東方狂界歴   作:シルヴィ

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館の主

 「貴女 が咲夜の言っていたレミリアか?」

 シオンは疑問だらけの顔で言う。翼に関しては完全に無視だ。

 「ええ、そうよ」

 レミリアはその事が気になったが、とりあえず無難に返しておく。レミリアは、例え相手が侵入者だとしても、一応最低限の礼儀はするつもりだった。

 けれどそれは、すぐに崩れることになる。

 「……どこからどう見ても小さな女の子にしか見えないんだが。二つ名持ってるし、吸血鬼なんだから、俺の何倍も生きてるんだろうけど……」

 「ぅっ!?」

 顔を真赤に染めながら呻くレミリアには、シオンの後半部分の言葉は聞こえなかった。

 自分が気にしていることを容赦無く言われたレミリアは、お返しとして――と言うよりも、単なる八つ当たりに近いが――シオンを怖がらせようと、少しだけ妖力を出しながら嗤う。

 ……しかし、その姿はどこからどう見ても小さな少女であり、その笑みは余り恐怖を誘わない。それどころか、可憐な笑みにしか見えなかった。

 他人から見ると、どうしても子供が背伸びしているようにしか見えない。

 「外見で判断すると、痛い目を見るわよ?」

 それでもレミリアは大妖怪の吸血鬼だ。ほんの少量であろうとそこらの妖怪よりも妖力が多い。例え大人の男だろうと腰を抜かして恐れ、気の弱い人間ならば失神する。

 だからこそ、シオンの取った行動に驚いた。

 「忠告ありがとう。でもそれに関しては知ってるよ」

 「……!?」

 シオンは部屋に充満している妖力を一身に浴びているはずなのに、平然とレミリアの前にあった椅子に座る。あまつさえ正面、つまりレミリアの顔を直接見ていた。

 レミリアはシオンを見返しながら考える。

 (まさか、妖力を感じないとかそういう体質なのかしら? なら別の方法で――)

 そこで思考は中断される。シオンの声が聞こえたからだ。

 「小さいと言ったのは単純に驚いただけなんだが、レミリアには侮辱、あるいは挑発されたと感じたのかもしれない。だから、すまない」

 そう言って頭を下げるシオンに、溜息を返すのと同時に偶然視界の端に見えた咲夜が目を見開いて驚いているのが見え、眉を顰める。レミリアがそうしたのは、紅魔館のメイドが、誰かが謝罪するだけで驚くなどしてはいけないからだ。

 しかしそれを一旦無視して、妖力による弾を作ろうとして上げかけていた右手を下す。

 「……まあ、非を認めているのだから、構わないわ。今回だけは特別よ」

 「そうか、ならその物騒な気配を出すのを止めてくれないか? 殺気かと勘違いしかけて剣を抜こうかと悩ませられたからな」

 それを聞いてレミリアは目を見開く。驚いたせいか、ほんの少しだけ出していた妖力が消えた。妖力が消えると同時に、シオンの座り方がほんの少しだけ変化する。

 それを見て、レミリアは先程まで気付けなかったことがわかった。今目の前にいる人間の子供は、そこらの人間と同じように判断してはならないと。

 (いつでも戦えるようにしていた? 私でも気付くのが遅れたなんてね。しかもほんの少しだけしか出してないとはいえ、私の妖力に耐えられる胆力。……見かけだけで判断していたのは、私の方かしら?)

 そんなことを考えていたからか、知らない内にレミリア自身もいつでも戦えるように体の体勢を変えていた。シオンはそのことに気付いてはいたが、それは自分のせいだろうと考えていた。殺し合いをするのが日常的になっている者なら、それくらいは当たり前だろうと。むしろ、攻撃してこないだけレミリアは自制していると感じた。

 だからこそシオンは、笑いながら言った。

 「とりあえず、自己紹介でもしようか」

 「え……?」

 シオンの態度に毒気を抜かれたのか、レミリアはポカンと呆けてしまった。

 それを見ながら、シオンは自分の表面上の事だけを話し始めた。

 「じゃ、俺から言わせてもらう。俺の名前はシオン。わかりにくいだろうけど性別は一応男。外見の殆どは母親似だから女っぽいけどね。年は九だ。……貴女は?」

 「……え? その身長で九歳?」

 シオンの答えにレミリアは疑問の声を上げる。咲夜は「……同い年、だったのですか」と呟いていた。かなり酷い言い草だが、彼女たちがそう思うのも仕方が無い。何せシオンの身長は一〇〇センチを超えていないのだから、九歳と思えという方が無理な相談だ。

 二人が驚いているのに気付いたシオンは自らの身長が低い理由を話した。

 「ああ、これは栄養不足と、能力の弊害だよ。他にもいくつか理由はあるけどね」

 「……貴方、一体どんな人生を歩んできたの?」

 余りにもあっさりと答えるシオンを心配してか、レミリアは珍しく気を遣うように訊ねた。

しかしシオンは「気にするな」とだけ言い、手振りで次はそっちだと示すだけだった。

 「……私の名前はレミリア・スカーレット。年は、確か五〇〇は超えていたはずよ」

 シオンの軽い態度に先程までの空気は霧散したため、レミリアは適当に言った。ちなみに年齢が大雑把なのは、長い時を生きる妖怪にとって、自分の年齢など基本どうでもいいことだからだ。

 「周りからは『紅い悪魔』なんて呼ばれているわ」

 心なしか若干誇らしげに言うレミリアに、シオンは爆弾を叩き落とす。

 「ああ、知ってるよ。飲み切れなかった血が零れて服に付いたから、そう呼ばれるようになったんだろう?」

 その言葉を聞いた瞬間、レミリアは何故貴方が知っているのか? といった感じに固まってしまった。だがそれもほんの一瞬のことで、すぐに我を取り戻した。

 「な、なんで知って!?」

 「ああ、それは――」

 余程知られたくないことなのか、泡を食ったかのように叫ぶ。それにシオンは答えようとするが、流石と言うべきか、レミリアは何故シオンがそれを知ることができたのか、その理由を悟り、咲夜を睨みつけた。

 「咲夜、貴方ね! 何故侵入者に、いえ、部外者に教えたの!?」

 その目には妖力どころか殺気まで籠っているようだった。だが、実際にそれを浴びさせられた咲夜は涼しい表情で受け流す。

 「シオンは信頼できると思いましたので、教えました」

 「信頼……? 初対面の人間を?」

 レミリアの顔からは、信じられない、といった思いが滲んでいた。

 しかも咲夜は『信用』できると言ったのではない。『信頼』できると言ったのだ。過去に相応の実績があるのならばレミリアでも信用くらいはできる。しかし、初対面の相手に対して『信頼』し、ここまで入れ込むのは普通ではない。ならば何故、こんなことを。

 「私は無理よ」

 「ええ、そう思われるのも無理はありません。いえ、それが普通の反応でしょう。私も最初はそう思っていました」

 即答で否定するレミリアに、咲夜も即答で返す。余りにも咲夜らしくないと感じたレミリアは、訝しげな表情で訊ねた。

 「最初は……?」

 訊ねると同時に頭の冷静な部分で思考する。何故咲夜がここまで変わっているのかと。

 (何らかの能力を使われた? いえ、それなら私にわからないはずがない。それなら言葉で誘導された、あるいは言い込まれた? 咲夜はうっかり者ではないし、言い込まされるような人間じゃない。なら、他には――)

 レミリアの思考の間隙を突くように咲夜は言った。

 「不思議に思うのは当たり前だと思われます。今までの私が今の私を見れば、自分の見ているものを疑うでしょう。ですが、私はシオンをお嬢様に会わせようとしている最中に色々と話をしていたのです。その中に、お嬢様が吸血鬼であることと二つ名を言いました。どうなったと思いますか?」

 「恐れたんじゃないの?」

 答えがわからなかったレミリアは少しだけ投げやり気味に言う。咲夜はレミリアの素の部分が出てきたことに少しだけ笑い、首を横に振った。

 「いいえ。全くと言っていいほどに興味が無かったようです」

 「……興味が、無い?」

 流石に咲夜の回答が予想外過ぎたのか、レミリアは呆然と呟いた。別に彼女の反応が可笑しい訳では無い。大妖怪の吸血鬼であるレミリアは、例え彼女と同じ妖怪であっても恐怖し、畏怖する存在なのだから。ただの人間など言うまでもない。

 事実、レミリアが今まで出会った人間は極一部を除いて皆体を震わせ、涙を流しながら命乞いをする者ばかりだった。まれに無関心などといった反応をする人間はいたが、それだけだ。……現実を受け入れられず、結果的に無関心になった者はいるのだが、それは数に入れないでいいだろう。

 驚愕と呆然を半々にした顔をしているレミリアに、咲夜は続きを話す。

 「その後にお嬢様の二つ名の由来を話したのですが、やはりどうでもよさそうでしたので、つい本当の理由を説明したらどうなるのだろうかと思いまして。それで試しに話してみた後、しばらくは呆然としていたのですが――」

 咲夜はそこで一旦話を止め、シオンを見る。見つめられたシオンはそれに頷き返した。

 「――大きな声で笑い始めました」

 「……………………………」

 レミリアはありえない出来事に、声すら出ないほど驚愕し、ショックを受けた。

 (呆れや憐みならまだ許せる。いえ、やっぱり許せない。けど、笑われるよりはマシよ。それなのに笑われた? 高貴な吸血鬼である、この私が?)

 そこまで考えた瞬間、屈辱と羞恥で反射的に体が動いてしまう。目の前にいるモノを壊してしまおうと。

 そしてレミリアは、自身の右腕に膨大な妖力を纏わせながら、叫んだ。

 「来なさい、『スピア・ザ・グングニル』!!」

 グングニルを出すのと同時に腕を振るい、槍の先を突き出す。そして、それが目の前の人間を殺す、それが確定している。それが目の前の人間の『運命』なのだから!

 そこまでを一瞬でやり終えたレミリアは、まさに嵐が吹き荒れるかのような速度でグングニルで人間の頭を貫いた。――貫く、はずだった。

 「――え!?」

 「いきなり人の頭を吹き飛ばそうとするなよ……。まあ、咲夜に話してもいいって許可したのは俺だし、笑ったのも事実だから、自業自得なんだけどさ……」

 レミリアは攻撃を躱され、その上で右腕を掴まれ、テーブルに押さえ付けられた事に驚愕し、シオンはそのままの体勢で呆れたように言う。

 あの時、シオンはレミリアが右腕に何かを集めていることを悟り、いつでも避けられるようにしていた。そして実際に攻撃が来た時――まさか槍が現れるとは思ってもみなかったが――にどこを狙っているのかを瞬時に判断、ぎりぎりで躱した。

 そして回避し終える前に追撃されないように身を乗り出して右腕を掴み、テーブルの上に押し付けたのだ。けれど、妖怪であるレミリアをそれだけで押さえるのは不可能と判断したシオンは、能力を発動させて無理矢理レミリアの腕を押さえつけた。

 ちなみに押さえつけた理由はもう一つあるのだが、それを知っているのはシオンだけだった。

 けれどレミリアにわかるのは、シオンが確定した『運命』を覆して攻撃を回避し、妖怪の力すら無視して自らの腕を押さえている、という事だけだ。

 訳がわからない。理解ができない。間抜け面を晒しながらも、つい言ってしまった。

 「何故、躱せたの……? グングニルが貴方の頭を潰すのは、定められた『運命』のはずなのに……」

 「定められた? それはどういう……まさか貴女は、人の運命が見えるのか? いや違うな。もしそうなら、そこまで驚く必要は無い。まるで頭を潰すのが決まっていたかのような反応……。なるほど、そういうことか。……俺もそうだけど、この幻想郷はこんな特異な能力を持っている奴が多いのか?」

 レミリアの能力を大雑把に推測したシオンは、最後に誰にも聞こえないように、小さく呟いた。

 その時、レミリアはおかしなことに気付いた。主である自分が押さえ付けられているのに、咲夜が何も言ってこないのだ。

 そして、レミリアとシオンの後ろから、呻き声が聞こえた。

 「……うっ……ぁ。シオン、貴方は……お嬢様の能力が、わかったのですか?」

 「咲夜!?」

 床にうつぶせに倒れ、顔を押さえて小さく呻く咲夜にようやく気付いたのか、レミリアは叫んだ。そしてシオンの顔を振り向くと、殺気を籠めて睨みつけた。

 その殺気にシオンは溜息を吐いた。

 「ああ……やっぱり気付いていなかったのか? 言っておくけど、あれをやったのは俺じゃない。それに咲夜は頭を押さえてはいるが、脳震盪を起こしてるだけだ。……多分」

 「馬鹿を言わないで。貴方以外に誰が――まさか!?」

 シオンの言葉に反論しようとしたレミリアだが、途中で何かに気付いたのか、目を見開いて硬直した。それに気付いた咲夜は、ふらついた状態で何とか言葉を発した。

 「お、お嬢様……お気に、なさらないでください。避けられなかった私の責任です、ので」

 「その言葉で事実だと認めていると言っているようなものなんだけど……咲夜って、案外天然なのか?」

 呆れた声でシオンは呟くが、レミリアにその言葉は聞こえなかった。自らのしでかしたことに気付き、呆けていたのだ。

 「何で、咲夜が……? それに、避けられなかった、って……」

 本当に気付けていないレミリアに、シオンは何故咲夜が倒れているのかの種を説明した。

 「確か妖力、だったか? それの籠めすぎただけだよ」

 「妖力の、籠めすぎ?」

 「そう。そのせいで、槍から漏れ出た妖力が槍の先から放出された。本来なら俺の頭に当たるはずだったからそのままでもよかったんだろうけど、俺が避けたせいでそのまま弾丸として放たれたんだよ。それが咲夜いる方に飛んでったってこと」

 「つまり、考えなしで行動した、私のせいって訳ね……」

 「待って、ください……お嬢様の責任では、ありません……」

 少しだけマシになってきたのか、咲夜は顔を押さえていた手をどかした。その顔は真っ赤になってはいたが、傷はできていないようだった。

 それを見たレミリアは安堵するが、その顔はすぐに強張り、それと同時に異常に気付く。

 (おかしい。何で怪我だけ()()してないの? そもそも槍から放出されるほどの妖力の塊を顔に喰らって、人間である咲夜が生き残れるはずが無いのに……なぜ咲夜は、死んでいないの?)

 そう、おかしいのだ。グングニルはそこらの鈍な武器とは違い、かなりの業物だ。そんな槍が受け止めきれないほどの妖力を籠めた弾丸を人が喰らって、原型を留めているなどありえない。

 つまり、何らかの外的要因があったからこそ、咲夜は無事でいられたのだ。そして、この場でそんな行動ができるのは一人しかいなかった。

 レミリアがおとなしくなった――本当は考え事をしていただけなのだが――と判断したシオンはレミリアの腕を離し、椅子に座り直す。レミリアはかなりの力で締め付けられていた腕の調子を確かめる。

 そして、横目で立ち上がった咲夜を見てから、シオンの左腕――いや、左手を見た。先程から一度も動かさず、また隠すようにしているその手を。

 「シオン……その、左手を見せてくれないかしら」

 「………………………………………………ハァ」

 言わなければ無理矢理にでも吐かせるという視線に、シオンは溜息を吐くと、誰にも見えないようにしていた左手の掌を見せた。

 その掌は、酷く焼け爛れていた。

 「―――――――――――――――ッ!?」

 それを見た咲夜は息を呑んだ。レミリアも咲夜ほどではないが、目を見開いていた。

 「な……シオン、それは……」

 「あ~……レミリアの攻撃を回避した時に何かが出るのを感じたから、咄嗟に、ね。それに、威力の殆どを減衰させたとはいえ、完全には受け止めきれなかった。まだまだ弱いな、俺は」

 歯切れ悪く言うシオンに、二人は何故シオンがこんな事をしたのかを理解した。咲夜が後ろにいたとわかっていたからこそ、シオンはこんな暴挙に出たのだと。

 もしも咲夜が後ろにいなかったら、シオンはこんな事はしなかっただろう。それがわかった咲夜は、今にも泣きそうなほどに顔を歪めた。

 対照的にレミリアは余り動じていないようだった。正確には、もう一つの異常に気付いたせいで、シオンの怪我を気にする余裕が無かったからだ。

 (咲夜は気付いていないけれど、さっきの話が本当なら、この結果はありえない。それなのに、何故掌が焼け爛れているだけで済んでいるの? 本来なら腕が消し飛ぶだけじゃすまないはず。多少威力が落ちた弾丸でも、十分咲夜を殺しきれるくらいはあるはずなのに。……考えられる要因としては何らかの能力を使ったから、か。まあいいわ。咲夜を守ってくれたのだから、余り気にしないことにしましょう)

 それでも説明できない部分は残る。それをレミリアは聞いた。

 「ねえ、シオン。何故貴方はそんな大怪我を負いながら、全く表情を変化させないの?」

 そう、シオンの顔は平静そのものだった。まるで始めから怪我など負っていないかのように。掌が焼け爛れていれば、転げまわっていてもおかしくないほどの激痛が、今もシオンを襲っているはずなのだ。それなのに、何も変わらない。

 そして、シオンの回答は歪なものだった。

 「慣れているだけだよ」

 「慣れて、いる?」

 「ああ。この程度の痛みだったら普通くらいだね。俺が痛みで倒れるには、全身大怪我くらいにならないと無理だからな」

 予想を裏切るどころではない答え。一瞬空気が固まり、しかしすぐに元に戻る。

 「な……何よそれ! ありえないわ、そんなの! 痛覚に慣れるなんて、ありえない!」

 「そうです、シオン! 私も苦痛に耐える訓練はしていますが、そんなのは……!」

 焼け爛れた掌をひらひらと動かしながら答えるシオンに、レミリアと咲夜は叫び返す。どれだけ苦痛に慣れようと、『痛み』という感覚があることには変わりない。訓練したとしても、痛みに耐えて動けるだけで、無表情でいられるわけではないのだ。実際、例え妖怪であろうと痛覚はあり、苦痛にのた打ち回ることもある。

 シオンは二人の叫びを無視して、掌を見つめながら呟いた。

 「慣れているものは、慣れているんだ、としか言いようがないな」

 「今は……言うつもりは無いのですか?」

 「無い。そもそも話せるような内容じゃないよ」

 聞く余地も無く断るシオンに、レミリアは妖怪らしい行動を取った。

 「なら、無理矢理にでも話させるのはどうかしら?」

 右手に持っていたグングニルをシオンへと向けながらレミリアは脅しつける。しかしシオンは、あえて焼け爛れている左手で槍を掴むと、そのまま言った。

 「それでも話すつもりは無い」

 「そう……なら仕方ないわね。諦めるわ」

 「お嬢様、一体何を! シオンは何故わざわざ怪我している方の手で槍を掴んでいるの!? ああもう、シオン、薬を持ってくるのでここで待ってて! お嬢様、失礼します!!」

 冷静に話し合う二人に叫びながら咲夜は部屋を飛び出した。

 シオンはいきなり敬語の崩れた咲夜に驚き、レミリアは昔のように素の部分を出したことに驚いた。

 そして二人は顔を見合わせると、クスクスと笑い始めた。

 「フフッ、あんなに慌てる咲夜は久しぶりね。珍しくいい物が見れたわ」

 「俺としては最初のイメージが崩れたな……まあ、あっちの方が子供らしいと思うから、さっきの方がいいんだろうけど」

 「それ、貴方が言う言葉じゃないわよ。……咲夜よりも子供っぽくないじゃない」

 レミリアが呆れたように呟いた言葉をシオンは気付いていたが、聞こえない振りをして無視した。

 

 

 

 

 

 紅魔館の広い廊下を、一人のメイドがズカズカと歩いていた。

 (ああもう! お嬢様もシオンも、悪ふざけが過ぎます! それに加えて、シオンは何故左手で槍を掴むのですか……! 少しは自分の体を労わってください!)

 自分だったら槍を掴んだ瞬間に痛みに耐えられなくなるだろう。それなのに、彼はその痛みを気力でねじ伏せられる。その精神力は相手側にとっては驚異的となるだろう。

 どれだけ攻撃を与えても、死ぬまでかかってくる敵ほど恐ろしい物は無い。

 そこまで考えて、あの時、あんなふうに咄嗟に腕を出せるのなら、避けるくらいは簡単にできるはずだという結論に辿り着く。

 と、そこで咲夜の足は止まる。その顔は、不安で揺れていた。

 (……私のせい、なのでしょうね。彼が怪我を負ったのは、私が後ろにいたせいですし。いくら鍛えていても、あんな風に咄嗟に動くなんて私にはできません。……お嬢様もシオンも、今の私の何倍も強い。シオンが、羨ましいです。彼なら、もしかして……)

 そこまで考えて咲夜は頭を振る。自らの邪な考えを振り落とすように。だから結局最後まで気付かなかった。咲夜は『今の』と思ったことに。これは、まだ自分は強くなれるだろうと思っているからか――あるいは、まだ強くなれるはずだと思い込もうとしているようだった。

 そして、再度歩き出す咲夜だが、自らの恥ずかしい考えを忘れようとしたせいか、その足取りは先程よりも早かった。

 (何で、何で、何で……命の恩人であるシオンを……妬ましいと思ってしまうなんて!)

 歯を噛みしめ、手を握り込んで忘れようとするが、シオンをレミリアの場所へ案内した時に交わした言葉を思い出していた。

 (人も妖怪も、欲を持っている……確かにそうですね。私のこの思いは、ある意味では欲なのでしょうから。それでも私は、この思いを……いえ、願いを捨てることだけはできません。例えそれが、絶対に叶わない夢だとしても)

 咲夜には絶対に叶えたいと思う夢があった。ある人間から見れば無謀だと、そんなのは不可能だと言うであろうモノ。それでも絶対に諦めることだけはできなかった。

 咲夜は溜息を吐いて、少しだけ歩く速度を落とした。それからは心を無にして、薬を置いてある部屋へと歩いて行った。

 

 

 

 

 

 咲夜が薬を取りに行っている頃、レミリアはシオンに質問していた。

 「それで、何故わかったのかしら?」

 「ん? 何がだ?」

 レミリアはシオンが先程解った部分を聞こうと、もう一度聞き直した。

 「だから、私の能力の話よ。大体はわかってるんでしょう?」

 「合ってるかどうかはわからないけどね。まあ多分、運命を操れるとかそんなところだとは思うけど」

 「……普通に合ってるじゃない。どんな思考回路を持ってれば、そんなすぐにわかるのよ……。本当に、人間ってよくわからないわ」

 何度も驚かされたせいか、レミリアは驚愕している時間が短くなっていた。そしてそのことに気付いてしまい、彼は退屈を紛らわせてくれるいい相手だと思うようにもなっていた。……まあ、目の前にいるのが本当に人間なのかどうかを若干疑いたくなってきてはいたが。

 「ん~……そう言われても、俺は普通とは違うからなぁ……。とりあえず俺が言えるのは、気にしない方がいいってことくらいかね」

 「いえ、気にしないって事ができないわよ? 貴方、色々とありえなさすぎるから」

 「それに関してはどうでもいい。それよりレミリア、貴女は貴女自身の能力をきちんと理解できているのか?」

 「いえ、どうでもいいとは思えないのだけど……。まあいいわ。能力の理解って、どういう意味かしら?」

 シオンの言葉が理解できなかったのか、首を傾げながら問い返す。

 「簡潔に言うと、能力の制限、代償、あるいは弊害……そんなとこ」

 少しだけ考えるレミリアだが、すぐに頭を振る。

 「……わからないわ。そもそも私は、この能力を余り使わないの。正確には、使う必要が無い、の間違いなんだけど……やっぱり、わからないわね」

 それもそうかとシオンは思う。これほどまでに強大な力を持った人物が、そう何度も能力を使う理由も機会もあまり訪れないだろう。

 「まず、レミリアの運命を操って変えられるのは、自分と同じ程度か格下にしか使えない。どこかで聞いた話をそのまま利用するが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そういうことだと思うよ」

 その言葉に何か思うことがあったのか、顎に手を当てて考え込んでいたレミリアは、少しだけ遠い目で呟いた。

 「……そういえば、そんな光景を見たことがあったわね」

 「じゃあ、このことには気付いているか? 恐らくだが、レミリアが無理矢理変えた運命をねじまげられると、その後に起こる現象もねじまげられることに」

 「それは、つまり――」

 「誰かを殺す運命を確定してそれを回避された場合、無差別に他の対象を殺す」

 恐るべき事実。しかも運命を曲げた代償が、本人ではなくその周囲にいる存在に降りかかるというのだから、なおさら性質が悪い。

 「……じゃあ、咲夜があの時死にかけたのは、貴方が死を回避したから?」

 「多分、そう。そもそも妖力を放とうと思っていた訳でもないのに、それが武器から溢れるってのがおかしいんだ。余程力の制御が下手なのか、あるいはただの馬鹿か、そんな奴でも無い限りはあんなことを起こすはずが無い。つまり、『偶然妖力が武器から放たれてしまう』というかなり低い……それこそ、何万以下の確率が引き起こされたってわけだ」

 「……………………………………………」

 レミリアは黙り込んで思考していた。シオンは邪魔をするのは悪いと思い、ただそれを眺め続けていた。

 それからしばらくして、レミリアは小さく呟いた。

 「多分、貴方の推測は合ってる」

 「そう、か」

 「ええ……。今思えば、あの時無理に運命を変えたから、今こんなことになってしまっているのかも、ね」

 「……?」

 意味深なレミリアの言葉に、シオンは眉を寄せる。しかし、レミリアはただ目を閉じて、何も言わなかった。

 (咲夜、貴方が彼をここに連れてきた理由がわかったような気がするわ。彼女と同じ思考力と、それ以上に大妖怪の一撃を止められるほどの戦闘能力。そして何より、それらを扱いこなすことができる強靭な精神力。これなら、私たちの願いが叶うかもしれない。うまくいくかはわからない。けど、それでも頼むしかない……!)

 藁にも縋る思いで、レミリアはシオンに提案した。無論、紅魔館の主として余裕を持って、優雅に振る舞うことは忘れない。

 そして、シオンの方へと体を向ける。

 「ねえ、シオン。私とゲームをしない?」

 見る者を虜にさせるような笑顔で、レミリアは言った。

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