東方狂界歴   作:シルヴィ

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紅の光明

 シオンは、あまり無駄な行動をしない。

 例えば服。シオンの服は動きやすいように白い半袖に半ズボン。色が白なのは、単にそれしかなかったからだ。そして普段は腰に巻いて、動きを阻害しないようにしているローブ。コレは夜闇に紛れて逃げる、あるいは隠れるためだけに全身を覆う、戦闘には不向きなモノを着ている。

 武器もそうだ。黒陽と白夜に無駄な装飾が無いのは、それが直接的な攻撃にほとんど関係しないからだ。もしなんらかの実用性があれば、それを付ける事を選んでいただろう。

 今回の槍が四〇〇センチなどという長大なモノになったのも、突きしかできないなら突きの射程距離を上げた方がいいだろうと考えたためだ。

 コレは剣にも当てはまる事だ。今更言うまでもないが、シオンの身長は年齢に反してとてつもなく小さい。身長が小さいという事は、体が小さい事になる。つまり、腕も細く短いのだ。コレでは大人一人の命を一撃で奪うのは難しい。それ故に黒陽は一〇〇センチという、自分と同じくらいの長さを持つ長剣にしているのだ。

 銃を使えばいいと思う者もいるだろうが、コレに関してはシオンしか理由を知らない。どのみち幻想郷では銃弾を確保できないため、使う事はできないだろう。

 まあ、それはともかくとして。

 今まで剣や槍、その他様々な近接武器を使い続けていたシオンだ。ならば、当然身に染みてわかっている事がある。

 「ハァッ!」

 シオンは一番最初に放った三連と同じ時間の間に、()()()()突きを放つ。

 「!?」

 いきなり跳ね上がった突きの速度に愕然としながら、レミリアは槍を巧みに操って防ぐ。

 「どうしたレミリア。まだまだ増えるぞ!」

 更に突きの速度が跳ね上がる。何がどうなればこうなるの!? と思うレミリアだが、それを考えている暇すら与えられない。

 だが少しして気付く。シオンの槍を引き戻す動作が速すぎると。レミリアは過去にパチェリーに聞いてみた疑問を思い出す。

 ――何故武器を振るうと、私たちの体も流れてしまうのかしら。

 ――それは慣性が働いているからね。

 ――慣性?

 ――そうよ。簡単に言えば、レミィが走っているとして、一旦止まろうとしても少しだけ時間がかかるでしょう? それは物体がそのままの速さで運動を続けようとするからよ。

 ――それが慣性って事なの?

 ――まあ、諸々の説明を省けば、そう思っても構わないわね。

 どうやら専門的な知識が無ければきちんとした理解はできないようだが、それでも疑問を解消する事はできた。

 (シオンのこの動きからして、多分……)

 シオンは慣性の働きを完全に無視して動いている。恐らくは重力制御。それによって慣性を打ち消して、槍を戻す動作を速めている。

 自爆覚悟のパワーファイターから、テクニカルな攻撃に切り替えている。だがそれが通用しなければまた元の戦い方に戻すだろう。体の損壊など気にもせずに。

 (本当、まるで機械か人形のような人間ね!)

 心の中で愚痴を言いつつも、体を動かす事を止めない。

 しかし段々と苛立ちが募ってくる。反撃もできずに攻撃を受け止め、回避し続けているだけしかできないのだから、それも仕方がないだろう。

 「……しつっこいわよ!」

 遂に頭の中にある線がブチキレたレミリアが吼える。

 今までのように受け止めるのではなく、力任せに吹き飛ばす。

 「な!?」

 いきなりキレたレミリアに驚きながらシオンは後ろに跳ばされる。

 「少しは――」

 今までの戦いは何だったのかと思うほどの量の弾幕を用意するレミリア。

 「――私にも攻撃させなさい!」

 「それは流石に酷すぎないか!?」

 あんまりにもあんまりな内容の我儘につい突っ込んでしまう。

 「いいから喰らいなさいよ!」

 「一発でもまともに当たれば死ぬ俺に喰らえと! 無理だね!」

 あまりにも多すぎる量の弾幕が向かってくる。しかも周囲に着弾すると同時に爆発して爆風をまき散らすため性質が悪い。

 重力制御で多少だが風を操りなんとか安全地帯を作る。しかし全てを避けられるわけもなく、体に傷ができる。

 (このままだと物量で押し切られる! コレを何とかするには――)

 妖力が切れるのはありえないだろう。ならレミリア自身を狙うか。だが今でも限界なのだ。これ以上前に行けば絶対に均衡が崩れる。

 (一つしかない、か。本当はもうちょっとだけ隠しておきたかったんだけど……)

 シオンは白夜を空間の狭間の中に投げ捨て、空いた左手を上空に向ける。

 「そっちがそれを使うなら、こっちも同じ事をするまでだ!」

 大量の魔力を周囲に放出するシオン。人の身ではまずありえない量の魔力を見て、レミリアは動きを止める。それを幸いとばかりに、シオンは魔力の形を槍に変える。

 夜空に浮かぶ数百、あるいは数千の槍。そこにもう一つの細工を加える。

 「魔法陣!?」

 槍の眼前にある、細い魔力の糸によって複雑な文字が描かれた魔法陣。その内容は、文字が読めないためわからない。しかし途轍もなく嫌な予感がした。

 「それじゃ――」

 シオンは手を下ろす。主の動きに応じて動き出す槍の大群。始めはゆっくりと、だが確実に前へ進む。

 「……」

 レミリアはスッと足を引き、いつでも避けられる体勢を作る。

 「――射出!」

 槍が魔法陣を通った瞬間――唐突に加速する。

 その速度はレミリアが作り出す弾幕よりも遥かに上だ。魔法陣に何か秘訣があるのか……そんな事を考える間もなく、槍が地面に突き刺さり、そのまま消え去る。

 縦横無尽に存在し、その度に撃ちだされ、地面に降りしきる槍の雨。

 そんな中を、シオンは駆け出す。

 「上ばっかり見てると下が疎かになるぞ!」

 「ッ、ウアァァァァァッ!!」

 片手では無く両手で槍を突きだすシオン。上下左右から迫りくる槍と槍に翻弄され、満足に動く事もできない。

 何とか再度弾幕を作り、上空に撃つ事でいくつかを相殺、シオンの攻撃を避けて離れる。だが槍の数が多すぎる。避けても避けても終わりが無い。

 (いくらシオンでも、コレだけの数を操れるはずがない! なら、何かしらの手順を踏んでいるはず……!)

 槍が落ちるのにパターンがあるのであれば、それを覚えさえすればいい。

 「どうにかして覚えれば――ッ!?」

 気付く。この落ちてくる槍にパターンなど無いという事に。

 レミリアが気付いたのは偶然でもなんでもない。単純に、()()()()槍を避けている姿を見たからわかっただけだ。

 (まさか――まさか、槍にパターンをつけていない? 確かにそれをすれば絶対に予測なんてできない。でもそれは、自分自身もそうなのよ!? 死ぬかもしれないのに、それでも実用性を取るなんて!)

 吸血鬼であるレミリアやフランならば、使っても問題は無いだろう。だが人間が使えるはずがないのだ。当たれば痛みで動きが鈍り、そのまま自分の技で殺されてしまうのだから。

 だがそれは『普通』の人間の考えだ。

 「コレをどう攻略するんだ、レミリア!!」

 そしてシオンは、降りしきる雨を避けながら、レミリアに問うた。

 

 

 

 

 

 シオンがやったのは、特に不思議でもなんでもない事だ。

 銃の構造を知っていれば――知っていなくとも、『圧縮』という言葉を知っていれば、シオンのやった事を想像できるかもしれない。

 銃が弾丸を発射する原理は、1箇所のみが開いている筒の中に弾と火薬を入れ、その火薬を爆発させる事でガス圧を生み出し、弾丸を高速で放つ、というものだ。

 あるいは風を圧縮してできる真空波。あるいはダイヤモンドの加工などに使われている、水を圧縮してできるウォータースライサー。

 槍を放ったのも、その構造と似ている。

 魔法陣を通った槍の棒部分を真空にして小細工を施し圧縮。要は気圧の変化をガス圧の代わりにしているのだ。そして柄の最後の部分まで通った瞬間、押し込められ続けていた槍が解放され、地面まで真直ぐ突き進む。間違えて槍を後ろに飛ばさないようにあらかじめ魔法陣に細工をするのも忘れない。このおかげで銃弾の速度と似たような速さを生み出せる。

 しかしコレを作れと言われたパチュリーも、こんな使い方をするとは思わなかった。そもそも魔法陣の用途は、あらかじめ紙か何かに用意しておいて、使い捨てで発動するものだと考えていたからだ。シオンの考えは、それら全てを否定するものだった。そもそも使い捨てにする理由は、単純に紙の強度が足りないせいだからであり、そのせいで燃え尽きてしまう。だがシオンはまた別のモノを利用した。

 魔力の糸による魔法陣の作成。それによって術式の複雑化、耐久度の問題点を全て失くした。しかもあらかじめ準備する必要も無く、無限に扱う事ができ、臨機応変に戦える。

 そもそもパチュリーが最初に作った術式が複雑化したのは、魔力を籠めるための術式を付け加えていたからだ。その点は元々が魔力によって作られている魔力糸ならば問題は無い。

 けれどコレにも問題はある。まず魔力糸を生成しながら魔法陣を作る、という事そのものが不可能に近いのだ。

 単純に振り回すだけなら誰でもできる。だがコレを、複雑な文字を含んだ術式にするのはまず誰もできない。パチュリーでさえも、だ。戦闘時で無ければ可能かもしれないが、逆に言えば戦闘時は絶対にできない。

 それをシオンは可能にした。先程も見たとおり、シオンの制御能力はズバ抜けて高い。しかも完全記憶能力で術式を完全に覚えているため、間違える事はほぼありえない。頭の中の図式をそのまま書いているだけなのだから。パソコンのデータを別のパソコンに移す作業、と言えばわかりやすいだろう。ここでミスが出るのであれば、パソコン自体に問題があるか、データを移す途中に何らかのバグが出たかのどちらかだ。

 シオンもそれと同じ。ミスなどほぼありえない。

 「『想定と創作』はできないけれど、『既存の知識の応用と組み合わせ』はできる……そういう事ね」

 パチュリーの呟き。だはそれは、目の前で起きている不可思議な現象に目を奪われているフランたちには聞こえなかった。

 

 

 

 

 

 空を飛んで避けるレミリア。

 前後上下左右四方八方から飛んで来る槍を避けられるのは、偏にレミリアの戦闘経験によるものだろう。

 だがなぜ上空にいるのか。上空にいればそれだけ避けなければならない範囲は増える。だが地上にいれば、シオンの黒陽、あるいは白夜の攻撃を受ける可能性が出てくる。もし一回でも掠ってしまったら、それだけでかなりの妖力を奪われるだろう。だから地上には降りられない。

 だがそれにも限界はある。撃たれた銃弾が飛んで来るのと遜色のない速度で迫りくる槍を避けるのには、相応の集中力を要するからだ。

 「ハァ……ハァ……クッ! どうして、終わりが見えないの!?」

 アレだけの魔力を使っていながら、シオンに負担がかかっているようには見えない。コレではまるで――

 「博麗の巫女じゃないの!」

 「その博麗の巫女ってのが誰かは知らないけど!」

 シオンは空を飛ぶ事ができない。それでも下から攻撃するくらいはできる。黒陽を一旦ペンダントに戻して、魔力によって槍を作り、自分の所にも振ってくる槍を避けながら投げる。形状はもちろん投げやすいようにしておくのを忘れない。

 「俺の魔力が尽きるのを期待するのは、やめておいた方がいいよ! パチュリー曰く、「ありえない」だそうだからな!」

 シオンが声帯模写で声を真似て言った親友の言葉にレミリアは驚く。パチュリーでさえ驚く魔力量など、おそらく大妖怪や博麗の巫女を超える力なのだろうと想像できるからだ。

 「全く、面倒ったらありゃしないわ!」

 そう叫んでも状況は好転しない。むしろ叫んだせいで少しだけ反応が遅れてしまった。徐々に増えていく傷。すぐさま吸血鬼の再生能力で治っていくが、それでも手、足、胴体などの部分に傷ができていく。

 (コレを破るにはシオン自身をどうにかするか、あの槍をどうにかするか。それとも、何か他の部分を――)

 「ッ、考えさせる暇なんて与えないよ!」

 レミリアの視線が目まぐるしく移り変わっていくのを見て何かを察したのか、シオンは槍を一本ずつ、精密に投げて行く。

 それを何とか避けながらも、レミリアは思う。

 (考えさせる暇を与えられない。つまりそれは、考えられたら困る要因があるという事? ならそれは――)

 そこでふと視線をあるモノに向ける。

 (――そういう事か!!)

 レミリアは自身の顔に浮かんできた笑みを抑える事はできなかった。シオンはその表情を見て苦々しく顔を歪めると、槍を投げながら後ろに跳んだ。

 「その反応からして、私の考えはやっぱりあっているのね!」

 だがその対応こそが、レミリアにその考えはあっていると伝えているようなものだった。即座に行動を開始するレミリア。

 自身を中心として、何の形にも変えていない妖力を放出する。当然邪魔をするシオンだが、少しの妖力を吹き飛ばすくらいしかできない。結局諦めたシオンは槍を投げるのを止める。

 シオンが投げるのを止めたのを確認したレミリアは、全ての意識を妖力の操作に集中させる。そして、それを一定量まで溜めると――

 「全て、吹き飛びなさい!」

 ――全方位に、解放した。

 途方もない量の妖力が解放された影響か、周囲に突風が吹き荒れる。腕を交差させて顔をガードするシオンだが、下手に目を開ける事ができない。シオンの目は未だに治っていないのだ。そんな状況で風が目に入ればどうなるのかなど、想像に難くない。

 やがて突風が収まると、夜空からは神秘的な輝きを放っていた魔法陣は消えていた。

 「……………………」

 「貴方の使う魔法陣の効果は確かに強力。でも弱点があるわ。新しく作った技には大抵あるモノだから、考えてみたのだけれど」

 レミリアは自身の指先から、妖力によって糸を作り出す。シオンが魔法陣に使っていたモノよりも遥かに細く、頼りないものだ。

 「糸は束ねれば堅く強靭で、しなやかな布になる。でもそれ単体では、あっさりと千切る事のできる不安定なモノ。つまりシオンが使っていた魔法陣に使うには、糸というモノは壊滅的に強度が足りない」

 「……………………」

 何も答えないシオン。しかし沈黙、それこそが正解だと答えているようなモノだった。

 レミリアの言う通り、糸とは脆い。モノにもよるが、大人が端と端を持てばあっさりと千切れてしまうほどに。

 シオンの魔力糸もそうだ。ワイヤーのように使うのではないし、そもそもが用途が違う。仮に自分が投げられたとして、もし張っていたのがワイヤーならば、自分が切断される。自身が作った魔力糸に体を切断されては笑い話にもならない。

 一応魔力糸に使われているのと同じ、魔力による攻撃であれば、魔力糸の許容量を超えない限りは問題無い。だが気や霊力、妖力を相手にすると、途端に弱くなってしまう。

 だが――

 「ハァッ、ハァッ、コレで少しはマシに――」

 「ふらついてるくせに、か?」

 「……そっちも、人の事は言えないじゃないの」

 大量の妖力を一瞬で使った影響か、レミリアは肩で息をしていた。

 それを揶揄するが、シオンもそう変わらない。

 「私の槍と打ち合った時に、その右腕、罅が入っているのでしょう? それに爆風の影響で体が傷ついているし、そんな状態で全く慣れていない大量の魔力の放出をしたせいでガタがきてる。違うかしら?」

 「……何もかもお見通し、ってわけか。そうだよ、こっちもきつい。……だから、次でこの戦いを終わりにさせる」

 「あら、奇遇ね。私もそのつもり」

 「なら」

 「ええ」

 何も言わず、合図をせずとも、二人は同時に、そして静かに槍を構える。

 気も魔力も妖力も纏わず、二人は前へと飛びだす。

 「オオオオオオオオオオオォォォォォォォッッッ!!!」

 「アアアアアアアアァァァァァッッッ!!!」

 そして、二人の槍は交差し――

 

 

 

 

 

 「……フラン、そろそろ離してくれるとうれしいんだけど」

 「……もう少しだけ」

 「そう言ってから、もう何分経って……いや、なんでもない」

 まるで人形のように全身を抱きしめられてから、かれこれ何分経ったのか。それすらわからないシオンは文句を言おうとしたが、眼の端に雫が浮かんでいるのを見て、やめた。

 しかしやはりこんな風に抱きしめられているのは居心地が悪い。その気になれば力ずくで振り払う事もできるが、そんな事できるわけがない。珍しく困ったようにまなじりを下げているシオンは、助けを求めてレミリアを見る。が、そちらを見た瞬間に救出してもらうのを諦めた。

 レミリアの顔はニヤニヤと笑っていて、目線はこう言っていたからだ。

 ――しばらくそうしていなさい。

 シオンは思う。コレは先程の意趣返しか、と。

 結局先程の戦闘で、客観的に見れば勝ったのはシオンだ。勝因は単純明快。槍の長さの差だ。

 シオンの持つ槍は二五〇センチほど。対してレミリアのは二〇〇センチ程度だ。その差が勝敗を分ける要因となり、シオンの槍はレミリアの首筋に、レミリアの槍はシオンの首の一歩手前くらいで止まった。

 「私の負けね」

 そう言ったレミリアだが、シオンは首を横に振り、

 「能力を使われていれば、負けていたのは俺だ」

 と言って、勝ったと認めなかった。しかしレミリアはそれを認めず、

 「貴方だってまだ隠し玉があったのでしょう?」

 「……それを見抜いたのには素直に驚くが、それでもレミリアが能力を使い続けていれば、それも無駄に終わった。だから俺の負けだ」

 「いいから、受け取りなさい」

 「いいや、受け取る気は無い」

 「……貴方の勝ちよ!」

 「俺の負けだ!」

 自分から負けたがっているような発言だが、両者ともにその自覚は無い。下手をすると二回目が始まる……と思ったフランたちだが、その前に二人とも不毛だと感じたらしく、結局は引き分けにする、という事で決着がついた。

 そんな事を思い出したシオンは、現実逃避をしても何も変わらないと頭を振る。

 「フラン、このままだといつまで経ってもここから出られない。送り出してくれるんじゃなかったのか?」

 「だって……結局、あんまり一緒にいられなかったし……」

 つまりは、数時間前に言った言葉は強がりだった、そういう事だろう。だがフランは、年齢はともかくとして、精神は十歳程度。本来ならまだ親に甘えていたい――正確には甘えたいが甘えられない反抗期――年頃だ。だがフランには、昔はどうだか知らないが、親はいない。その分がシオンに回ってきているのだろう。

 だが先程も言った通り、このままだとズルズルと紅魔館に留まり続けるハメになる。それだけは避けたかった。折角決意したのに、それが揺らぎかねないからだ。

 それでもシオンは、こんな時に言う言葉など知らない。壊滅的に人と接してこなかったのが、ここに来ても影響していた。

 しばらく悩んでいたシオンだが、それでも一つ思い付いた。

 「……なら、約束をしよう」

 「約束?」

 「ああ。その内容は、『いつか絶対、ここに戻って来る』」

 「……でも、シオンに破る気が無くても、それ以外の原因で――」

 「俺は嘘は言わない。だから約束も破らない。途中で死ぬ気も無い。今まで見たいに無様に足掻いてでも生き残って見せる」

 静かな、しかし確かな意志の籠った言葉。

 しばらく躊躇していたフランだが、それでも少しずつ力を抜き、シオンの体から腕を離した。

 「……わかった。私はシオンを信じる。だから……絶対に、生きてここに来てね」

 「絶対だ」

 この世に『絶対』などというものはありえない。それでもシオンは約束する。

 姉を守ると心に誓い、その事を姉に伝え、そして約束した。だがそれは破られた。

 (もう二度と、約束を破りたくない)

 だからシオンは、フランと生きて再会すると、今度こそ守ってみせると、心に刻む。

 そこで、レミリアが口を挿んできた。

 「……ねぇ、シオン。一つ提案があるのだけれど」

 「ん、何だ?」

 「貴方にこんな提案をするのはどうかと思うけれど……『吸血鬼化』をしてみないかしら? そうすれば、余程の事が無ければ死ななくなるのだし。『スカーレットの血筋』を持った吸血鬼であれば、通常の吸血鬼より弱点も少ないわよ」

 その言葉に、隣で聞いていた咲夜と美鈴は驚く。だがシオンは『吸血鬼化』がよくわかっていないらしかった。正確には、それをすると『屍食鬼(グール)』になると思っていたのだ。

 だがそれは少し違うらしく、確かに弱く、相性の悪い人間の血を吸い続ければグールになってしまうが、強い人間や気に入った相手がいれば、特別な手順を踏めばきちんとした吸血鬼にさせる事ができるらしい。例外として、余程相性が良ければ吸血鬼になる時もあるようだ。

 「――後はもう一つ理由があるのだけれど……」

 「だけれど?」

 「――いえ、なんでもないわ」

 レミリアが言おうとしたもう一つの理由。それは、吸血鬼が、どうしても、何をしてでも伴侶としたい、あるいは妻としたい人間を吸血鬼とさせたい時、だ。

 人間は脆弱であり、百年と経たずに死んでしまう。それ故の吸血鬼化。もちろん大抵の人間は拒否をする。不老を生きるのもそうだが、相手が化け物だと知って恐怖するのだ。だが相手が吸血鬼だと知って、それでもなお愛し続ける人間もいる。

 今回レミリアが伝えるのを躊躇ったのは、それを知ったシオンがどうするのか、気になってしまったからだ。()()()()()()()()()()()があるかもしれないのだから、気になるのも当然だったが。

 「……いや、やめておくよ。俺は、人間でいたいから」

 さり気なく考えごとをしていたレミリアの様子なぞ露知らずシオンはしばらく悩んでいたが、それでもきっぱりと言った。

 しかし予想していた答えなのか、レミリアは特に気にした様子は見えなかった。

 「まあ、それもそうでしょうね。いくら『スカーレット』の吸血鬼と言っても、長時間日光に当たれば灰になるのは避けられないのだし」

 シオンの目的を知っているレミリアは、無理に提案を飲ませる事などできない。

 「……なんか、ごめん。せっかく言ってくれたのに」

 「別に気にしてないわよ。……私はコレで言いたい事は言ったけれど、咲夜と美鈴は、何か言う事はあるかしら? パチェ……は、何を言うのか予想できるわね」

 「そうね。私が言いたいのはコレだけよ」

 我先にと言ったパチュリーは、シオンの顔に人差し指を向ける。

 「何か新しい知識を得たら、私のところに来て教えなさい」

 余りにもあんまりな物言いに、レミリアは内心頭を抱え、シオンは目をパチクリとさせた。

 「なんというか、別れの言葉とは思えないほどに我儘な内容だな」

 「コレが今生の別れと言う訳では無いのでしょう? それにシオンらしくないわよ。私は『知識を覚えたら私のところに来て教えなさい』と言ったのよ? つまり――」

 「なるほど、ね。要は――」

 「「――必ず戻ってきなさい」」

 パチュリーは不敵に、シオンは苦笑の笑みを浮かべる。それで言いたい事を言い終えたのか、パチュリーは手を振って去って行った。

 次は美鈴かと思ったシオンだが、美鈴は特に言いたい事は無いらしく、ただ笑って首を振るだけだった。

 一つ頷き返したシオンは、咲夜を見る。咲夜の手には、肩にかける形のバッグがあった。

 「シオン、コレを持って行ってください。シオンの足であれば二日、途中で迷っても三日で里に着くと思われるので、三日分の食料と水を入れておきました」

 「え……」

 咲夜からバッグを受け取ったシオンは、中を見ずとも中身を理解した。シオンの鼻は、コレが咲夜が手間暇をかけて作った物だと理解させたからだ。

 おそらくは長持ちし、冷めても美味しい物を作ったのだろう。咲夜の事だ。かなりの時間がかかったはず。しかしそれを微塵も感じさせない。まさしく紅魔館のメイドとして相応しい、『完璧なメイド』だった。

 「このお礼は、またいつかするよ」

 「……シオンのお礼、ですか。楽しみに待っています」

 クスクスと口元に手を当てて上品に笑う咲夜。コレは絶対に咲夜が喜ぶお礼を渡さなきゃダメだなと思うシオンだった。

 「……紅魔館での生活は、本当に楽しかったよ」

 「楽しかった、ですか?」

 つい零れた独り言。しかしそれは、目の前にいた咲夜に聞きとがめられたようだ。

 「そう、とても楽しかった。……咲夜、確かに俺は強いと思う。でもね、俺は単純に、『当たり前の生活』を送りたいだけだったんだよ」

 「『当たり前の生活』……」

 「そう。咲夜たちみたいに家族全員で笑いあって、楽しくすごす……そんな、ごく当たり前の生活をしてみたかった。自分で作った料理で、自分がした何かで、喜んでほしかった」

 それはほとんどの人間が当たり前のように享受していること。だがシオンからすれば、それは何よりも『羨ましい』ことだった。

 「人を殺す感触なんて知りたくなかった。人の、地獄という言葉すら生温い悪意なんて知りたくなかった」

 シオンとて、何十万という人間を殺したことに、何の感慨も無かった訳では無い。

 「強さなんていらない。ただ普通に生きたかった。色々なことを学びたかった」

 それでも、シオンには何も手に入らない。手に入れるために渡すための物すらない。

 「だから、今回のことは、俺にとってとても嬉しい事だらけだったんだ」

 ここに来て、何もかもが変わった。

 「目的があった。でもそれは無理な事になってしまって、もう全部投げ出したくて、でも諦めきれなくて。挙句の果てには助けた相手を殺しかけた。バカだよなぁ……」

 自嘲の笑みを浮かべるシオン。

 「だけど助けられた。救われた。それから色々な事を知った。だから――」

 先程の笑みを消し、真直ぐに咲夜の目を見つめる。

 「――俺は、これから先も色々な事を知って、胸を張って『幸せだった』と言えるような人生を生きてみせる」

 「……それなら、シオンが死ぬことはできませんね」

 「ああ」

 咲夜が笑うと、シオンも笑い返した。

 そして、最後。シオンはずっと黙っていたフランに言う。

 「……フラン、コレからしばらく会えなくなる。何かして欲しい事、ある?」

 だが、フランはしばらく何も言わずに黙っていた。少しして、何か意を決したかのように顔を上げたが、その顔は真赤だった。

 その顔が真正面から見えたのはシオンだけだったが、耳や首筋まで真赤だった事もあり、レミリアたちにもわかってしまった。まさか、と思うレミリアたちだったが……そのまさかだった。

 「ん!」

 「――――なッッ!??」

 シオンは驚愕で目を見開く。

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()、何をされたのかを理解した。

 だがすぐには動けない。フランは自分が力んでいるのを理解していないのか、シオンの体を思いっきり抱きしめているのだ。『吸血鬼の腕力』で。

 咄嗟に力を込めて何とか体の骨が折られるのを防いだが、拘束されている現状、動く事ができない。なるがままに受け入れるしかなかった。

 やがてフランの羞恥心が耐えられなくなったのか、真赤になった顔を隠すように俯き、ポツリと呟いた。

 「……その、忘れたままでいられるのは、イヤだし、だから、えっと」

 かなり聞き取りにくいが、シオンには聞こえるだろう。そう思っていたフランは少しだけ目線を上げ、そして驚いた。

 「……な、な、な」

 シオンも顔を真赤にしていたからだ。まるで初心な少年のように。

 シオンとて一度もキスをした事が無い訳では無い。だがあの時は感情が昂っていたし、何よりその後の状況が酷すぎた。だから気にする暇が無かった。それに欲が無いと言ったシオンだが、別に羞恥心が無い訳では無いのだ。過酷な経験をしたとは言っても、所詮は『戦闘しか知らない』シオン。

 キスをした事はある。だが今回は完全な平常心のまま、完璧な不意打ちを受けた。戦闘においては冷静でも、こういった事は全く経験した事が無いシオンは、本当に『初心な少年』なのだ。

 「~~~~~~~!!!」

 自身が真赤になっているのを自覚し、遂に耐え切れなくなったシオンは走り出した。フランとは違い奇声を上げてはいない分だけマシだろうか。

 だからシオンは気付けなかった。『忘れられているのはイヤ』、その言葉の意味を。

 しかしそれはレミリアたちにも言える事。フランの真意は、フランだけが知るところとなった。

 ある程度の距離が離れたところで、シオンは半回転し、未だに真赤になっている顔をフランたちに向け、大きく手を振った。

 いくらなんでも、こんな別れ方はありえないと思ったのだろう。

 フランも大きく手を振り――いや、それだけではない。翼を大きく広げ、空へと飛んだ。

 シオンの方からも、フランが飛んでいる姿は見えていた。途中で止まり、その羽を大きく広げている。夜空に浮かぶ月明かりに照らされ、キラキラと煌めいている宝石の翼。位置をきちんと調整すれば、幻想的な光景が見られるだろう。

 だがシオンは歩みを止めない。ただ、フランが空に浮かんでいるのを眺めているだけだ。

 「……キレイだ」

 ポツリと、シオンの口から零れた。意識して言った事では無いからこそ、それがシオンの本心だと分かる。

 人によっては、フランの翼を変だと言うだろう。だがシオンにとっては、とても、とても綺麗な翼だった。

 何より綺麗だと思ったのは、紅だ。フランの紅の服。『スカーレット』という名前。『紅』こそがシオンを救ってくれたモノであり、シオンにとって、暗闇を照らす『紅色の光明』だ。

 少しだけ弧を描く口元。その表情のままシオンは前を向き、そして決して振り返らなかった。

 

 

 

 

 

 フランは、シオンの背中が見えなくなるまで手を振り続けた。

 シオンの姿が見えなくなったしばらくしても、その場に少しだけ留まった。

 しばらくして地上に降り立ったフランは、レミリアに言う。

 「ねえ、お姉様」

 「何かしら?」

 「私は、シオンの事が好き。命をかけて助けてくれたからじゃない。孤独を癒してくれたからでも無い。シオンの性格を知って、心を知って、弱さを知って、強さを知って、生き方を知って。だから好きになったの。大好きになったの。自分でも気付かないうちに、いつの間にか」

 「……そう。それで、フランはどうするの?」

 「決まってる。シオンといつか肩を並べられるくらいにいい女になる!」

 そう言って笑うフランの笑顔は、誰もが認める恋する乙女の顔だった。




今回で紅魔館編は終了!
……無駄に長くなりましたね。
実は当初ここまで長くする予定では無かったのです。本来ならフランを助けてすぐに旅立つ、というものだったのでしたが、それだとフランがちょっとやばい事になると思いましたので。
端的に言えば、ヤンデレになりかねない、と言う事です。
自分を助けてくれた相手が即座にいなくなる。孤独だった少女の心が不安定になっていた時期に恩人がいなくなれば、その不安定さが増し、憧れを恋だと勘違いし、依存する度合いが増すのでは? とまあそんな風に思ってしまったので、それを無くすためにここまで長くなりました。

シオンにも弱い部分はあり、ただの人間だと理解させ、助けてくれたのを自身も助けた事で帳消しにする。そうした事で相手と『対等』になったのだとフランに思わせたかったのです。
そして最終的には、日常で過ごした日々で『シオンという人間』を理解し、恋をする。
そのためにこんなにも長くなってしまった、というわけです。

でも後悔はしていません。ここまで長くしなければ未だにシオンは心が弱いままでしたし、しょっぱなからヤンデレヒロインを出したくは無かったので、コレが最善、だと、信じたいです。

後書きはここまで。では次の章で……と、言いたいのですが。
現在私の学校ではテスト期間であり、勉強及び提出物の確認などで時間を取られ、執筆時間があまりありません。それでも2つのストックと空いた時間で細々と書いていたのでここまで終わらせられましたが、やはり無理があったようです。なので、少し休憩期間を作らせていただきます。

ただ、次のお話だけ5日後に投稿させていただきます。
次話は閑話的なもので、内容は……まあ、見てからのお楽しみで。
ただ楽しいかどうかはわかりません。
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