今回はシオンの意識が目覚める前と目覚めた後の少しだけのお話です(本でいうところのエピローグのようなもの)。
……そろそろサブタイトルが思いつかなくなってきました。もういっそのこと無くしちゃおうか?
気絶したシオンと、フランが折り重なっている周りに、レミリアと美鈴、咲夜、パチェリーの四人が集まった。
「なんとか、全員死なずに済んだわね」
そう言うレミリアだが、その顔は苦い。実際全員死んでいないだけで、咲夜とパチェリー以外は、外見はともかく中身がズタボロだった。表情には疲れが見える。それでも全員の顔は少しだけ緩んでいた。
「さて、この二人を運びましょうか。咲夜はフランを、美鈴はシオンを頼むわね」
「了解しました、お嬢様」
「畏まりました……と、言いたいのですが、今のシオンの重さでは、持つことすらできないのでは……」
神獣化したシオンの体重は洒落にならないほど重い。持とうとすればこちらが押し潰されてしまうくらいには重い。
「ああ、それは無いから安心して。そうじゃないなら、フランは今頃押し潰されて死んでしまってるから」
「……そういえば」
シオンを救えたのに安堵していたせいか、フランが潰されていないのを不審には思っていなかったようだ。
「フランが潰されていないってことは、シオンの今の体重は、氣も妖力も使えない美鈴でも持てるくらいになっているはずよ」
「使えないの、バレていましたか」
美鈴は苦笑する。事実、若干だが美鈴の体はフラフラと揺れていて、どことなく顔色も悪く見えた。
「……とりあえず、持ってみましょうか」
シオンに近づいた美鈴は、よっと言う掛け声とともに左半身が黒く染まったその小さな体躯を持ち上げる。
「確かに軽いですね」
驚いたことに、シオンの体重は普段となんら変わらないくらいだった。フランが潰されなかったのも、コレが理由だろう。
その時、シオンの体を覆い隠していた黒い鱗が消え失せる。
「う……!?」
「……!!!」
「予想通りと言えば予想通り、なのだけれど……」
「……アレで生きているって、人間として少しおかしいんじゃないかしら」
美鈴は驚愕し、咲夜は声にならない悲鳴をあげ、レミリアは予想していたらしく冷静に、パチェリーはシオンの今の状態よりも、何故生きているのかに関して疑問を覚えていた。
シオンの体――左半身は、惨かった。酷使した左手足は折れ曲がっているとかそんな生易しいレベルではなく、押し潰されひしゃげていた。それ以外の部分も、手足に比べればまだマシだが、それでも凄惨であるのには変わりない。骨どころか内臓まで潰れている可能性さえあった。コレが神獣化の代償ならば、かなり惨い。死んだ方がマシなレベルだ。
「ッ、今すぐ運んで治療を――」
「……ちょっと待って、美鈴」
「パチェリー様、いきなり何を!?」
美鈴の前に立ち『ここから先は通さない』というよう片手を真横に広げる。
「目の前に魔法使いがいるのに、頼らないというの? ああ、大丈夫。今回は個人的な理由でやりたいだけだから、対価は要求するつもりはないわ」
「……パチェリー、様?」
滅多に個人的な理由などという我儘を言いださないパチェリーが、今回だけはかなりの無茶を言うのに戸惑う美鈴。しかしパチェリーの力を借りるというのは理に適っている。断る理由は何も無かった。
「……では、頼みます」
「そう、なら――ッ、ゴホッ! ゴホッ!」
「だ、大丈夫なのですか!?」
「……別に、持病の喘息が出ただけよ。症状としては軽い方だから、あまり気にしないでちょうだい」
「ですが!」
「今はシオンの方が先よ。このまま放っておいたら、死ぬわよ」
最悪の結末をあっさりと言ってのけるパチェリー。だが、彼女がこう言う時は、大抵の場合未来に備えるためだ。あらかじめ悲観した状態で物事を見れば、最悪の結末を回避できるかもしれない。それ故に、パチェリーは誰かに嫌われるかもしれないとわかっていても、あえて
「……頼みます」
「わかっているわ。私は全力を尽くす」
パチェリーはシオンの体に手を当てる。触った時の感触が物凄く嫌な感じがしたが、それでも無視した。
何度か魔法を発動させようとして、その度に喘息をしかけて不発に終わる。しかたがないと諦めたパチェリーは、残り少ない術式による魔法を発動させた。
「パチェリー、それは?」
「ッ……私の、研究成果、よ」
ただでさえ少ない体力を、喘息と残り少ない魔力の不発を連発したせいで、もう息も絶え絶えの状態になっていた。息を荒くしながら、それでもパチェリーは魔力をシオンの体に流し続ける。
「……コレで、終わ、り」
パチェリーがかけた魔法は、四日前のと同じ自然治癒力をあげるモノだ。
「では、早速運んで……」
「待ち、なさい。本、番は……ここから、よ。少し、だけでいい、から」
パチェリーは美鈴の手を掴んで止めると、シオンの体に注視し始める。やがて、ポツリと呟いた。
「……やっぱ、り、そう、なの、ね」
「何がですか?」
「シオ、ンの体を、見れば、わかるわ」
指差したパチェリーの言う通りにシオンの体を見て――美鈴は絶句した。
「血が……止まって……?」
そう、シオンの体は妖怪ほどではないが、それでも十分速く治り始めている。
「コレが、私の気になった、こと」
少しずつ息を整えながら、パチェリーは説明を始める。
「いくらなんでも、おかしいにも、ほどがある、のよ。あの大怪我から、たったの三日程度で、目覚めるなんて。だから理由がある、って睨んだのだけれど……」
結果は、見ての通りだった。
「シオンの体は、異常すぎる。シオン自身、話していないことも多くあるはずよ。シオンが嘘を吐かないというのを考えるに、コレは能力では無いと思うのだけれど、それも確証は無いわ」
「「「…………」」」
パチェリーの慧眼には舌を巻くしかない三人。同時に、シオンのこれまでの人生は一体どんなものなのだろうかと思った。
「とりあえず、私はフラン様を運んできます」
フランの体を持ち上げようとした咲夜。だが、フランがピクリと体を震わせたことで、その動きを止める。
「う……。私は、シオンと、一緒、に……」
地面を這いずって進んだフランは、自身の手をシオンの右手に絡ませる。それを確認する間もなく、フランは意識を失った。あるいは、今の行動は無意識の内にやっていたことなのかもしれない。
咲夜と美鈴がすぐに引き離そうとしたが、手はガッチリと繋がっていて離れない。しかたがないと諦めるしかなかった。
「……今は、どうしようもないわね。運びましょう」
パチェリーの合図で、咲夜と美鈴は意識の無いシオンとフランの体を運び始めた。
シオンが目覚めて一番最初に見たのは、青と赤の入り混じった天井だった。いや、片方は天井であっている。しかしもう片方は、屋根が消し飛んで見える青空だった。ここが二階にあるのは何となく理解したが、それでも紅魔館に屋根が無い場所などあっただろうか。
シオンはそう疑問に思いながらも、体を起こすために動かそうとして――突如全身に――特に左半身が酷い――かかった激痛に、顔を歪め、悲鳴をあげかける。今更気付いたが、全身の至るところに包帯が巻かれていた。だが、悲鳴をあげることだけはできない。ほとんど無いと言ってもいい右腕の感覚から、ほんの微かにだが、誰かと触れ合う温もりを感じていたのだから。
だからシオンは、喉元までせり上がって来た悲鳴を飲み込んだ。
「……目が覚めたのね? かなり早すぎるお目覚めだと思うけれど」
かなり不機嫌そうな声。それで誰の声なのかわかってしまう。
「……まあ、一応、ね。教えて欲しいんだが、俺はどうして死んでないんだ? それと、早すぎるって?」
本来ならばこんな言葉を言わずに、ただ喜べばいいのかもしれない。だが、無理だ。暴走した自分を助けようと思える者はフランぐらいだろう、そう思っていたのだから。
「……覚えていないの?」
「何の話だ?」
自身の質問に答えず、かなり訝しげにしているパチェリーに、しかしシオンは見当がつかない。
「そもそも俺は、フランに殺して欲しいと頼んでからの記憶が無いんだが……」
そう、シオンは何も覚えていない。正確にはほんの少しだけ覚えているような気もするのだが、やはり思い出せないのだ。
「……じゃあ、あの言葉は無意識に? それとも――」
「……パチェリー?」
いきなり思考の海に潜り始めたパチェリー。流石のシオンも疑問に思う。
「何でもないわ。……ああ、あまり体を動かさないでね。目が覚める時は太陽の光を浴びせておいた方がすっきりすると思ってその場所にしたのだけれど……フランがどうしてもって聞かなくて。だからそんな微妙な位置にいるのよ」
実のところ、シオンよりも先にフランはほんの少しだけ目を覚ましていた。と言っても、シオンを運ぶ時に一緒の場所にして、と言い切った後にすぐに意識を落としたが。しかもシオンの手をぎゅっと握りしめたまま。その上何故か離せない。仕方なく一緒の部屋にした、というわけだ。
シオンは寝そべっているせいで余り周囲の景色が見えないのだが、パチェリーからはよく見える。
シオンが寝ているベッドは、何と部屋の中央にあるのだ。左半身は日に当たっているが、右半身は屋根の影になっている。その右手を掴みながら、地面に足をつけ、頭をベッドの上に乗せて寝ているフランがいた。一歩間違えれば日に当たり、すぐさま灰になりかねないような危険な位置だ。
だがシオンは空間認識能力がずば抜けている。いずれはわかるだろうと思っていたパチェリーの予測すら遥かに超える速度で、この部屋の状況を理解した。
「……フランが灰になるぞ? 太陽の位置的に今は午前。午後になったら嫌でもフランに日が当たるようになる。……ああ、そういうことか。俺が暴走したのが大体午前二時から三時の間。で、今がその日の午前。確かに早すぎるな」
途中からぶつぶつと呟き始めるシオン。が、その呟きはすぐ傍にいるパチェリーには丸聞こえだった。
「理解するのが早すぎよ。まあ、どうせ貴方はすぐに起きると予測していたし、最悪午後になったら無理矢理にでもフランを引き剥がすつもりだったわ」
「そう、か」
シオンは。それでもそんなのはどうでもよかった。今のシオンは、生きているだけでも奇跡のようなものなのだから。
だから、それに甘んじた。
「なあ、パチェリー」
「何かしら?」
「俺の立場って、どうなるんだろうな」
目覚めたばかりの状況でもわかる。今のシオンは、とてつもなく微妙な立ち位置にいるのだと。実際その考えはあっていた。紅魔館にいる五人を殺しかけたのだ、シオンは報復として殺されてもおかしくはない。
当の本人も、フランたちに殺されるのならば別にいいと思っていた。
「……貴方は、どんな考えを持っているのかしら?」
「殺されるか、奴隷扱いか。どのみち碌な予想じゃないとは言えるよ」
「……本当、どこをどうやったらそんな思考回路になるの?」
「俺のいた場所じゃ、たった一つのパンよりも人の命の方が軽かったからな」
シオンは大人の汚さを知っている。自分が助かるために平気で人を騙し、何かを奪い、殺していく。醜く汚かった。生き残るために仕方なく食べ物を盗む子供の方が遥かにマシだと思えるほどに。
こういった思考が既に子供らしくないことに、シオンはまだ気付いていない。
「なら、一つ聞かせてちょうだい」
「……何?」
「
「――ッ!?」
息を呑むシオン。それは、誰も知らないことだった。本当の本当に一部の例外しか知らない残酷な事実。あの姉でさえ、この事は知らなかった。
「……何の、話しだ?」
「誤魔化さないで。感情を増幅させるなんて訳の分からない機械、望んで受け入れるはずがないでしょう?」
コレで、完全に決まった。パチェリーは――いや、おそらくは紅魔館にいる全員が、その事実を知っている。
「…………」
それでもシオンは言いたくなさそうに顔を歪めた。コレを話すということは、シオンの人生の一部を話すことになるからだ。
「言っておくけど、話さない、なんて選択肢は貴方には無いわ」
だが、それを予期していたパチェリーが先手を打つ。シオンの顔が更に歪むが、パチェリーは全く気にしなかった。
やがて諦めたのか、シオンは溜息を吐いた。
「アレは、元々感情を増幅するものじゃ
「は……?」
口を開けて呆けるパチェリーを無視して、話しを続ける。
「そもそも、感情を増幅させて良いことなんて何も無い。なら、逆に考えて見てよ。
「それ、は……まさか……!?」
「そう、
絶句するパチェリー。しかし、すぐに泡を食ったようにしながらも叫んだ。
「そんなの……そんなのは不可能よ! 感情を増幅させるのならわかる。人の感情は簡単に増幅させられるのだから。だけど、感情を消すなんて……そんなのは!」
「じゃあ聞くけど」
シオンは、顔を少しズラしてパチェリーの方へ向ける。
「感情を増幅させる方法がわかるのなら、そこから逆算して感情を消滅させる術を見つけられるとは思わないのか? まあ、かなり困難であるのには同意するけど」
「……ッ」
確かにそうだ。むしろ当然の考え。
病があるのなら、それを治そうとするのが人間。例えその時は治せない不治の病であろうとも、長い年月をかけて解決法を見つけ出す。そうやって発展してきたのだ。それが、
シオンに植え付けられたのは、それに該当している。だが、感情を消滅させる実験を、そう何度も繰り返せるのだろうか? 一度消せば、もう戻らないのに決まっている、そう思うパチェリーに、シオンは言った。
「別に完全に消す必要は無いよ。それだと、ただことを聞くだけのロボットとなんら変わりないからね。だから、一時的にでも反抗心を無くせばそれでいい。例えば――」
そう言ってシオンはいくつかの例を話し始めた。
例えば怒りを覚えたのなら、感情を消してそれを無くす。だが思考まで完全に消せるわけでは無いから、恨み辛みの言葉は考える。
例えばもう止めたいと泣き叫んでも、悲しむという感情を消して、無理矢理やらせる。心の中では悲鳴を上げても、止まる事は無い。もし仮にそのまま心が壊れたら、
「――他にも色々ある。ああ、一応伝えておくけど、今言ったのは
「……胸クソ悪くなる話ね」
笑えない、本当に笑えない話だ。
「俺もそう思うよ。けど、
もう話す気は無いと、シオンは頑なに口を閉ざす。
だが、パチェリーは問いだたせない。聞こえてしまったから。シオンの声が、ほんの微かに震えているのを。流石のパチェリーも、聞いている理由の大半が知的好奇心のみだったため、これ以上聞くのを続けられるはずが無かった。
余程切羽詰っている状況なら話は別だが、今はその必要も無い。
「……そう、なら私はもう出て行くわ」
パチェリーは背を向けて去って行く。シオンはそれを止める気は無かった。シオンは彼女に体を癒してもらったりした借りがあるが、そこまで親しいわけでもない。
むしろ、この部屋にいる
パチェリーが部屋を出て行くのを確認すると、シオンは呟いた。
「……そこで気配を誤魔化してないで、さっさと出てきたら?」
その言葉に、ほとんどの者なら気付かないであろう隠行が揺らいだ。
「やはり、バレていましたか」
「まあ、隠行は俺もかなり得意だから。逃げるためにも、気配を同化させるのには必須なことだったし」
美鈴は物陰から出てきた。それは寝ているシオンの頭上からだったので、もしあの隠行がバレていなければ、絶対に気付けない位置だった。
「で、何か気になる事でもあるのか?」
「はい。……シオンの左目のことを知り、失礼ながら確認させていただきました」
シオンの左目には包帯が巻かれている。正直巻かれていてもあまり意味は無いのだが、と思うシオンだが、動けない現状では解くことはできない。
「その傷は、
「……ああ、そうだ。
美鈴は小さく息を呑む。抉り取られたことまではわかっても、自分で抉り取るというところまでは予想できなかったのだろう。
「……そう、ですか」
それきり、二人の話は途切れてしまう。不自然な沈黙が訪れる前に、シオンが尋ねた。
「……一つ聞きたいんだけど、さっきの話はレミリアにでも報告するのか?」
「……はい。不愉快でしょうが、許してください」
「別にいいよ」
若干暗い顔をしている美鈴に、しかしシオンは明るい声で言う。
「そもそも、俺は殺されてもおかしくはないと思ってるくらいだ。そっちを殺しかけたのにこうして助けられて……」
少し安堵しかけた美鈴に、でも、とシオンは付け加える。微かに身構える美鈴を全く見ようともせずに、シオンは右手にかかる力をほんの少しだけ強くする。たったそれだけの動作でも、シオンの体には例えようも無い激痛が走る。
それでも、そんな
「フランにだけは、言わないでほしい」
「それだけ、ですか? もっと何かあるのでは……」
「無いよ。言っただろう? 俺には欲なんてほとんど無いって。でも、たった一つだけ、あると言えばあるんだ」
そしてシオンは、明るい笑顔で言い切った。
「――大切な人には、笑っていてほしい、幸せでいてほしいって、欲は。フランには人間の『闇』なんて知って欲しくないんだ。コレはあくまで俺の押し付け。いずれフランも人間の汚さを知ってしまう。でも、今は、今だけは知らないでいてほしいんだ。だからコレは、俺の欲なんだよ」
人の『闇』を、『悪意』を知って欲しくないと考え、それが欲だと言い切るシオン。だがそれは『欲』などではない。欲などという無粋な言葉で呼んでいいものではない。
「……それは欲ではありません、人として当たり前の、『願い』です」
シオンはきょとんとした顔をする。珍しいにもほどがある表情だった。
やがてシオンは言葉の意味を飲み込めたらしく、とても嬉しそうに言った。
「ありがとう」
美鈴はその顔を見ながらもフランの手をシオンの手から外し、シオンの体に響かないようにベッドを動かす。いきなり右目に届いてきた太陽の光にシオンは目を細める。
美鈴はそのままフランをだっこし、扉から外に出ようとした。
「……ああ、それと」
取っ手に手をかけながら、シオンに言った。
「体が痛むのであれば、痛いと叫んでもいいのですよ?」
シオンの返事すら聞かず、美鈴は部屋を出て行った。
「……バレてたのか」
どうやらパチェリーは天井が無いことに訝しんでいたと思い込んでいたようだが、戦闘のプロである美鈴の目は誤魔化せなかったらしい。しかも、その理由が何故かも理解している。もしも理解していないのであれば、
シオンは美鈴の忠告通り、両手でベッドのシーツを握り込み、声を押し殺すように小さく悲鳴を上げ始めた。
美鈴はフランを別の部屋に運び終えると、その足でレミリアのいる部屋に移動していた。
「……じゃあ、シオンに植え付けられていたあの機械は、シオンが意図して植え付けたモノではない、と?」
「そうなります」
レミリアはあの戦闘から一切寝ていない。戦闘での疲労感もある。が、全くと言っていいほど眠気が無かった。しかたなく、そのまま起き続けたのだ。
「なるほど、ね。シオンが人間を嫌悪する理由がよくわかったわ」
美鈴はシオンの言う通り、レミリアの報告に来ていた。が、美鈴はシオンの処断を聞きに来たのではない。もしレミリアがシオンに殺すと言った命令を下せば、諫言を言うつもりで来たのだ。例えそれが理由で、ここをクビになることになろうとも。
「じゃあ、お咎めなしでいいわよ」
「……は?」
しかし、あっさりと返って来た言葉は、あまりにも軽すぎるモノだった。
「……それで、いいのですか?」
諫言をしに来たはずなのだが、あまりにも軽すぎてつい口を挿んでしまった。言わなければこのまま通るかもしれなかったのにと、言ってから思ってしまったが、もう遅い。言ってしまった言葉は覆せないのだ。
美鈴が少し緊張している中、レミリアはフゥと溜息を吐いた。
「そもそも、最初から殺すつもりなら、助けるつもりなんてなかったわよ。やっとフランは幸せになれるのよ? それを奪うつもりなんてさらさらないわ」
それを聞いてほっとする。レミリアのフランに対する甘さは筋金入りだ。これならば本気で安心できる。
「……そこまで安堵している様子を見せられると、少し傷つくのだけれど。そこまで不安に思っていたの?」
「ええ、まあ。お嬢様は身内には甘いですが、他人には冷酷ですので」
事実、レミリアはフランのためにここに迷い込んだ、あるいは侵入してきた何万という人間を生贄同然のように捧げていた。しかも、無表情で。アレを見た美鈴からすれば、心配し過ぎることはあっても、心配しないというのはありえないことだった。
「シオンは例外中の例外。家族とシオンどちらか、という天秤にかけられるだけで、私がどう思っているのかは察しなさい」
ハッとした顔をする美鈴。
確かにレミリアはシオンを家族だとは思っていない。だが、それもそうかと思った。たった数日前に出会った人間を家族だと思うなど、レミリアではない。
むしろ、たった数日でここまでの信頼を得たシオンを褒めるべきだろう。
「……それでは、シオンの立場はどうするのですか? 完全にお咎めなしだと、それはそれで角が立ちそうですが」
「そうね……なら、フランの執事、でどうかしら? 一時でも従者として従っているというのがわかれば納得するでしょう。そもそもシオンに対して怒っている者がいるのかどうかすら謎なのだけれど、ね」
悪戯が成功した子供のように――実際外見は子供だが――クスクスと笑う。だがその真意はわかる。シオンを、フランの我儘にできる限り付き合わせようとする配慮だろう。
しかし、一つ問題があった。
「……シオンは、礼儀作法など全く覚えていないのでは」
「……そこだけが問題なのよね」
力があり、歪ではあるが知識もある。が、如何せん今までの人生が人生だ。まともな人との接し方など、知っているはずがない。
「まあ、何とかなるでしょう。シオンなのだから」
「そうですね、シオンですし」
それで納得してしまう二人。だが、本当にシオンならば何とかしそうな気がしてしまうのだから恐ろしい。
「じゃあ、シオンにそう伝えておいてちょうだい。ああ、傷が治ってからでいいということと、服はそのままということ、咲夜に仕事を習ってとも、ね。流石に怪我人を動かすほどではないし、正直足手まといだと思うから」
「……最後の言葉だけ省いて伝えておきます」
美鈴は部屋を出て行く。レミリアは頭上を見上げた。そこは、野晒しになった壊れた屋根があった。
「……本当、どうしましょうかしらね、コレは」
シオンを助けたのはいいが、この惨状だけは早急に何とかしたいと思うレミリアだった。
「は? 執事?」
出て行ったかと思えば十分もせずに戻ってきた美鈴に開口一番にそう言われ、さしものシオンも困惑する。しかも『執事』だ。わけがわからない。
「……何がどうなればそうなるんだ?」
「……フラン様の我儘を見ろ、と」
「……ああ、そういうこと」
「……理解が早くて助かります」
処罰をコレにする、というより、フランが一番頑張ったのだから、フランにご褒美を上げたいと言う姉心なのだろう。それがシオンの『執事化』というのは納得いかないが。姉バカここに極まれりという、レミリアをかなり侮辱していることを思うシオン。
「それに関しては、レミリア様が主になりますので、その妹君にあたるフラン様の命令を断れない、というのが理由かと」
「……別に断るつもりも無いんだが。ただ、一つ訂正させてもらう」
シオンは動かない体で、それでもその精神力の強さで右腕を動かし、人差し指を美鈴の顔に向ける。
「俺は命令だからイヤイヤやるんじゃない。フランと遊びたいから付き合うだけだ。そこは勘違いしないでほしい」
美鈴は少し目を見開き、そしてクスクスと笑い始めた。
「何かおかしいことでも言ったのか?」
「いえ、どこか変わったな、と思いまして」
「……だろうね。自分でもそう思うよ。……背中に乗っかってた重圧が取れたから、なのかね」
腕をベッドの上に落とす。静かに下ろすという作業すら苦痛だった。まあ、結果的に痛みが増したような気がするが、シオンは特に気にしない。
「でも、悪くない」
「フフッ。ああ、それともう一つ。執事になるのは怪我が治ってからで、服装はそのままでいいそうです。仕事に関しては咲夜に頼んで教えてもらってください」
「……わかってる。コレはあくまでも非公式な内容。バレるわけにはいかないってとこなんだろう?」
「わかっているのであれば構いません。それでは、私はこれで」
今度こそ部屋から出て行く。ついでに感覚を鋭敏化させて美鈴を追跡すると――鋭敏化させたせいで激痛も増したが――食堂に向かっていくのが分かった。
「……別に一週間くらいなら飲まず食わずでも平気だけど、食事とかはどうすればいいんだろうか?」
自分が異常な事を呟いている事実に気付かないまま、シオンは食事の心配をした。
その後、シオンはまた眠りについた。起き続けても構わなかったのだが、全くと言っていいほどにやることがなかったのと、どちらかというと寝ている方が回復が早いからだ。
その間にも、夜に起きたらいつの間にか部屋に戻されていたフランが急いでシオンの元へと戻ったり、それをレミリアが影から眺めたり、咲夜が屋敷をどうにか修復しようと無駄な努力をしたり――と、とにかく慌ただしく動いていた。
結局シオンは、眠ってからまた三日ほど、意識を戻さなかった。たった七時間ほどで目覚めたのは、単に気が張りつめられていたせいだろう。それが解けたことで、その小さな体に圧し掛かっていたものが一気に戻って来たのだ。
しかし、その笑顔は安らかだった。下手をすれば、死んでいるとも取れるほどに。それがフランを心配させているとも知らず、シオンはひたすら眠り続ける。
三日目――紅魔館に来てからちょうど一週間目の夜、シオンはその眼を開いた。
「ん……また結構眠ってたのかな」
ボンヤリと――そう、本当に珍しく眠そうにあくびをしながら、シオンは呟いた。その目はショボショボと動いていて、先程まで深く眠っていたのが窺える。
あの時、前に三日も眠っていた時は、起きた瞬間でさえあくびもせずに――激痛が理由かもしれないが、それでもすぐに周囲の様子を理解していた――ほんの一瞬で周囲を把握していたのだから。
「ッ……また骨とか潰れてるな」
微かに戻った感覚から、左半身、特に手足が酷いのを察するシオン。幸運といえるのかどうかはわからないが、内臓はあまり傷ついてないようだ。
体細胞変質能力を発動し、髪を潰れた肉と骨の代わりにする。今回はかなりの量を怪我していたため、代替物として使用した髪が一気に無くなる。腰を超えるくらいまであったはずの長さが、肩より少し長い程度になってしまった。それでもシオンには特に気にした様子が見られない。
傷がある程度まで治った――完治までさせてしまうと、髪程度の量では足りなくなってしまうのだ――シオンはベッドから起き上がる。ついでに顔に巻かれていた包帯を解いた。そして三日ぶりにその目を開く。
――左目の無い、空洞を。激痛の酷さによってほとんどの感覚が麻痺したせいで、今の今まで全く気付くことができなかった。
「……え? な、い?」
気になってはいた。何故美鈴が左目のことを知っているのか。それが、この理由だったとすれば納得がいく。納得はできるが――
「どこ、どこにいったんだ。アレは、アレだけは絶対に失くせないのに。黒陽も白夜もどうだっていい。アレだけは、絶対に!」
聞きようによっては神器を手放してもいいと、聞く者が聞けば卒倒するような台詞を言いながら、シオンは義眼を探す。しかしあるはずもなかった。
そこで一つの可能性を思い出す。自分の左目が無い。無くなった可能性があるとすれば記憶が無いあの時間のみ。そしてもしあそこに落ちたなら、どうなるのか。
「まさか……壊れ――!」
そこから先は言いたくなかった。もしも本当に壊れていたなら、シオンはまた立ち上がれなくなるかもしれない。確証が無かった。
「もっと、義眼を頑丈に作っておけば」
ある特性を持たせたせいで、義眼はそこまで頑丈なモノではなくなった。もしも頑丈にできていたのであれば、失くすことはあっても壊れる可能性は無かったのにと思いながら、シオンはどうすればいいかと考える。
(どうする。理由を説明してもまだ体調が万全じゃないのはすぐに美鈴にバレる。なら紅魔館の誰かに言って探してもらうのは……ダメだ、この惨状から判断して、まだ何かを頼めるような状況じゃない)
シオンは紅魔館の屋根が吹き飛んでいるのは、自分がやってしまったせいだろうと思っていた。事実、間違っていない。
シオンが戦闘に巻き込まれて、ではなく、自分がやったと考えたのは、単純に吹き飛んだ跡にしては表面が滑らか過ぎるせいだ。おそらく何かが起こってしまい、重力制御能力でも使ってしまう状況になったのだろう。
レミリアたちが自分から紅魔館を破壊しようなどとは考えないだろうしと思いながら、シオンはどうするか悩む。
(……マズい。何も思い浮かばない)
流石のシオンも、どうにかできる状況ではなかった。シオンは賢い、が、天才というわけではないのだ。咲夜が永琳と呼んでいた人ならば何かできるのかもしれないが、シオンには無理だ。
やがて、シオンはウロウロと歩いていた足を止める。
「……姉離れ、する時期になったのかな」
今までのシオンならば考えることすらしなかったこと。だが、コレはいい機会なのかもしれない。シオンの姉に対するそれは、最早依存というレベルになりかかっている。
(もう、姉さんはいない。追いかけられもしない幻影を追いかけるなんて、バカがすることだし)
だが、やはり失くしたい物ではなかった。アレは、シオンが指輪を贈る相手は最愛の人のみだというのが載ってあった本を見て渡したものだ。それを、息絶える瞬間まで、余程の事情でもなければ――あるいはどうしても外さなければいけない状況でなければ――ただの一度も外すことなく指につけ続けてくれた、あの指輪だけは、失くしたくなかった。
(それに、アレだけが姉さんの唯一の形見なのに)
他の物は、残さず全部燃やしてしまった。二人で一緒に住んでいた、ボロいけれど温かかった家も、姉が大切に使っていた、櫛などといった、ほんの少しだけしかない外見を整えるための道具も、服も、何もかも全部、一切合財燃え尽きた。
姉の体だけは、遺髪として髪を切り取ってから別の場所で燃やした。そして、あの地獄のような場所の中でまともと言える場所に撒こうと、遺灰にした。
そうしたのは、姉の願いを少しでも叶えたかったからだ。姉はよく言っていた。『ずっと心に残り続けるような、そんな景色が見たい、と』。結局今も持ち続けている遺灰を――どこに持っているのかは、シオンだけしか知らない――どこかに撒くために、シオンは綺麗な景色を探し続けているが、やはり見つかりそうになかった。
コレに関しては半分くらいは諦めてしまっている。景色をどうこうするのは、シオンでも不可能だ。
遺髪に関してはもう無い。
「……それとも、あの指輪、姉さんの加護でもあったのかな。死ぬしかなかったあの状況で助かる理由なんて、それくらいしか思いつかないし」
聞きようによってはフランたちの努力を否定するものだ。だがこの一点に関しては、フランも否定できない。
実際、あの記憶を見せられなければ、フランがシオンを助けると決意できたかどうか、果てしなくきわどいほどに窮地の事態だったのだから。
が、当のシオンはそんなのは知らない。ただ単に言ってみただけだ。
そんなシオンの耳に、誰かがこの部屋に歩いてくる音が飛び込んできた。パタパタと何かがはばたく音がするのを考えるに、レミリアかフランのどちらかだろう。シオンはベッドの上に投げ出した包帯を取り、急いで左目に巻き付ける。
包帯を撒き終えると同時、その音は部屋の前で止まり――そのまま、入って来た。
「……ッ!!」
「おはよう、フラン」
上手く言葉が返せただろうか、上手く笑えただろうか、そう思いながらも、シオンはフランの顔を見る。
フランの顔は百面相と呼べるほどではないが、様々な色を見せた。驚愕、困惑、怒りといったものから――涙を流す顔へと。
「……シオン」
「何?」
フランの目には、穏やかに微笑むシオンの顔があった。厳しい顔でも、無表情でも、まして悲しい顔でもない。嬉しそうに笑いかけてくれる笑顔だけが、そこにあった。
「……おはよう!」
フランは泣き笑いの表情をしながら、シオンに飛び付いた。
次回からは穏やか?な日々にしたいと思っている……んですが、どうなるやら。
正直、コメディ系のお話は書けません。シリアス方面しか無理。
追記
プロローグの部分を修正しました。
弾幕ごっこはレミリアが幻想郷に襲撃してきたころからあったのに、この話では何故か現代から作られた設定になっていました。
コレに関しては作者が東方の設定をきちんと確認してなかったミスです(こういった小さな設定のミスの積み重ねが後々問題になるとわかっているのですが、どうしても出ます……)。
代わりに『弾幕ごっこの追加ルール』を作ったという設定に変更しました。このルールに関してはかなり先に出ることになるとは思いますが、皆さんが納得できるルールだと思います。ご了承くださるようお願いします。