最初の表現だけでここがどこかわかると思いますw
シオンは、この世界がなぜ『幻想郷』と呼ばれているのかをわかっていなかったと、この時、この瞬間、頭では無く、心で理解した。
「……………………」
言葉が、出ない。
目の前の光景に呆然としていると、少しだけ強い風が吹いた。
それによってシオンの長い髪が吹き荒れる。
同時に――目の前の『様々な花々』についていた花びらが空中に舞いあがり、その光景を更に彩る一助となった。
「――ッ!」
気付くと、シオンは涙していた。
なぜ、と思ったが、すぐに思い出した。
――姉が言っていた、あの言葉を。
姉はいつも、自分に対して言っていたのだ。絶対に叶わないだろう願いを。
――ねえ、シオン。
――いつか、二人で一緒にこの世界を見て回らない?
――この世界は残酷で無慈悲だけど、それでもきっと、綺麗な場所もあると思うんだ。
――約束、だよ?
結局守られる事は無かった、二人で交わした約束。それでもシオンは、その約束を信じた。いつかきっと、叶うんだと。無邪気に、ただ純粋に。――純粋すぎたほどに。
このままでは嫌なところまで思い出してしまう。そう感じてふと意識を戻すと、いつの間にかシオンは花畑を歩いていた。
もちろん花は踏まないように、きちんと土だけしかない場所を通っている。この土の感覚からして、おそらくこの場所は誰かによって管理されているのだろう。まあ、それはこの花々の状態から見てわかるが。
シオンは少しだけ後悔した。いくらなんでも、管理人の許可なくこの幻想的で美しい場所に土足で踏み入ってもよかったのだろうかと思ったのだ。
最悪、何か言う事を聞いてでも無断で立ち入ったのを帳消しにしようと思ったシオンは、この光景を目に、そして頭に焼き付けようとした。
大好きだった姉はもういない。それでも、たった独りであろうとも、かつて交わした約束を守ろうと。
しょせんはただの自己満足に過ぎない。それでもシオンは、そうしたかった。
シオンにはここにある花のほとんどの名前がわからない。そういった知識を持っていないというのもあるが――シオンがそう思っているだけであって、実際は紅魔館で花の図鑑を見て知っていたのだが、思い出そうとしなければ持っている知識など何の意味も無い――そんな事が気にならなかったのだ。
そんな風に周囲を見ていると、花畑の中に一本、そこまで大きくない木があった。それでもシオンの身長からすれば十分に大きい。
なんとなく、シオンはここで休もうと決めた。体力的にはまだ歩けるのだが、ただ本当に『なんとなく』休もうと思った。
木に腰掛け――ようとしたところで、シオンは木の根元に小さな、ここにある花々に比べれば取るに足らないであろう花を見つけた。
シオンは小さな微笑みを――それこそフランたちですらあまり見なかった穏やかな微笑みを浮かべると、一歩横にズレ、花を潰さないようにした。
例え小さな花であろうとも、一生懸命に生きているのだ。無慈悲に、それこそ残酷なまでに命を刈り取って来たシオンだからこそ、命の大切さを知っている。
(――単に、弱い存在の末路を知っているからかもしれないけど)
背中を木に押し付け、大きく深呼吸する。それだけで色々な花の香りを感じられた。
それから少しすると、シオンは自身がまどろんでいるのがわかった。武器も構えていないし、最低限の警戒すらしていない。命を狙われれば、そのまま殺されてしまうほどに無防備だった。
かつて姉と一緒に居た時のような温かさ。無意識の内にシオンは呟いていた。
「姉、さ――……」
危うい眠り。しかしシオンはそれに抗う事無く、その意識を闇に落とした。
その女性が幼き子供の存在に気付いたのは、必然だった。
彼女は花を操る能力を持っていた。それによって花の声が聞ける。つまり彼女は、この広大な花畑に存在するほぼ全ての事柄を把握できるのだ。
もちろん遠くにある花の声を直接聞くのではなく、伝言に近い形でここに伝えられる。広大な花畑の影響もあってか途中で情報が誤る時もあるが、それでも十分な武器だった。
その日も花に水をあげようと思った女性は、家の植木鉢に植えられた花の声を聞いた。
『――誰かがこの花畑に来たよ』
「それはここにとって害のある存在?」
女性は慌てた様子を見せない。彼女にとっては、そんなのは日常茶飯事だった。
人間の場合、大抵は花を盗みに来たといった理由なのだが、妖怪だとすればまた話は別。女性はその時によって対応を変えている。
どちらだろうと思ったのだが、予想に反して花は穏やかに言った。
『姿は子供。……どうやら、泣いてるみたい。理由まではわからないけど。今は君のお気に入りの木に寄りかかって寝てるんだって。とても穏やかに眠ってるみたい』
女性としては、この花畑に害があるのかどうかを聞いただけだったのだが、花はそれらの言及を避けている。
珍しい……そう思いながらも、花の話を聞いた。
『それと、彼は花を盗みに来たわけでも、まして傷つけるために来たわけでもなさそう。多分何らかの理由でここに迷い込んで、そのままあの場所に着いたって感じかな』
「つまり、現時点では何かをする必要は無い、と?」
『そうなるのかな。まあでも、多分気が合うと思うよ? 話に言ってみたら?』
そう言われて少し悩んだ女性だが、まあ、会うくらいはいいかと思い、立ち上がった。
「それじゃ、少し出てくるわね」
『言ってらっしゃい。言う必要は無いと思うけど、気を付けてね』
それには返事をせず、女性は背中を見せたまま手を振って、『彼』とやらに会いに行った。
あれから、どれほど過ぎたのだろうか。
ショボショボとする眼をこすり、意識をはっきりさせるシオン。そうしてから背筋をピンと伸ばしおく。別に体が凝り固まっているわけでは無いが、なんとなくそうしたかった。
「……コレから、どうしようか」
立ち上がって何をするか思い悩むシオン。
正直何も思い浮かばないのだが、かと言ってこのまま立ち去るのも気が引ける。
「――なら、私と少し話さない?」
「――!?」
ゾクリ、とした。とっさに後ろに振り返りながら少しだけでもと距離を取っておく。
その女性は癖のある緑の髪をしていた。珍しいどころではなく、普通人間が持っている髪色ではない。つまり――この女性は、人では無い可能性が高い!
そう予測するが、それでも観察は止めない。瞳はどうやら自身と同じく真紅の色。顔に関しては相変わらず綺麗だとしか言えないくらいに整っている。
服は白色のカッターシャツを、その上にチェック柄のベストを着ている。下はチェックが入った赤色のロングスカートをレースか何かであしらっている。
首元には黄色のりぼんをしていて、日を遮るためか、傘を差していた。普通なら、花を見に来た貴婦人にしか見えない。
だが――シオンには、そんな些事を気にしてはいられなかった。
「あら、どうしたのかしら。何か気になる事でもあるの?」
「――ッ……」
女性が一歩近づいてくるたびに、シオンは二歩下がる。
訝しみ始めた女性だが、ふとシオンの顔を見て気付いてしまった。
不自然に強張った顔。小さくカチカチと鳴っている、おそらくは歯がこすれている音。体も少しだけ震えている。これらが意味するのは一つだけだ。
つまり――恐怖している。この少年は、自身に恐怖している。
だが、なぜだろうとも思う。彼女は一見すると強大な力を持った存在には見えないのに。
一方、当のシオンは困惑していた。蛇に睨まれた蛙のように、体が動かなくなりそうになるのを必死に堪える事しかできない。
普通の人には気付かないだろう気配を、シオンは敏感に感じ取ってしまった。
――この、圧倒的強者が纏う雰囲気を。
目の前の女性がどれだけ強いのかはわからない。しかし、おそらくはレミリアとフラン、この二人を同時に相手取るよりも、この女性の方が強い。そう確信できる。
けれど、たったそれだけで体が動かなくなるはずがない。自分よりも格上と戦うのには慣れている。その、はずなのに……
(どうして、体が重石をつけられたみたいに動かないんだ!?)
無意識の内に、シオンの体が不自然な体勢になっていく。
シオン自身は気付けない。だが、目の前の女性は気付いた。
同時に、目の前の少年の実力も理解した。
シオンが取っていた体勢は、戦うか、それとも逃げるか――そのどちらにも対応できる構えだったのだ。
愚かな選択だと、気付いてしまえばシオン自身でもそう思うだろう体勢。
何せこの構えは、どっちつかずの状態でもあるのだ。
戦う事を決めたわけでも、ここから逃げると決めたわけでもない。そんな中途半端な体勢では、本来の力など出せるはずがない。
それでもどうしようもなかった。
――勝てない。
どう足掻いたとしても、自身が勝てるとは思えない。『予想』できないシオンが、肌で感じ取った『予測』だ。
逃げても途中で殺されるだろう。逃げるのにも相応の実力がいる。ここまでの相手から逃げ切るには、最悪でも腕の一本くらいは覚悟しなければ話にならない。
(無理だ。無理だ無理だ無理だ無理だ――! 勝てない、逃げられない。どうやってもここで死ぬ事しか考えられない!!)
普段のシオンはここまで弱気にはならない。無理無茶無謀だとわかっていても、最後まで足掻くはずなのに。
そして――ふと、気付いた。
(俺は……死にたくないと、思ってる、のか?)
ずっと死ぬ事だけを願っていた。復讐してやると誓っていても、そんなのは生きるために縋っていただけのハリボテだ。
なのに、今、自分は死にたくないと、そう心の奥底から願っていた。
理由など、すぐに思いついた。
(フランと、約束したから。『もう一度会いに行く』って。だから例え無理だとしても!)
いつの間にか、震えなど治まっていた。いいや、震えてなどいられなかっただけだ。
ここで、死ぬわけにはいかないと!
シオンは目の前の女性に対して、どう一矢報おうかと考え始めていた。……大前提として、まだ戦うかどうかも定かではないというのに。
女性は、シオンのそんな姿を黙って見つめ続けていた。
どこからどう見ても人間だ。自身に怯え、小さく震えている子供。だが、今の幼き童からは、そんな事は感じなかった。
――人外の獣。
油断すれば、食われる。そんな錯覚を与えてくる。
ドクン、ドクンと血が騒ぐ。戦闘狂として、何より妖怪として戦えと。
抑えきれなかった笑みが漏れる。
「――ッ!?」
咄嗟に後ろに下がった少年に、一つ聞いた。
「――貴方、名前は?」
「……シオン。それだけ」
「そう。私は風見幽香。……もう、我慢できないわ」
日傘を閉じ、それをシオンに向ける。
シオンは、悟った。殺し合いが始まるのだと。
「――共に、踊りましょう!」
振り下ろされた傘が地面を砕くと同時に、二人は踊る。
砕かれた地面の破片がシオンに襲い掛かる。
大小様々な破片は容赦なくシオンの体にぶつかろうとするが、その前に跳びあがり、大きい、あるいは小さな岩を足場にして空へ――飛ぶ。
そう、跳ぶのではなく飛ぶ。シオンは気や魔力によって空に浮かぶ方法を学んでいた。
だがやはり初心者。超高速戦闘を行えるほどに熟達してはいない。それでもパッと見ではかなりうまく見えるのだが――幽香からすれば、お粗末すぎた。
「上手に飛べないのなら、最初から飛ばない方がいいわよ!」
「それくらい、わかってるさ!」
幽香は傘を振り上げながら飛びあがり、それを思いきりぶつけてきた。
シオンは黒陽と白夜を呼び出し、それを受け止める。
技術もクソも無い力任せの一撃によって錐もみしながら吹き飛ばされるシオン。何とか一部を受け流す事はできたが、衝撃は腕に残っている。
ビリビリと痺れる腕を無視して、シオンは白夜の空間固定化で足場を作り、跳ぶ。
直角に、そして極稀に空を飛んで曲線で動く三次元的な移動をしながら幽香に接近する。上下左右を移動するシオンを眼で精確に追う幽香だが、自らの勘に従って真下に傘を振り回した。
「――っち!」
白夜の力で空間を移動していたシオンは剣を交差させて鍔迫り合いに持ち込む。跳んでいた時の勢いを利用して持ち込んだ強引なやり方だ。長くはもたないだろう。
「どんな勘をしてるんだよ貴方は!」
「貴方こそ、自分が飛べないのをカバーしていたじゃない!」
面白い、面白い、面白い! それだしか幽香の頭は叫ばない。特別な力を持った人間はいる。だがこうやって真っ向勝負で幽香の力を受け止められる人間はほとんどいない。それが珍しくて、楽しかった。
「さぁ、もっと遊びましょうか!」
「……! こっちは命がけなのにな!」
一撃一撃が重過ぎる。美鈴は元より、パワー重視のフランよりも遥かに。
しかも隙が無い。傘を滅茶苦茶に振り回しているのに、隙と呼べる隙が無い。いや、隙はあると言えばある。それらが全て次の攻撃には隙ではなくなるというだけで。
どれだけの戦闘経験を積んでいるのだろうか。
シオンのアドバンテージは人外染みた技術と年に似合わぬ圧倒的な戦闘経験。
その内の一つが潰された今、シオンに抵抗するだけの力は、無い。
「これでどうだ!」
いくつかの布石を残すように斬るシオン。
最後に袈裟懸けに振り下ろされる傘を受け止める。普通ならばコレで終わりだと思うだろう。しかしシオンの本命は次。
「『同一化』、黒陽!」
ボコリ、と黒い刀身から液体が零れ落ち、左足を覆い尽くす。左足に黒陽の力を纏わせて、一時的に神獣の左足を作り上げる。同時に真上から重力球を作り出し、そのまま幽香にぶつけようとする。
暴走し、神獣化してからも修練して、何とか一部分を限定的にだが神獣と化す事ができるようになった。同時に黒球を使えるようにできるくらいには。
しかし妖怪に対して最も有効であるはずの神の力をいともあっさりと片手で受け止められ、黒球も消し飛ばされた。つくづく規格外。シオンが人間という枠から外れているのであれば、幽香は妖怪という枠から道を踏み外している。
「くっそ――が!!」
相手は片手なのに、こちらは両手で受け止めなければならない。理不尽すぎる。
神獣化した足を解こうとするが、ギリリと足を握り締められているせいでできない。解いた瞬間砕かれるとわかっているのに解けるはずも無い。
「離せ!」
「離せと言われて離すバカがいると思うのかしら?」
「だったら――!」
傘を受け止めていた片方の剣、白夜に
キイイイイィィィィィィィ!と響く音でそれが何かわかったのであろう幽香は目を見開くと、シオンを投げ飛ばした。
途中まで発動させていた技をとめる事ができず、投げ飛ばされたままシオンは白夜の力を森に向けて放った。
「白の――斬撃!」
途中にあった木々を薙ぎ倒すのではなく、『余波を出す事無く真っ二つ』にする。斬撃を受けてしまった運の悪い木はあったが、それでも余波によって吹き飛んだ木は無かったためか、森には然程の被害はでなかった。
それでもシオンは苦い顔をする。他の事柄を心配している場合ではないのだが、別にシオンは無関係な人間や物を巻き添えにする事をよしとする人間ではない。
少し前であれば別だっただろうが――やはり、フランたちとの触れ合いが、シオンを変えたのだろう。
幽香の方も森にあった花を思うと心が痛んだ。花に対しては無類の優しさを持つ幽香だ。気にしないわけがない。だが、それでも、この戦いを楽しむ事に全力を注いでしまう。
あれほどの力を持った人間と遊べるなど、滅多にないのだから!
「――もっと、もっと楽しみましょう! こんな楽しい時間、早々無いんだから!」
「うるさい!」
幽香はシオンへと、牽制の意味も込めた弾幕を撃ち始める。この戦いが始まって、コレが最初の遠距離技だった。その間にも傘と剣は交差する。
近接で戦いながらも遠距離での攻撃を行うという矛盾。だがそんなのはおかまいなしに二人の力は交わる。シオンの武器が弾幕を消し飛ばし、幽香の弾幕がシオンの武器を砕く。だが肝心の本体には一つも届かない。
そうして弾幕を制御しつつも剣と傘をぶつけ合う。
「その傘、どんな材料を使ってるんだよ!? いくらなんでも硬すぎるだろ!!?」
黒陽と白夜はそれこそ『何でも』切り裂く。戦車などに使われているダングステンだろうと一刀両断できるほどに。
しかしこの傘には罅すら入っていない。本当の意味で硬すぎる。
「あら、この傘は『外見上は』傘に見えても花なのよ? 勘違いしてもらっては困るわ」
「――は?」
驚愕の一言にシオンの動きが一瞬止まる。その隙を逃さず、幽香は傘の先端で突く。
とっさに空間固定化を使い、固定化した空間を肘で殴り、反作用の力で回避する。少し力を籠め過ぎたせいで肘が傷んだが、気にしてはいられない。
「……花があんな強度? 色々おかしいだろ……いや、おかしいからこそ『幻想』郷なのか」
どの道アレがなんなのかわかってもどうしようもない。どうせ壊せない事には変わりないのだから。
再び交差する影。途中途中でフェイントを混ぜるが、それすら無意味と化す豪快な一撃で全て消し飛ばされる。
風が裂かれる。見当違いの方向へと向かった一撃が空を吹き飛ばす。下手をすると山すら消滅させるエネルギーが二人の間には存在した。
何回斬り結んだのかすらわからない。致命的な一撃はもらわなかったが、シオンの腕は限界が来ていた。元より無茶だったのだ。幽香ほどの腕力をもって放たれた一撃を受け止める事など。
それは幽香にも見てわかる。ガクガクとしてまともに動きそうに見えない腕。握力が無くなってしまったのだろう、今にも手の中からスルリと落ちてしまいそうな剣。
足の方も限界だった。右足はともかく、何度も神獣化させた左足は肉も、骨も、何もかもがグチャグチャになったのかと錯覚するほどだ。
それでもシオンは諦めていない。眼を見ればわかる。わかるからこそ――幽香の興奮は治まらない。
まだ遊べる、まだ楽しめる――まだ戦える!
そう心が叫ぶ。
「どうして――」
「?」
唐突に聞いてくるシオンに、幽香は動きを止める。
小首を傾げる幽香に対して、シオンは激昂した。
「――なんで笑っていられる! 貴方には痛みが無いのか!?」
――そう、幽香はただ、笑っていた。
ずっとだ。この戦闘中、ただの一度も笑顔を途絶えさせる事は無かった。
シオンは一撃たりとも喰らわなかったが、幽香には何度か攻撃を入れた。なのに笑顔をやめる事は無かったのだ。
シオンにとって、それは不気味にしか見えなかった。シオンが今まで戦い、接した人、あるいは妖怪は、痛みを与えれば相応に顔を歪める。理性が無い妖怪であろうとも、だ。
なのに、どうして。
そう疑問に思うシオンの前に、幽香は一言だけ、告げた。
「だって、楽しいじゃない」
「楽、しい……!? 殺し合い、が?」
「ええ、そうよ。私は少し長く生き過ぎているの。だから、そのための暇つぶしとも言える行為が、戦闘なの」
「つまり……殺し合うのはその結果であって、楽しければなんでもいい、と?」
「まあ、そういう事になるのかしら?」
本当は違うのだが、幽香は訂正しなかった。
幽香は、気付いていたのだ。シオンが未だに――
戦っている最中に注視して気付いた。シオンの内に内包されている気と魔力の総量に。
そして――シオンが、
だからこそ、シオンの逆鱗に触れるであろう言葉を、認めた。もっと、全力で戦いあいたいがために。
そして、それは正しかったのだと、幽香は理解した。
「――す。叩き潰してやる!」
シオンは牽制のために魔力を用いて剣、槍、矢などといった、とにかく当たれば何らかのダメージを与えるであろうものを生成する。
それらは一瞬で数千、あるいは数万を超え、更に増え続ける。
洒落になっていない量を前に、しかし幽香は笑みを深める。
「これでも喰らってろ!」
大量の――それこそ花畑全てを埋め尽くす魔力の武器を幽香に放つ。
その間にシオンは魔力糸を使って数メートルを超える魔法陣を目の前に作成。そこに自身の手を押し付け、本来規定されていない量を無理矢理注入する。
それらは魔法陣という『器』にたまる。シオンの膨大な魔力を、その中に。だが、いずれは限界を迎えるだろう。それでもシオンは魔力を注ぎ続ける。
幽香もシオンの細工には気付いていた。しかし、シオンは何をするのだろうか――そう思い、何もしなかった。
舐められているのはわかっていたシオンだが、形振り構ってなどいられない。どの道この技を使うには、数秒のタメがいるのだから。
「
魔力を受け入れる器の限界を迎えた魔法陣に、刹那のタイミングを見極め、今まで注ぎ続けていた魔力の更に数倍を瞬間的に無理矢理注ぐ。
そして遂に魔法陣は壊れ、それを形作っていた魔力は前方に向かって
要は散弾銃の原理を元にしているのだ。ただし、シオンはその肝心の部分である散弾銃の仕組みを
シオンが知っているのは、分散して襲い掛かってくる銃弾は恐ろしい、という、その一点だけなのだ。
この技を作る前に、シオンはパチュリーになぜ失敗した魔法は爆発するのかを聞いた。
パチュリーから聞いた話を纏めるとこうなる。
失敗した魔法が爆発するのは、それを失敗したせいで魔法が発動できず、その結果残ってしまった魔力が行き場を無くして暴走するせい。つまり指向性を持ってないが故に爆発してしまう、との事だ。
ならば、その『指向性を無くした魔力』を『どこかに向ける』事ができればどうなるのか――シオンはそう思い、そして試してみた。
結果は目の前の――それこそ極太のレーザーの如き大きさを持った魔力の塊の大群を見れば、言うまでもなかった。
勿論そう簡単に使える技ではない。まずあらかじめ暴走させる事をシオン自身が心に留めておかなくてはならない。
次に魔法陣の大きさを決める。コレは魔法陣の大きさによって籠められる魔力の最大量が変わるため、一秒の隙が命取りとなる戦闘では例え一センチ、いや一ミリ以下であろうとも誤差は許されない。
最後に、魔法陣が決壊する寸前に今まで籠め続けた魔力量の数倍から数十倍を魔法陣に注ぎ込む必要がある点だ。
コレにはいくつか問題点があるのだが、その最たるものとして思い至るのは『それを失敗した場合のリスク』だ。シオンはあくまでこの魔法を『暴走し爆発するはずの魔力』を前方に撃ちだしている
そう、シオンは一度試し、そして失敗した。魔力量が小さかったからよかったものの、もしもある程度の魔力を籠めていれば――シオンの体なぞ、簡単に吹き込む。
この魔法は、魔力を籠めれば籠めるほど失敗した時の爆発の大きさは加速度的に増していく。それでも費用対効果を考えれば、この技は強い。
(コレが効かなければ打つ手はほとんど残ってない。……当たってくれ!)
分裂した魔力の砲弾はシオンには制御できない。暴走したものをそのまま利用しているのだから当たり前といえば当たり前だが、技として使う以上、当たらなければ意味が無い。
何とか砲弾の向きを確認し、このままいけば幽香に当たると確信する。
だが――本当に、このままうまくいくのだろうか?
そう思い、油断せずに幽香を睨みつける。
幽香は、ただ、笑みを浮かべていた。楽しそうに、そして嬉しそうに。
傘を持った手を前方に向ける。そして、自身の技の名を呟いた。
「マスタースパーク」
傘の先端から、極大の妖力を纏った閃光が迸る。それはシオンの陣壊分裂とぶつかり、拮抗し、そして――そのまま貫いた。
「コレでも無理なのか!?」
驚愕しながらもシオンはマスタースパークを止めるために再度魔法陣を作る。あの速度では回避するよりも先に当たるとわかってしまったからだ。
一秒以下で完成する魔法陣と、数秒の展開を要する白夜の空間転移では、あまりにもタイムラグがありすぎる。
何とか魔法陣を完成させ、魔力を注ぎ、防御するシオン。しかし籠められた妖力が余りにも多すぎるマスタースパークは、パリィィィィン!! という儚い音を響かせ、魔法陣を破壊した。
「―――――――――――――――――――!!!」
シオンのその小さな体を、極大な妖力の閃光に飲み込まれた――。
……段々シオンの技が自滅に近いモノばっかりになってきちゃいました。
一応自滅技以外もあるのですが……近い将来出る、としか言えませんね。