東方狂界歴   作:シルヴィ

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シオンの方の戦闘に気を取られすぎて昨日急遽完成させました。
そのせいで1万文字超えず、8500文字程度に。
なのでいつもより少なめです。


Sideアリス/天才たる所以

 アリスが輝夜からここに住んでもいいと許可を出されてから、既に三日目。

 本来であればアリスが来たその日に帰ってきていてもおかしくはなかったのだが、どうしてか永琳は帰ってこなかった。

 とはいえ何かしらの理由があるだろう事は想像できる。どこかに寄り道するような性格ではないと輝夜は知っていたからだ。

 だがそれをアリスに強要する事はできない。元の世界に帰りたいと最も望んでいるのは彼女なのだから――そう思っていたのだが、予想に反してアリスは普通だった。いや、少し楽しそうにも見えた。

 輝夜の予想は当たっている。アリスは今、とても楽しかった。自身を追いつめるほどの魔法を扱う修行をする必要が無い。他者から見下され、害される事も無い。そして……いつも自らに纏わりついて消えなかった重圧(プレッシャー)も無い。

 ただただ『アリス』という個人でいられた事が嬉しかった。

 ちなみにその三日間が経つ合間に、アリスはもう一人の妖怪兎と出会った。

 鈴仙曰く「この迷いの竹林の主であり、その全てを把握している唯一の存在」だそうだ。鈴仙が言っていた『彼女』とやらがこの人物なのは間違いないだろう。

 その時の事はよく覚えている。大量の兎に命令を下す彼女の、仙人のような姿を。命令を下し終えた途端に雰囲気が変わり、耳などを除けばどこにでもいる少女のようになったのも。

 癖のある短めな黒髪にふわふわなウサミミともふもふな尻尾を持つ。コレに関しては直に触った――もちろん許可はもらってから触れた――アリスが言うのだから間違いない。

 服は薄い桃色の、裾に赤い縫い目のある半袖ワンピースを着ている。「冬でもこの恰好」でいるとは本人談。おそらくは本当なのだろう。

 アリスは知らないが、靴を履いていたり裸足だったりと、少し気紛れなところもある。コレは本人の性格によるところだろう。

 流石は妖怪――妖獣とも言うらしい――と言うべきか、アリスの視線に気付いたらしい。最初は少しだけ警戒していたようだが、名を名乗ると警戒を解き、自己紹介をしてきた。

 「あたしはてゐ。因幡てゐよ。一応鈴仙の部下って扱いにはなっているけど、あたし個人は部下として認めてないから、そこはよろしく。後、兎を見下す発言をしたら――後悔させてあげる」

 彼女は地上に住む普通の兎、妖怪の兎問わずそれらのリーダー的存在であるらしい。実際先程の光景を見たアリスはその言葉を疑う事無く頷いた。

 どの道頷く以外の選択肢も無い。この世界からすれば、アリスは異分子でしかない。今までの常識が通じない以上人間と関わるのも最低限にした方がいい。

 「じゃあね」

 考え事をしていた間にそれだけ言って去って行くてゐ。追いかける理由がなかったアリスは、てゐが竹林を駆けて行くのを見送った。

 それ以降てゐとは会っていない。鈴仙が言うにはその方がいいらしい。原理はよくわからないのだが、どうやら鈴仙は他者の波長を見れるらしく、その波長でその人物の気が長いの短いのかがわかるようだ。それでわかったのは、てゐは兎の中でも飛びぬけて短いらしい。要は感情の移り変わりが激しい。下手に藪を突いて蛇を出す確率は低い方がいいと、出会っても最低限のやり取りですませるように念を押してきた。

 アリスにはよくわからなかったが、長い間てゐと接してきた鈴仙にしかわからない事もある。だからアリスも素直に頷いた。

 他にも技術の違いに驚いた。料理の仕方、お風呂の入り方の差異。そして体を洗うのに使っている物も此方の方が良い物だとわかる。他にも「てれびげぇむ」などと言った娯楽も輝夜がやっているのを見た。

 多分、その時からだろうか、輝夜ははじめて会った時とは違い、どこか怠惰な雰囲気を纏っていた。

 鈴仙に話を聞くと、どうもこっちが通常らしく、あの時は外面用を見せていたらしい。おそらくずっと外面用の雰囲気を纏うのを面倒だと思ったのだろう。それと元々の性格故にあの状態になるのも億劫とのこと。

 コレにはかなり驚いた。あの洗練された動きは一朝一夕で出来る事では無い。つまり長期間の指導が必要なはず。それに使わない技術は錆び、朽ちていくはずなのにそんな気配は無かった。流石におかしい――そう思い始めたアリスだが、元々この世界の存在はアリスの常識からすればおかしいのだ。何時の間にか考えるのを止めていた。

 そんな事もあった三日目の夕方。ようやく永琳と呼ばれる人物が帰って来た

 

 

 

 

 

 帰って来た永琳を出迎えたのは、何時もとは違い、彼女の主である輝夜だった。

 「今回は遅かったようだけど、何かあったの? 確か一日もかからない仕事だったと私は記憶しているのだけれど」

 「ええ、まあ本来の予定ではそうだったけど、何やら妖怪の毒に侵された方や、急遽帝王切開をする必要がある妊婦が現れたりと色々あって。それでこんなに遅くなったのよ」

 「貴女に任せればほぼ何でも解決してしまうものね。頼られるのもよくわかるわ」

 今回は色々な事が重なってしまったが、コレは何も珍しい事では無い。以前はコレよりも酷い状況に陥った事はあるし、似たような事もあったからだ。

 そこで永琳は輝夜の後ろに九歳程度の少女の姿を見た。同時に、彼女も此方を認識したらしい。

 永琳の外見は輝夜に負けず劣らず美しかった。

 長い銀髪を三つ編みにし、前髪は真ん中分け。

 左とは青色、右は赤色で色の別れている特殊な配色のツートンカラーの服を着ている。スカートは上の服とは左右逆の配色だった。袖はフリルの付いた半袖。色合いを除けば、どこか中華的な装いだ。頭には青色のナース帽――十字部分は赤色なので、服と同じくツートンカラーだ――を乗せている。ところどころに金色の何かが付けられていてるが、それが何なのかはわからない。

 コレらは一応星座を現しているのだが、星の配置などわからないアリスには理解できなかった。

 そんな彼女の姿が何なのか疑問に思っていると、あちらの方が先に口を開いた。

 「彼女は……?」

 「ああ、この子は竹林に居たところを鈴仙が保護したの」

 「そうなの……貴方、名前は?」

 体を屈め、目線を少女に合わせる永琳。こういった細かな気遣いができるからこそ人気が出るのだろう。

 「私はアリス・ラント・トレスフィア=セフィラトと申します。あの、貴女様が鈴仙や輝夜様――いえ、輝夜、さんの言う、八意永琳様ですか?」

 咄嗟に輝夜さんと言い換えたのは、その輝夜本人から睨まれたせいだ。前に「貴方から輝夜様と言われると背筋が痒いからやめて」と言われたのを無視したからだろう。

 その光景は永琳にも見えたらしく、輝夜がこうもあっさりと猫を被るのを止めたのを意外に思っていた。アリスが幼い少女なのもその一端を買っているのかもしれない。

 アリスが輝夜の視線にたじたじとなっているが、永琳は礼儀として言葉を返した。

 「そうよ、私が八意永琳。ここ永遠亭の主である輝夜の元家庭教師をしていた事があって、今は幻想郷の医者をやっているわ」

 他にも色々とやってはいるのだが、特に言う必要も無いだろう。

 「ねえ永琳。アリスの事情はちょっと特殊で、実は――」

 「――あら? 貴方、ちょっと動かないでね」

 輝夜の言葉が聞こえなかったのか、意識せずに遮ってしまう。しかしそれに気付かない永琳は懐から何かに覆われたレンズか何かを取り出した。

 それを片手で持って左目に付けると、どんな原理かそのまま引っ付いた。一度見たメガネとやらであれば耳に引っ掛ける事で落ちるのを防いでいるが、コレには何もない。不思議だった。

 目の前の不思議な物体に注視していると、突如永琳が両手でアリスの頬を触り、そのまま顔を近づけた。

 「え、永琳様……!?」

 「動かないで」

 まるでキスするかのような体勢に陥りパニックになりかけたアリスをピシャリと静止させる。恥ずかしいという気持ちは薄れていないが、永琳が他の何かを目的としてこんな体勢にさせているのはわかる。何とか逸る気持ちを抑え、動きを止めた。

 「ありがとう」

 小さく礼を言うと、永琳は右目を閉じてアリスの体を診始めた。

 本来片目を閉じて物を見るのは視力の低下や物を立体的に見れないなどといった事が起こるのだが、今回は短時間、それにアリスの『中身』を見るのが目的だったため、片目にしたのだ。

 「……魔力の流れが普通とは違うわね。それにDNAの構成物質も似通ってはいるけど違うところが多い。月人、里、外来人、そのどれとも違うという事は、つまり――」

 ぶつぶつと何事かを呟く永琳の言葉は、前半の魔力の流れという部分だけで、DNA以降は理解できなかった。

 その後も何か言っていた永琳はおもむろに立ち上がると、輝夜に向けて行った。

 「輝夜、もしやアリスはこの世界の人間では無い可能性が高いのでは?」

 「……え?」

 あっさりと正解に辿り着かれたアリスは驚いたが、輝夜からすればもう慣れた事、すぐに返すことができた。

 「私たちの判断ではそうなっているわね。ただ本当かどうかはわからないし、仮に本当だとすればアリスを元の世界に戻す方法は永琳にしかわからないわ。だから――」

 「とにかく研究してみなさい、という事ね。とりあえずいくつか思い付いた事を一つずつ検証してみましょうか」

 「え? え?」

 「いくつか、ね。それは具体的にどんな?」

 「異星人か異世界人か。この二つが最有力候補ね」

 「あぁ、なるほど。アリスのDNA情報が私たちと違ったとしても、それだけで異世界人だと決めつけられるわけじゃなかったわね。早計すぎたわ。この宇宙にはそれこそ無限とも言える広さがあるのだし」

 「え? え? え?」

 「とはいえ、現時点では異世界人である可能性が高いのに変わりはない。一概にそうとは言い切れないけど、そこは結果次第と言う事で」

 「それなら早めに結果を教えてちょうだい。アリスは友達と喧嘩したままこの世界に来たらしいのよ」

 「言われるまでもないけれど、それを聞いてしまえばもう遠慮する必要はないわね。永遠亭の家事や里の置き薬、医療の関係については多少迷惑をかけるけれど、我慢して」

 「その点に関しては頼む前からわかってる事よ。……どっちにしろ、貴方なら他の事を並列に処理しながらやるでしょうし。じゃ、頼んだわよ」

 「わかったわ。アリス、貴方にもいくつか手伝って欲しい事があるから、着いてきて」

 「…………………………え?」

 茫然としたアリスを置き去りに、打てば響くような応答。それが終わったと思えば、着いてきてと言ったのにも関わらず永琳に腕を引かれて引きずられるように移動していった。

 

 

 

 

 

 

 移動した先はよくわからない物が大量に置かれた場所だった。

 何となくだが、ここが何らかの実験場か何かだと思ってしまった。

 「それじゃ、サンプルとして一応血液とかそういった物を採取させてもらうけど……体調の方は大丈夫かしら。大丈夫なら腕を出して欲しいのだけど」

 「え、はい。でも……」

 「でも?」

 ギュッ、と腕を掴むアリスの反応に訝しむ永琳。

 無理矢理なのは嫌なのだけれど、と一つ溜息を吐いて、アリスの腕を引っ張り、『五月にしては長すぎる袖』を捲った。

 はじめて会った時から不思議だった。幻想郷は冬は寒いが、それが終わるとすぐさま暖かくなり始める。別の星、あるいは世界から来たアリスの格好は暑すぎると言ってもいいくらいには。

 とは言え幻想郷内には夏だろうと冬だろうと、一年通してそのままの格好をしている人物はそれなりに多い。だからこそ気にしてなかったのだが、この反応からするに、それ以外の理由があるのだろう。

 そして今、アリスが長袖の服を着ていた原因が後者だとわかった。

 腕に刻み込まれた長い傷跡。確かにコレを見られたいとは思わないだろう。女の子であればなおさらだ。

 「……この、腕……もう片方もこんな感じなのですが……どうにか……なりませんか?」

 泣きそうな顔で、泣きそうな声で言うアリスに、しかし永琳は答えないまま立ち上がる。

 そして何かが大量に置いてある棚に歩み寄ると、ガサゴソと探し始めた。

 数分後、永琳はその手の中に一つの小瓶を持っていた。

 「貴方の傷はそれなりの時間が経過していて、普通の治療じゃ一生残る傷痕になるわ」

 「……そう、ですよね」

 「でも、私なら傷を塞ぐ方法があるのを知ってる」

 そう言って小瓶の蓋を取り外し、中にあった物を見せる。

 中にあったのは、赤い、紅いクリームか何かだった。

 「コレは塗り薬の中でもかなり効果が高い物よ。効能は保障する。でも代わりに酷い熱を感じさせてくるから、生半可な覚悟でやると後悔するわ。なにせ、傷が塞ぐまでの数日間、常に火傷を負っているようなものだから」

 それでも、塗る?

 そう問いかけてくる永琳に、アリスは悩む間もなく即座に頷いた。ここで迷っているようでは覚悟が無いと思われる。どの道今まで辛い経験ばかりしてきた。その中の一つが増えるだけだと。

 永琳は頷いているアリスを見て、若さゆえの愚かさを感じた。

 (彼女は『想像を絶する痛み』を経験した事があるのかしらね。泣き叫ぶくらいは別に構わないけれど……それが恨みや憎しみにならないのを祈ろうかしら)

 だがその前に、やるべき事はやらなければならない。

 「塗る前にまずは採血させてもらうわ。少し痛いけれど、我慢して」

 「はい」

 台の上に腕を乗せ、血管を浮かび上がらせるために腕に駆血帯を巻かれる。それから注射器の針を腕に押し付けられる。少し怖かったが、予想に反して痛みは無かった。

 コレは永琳の腕の高さによるものだろう。どれだけ慣れている人間がやっても、多少は痛みを感じさせられる。

 加えて、永琳は薬などを一切使わず、一時的に腕の感覚を麻痺させたりといった医療には直接関係ない特殊な技術を学んでいたりするため、患者に痛みを感じさせない事ができる。まあこの方法は余程痛覚が高い人間にしか使わないが。

 患者としては痛みが無い方が嬉しいし、医者としては痛みのせいで何か喚かれる心配が無くなるため、どちらにも有益なのだ。

 採血が終わると駆血帯を取り、今度は細胞の接種に移る。とはいえ別にそこまで面倒な手順は必要ない。綿棒などで口内を撫で、それに付着した物を使うだけだ。

 「今必要なのはコレだけね。それじゃ、塗るわよ」

 「……お願いします」

 アリスの両手に、柔らかく、そして清潔なタオルを両手に握らせ、先程採血する時に使った台の上に左腕を乗せる。

 それから、素肌で触るのは爪の間から体内に入ると危険だからと手袋をつけた。

 そうしてクリームを適量取り、それを均等に、なるべく傷痕にのみ塗り込む。

 「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッッ!?」

 声にならない叫びを堪え、アリスは腕を振り払わないように固定する。代わりにタオルを握り潰すくらいに手に力をこめた。

 永琳が何かで腕を固定しなかったのも、タオルを持たせたのもこのためだろう。

 もし痛みに耐えきれずに腕を振り払うのなら、それで終わり。アリスの覚悟はその程度だったという事だ。だが仮に耐えるのであれば、別の場所に力をこめる。基本的には両手だろう。だからタオルを持たせた。爪で手を傷つけないために。

 試されている。だが最初にお願いしたのはアリスだ。永琳はそれに応えたにすぎない。

 (恨みを向けるのはお門違い……むしろ、こんな浅はかな判断をした自分が馬鹿だった!!)

 そう、選択したのは自分。この痛みを受けると言ったのも自分。

 ならば、耐えるしかないッッ!

 クリームが塗られていく度に痛みを感じる場所が増える。

 痛い、苦しい、熱い、気持ち悪い。

 今すぐ腕を振り払って水でクリームを落としたい。そうすれば楽になれる。この終わらない苦痛から解放される。

 そう自分の弱い心が泣き叫ぶ。だけど、耐え続けた。必死に堪え続けた。

 「……左腕は、終わったわ」

 そんな言葉さえ、歪んで聞こえた。

 

 

 

 

 

 クリームを塗られた本人であるアリスには、塗り終えるまでに数時間にも感じたが、実際には数分間しか経っていない。

 それでもアリスは『やめて!』という類の悲鳴を、ただの一度も漏らさなかった。

 普通、子供はここまで強くは無い。大人でも泣き叫ぶような事を、子供にやれと言われてもできるはずがないからだ。

 だがアリスは耐え切った。体は幼いが、心は大人よりも遥かに強い。

 まあ、永琳からすれば、よくやれる、と思うくらいだった。

 心が通常よりも強い人間は、探せばよくいるものだ。単に珍しいだけで。

 どちらかというと――この幻想郷にいる、大妖怪相手にまともに戦える人間の方が珍しい。そんな人間は本当に滅多にいないが。

 「……数日間は、両腕とも液体に浸さないでね。クリームが液体に浸透すると、今度は一部だけじゃなくて腕全体にクリームが塗られるような状態になるから」

 しかも効果自体は下がってしまうため、結果として苦痛を感じる時間が延びる。この苦痛を早く終わらせたいのなら、不衛生であっても風呂に入るのはオススメできない。

 「は……ぃ。わか、り、まし……ッッ!?」

 声にならない叫び声。視界は涙で一杯になり、まともに前を見れない。苦痛のせいで並行感覚も狂っているため、立ち上がれもしない。

 「……鈴仙を呼んで来るわ。そしたら布団に運んで、そのまま寝ていなさい」

 「は、ぃ」

 そう言った永琳はアリスの首に手をかける。その刹那、アリスの視界は暗転した。

 

 

 

 

 

 倒れ込むアリスの体を、永琳は優しく包み込む。

 本当は、もっと簡単に傷痕を治す事くらいはできた。こんな痛みを伴う物では無く、それこそ手品のように傷痕を消す事が。

 「……だけど、そんな方法を使ってしまえば、人はダメになる」

 人は誰しも楽をしたがる。子供の内はそういう欲求は少ないが、それでも多少はあるのだ。そして子供の内から楽になりたいという欲求を多大に持ってしまえばどうなるのかは、言うまでもないだろう。

 とはいえ、それを無くすためにこういった苦痛を与えるのをよしとするなどと考えている訳でも無い。

 だが――

 「人を操るのに最も効果的な物の一つが『苦痛』であるのは、純然だる事実なのよね」

 まあ、こんな事をするのはこれっきりになるだろう。流石に何度もやるのは気が引ける。

 永琳は蓋を手に取ると、先程使ったクリームの小瓶に蓋をする。

 ちなみにこの薬、()()()()()()()()()()()()()()()

 この薬の効果は、単純に言ってしまえば『細胞の活性化』だ。しかしその細胞の活性化がどれだけの物かは、永琳しか知らない。

 棚に小瓶を戻し、それから別の小瓶を手に取る。また別の棚に移動し、そこから『栄養――』と何やら訳の分からない文字で書いてる物を手に取った。

 「……コレ、いつ作った物なのかしら? 寝ぼけて月の言語を書くなんて」

 自分の行動に呆れる永琳。

 それから永琳は気絶させられて脱力しているアリスを抱っこすると、研究室ではなく、その隣にある永琳の部屋のベッドに寝かせた。そうしてからアリスの腕に栄養剤を注入するための針を突き刺す。

 アリスには言わなかったが、コレも両腕を治すために必要な事の一部だ。

 「う、ぅぁ……」

 そこでアリスが小さく呻いた。その顔は赤くなっている。いや、顔だけでは無い。体全体が赤くなり始めている。

 「……やっぱり、一部だけに塗るのは……いえ、そもそもあの薬は半分失敗作だもの」

 永琳がこの薬をアリスに使ったのは、()()()()()()()()()()という意味合いもある。

 もちろん死ぬような薬では無いから使ったのだ。特に問題は無い。

 まあ、鈴仙にバレれば色々言われる可能性は高いが。

 だが流石にこのままほったらかしにするのもマズい。

 永琳はアリスの体をマッサージし、その中でいくつかのツボを押した。永琳がそれらを施していくと、アリスの体から赤みが引いて行った。熱が体の外に放出された、という事だろう。

 とはいえコレは一時的な物。またすぐに元に戻る。

 先程取って来た薬の蓋を開け、そこから十ほどアリスの口に放り込み、飲み込ませる。

 この薬は体から熱を放出する作用を強めるだけの効果しかない。普通の状態で一粒だけ使えば多少涼しくなる程度だが、今のアリスに十ほど飲ませればかなり楽になるだろう。

 代わりに汗などが大量に出てしまうが。

 汗を拭くなど、そこらの作業は何も言わなくても鈴仙がやってくれるだろうと思った永琳は、自身の研究室へと戻る。

 その顔は、とても楽しそうで、嬉しそうで。とてもまともな表情だとは言えなかった。

 おそらくは輝夜の言う通りなのだろう。例え頼まれなかったとしても、永琳は勝手にこの研究を始めていた。

 ()()()()()()()()()

 退屈で退屈でしようが無い。賢すぎる、なんでもできる。ありとあらゆる分野において才能がありすぎるが故に暇となる。()()()()()を持ってしまっているが故に人生に潤いが失くなっていく。

 そこに来ての久しぶりの『わからない事』。果たして何日かかるだろうか。いや、研究内容からして数年かかるかもしれない。それだけの年数を使う課題など、久しく無かった。

 「――ああ、楽しみ」

 いつもは穏和な永琳は、しかし今だけはどこか人から外れた顔をしていた。




若干永琳が怖いですけど、コレは別におかしな事ではないかと。
変化の無い毎日。それをかなりの年月過ごしていれば、『わからない』事は研究者たる永琳にとってはとても嬉しい事だと思うのです。
……そのせいで、なんかマッドサイエンティストっぽくなりましたが。
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