今回はシオンの才能に関して少々出ています。
シオンはレミリアと別れたあと、いつも通りの生活スタイルをするように心がけた。とはいっても、全く同じというわけではない。
一応完全に同じ行動をするのができないわけではないのだが、それでは不気味すぎる。ある程度は変えておいた。
しかし、途中でその『いつも通り』がボッキリと真横に叩き折られた。それは、ある少女が現れたせいだ。
少女はいきなりシオンの前に現れると、一言だけ簡潔に告げた。
「着いてきなさい」
「……は?」
その後は有無を言わさずに無理矢理シオンを引っ張っていくと、そのまま地下図書館に連れて行かれた。
「さあ、入りなさい」
「……それはいいんだけどさ。いきなり何なんだよパチェリー」
そう、シオンを連れて行ったのは、かなりの間図書館にこもっていたパチェリーだった。
「何って、貴方に対する対価を要求しに来たの」
「対価? どういう意味だ?」
「魔法使いなら誰でも知ってる、等価交換の法則よ。何かを得たいのならば、それと同等の物を渡す。貴方が神獣化した時に私も協力したのだけれど、それに対する対価は貴方自身に払ってもらえ、とレミィに言われてるの。まあ、こちらもシオンが聞かれたくないことを無理矢理いってもらったのだし、少しは譲歩するつもりよ」
「レミリアめ……。まあいいか。暴走したのは俺のせいだし」
若干恨み言が出てきたシオンだが、元々の原因は自分だと思い出す。
「それで、俺は何を渡せばいいんだ?」
「渡す必要は無いわ。単純に、貴方の知識を貸してもらいたいだけだから」
「俺の知識はあやふやだぞ? 当てになるのか?」
「それは見てみないとわからないわ。とりあえず、ちょっとこっちに来て」
パチェリーは図書館にある自らの作業机へと移動する。そこで引き出しからゴソゴソと何かを取り出した。
それをシオンの目の前に差し出した。
「……紙束?」
「もっとよく見てちょうだい」
そう言われたシオンは紙に書かれた何かを見る。が、わけがわからない文字が描かれているようにしか見えない。
「何だコレ? 紋様ってわけでもないし……術式か何かか?」
「正解よ。コレを見て何か思いつかないかしら」
「思い付くも何も、こんなの俺の中の知識には無いんだけど? コレを理解するための基盤が無いんじゃどうしようもないよ」
シオンの言っているのは至極当然のことだ。どうあらパチェリーもあまり期待していなかったらしく、横にある本棚を指差した。
「なら、あっちにある本で知識を得てちょうだい」
「あっち、って……」
シオンがその方向を見ると、言葉を失ってしまった。
「……何冊あるんだ?」
何百程度ならば問題は無い。何千でもまあ平気だ。しかし目の前にある本棚の中には、何万何十万、下手をするとそれ以上あるかもしれない。それを何のヒントもなく適当に流し読みしたとしても、読み終えるまで何日かかるだろうか。
しかも、一つの本棚だけで――片側では無く裏表がある本棚だ――それなのだ。コレが何個もある図書館の最大量は、一体どれほどあるのか。
「なあ、パチェリー。この図書館、一体何冊あるんだ?」
「え? そうね……魔法関係以外のモノもも結構あるはずだから、最低でも三十万は超えていたはずよ。そこから先は覚えていないのだけれど……」
十分多いわ! と叫びたくなったシオンだが、それでどうにかなるはずもない。一つ溜息を吐くと、その本棚の一つに潜って行った。
「多すぎるし、長すぎる……」
シオンは
シオンは本を読むのが嫌いではない。というより、かなり好きな方だ。そもそも、本を読めばある程度の知識が得られる――もちろん、その本の内容が正しければ、の話だが――というのは、シオンにとってはありがたい。
それでも三〇〇冊は多すぎた。しかもこの本、一冊一冊の文字が小さい上にページ数も異様の多い。そのせいで読むのに時間がかかるのだ。付け加えると、段階的に本を選んでその内容を読まないと、全く持って理解できない。それほどに難しいのだ。
「はあ」
思わずため息が出るのも仕方がない。しかしそれでもまた別の本を手に取る。三〇〇冊も読んでいまだに読む気力があるだけでも驚嘆ものだろう。
「今何時だ……?」
目覚めた時間が五時。レミリアと多少話していたせいで行動するのが遅れたが、朝食も食べずにここに連れて来られた。そして現在、時計の針は十時を指していた。
「まあ、五時間でここまで読めればいい方か」
一応シオンは動体視力の良さと高速思考による応用で速読が行える。コレらがあったおかげで、たった五時間程度で三〇〇冊という膨大な量を読めたのだ。
ふとシオンは思い出す。自分にはもう一つ特殊な体質があったと。
「ん……? アレ、まさか俺って、かなり無駄な事をしてた、のか?」
思わず頭を抱えたくなったが、瞼を閉じてそこを揉むのに留めた。
「……疲れた」
「シオン、お疲れ様です」
「!?」
いつの間に後ろを取っていたのか、何かを入れた水筒を手に持つ咲夜がいた。
「どうしたんだ?」
「いえ、もうかなりの時間が経ちまつし、そろそろ疲れているころかと思いまして。こうやってコーヒーを持ってきたのですよ」
「コーヒー?」
聞いたことが無い単語にシオンは眉を顰める。咲夜はその回答を予想していたのか、スラスラと説明を始めた。
「やはり知りませんか。コーヒーは薬か、とまで言われる飲み物なのですが、コレにはカフェインと呼ばれている物質があります。効能はいくつかあるのですが、その一つに大脳皮質に作用して精神機能及び知覚機能の刺激……要するに、眠気や疲労感を取り除き、思考力と集中力を増す、というモノがあるのですよ」
「へえ……確かに、今は疲れてるからありがたいかも」
カップに入れた飲み物を咲夜から受け取る。シオンはカップの中に入っている、見た事が無い液体を覗き込んだ。
「真黒だな」
「ブラックコーヒーですから。色は悪いですが、質の悪い豆は使っていませんので、健康には影響しません。あまり気にしないでください」
「わかった」
そう言ってコーヒーを飲む。が、すぐに顔を歪めることになった。
「苦い……」
子供の舌は大人と違って感覚が鋭い。三倍ほども差があるほどだ。しかも子供は頭でコレが毒なのかどうかが判別できない分、苦みを感じる味覚のセンサー、
それに加えて、シオンは今までまともとよべるような食べ物を口に入れた経験がほとんど無かった。つまり、この味蕾が全く発達していない状態にある。
そのせいで、シオンはここまで嫌がるのだ。
「苦い物、嫌いでしたか?」
「……コレ、読んで」
シオンは先程大量の本を読んだ。とはいっても、パチェリーが言っていた通り、それら全てが魔法関係だけというわけではない。めぼしいものを適当に選んで読んでいたのだ。
その本の山の中にある一冊を抜き取り、とあるページを見つけて咲夜に見せる。咲夜は少々訝しんだ。あの大量の本の中から何の迷いもなく一冊の本を見つけ、そして見せたいページをすぐに開ける。コレではまるで、読んだ本の位置やその内容、
しかし目の前に開かれたページがある以上、コレを読まない事はできない。
「えっと……コレは、人間の口の感覚、ですね」
「ここ、読んで」
そのページの一部を指差す。
「……そういう、ことでしたか」
それを読んだ咲夜は納得する。確かに咲夜自身、最初に苦い物を食べた頃は苦すぎて食べたくなかった記憶がある。
「すみません、配慮が足りませんでした」
「まあ、別にいいよ」
「……ありがとうございま――ってシオン、何故苦いと言いながら全部飲み干して!?」
シオンは苦渋に塗れた表情でコーヒーを飲み込む。が、やはり苦すぎるのか、飲み終えたあとは咳をした。
咲夜が背中をさすってしばらく、やっと調子を取り戻したシオンが、濃い苦笑いを浮かべながら言う。
「せっかく咲夜が入れてくれたものだし、残すのももったいないからね」
「シオン……」
結局のところはそれだけだ。咲夜に気を遣って飲んだだけ。
「そう言った配慮は嬉しいのですが、それでは将来苦労することになりますよ?」
「性分だからね。しかたないよ」
誤魔化すように軽く笑うシオン。咲夜は呆れるしかなかった。
「それでは、私はこれで。次はかなり薄めた物を持ってきます」
「ありがとう」
咲夜は背を向けて立ち去る。それを見ながら、シオンは思う。
(……コーヒーに含まれるカフェインも薬の類、か。それじゃあ効果は無いんだよね)
シオンの体には薬物が効かない。良薬だろうと毒だろうと、ドーピングのようなものだろうと一切合財無効化してしまう。
だが、咲夜の心遣いで、シオンの気分は晴れた。
「続き、読むかな」
少しすっきりとしたシオンは、嬉々としながら本を開く。
それからのシオンの本を読むペースは、今までとは比べ物にならないほど速かった。
それから七時間。その間にも大量の本を読み続けたシオンは、いくつか気になる記述を見つけていた。
「コレとアレは使えそうだな……。今度試してみるかな」
現状シオンは激しい運動はできない。訓練ができないせいで、それなりに体が鈍ってしまっている。だからか、かなり暇だった。
「はあ……早く運動できるようにならないかね」
コレでは遊びたいと言っているようなものだが、シオンの本音は「生きるか死ぬかの戦いに備えたいから訓練したい」だ。本当に子供らしくない子供である。
「シオン、今何冊目かしら?」
そこでパチェリーが現れる。が、シオンの格好を見て眉を顰めた。
「……本、片づけないの?」
シオンの横には大量の本が置かれている。その横にはせっせと本を戻している小悪魔がいるのだが、シオンは気付いていなかった。
「ん、あれ、もうこんな時間か。……えーと、誰?」
パチェリーに呼ばれて顔を上げるシオン。最初に確認したのが時間、次に見たのは自分の横にいる小悪魔だった。
今の今まで気付かれていなかったというのに、全く気にせずに小悪魔は言った。
「私は小悪魔です。パチェリー様の使い魔をやらせていただいています」
「小悪魔、ね。よろしく。それと、本を戻してくれてありがとう」
「いえいえ、それが私の仕事ですので」
笑顔で答える小悪魔は、また本を戻していく作業に戻る。
「それで、何冊目なのかしら?」
軽く無視されていたパチェリー。だが、その様子から特に気にしていないらしい。
「えーと……
「三万!?」
異常だ。というか常識的に考えてありえない。
「……どうやったらそんなに読めるのかしら?」
「こうやって」
説明するよりも見せた方が早いだろうと思ったシオンは、一冊の本を取り出す。そして一ページ目を開くと、そのままパラパラとめくり始めた。
それから数十秒後、シオンはその本を読み終えた。
「コレで全部覚えた。
「……どういう意味?」
「俺にはいくつか特異体質があってね。高速思考と完全記憶能力の二つ。あとは異常に高い動体視力。コレを使って覚えただけだよ」
要は力任せで覚えているだけ、ということだ。
「つまり、覚えてはいるけど理解していない、この意味は……」
「単純な話、文字を覚えただけで中身を読んでいないからだよ。一度覚えればあとはいつでも思い返せるし、夜寝る前に整理するつもり。まあ睡眠に関してはそこまで取らなくても生きて行けるようにしてるし、一時間程度寝れればそれで十分なんだけどね」
「……なるほどね。羨ましい体質だわ」
途中にあった部分には目を瞑って呟くパチェリー。この程度では驚いていられない、ということだろうか。
「なら、ここの本はどれくらいで読めるのかしら?」
「三十万程度だったか? それなら……三日、くらいか」
「それだと計算に合わないわよ?」
「読むのにも慣れてきたからな。ずっと読んでいればやれるよ」
「そう。一応言っておくけど、無理はしないでちょうだい。病気になられてもこっちが困るのだし」
「大丈夫だ。俺は生まれてから一度も病気になったことがないから」
シオンの言葉を背に、パチェリーも本を読みに戻った。
本を読み始めたから丸一日が経ったころ。シオンは図書館の本を十万冊ほど読み終えることができした。
そこでまたパチェリーが来た。
「シオン、ちょっと聞きたいことがあるのだけれど」
「ん、何だ?」
「コレを見て」
パチェリーが差し出したのは、一日前に見せられた物と全く同じ物だった。
「……この術式って、五行思想を元にしているのか?」
五行思想とは戦国時代の陰陽家、?衍が理論を作ったとされている。
一説によると、元素を五つとしたのは、当時中国で五つの惑星があったからだとも思われているらしく、少なくともその頃から水星、金星、火星、木星、土星は発見されており、これらの名称は五行思想に対応しているのだ。
五行思想は季節を現してもいる。四季の変化は五行の推移によって起こるものだと考えられるほどである。それ以外にも、方角や色などといった、あらゆる物まで五行思想が配当されている。
「だけど、この術式って五行思想を元にしているとすれば、何かおかしくないか? 何というか……余計な物が混ざってる、って感じがするんだよね」
その回答はパチェリーにとって満足なものだったのか、微かな笑みを浮かべた。
「それは私が使う日と月の二属性が混ざっているからよ」
「日と月? そんな物あるのか?」
「無ければ使えるはずがないでしょう。私は五行思想である五つに加えて、日、月の二属性を加えた、七属性を操る『七曜の魔女』なのだから」
「……外見は思いっきり西洋魔術師なのに、中身は東洋魔術師か。酷い詐欺だな」
「失礼ね。まあそれは置いておいて、貴方に聞きたいのは、その術式で間違っているところを教えて欲しいのよ」
「なるほどね。それで俺に」
納得したシオンは、紙に書かれている複雑な術式を読み取る。眉を寄せながら眺めていたシオンだが、やがて納得したように顔をあげた。
「コレを作れるとか、パチェリーも天才みたいだな。魔力を術式に直接残すことで魔法発動一歩手前の状態にして、自身の魔力を少し流せば起動できるという仕組み。だけど魔力を直接残す魔法は開発されていないし、作れたとしてもどうしても複雑になる。まあ結局作りだせたみたいだが、そこは新しい物の悲しいところ、正確にできていない」
「それに加えて、魔力を循環させる回路。それが無ければ無理矢理押し留められ続けた魔力が暴発する危険性がある上に、肝心の魔法を発動させられない」
「結果、複雑になりすぎた術式はどこが間違っているのかがわかりにくい」
「それと魔法は失敗するとその難易度と籠めた魔力の量によって跳ね返ってくる反動が酷くなってしまう。簡単な物ならどうにかできるけど、この術式は紙を媒体にしているせいで一回使えば燃え尽きる」
「つまり、一度使ってみてどこがどう違うのかを確認するという手段が取れない」
同時に溜息を吐く二人。
「確かにコレができれば便利だけど、その前段階からつまづいてる」
「それでもこの術式を完成させたいのよね」
「はあ……とりあえず、この術式で間違っているのは、ココとココ。それに色と方角に微妙に狂いが出てる。手書きで書いたせいか? あとは完璧だね」
とりあえず指示を出すシオン。一応この術式は比較的簡単な物だ。それでもかなり複雑なのだから、大規模な魔法はどうなるのか想像もできない。
「術式だけでの魔法発動は現実的じゃない。費用対効果が釣り合ってないぞ」
「……わかっていても、したいのよ」
「何故だ? パチェリーは何となく現実しか見ていないような気がするんだが。こういったできなさそうにない非現実的な事はしないように見えるぞ」
「私の体調の問題よ」
「体調って、どこか悪いのか?」
「悪いというより、持病ね。喘息持ちなのよ、私は」
「喘息……だから魔法を発動させるのに苦労するのか」
「ええ、そうよ。酷い時は一番簡単な物すら扱えなくなるの。それを解消するためにコレを作ったのだけれど」
「自分自身でさえ扱いにくい、と」
「そういうこと。まあとりあえず、ありがとうと言っておくわ。また何かあったらアドバイスを聞きにくるから、お願いね」
「了解。頑張って」
そう言いはしたが、内心ではうまくいかないだろうとシオンは思う。それほどまでに難しいのだ、あの術式は。
(俺みたいに一度見れば覚えられるんだったら話しは別だろうけど)
コレに関してはどうにもならなかった。
更に三日と十時間が経った。その間食事を摂ったり風呂に入ったり、あるいはパチェリーに頼まれてアドバイスをしたといった事以外を全て読書に費やした結果、シオンはやっとここにある本を全て読破した。
「……………………………………………………疲れた」
万感の思いが籠った一言だった。それほどまでに疲れたのだ。シオンはしばらくの間頭の内容を整理する。
「ゴチャゴチャしてて気持ち悪い」
読みすぎた上に全く整理していなかったせいで、全ての文字がバラバラになっているかのように頭の中に存在する。
即座に整理し、気持ち悪さを無くすシオン。
「コレでよし、と。……パチェリーのとこにでも行くか」
立ち上がったシオンは、わかりやすいように本を整理しておく。その途中にも小悪魔はせっせと本を戻していて、わかりやすく置いてくれていることを感謝された。
「感謝するんだったら、普通はこっちがするものだと思うんだけど」
「……パチェリー様って、本を読み終えたら適当に置くので」
それで理解してしまった。パチェリーが適当に置くせいで一々整頓しなおさなければらない小悪魔は、戻すのに時間がかかるのだろう。
シオンは礼を言うと、パチェリーの元へと移動する。
そしてパチェリーの姿を見たシオンは、少しだけ目を見開いた。
パチェリーは、周りの物音を気にしないほどに集中していた。その顔は青ざめているように見える。目は充血し、隈もできていた。それでもパチェリーはただ書き続ける。
流石にマズいだろうと思ったシオンは、パチェリーに近付いた。
「おい、パチェリー。そろそろ休んだらどうだ? そのままだと気絶するぞ」
「!!」
いきなり肩を叩かれたせいで驚くパチェリー。だがシオンもタイミングを見て話しかけていたらしく、術式を書き間違える、ということはなかった。
「シオン、ね。どうしたのかしら?」
「いや、全部読み終わったからさ。何かする事は無いか?」
「もう終わったの? ……今更の話ね。そうね……それなら、コレを見て何か新しい術式でも書いてくれないかしら? 書く物はそこにある物を勝手に使って構わないから」
「え? あ、ああ、わかった」
どこかどもりながらシオンが答える。訝しんだパチェリーだが、ほとんど寝ていないせいで頭が回転しないらしく、どこかダルそうだ。
「それじゃ、頼むわね。私は少し仮眠をさせてもらうわ」
「おやすみ」
パチェリーは挨拶を返す体力さえ残っていないようで、フラフラとしながら寝室へと歩いて行った。
残されたシオンは、渡された二枚の紙を持ちながら考える。
(……俺にできるのか?)
三十万という膨大な本の中にある知識は得たが、魔力を使って魔法を使った事無く、それ故に何もわからない。コレは何も不思議な事では無い。実際に使った経験が無ければ解らないことは多いのだから。
「……やるしかないか」
一つ溜息を吐いたシオンは、やるならさっさとやろうと思い、鉛筆やら何やらが入っている物を近くに引き寄せ、少しずつ書き始めた。
二時間ほどが経つと、本当に仮眠だけにしたらしいパチェリーが後ろにいた。
「どこまでできたのかしら?」
「えっと……ここまでだけど」
どこか困ったように言いながら、シオンは自分が書き上げた術式をパチェリーに見せる。
「どれど、れ……!?」
見た術式を見て絶句するパチェリー。
「何よ、コレは……!? 色、方角、それらが示す意味、そして魔力を残す私だけの魔法……全部完璧にできてる。なのに――」
パチェリーは術式の一部を指し示す。それをされたシオンは、顔を背けるしかなかった。
「何で
そう、何も書かれていない。そこだけは穴の開いた空洞のようにポッカリと空いてしまっているのだ。
「……わからないから」
「え?」
「そこに何を書けばいいのか、わからないから」
「何を言って……」
ここに書けばいいモノは、魔法使いならば誰でも知っている簡単な事だ。自分の名前を自分にしかわからない独自の言語で書けばいい。それだけだ。そうやってコレを『一部が読解できない状態』だと認識させなければ、この術式は他の人間に使われる可能性がある。
実際パチェリーも自分自身の名前を書いている。しかし、そこで何かに思い至ったのか、パチェリーは新しい紙を用意すると、そこに全く別の事を書き始めた。
そしてすぐに書き終えると、それをシオンに見せた。
「パチェリー?」
「コレを解いてみなさい」
コレは簡単な問題だ。子供でもわかる、というかわからない方がおかしい問題。だが、やはりシオンは
「……わからない」
予想通りの回答だった。予想通りすぎて逆に叫びたくなるほどに。
「本当に、わからないのね?」
「わからない」
ついもう一度確認してしまったが、あまり意味は無かった。
パチェリーは自分が書いた問題を見る。その紙には、一+一=と書かれていた。子供でもわかる簡単な問題。しかしシオンはコレを答えられなかったのだ。
「シオン、どうしてわからないのかしら?」
「……別のところでその記号を見たことがあるけど、何に使うのか想像できない」
「じゃあ、言うわよ。
「…………………………二、か?」
パチェリーに問題を言われ、何とか正解を言うシオン。だが、その表情はかなり不安そうだった。
「……もう、いいわ」
椅子に座って額に手を当てる。パチェリーにしては珍しくわかりやすい態度だ。だが、思わずそうなるほどまでに
「結局、何がしたかったんだ?」
「……貴方の欠点を知っただけよ」
「欠点? 俺に?」
どうやら、シオン自身はこの欠点を自覚していないらしい。
(今までの人生がおかしかったのだから、知る機会も少なかったのでしょうね)
パチェリーは我知らず溜息を吐くと、シオンに説明を始めた。
「まず一つ。シオンは多分、一つの才能を徹底的に伸ばした代わりに、一つの才能を徹底的に排除してしまっているの」
「それが何かマズいのか?」
シオンには自覚できない。そもそも、一応は自分も人間なのだから、いくつか欠点があってもおかしくはないと思っているのだ。
「ええ、マズいわ。正直に言わせてもらうと、日常生活を送るのも危ういと思ってしまうくらいに」
だが、この回答は予想していなかった。
「な、なんでだ? 別に一つくらい欠点があって当然だろう?」
「そうね。確かにそうよ。でもそれが、普通の人にとってはあるのが当然、いえ、むしろなくてはおかしいものが欠如してしまっているのだとしたら?」
「あって当然って……」
「例えば、貴方から『何かを想像、あるいは創造する才能』が完全に欠如してしまっているとしたら?」
「……!? ッ、まさか!?」
それだけでパチェリーが何を言いたいのか理解するシオン。
「そうよ。おそらく貴方は『既存の技術を学ぶ才能』を得る代わりに、『何かを想像、あるいは創造する才能』が失われてしまったの」
ある意味では理に適っている。『既存の技術』とは、言い換えれば剣、徒手空拳などの戦闘技術や、知識を使って作られる機械を作る技術。シオンはそういった才能に特化しているのだろう。正確には、
逆に『想像、創造はできない』ようになってしまった。コレを失っても別に構わないと思う者もいるだろう。だが、コレはそんな生易しい物では無いのだ。
例えば、シオンが紅魔館に来てはじめて料理を目の前に出された時の事だ。シオンは料理の名称を知らないと言ったが、同時に食べ方もわからなかった。しかも
普通の人間であれば、取ってがあるのだからそこを掴んで食べようとするだろう。赤ん坊でもわかることだ。だが、
だからこそ今回の、『ただ自分の名前を書くだけ』という作業ができなかったのだ。参考にする資料もあったというのに。
こんなレベルの欠如を、誰が望むのか。何らかの障害を起こしている訳でも無い、ただの健康な人間ならばなおさらだ。
「…………………………」
「貴方はあらゆる技術の管理、維持はできても、新しい物を創れない」
シオンの才能は、停滞しているものを管理するだけだ。自分で新たな物を創る事は、絶対にできない。
「唯一の救いは『既存の知識』さえ持ち合わせていれば『想像』できなくてもある程度はカバーできることだけれど、やはり限界はあるわ」
実際、数日前にやった『鬼ごっこ』の時、シオンはそういった事をやっていた。
『ごっこ』という言葉の意味はある動作を真似る、といったものなのだが、シオンはその言葉の意味を知らなかったため、『鬼』のワードとその意味だけで無意識の内に脳内で検索をかけた。
その結果、「鬼に捕まったら殺される」などという歪な答えが導き出されたのだ。もしシオンが『ごっこ』という言葉の意味を知っていればまた別の回答を出したのだろうが、結局はコレと同じだ。わからなければどうにもならない。
「普通の人にはわかりにくいけれど、『想像ができない』というのは、何よりも辛いことなのよ。新しい技術を創れないのだから」
「じゃあ、俺が今まで必殺技とかを創れなかったのは……」
「才能の欠如のせいでしょうね」
必殺技。平和な場所で生きている人間が言葉にすると幼稚だが、この言葉が示す意味は単純明快だ。
必殺技とは、文字通り
戦場で生きてきたシオンは、何度か広範囲に渡り周囲の人間を殺す技を創ろうとした。だができなかった。必要であるはずなのに、全く思い浮かばなかったのだ。
シオンが黒陽と白夜の能力を扱えているのは、単純にその力を見たことがあるためだ。前例があったからこそ扱えただけなのであって、シオンの力では無い。
自身の欠如した才能を自覚したシオンは、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
ハイ、コレがシオンの才能と欠点です。
『完全記憶能力』と『高速思考』、そして『既存の技術を学ぶ才能』が今回出たモノですね。
前者二つは皆さん知っているので省きますが、何故後者のような才能にしたのか。
それは、シオンに欠点を作りたかったからです。完全に完璧な人間なんてツマらないですから。
当初は『戦闘技術を学ぶ才能』にしようと思ったのですが、それだと咲夜並みの家事の腕を得られた理由になりません。
その結果が、つい半月ほど前に思い付いたコレ、というわけです。
それと欠点。
『何かを想像、あるいは創造できない』欠点、コレをどう見るかによって皆さんの反応が分かれると思われます。
しかし大抵の皆さんはわかるはずです。想像できない事の恐ろしさが。
例えば、曲がり角があります。ここから何が出てくるかを『想像』してみると、色々なモノが思い浮かぶと思われます。
例えば歩いてくる人。例えば自転車や車などに乗った人。あるいは、犬や猫などの動物かもしれません。もしも自分が乗り物に乗っている場合、コレらの事を考えているでしょう。
ですが、コレらも全て『想像』なのです。あくまでも可能性にすぎません。
そしてシオンはコレらを『想像』ができない。何かが飛び出してくる事すら予想できないのです。つまり、真横から人が飛びだしてきた場合に一切の反応ができない、という意味になります。
前もって準備ができていないせいで、避けられないという事です。
まあ、シオンの場合は超人的な感覚のおかげで『想像』できなくても人が来るかどうかがわかってしまうのですが……。
もう一つは『創造』。コレもよくよく考えると無いのはキツいです。
私たちは学生の時に美術などを学びますが、この時、「何かを想像してみてください」などと言われても、シオンは何もできません。何も思い浮かばないのですから。
思い浮かぶとしても、それは頭の中にある知識を出すだけ。簡単に言えば盗作になります。
『想像』できないせいで『創造』ができない、というわけです。
この才能と欠点は両極端、正反対と言えるモノです。こうした訳は次回少しだけ紹介します。
さて、欠点を追加したはいいが、それを私に書けるのでしょうか……。
P.S
この前リア友の家に遊びに行った時、そのリア友から「活動報告を書いた方がいいのではないか」と言われたので書いてみました。といっても書くことなんて、小説の執筆の仕方とか、どんな風に書いているのかとか、そんな感じしかないのですが。
そして後書きだけで1000文字を超えてしまった。長すぎですね。