シオンは体を捻り、槍を前に突き出す。
黒い閃光。漆黒の槍は夜闇に紛れ、月明かりが無ければ完全に見失ってしまいそうだ。
対するは赤い閃光。レミリアの槍は血のような紅。夜の闇で見失うことはほぼありえない。
それを左手の白夜で斜めに受け、ギャリギャリと火花を散らしながらも脇に流す。そうしながらお返しとばかりに、右手の黒陽を短く持ち、レミリアが一発を撃ったのと同じくらいの時間の間に三連放つ。
槍を逸らされているレミリアは、自然体もそちらの方に流れてしまう。だがレミリアには普通の人間にはないモノがある。蝙蝠の翼だ。レミリアは翼をはばたかせると、体に負担をかける事のない範囲で勢いよく真上に飛びあがる。
真上に飛びあがられた事で避けられた三連だが、しかしシオンは一切気にせず白夜を思いきり薙ぎ払う。フランの細胞を使わずとも、元々生身で音速を超えられるシオン。ならばその一撃の狙いは、ただ一つ。
「ッチ!」
小さく舌打ちしたレミリアは、こちらに飛んで来たソニックブームを回転しながら避ける。だがどうしても飛ぶのに若干の支障が出てしまう。
ならばと、風の勢いを呼んで体を回転させ、左手一本でシオンの頭上に槍を振るう。シオンは後方に向かって軽く頭を逸らし、そうしながら跳ね上げるように足をレミリアの腹に打つ。
このタイミングなら頭を狙ってもいいのだが、万が一回避されるとタックルに近い形でぶつかる事になってしまう。まだ序盤の今、後々に響く重い攻撃は、なるべく喰らいたくは無い。
それはあちらも思っていた事なのか、空いていた右手を腹に捻じ込んできた。恐らくは回避されるのを予期していたために、わざわざ片手だけで槍を振るってきたのだろう。
再度開いた間。しかし刹那も油断はできない。この程度の距離、シオンもレミリアも一瞬で詰められる。
睨みあう二人。だがそれも数秒、即座に飛び出し、そしてまた――二人の槍が交差する。
レミリアの攻撃は単純だ。自分が出せる最高の力で、ただ槍を突きだす。技術が無い分威力は低くなるし速度も遅いが、その一撃はシオンのソレを遥かに上回る。まして人間であるシオンは一撃でも喰らえば、それこそ掠っただけで大怪我か、死ぬかだろう。
逆にシオンの攻撃は精確すぎる。レミリアの一発に対し、技術によって上乗せされた超速の突きの連打をお見舞いする。だがやはり当たらない。槍を槍で防がれ、極たまにだが、腕などで振り払われ、翼を使って回避される。
それはレミリアの攻撃も同じだ。ほとんどが白夜によって受け流され、弾かれる。シオンが槍を使って受け止める事は無い。人外とはいっても大妖怪ほどの筋力が無いシオンは、一度でも受け止めれば腕がイカれるのを理解していた。
そのせいで、お互いの攻撃は過激になっていくのにも関わらず、どちらも一切の怪我を負っていないという状態に陥っている。
傍から見ていた咲夜が、疑問の声を出す。
「何故シオンは氣や魔力を、お嬢様は妖力を使わないのでしょうか?」
そう、今現在二人は身体強化すら使っていなかった。両者共に、純然たる自分自身の力のみで戦っているのだ。
「コレがまだ序盤だからですよ」
「そう、ね。本来はこういったモノが戦闘なのだから」
「美鈴とパチュリーは何かわかるの?」
首を傾げて問うフランに、美鈴が答える。
「はい。戦闘とは、お互いが拮抗した、あるいはそれに近い実力を持っていた者同士がぶつかった場合、大抵二つに分けられます」
「一瞬で決着が着くか、あるいは長期戦になるかのどちらかね」
「その考えになると、現在は後者になりますね。しかし、それがどうしてこんな風に?」
「そうだよ。私はいつも妖力を垂れ流しにして弾幕を作ってたけど」
「それは素人の考えです」
美鈴は断言する。素人と呼ばれるのに少しだけムッとするフランだが、実際素人なのだから反論はできない。
「長期戦になってしまえば、後はお互いがどう相手を切り崩すかになってしまいます。少しずつ自らの手札を使い、相手を追いつめる。しかし読みを誤れば一瞬で危機に陥ってしまうため、下手に使えない。だからこそ二人は、機を見ているのです。勝つための機を」
そこで美鈴の眉が微かに歪んだ。
「そろそろですね。状況が動きますよ」
全員が二人の戦闘に目を向けた瞬間、何かが爆発したのが見えた。
爆発する少し前、二人が槍の穂先をぶつけあう。その余波で地面にひびが入った。本来ならば突きと突きがぶつかりあうという現象は起こらない――どうやっても横に滑るからだ――のだが、シオンとレミリアほどの実力者が何百何千と槍を交わせばこんな事も起きるだろう。
必然、二人の体も動きを止める。
「全く、美鈴には全部筒抜けらしいな」
「それはパチェにもじゃないかしら?」
「だな。……それで、どうする?」
「何がかしら?」
「わかっているくせに。
「フフ……そうね。でも、それは貴方もよ?」
シオンの言う通りに笑っているレミリア。だがシオンもニヤリと笑っていた。
しかし笑いながらも槍をぶつけあうのは止めない。さりげなく二人ともグググ……と力を押し込めあっていた。だが不利なのはシオンだ。片手で行っているという点は同じだが、元々のポテンシャルが違いすぎる。
槍も、二人の体も一切動いていないのは、単にシオンが意地で受け止めているからだ。そうでなければとっくに吹き飛ばされている。もちろんシオンが。
けれどその均衡も長くは続かなかった。
「――ッ!!!」
ほんの一瞬。それだけでレミリアは一つの小さな弾丸を作り出し、シオンの顔に向かって放って来た。レミリアが弾丸を生成する速度は決して速くない。だが一つだけ、それもごく小さいものであれば話は別だ。
シオンは首を捻って避けるが、同時に体勢も崩れる。シオンは自身が悪手をしたのを悟った。
この弾丸はおそらく爆発する。既に身体強化で耐久力を上げているレミリアには効果が無いだろうし、何より吸血鬼の再生能力ならば爆発程度気にする必要も無い。それ故にレミリアは自分からわざと一歩前に突き進み、槍を突きだしてきたのだ。
体勢が崩れているせいで、足を地面に踏み込ませて真横に飛び退く事さえできない。前門の虎、後門の狼の状況となったシオン。
レミリアの槍は上手く体を動かせば当たらないだろう。だが、もう一つは……そして後ろからチカッ、と何かが瞬くような音が聞こえ――爆発した。
レミリアの作り上げた弾丸の大きさは、それこそ野球に使うボール程度にすぎない。しかしそれに込められた妖力が膨大だった。
轟音と爆風がフランたちのところまで届いたのも、そのせいだろう。
だが爆発の間近にいたレミリアは油断なく周囲の気配を探る。アレだけで終わるはずが無い。シオンならば何かする、絶対に――ある種の信頼が、そこにあった。
気配を探っても見つけられなかったレミリアは翼をはためかせて風を起こし、周囲を覆っていた煙を吹き飛ばす。コレは賭けだ。気配を隠し、煙の中にいたおかげで探り難かったであろう己の居場所を相手に教えることになるのだから。
自分が見つけるのが先か、あるいは相手に攻撃されるのが先か。どちらにしろ、シオンの方が有利であるのには変わりない。どうやろうとシオンの方が先に見つけられるのだ。コレはシオンがレミリアに向かって来ている最中に見つけて対処するしかない。
「!?」
そしてレミリアは、賭けに負けた。
驚いたことに、シオンはレミリアが翼をはためかせる前から突っ込んできていたのだ。最初に行動を起こしたのに差がありすぎたせいで、レミリアは賭けに負けてしまった。
考えている暇は無い。長すぎる槍を突きだしてくるシオン。まだ五メートルほど間があるが、後一秒もせずに埋められる。咄嗟の判断で槍を斜めにし、棒の部分を妖力でコーティングして縦長の盾にする。盾にするには心もとないが、無いよりはマシだ。
今度は賭けに勝った。なんとか槍の棒部分に突きが当たり、ガードに成功する。それでも油断はできない。まだ何かある――そう思ったところで全身を悪寒に包まれたレミリアは、槍から左手を離して後ろに回す。
「っつ……」
顔を顰めるレミリア。その左腕には、長さ一〇センチすらない鈍く光る小さな槍が突き刺さっていた。光っていると言っても、ほとんど見えない。周囲と色が同化しているのだ。まるで保護色のように。
後少しでも反応するのが遅れていれば、体の中心を撃ち抜かれていた。そして左手の白夜で斬り捨てられ、終わっていただろう。
先程レミリア自身がやった事を逆にやられた。
レミリアはシオンと槍を睨む。だがシオンの体も完全に無事という訳では無かった。どうやって避けたのかはわからないが、その体は爆風によって生まれた熱によって赤くなり、土と埃に塗れている。
それでもレミリアに比べれば軽傷だろう。未だ五体満足なシオンと、槍が突き刺さったまま消えないせいで左腕が使えないレミリア、という比較だが。
「いつの間に、こんなモノを……」
「レミリアが空中に飛んだ時だけど?」
つまり、戦闘開始当初から用意していた、という事だ。
「ッ、どんな制御能力を持っているのよ! 戦闘時に余所に意識を向けられるなんて」
「なんかコレは得意なんだよね。一ヶ月前は黒陽と体細胞変質能力の二つを同時に使う事が多くあったし。ここに来てから初めてやった黒陽、白夜、体細胞変質能力の三つを同時に併用しても上手くいってたから、この結果も当然だと思うけど」
軽口を言いあう二人だが、その視線は鋭い。シオンはレミリアを追いつめようと槍を押し出すために腕に力を込め、レミリアは必死に盾を押さえる。
そのままギリギリと押し合いを続けるが、不意にレミリアが力を緩める。そのままならばシオンの体は前に流されていただろうが、剣を地面に突き刺して耐える。
レミリアはシオンの体に蹴りを叩きこんだ。シオンは喰らわないために剣を盾にするも、そこそこの距離を引き離される。
その間に空に飛び上がり、妖力を用いて魔力によって作られた槍を消し飛ばす。穴を塞ぐのに邪魔なモノが無くなったおかげで徐々に無くなっていく傷。
「ッチ。やっぱ吸血鬼の再生能力は狂ってるな。面倒くさい」
「もし私に傷をつけたければ、こんなチャチなモノではなく、銀によって作られた武器か――あるいは、その二つの武器でやりなさい」
伝承通り、吸血鬼は銀が苦手だ。とはいえ例外もある。だがレミリアはその例外というわけではなく、普通に効いてしまう。十字架などは全く効かないのだが。むしろ何故十字架なんぞにやられなければいけないのかがわからない。
それでもシオンの双剣もまた例外の一つ。銀製ではない、しかし妖怪にとっては天敵とも言える神の武器――コレで傷をつけられれば、余程の妖力を持っていなければ、その剣の余波で体に付着した神気によって殺される。
まあ、『当たれば』、の話しだが。
「それが面倒だから面倒だと言ってるんだけどねぇ」
「それを何とかするのがシオンでしょう?」
「ま、それもそうだ」
シオンは槍をグルグルと回しながら言う。レミリアは間合いをある程度離せたからと、油断せずに地上に下りた。
「さて、と。ダラダラとくっちゃべるのもここまでかな」
「そうね。ここからは――」
「「殺し合いだ」」
再び飛びだす二人。だが前回とは違い、レミリアはシオンから見て右方向から槍を振り払う。シオンはそれを、
「ッ、バレるの早すぎだろ!」
「見てれば嫌でもわかるわよ! 突き
「まあそれもそうだな!」
言いながらも左手の白夜のみでレミリアの槍を逸らしていく。だが執拗に右側ばかりを狙われるせいで反撃ができない。
コレもシオンが持つ才能、その弊害の一つ。
シオンは槍に関してももちろん才能がある。一時期使い続けていたため、その力量は超一流とは言わずとも、一流ぐらいはあるはずだ。
単純な話、格闘に関しては足だけしか得意では無かったように、槍は突きだけしか得意ではないというわけだ。
しかも一撃で突き殺してきたせいか、点の突きではなく線の攻撃である薙ぎ払いなどが全く使えない。防御もしかりだ。別に防御ができないわけではないが、剣と槍ではやり方が異なる。剣と槍の棒部分では受け流し方が違う。そのせいで槍が使えない。受け止める事は可能だが、レミリアの攻撃をそう何度も受け止めたいとは思わない。そもそも一剣一槍などという歪すぎる戦い方をしているのがおかしいのだが。
ついでに付け加えると、槍が長すぎる、というのも反撃できない理由の一つだ。四〇〇センチもあるせいか、近寄られすぎると突きができない。それにシオンは一剣一槍などという変則的な戦い方ははじめてだ。
故にシオンは防戦一方となってしまう。
「――まあ、普通の人間だったら、の話だけど」
瞬間、シオンの体が唐突に後ろに移動する。レミリアは目を見開いて驚愕した。
あの体勢から、
そう、シオンは足で地面を踏み、後ろに跳ぶという動作を一切しなかった。まるで何かに弾かれたかのように後ろに移動したのだ。
レミリアにも――フラン、咲夜、そして美鈴でさえもわからない。というより、足で踏み込むという動作が無ければまともな戦闘ができない美鈴こそが一番困惑していた。
だが、パチュリーだけは、わかった。
「斥力」
「ああ、やっぱりパチュリーにはわかっちゃうか」
小さく呟いた上にそこそこの距離があるはず。しかしシオンは当たり前のように返してきた。
「まあ、それくらいしか考えられる要因が皆無なのだし、わからない方がおかしいわ。何より重力制御ができるのであれば、むしろ使わないというのがありえないから」
「……その知識が無くて大振りな攻撃しかできなかった俺に対する嫌味か、ソレ」
「さあ? 貴方がどう思うかで意味が変わると思うのだけれど」
「ちょ、ちょっと待ってください! お二人は当然のように話していますが、一体何の話をしているのですか!?」
そこで慌てたように美鈴が割って入って来た。二人ともきょとんとしながら同時に言った。
「「俺(シオン)の使った技についてだけど?」」
「うわー、そこで綺麗にハモるって凄いですねー……」
何でわからないんだ? とでも言いたげに返してくる二人に、美鈴はどこか投げ槍に言う。が、すぐに気を取り直した。
「わからないから聞いたのですよ。というより、お二人以外誰もわかっていませんが」
「「え?」」
「そこで不思議そうな顔をしないでくれませんか!?」
「まあいいか。レミリア、一時休戦。戦闘とは言っても模擬戦闘なんだし、別にいいだろ?」
「別に構わないわ。私としてもその技がなんなのかは知りたいところだから」
「ありがとう。で、肝心の俺の技だけど、コレは重力制御の応用で使ってるんだ」
シオンの話を要約すると、こうなる。
まずこの世界は星から発せられた重力によってモノは地面に着いていられる。磁石で言うところのS極とN極を近づけると引き寄せあう力だ。コレを引力と言うらしい。
逆に同じ極同士を近づけると反発しあう。この力は引力とは反対の斥力と言う。
「――まあ、そうは言っても重力で確認されてるのは万有引力のみ――つまりは引力だけしか確認されていないから、斥力は確認されてない事になる。だから重力制御で斥力を生み出すのは現状できない」
「なら、どうやってその力を?」
「要は反発させればいいだけだ。なら重力以外の斥力を持ってくればいい。例えば――ほんの少しながらも空気中を漂っている砂鉄といった、磁力を持った物を」
つまりシオンは、重力による引力を用いて足元に大量の砂鉄を用意し、それを足に付ける事で反発する力、引力を生み出しているということだ。
先程の爆発を回避できたのも、コレが理由だろう。完全に回避できたわけではないのは、外見から判断できるが。
しかしそんな事を一切気にせずシオンは言う。
「とは言っても、全ての砂鉄が反発し合うわけじゃない。そこらへんの匙加減はそこそこ大変なんだ。はじめてやったからちょっと不安だったけど……上手くいけば、さっきみたいにできる」
踏み込む動作が見えないというのは、そこそこ面倒だよ、と言って、シオンは構えを取る。一時休戦は終わりだ、と言いたいのだろう。
「……全く、貴方がただの人間? 冗談はよして欲しいわ」
能力が無くとも、その才能だけでもはや人間をやめている。とはいえ、それを言えるわけもなかった。自身が人外であるのを最も気にしているのは、シオンなのだから。
「模擬戦を受けたのは、間違いだったかしら」
この分だとまだ隠し玉がありそうで、少々気分が暗くなるレミリアだった。
そしてまた、二人の戦闘が始まる。
今度の戦闘ではどちらかというとシオンが優勢だった。
右に動いたかと思えば左に、左に動いたかと思えば前に、後ろにと、とにかく節操無く動き続けてくる。その動きに翻弄され、レミリアは防御しか選択できない。
だが次第に慣れてきたのか、シオンの動きについてきはじめていた。
「ハァッ!!」
右から左、真横に槍を振り払うレミリア。シオンは斥力で動きを止めてその場に止まり、そして再加速する。
「それは見抜いているわよ!」
「ッ!」
振り払う勢いをそのままに一回転、回し蹴りを叩きこむ。剣でガードしたが、やはり大妖怪の脚力を真正面から受ければ腕が痺れてしまう。
シオンは四メートルの長さから二五〇センチほどに変えた槍を適当に振る。技術が伴っていない攻撃はやはり大振りになり、当たり前だが回避された。
「もっときちんと練習しておけばよかったかもな!」
叫びながら斥力を使って更に移動する。だがどれだけ移動してもレミリアはシオンの真正面になるように体を動かすだけだ。
しかしシオンは接近しない。それに業を煮やしたのか、レミリアが突っ込んで来た。咄嗟に回避行動に出るが、先読みされて一閃される。槍を盾にして受け止めるシオン。
槍の棒部分での鍔迫り合いとなった二人は、お互いに全力で相手を押す。レミリアはその身体能力と翼を、シオンは斥力を使って体を前に押し出す。
「確かに斥力を使えば踏み込む動作は必要ないわ。でも、
足の甲が前に傾けば前に、後ろに傾けば後ろに動く。要は足の角度を注視していればそれだけでいいのだ。
普通の人間相手であればその速さで翻弄できるだろう。だが妖怪の動体視力はシオンの動きを完璧に見切る。だからこそ初回は奇襲できても、そう何度も通用しない。
「動く方向がわかっているのであれば、後は何時もと変わらないわ。多少の注意が足に向いてしまう、という点を除けばね」
完全に理解されている。しかしシオンは、ニヤリと笑うだけだった。
「……なら、こういうのはどうかな?」
唐突にシオンの体がブレる。後ろに移動、上空に跳び、右に、前に、滞空して回転などという訳のわからない動きをしている。
だが滞空から即座に稼働、回転の勢いで蹴りを叩きこむ。その後慣性を無視してレミリアから離れる。そして足の甲は前に傾いているのに右に動き、足の向きが見当違いの方向に向いているのにも関わらず前へ。そのまま刺突を繰り出す。
「っく!?」
理解はできない。だが攻撃をされた以上、回避し、防御するしかない。
それでもシオンはまたも真上に跳びあがり、上から何度も刺突を繰り出してくる。その時レミリアは気付いた。シオンの足が無茶苦茶に動いているのを。
「まさか――!?」
「あれ、もう気付かれた?」
必死に回避しながら、レミリアは自身の考えはおそらく間違っていないだろうと思う。
(磁力によって斥力を生み出すのには、同じ極同士を近づける必要がある。そしてシオンは両足に
足に付いている砂鉄を近づける事で斥力を生み出し、反発させる事で、足の向きが違っていても別の方向へ移動できるようにしている。
(でも、コレは諸刃の剣。少しでも操作を誤れば予想もしていない場所に移動する事になってしまう)
何より負担が大きすぎる。元々斥力による移動はシオンの小さすぎる体躯にある程度の負担をかけてしまう。足元に爆弾を設置し、爆発すると同時に走り出して、常に爆風を追い風に使って走っているようなものだ。
それがさらに大きくなるのだ。無理な力技による重力制御の反動に比べればまだマシだろうが、それでもその負担は決して小さいわけではない。使い続ければ、いずれシオンの両足はしばらくの間使いものにならなくなる。
それでもシオンは使う。使えるものは、例えそれを使うのが危険であろうと何でも使って生きてきたのだ。今更多少の危険など気にもならない。
だがコレが有効なのは間違いない。事実レミリアは足の向きでどう動くのかがわからなくなってしまった。けれどシオンは自分の意志である程度は行きたい方向を決められる。
ならば――
「私も、また一つ手札を切る必要がありそうね!」
そして、シオンに言われて自分で研究していた力を使う。
微かに眉を寄せるシオンだが、それで何かがわかるわけでもない。故にただ前を向き、レミリアのいる場所に突っ込むだけだ。
「な!?」
しかしその行動は叶わなかった。今までは思い通りに操作できていた砂鉄が、『運悪く』強風が吹いた事で微かにズレ、連鎖的に動きが複雑化する。つまり、シオンの足が全く予測できない動きになったのだ。
しょうがないと重力制御を解き、砂鉄をバラまく。宙に浮く要因が消えた事で、地面に足が着こうとした瞬間、そこでまた『運悪く』その場所にあったそこそこ大きな石を踏みつけてしまい体勢が崩れる。
それでもまだだ! と勢い込んで、体勢が崩れたのを回転する事で無理矢理動きを修正しながらレミリアに横薙ぎを入れようと白夜を振るう。けれどシオンに降りかかる不運は終わらない。
回転する途中に、またも『運悪く』右目に虫が入る。眼球に虫が入った事で片目しか見えない視界が消え、痛みによって回転して何とか持ち直していたはずの体勢が今度こそ崩れる。
そこにまたも『運悪く』先程シオンが踏みつけ、蹴飛ばした石があった。どうやら先程とは違い、若干だが鋭くなった部分が上になっている。だがそれでも若干であり、普通に触れば指を切ってしまうかどうか、という程度だ。
けれど今回は別だった。回転しながら体勢を崩してコケたせいで、かなりの勢いが上乗せされている。そして石のある位置も悪かった。その石は、ちょうどシオンの首辺りに落ちていたのだ。つまり、このままいけば石はシオンの喉を貫く。
「ッグ!」
ボヤけた視界で危機を察知したシオンは槍の柄で地面を叩くが、『運悪く』その場所にあった土はかなり柔らかく、柄がズルりと滑る。それでもほんの少しだけ落ちる場所をズラせた。だがそれも少しだけであり、鋭い部分で思いっきり頬を抉られた。
自分でやった事に驚くレミリアだが、呆けている場合では無いと槍を振るう。地面をゴロゴロと転がって避けるシオン。今度は何も起こらなかったが、油断はできない。四苦八苦しながらも何とか立ち上がり、レミリアの攻撃を跳ね除けて後ろに跳ぶ。
「――ッ、『運命を操る程度の能力』、か」
シオンは後ろに跳びながらこの現象について考える。
(レミリアの能力はそこまで便利なモノじゃない。だけどそれは『自身より強大な相手に直接的な運命の操作』を行った場合だけだ)
最初シオンを殺そうとした時が、その『直接的な運命の操作』だ。けれど今回は『間接的に』周囲の運命を操って攻撃する事で、『直接』攻撃するという運命の操作をしていない。だからシオンが前に言った『神秘はそれ以上の神秘によって覆される』という事ができないのだ。
(でも、レミリアはこの結果を予想外のように見ていた。つまり――)
俺の運が悪すぎる、シオンはそう思った。
強風から死にかける、という偶然の連鎖など、そうは起こらない。だが思い当たる節はいくつもある。
シオンはいつのころからか、途方も無く運が悪くなる時があった。今回のは軽いが、それでも何度も何度も起きれば『途方も無く運が悪い時』と同じくらいの酷さになるだろう。塵も積もればなんとやら、だ。
だが何故かレミリアが誰よりも驚いていたのには予想外だ。そのせいか、先程の槍の一撃にもあまり力がこもっておらず、そのせいでシオンにあっさりと攻撃を防がれた。
当のレミリアは、シオンの周囲の運命を操った時に見てしまったモノに驚愕していた。
(どうなっているの? いくらなんでも、あの結果はおかしすぎる……)
人によって幸運不運の値は違うが、必ず一定になるようにできている。その時は不幸でも、後に幸運となるように。
レミリアはその不運を連鎖的に起こす事で先程の結果を出した。だが不運ばかりを起こし続けていれば、いずれその反動として大きな幸運が舞い込む。逆もしかりだ。
だが、シオンには
どこまでいっても不幸しか呼び寄せない、そんな予感がするのだ。もちろん確証は無い。それでもレミリアは自身の勘を信じた。だからこそ、さっき途中でシオンの運命を間接的に操るのを止めたのだ。そうしなければ、冗談では無く本気で死んでしまうと思ったから。
(……こんなの)
シオンはある種の恐怖を感じた。今まではほとんどの場合では倒すべき敵がいて、それを倒せば生き残れた。けれど今回は違う。あくまで自然現象の中で起きた偶然の結果だ。倒すべき何かもいなければ、そもそもまともに行動もできない。
(こんなのははじめてだ。そしてコレを防ぐ手立ては俺には無い。つまり――)
シオンは思う。レミリアも思った。
(シオンの運は壊滅的に存在しない。だからコレを防げない。ということは――)
((――レミリア(私)と俺(シオン)の相性は最悪すぎる))
奇しくも重なる二人の思考。
(使い続けられれば俺は死ぬ)
(使えば絶対に勝てる。でも途中でシオンが死ぬ可能性は高い)
(そしてコレはあくまで模擬戦。ならばおそらくレミリアはもう使ってこない)
(お互いの力量を計るために始めた模擬戦。私は、そしてシオンはお互いを殺せない。だからもう能力は使えない)
とはいえ、コレが無ければ苦戦するのもまた事実。まだいくつか手はあるが、それでも有効的な手段の一つが使えないのは痛い。
(まあ、やり方次第ね)
レミリアは気分を切り替える。その気配を察したのか、シオンも意識を切り替えた。
(……本来なら全力でやるのが普通なのだろうけど)
目に虫が入ったせいか眼球が傷つけられ、眼と頬から血を流しているシオン。そのせいか、視覚に関してはほぼ使えなくなっているようだ。
(……今回は、レミリアの好意に甘えるしかないか)
全力で戦いたかったが、それはできない。それが歯痒かった。
「その目、治さなくてもいいのかしら?」
「完全に見えなくなってるわけじゃ無いし、別にいいよ」
シオンの体細胞変質能力は、発動した瞬間だけ『そこそこの』集中力を要する。戦闘中にそんな真似をすれば死ぬ。故にシオンは使わない。模擬戦とはいえ、コレはあくまで実戦なのだから。
「行くぞ!」
叫び、シオンは前に飛びだした。
物語の展開でわかると思いますが、紅魔館編は次で終わりになります