも終わるような代物も。とにかく適性が無ければ、例えあったとしても相当に高くなければ全く扱いこなせないような、そんな理不尽なモノが『神器』なのだ。
「ですが、お嬢様の『スピア・ザ・グングニル』やフラン様の『レーヴァテイン』も神器にカテゴリーされるものでは……」
神器にまつわる話を聞いた咲夜の疑問。確かに二人の扱う武器も神器だ。しかし、それでも二人の扱う武器は『本物』には遠く及ばない。
「私とフランが扱う武器は、もうレプリカ、贋作と呼んでしまってもいいくらいに弱体化してあるわ」
レミリアはグングニル本来の、投げれば必ず命中し、その後は手元に戻る、槍を向けた軍勢は必ず勝利する、といった能力の大部分を封印してある。精々が、ある程度命中に補正が出たり、勝利をするという運命を手繰り寄せやすくなると言う程度だ。それも微々たるものである。
一方フランのレーヴァテインはかなり複雑なモノだ。どんな武器であったのか、その形すら神話の中にも存在せず、剣、槍、矢、細枝などといった様々な解釈が存在する。
その中でもフランは、『
しかし伝承にある『世界をまるごと焼き尽くすという究極の武器」としての威力は無い。というより、本来ならば出せるのだが、そんな出力を出せば自分の方が燃え尽きてしまう。
だからこそ、二人はコレを扱いこなすために武器の大部分を封印した。けれど、封印といってもあまり頑丈なものではない。レミリアがパチェリーに頼んで――レーヴァテインに関しては、フランの機嫌がいい時にやってある――封印を頼んだのだが、パチェリーは封印に関しては専門外すぎたのだ。そのせいで、ところどころが甘くなってしまっている部分があった。
それを埋めるために、レミリアは武器の名称を変えた。『名前』とは、本来ならば変えてはいけないものである。つけた名前には意味があり、その意味があるからこそそこに存在できるという概念さえあるほどだ。呪術の中には、相手の『真名』を使って呪い殺す術法もあるほどに、名前とは大切なものなのである。
それ故に、その存在の名前を変えるのは、その存在を歪めることになりかねない。それがただのモノならば問題は無い。しかしレミリアとフランが持っているモノは『神器』なのだ。名前を変えれば、それは最早神器とは呼べない。
だが敢えてそれをしたレミリアは、グングニルという武器を『コレ』と呼ぶモノにしてしまったのである。レミリアが使っているのは『グングニル』そのものではないが、限りなく近いはずだったものを変質させた。
故にレプリカ、贋作だと言ったのだ。
フランの『
しかし、
シオンは名前こそ変えてはいるが、封印も何もしていない。それ故に個人の能力だとも思えるほどの大きな力を使える。が、だからこそシオンが能力を扱うと、使用した強大な力に準じた反動が出るのだ。即死しないだけマシだとは言えるが、死んだ方がマシな大怪我を負ったのは、コレが理由だろう。
「それでも、武器の本質は変えられない」
そう、いかに神器であろうと――いや、神器だからこそ、本質を歪めることはできない。
レミリアのグングニルが『槍』であるように、フランのレーヴァテインが『炎』であるように、シオンの黒陽と白夜も、その本質は変えられない。
「黒陽と白夜……黒と白、太陽と夜……二つの武器と属性は相反するモノ……それらが意味するものは……?」
「――おそらく、元は二つで一つの武器なのかもしれないわね」
「え?」
レミリアの呟きに答えたのは、今の今まで傍観していたパチェリーだった。
「そういった伝承もそこそこ多いでしょう。それに、咲夜の時を操る程度の能力も、一応は空間と相反する……あるいは、同じようなモノよ。そうなのでしょう、咲夜?」
「そうですね……必ずしもそうだとは言い切れませんが、似たようなものです。実際、時を操るのも空間を操るのも、私からすれば大差ありません。空間を操るのは少々疲れは多いのですが」
「まあ、それに関しては仕方がないわ。似通っているとはいっても、咲夜の能力の本質はあくまで時間操作。空間操作はその応用にすぎないのだから。……こういったふうに、余り関係が無い言葉だと思っていても、実は重なっている部分が多いわ。火と水だって相反するモノだけど、うまく使えば凶悪なモノになるのだし」
「……それもそうね」
実際に火と水の合わせ技を見たことがあるレミリアは納得した。あれは凶悪なモノだったと思いながらも言う。
「それで、結局はアレの正体なんだけど」
やはり、誰の意見もでない。剣の正体が神器だと仮定できても、それが何を引き起こしてるのかがわかるわけでもないからだ。
「やっぱり、わかる、わけ、が……」
レミリアが目を見開いて、唇を戦慄かせる。いきなりの豹変に、四人は驚いてしまった。
「そう、ね……そういうことなのね……シオンがあんな姿になったのは……! これだから、神は嫌いなのよ……!」
空を憎々しげに睨みつけるレミリア。いつも優雅に振る舞うレミリアらしからぬ反応に、流石の四人も固まってしまった。
「レミィ、落ち着いて。一体何があったの?」
「簡単な話よ! シオンのあの姿は、
「「「「な――ッ!!???」」」」
『神獣』。それは文字通り、神の獣である。あるいは神の僕でもある。それ故に神獣の強さは桁外れであり、大妖怪であるレミリアたちの強さを遥かに上回る。
「だけど……なんで、あの姿になったの……?」
震えた声で言うフラン。神獣とは聖なる生き物だ。種族にもよるが、魔に属する妖怪――その中でも特に魔そのものとでも呼べる吸血鬼にとっては天敵だ。
一般的に吸血鬼は一度死んだ人間が不死者として蘇ったモノ、生きているモノ、幽霊のように実体のないモノ、その他にも色々あるが、最終的には死の超越者だと考えられている。元々妖怪に寿命など存在していないようなものだが、それでも死が存在しないと思われている吸血鬼は、妖怪という括りの中でもかなりの位置にある。
そもそも妖怪は人々の恐怖心から生まれるものであり、結局のところは噂によって生まれるのである。
つまり、噂によってその存在すら歪められる妖怪の中でも最悪な部類に入る吸血鬼は、聖なる獣である神獣とはすこぶる相性が悪い。
フランや美鈴の再生能力に異常が出たのも、それが理由なのだろう。シオンの黒陽が持つ神気によって、妖怪の再生能力が封じられていたのだ。
そんな神獣にシオンがなっているのだから、フランが恐れるのも無理は無い。
大切な人と殺し殺され合う関係など、誰が望むと言うのか。
「……おそらくシオンは自分自身を贄として、あの姿になっているのよ。別に不思議なことでもなんでもないわ。そういった話は多いのだから」
古来、贄とは様々な方法で行われてきた。神に祈る時には木の実や魚、肉や踊りといったモノを供物とした。あるいは自然の災害を神の怒り、祟りなどと解釈した人間が、同じ人間をほぼ無理矢理生贄にしたりもした。
割合としては女性の――特に美しく、なおかつ処女である十六歳ほどの少女がよく生贄にされていた。男子も生贄に選ばれはするが、絶対数としては少ないだろう。
「シオンは、あの剣の力を完全に、あるいはほとんどの力を引き出すために、自分の体の半分を犠牲にしているのよ。それがどれだけのことなのか、私にはわからないけれど」
どのみち碌なものではないだろう。それほどまでに酷いモノなのだ。贄というものは。
「……確かに、聞いていて愉快な話では無いわね。それで、結局あの姿は何を元にしているのかしら? ああいった召喚のような類のものは、何か具体的なイメージが無ければならないわ」
フランたちが絶句している中、それでも当たり前のように聞いてくるパチェリー。だが本人の眉が知らず曲がっているのを見るに、愉快な話では無いと思っているのは、本当のことなのだろう。
「……よ」
「え、何? 聞こえないわよ」
「……龍、よ」
「……は?」
「だから、龍だと言ったのよ!」
パチェリーらしからぬ呆けた声に、これまたレミリアらしからぬ怒鳴り声で応じる。
「え、と……龍って、あの、龍、よね? 神獣の中でもかなり上位に位置する、あの」
「それしかないでしょう。……私だって突拍子もないとは思ってるけど」
シオンのあの姿は、とにかく龍に似通っている部分が多い。側頭部にある、斜め下に向かって生えている角のようなものに凶悪な眼と、鋭く尖った爪。硬く強固な鱗に尻尾。翼は無いが、あの姿はまさしく黒い龍だった。
「けど、それだけで黒龍だと判断するのは早計じゃないの?」
「そうね……でも、あることを考えると、何故かそう思えてしまうのよ」
レミリアは何度か躊躇い、それから言った。
「翼を捥がれて地に這いずらされ、全ての希望を失い、前を向けなくなってしまった、傷ついた元龍が獣となった姿。そう思ってしまうと、どうしても……」
それから先の言葉は無かった。けれど、何が言いたいのかはわかる。
今のイメージは、まさしくシオンと同じ状況だ。シオンにとって希望そのものだった姉を失い、傷つき疲れ果て、全てを諦めたシオンと。
知らずして、その場にいた全員の雰囲気が暗くなっていった。
「……お姉様、結局シオンを助ける方法って」
「無いわ」
「……え?」
即答で返したレミリアの言葉が脳に届いていないのか、どこか焦点の合っていない瞳を向ける。レミリアは、顔を背けるしかなかった。
「え、何、で? ここまでわかってるのに、どうしてなの? 嘘、だよね? 助ける方法はあるんだよね? ねぇ、そうなんでしょう? 答えてよ、お姉様!」
フランの悲痛な叫びに、しかしレミリアは答えない。答えられない。わからないからだ。その答えが。
「……贄として捧げられた存在の末路は、一つだけよ」
「――!!!」
その言葉が意味するものは、たった一つだけだ。即ち、死。
フランが反論しようとした――瞬間、地面が揺れた。
「な、何、何なの!?」
その場に立っていた五人全員が片膝を着いて倒れるのを堪える。その間にも揺れは大きくなり、そして遂に、シオンが落ちた場所から黒い閃光が迸った。
「あれ、は……」
地面から一〇〇メートルほど上空に、左半身は人間の、右半身が黒い獣がいた。その髪は風に吹かれてユラユラと揺れており、それが白と黒の翼を幻視させる。
「黒い……龍……」
黒い獣は
地面に下り立った獣は、その瞳に静かな色を湛えながら、レミリアたちを見た。その眼の中には先程までの狂った感情はなりを潜めている。
そしてスッと右腕をあげ、掌を上に向ける。そこに、超高密度の重力の塊を作り、何もせずに消し去った。
「……まさか、シオンが戻って来るのが遅かったのは」
黒陽、改め黒龍本来の力である重力制御、その使用方法を獲得するためだとしたら。
「洒落になってないわよ……。あの身体能力に重力制御能力が加わるなんて……!」
愕然としてしまうレミリア。情報収集という時間を稼げた代わりに、最も凶悪な力を宿して戻ってきたシオン。
「グゥゥル……」
あくまでシオンは静かに唸る。先程のような、ただ怒りに任せた攻撃ならばどうにかなっただろうが、現状ではそれに期待できなさそうだった。
「どうしろっていうの……こんな状況……!」
レミリアは愚痴を言いながらもスピア・ザ・グングニルを取り出す。ふと横を見ると、レーヴァテインを構えたフランと、太極拳の構えをした美鈴。そして両手のそれぞれの指の間に、計八本のナイフを持った咲夜、杖と魔法書を持ったパチェリーがいた。
「フラン、始めに言っておくわ。助けるなんていう生易しい考えは一旦捨てなさい。そうしなければ勝つ負けるどころの話しじゃなくなるわ。最悪――死ぬわよ」
フランが頷くはずがないとわかっていながら、それでもレミリアは忠告する。予想通り、フランは頷かなかった。
「それでも……無理だとわかっていても、私は……シオンを助けたい」
「なら、それを貫いてみせなさい」
「え?」
「貴方が死にそうになったら、私が助ける。だから、貴方がシオンを助けなさい」
「――! うん、わかった!」
そう言って前を向くフラン。しかし一瞬でも横を見ればわかっただろう、レミリアが、とても痛ましい、憐れむような顔をしていたことに。
次回、次回こそ本当に終わらせます!
5/3追記
感想を返すのがかなり遅れました(というか、執筆が忙し過ぎて来ていたのに全く気付いていませんでした。私のど阿呆!)。
まあそれはさておき、
フレイン様、感想ありがとうございます!