東方狂界歴   作:シルヴィ

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気付いたらまた12時を過ぎていました・・・・!
夏休み入ってから時間を気にしなくなっていたのが仇になっています・・・・


Side???→アリス/この世界での

 鈴仙は体に付着した土や葉を払うために背中をはたく。だがどうしても手が届かない場所と髪だけはどうしようもなく、仕方なく頼む事にした。

 「すいませんアリス。汚れを払ってはいただけませんか?」

 「あ、はい!」

 アリスと呼ばれた少女――アリス・ラント・トレスフィア=セフィラトは鈴仙の後ろに回り、その綺麗な髪に付着した物を、髪を傷めないように気を付けて拭い取る。ついでとばかりに服の汚れも払った。

 それらの作業が終わると、鈴仙がお礼を言ってきた。

 「ありがとうございます。それで、アリスはなぜ空から振って来たのでしょうか?」

 少し首を傾げて問う鈴仙。彼女は少しどころでは無く、多聞に知りたかった。普通に空を飛んでいる最中に制御を誤って空から落ちて来たのであれば気配でわかる。しかし目の前の少女はいきなりその気配を中空から発したのだ。

 まるで――『境界』を超えて世界を渡り歩く、あの妖怪のように。

 「それが、私にもよくわからないのです」

 「わからない……ですか?」

 「はい。私はいきなり穴が開いた地面に落とされて、その終着点があの――」

 空を指差し、自身が落ち、そして出てきたであろう場所を見るアリス。

 「――あの場所、だったのです」

 「……………………」

 それが本当であれば、アリスはまさか――そう考えた鈴仙は、一度頭を振り、思考をとめる。そう言った現象を探るのは、自身が適任ではないと知っていたからだ。

 「アリス。このままここにいても仕方がありませんし、一度師匠たちのいる永遠亭に来てはどうでしょうか? そこでなら、貴女がどうしてこんな場所に着いたのかがわかるかもしれません」

 「そう、ですね。わかりました。鈴仙様に着いていきます」

 「鈴仙……様?」

 「え、あ、はい。命を救ってもらった上に、こうして家に訪れる事を許し、あまつさえ原因を探ってくれると……なのでこう呼んだのですが、ご迷惑でしたか?」

 申し訳なさそうにしているアリスに、鈴仙は少し困った様子で眉を寄せる。

 本当に迷惑だったのかと俯いてしまったアリスに、鈴仙は慌てて声をかけた。

 「ああいえ、違うんですよ! 私は師匠や輝夜様の僕のような存在ですから、様づけで呼ばれるような存在では無いのです。なので、普通に鈴仙とお呼び下さい」

 「……はい、鈴仙」

 少しだけ頬を赤くしたアリスは、そう言った。

 「で、では行きましょう! ここは迷いの竹林と呼ばれる特殊な場所で迷子になり易いので、はぐれないようにしてください」

 「? はい」

 なぜか焦ったように早口で言う鈴仙に訝しむアリス。

 言える訳が無かった。金色の美しい少女の楚々とした姿で頬を赤く染めてお礼を言われたのにドキリとしてしまった事など。

 一つ溜息を吐いて気持ちを切り替えた鈴仙は背筋をピシッと伸ばし、歩き始めた。

 

 

 

 

 

 鈴仙の「敬語は使わなくてもいいですよ」と、アリスの「じゃあ、鈴仙も敬語は使わないで」という返しに鈴仙が「私は生まれた時からこの口調なので……」発言から、しばしの間は特に何の会話も無かったため気まずかった鈴仙だが、どうやらアリスの方はそう思っていなかったらしく、キョロキョロと辺りを見渡していた。

 コレなら話の繋ぎになると思った鈴仙は、思い切って話しかけてみた。

 「あの、先程から何を見ているのですか?」

 「え、ああ。私はこの不思議な木を見ているの」

 「不思議な木……? 竹の事ですか?」

 「はい、その竹、という物を、私は一度も見た事が無くて……どうしても気になっちゃうの」

 「まあ確かに、見た事が無ければ不思議に思いますよね。この竹は確かに木の一種ではあるのですが、時によっては一日で一メートルも成長してしまいます。この場所一帯が斜面になっているのと、竹の急激な成長による影響で、ここは天然の迷路とでも呼ぶべき場所になっています」

 「……つまり、迷ったら出るのは一筋縄ではいかない、と?」

 「はい。それにここには妖怪がいますから、迷いこんでしまった人のほとんどは――」

 そこから先は何も言わなかったが、わかってしまう。殺されてしまう、と。

 だが、一つ気になる事があった。

 「鈴仙、その『ようかい』と言うのは何なの?」

 「え? ああ、そう言えばアリスは外来人ですらないのかもしれませんし、当然の疑問ですか。妖怪と言うのは――」

 アリスは鈴仙からの説明により、この世界の妖怪という立ち位置を理解した。

 「妖怪というのは、一部を除いて私たちの世界の魔の存在と似たようなモノなのね。自らの快楽のために人を害している……」

 その微かな呟きは、しかし鈴仙には聞こえた。

 「まあ、伝承によって作られた妖怪がその通りに行動するのは当然です。貴方たち人間が生きるために食事をするように、妖怪たちが人を襲うのは『当たり前』なのですよ」

 「……じゃあ、鈴仙も人を襲う、の?」

 「いえ、私は妖怪は妖怪ですが兎の妖怪ですから人は襲いません。それに……」

 だが、その言葉の続きは言わなかった。アリスも聞けなかった。鈴仙の表情が辛そうに歪んでいたから。

 「……貴方が兎なら、鈴仙は人を襲わないんだよね!?」

 「え……はい、そうですよ」

 「ならいいの! ね、鈴仙。……私と、お友達になってくれませんか?」

 最後は敬語を使ってしまっていたが、おそらくは緊張のせいだろう。

 実際、アリスの心は不安だった。人と妖怪の違いは、先程の鈴仙の話で理解できた。それらが相容れない存在である事も。それでもアリスは、鈴仙と友達になりたかった。

 この、心優しい兎と。

 しばらく呆然としていた鈴仙だが、無意識に苦笑しながら手を差し出してアリスの手を取り、握手をした。

 「よろしくお願いします、アリス」

 「……! うん、よろしくね鈴仙!」

 アリスはこの世界で初めて、心を許せる友人ができた。

 

 

 

 

 

 また歩き始めた二人だが、ふいにピタリと鈴仙が足を止めた。

 「どうしたの鈴仙?」

 「静かに!」

 か細く、しかししっかりとした声でアリスに言う。そして少し腰を落とした鈴仙は、左腕をアリスの方に庇うようにさせておく。

 まるでアリスを守っているかのような反応に戸惑うが……事実、鈴仙はアリスを守ろうとしていた。

 ピコピコと動く鈴仙の耳が、『その音』を捉えた。

 「アリス、今すぐに目を閉じて耳を塞いでください!」

 「え!?」

 「いいから、早く!」

 「わ、わか――!?」

 だが、その忠告は遅すぎた。

 目を閉じろと言った鈴仙の言葉とは裏腹に目を見開き、()()を凝視するアリス。

 「ひ、と……?」

 今までどこにいたのか、いきなり目の前に姿を現した巨大な妖怪の口から、『人だったモノ』が垣間見えた。

 グチャ、グチャ、という、聞きたくない音が辺りに響く。時折、妖怪の口の端から赤い液体が零れた。

 「ステルス……? いえ、色の変化によって周囲の景色に擬態、ですか。でもここまでの大きさでどうやって……理性の無い下級妖怪では、そこまで複雑な変化はできないはずなのに……」

 鈴仙の頭の中は、この状況でどうやって逃げ出すかしかなかった。

 別に戦っても問題は無い。むしろ負ける要素が無い。……アリスが、いなければ。

 アリスを庇っている状況では、戦えないのだ。

 何とか睨み合う事はできるが、それだけだ。それしかできない。

 しばしこちらを凝視していた妖怪だが、何故か視線を逸らし、どこかに去って行った。

 それでも油断はしない。コレが罠である可能性が高いからだ。

 十分ほど経ち……ようやく鈴仙は、張りつめていた気を緩めた。

 「運が良かったですね……見逃してくれましたか」

 「見逃してくれた? 鈴仙、それはどういう意味なの?」

 「文字通りの意味です。私たちは、あの妖怪の気紛れによって生かされたんです」

 まだ反論しようとするアリスを制し、鈴仙は言う。

 「戦えば十中八九私が勝ちます。ですが、問題があります」

 「……それって、まさか……!」

 同年代の少年少女は違い、かなりの英才教育を受けたアリスは、その問題の内容を把握してしまった。王族である、という事も、理由の一つだろうが。

 「はい。こんな言い方はどうかと思いますが……足でまとい、なのです」

 「……ッ」

 鈴仙は明言しなかったが、わかる。

 アリスは言い返せない。どうしようもない事実だからだ。

 しかし鈴仙とてアリスを無為に傷つけたいわけではない。

 「それに場所も悪すぎました。ここは迷いの竹林。私や『彼女』であればこの場所を完全に把握できていますが、アリスはすぐに迷ってしまいます。その間に別の妖怪に襲われてしまえば、もう助ける事ができません。理性の無い妖怪だからこそできる、この場から離れて倒しきるという行動ができなくなり、かといって近すぎれば戦いの余波による攻撃でアリスが殺されかねない……だから見逃された、と言ったのです」

 「……ねえ、鈴仙」

 「何でしょうか?」

 「あの妖怪に、食われていた、人、は……」

 途切れ途切れに言うアリス。人が食われている光景は、それほどまでにアリスの心に傷を残していた。

 「……残念ながら、運が悪かったとしか言えません。ここに来て迷ってしまう人は何人もいますし、その中にはなんとか無事に帰れた人もいます。最低でも数日は妖怪に会いませんから、その間に逃げ切れる人は多いのですが……ああして、殺されてしまう人も……多いのです」

 右手で左腕をギュッと押さえたアリスに、鈴仙はですが、と続ける。

 「この世界は不条理です。何の脈絡も無く命を奪われる事など当たり前。目の前にある幸せを壊されるのに怯えながら人間は日々を送っています。そして、命を、幸せを奪っている存在の大半は妖怪の手によるものです。それでも」

 鈴仙は迷う。コレを言ってしまっていいのか。あの人間を食べていた妖怪と同じ存在である自分を信じてくれるのか。……それでも、言った。

 「それでも……貴方は、あの妖怪と同じ妖怪である私と、共にいてくれますか?」

 鈴仙は思う。なぜ、こんな事を言えたのか。この勇気が『あの時』もあれば、少しは変わったんじゃないかと……もう過ぎてしまった過去を思う。

 アリスからは何も反応が無い。鈴仙は肩を落とし、それでも無理に浮かべた笑みで告げた。

 「今ならまだ間に合います。先程の『私と友人になる』発言も取り消しましょう。師匠には私から言っておきますので、この世界で最も安全な場所である人里へ送ります。……着いて、きてください」

 アリスの横を通り、そのまま人里へ案内しようとしたところで、アリスが腕を掴んだ。

 「待って! 鈴仙、一つだけ聞かせて。……妖怪は、全てがあんな存在なの?」

 「いいえ。中には人よりも温厚な種族や、嘘を吐かない、約束を必ず守るといった者もいます。あくまで少数ですが……『人よりも信用できる』存在も、います。彼等を裏切るのは、大抵、人間の方ですから」

 「だったら、私は鈴仙を信じる。私を守ろうとしてくれた鈴仙を信じる」

 とっさにアリスの目をみつめる鈴仙。その瞳からは、嘘が見られなかった。

 その気になれば自身の能力で嘘かどうかはわかる。だけど、今だけは、この言葉が嘘かどうか知りたくなかった。

 「……いいのですか? 私だって人間とは違う、化け物の類ですよ?」

 「そんなの気にしてないわ。私は『妖怪である鈴仙』に言ってるんじゃないの。『私の友達の一人である鈴仙』に言ってるんだから!」

 「……アリスは、意外と熱血なんですね。もっと冷静な人だと思っていました」

 思わず茶化す鈴仙だが、そうしなければ堪えきれなかった。『兎は寂しいと死んでしまう』などという俗説があるが、それは妖怪にも適用されるのだろうか。

 そんな事を思い出したが、アリスの目に映っている自分の顔を見てわかってしまう。

 自分がどうしようもなく――嬉しいと思っている事に。

 鈴仙には、対等と呼べる存在はいない。師匠や師匠の主は目上の存在。自分と同じ妖怪の兎ではあるが立場はやはりあちらが上の『彼女』。他の妖怪兎は鈴仙の命令は聞いても喋れない。人間などは始めから論外だ。余程の信頼を得られなければ、妖怪は人間に怖がられて終わる。だから鈴仙には、『友達』がいなかった。

 だけど、今、そのはじめての友達ができた。相手は人間。いずれは年を取っていき、死んでしまう儚い存在。それでも、泣きたいくらいに嬉しかったのだ。

 「本当に、貴方は奇特な人です。初対面の、よく知りもしない妖怪を信じようとするなんて、バカな人ですよ……」

 「じゃあ、その初対面でバカな人を助けた鈴仙は、もっとバカな妖怪よね?」

 不敵に返すアリスに、鈴仙は何も言えなかった。

 

 

 

 

 

 頭についた長いうさみみで俯いた顔を上手く隠していた鈴仙は顔を上げる。

 その瞳は最初に見た時よりも赤くなっているが、アリスは何も言わなかった。

 鈴仙が何を思い、どう感じていたのか。それを理解できるほど、アリスは鈴仙を知らない。それなのに下手な事は言えないと思ったのだ。

 私がどう思っていたのか知ってもいないのに! と、相手の気持ちを考えずに自分の事ばかりを考えていた自分が、何かを言えるはずが無いのだ。

 そう、人の言葉は無責任だ。慰めも、アドバイスも、何もかもがしょせんは自分には関係の無い事だからこそ言える。当事者にならなければ、勝手な事だけしか言わない。

 だからアリスは、『言葉』というものの意味を考える。

 答えは出ない。それの意味など、まだわからないからだ。

 それでも、アリスは言った。

 「鈴仙、私ね。元居た場所じゃ、友達が一人しかいなかったの」

 「え……一人、だけ? 貴方のような人が、一人しか友達が居なかったのですか?」

 意外、としか思えなかった。この、妙に人を惹き付ける何かを持った少女が、たった一人だけしか?

 瞠目する鈴仙に、アリスは悲しげに笑った。

 「そうよ。他の人は、皆私を仲間外れにしたの。それどころか、いじめもしてきたわ。だけど、そのたった一人の友達だけが庇ってくれたの」

 「そう、なのですか」

 「うん」

 悲しそうに言うアリスに、鈴仙は何も返せない。

 鈴仙は一人の妖怪からいじめられはするが、それはしょせん戯れのような何かでしかない。

 友達がいない鈴仙と、一人の友達以外からはいじめられ続けたアリス。

 どちらがいいかなど一概には言えない。どちらも相応に辛い事があったのだから。

 「だからね、私は貴方を信じたいの。……もう、友達にあんなバカな事は言いたくないから。今度こそ、最後まで信じていたいから」

 「……? アリス、その言い方では、まるで……」

 「……そう、そのたった一人の友達に、酷い事を言っちゃった。今は後悔してる。だって、私はもうメリーに謝れないから」

 どうしようもない不幸な現象。回避する事はできたかもしれないが、結果は出てしまっている。

 そしてこの場所に落ちてしまい、もう二度と戻れないかもしれない。アリスはそれを理解しているのだろう。

 ――もう、大切な人に会えない。

 それはどれほど辛い事だろうか。どれほど悲しく、苦しいのだろうか。泣き叫びたいだろう。こんな現実から目を逸らしたいだろう。

 それでもアリスは前を見ている。

 強い、と。鈴仙は、素直にそう思った。

 人間は脆く弱いが、同時にとてつもない強さを得られると師が言っていたのは、この事なのだろうか。

 気付けば、口から言葉が溢れていた。

 「もう謝れないなんて事はありません」

 「鈴仙?」

 「私には何もできませんが、私の師匠は『天才』なのですよ。師匠であれば、アリスを元居た場所に戻す事ができるはずです。だから諦めないでください。その友達と、また出会う事を」

 鈴仙の言葉は無責任だ。自分には何もできない。人任せ。だけど戻す事はできるはず。だから諦めるな。要約するとこういう事だ。

 それでもアリスは、この無責任な言葉を信じた。

 どうしてなのかはわからない。他者の言葉などに一切耳を貸してこなかった自分が、なぜ鈴仙の言葉は素直に聞けるのか。

 アリスは気付いていなかったが、彼女はこの世界に来た時に死の恐怖を味わった。そしてその瞬間だけは素直になれたのだ。

 それがアリスに影響を与え、誰も信じないという自分だけの殻を、気付かぬ内に破っていた。

 アリスがその事に気付くのは、もう少し後の話だった。

 

 

 

 

 

 結局のところ、あれからは特に何のトラブルも無く、永遠亭というところに辿り着けた。

 だがアリスには、コレが本当に家なのか疑問に思った。

 石造りの家では無く、木で作られた家。こんなのは見た事が無かった。

 アリスが知っている建築物は、こちらの世界で言えば洋風のモノ。純和風の家である永遠亭に対して疑問に思うのも当然だった。

 「さ、入ってきてください」

 鈴仙は玄関かと思われるところに手を置くと、そのまま横に引いた。ガラガラと音を立てて開いた玄関の扉に驚くアリス。

 押し引きするタイプの扉しか見た事がなりアリスにとって、スライドさせて開く扉は見た事がなく、少し新鮮だった。

 まあ、あの時見た妖怪に比べれば、どんなものでもインパクトが薄くなってしまうのも仕方がなかった。

 アリスは玄関の扉を潜って永遠亭の中に入り、お邪魔しますと言ってから鈴仙に聞いた。

 「そういえばあれからは妖怪に出会わなかったけど、どうしてなの?」

 「そんなに頻繁には出会いませんよ。私たちは運悪く出会ってしまいましたが……それにこの事は先程も言いましたよ?」

 「え、そうなの? ごめんなさい、聞いてなくて……」

 「いえいえ、大丈夫です」

 ニッコリと笑って言う鈴仙に笑い返すと、もう一つ聞いた。

 「それじゃあ、もしもう一回出会ってたら、私たちはかなり運が悪いって事になるのかな?」

 「そうなりますね。でもそんなに運が悪い人なんて早々いませんよ。もし一日で数回も妖怪に出会って、更に容赦なく襲われるような人なら、多分日常生活すらまともに遅れないような日々を送っていると思いますよ」

 ……この瞬間、遠いどこかで幼き童がくちゅ、とくしゃみをしたのは、果たして偶然なのだろうか。

 「まあそんな人なんていないと思いますが。アリスもあまり気にしない方がいいですよ? 妖怪の対策なんて普通の人は持ち合わせていませんし。この事を考え続けていたら、その内発狂してしまいますから」

 どこか虚しい笑い声に、本当に発狂してしまった人を見た事があるのだろうか、とつい勘ぐってしまう。

 「玄関で立ちながら話すのもなんですし、せめて居間に行きましょう」

 入って下さいと身振りで示す鈴仙に、それもそうかと納得し、靴を脱いであがる。

 そのまま進む事少し、すぐに居間に着いた。どうやらこの家はそこまで広く無いらしい。

 鈴仙は「あまり広くしても意味がありませんから」と言っていたから、おそらくは数人程度しか住んでいないのだろう。アリスはそう判断した。

 居間の中にはテーブルと座布団、花瓶にアリスの知らない花が活けてあった。他にも茶色くて丸い、何らかのお菓子と思われるモノ――アリスは知らないが、お煎餅などだ――も置いてある。

 「師匠が帰ってきているか確認するので、座って待っていてください」と言っていた鈴仙に素直に従い、座布団の上に座り、待つ。少しして戻ってきた鈴仙はお盆を持っていて、その上にはお茶があった。

 「どうやら師匠は里の診察からまだ帰っていないようです。あ、コレをどうぞ」

 「どうもありがとう。いただきます。――アツッ」

 出されたお茶を飲んでみたが、それなりに熱かった。舌が少しヒリヒリとする。

 ふと鈴仙を見ると、苦笑していた。

 つい恨みがましい視線を向けると、更に苦笑を深くされた。

 「すいません、熱いですよと言う前に口を付けてしまわれたので……」

 「う……」

 確かに話を聞かなかったのはアリスの責任だ。

 恥ずかしくて赤くなった顔を隠すためにチビチビとお茶を飲むが、鈴仙にはバレバレだった。

 お茶は、とても美味しかった。

 

 

 

 

 

 お茶を半分ほど飲み終えると、鈴仙がお菓子と思しき何かを差し出してきた。

 「コレはお煎餅と言うモノで、お茶と一緒に食べるととても美味しいんですよ。ぜひ食べてみてください」

 差し出されたからには食べるしかない。

 アリスは少し緊張しながらお菓子を口元に持って行く。やはりはじめて食べる物を口に入れる時は、少し怖い。先程のお茶で失敗してしまったから、特にだ。

 「――ん!」

 それでも勢いよく口に入れ、歯で噛み砕く。触った感触通り少し硬いが、なんとか噛み砕く事はできた。

 味を確かめるように口を動かし、最後は喉から胃に流れるように飲み込む。

 不思議と、言葉が口から漏れていた。

 「……美味しい」

 「でしょう?」

 少し自慢げに言う鈴仙。俗に言うドヤ顔をしていて、耳も嬉しそうに揺れていた。

 どうしてなのかと首を傾げていると、鈴仙が答えを言った。

 「そのお菓子、私が作ったんですよ。色々と試行錯誤を重ねて作った自慢のお煎餅です。アリスも気に入ってくれて嬉しいです」

 確かによくよく見ると、一部のお煎餅は形が少し歪んでいる。とはいえそれもほんの少しだけであって、おそらく味は変わらないだろう。

 しばしの間、鈴仙と一緒にお茶とお菓子を食べて談笑していたが、そこでアリスの真後ろの襖が開いた。

 「鈴仙、私にもお茶とお菓子を――あら? その子、誰かしら?」

 アリスが後ろを振り向くと、そこには天女と見紛うほどの美しき乙女がいた。

 陽光を反射し煌めく黒髪は長く、腰まである。前髪は眉を覆うほどだが、それで彼女の美しさを損なうようなものでもない。むしろ『これ以外には考えられない』と思わせてくる。

 上半身はピンク色で、大きめの白いリボンが胸元にある。どうやら服の前を留めているのも同じく白色のリボンを複数つけている。

 袖は長く手を覆い隠してしまうほどであり、微かに見える白魚のような指先を見させないようになっていた。左袖には月とそれを隠す雲を、右そでには月と山か何かが黄色で描かれている。

 下半身は赤いスカートの生地の上に月、桜、竹、紅葉、梅と、日本の情緒を思わせる模様が金色の刺繍か何かで描かれている。

 鈴仙に比べれば露出は低い。だが、この人の視線を全てかっさらうような美しさの前では、余計な露出は返ってマイナスだと思わせた。

 だが、相手も逆にそう思っていた。

 ……目の前の少女は、将来相当な女性に育つだろう、と。

 お互いがお互いに見惚れているとは知らずに沈黙していたが、年上である黒髪の少女の方が早く我を取り返した。

 目の前の金色の少女が誰かはわからないが、鈴仙が客人か何かとしてもてなしている以上、下手な事はできないと思ったのだ。

 美しい手を袖から出しながら、黒髪の少女は言う。

 「自己紹介からしましょうか。私は蓬莱山輝夜。そこにいる鈴仙の主よ」

 「え、あ、はい! 私はアリスと言います。……じゃ、なくて、アリス・ラント・トレスフィア=セフィラトと申します。すいません、ファーストネームだけしか言わず……」

 笑顔を浮かべての挨拶に、アリスは立ち上がって手を取ると、上ずった声で返す。

 緊張しているのだろう。輝夜は笑顔を相手を労わるようなものに変える。

 それで緊張が解れたのだろう。アリスは握手していた手を離すと姿勢を正し、先程の態度が嘘のようにしっかりとした口調を出す。

 「申し訳ありません。もう一度名乗らせていただきますが、私の名はアリス・ラント・トレスフィア=セフィラトです。アリスが名、ラントが貴族名、トレスフィアが字、セフィラトは国名となっております」

 「……国名を背負っている、という事は、貴方はどこかの王族?」

 「はい。私はセフィラト王国の第三王女としてこの世に生を受けました。私にも貴族名があるのは、我が国では男の長子以外が国王になる事はほぼありえない、というのを示すためです」

 なるほど、それならこの服装も、気品溢れる態度にも納得がいく。むしろ王族であればこの程度は軽くやってのけなければ、王族として失格だろう。

 だが、輝夜の知る限りでは、セフィラト王国なるものの名前を一度も聞いた事が無い。

 「鈴仙、貴方はこの子をどこから連れて来たのかしら。外来人は里へ連れて行くのが一般的でしょうに」

 「それはそうなのですが……おそらくアリスは外来人ではなく、異世界人である可能性が高いのです」

 「異世界人?」

 眉を寄せる輝夜だが、この反応も仕方がない。

 輝夜とて異世界がある事くらいは知っている。だが実際に異世界に行った事は無いし、異世界から来た人間に会った事も無い。

 だが、異世界から来た()()()()()()……コレは、どういう意味なのだろうか。

 少し考えた輝夜は、もしかしたら、と思った事を言った。

 「まさか、アリスはこの世界に来るはずじゃ無かった……?」

 「はい。どうやらアリスは次元の裂け目か何かに落ちてしまったらしく……それでこんな場所に落ちてしまったのかと」

 「運がいいのか悪いのか……幻想郷に落ちてしまった不幸、鈴仙に出会えた幸運。どちらにしても、異世界に移動する時点で不幸なのでしょうけれど。わかったわ。私から永琳に頼んで、この原因を何とか探ってもらうから」

 「本当ですか!?」

 「ええ。……まあ、どちらにしろ永琳なら勝手に調べるとは思うけれど。『天才』すぎるというのも、考えものよね」

 あまりにも多くの事が簡単にできるせいで、すぐに終わってしまう。あまりにも多くの事を知り過ぎるせいで、調べる必要が無い。

 何より『特殊な人間』である自分達には、地獄のようなものだった。

 だからこそ永琳は知りたがる。自分でもすぐには解明できない課題を。

 「永琳に任せておけば大抵の事柄はどうにかなるわ。だからアリスは安心して待っていてちょうだい。……といっても、実際に見た事が無い人間を信用しろなんて言っても無理な話なのはわかっているから、しばらくはここに住みなさい。いいわね?」

 トントン拍子に進んでいく話をただ聞いているしかなかったアリスは呆然としたまま頷く。

 「それじゃあ、これからよろしくね?」

 「ここでの暮らし方は私の方でも説明しますので、わからない事はなんでも聞いてください」

 輝夜は少し悪戯っぽく、鈴仙は柔らかい笑みを浮かべる。

 こうしてアリスは、永遠亭にてコレからの日々を過ごす事となった。




と、いうわけで、まさかのシオンではなくアリスから始まりました!
どこぞの人形遣いと同じ名前なので変えようかとも思ったんですが……まぁ、少しだけ『不思議の国のアリス』と似たような状況なんでこのまんまにしました。
まぁ白兎を追いかけて穴に落ちたわけでもないんで、本当に少しだけしか似てないんですけどね。
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