大まかな流れはできていたのですが、細かい部分が思いつかなくって
結局こうなってしまいました。
しかもできはイマイチ納得できないという……
「……やりすぎた、かしら?」
いくら
「黒い……球体?」
どこかで見た事があるような、真黒な塊。
それを注視していると、黒き塊はグニャグニャと歪になり、黒い剣に戻った。そして黒い塊の中には、息も絶え絶えの少年がいた。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ、――――」
冷や汗のせいで額に張り付いた髪をかき分ける。
シオンは思う。ここに来る寸前に見、そして殺されかけたあの球体のお蔭で助かったと。
マスタースパークが当たる刹那。黒球の展開に一瞬でも手間取っていれば、灰すら残さず死んでいた。
それと黒陽の『形態変化』と『絶対に壊れない最強の物質』という事を思い出さなかったとしても終わっていた。
「う、ゴホッ、ゴホッ!」
だが重力を身に纏っていたせいで、まともに息すら吸えなかった。その上外の状況が把握できないため、解除したと同時に攻撃されれば終わる。何度もやりたいとは思えない回避技だ。
そんな事情は幽香にはわからない。幽香にわかるのは『自身の一撃をシオンが受け止めきり、無傷だった』事だけ。
「なら――もっと力を籠めても問題無いわよね?」
「は――? まだ上がるのか!?」
幽香は雑に弾幕を作り、それをシオンに向けて放つ。当たり前のように迎撃をしようとするシオンだが、弾幕の『密度』を見て気付いた。
「コレは……!」
試しに魔力を一つ剣の形にして撃ち放つ。だが、当然のように消し飛ばされた。
「弾幕に籠めた妖力を増やしたのか!」
「ご名答。貴方も真似したらどう?」
「ク――!」
顔を苦渋に歪めるシオン。その視線からはまるで『わかっているくせに』というように感じられたが、幽香にはよくわからなかった。
どの道今は余計な話をしてこの娯楽に無粋な事をしたくはなかった。
だから、容赦せずに弾幕を撃つ!
先程の弾幕のぶつけ合いが、まるで子供の児戯かと見紛うかのような密度。シオンも対抗して弾幕を撃つが――焼け石に水だった。
(地力が、違い過ぎる……!)
もう勝ちの目はほぼ尽きている。さっきまでは遊んで
しかし、もう幽香は本気になっている。いや、結果として本気に近い力を出しているだけで、本人からすれば遊んでいるつもりなのだろうが、シオンからすればあまり変わらない。
「どうする、どうすれば勝てる……!?」
思考を止めるな。勝つ意志を無くせば本当に勝てない。
ふと、自分と幽香の立ち位置を計算する。そして、答えが出た。
「――! コレなら、まだ!」
それでも絶対に勝てるとは思えない。あくまで『かも』でしかないのだから。
だが勝つための行動をしなければそれすら掴めない。
シオンは行動を開始する。勝つために!
(計算しろ計算しろ計算しろ! 『想像』はできないが『計算』はできるんだから!)
今までの幽香の行動パターン、攻撃の傾向、自分と相手の立ち位置。その他にも様々な部分を必死に計算式に取り入れ、回答を見出す。
それがどれほど面倒な作業かは言うまでもない。コレと並行して飛んで来る弾幕を避け続けているのだから。
幽香は先程から動いていない。それはある意味ありがたかったが、同時にシオンの思惑が果たせない事を示している。
(幽香を誘導させるそれ自体が不可能に近い。俺が遠くに逃げる? 挑発する? それとも敢えて接近戦に持ち込むか?)
どれもこれも無駄に終わる気がしてならない。
(せめて体細胞変質能力でレミリアかフランの力を使えれば……!)
しかしできない。紅魔館で過ごしていた日々で気付いたのだが、どうやら現状のシオンでは三つの力を同時に扱うと十全に使いこなせない。
そもそもとして制御できるだけマシなのだ。普通なら自滅して終わる。
だからシオンは空間制御と重力制御しか使えない。純粋な身体能力だけでは幽香には勝てないからだ。どの道太陽が燦々と照りつけている現状、吸血鬼の力など使えないが。
「うわッ!?」
飛来する弾幕の一つが目の前で分裂し、小さな塊となって向かって来る。体の向きを変えてある程度をやり過ごし、体に当たるであろう塊を双剣で消し飛ばす。
更にそれらを隠れ蓑として真後ろから強大な弾丸をグルリと回転して避けた。
後ろから弾幕が飛んで来たのもそうだが、小さな塊を消し飛ばすのにもかなりのパワーを必要としたのには驚かされた。分裂していたせいで一発の威力は下がったはずなのに。真似された、そう思うが、相手の技を真似るのも立派な技術。卑怯だなんだと叫ぶ気は無い。
だが、コレをやり過ごした後にふと思いついた。
――この方法を更に真似すればいい、と。
接近しても逃げても無意味なら、自分が相手を動かせばいいのだ。先程の散弾でその場に足止めされ、後ろから不意を突かれたのと同じように。
問題はある。シオンの魔力で形成された武器型の弾幕では幽香の弾幕にぶつかった瞬間消し飛んでしまう。つまり如何にして幽香に弾幕を届かせるかが問題になるのだ。
(……一応思い付いてはあるんだけど、外れたら本当に勝ちの目は無くなるな)
が、これ以外に方法は無い。ならばやるしかない。
「っふ!」
またも大量の弾幕を浮かべるシオンに笑みを浮かべる幽香。
今度は何をしてくれるのだろうかと期待する。普通は諦めるだろうこの状況で。しかし目を見ればわかるのだ。シオンが、まだ諦めていない事が。
こんな人間、滅多にいない。人間は弱い。
そんな人間ばかり見て来た幽香だが、それでも例外はいるのを知っていた。
家族のために、親友のために、恋人のために、自分のために――様々な人間が、強い意志を持ってここへ来た。
そういった者たちは、強い。例外はあるが、覚悟を決めた者ほど心が強い。
アレはそういった類の人間だ。
自分のため。それもあるだろう。だが違う。あの人間の
シオンの本質は――
だからシオンは諦めないだろう。自身の命はどうでもよくても、大切な人のためなら
「数百年ぶりなのよ、貴方みたいな人間と戦えるのは。ああ、本当に――愉しい」
それこそが幽香の望み。戦いこそが幽香の愉悦となる。
無論花と戯れるのも好きだ。だがそれは楽しいだけであって、それ以上にはならない。
「でも、後少しが限界そうね」
だからこそ、程度を弁えるのが得意だった。吹けば飛ぶような人間と戦ってきたからこそ、一定のルールを持たせて戦闘するのが当たり前になって。
でも忘れてしまった。久しぶりに弱者の中に紛れ込んだ強者――羊の中に紛れた狼を見つけてしまった。それ故の愚行。
だから幽香はシオンを殺す気など無いのだが……シオンは、それに気付けなかった。
シオンは黒陽の力を一旦封印する。
下手をすれば一瞬で殺されるような状況では愚策の行動。しかしこうしなければ『
「保ってくれよ、俺の頭……!」
こんな無茶な使い方は今まで一度も使った事が無いのだ。しかもこの方法、少しでもミスをすれば、死ぬ。
「あ、ぐ……! アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッ!!!」
痛い、痛い、痛い!
まるで脳に焼きごてを突っ込まれたかのような痛み。多少の痛みであれば何ともないが、この痛みだけはどうしようもなかった。
突如叫び始めたシオンにほんの少しだけ驚いた幽香だが、更なる驚愕によって塗りつぶされる。
「空間が――歪む!?」
周囲の空間が歪になり始めている。そこにシオンの弾幕が入り、全く別の方向から現れる。幽香の目の前や真後ろなどにも出現するのだから、一瞬の油断でもできなくなった。
傍から見ると異様な空間だった。花畑上空には透明な、しかしなぜか視認できる魔力によって形作られた大量の武器が。そして幽香の周囲には空間の歪によって生まれた『穴』がある。
その光景を作り出した代償として、シオンにはかつてないほどの頭痛が襲い掛かっている。叫ばなければ、意識を失ってしまうほどの。
理由はかつてないほどに煌々と輝いている白夜にある。
白夜の力は強大だ。人の身では制御できないその力は、多次元にすら容易く干渉できる。その力を使って無理矢理複数の多次元と『引き千切って繋ぎ直す』などという作業を行ったのだ。
複数の多次元と繋げたのは単純に、
そもそもとしてはじめて使ったこの力だが、まず大前提としてシオンは『多次元を把握する力は持ってない』。
本で見た
もちろん跳躍するには演算をする必要はあるが、それでも見えるのと見えないのでは天と地以上の差がある。
それができないシオンは
しかし代理演算をしても誤差が酷すぎれば別の計算式を用意しなければならない。それを一秒にも満たない時間内で幾万、あるいは億にも届くかもしれない量を行っている。
だが演算を少し手も間違えれば、自分のすぐ傍に穴を作りかねない。避ける余裕が無い現状、それは自殺行為だ。そうしないためにも休んでいる暇など無い。
シオンが苦痛を感じているのは、そのせいだった。
それでも、と。シオンは自分で自分の頭を殴る。
「ぃ……ッ! コレで、やれる!」
滅茶苦茶な活の入れ方だが、明滅していた視界は元に戻った。
シオンは半分暴走しかけていた多次元の干渉を誤差の小さな計算式を元にして制御し始める。もちろん入口と出口の場所が違えば必要とする計算式も異なる。だがシオンは完全記憶能力で計算式の全てを把握し、一つの次元毎に用いる計算式全てを覚えていく。
幽香の目の前に、あるいは二つ三つの次元を通して不意を突いていく。幽香も弾幕を生成して放つが、そもそもとして当たらない。いや、どうでもいい場所にある弾幕には当たるが、本当に重要な弾幕には掠りもしない。
「コレは……今までにない戦闘ね……!」
空間そのものに干渉する相手とははじめて戦う幽香は、それ故に対処の仕方がわからない。
しかし焦ってはいなかった。先程のシオンの叫びと、今のシオンの姿からわかるのだ。
今のシオンは、本当に酷い。眼は血走っているし、口の端から血が溢れ出ている。まるで得物を前にした獣のようだ。
そんなふうにシオンを観察すると言う名の余所見をしていられるほどに余裕だった。下手をするとシオンの弾幕によってダメージを受けるかもしれないのに。
(まぁ、致命傷を喰らわなければ、問題は無いわね)
……と、呑気な事を考えていた。
その時、暴風雨のように荒れ狂っていた弾幕が終わる。
「……?」
不思議に思って首を傾げた幽香だが、息の荒いシオンが口を開いた。
「ッ、ァ、ハァッ……コレが通じなかったら、もう俺には打つ手が無い」
幽香は驚く。今の今までシオンは幽香から話しかけなければ一度も喋らなかったのだ。それなのに――とも思ったが、別に不思議でも無かったと気付く。
シオンとて意志がある。ならば話しかけて来てもおかしくはないのだ。
「……そう。それで?」
「貴女がコレを受ける理由は無いし、別に避けても構わない。……そうなったら、俺が負けるというだけだ」
幽香に話しかけていると言うより、独り言を呟いている感じだ。
どうした事かと思ったが、シオンの眼を見て悟った。もう、焦点があっていない。気力だけで意識を繋いでいるのだ。
「それでも俺は――惨めに足掻く!」
血を吐きながら叫んだシオンは、自身の真後ろから極大の魔法陣が光り輝く。今さっきまで何も無かったのに、だ。
何時の間に――と思ったが、シオンならばいくらでも隙はあった。何らからの方法で隠す事だってできたはず。ただそれだけだろう。
おそらくは先程使った技よりも威力は上。ならばこちらも相応の威力を伴った技を使うのが礼儀だろう。
幽香は珍しく『タメ』の動作に入った。幽香がこの動作に入る事は殆ど無い。というより、必要としない。一撃一撃の威力が重過ぎる幽香は、人間で言うデコピンですらあり得ない威力になってしまうのだ。……無論、妖力による身体強化をしていたら、だが。
そんな幽香が『タメ』る。それだけでその威力が想像できるだろう。
一方のシオンは真後ろの魔法陣とは別に、目の前に小さな魔法陣を新たに作り出す。理由はわからない。何か特別な訳があるのだろう。
妖力が傘の先端に、魔力が魔法陣に集まって行く。それこそ天変地異の前触れか何かと錯覚しそうだ。
「マスター――」
「………………」
一瞬身を引く幽香と、身を捻って左腕を引き戻すシオン。
「――スパーク!」
「……ハアァッ!」
幽香の傘から放たれる一条の閃光。それに対してシオンは腕を――
「何を……!?」
言って、気付く。
――何故、真下から光輝く何かが見える?
目を向けると、シオンの真後ろにある魔法陣ほどではないが、それでもかなりの大きさを持つ魔法陣があった。
(――何時の間に!?)
あんな物を用意している暇など無かったはずだ。それ以前にどうやって魔力を――。
視界をシオンのいる方へと戻す。そこには左腕を除いた手足を空間の歪に飲み込ませた姿が。その様はまるで、大の字に磔にされた囚人のようだった。
手足の行き先は真下に――いや、それぞれ若干角度の違う魔法陣の元にあった。殴り、あるいは蹴りつけるようにドン! と押すと、そこから眩い光が迸り、三つの線が現れた。
それらは幽香の放ったマスタースパークに当たると、ほんの僅かにその閃光を
シオンは祈るように眼を閉じる。
(ここまでやったんだ。届いてくれ――!)
幽香が最初に放ったマスタースパークの威力を計算。それを元に魔法陣に籠める魔力を逆算していく。魔法陣は『
それから自分の位置と幽香の位置を計算し、
自身があの魔法陣に籠めた魔力から放てる力と、幽香のマスタースパークの威力を元に、『何倍まで』は弾けるのか。
結果は――
普通ならば希望的な数字となるコレですら、幽香の力の前では霞む。
一秒が何時間にすら感じられる絶望感。コレとよく似た感覚は何度も味わってきた。だが、それでも。
――今回だけは、今までの比ではなかった。
シオンは閉じていた眼を無理矢理開く。
「――!!!」
完全には弾けていない。されど曲がってはいる。――不完全に。
幽香のマスタースパークは、多少だがシオンの想定を上回っていたのだ。
(――幽香は、
本当の全力なら、触れた瞬間消し飛ぶだろう。何もかもが。
だけどシオンは、その甘さにつけ込むしかないのだ。
「吹き飛べえええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇッッッ!!」
今度こそ左手を目の前の魔法陣に叩き付ける。幽香のマスタースパークには遠く及ばない、しかし人の身で出したのであれば驚嘆すべき威力を持っている。
それでも直接ぶつかれば当然押し負ける程度の威力でしかない。だが、苦痛を伴ってでも果たした細工によって、マスタースパークと正面からは当たらない。
(届け、届け、届いてくれ!)
懇願するように思うシオン。
願いは――届いた。
マスタースパークによって威力の大半が消し飛ばされる。それでも残った一部は幽香の元へと向かって行った。
それでも幽香は、笑っていた。
「ハァッ!」
気合一閃。
傘を思いっきり横に振る、ただそれだけの動作で残った一部が跡形も無く消え去った。
「コレで――」
懐に飛び込んできた
だが、焦点の合っていない眼は、それでもまだ死んでいなかった。
――二重の罠。
そんな言葉が脳裏に浮かびあがったが、思いきり傘を振った体では動けない。
「う」
その間に『シオン』は『神獣化させた左腕』を振りかぶり、『今回の戦闘で
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッッ!!!!!!」
獣のような咆哮の末に、シオンは腕を幽香の鳩尾に捩じり込む。
しかし幽香の体は吹き飛ばない。まるで壁に叩きつけられたかのようにしている。
理由は明白。何時の間に戻していたのか、白夜の力によって固定化された空間が疑似的な壁の役割を果たしていたのだ。
――必殺の威力を、逃さないために。
今までの人生で、コレだけの力を出した事は無い。ただでさえ神獣化の腕はシオンの腕に負担をかけるというのに、そこに『人から外れた者としてのリミッターを外した全力』、『魔力による限界を超えた左腕のみの身体強化』。
シオンの左腕は、もうその形を成していなかった。
しかし、アレだけの力を籠めたのだ。
――コレで。
(勝った……の、か?)
意識を保てない。今にも眠ってしまいそうだ。
「まだまだ甘いわね」
「――え?」
突如目の前から聞こえた声に呆然とした声を出す。
顔を上にあげると、そこにはまだ笑みを浮かべた幽香が、そこにいた。
「ハ、ハハ……」
――苦悶の声をあげなかったのは、気絶したからだと思っていた。
「こん、なの……」
――全部、無駄でしかなかった。
「嘘、だろ……?」
――俺は、ここで、死ぬ?
「まあ、よくやったとは思うわ。でも――それも、ここまで」
「ッガ!」
軽く顔をはたかれた。
それだけ。たったそれだけでシオンの体は吹き飛んだ。
クラクラとする体に力を籠めて、幽香を睨みつける。
「まだ、まだだ! 俺は死んでない! なら、まだ――」
「言ったでしょう? もう、ここまでだって」
無慈悲な宣言。
だが、受け入れられるはずがない。
「だったらそれを証明して――!?」
ガクン、とシオンの体が下がる。咄嗟に下を見ると、そこには左足に絡み付いた蔦があった。
「コレは――」
見覚えがある。その蔦に着いている『花』の名前を。
「ハイビスカス!?」
おかしい。ハイビスカスはこんな花ではないはずだ。ハイビスカスは『繊細な美しさ』という花言葉を持つ。こんな無粋な形をした蔦など無いのだ。
なぜ――だが、疑問を持つと同時に蔦を斬ろうと右腕の白夜を振りかぶっている。体に刻み込まれた経験が、勝手に体を動かしたのだ。
それも蔦が動いた事によって空振りに終わる。
必死に体を動かして解こうとするが、一瞬日差しが遮られた事によって、後ろに何かがあるのに気付いた。
「あ――」
鋭い。そんな印象を与える蔦が、シオンの背中を切り裂いた。
「……?」
殺す気はなかった。しかしおかしい。背中を切り裂いたのに、なぜ『ガキン!』という、何か硬い物を弾いた感触がしたのだろうか?
疑問に思う幽香だが、ふいに悪寒が全身を包む。
半ば勘のようなものでその場から動く幽香。その頬を、何かが掠めて行った。
『斬撃』の飛んで来た方向。
そこには、驚嘆すべき事に、シオンが、まだ、動いていた。
「――て、ない」
ノロノロと体を動かす。
「まだ、終わって、ない」
それでも、シオンは体を動かす事をやめない。
「死んで、ない、なら」
全身血塗れ。それでも、なお。
「戦え、る!」
「……!」
はじめて、幽香は、シオンを、
ありえない。それだけしか感想が浮かばない。
普通、アレだけの大怪我を負えば、大妖怪でもその痛みに耐えられない。
シオンの本質を『戦い続ける道具』と称したが。
あんなのは、絶対にありえない。生きている以上、限界はあるのだ。
なのに、アレは。
まるで――まるで、心の奥底にまで刻み込まれた、強迫観念のような何かに縛られているかのようだ。
「まだ……」
「ッ!」
あのままでは、本当に死ぬ。
傍目から見れば致命傷にしか見えないが、幽香は気絶するだろう、しかし致命傷では無いギリギリのところで手加減をしていたのだ。
しかしシオンは、その手加減を無視して動いている。アレでは傷口が開いて、本当に致命傷となってしまいかねない。
――仕方がないわね。
幽香は、シオンの前へと瞬時に移動する。
勢いを殺さずに腹に肘打ち。流れるように掌底で顎を打ち抜き、体を捻って頭を蹴り、地面に落とす。
それでもシオンは、落ちる寸前、呟いていた。
「まだ……」
――と。
落ちる。
意識が泥の、もがいても決して出られない、闇の中へと落ちて行く。
(終わ、り……? 俺の人生は、こんな……)
生まれて初めて、負けた。
シオンは今まで一度も負けた事が無い。
シオンにとっての負けは、イコール死だったから。
だから負けられない。だから戦わなければならない。
だけど――負けてしまった。
(せっかく……生きようと。そう、思えたのに……)
思った矢先でコレだった。本当に、運が無い。
シオンがやろうとしていた事全てが裏目に出る。ここまで来ると、もう笑うしかない。
(情けない……)
ふと、走馬灯のような物までもが見えてきた。
――ああ、本格的に死ぬ寸前みたいだ。
その、瞬間に。
シオンは、泣いている少女の姿が見えた。
『私はシオンを信じる。だから……絶対に、生きてここに来てね』
(え……)
泣いていた。もう少しだけ一緒に居たいと。それでも自分の我儘で外に出た。
泣き叫びたかっただろう。はじめてできた友達だったのだろう。
それこそ、一緒にいるために殺そうとしてきたくらいなのだから。
なのに、信じてくれた。心の奥底では怯えながら。死んでしまうのではと恐怖しながら。
そんな思いを――踏み躙る?
(……本当に、終わるのか? こんなところで?)
まだだ。まだ終わっていない。
約束したのだ。生きて帰ると。
(また、破るのか? 約束を)
もうあんな思いはしたくない。そんな事なんてできるわけがない!
(……そうだ)
まだ、完全に死んではいない。
(約束は、守るためにあるんだ)
もう一度、思い返す。
約束を交わした、あの大切な一瞬を。
(そうだろ、フラン!)
「まだだ!」
「な――!?」
上下前後左右全てに魔法陣が展開されていく。
「いつの間にこんな――!?」
どうやって魔力を籠めた? そもそも魔法陣は何時展開した? そんな暇など無かったはず――様々な思いが駆け巡るが、驚いている暇など無い。
もう、魔法陣は作動しているのだ。
一撃一撃が尋常ではない威力を持っている。先程幽香が放ったマスタースパークほどではないのだが、総量ではソレを上回っていた。
「どうして――どうしてはじめからコレを一撃に籠めなかったの!?」
「俺の体が、脆弱だったからだ」
今もシオンの体は空中から地面に落ちている。距離もかなり離れた。周囲には雑音。なのに、不思議とその声は聞こえた。
(脆弱――? どういう事? シオンの体は、むしろ頑丈なはずじゃ――)
幽香にはわからない。どういう事なのかが。
コレはシオン以外は誰も知らない事実。
シオンは、身体強化を使っても、体の耐久度が増加しない。
それ故にシオンは『一定量の魔力しか使えない』のだ。
そもそも気も魔力も、本来人の身で出せる力を遥かに超えた超常の現象。
なのに耐えられているのは、一重にその気や魔力を使うに足る体としているからだ。
方法はいくつかある。まず最も単純なのは『気や魔力を幼少から使っている』事だ。気や魔力を体に馴染ませ、使ったところで影響が出ないようにする。
ただし、ついこの間習い始めたシオンには、この方法は使えない。
次に体を鍛える事。要は魔力を放出しても耐えられる体にすればいいという、ある種野蛮的な考え方だ。
コレもシオンにはできない。確かにシオンは並外れて頑強だが、『幼い体躯であるが故に循環させられる魔力量が少ない』弱点を持つ。つまり、シオンは大人に比べると、魔力によってかかる負担が大きい。
あるいは身体強化を使って体の耐久度を上げれば別だが――なぜか耐久度が上昇しないシオンには無理だ。
他にも方法はあるのだが、どれもこれもがシオンにはできない方法だった。
だからこそシオンはなるべくしたくなかった最後の手段、『一定量の魔力を放出して使う』という方法しか取れなかった。
一定量しか使えないから魔力による一撃は弱いし、弾幕を形成する魔力ばかり使えば身体強化など扱えるはずもない。
シオンが何千何万と弾幕を作れたのも、一秒二秒のタイムラグを挿んでいたからにすぎないのだから。
それ故に幽香は勘違いした。――シオンは、『
シオンがわざわざ魔法陣に魔力を溜めこんでいるのもコレが理由だ。一定量しか使えないから外部に、それこそ貯水タンクに水を溜めるように魔力を集めるしかない。
問題はある。いくら溜められるとは言っても、貯水タンクに溜められる水の量に限界があるように、魔力を溜められる量にも限界はある。
いくつか工夫をして『体外に放出した魔力』をそのまま魔法陣に籠める事はできるようにした。要は『弾幕となった魔力をそのまま魔法陣に籠めた』事で現状を作り上げたのだ。
だが。
シオンが魔力を溜めこむ過程と、魔法陣を通して魔力を放つ過程で。
火や水のエネルギーを電気エネルギーに変える時、多少は散ってしまうように。
シオンの魔力は、空気中に消えてしまう。
例えそれが全体の何パーセントにも満たないでいようと、それがかなりの量ともなれば、話しは変わってしまう。
だから全力が出せない。全ての魔力を籠めるには大きすぎる魔法陣を作らねばならず、さらにそこに魔力を籠めるのにも数時間以上かかる。更に数時間籠めて溜めた魔力も、本来の二割以上が消えてしまう。
コレらは数年すれば解決する問題。
その『数年』が、シオンには果てしなく『遠い』。
だがここで勘違いしてはいけない。
シオンは魔力を一定量までしか使わない事で体に負担をかけないようにしているだけで。
――強大な魔力を一気に放出する事ができないわけではないのだ。
(考えろ……! 空気中に散らさずに魔力を放つ方法を!)
結果は不可能。既知の方法ではできない。
ならばどうするか。『発想』できないシオンは、新たに考え付く事はできない。
(今まで見て来た技で、何か――待て)
そうだ。
(
見たじゃないか。ついさっき。
(――ああ、そうだ。単純だ。何を今更。バカすぎるな、俺は)
体勢を、変える。
残った右腕の先に、体内の奥底にある魔力を掻き集める。
ありったけを。自分の体が消し飛びかねない量を。
バチッ、バチッ、と、掌に少しずつ集められた魔力がうねりをあげる。
今にも暴発しそうだ。
こんなのを、幽香は制御していたのだ。
だけど、もう十分だ。
「マスター――」
幽香は目先の弾幕に眼を奪われている。
(コレが本当の、最後のチャンス)
体を捻る。そして、腕を前に――
突き出した。
「スパアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーク!!!」
真下から迫る閃光。
「な――私の技を!?」
透明な、シオンの『色』を表すかのような色。
その『色』に、花畑は包まれて――。
魔法の使用時のデメリットは完全に独自解釈です。
単純に、「どうして大量破壊魔法を使っているのに術者の方には影響が出ないんだ?」と思わされる小説や漫画があったので、こっちでは理由づけしただけです。