「な、どうなってるんですかコレは……!?」
少し暇を貰って図書館の外に出ていた小悪魔が戻ると、そこは何があったのか、台風でも起きたかのような惨状ができあがっていた。
しかも何故かシオンとパチュリーには影響が無い。更には二人して笑って――シオンの場合は苦笑だろうが――いる。訳が分からなかった。
そこでシオンが小悪魔の存在に気付く。笑い声のせいで聞こえないはずなのに、それでも扉が開閉する音を聞いたからだ。
「…………………………」
「…………………………」
顔を見合わせた二人は固まる。シオンは罰が悪そうに、小悪魔はどこか怒っているように。シオンが突如固まったのに訝しんだパチュリーだが、その原因に気付くと、すぐさま立ち上がる。
「……私は、シオンでも扱える魔法を作って来るわ」
「……頼む」
さり気なく逃げるための口実を作るパチュリー。だがその内容がシオンのため、というものだったせいか、流石のシオンも正面切って逃げるのかなどと言えるはずも無く。同時に小悪魔に対する説明を丸投げされたのを理解した。
シオンが顔を戻すと、此方を睨みつけてくる小悪魔がいる。
「………………どう説明しろと? ……絶対無理だ」
意外にも泣き言を言うシオン。が、シオンは怒っている女性はそこそこ苦手だったりする。姉が顔で笑っていても目が笑っていないという状態を見ていたせいだろうか。そもそも人と話すが苦手なせいなのか。
若干逃げ出したくなったシオンだが、そうは問屋が卸さない。そこかしこに散らばっている本を器用に避けながら近づいてくる小悪魔を見て、逃走は不可能だと判断する。元から逃げ出す気など無いが。
「説明、してくれますよね?」
その声音から、少しどころか、予想もできないほどにキレているのが窺えた。シオンは若干及び腰になりながら、
「……一応、最初らへんから話させてもらうけど――」
他者が聞けば荒唐無稽な話しを説明し始めた。
「そんな事があったのですか……」
戻ってきたパチュリーの口添えもあってか、何とか納得する小悪魔。シオンが説明した時はどこか半信半疑だったが、主であるパチュリーと、シオンが嘘を言わないという性格を知ってからは素直に話を聞いてくれた。
その甲斐あって、途中で質問される時はあったが、それを除けばほとんど遮られる事無く説明を終えられた。
ちなみに、今三人はパチュリーの机の近くに吹き飛ばされていた椅子を持ってきて――もちろん持ってきたのはシオンだ――座っている。そこそこ時間のかかる話しだったので、立っているのは疲れると判断したのだ。
「まあ、今回は不可抗力ですね。流石に一個人が一〇〇万人分の魔力を持っているなど、誰にも予想できませんし……」
魔力と妖力という違いはあるが、大妖怪でさえそんな量など持っていない。パチュリーが予想できなかったのも当然だった。小悪魔でさえ、実際にその力の一端を見せられなければ、そんな量を持っているのだと信じなかっただろう。今でも信じ難いのだから。
しかし、あんな量の魔力を見せられれば、嫌でも納得するしかない。だが、それとこれとは話が別だ。
「ですが、片づけをするのは私なのですよ? その苦労をわかってほしいです」
確かにここにある本の量は膨大だ。しかも前はその内容毎に区切ってきちんと区別していたりしたため、元に戻すのに何日かかるかわかったものではない。
「あ、それなら」
疲れたように言う小悪魔に、シオンは片手を挙げる。
「何でしょうか?」
「本を片づけるのは俺も手伝えるよ。完全記憶能力でここにある本は全部覚えてるから、背表紙だけ見ればどういった本かわかるし。それにこうなった原因を作ったのも俺だから……」
それを聞いて顔を横に反らすパチュリー。だがシオンは責めるつもりは毛頭ない。元々こうなった本当の原因はシオンが魔法を教えてくれと頼んだからだ。
だからこそシオンはパチュリーを責めないし、こうして小悪魔に手伝いを申し出ている。そんな理由が無くとも手伝っていただろうが。
「……いいのですか?」
「もちろん」
躊躇っている小悪魔に即答するシオン。ここで言葉に詰まれば嘘だと思われてしまう。やがて小悪魔もわかってくれたのか、素直に頷いてくれた。
「では、お願いします」
「わかった。あ、パチュリーはそのまま魔法を作っててくれ。それと――」
シオンはパチュリーの耳元に顔を近づけて、いくつか頼み事をする。しばらく黙って聞いていたパチュリーだが、全てを聞き終えると、面白そうに薄く笑った。
「……なるほど、その考えは思い浮かばなかったわね。いいわ、任せてちょうだい」
「頼む」
クルリと体の向きを変えて机に書くための物を用意するパチュリー。術式を作ろうとしていた時と同じく、もう話しかけても反応しなさそうだった。
とりえあずこれでいいか、と思ったシオンは、小悪魔に言った。
「じゃあ、始めようか」
二人がまず最初にやったのは、散らばった本を一ヶ所に集める事だった。あんなに散らばっていては崩れ落ちている本棚を戻す事すらできない。何より一番下に埋もれている本が上に乗っている本の重さで潰れたり、最悪の場合ページが破れたりといった事になるかもしれない。それ故の処置だった。
そして膨大な、それこそ数えるのすら億劫な量の本を分類別に集め終えた二人。だが、その時点で疲労困憊になってしまった。シオンの場合は疲労と言うより、本の表紙でどういった内容なのかを知るために、頭の中の知識を出すのに神経を削られたという感じだ。
「……多すぎる」
「……いえ、シオン様が手伝ってくれなければ、今日明日程度では集めきれませんでしたよ」
小悪魔の言う通り、シオンの働きには目を見張るものがあった。
右手、左手、挙句の果てには頭の上にも乗せるなどという無茶苦茶な運び方をしていたのにも関わらず、その類稀なバランス感覚で全くブれずに運ぶ。しかもその小さな体に秘めた筋力にモノを言わせて大量の本を一度に持っていたのだ。
更には小悪魔が持ってきた本を分類別に分けていた。こうした理由は、
「後になって一々確認してからやるよりもスムーズにできるから」
だそうだ。
確かに。小悪魔はそう思った。百冊程度であれば適当に置いて後から確認した方が早いかもしれない。だが、それがこれだけの数となれば話は別だ。
シオンの考えに納得しつつも小悪魔は立ち上がる。
「本棚、設置し直して来ますね」
未だに疲労は抜けないが、それでもこれ以上手伝わせるのは気が引けた。ただでさえシオンの負担は大きいのだ。だからシオンが座っている内に、できるだけの事はしておこうと思ったのだ。
しかし、そう思っている間にシオンも立ち上がっていた。
「あ、あの……」
「女性一人だけに働かせるつもりは無いよ」
この言葉、大人が言えば様になるのだろうが、子供が言うと背伸びしているようにしか見えなかったりする。それでもシオンの気遣いは嬉しかった。
少し逡巡してしまう小悪魔。
「……いいのですか?」
「存分に使ってくれ」
二人はまた本の整理をし始める。
またもシオンの働きによって、あっさりと本棚を元の位置に戻せた。
「……本棚を二つ同時に持って移動できるなんて」
位は低いが一応は悪魔である小悪魔でさえ、本棚の重さのせいで一つずつしか運べない。だがシオンは……小悪魔は少しだけ、自分はいらないのでは? と思ってしまう。
小悪魔の微かな変化に目ざとく気付いたシオンは、小悪魔にどうしたのかと訊ねた。
「いえ、シオン様がいるのであれば、私がここにいる必要は無いのでは、と思ってしまって」
どこか辛そうに言う小悪魔。
だが、本来ならばコレが普通の反応なのだ。自分より余りにも大きな才能を、あるいは力を持った相手を目にすれば、こう思ってしまっても不思議では無い。
何らかのスポーツをしている人間であればわかるだろう。自分よりも強い相手を羨み、妬み、そして……自分の才能の無さに、いつか挫折する。
今の小悪魔がソレだ。シオンに嫉妬しているように見えない様子を考えるに、そこが彼女の美点だと言えるだろう。悪魔としてはどうかと思うが。
「小悪魔がいないと俺は困るけど」
「え?」
「ここにずっと居たのは小悪魔だから、本棚の位置を覚えているのは小悪魔だけだろ? どうせパチュリーは知らないだろうし」
「あ、ああ……そういう意味ですか」
「?」
少しだけドキッとする事を言われ、焦ってしまう小悪魔。が、「お前がいないとダメなんだ」とでも言うような言葉を言われて、少しグッきてしまったのだ。コレは小悪魔の、誰かの役に立ちたいという性格によるものだろう。
(……何となく、ですが。シオンは将来女たらしになりそうです)
小首を傾げているシオン。外見も相まってか、その可憐な仕草、見る人が見れば狂喜乱舞しそうだった。
(流石に『
『人間』という人種は、ある意味では悪魔よりも酷く醜い人種であるせいか、小悪魔にも予想できない。しかし小悪魔は、再度途轍もない重さである本棚を二つ、軽々と持ち上げているシオンを見て、その心配を打ち消した。心配する理由が無かったのだ。
(私も運びましょうか)
まだそこそこ残っていた本棚の一つを持ち、小悪魔も運び始めた。
「あ、小悪魔。それは一のEの、『人体の構成に対しての魔法理論』って書かれた題名の場所で上から三つ、右二つ隣に置いてきてくれ」
「わかりました」
小悪魔は言われた通りに本を一冊ずつ置く。
今二人がやっているのは、本棚毎に一、二、三までの数字を付け、そしてアルファベットで番号を振り、その番号毎に、関連性があるか、内容が近いモノを付近に置いておく、というものだ。
本来ならば不可能なこの作業も、完全記憶能力によって本の内容全てを丸暗記しているシオンがいるからこそ可能になった。だがそれでもなおここまで精度が高く置けるのは、シオンがその本の内容を完全に、そして深く理解しているからだろう。そうでなければこんな事は絶対にできないのだから。
途中で何をやっているのか聞いてきたパチェリーでさえ慌てふためき、本棚のいくつかを確認して、そこにある本の内容を見てからは唖然としていた。
ちなみに小悪魔は本を整理する半ばから思考をほとんど放棄していた。そうしなければまともに動く事を拒否してしまいそうだったのだ。
「コレは……一のK、『大量殲滅魔法の独自理論、その詠唱内容』、か。こんなの作ってどう使うって言うんだ……」
使用する時に使う必要魔力量の多さからまず使えない魔法の大群。シオンならば一つでも属性の適性さえあれば使えるだろうが、一般の魔法使いにはまず無理だ。
冒頭部分に、『本人も使用できないため、検証不可』などと書いてあったのだから、できたとしても試す気などさらさら無いが。というか、自分も使えないのに何故作ったんだ、本当に。
ぼやきつつも本を置きに行くシオン。その間に小悪魔に指示を出すのを忘れない。
「やっと半分くらいか」
正直何時間本の整理をしているのかわからない。ここには時計も太陽も無いから時間を計る事ができないのだ。わかっているのは、おそらく半日は経っている、と言う事くらいだ。
「この量なら……小悪魔、後三時間くらいは頑張れるか!」
「その程度なら小休止を挿めば大丈夫です!」
遠くにいる小悪魔が叫び返す。シオンは小さく頷くと、また本を取りに行く。その途中、パチュリーから声がかかった。
「シオン、できたわよ」
「ん、何がだ?」
「……そっちが頼んだのに、もう忘れたのかしら? 貴方が言ってた魔法の術式よ」
「本当か!」
若干不貞腐れていたパチュリーに、しかしシオンは嬉しそうに笑う。
相手の機嫌さえ無視して笑ったのは、この術式があるかどうかでこれからの戦闘方法がかなり変わってくる。正直に言うと、本当に創れるのかどうかは少々不安だったのだが……どうやら杞憂だったらしい。
「なら、後で見せてくれないか」
「わかっているわ。不備があったら困るから、それはそちらで確認してちょうだい」
「創ってくれだだけでもありがたいよ。俺にはその才能は無いから……」
どこか悲しそうに言うシオン。本当は自分で創りたかったのだろう。だが壊滅的にそっち方面の才能が無いシオンにはできない。
料理を作っても必ず失敗する人と似たような類だが、シオンの場合は『想定と創作』ができないのだから、天と地ほどの差がある。
「……私はほとんどの事ができないけれど、魔法なら何とかできるわ」
「え?」
こういう時だけ察しの悪いシオンに、少々苛立つパチュリー。その理由は照れからきていたものなのだが、本人は気付いていなかった。
「だから、何か魔法を作って欲しいのなら、私に頼みなさいと言っているのよ。ま、きちんと等価交換はもらうけれど」
あくまで冷静に答えるパチュリー。シオンは目を丸くしてしまった。遠くで小悪魔がこけて倒れた音も聞こえる。少し距離があるはずなのだが、パチュリーの声は聞こえたのだろうか。
「……え、と」
何か言おうと思ったシオンだが、急すぎて何の言葉も浮かばない。だけど、たった一つの言葉はスルリと出てきた。
「……ありがとう」
「私がしたいと思っている事よ。貴方が気にする事じゃ無いわ」
パチュリーはそっぽを向いて顔を隠す。だが、若干耳が赤くなっているのは隠せていない。自分でもらしくないと思っているのだろう。
思わず小さく笑ってしまった。
「ありがと、パチュリー」
今度は返事すらせず、パチュリーはズカズカと消えて行った。
「コレで全部終わり、と」
結局終わったのは丸一日経つかどうか、という時間だった。
こんなにも時間が経ったのは、一部の本の紙が破れていたのが発覚、全ての本を再確認して破れていた場所をシオンがその内容を思い出して新しい紙に書き写し、修復するという作業が追加されたためだ。
こうなるのは予想できたはずなのだが、シオンも小悪魔も頭に思い浮かべる事すら無かったせいでこんな事になった。おそらく、考えたくも無かったせいだろう。
「コレを片づければ、やっと眠れます……」
シオンが修復した本を持ちながら、声に力が籠っていない声を出す小悪魔。顔もどこか痩せこけているように見える。
昨日から一睡もしていない上に、大量の本と本棚を元に戻すという重労働が祟ったのか、今にも倒れてしまいそうだ。
それにしては、今日一日誰よりも働いていたはずのシオンがケロッとしているのだから、シオンの体力の多さが窺い知れる。
それはそれとして、流石に小悪魔が哀れに思ったのか、シオンは片手を差し出した。
「その本は俺が片付けておくよ」
「ですが……」
「いいからさっさと渡して寝る!」
シオンの強引さに促され、渋々とだが本を渡す小悪魔。
「すいません。それと、ありがとうございます」
「どういたしまして。グッスリと寝てて」
「はい。それでは、先に失礼しますね」
「お疲れ。それとお休み」
フラフラと歩きながら自身の寝室へと戻って行く小悪魔に小さく言いながら、シオンも本を片しに行く。
そして本を片して机に戻るその途中で、
「女性にこれ以上無理はさせられないし。……ラスト、頑張るか」
一冊の本を手に取り、パラパラと捲っていく。それが修復する必要のない本だとわかるとすぐにもう一冊を取り、また捲っていく。
そんな作業を、寝ていると誤魔化して机の上に体を投げ出しているパチュリーが見ていた。
(本当、シオンは優しいのね)
そんな優しさが、フランを救うための一助となったのかもしれない。
自分も何かしたかったが、パチュリーが起き上がっても、何も手伝う事などできない。確かにパチュリーはここにある本の全てを読んではいるが、その内容を一字一句間違えずに覚えているはずがないのだ。更には喘息持ちの上に体力も無いため、運ぶことすらできない。
だからこそ、それをもどかしく思いながらも、ただ黙っているしかない。
(……別に気にする必要は無いんだけどな)
けれどシオンは、パチュリーが起きているという事実にはとっくに気付いていた。気付いた理由は至極単純。寝ていた時と起きている時の息の仕方に差があるからだ。普通なら気付かない事でもシオンは気付く。気付いてしまう。
だが、こちらから何か言うつもりは無い。何も言える事が無いというのもあるが、それ以上パチュリーに手伝わせようとする素振りをするのすら嫌だったからだ。
コレはシオンが自分でやると決めたことであり、それに誰かを巻き込み、つき合わせる気など毛頭無かった。
「この本は修復しなきゃダメ、と」
とりあえず全ての本を確認してからにしようと、修復する本を別の場所に置く。
結局修復しなければならなかった本はその一冊のみであり、本を戻す作業を含めても意外と早く仕事は終わった。
「……部屋に戻るかな」
シオンは一応書き置きを残して――本当はパチュリーが起きているのだから残す必要など無いのだが、念のため――から、図書館を出て行った。
地下から地上へと戻るシオン。廊下を歩いている途中、ふと外を眺める。雲が流れている空の上には、真ん丸のお月様――いわゆる満月が浮かんでいた。しかし、よくよく見るとほんの少しだけ欠けている。だが、それでも満月であるのには変わりない。
「今日が満月……」
シオンの脳裏に、ここに来てからの日数が浮かび上がる。
「そうか……明日で三一日……もう一ヶ月」
今月は五月。そしてシオンがここに落とされたのは、四月の十七日の真夜中。
「もう、一ヶ月」
再度同じ言葉を繰り返すシオン。まるで何かを決めたかのように、その瞳に強固な意志が宿っていた。
そして、今日で紅魔館に来てから三一日目となる。
この日もシオンは美鈴と朝の演武をし、それから咲夜の手伝いをする。午後からはずっとほったらかしになっていたフランと遊んだ。
遊びの内容は『妖怪からすれば』取るに足らないモノだったが、一応は人間であるシオンは少々疲れた。というか、遊びの内容が『フランの力の制御』だったのがやばすぎたのだ。いくつかアドバイスをして何とかマシになったが、あのままでは能力がなくともいつか暴走してしまう可能性がある。
それを危惧したために忠告したのだが、「じゃあ手伝って!」と言われた通りにやった結果がコレだった。
「……死ぬ」
「……私も、死んじゃうかも」
何回かフランの能力が暴走しかけた時は、洒落ではなく本気で死ぬかと思った。まあ、そのおかげである程度力の制御ができるようになったのだからよかったのかもしれない。コレで何の成果も挙げられなかったら、笑い話にもならなかったのだから。
疲労を癒した時には、既に夜。
若干残っていた疲れでフラフラとしながらも何とか咲夜と共に料理を作り上げ、それをテーブルの上に運ぶ事ができた。
わかりやすいほどに疲れていますと顔に書かれているシオンとフランを見て、レミリアは眉を顰めた。
「二人とも、大丈夫なの?」
「俺はね」
「私はまだ疲れてる……」
シオンはまだしも、フランの声には張りが無い。
「ゆっくり食べなさいね。『急いで』食べて『吐いても』しかたがないから」
「……」
「はーい」
さり気なくシオンにも忠告をするレミリア。しかしシオンは何の反応も見せず、フランがただ頷くのを横目に見ているだけだった。
全員が食前の挨拶をし、料理に手を付ける。それから数分、手に持っていたスプーンを置いたシオンが姿勢を正し、「話がある」と前置きしてから言った。
「俺は、そろそろここから出て行こうと思う」
前と同じく反対にあうだろうと思っていたシオンだが、しかしその予想に反して何も言われなかった。
「……反対、しないのか?」
「あの時とは状況が違うよ。今のシオンは、後ろじゃなくて前を見てる。だから、いいの」
「フランの言う通りね。そもそも、結局は一ヶ月も引き止めてしまったのだし、これ以上引き止める事なんて不可能よ。……まあ、咲夜と美鈴がどう思っているのかは知らないけれど」
笑って言うフランに、便乗するレミリア。レミリアに水を向けられた二人も、それぞれの思いを言った。
「私は反対しません。シオンとの修行は楽しかったですし、ためになる事もいくつか教えてもらえましたから」
「私も特に。シオンから教われる事は教わりましたし、教えられる事は全て教えました。それらを通じて、私は思ったのです。シオンはずっとここにいるべきではない、と」
「咲夜の言う通りかも。シオンは紅魔館にずっといられるような人間じゃないし」
「下手をすれば、その内何かでかい事でもやらかすのじゃないかしら」
「「確かに」」
美鈴と咲夜の声が綺麗にハモる。シオンは反論しようとしたが、ここに来てからの暴挙を思い出すとどうにも反論できる材料が見つからない。
俺ってどう思われてるんだ……? などと悶々としていると、レミリアがこちらに向き直っているのに気付く。
「……まあ、俺がどう思われてるのかは聞かない。というより聞きたくない。でも、出て行く事を容認してくれるのは、ありがとう」
「別に構わないわよ。ただし! パチュリーにもきちんと挨拶してから出て行きなさい」
「その点に関しては大丈夫だと思うけど」
「……? それは、どういう意味かしら。何か理由でもあるの?」
「意味は単純明快」
シオンは、一息吐いてから言った。
「レミリア、俺と戦ってくれないか?」
シオンと戦う事を了承したレミリアだが、すぐに戦うのをよしとはしなかった。
理由を聞くと、
「食後、すぐに運動をしたくないから」
だそうだ。確かにコレから戦闘するのを考えると、最悪吐く可能性が高い。意識せずとも常在戦場の境地に至っているシオンには理解できない考えだったが。
最低三〇分程度のインターバルを置かれたシオンは、その間にパチュリーの元へと行っていくつかの意見を聞いていた。
それから三〇分を超え、一時間経つ手前くらいでシオンはパチュリーを外に連れて行き、もはや原型を留めていない中庭に既にいたレミリアと、一日経った事で十六夜の月となっている月の下で対峙する。
両者の手には、既に武器が握られていた。
シオンはいつも通りの、黒剣である黒陽を右手に。そして白剣、白夜を左手に持つ。だが何より驚くべきところは、シオンの左目にはいつ用意したのか義眼が埋め込まれており、白い髪は肩と腰の中間よりやや下くらいまで伸びている。義眼はまだしも、こうも髪が伸びるのが早いのはおかしい。だがそれを気にする者は、ただの一人もいなかった。
対するレミリアは、いつも通りスピア・ザ・グングニルを呼び出している。それを自身の肩に乗せながら、シオンを睨んでいた。
「どうしても、やるというのね?」
「昨日の夜、満月を見て決めた事だから。体細胞変質能力を使わず、人間の身でどこまで戦えるのか、それが知りたい。基準がわからなければ……この先生き残ることなんて、できない」
体細胞変質能力にも弱点はある。変質させたモノの特性をそのまま写してしまう事だ。コレでは大妖怪であり、且つ吸血鬼であるレミリアとフランの細胞は夜にしか使えない。
それでは、レミリアよりも強い妖怪と昼に出会った場合太刀打ちできない。そんな強さではダメなのだ。生き残るには……フランを悲しませないためには、一人で生き残れるだけの強さを持っていなければ。
そんな覚悟の滲んだ瞳を見て、レミリアはこれ以上言っても無駄だと悟った。
「……言っても聞かなさそうね。いいわ、やりましょう」
肩に乗せていた槍を一度薙ぎ払い、シオンに穂先を向け、構える。
それを見たシオンは、ボソリと呟いた。
「能力解放」
黒陽と白夜の封印を解く。それだけで周囲に放たれる威圧感。だが、いつもとは少々違う点があった。
何故かはわからないが、黒い剣からの威圧感が白い剣よりも上なのだ。前はいつもと同じくらいだったのに、だ。
「神獣化の影響、なのか?」
最後に黒陽を使ったのは、暴走したあの時だけ。それから二〇日間、一度も使っていない。特別な事を何もしていないのにも関わらず、黒陽との親和性が上がっている原因は、おそらくそれくらいだ。何かしらしなければ、いきなり神器との親和性が上がるはずが無いのだから。
だが、困る事があるわけではない。むしろ反動は少なくなり、引き出せる力の最大量が上がるのだから、喜ぶべきなのだろう。
しかし無理だ。理由が理由なだけに、喜びたくない。
一つ溜息を吐くシオン。レミリアに倣って黒陽を一閃させると、その形状を変える。
その形に、レミリアは見覚えがあった。
「スピア・ザ・グングニル?」
そう、シオンはレミリアの槍を模倣していたのだ。しかし、棒の部分が異様に長い。恐らくは全体で四〇〇センチを超えている。レミリアの扱う槍とは全く似た形をした別の何か、というような感じだった。
「……そんな長さを、シオンは使えるのかしら?」
「見てればわかる……いや、受ければわかる、の方が正しいか」
「そう。なら、それごと吹き飛ばすだけね」
レミリアは槍を前にしながら微かに足を引き、いつでも飛びだせる体勢を作る。
シオンも左手の白夜を前に、右手の黒陽こと長槍を後ろに引いて、体を沈ませた。
そして二人は、合図も無しに同時に飛び出し、それぞれの槍を振るった。
あと少しで紅魔館編も終わります。
……長かったなぁ。