東方狂界歴   作:シルヴィ

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新しい日常

 シオンに飛びついてからひとしきり泣いたフランは、眼をゴシゴシと擦った。

 「そ、そういえば、何も気にせず飛びついちゃったけど……怪我は、大丈夫なの?」

 「もう完治した。俺の回復速度は知ってるだろ?」

 「それは知ってるんだけど……。その回復力、妖怪、とまでは言わないけど、人間離れしすぎだよ」

 赤くなった顔と目でシオンを睨む。顔が赤いのは抱き着いていたのと、シオンの目の前で泣いてしまって恥ずかしかったからであり、眼が赤いのは単純に泣いていたからだ。

 「まあ、それが俺だからね。しかたがない」

 煙に巻くように適当に答えるシオン。理由を話す気が無いのだろう。もちろん、そんな言葉で納得するようなフランではない。

 「むーッ! シオンを助けたのが誰か忘れてない?」

 しかし、それは墓穴だった。

 「忘れてない」

 シオンは今まで適当に答えていたのが嘘のように真剣な顔でフランをみつめる。そしてフランは思い出す。シオンと、キス、したのを。フランの顔が急速に赤くなっていく。しかしそれにシオンが気付く事は無かった。

 「え、ぁ……」

 「本当にうろ覚えだけど、フランに助けられたのは覚えてる」

 ――それは、キスのことも覚えているの?

 そう聞きたかったフランだが、体が竦んで動かない。圧倒的なまでに知識が無いフランでもわかる。キスは、とても大事な物だということくらい。

 だからこそ、胸の動悸が収まらない。顔が赤くなるのも止まらない。

 シオンはフランの様子がおかしくなっているのに気付いていない。気付かないままフランの手を取って――

 「だから、ありがとう」

 ただ真剣な眼で、フランを見るだけだった。

 「~~~~~~~~~~~~!!!!!!」

 シオンの顔は端整だ。ほとんど女性のような顔立ちに、白すぎる印象を持つ外見はもはや少女にしか見えない。だが、鋭く見据えるようなその眼差しは、やはり姿は小さくともシオンは男だと思わせるものとしては十分だ。

 「う、うう……」

 「フラン?」

 「うああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ訳がわからないよおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッッッッッッ!!!!!」

 「おい、フラン! いきなりなんだ!?」

 いきなり奇声を上げて逃げ出すフラン。左手を伸ばしかけるが、微かに残る体の痛みに反射的に身を竦めてしまう。痛みには慣れているといっても、それはあくまで持続的な激痛の方なのだ。やはり唐突な痛みには反応が鈍る。

 そのままフランの背中を見送ったシオンは、ポツリと呟いた。

 「いきなりどうしたんだ……?」

 もしもここにレミリアがいたのなら、容赦なくぶん殴られていただろう。だがシオンもふざけているわけではない。単純に、わからないのだ。

 そう、シオンは他人からの悪意はわかっても、他人からの好意がわからない。顔を赤くするというわかりやすい反応でさえも、体調が変化した程度にしか捉えられない。

 だからこそシオンは、やっぱり嫌われたのかな、と思うしかなかった。それが全くの見当違いな考えだとは一切気付かずに。

 

 

 

 

 

 一方、あの部屋から飛びだしたフランは、シオンの前から逃げ出したことを――特にあんな奇声を出したことを少し後悔していた。

 (うう……どうして私はあんな恥ずかしいことを……)

 フランはどうしてシオンからあんな顔で見られて恥ずかしいのか、()()()()()()()()()()()()()()()、その理由がわからない。それが、()()()()()()()()()だということにも気付けない。

 人と人との触れ合いは、誰であろうととても難しい。まして恋など、人間にとって特に難しい難題だ。なんせ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()すらいるほどなのだから。

 まして、フランはまともに人と触れ合った時間が圧倒的に少ない。()()シオンとどっこいどっこいといったレベルだが、人の悪意に多く触れてきたシオンの方がまだマシだ。いや、マシだと言い切れるのかどうかはかなり微妙なのだが。

 (……シオンに、嫌われちゃったかな)

 お礼を言ってきた相手に、あんな変な叫び声を出しながら逃げる。それがどれほど失礼なことなのか、人間関係に関しての経験が少ないフランでもわからないはずがない。

 胸が切り裂かれるような痛みを微かに感じ、そしてその理由が何なのかわからないまま、フランは小さく溜息を吐く。

 (……次会ったら、謝ろう)

 顔を会せたらまた真赤になりそうだという予測すらできないまま、フランは紅魔館の長い長い廊下を歩き出した。

 

 

 

 

 

 一方その頃、シオンは何かすることが無いかと部屋を抜け出した。それからしばらく歩いて廊下の角を曲がろうとした矢先、いきなり咲夜と遭遇した。

 料理の材料、野菜などを入れた取っ手のついた籠で持っているらしき咲夜も、いきなり目の前に現れたように見えるシオンに驚いてしまい、持っていた籠を手放したせいで果物や野菜を床に落としてしまう。

 ボトボトと床に落ちる食材。咲夜は食材が傷まないようにすぐに床に膝を着かせ、食材を籠の中に入れ直し始めた。

 「ごめん、咲夜」

 言いながらシオンも手伝い始める。二人で黙々と転がった食材を集めた結果、意外と速く集まりきった。

 「ごめん、周囲の気配を探るのを忘れてた」

 もう一度謝罪をするシオン。咲夜はともかくとしてシオンが気付かなかったのは、いつも張りつめていた緊張感を解いていたからだ。常時気配を探り続けていない今、誰かが近づいていても気付けない。理由はただそれだけだった。

 「いえ、それは私も同じです」

 咲夜の方は、単純に人手不足である紅魔館では、人と擦れ違うということがほとんどないからだ。レミリアは書斎に、美鈴は日中門番をしており、パチェリーは図書室から全く動こうとしない。今はフランがいるとはいえ、それでも確率としては低いのだ。

 「なあ咲夜。それは一体どこで? どこかに買いに行ったってわけでもなさそだし」

 「ああ、コレは私と美鈴が育てたモノですよ」

 「二人だけでか?」

 「そうですよ。確かに買ってくるのは楽ですが、やはり品質が良く、瑞々しい野菜を使いたいのであれば、自分で作った方が効率的ですので」

 「凄いな」

 シオンの簡潔な一言。だが本当にそう思っているらしく、籠の中の野菜を一つ手に持って観察し始めた。

 「ところで、シオ――」

 「咲夜、頼みがある」

 野菜から眼を放したシオンが、咲夜の顔を見ながら珍しく頼み事をする。咲夜はつい面食らってしまった。

 「……え?」

 シオンからの頼み。咲夜はその理由がわからなかったが、とりあえず頷いた。

 「まあ、構いませんが」

 「そうか。なら、さ」

 どこか言い難そうに後頭部を少しだけ掻いて、咲夜に言った。その目線は、自分と咲夜の腕の中にある食材に向かっていた。

 「――俺に、料理の仕方を教えてくれないか?」

 「……はい?」

 意外としか思えない頼みに、咲夜は思わずというように間の抜けた声を出してしまった。

 

 

 

 

 

 とりあえずキッチンにまでシオンを連れてきた咲夜は包丁などを取り出す。包丁を始めとした調理器具をシオンに渡して指示を出しておいた。それから数分。

 (……何故、私がシオンに料理を教えているのでしょうか)

 そう疑問に思いながらも、咲夜の手は止まらない。料理をしている人間の姿をあまり見たことが無いシオンからすれば、その動きはかなりのものだった。

 正直、戦闘よりもこちらの方が向いている、と思うほどに。実際咲夜の料理はそこらのプロ顔負けレベルだ。元々料理の才能があったのだろう。

 しかしそれは表に出さない。シオンは咲夜に言われた通り、淡々と野菜などを切り分けるだけだった。今回は包丁の使い方を重点的に教えるらしい。

 「シオン、食材というのはただ切ればいいのではありません。それをどういうふうに切り分けて料理に使い、どう工夫を凝らすのか。それが大事なのです」

 「食べられればそれでいい、というわけではないと?」

 「はい。確かに味は大事ですが、それで外観を損なっては本末転倒です。例えば、見た目が気持ち悪い物を食べたいとは思わないでしょう?」

 「……俺だったら、美味しくて栄養があるんだったら、見た目がどうであろうと食べると思うんだけど。流石に体に悪影響のある『何か』が含まれてるんだったら遠慮するけどね」

 栄養さえあれば、見た目どころか味が最悪だろうと躊躇無く食べてしまいそうな気さえする。シオンの言う『何か』が含まれていなければ。

 「……それはシオンだからだと思いますが。とにかく、料理は味も大事ですが、外観も大事なのです。わかりましたか?」

 「了解。咲夜の指示に従うよ」

 そんなこんなで色々あって、シオンは咲夜に言われた通りに色々な切り方を試した。とはいっても、シオンは咲夜がどんな料理を作るのか知らない。だからある程度適当に切るしかなかった。見本となっている野菜の切り分けられた物を見て、薄切り、輪切り、半月切り、いちょう切り、みじん切りなどなど、とにかく色々やる。

 料理を切っていると、咲夜がいきなり引き攣った声で言った。

 「……シオン、貴方はいつもそんな切り方を?」

 「ん? いや、俺は料理をするのはコレが初めてだけど。姉さんも全然手伝わせてくれなかったし」

 「……では何故、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 そう、シオンは包丁を扱うにしてはかなりおかしい握り方で使っていた。しかも、それで凄まじく正確な切り方をしているのだから何とも言えない。思わず頭をかかえたくなってしまうような、優秀なのだがある意味出来の悪い生徒だった。

 「そもそも、俺は包丁の握り方なんて知らないし。ならコレでいいんじゃないか、と思ってこうしたんだが、間違っているのか?」

 「……そう、でしたね。シオンはそういったのとは無関係な人生でしたのでしょうし。シオンを責めるのはお門違いですね」

 咲夜は少々大きな溜息を吐くと、踏み台を使ってなんとかキッチンの台を使っているシオンの後ろに回る。このキッチンは咲夜の背に合わせて作られている――正確には作り変えられている、の方が正しい――ので、台の高さはかなり低い。が、咲夜よりも遥かに身長が低いシオンは、どうしても踏み台を使わなければならないのだ。

 そして咲夜は、シオンの背中に抱き着くようにしてその腕に自身の腕を沿うような形にすると、シオンの両手を掴む。

 その時、ふと思った。

 (……小さい、ですね)

 シオンは本当に小さい。身長がわずか一〇〇センチメートルにも届いていないのだから当然と言えば当然なのだが、戦闘において強すぎるシオンを見続けていたせいで、そんな印象はいつの間にか消えていた。

 (こんな体で、あんな凄まじい戦闘を)

 シオンの印象がまた変わりそうな気がした。本来ならば守られるべき小さな体躯。しかもあの身体能力に反して体は細く柔らかい。少し強く抱きしめただけで折れてしまいそうだと錯覚するほどだ。

 「……? 咲夜?」

 「! す、すいません。では、正しい包丁の握り方を教えますね」

 「お願いします」

 珍しく敬語のシオン。咲夜は微かに笑みを浮かべると、自身の手を動かして、シオンの手を動かす。

 「では、今回は包丁の握り方として一般的な押さえ型と握り型を。今回は野菜を切っているので、念のために指差し型についても教えます。まず押さえ型は――」

 シオンが怪我をしないように――元々怪我をするような人間ではないだろうが――注意深く手を動かす。シオンはそれを集中して聞いていた。

 まるで幼い子供二人が支え合って料理をしている姿。まあ、どうやったとしても外見的に咲夜が姉で、シオンが弟――というよりは妹――になるのだが。

 それでも二人の姿は、さりげなく氣を使って紅魔館の中を見ている美鈴に見えていた。

 (フフッ。平和ですねぇ)

 互いの技術の粋をぶつけ合う戦闘を除けば、笑顔を浮かべて楽しそうにしている子供を見るのが美鈴が一番好きな時間だ。一日中門の前で番として立つという暇すぎる作業も、今だけはとても楽しかった。

 

 

 

 

 

 「ところで、何故シオンは料理を教わりたいと?」

 とりあえず下拵えを終わらせた、という段階になり、手を洗いながら咲夜が尋ねる。その横で同じく手を洗いながら、シオンが答えた。

 「……多分、コレからの俺の生活に必要になるから、かな。特技を増やした方が、いずれ役に立つ時が来るだろうし」

 「?」

 「最初の『お願い』の時にも言っただろ? 俺はこの世界の事情を知りたいって。理由としては元の世界に戻るため、だったんだが……」

 シオンは言葉を濁す。

 「俺は、まともな生活を何一つ知らない」

 それは、人と人という歯車が合わさってできる『社会』において致命的過ぎた。

 「そんな状態で外に出て行っても、どうなるのかはたかが知れてる。だから、少しでも特技を増やしたかったんだ。咲夜ほどとは言わないけど、それでもある程度料理ができるんだったら、食事処の手伝いとか何かでお金か何かもらえるかもしれないし」

 シオンとて何も考えずにこの世界を回ろうとしていたわけではない。物を得るには対価がいる。だから何かを学ぼうとしているのだ。

 「まあ、咲夜から料理を学びたかった理由は、もう一つあるんだけど……それに関しては、いずれわかると思うよ」

 苦笑しながら、何かを思い出すようにしつつ続きを言う。

 「確か、聞くは一時の恥じ、聞かぬは一生の恥じ、だったかな」

 「それが今の状況と何の関係が?」

 「別に? 単純に、俺は何で学べる時に学ぼうとしないのか、それが不思議なだけだ」

 「はぁ……」

 「何も教われないっていうのは、結構辛いからね。何も知らないから、何もわからない」

 地獄みたいな場所にいたからこそ、わかる。

 「そして同時に――自分が独りだって、思い知らされる」

 そう、何も教われないというのは、教えてくれる人間がいないということだ。

 「それは、とても寂しい」

 シオンには教えてくれる人が一人だけいた。けれど、今はその人もいない。

 「……シオン」

 「だけど、今は寂しくない」

 今はフランがいて、咲夜がいて、レミリアがいて、美鈴がいて、パチェリーがいて。

 「たった一人だけでいい。本気で守りたい、一緒にいたいと思えるような、そんな大切な人ができればいいと思っていた。けど同時に、それは姉さんだけだと諦めてた」

 だからこそ、シオンは本気で絶望した。もうそんな人には出会えないだろうと。

 「でも、フランがいた。俺のことを本気で心配してくれて、自分の命どころか、周りの命すら賭ける状況になっても諦めなかった、フランが。俺だったら、多分自分だけで何とかしたんだろうけど」

 そこがシオンとの差だろう。フランは周りに頼った。だがシオンは今まで一人だった。そのせいで、()()()()()というのを知らなかった。

 「だったら……何かしたいと思うのは、当然だろ? まあ、できることなら喜んで欲しいんだけど」

 少し照れたように笑うシオン。咲夜は、シオンが何をしたいのかを何となく理解した。

 「もしかして、シオンは……」

 「ストップ」

 人差し指を咲夜の口に当てる寸前で止めて言葉を止めさせる。

 「万が一にも聞かれるのは嫌だから、内緒にしててくれないか?」

 それは、咲夜の予想が正しいと認めているようなものだ。だが咲夜は頷いた。

 「なら、サプライズにでもしておきましょう」

 「ありがとう」

 人差し指を咲夜から離す。そこで、咲夜が少し意地の悪い笑みを浮かべた。

 「さて、物を得るには対価がいる、でしたよね? では食事ができるまでの少しの間、私の仕事の手伝いをしてもらいましょうか」

 「わかった」

 予想外にもあっさりと了承され、拍子抜けした顔をする咲夜。

 「どうした?」

 「いえ……あまりにも簡単に了承されたので、少し」

 「最初からタダで教わろうなんて思ってないよ。タダより高い物は無いってね」

 シオンは料理をしている途中でズレた左目の包帯を巻き直す。

 「それじゃ、最初は何をすればいいんだ?」

 「それでは――」

 咲夜は仕事の内容を思い出しながら歩き出す。何となくシオンは咲夜の手に自らの手を伸ばし、そのまま絡めた。

 咲夜は少々面食らった顔をしていたが、手に力を込めて握り返す。そのまま、二人は仲良く仕事をしに行った。

 

 

 

 

 

 夕方、少しの時間の間に二人はかなりの量の仕事を終わらせていた。咲夜はシオンが自分の手伝いができるとは思ってもみなかったのだが、予想に反してシオンの仕事の分量は咲夜とそう変わらないか、下手をするとそれ以上だった。

 最初は咲夜の説明を聞きながら同じ部屋で掃除を行っていたのだが――本来ならば掃除の他に洗濯なども加わるのだが、今はもう夜であるのと、幼いとはいえ『男』であるシオンに女性物しかない洗濯を手伝わせるのは気が引けた――たった一度説明を聞いただけで覚えてしまい、咲夜に掃除してもいい部屋を聞いた後は勝手にやっていた。

 その効率の良さを見た時は、咲夜ですら脱帽するほどのモノだった。とにかくシオンは無駄をしない。掃除のセオリーを教えて、それが効果的だとわかればすぐに次の部屋のための参考にし、そこから更に自分なりのアレンジをして大幅に効率を伸ばす。そんなふうに色々と試してみた結果、いつの間にかかなりの部屋の掃除を終わらせていた、というわけだ。

 「……シオンには、家事の才能もあるのでしょうか」

 戦闘や偉い人間との駆け引きならばまだわかるが、自分の十八番であるはずの家事まで同じ力量になられたとしたら、本当に立つ瀬が無い。

 「別に掃除なんて同じことの繰り返しじゃん。違うのはどこにゴミが溜まっているのか、それだけだよ」

 「それを一瞬で把握して行えているから凄いと言っているのです」

 そこまであっけらかんと言われてしまうと、最早嫉妬する気力すら失せてしまう。正直、苦手な事なんて無いんじゃないか? と思ってしまうくらいだ

 咲夜が脱力していると、シオンが眉を下げて謝って来た。

 「……なんか、ごめん」

 「いえ、シオンが悪いわけではありませんから」

 今日初めて掃除をやったシオンが、長年掃除をやってきた咲夜を追い抜く。しかも咲夜の家事の腕前はプロだ。そのプロといきなり同等の腕を持っているなど、少々どころではなく異常とも言えるほどおかしい。しかしシオンはそれに気付けない。そもそも比較対象が今のところ咲夜しかいないせいで、その異常性に気付く余地が無い。

 咲夜もシオンの異常さを言うつもりは無いらしく、話しを変えた。

 「とりあえず、料理の支度をしましょうか。シオンの家事の腕がいいのは私としても助かりますので」

 この言葉は嘘では無い。事実、紅魔館の人手不足は深刻過ぎると言っていい。しかも元々人手不足の状態で咲夜が空間歪曲を使って広さを増やしたせいで、更に自体が悪化してしまったのだ。

 部屋が増えたのはいいが、それを掃除できないのでは本末転倒もいいところである。それで仕方なく、ほとんど毎日咲夜一人でやっていた、というわけである。

 「では、私の指示通りに用意をお願いします」

 頷き返したシオンは、料理を一つずつ台に乗せる。

 「料理の運び方にも、ちゃんとした手順があるんだな」

 「それはそうですよ。出す順番の他にも、皿の向きや置き場所、色合い……その他にもカトラリーなどの配置にも気を配らなければなりません。まあ、出す順番以前に、出し方が適当すぎるのは問題外ですが」

 言いながら、カトラリーを台の端に乗せる咲夜。

 「私たち料理を作る者は、ただ美味しい料理を作ればいいのではありません。食べてもらえる人の健康を考えておかなければ、その人が偏った食事ばかりをすることになってしまうのです。ですが、毎日の料理が単調すぎてもダメですけど」

 「……ただ作って後は勝手にしろ、というわけではないと?」

 「それは極端な意見ですが、まあそういうことになります。私たちが料理を作るのは自分のためではなく、誰かのためなのです。だからこそ、些細な事だと思われるところまで十二分に留意し、最善を尽くすのです」

 シオンが咲夜の顔を見ると、戦闘を行っていた時よりも生き生きとした笑顔をしていた。

 「やっぱり、咲夜に戦いは似合わないよ」

 「え……」

 「あ、ごめん。悪い意味じゃないんだ。ただ、咲夜は戦ってる時よりも、料理を……家事をしている時の方が、楽しそうに見えたから」

 どうしてもそう見える。咲夜がレミリアの役に――特に戦闘方面においてかなりの執着を持っているのは知っているが、それでもそう思うのだ。

 「……私も、そう思っています」

 「否定、しないのか?」

 「正直に言いますと、何かと戦って傷つけるより、何かを作り、それで誰かを喜ばせる方が楽しいと思っているのです。……だから、私は弱いのかもしれませんね」

 「弱い? ……咲夜が?」

 どこか信じられないものを見ているような眼で見ているシオン。

 「咲夜のどこが弱いんだ? 俺なんて壊して、奪って、殺すしかできないのに。何かを作ったり、創ったりなんてやったことすらないのに」

 シオンからすれば、咲夜の感性が理解できない。

 「俺は誰かの涙しか流せないのに、咲夜は誰かの笑顔を引き出せる。どちらが『強い』のかなんて、決まりきってることだよ」

 そう笑って言いきる。これは嘘偽りの無い本心だ。『力』はその状況に応じて問われる物が極端に変動する。今の状況では、『戦うための力』は必要が無い。

 「咲夜みたいに『誰かのための力』が俺にはない。まあ、俺と咲夜では強さのベクトルが全く違うんだから、そもそも比べるようとする事自体が間違ってるんだけどね」

 咲夜はシオンの言葉を聞き、()()()()()()()()()()を読み取る。

 「……私を、励ましてくれてるのですか?」

 「!!!」

 シオンの顔がほんのりと赤くなる。どうやら図星らしい。

 「……慣れないことはするもんじゃないな」

 自分の顔が赤くなっているのは自覚しているらしく、少しだけ顔を歪める。咲夜はつい笑ってしまった。

 「何。俺の無様さを笑ってるの」

 そうではないとわかっているが、どこか拗ねているように言ってしまう。咲夜はますます笑みを深めるだけだった。

 「いいえ。……シオン、ありがとうございます」

 「別に、お礼を言われるようなことはしてないよ」

 ぶっきらぼうに言うと、料理を台に乗せる作業を再開する。咲夜も時々シオンに指示を出しつつ、料理を乗せ始めた。

 

 

 

 

 

 やはり、というべきか、咲夜の料理は絶賛された。それも当たり前だ。プロが出した料理が不味いと言う人間は、味覚が余程おかしいのか、あるいは味そのものが好きでは無いかのどちらかだ。

 そんな中、レミリアがポツリと呟いた。

 「でも、少し気になるのよね」

 「どうしました、お嬢様?」

 「いえ、ね。何と言うか……野菜の形が、あまりにも綺麗過ぎて」

 そこが気になっている部分だった。確かに咲夜が包丁で切った物は綺麗にやれている。それでも、野菜の形のせいで、という例外的な部分を除けば、ほぼ全ての野菜が均一の形となっているのだ。

 例え咲夜でも、同じ作業を繰り返しやり続ければミスを犯す。なのに今回はそれが一切ないのだ。いくらなんでも、コレはおかしすぎる。

 「まあ、ミスしたところを捨てたといわれればそれまでなのだけれど」

 それも無いだろう。基本的に咲夜は材料を無駄遣いしない。仮に失敗したとしても、その材料はまた別の料理に再利用するくらいなのだから。

 レミリアの疑問は、しかしあっさりと解決する。

 「その野菜を切ったのは、シオンですよ」

 「シオンが?」

 「はい。何やら料理を学びたいとのことらしく、私に頼んで来たのです。本人曰く、「特技を増やしたいから」だそうですが。切り方が凄まじく正確なのは、本人の腕前と……何らかの理由でもあるのでしょう」

 「私の勘は、それだけじゃなさそうだ、と言っているけれど」

 レミリアはチラリとシオンの方を見る。そこにはシオンとフランの二人がある程度話しながら食事をしていた。余程注視しなければ、何も無いと思うだけだろう。

 だがレミリアにはわかる。シオンは、さり気なくフランの表情を見ているのに。

 「好き嫌いの判別でもしているのかしら?」

 「……何故そうだと?」

 「食事に顔色を窺うのなんて限られているわ。しかも今の平和な状況ならなおさらね。だとすれば、自然と選択肢なんて絞られるものよ」

 「流石はお嬢様です。……申し訳ありません、シオン。どうやら、このサプライズが期待できるのは、フラン様だけになりそうです」

 周りを見渡した咲夜がポツリと声を漏らす。

 レミリアも、美鈴も、挙句の果てにはパチェリーまでもが――パチェリーは珍しく、本当に珍しく図書館では無くここで食事をしに来ていた――気付いていた。気付いていないのはフランだけである。

 「ハァ」

 咲夜が溜息をする。しかし、その呆れはすぐに苦笑いに変わった。

 「まあ、サプライズはフラン様のみに対応しているので、他の誰かにバレてもあまり問題はありませんね」

 とにかく、フランだけにはバレないようにしなければならない。

 「この状況なら大丈夫だとは思いますが」

 フランは全く気付いている様子が無い。だが、油断はしない。

 「さて、どうしましょうか」

 食事をしながら考える咲夜。後でレミリアたちにでも相談しようと思いながら、楽しそうに話している二人の会話に加わった。




今回は戦闘もシリアスもありません。

少しはシオンにもまともな生活を送らせたかったんですよ!

次回、戦闘は……アレで戦闘がある、と言えるのかなぁ?

5/29日追記
カトラリーとは箸やフォーク、スプーンなどといった物の総称です。
わかりにくい表現すいません。
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