学校の文化祭で映画撮る事になり、その台本の草案作ったりとか……!
皆の意見取り入れたりしてたので時間かかりました。
段々不定期更新に近くなりましたが、完結はさせますので、どうぞよろしくお願いします。
花畑を埋め尽くす閃光が尽きる。
その場所には、あの閃光に包まれていた幽香が浮かんでいた。
無敵。彼と彼女の戦闘を見ていた人間が見れば、そんな言葉が脳裏をよぎるだろう。
「…………………………」
しかし、本当に幽香は無敵なわけではなければ、まして無傷でもなかった。
彼女の右腕は、酷い火傷を負っていたのだ。
あの時、閃光に包まれた、その寸前の一瞬。幽香はまず左腕に持った傘をその場で回転して一閃すると、上左右から飛んで来た弾幕を吹き飛ばしたのだ。
だが見た目の派手さに比べて、弾幕は呆気無く消し飛ぶ。つまり、これらは完全に囮でしかなかったのだ。
幽香は下方から迫る、自身の技、その模倣技である『マスタースパーク』に対し、左腕でぶん殴った。むろん妖力でコーティングしてはおいたが、それを意に介さぬようにその砲弾は左腕に直撃した。
大きさに対して被害は少ないと思えるが、その理由は至極単純で、幽香の一閃が威力のほとんどを吹っ飛ばしてしまったのだ。
それでもなお幽香の異常とも言える身体能力故に頑丈な体、その左腕に手傷を負わせられたのだから、シオンの一撃は無駄では無い。
「――まあ、それも私を殺しきれなかった時点で無駄になっているのだけれど」
下を向いた幽香は、そこにいるシオンを見る。
正確には、地面に落ちたシオンを。
普通に考えれば、あの高さから落ちれば、生身の人間とそう変わらない耐久力しかないシオンは地面に落ちた真赤なザクロと化してもおかしくはない。
が、シオンは生きている。
巨大な花弁はシオンの小さな体躯を受け止め、まるでトランポリンの上で跳んだかのように何度か跳ねさせた。しかし今のシオンの体ではその衝撃すら耐え切れず、周囲に血を振りまいてしまったというわけだ。
そう、幽香はシオンを蹴り落とした時、ハイビスカスに向けて蹴ったのだ。決して死なせないように。
それが最後に噛みつかれたのだから、油断してしまっていたのだろう。幽香は一つ小さな溜息を吐くと、その場から下りようとして――動きを止めた。
「……見逃してはいたけれど、邪魔をするのなら相手をするわよ?
幽香が自分から見てほぼ真後ろの空間を睨むと、その空間がいきなり割れた。
「随分な御挨拶ね、
そこにいたのは、この幻想郷では『妖怪の賢者』などと言われる存在。八雲紫だった。つまり、シオンを連れて来た張本人が、そこにいた。
その彼女は、今までいた空間、その境界から出てきた。
「それで、わざわざ貴方がここに来る理由は? 基本的に、貴方と私は無干渉でいる事を決めてあるはずよ」
「そうね。私と貴方が本気で戦えば、幻想郷に出る被害は計り知れない。でも、それにも例外はあると思わない?」
「……まどろっこしい話し合いは好きじゃないの。さっさと用件を言いなさい」
幽香も幽香だが、紫も紫だ。わざわざ相手の神経を逆撫でするような言葉を言う。
しかし、幽香はそんな事をするのは性に合わない。戦闘において相手に本気を出させるために使う事はあるが、やはり使う回数そのものは少ない。
それは紫も長年の付き合い……というより、腐れ縁から理解しているのだろう。今までの胡散臭い雰囲気を消すと、睨みつけるような視線を幽香に向ける。
「悪いけれど、『彼』を殺されるわけにはいかないの。これ以上続けるのなら、今度は私が相手になるわ」
「へえ……」
幽香は紫の言葉に対して意外そうな顔をするが、すぐに視線を下に向ける。
紫の言う『彼』とは、おそらくあの少年の事だろう。
シオンと紫の関係性はわからない。が、紫のこの反応を見るに、親しいわけではない、けれど助けなければいけない相手。そんなところだろう。
元々幽香はシオンを殺す気など無かったので紫の言葉に従ってもよかったのだが、そこは幽香特有の気が出てしまい、つい言ってしまった。
「それはそれで、面白そうね」
「本気で言っているのなら、正気を疑わせてもらうわ。傍から見てもわかるわよ。貴方はもう全力を出せない。多大な妖力の消耗と左腕の損傷で、貴方は本気で戦えないはず。今私と貴方が戦えば、十中八九私が勝つわ」
『絶対』とは言い切らない辺り、紫の性格が見て取れる。
彼女は物事が絶対にうまく行くなどと考えない。だから常に最善手を模索し、それが見つからなければ次善の策を最低複数用意する。そうしてから行動し始めるのだ。
なんだかんだ言っても幽香は紫を理解している。それはつまり、逆も然り、だ。
「……正直、この場で戦う気は無いわ。花畑が荒れてしまうもの」
「でしょうね。貴方は他者をどうでもいいとは思っていても、花だけに向ける愛情は人一倍を遥かに超えているもの」
「貴方もシオンみたいに花を傷つけないでいてくれるなら、戦うのだけれど」
「無理な相談よ。私は利用できる物は何でも利用する。そうして生きて来たのだもの、今更変えられないわ」
「そう。まあ、それなら早くここから去ってくれないかしら。私はこれからシオンの治療と、花を元に戻さなくてはいけないから」
どことなくもう話すのは嫌だという雰囲気を滲ませる幽香。紫と幽香はあくまで腐れ縁。友人と呼ぶ事さえしたくない間柄だ。話はするが、それ以上の事はしたくない。
紫の方も同感だ。周囲を顧みない戦闘狂とは肌が合わない。
「言っておくけど、彼を殺したら、私は貴方を本気で殺しに来るわ」
だから、忠告だけを残して、境界の内側に入り、この場から消えて行った。
幽香は紫がこの場から完全に消え去ったのを感じると、不思議な思いに囚われていた。
(妖怪の賢者が、そこまでする人間? ……物事に干渉しない、いいえ、
彼女はこの世界で何かが起ころうと、自分からはほぼ絶対に動かない。その理由は色々あるのだが……とにかく動けない彼女は、この世界の異変を解決するために博麗の巫女に頼む。
例外は、その博麗の巫女でもどうにもできない案件をどうにかするためくらいだ。
その珍しい例外が、今目の前にある。
とはいえ、幽香にはその理由などわからないし、正直どうでもいい。
一度頭を振って先程までの考えを消すと、ハイビスカスの真上、すなわちシオンの上へと移動する。
そこでシオンの体を掴んで持ち上げると、巨大化したハイビスカスを元の大きさに戻す。
「……ッ……」
自身の体からゴッソリと妖力が抜けるのを知覚しつつも、戻す作業は止めない。
ハイビスカスの大きさを戻した時、幽香の妖力はほとんど無くなっていた。別に無くともそこらの妖怪に負けるなどありえないが、それでもシオンと同じくらいの力の持ち主と戦えば、おそらく負ける。
膨大な妖力を持つはずの幽香がなぜ、こんなにも妖力を減らしているのか。
それはひとえに、彼女の能力が理由だ。
幽香の能力は『花を操る程度の能力』。しかし幻想郷にいる存在の大部分は精々が『花と会話するくらいしかできない』と思い込んでいる。
そう思われている訳はいくつかあるのだが、大きな理由が幽香がそれ以外の力を行使しないためだ。そのせいでそれ以外には何の効果も発揮しないと思われている。
が、実際は違う。『花』を『操る』事ができるのが幽香の能力だ。つまり幽香は、花を急激に成長させる事で、先程のような鋭い鎌を持つ、また、簡易的なトランポリンを作ったりと、幅広い花に変えられる。
しかし、どんな能力でも完璧な物など無い。もちろんこの能力にも弱点があった。
いや、普通に考えれば弱点と言える訳では無い。
植物が成長するためには色々な物が必要となるが、その内の一つが地中にある養分を吸い取る事だ。そして、植物が急激に成長する際、その養分を通常よりも遥かに上回る量を使ってしまう。幽香が自身の望む花を作ろうとすればするほどに、土の養分は失われる。最終的には、その土地はどんな植物も咲かない死の大地と成り下がる。
それは幽香にとって許容できない事だった。花を愛する幽香が、花が育つ事ができない環境を自らの手で生み出すなど。
故に幽香は極限られた状態でしか使わない。自身が追いつめられた時か、戦闘時に精神が高揚しすぎた時などだ。
とはいえ、そんな状況でもやはり大地を死なせたくは無いと幽香は思った。だからこそ幽香はとある方法を思いついたのだ
――ありあまる妖力を使えばいいのでは? と。
妖力を大地の養分の代わりにする。コレが幽香の思い付いた代案だ。
しかしこの方法は使える物では無かった。余りにも効率が悪すぎるのだ。費用対効果が全くと言っていいほど釣り合っていない。
なんせ一回使っただけで幽香の持つ妖力の大半が持って行かれるのだ。
戦況を変えるための奇襲染みた一手としては使えるが、それ以上にはならない。使用できる回数も、状況によるが一、二回使えればいい方だ。
今回は三回。本来なら三回目を使う予定は無かったのだが、最後のあの一撃……というより、弾幕は予想外だった。
そのせいで予定に無かった三回目を使う事になった。本当はシオンが地面に落ち切る前に受け止めようとしたのだが。
妖力は既にスッカラカンになる寸前。幽香はシオンの体を抱っこすると、花の植えられていない土の上に下り立った。
「……意外と、小さいわね」
しかも柔らかい。あの凶悪な力をどこから出しているのかわからないくらいだ。
「あら、コレは……」
幽香はシオンの背中を見る。血に染まった背中。早く手当しなければ出血多量で死に至る。そう思っていたのだが……。
「――少しずつ、治ってる?」
そう。妖怪による超高速の回復に比べれば微々たるものだが、しかしよくよく見ていればわかるほどに傷口が塞がっていく。
理由などわからない。しかし、シオンの傷跡をまじまじと眺めるその姿は、どこか狂的だ。
背中の傷は綺麗に体を両断していた。スパッと切れているために回復も早いのだろう。だが、幽香が気になったのはそこではない。
そして、幽香は何を思ったのか。
――
「――――――――――ッッッ!!!??」
意識を失いながら、声にならない悲鳴を上げるシオン。それを耳元で危機ながら、しかし幽香は手を止めない。
もしもシオンの意識があったなら、背中に手を突っ込まれ、かつ体を掻き混ぜられるような感覚を味わっていただろう。それほどに幽香は容赦なくシオンの中身をグチャグチャにしていた。
「コレ、ね」
やがてお目当ての物を見つけたのか、幽香は『それ』を握り締める。
そして、一つ息を止めると。
「――フッ!」
『それ』を、無理矢理シオンの体から引き摺り出した。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!!」
獣のような悲鳴を上げ、シオンは無意識に幽香の体を抱きしめる。無意識故にシオンが意識的にしている加減ができず、体の損耗を無視してしまった。
むろん幽香とて軟ではない。耐えてはいるが……強烈に、痛い。
しかもシオンは首をしめているために、声どころか息もできなかった。
やがて腕から力が抜けると、幽香は数度咳をする。
「しゃ、洒落になってないわよコレは……。もし仮にシオンが最初からこんな力で来ていたのなら……いえ、それは無理そうね」
チラリとシオンの腕を見るが、かなり酷い状態になっている。
具体的には神獣化などによってボロボロになっていた腕が、もう原型を留めていない。コレでは最早『棒の形をした肉の塊』とでも形容した方が早そうだ。
しかし、コレだけの血を流していながらまだ死んでいないのには驚きだ。
が、そろそろ本気でマズい事になっている。シオンの息が荒いし、顔色も悪い。
幽香は手当てをしようと思い、自らの家を目指す。
流石に数日間は誰とも戦いたくない。それ程に疲れた。代わりに今の今まで燻っていた戦闘欲求が綺麗に治まったが。
もう一度シオンを抱っこしなおした幽香は、花畑の中を歩き出す。
――その手に、
「ん……あ、れ……俺は確か、死んだはずじゃ……」
見慣れない天井。居場所を確認するその前に、シオンはまず自分が死んでいない事に疑問を持っていた。
「目覚めたのかしら?」
「ッ!??」
一気に目覚めた意識。首をそちらに向けると、紅茶か何かを飲んでいた幽香と目が合った。
彼女の姿を確認したシオンは、意識を戦闘に向けようとし、体を動かそうとする、が。
「――ァ、ッヅ!?」
両手、特に背中から激痛が発せられる。両手の方はまだ耐えられる。しかし、背中の方は『
激痛によって動かせない体と朦朧とする意識の中で、そんな冷静な思考も存在する。
痛みにのた打ち回るシオンを見て、どこにそんな力が残っているのかと呆れてしまった。
「別にもう戦うつもりはないから、そんなに慌てなくても大丈夫よ」
「信用、できるか……!」
確かに、殺されかけた相手に信用しろと言われても無理だろう。
「だったら、私が貴方を治療する必要は無いと思うけど?」
「っぐ……」
それもまた、事実。しかしそれでもシオンは気を抜かない。いいや、抜けない。
「自業自得だけれど、信用無いわねえ。……一つ忠告させてもらうわ。動きすぎると、本気で死ぬわよ?」
幽香はそう言うと、テーブルの上に野晒しにしてあった『黒いナニカ』を手に取って弄ぶ。
それが何なのか、揺れる視界のせいでシオンは判別できない。
しかし、不意に気付いた。『ソレ』が何なのか。
「返せ!」
「……え?」
何の前触れも無く、唐突に叫ぶシオン。
「返せ!」
「……コレを?」
「返せ! 『ソレ』を、返せ!」
幽香の質問をせずに同じ言葉を繰り返す。しかも、シオンは怪我した体で、重傷で動けないはずのその身を動かした。
ただただ幽香の手にある『ソレ』を目指して。壮絶な瞳で、『ソレ』だけを見ていた。
「返せ!」
「返せと言われても……コレ、一体何な」
「返せ!」
「だから……」
「返せ!」
「……ハァ」
「――
「………………………………………………………………………………遺、灰?」
同じ事しか繰り返さないシオンに溜息を吐いて聞き逃しそうになった、その言葉。
それは、幽香にとって予想の遥か外にあったものだった。
なんせ彼女が手に持っている『ソレ』は、見た目は黒いが『
最初は特に気にしなかった。しかし、幽香が作ったあの植物の鎌。アレによって作られた背中の傷が、鎌の鋭さに反して少なかった。更に切り裂いた途中で聞いた『ガキンッ!』という音。何か硬い物を切ろうとした結果、弾かれたような音だ。そして、シオンの体の中に在って、普通とは違う物質。それが『コレ』だった。
実際何度か幽香が本気で握り締めたのだが、逆にこちらの手が痛くなる始末。
幽香が呆然と手にある骨を見ていると、ズルズルと何かが這っているかのような音がした。
そちらを見ると、布団を跳ね除け、しかし力が出ないのか、うつぶせになって少しずつ移動しているシオンがあった。
シオンにとっても、先程言った言葉は予期していなかっただろう。目線がブレていて合っていない。ほとんど体が勝手に動いている状態だ。
体細胞変質能力を使って体を治せば、それだけでもっと楽になるというのに、それさえ思考をよぎらない。
今のシオンを支えているのは、『遺灰を取り戻す』、ただそれだけだ。
けれど、このまま放っておけばべッドから落ちてしまう。
疑問を一旦脇へと置いた幽香は立ち上がり、シオンの手に背骨を置く。
自分の元に遺灰が戻ってきたと、微かに残った意識の片隅で理解する。
シオンは小さな、注視しなければわからないくらいの笑みを浮かべると、『黒』を骨から抜き取った。
そこにあるのは、人間の体内にある白い骨。それの、残骸だった。
あの黒は、あくまで外側をコーティングしていただけ。中身はそのままだ。故に幽香が本気で握ったせいで、骨は粉々になった。
それがわからなかったのは、単に外側だけが頑丈過ぎたせいだ。中身の無いハリボテ、そんな状態に。
しかしシオンにとってはどうでもいい。心底からどうでもいい。シオンはボロボロの腕を少しずつを動かすと、残骸の中からボロ切れで作られた小さな袋があった。埃、泥、その他にも色々な物が付着していて、正直かなり汚い。衛生面から考えても、あんな物を骨に埋め込んで体内に入れるなど、正気では無い。
だが、シオンはそんな物を抱きしめる。瞳から雫を流しながら。まるで、とても大切な宝物が戻ってきた子供のように。
シオンはそのままスヤスヤと眠りにつく。しかしその両手は決して離さない。
幽香はシオンの『姉さん』など知らないし、興味も無い。だが、決して軽んじていい物では無いのもまた、わかる。
シオンにとっての大切な物がその遺灰なら、幽香にとっての大切な物は花になる。それが軽んじられ、下らないと言われたなら……そいつを、殺す自信すらあった。
だから幽香は何もせず、もう冷めてしまった紅茶を飲んだ。
シオンが眠り――という名の気絶――をしてからしばらくして、幽香はベッドの上にあった骨の残骸を掃除した。
一応このベッドは幽香が眠る時に使っているモノだ。むろん、幽香以外の誰も使った事など無いし、使わせた覚えも無い。
が、今回は例外。とはいえ自分のベッドが汚れているのは気分が悪い。
だからシオンを起こさないように静かに掃除した。
『珍しいね、幽香』
「……何がかしら?」
今の今まで一言も発さなかった、部屋に飾ってある花。それはシャクナゲという花だ。この花には様々な色があるのだが、今回は赤とピンクをしている。
幽香はその月の代表的な花を部屋に飾る事が多い。趣味となっているくらいだ。別にマイナーな花を飾ってもいいのだが、たまに、ほんのたまにだが自らの部屋を訪れる誰かにもわかりやすい花を置いているという理由もある。
他にもシャクナゲを置いた理由がある。シャクナゲには『危険』や『警戒』などの花言葉を持っており、そのためなのかこの花畑に侵入してくる敵を察知するのが素早い。しかもその情報は中々に正確なため、幽香は重宝していたりする。
実はシャクナゲにはもう一つ、花言葉があるのだが――。
『君がこうやって自分自身の意志で誰かを連れて来る事が、さ。……今回の場合だと、君から戦いを吹っかけて強制したらしいけど』
「……相変わらず、情報が早いわね」
『当たり前だよ。この花畑に来る侵入者を察知するのは誰だと思っているんだい? そしてその情報を纏めて幽香に報告しているのはボクだ。花畑上空で行われた戦闘を把握できないわけが無いだろう?』
冷静に聞こえるが、どことなく非難されているように感じる。
「え~っと……それじゃ、貴方は……」
『うん、もちろん
「そ、そんなつもりはないのだけれど……」
『それは本当かい? 先に言っておくけど、ボクはね、別に君を非難しているつもりは無いんだよ。ただ君もよく知っている通り、ボクの花言葉には『尊厳』というものがあってね。だから彼の『尊厳』を貶しめたのを憤っているんだ。彼はまっすぐなんだ。良くも悪くもね。小さな花に対する配慮もある。だからこそ尊い。彼みたいな人間は貴重だよ。それなのに君はまるで物みたいに扱ってその上なんだい? 骨を抉り取った後にそれをまるで玩具みたいに使って遊んでただろう? 大体君は――』
「ご、ごめんなさい。私が悪かったわ」
『ハァ……まぁ、今はこれくらいで止めておくよ。……君の事だから、どうせまた同じ事を繰り返すんだろうけどね』
否定できなかった。
先程シャクナゲが先程言った通り、この花には『尊厳』という花言葉を持つ。
とはいえ別に幽香が戦闘を仕掛けた事に対しては特に何かを思ってはいない。ただ、その後幽香がシオンの背中に手を突っ込んで掻き混ぜて骨を抉り取ったのがマズかった。
シャクナゲはそのような、人や妖怪、花などの『生きている何か』に対して、意味も無く玩具にするような行動を酷く嫌う。
そんなシャクナゲだが、逆に言えば大抵の人や妖怪を嫌う事になる。普通、他者に――特に小さな虫や花に注視する人間などいない。
つまり、シオンがあの時花畑の花を抜き取ったり、木の傍にあった花に気付いていながら踏み潰していれば、ここまで幽香を叱る事はしなかっただろう。
幽香としても、好奇心であんな真似をしなければよかったと今更ながらに後悔する。
ここには幽香がいるせいで、バカな人間や妖怪くらいしかここには来ない。そしてそういった対象をどうしようとシャクナゲは何も言わない。
が、今回だけは別だった。忘れていた自分をどうしようもなく非難してしまう。シャクナゲの説教は、一度始まったら長いのだ。
『……彼が目を覚ましたら、きちんと謝ること。そうしたら今回は説教を止めるよ』
「…………………………わかったわ」
しかし、どうやら何とかなりそうだった。
これさえ無ければ、部屋の装飾として飾るのには申し分ないのに……と、ついそう思ってしまう幽香だった。
「……朝か」
「本当に、貴方は人間なのか疑わしいわね」
「幽香、だっけ」
「そう。もう一度自己紹介させてもらうわ。私は風見幽香。花を愛する妖怪よ」
シオンは冷静に問いかけると、椅子に座って足を組んでいた幽香もあっさりと返す。
幽香としては先程の質問に答えて欲しかったのだが、疑問形で聞いたわけでも無いので、まあいいかとあっさりと諦めた。
「で、俺を殺さなかった理由は?」
「あら、そんな言葉を吐くって事は、殺して欲しいのかしらね?」
口の端を持ち上げる幽香。
傍から見れば恐ろしいと思う表情だが、シオンは特に何も思わない。
本気で言ってない相手の言葉ほど、信用できないモノは無いからだ。
『――幽香、昨日の言葉、忘れたの? 彼に謝るんじゃなかったっけ? それがなんで挑発じみた言葉に変わっているのかな? ねえ、答えてくれるかい?』
が、ここには約一輪? ほど、その言葉を冗談だと捉えられないモノがあったようだ。
若干だが幽香の顔から汗が流れる。説教を喰らうと、花の世話ができなくなる。昨日はシオンとの戦いがあった以上、二日続けてサボるのは避けたかった。
しかし、意外なところから助け舟が出た。
「別に俺は気にしてないけどね。俺と幽香は殺し合った。なのに俺は死んでない。だから気になっただけだし」
「……え?」
『……へ?』
「……ん?」
幽香とシャクナゲは呆けた声を出し、シオンは純粋に疑問を感じて首を傾げた。
「なあ幽香。ここにいるのは、俺と貴方だけじゃないのか?」
「まあ、話せる相手は私だけ、ね」
『ボクは単なる花だし……』
「……声は聞こえる……というより、感じる? んだが。自分の事を花と言っているけど……」
「『…………………………』」
どうやら、本当に聞こえているようだ。本人的には感じるそうだが、何も間違いでは無い。幽香とてシャクナゲと『話して』いるとは言い難い。口が無い以上、話せるわけが無いのだから。
幽香は単にシャクナゲの『意志』と会話しているだけ。ただそれだけなのだ。
シオンが頭に疑問符を浮かべている中で、シャクナゲが意志を伝える。
『ボクの意思が聞こえるなら自己紹介させてもらうね。ボクはシャクナゲ。君から見て右、夕から見て左の植木鉢にある赤とピンクの混じった花がボクだ』
言われて気付く。確かに、『なんとなく』そこから声を感じる。
「えっと……シオンだ。よろ、しく?」
とはいえ、花と会話した事など一度も無いシオンだ。最後に疑問符をつけてしまった。
『まあボクの事はあまり気にしないで。……それより、幽香? いつになったら君はシオンに謝るんだい?』
「……ごめんなさいね。いきなり戦闘を仕掛けてしまって」
忘れていた、と言わなかったのは賢明だ。もし口に出していたら、シャクナゲはキレていただろう。絶対に。
そんな二人のやり取りなど知らないシオンは、特に気にしていないようだった。
「さっきも言ったけど、気にしてない。負けたのは、俺が弱かったからだ」
どことなく寂しさの滲んだ声。それに違和感を覚えた幽香だが、その感覚を確かにする前に、シャクナゲが言った。
『なんなら幽香をボロクソに言ってしまってもいいんだよ? 幽香がキレかけてもボクが何とかするし』
「いや、いいよ」
『それならまあいいんだけど……それともボクが変わりに言おうか?』
「大丈夫。……ありがと、シャクナゲ」
『こんなよくわからない、今日話したばかりの花にお礼をくれるとはね。でも、どういたしまして』
そんな恐ろしいやり取りを交わす一人と一輪。しかし、シャクナゲはどこか楽しそうだった。
「言葉も交わせるし、相手を思いやる心もある。そんな相手に心配されたんだから、相応の礼儀を返すのは普通じゃないのか?」
『……君は本当に、真直ぐなんだね。普通の人間はそんなふうに割り切れないよ』
「そう、なのか。……ッ。そう言えば、忘れてたな」
若干顔を顰めるシオンは、勿体ないんだけどと呟きながら、力を行使する。
「これは……」
『凄いね……』
髪が短くなり、それに比例してシオンの両腕が元の形に戻っていく。
数十秒。そこには怪我も無く、包帯を全てとって伸びをしている元気な姿があった。
『ねえシオン、それは……』
「……奥の手みたいなもの、かな」
シャクナゲの呆然とした声に、明確な事は言わず、はぐらかすシオン。
だがそんな中で、幽香は自身の違和感を確信へと変えていた。
「シオン、一つ聞かせてちょうだい」
「何?」
幽香は自分の身体能力に物を言わせて、シオンの目の前に移動する。
病み上がり、かつ気が抜けていたシオンは、幽香のいきなりの行動に反応できない。
気が付けば、シオンの喉元には、幽香の手刀があった。
「……幽香?」
「やっぱり貴方を殺す事にしたわ。いいわね?」
『幽香!?』
悲鳴のような叫びをあげるシャクナゲに、しかし幽香もシオンも何も発さない。
そしてシオンはあっさりと、しかしどこか諦観を滲ませた声でこう返した。
「――ああ、いいよ」
やはり、そうなのか。幽香はそう思った。
シオンがこう返すのは、半ば予想していた。外れて欲しいとは思っていたが、同時に納得できる答えでもある。
シオンにとって、『敗北』とは、
「やっぱりね。貴方は、『敗北』をそんな風に捉えてる」
そして幽香は、こう告げた。
――貴方にとって、『敗北』は
幽香の言葉の意味は次々回で。次回はアリスに戻ります。