そして筆が進みません。というより話が進みませんw
ではどうぞ。
「――私は、魔法を覚えたい!」
永琳の目をまっすぐと見て叫ばれたその言葉。その裏を読むのは永琳にとって容易い事だが、敢えてアリスに言わせる事にした。
「それは、どういった考えを持ってそう言ったのかしら?」
「はい。私は今まで魔法を使いこなすようになる事ばかり考えていました。ですが、鈴仙に教えてもらったのです。それだけが全てでは無いと。だから、一度は、もう魔法を捨ててもいいかもしれない、そう思いました」
どことなく寂しげな表情を浮かべるアリス。
今まで培ってきたモノを自ら捨てるという選択は、人にとってそれほど辛い事なのだ。当然だろう。
「なら、なぜ魔法を覚えようと?」
「……思い出したからです。この世界には妖怪がいる。この迷いの竹林にも、いえ、ここ以外でもいるのでしょう。いつでも私の隣には鈴仙がいるとは考えられません。最低限の自衛の手段を持たなければ、生きていくのは難しい、そう思い至りました」
確かにそうだろう。ただの人間が、妖怪に勝つなどまず不可能。そもそもの身体能力に差があるのだから、相応の技術と戦闘経験を持っていなければ、一瞬で殺される。
だが、それにも穴がある。この世界のルールを知らないのだから仕方がないが、別に戦闘手段を持つ必要は無いのだ。
「アリス。貴方はもう知っているかもしれないけど、人里に住めば、わざわざ魔法を覚えなくても安全に生きていけるわよ?」
「……え?」
「あの人里には、とある妖怪が『この里に住む人間に手出しするのを禁止する』って言ってあるから、かなり安全なのよ。それにあの里にはそこそこ強い半妖がいるから、それを無視してでも入ってくる妖怪は大抵殺される。絶対とは言い切れないけれど、一生の内に妖怪と出会う可能性はほぼ無くなるわね」
――ただしその場合、鈴仙と会える時間は無くなると言えるくらいに減るけれど。
そんな言葉は胸の内に留め、アリスの返事を待つ。アリスのことだ、どうせ永琳が言わなかった部分も理解しているだろう。
最初から答えを言い、そういうふうに誘導するのはとても簡単だ。しかし、そんな事ばかりしていては、肝心な時に自分一人では何も考えられなくなる。考え続ける事、つまり思考するのをやめれば、そんなものは人間とは言えない。
何かを思い、考えるその姿こそが、人間としてのありようなのだから。何も考えずに欲望に従って行動するのなら、それはただの獣と変わりない。
実際永琳は、そんな人間を幾度も――。
「私は、鈴仙と離れたくありません。信頼できる友達を、そして私の姉となってくれると言った人と、一緒に居たいのです」
「……鈴仙が姉、ね。いいわ、貴方の考えはわかった。それじゃ、早速始めましょうか」
「はい!」
アリスから聞いた意外な事実は脇に置いて、とりあえずやるべき事をしようと永琳は思った。
「それじゃ、まずは魔法を使ってもらおうかしら」
「……え? ですが、私には魔法を使えません。それは永琳様もご存じじゃ?」
「もちろん知ってるわよ。ただ、私は貴方の体の中にある魔力の流れを見たいのよ」
「永琳様は魔力が見えるのですか!?」
基本、魔力は目には見えない。相手が魔力を周囲に垂れ流せば漠然と『魔力がある』と認識できるが、そんな無駄な魔力消費はしないだろう。
例外として、魔力を視認できる人間もいた。しかしそれも少数であり、アリスは見た事は無い。それにどの世界でも希少性の高い物は人に利用されるもので、魔力の視認できる人間は無理矢理連れ去られれ事が多い。
必然、自分が魔力を見れると公言する人間は身分の高い貴族や王族を除いてほぼいない。
しかし、その魔力を視認できる人が居る。アリスが永琳を見ていると、その視線に含まれているモノを察した永琳が言う。
「ああ、私自身は魔力を見れないわよ? 単純に……コレを利用してるだけよ」
ポケットから取り出したのは、最初にアリスと会った時に使っていた、あのレンズだった。
そういえば、と今更ながらに思い出す。確かに永琳は、あの時魔力の流れを見ているという発言をしていたはずだ。
どうしてそこに思い至らなかったのだろうかと思ったが、それでも感嘆の息が出た。
「そんな凄い物を永琳様は作れるなんて……」
「まあ、暇潰しに作っただけなのだけどね」
「暇潰しで!?」
「意外と便利で役立ってるわね」
あっさりと言ってのける永琳に、アリスは驚愕どころか呆れてしまいそうになった。
何と言うか、色々と凄いのだが……どこか抜けているような気がする。具体的には一般常識とか諸々が。
「まあそれはどうでもいいわ。とりあえず、魔法を使ってちょうだい」
「は、はあ……」
気の抜けた声を出しつつ、アリスは言われた通りにする。
だが、やはり魔法は発動しない。いつものように、虚しい詠唱が響くだけだ。傍から見れば恥ずかしい事を叫んでる人と思われるだろう。今ここにいるのは永琳だけなので、特に気にならなかったが。
その後も試行錯誤してみたが、どれも失敗に終わる。どうしてこうなるのか、アリスを含めて誰にもわからなかったのを永琳は解明できるのかと思ったが、当の永琳は何度か頷くだけだった。
「なるほどね……もういいわよ」
「わかりました」
アリスの声音には元気が無いが、余り気にしている様子も無い。おそらく、慣れてしまったのだろう。魔法を使えない自分自身に。
しかし永琳は気にしない。ただ気付いた事を言うだけだ。
「それで、わかった事なのだけれど……どうやら貴方は、
「放出……できない?」
「ええ。アリスが魔法を使うとき、体の中にある魔力は急速に体中を巡ってる。そしていざ発動するという瞬間、一気に魔力が放出される……はずなのに、体表近くで堰き止められてるのよ。そういう体質なのか、はたまた別の要因なのか。流石にそこまではわからなかったわ」
そこまでわかるだけでも十分凄い。アリスには、そんな事わからなかったのだから。
「…………そうね、確証は無いのだけれど……アリス、貴方、小さな時に何かおかしな事がなかったか、聞いた事があるかしら? 例えば……母親か自分が、高熱を出した、とか」
「そう言われましても……」
「どんな些細な事でも構わないの。思い出してみて」
唐突に言われて戸惑うアリスだが、永琳の視線に負けて必死に思い出そうとする。
幼い時の記憶などほとんど無い。そもそも家族の思い出すら無い。あるのはただ、まだ何も知らなかった頃に、自らの親友であるメリーと無邪気に遊んでいた事と、事実を知ってからひたすらに魔法を使えるようになるための練習だけ。
およそ子供らしくない記憶。そんな中で、アリスはふと思う。
(私はなんで魔法を使おうと思ったの?)
今思えば、『王族だから』などといったバカな理由で使うはずがない。つまり、相応の理由があるはずなのだ。
うんうんと悩んでいると、なんとなく、ボヤけた記憶が浮かび上がってくる。
アレは、確か――どうしても魔法が使いたくて、珍しく我儘を言い、自分が魔力を測定しようとした時の事だ。
魔力を測定する魔導具に手を置いて、少し経ち。アリスの魔力量がわかった時、誰かが、おそらくは父が叫んだ。
「『アイネが高熱を伴ったのは、これが原因なのか!?』」
そんな言葉だったはず。
アイネとはアリスの母親、アイネアスの愛称だ。だが、これだけの言葉では理解できない。
しかし、永琳は違うようだった。
「やっぱり……」
顎に手を当て、考え込んでいる永琳。その頭脳の中には一体どんなものがあるのか、アリスには予想もつかなかった。
しばらくすると考えがまとまったのか、永琳がアリスの方へと顔を向ける。
「確実とは言えないけれど、わかった事を説明させてもらうわ」
「……はい」
「まずアリスが魔法を使えない。これは体質じゃあないわ。おそらく、本能レベルで刻み込まれた自己防衛本能よ」
と言われても、アリスには自己防衛本能などという言葉は理解できない。
世界間による技術の差のせいだ。加えて、永琳は極稀に相手の持っている知識を想定せずに説明をする事がある。むろん、それを説明されれば思い出すのだが、如何せんどうしようもない。
だが今回は自分で気づいたらしく、アリスに自己防衛本能が何たるかを説明した。
「自己防衛本能と言うのは、簡単に言えば自身を傷つける事から身を守る反応ね。熱い物からは手を放す、といったものかしら。とにかく、それが原因なのよ」
「はあ……。ですが、それと私が魔法を使えない事の繋がりは?」
「
簡潔に言ってのけた永琳に、しかしやはり理解できない。そもそも幼少時のトラウマなどアリスには無い。正確には、
しかしそこは永琳。すぐさまアリスの懸念を払拭する。
「言ったでしょう? 本能だと。本能とは無意識の内にやる事。つまり、
例えば夢などがそうだ。幼い時にそれが夢だと知らず怖い物を見て、それが何なのか定かではないのに怖がる時がある。これも意識が無い、眠っている時にできる、ある種のトラウマだと言えるだろう。むろん、そんな物はすぐに忘れる。余程心に傷を残すようなモノで無い限り。
「その原因は――貴方が貴方となる前の出来事。いいえ、正確には貴方が貴方という人間として確定した瞬間の出来事」
「…………………………それは、どういう」
「今は私に問わないで、ただ聞いていて。そうね……アリス、貴方はどうして人が生まれるのかを知っているかしら?」
「!?」
ボッ、と顔が赤くなるアリス。この反応を見るに、おそらくは別の事を考えている。
「……言っておくけど、私は男女の交わりを言っているわけでは無いのよ?」
「わ、わかっています! もちろんわかっています!?」
必死に否定しているが、それが逆に微笑ましい。
とはいえアリスがそっちの知識を持っていてもなんら不思議ではない。王族とは、『そう』いう事をまず教えられるべきなのだから。婚約し、その相手と結婚する。それは両者が、特に女性は純潔でなければならないのだ。王族では、特に。
「さて、アリスの可愛らしい反応が見られたところで、真面目な話に戻すけど」
「そもそもなんでそんな事を聞いたのですか!?」
「赤子が成長する段階の話をするためよ。そもそもとして人が人としてかくあるべきという話は諸説あるけれど、ただ『魔力』を宿すだけなら母のお腹にいる状態でも持っているの。そして先程アリスはアイネ、つまりアリスの母親は、貴方を宿している状態で高熱を患ったという事を仄めかす言葉を聞いた。。それはおそらく、
そのまま永琳は続ける。
「恐らく、膨大な魔力に体が耐え切れなくなったのでしょうね。でもそこは今関係無い。関係あるのは、高熱を患った母体の中にいる胎児は、長期間その状態が続くと
そこまで言われて、わからないはずがない。
幼少時のトラウマ。無意識でも起きる。魔力の暴走。母親の高熱が長期間続けば、胎児は流産する、つまり
そのせいで、自己防衛反応はこう判断した。
「それじゃあ……私は……」
手が、震える。視界も安定せず、ぐらぐらと揺れている。
どうしようもなかったのだ。アリスが魔力を暴走させ、そのせいで無意識の内に刻み込まれた自己防衛本能によって、魔力を体外に放出する事を堰き止められた。魔力を体外に放出すれば、死に至る。それを刻み込まれてしまった体が、自身を守る為だと誤認してしまっているのだから。
どれだけアリスが努力しようとも、何がトラウマなのかもわかっていなければ、なんの意味も無いのだ。ましてそれを克服など、できようはずもない。
――
わかっていた。考えていた事だ。それでも、悲しい。
「ぅ……ッ……!」
溢れ出る涙が止まらない。
必死にそれを拭うが、袖で目元を擦っても擦ってもまた出てくる。
遂に大声で泣こうとしたアリスに、しかし永琳が軽い口調で言った。
「まあ、攻撃的な魔法じゃ無ければ使える可能性はあるけれど」
「え!?」
永琳の言葉に、溢れていた涙もピタリと止まってしまった。
「アリスの魔力は母体に――それも魔法を使う国家の女王に影響を及ぼすほどにある。けれどそれは、結果的に貴方が使う魔力の最低量も押し上げる事になった。コレの示す意味がわかる?」
動かない鈍い頭を必死に回転させ、その理由を考える。
「……正確に言うと、私の体は、一定量を超えると魔力を体外に放出できない、ですか?」
「正解。実際魔力操作だけなら、無意識の内に修練してたおかげなのか、かなりの技量に達しているわ。多分、初歩の初歩の攻撃魔法の更に最低威力なら使えるはずよ」
それはアリスにとって天啓だった。初歩の初歩とはいえ、魔法が使える。ずっと追い求めていたモノが手に入る。
だったら、やる事は一つだ。
「お願いです! 魔力操作の仕方を教えてください!」
それからひたすらに地味な作業が続いた。魔力を籠め過ぎず、かといって足りなすぎず、途轍もなく微妙なラインを見極める。
しかし、流石は五年もの間魔法を使おうと努力し続けただけあって、すぐにそのラインを把握できた。
掌から放たれる魔法。それはその道の人間からすればどうしようもないくらいのモノだったが、それでもアリスは嬉しかった。
(……私の願いが、叶った)
ずっと、ずっと使いたくてやまなかったモノ。
少ない家族の記憶の中で鮮明に覚えている、母が使った、夜空を彩る魔法。それこそがアリスに『魔法』というものを憧れさせた。そんな憧れが叶ったのだ。喜ばないはずがない。
目の端に涙が浮かんでいるのを、永琳は普通の笑顔と苦笑の中間くらいを浮かべて見ていた。
しかし、これからが本当に辛い事だ。
――アリスはもう、これ以上の攻撃魔法は使えないのだから。
どれだけ魔力があろうとも、使えなければ意味が無い。アリスのそれは、ある種の呪いだ。
残酷な現実を、今から永琳は教えなければならない。それが、少しだけ辛かった。
「少しいいかしら? 私は、アリスに言わなければならない事があるの」
「なんでしょうか?」
「アリス……貴方は、もう」
「――これ以上の攻撃魔法は使えない、ですか?」
そう言った時に寂しげな横顔を浮かべていたアリス。
「……気付いていたの?」
「はい。……永琳様は私がこの魔法しか使えないと気付いていた。だからどこか言い難そうにしていたのですよね?」
「そう、ね。人は誰かに期待を寄せれば寄せるほど、それが裏切られた時の憎悪も増す。それが嫌だったの」
やはり永琳も寂しげな笑みを浮かべる。それはアリスのものより数段深く、どれほどそんな経験を味わったのかと思わせた。
だが、それもすぐに消え去った。
「でも、使えないのは『攻撃』の魔法。……そうね、アリスの世界には、他にどんな種類があるのかしら?」
「永琳様から見れば拙い、どうしてそうなるのかもわからない技術体系の魔法ですが……大別して三つほど。それぞれ『自然魔法』、『神聖魔法』、『精霊魔法』があります。私は精霊に好かれてはおりませんので、精霊魔法は使えませんが」
それからアリスは、先程使った攻撃魔法の類を自然魔法、傷を癒したり身体能力を増加させる支援などを神聖魔法と説明する。永琳に対し、過度な説明をしても意味が無い、というより必要無いと気付いたのだ。
「……そう、大体わかったわ。予想も着いたから」
こう返されると、わかるのだから。
だからアリスもこう返す。
「それで、永琳様の考察は?」
「自然魔法は一瞬の力、神聖魔法は持続する力、かしらね」
と言われても、やはりアリスには何の事かさっぱりだ。
しかし余計な疑問は挟まず素直に聞く。永琳の話を邪魔して質問するより、はじめから順序だった説明を聞いた方が理解できるからだ。
「端的に言えば、自然魔法は魔力を体内で循環させる事で増幅、刹那の内に外へと拡散、その魔力を元に魔法を発動させる。……こんな風に」
永琳は数個の弾幕を形成すると、遠くに撃ち放った。
それらは複雑な軌道を描くと、庭にあるアリスの背丈、横幅よりも大きい岩に当たり、粉々に粉砕する。
「これらは魔力を一瞬で使い切って発動するものだから、効果も数秒、モノにもよるけど数十秒で無くなるわ。逆に神聖魔法は体に纏わせ続けるから」
他者にも視覚できるほど魔力を安定させて纏う永琳。微かな乱れも許さないその制御能力は、アリスのソレを遥かに上回っている。
「……!」
しかし、だからこそアリスは驚愕する。
魔力は不定形だ。そんなものを安定させるには、並外れた技量を必要とする。なにせ、魔力を安定させるという事は、水などの液体を、人では知覚できないレベルで安定させるのとほぼ同義なのだから。
改めて永琳の凄まじさを認識するが、同時に不信感もでてくる。
永琳の外見はどう見ても二十代、上手く化粧をすれば二十歳になったばかりかその一歩手前くらいにできるだろう。
後で聞いてありえないと思ったが、永琳はなんと化粧をしていないらしい。というより、この幻想郷に住んでいる大半は化粧をしていない。その気になればいくらでも、しかもクオリティも過剰すぎる物が作れるがする気も無い。理由としてはわざわざ着飾る必要が無いからとの事だった。
例外としては喪などの時くらいだそうだ。それでも多少らしく、派手に着けるのは余程手慣れてない人くらいらしい。
世界観の違いを思うが、同時になんら不思議ではないとも思った。アリスの元居た世界でも、国によって信ずるモノが違うのだから。
とにかく、永琳の技量に反して年齢が伴っていない。いくら永琳が天才と言えども、この若さで複数の事柄を極めるのはまず不可能だ。
「多分、アリスは神聖魔法であればかなり良い線まで行けるはずよ。とりあえず、試してみましょうか」
笑顔を浮かべる永琳は、アリスの疑念に気付いているのだろうか。
しかしアリスは、例え疑っていたとしても、永琳を信じた。アリスが疑っているのは永琳の年齢に反した技量であって、彼女の人間性を疑っている訳では無い。
「――……はい」
頷き、アリスは神聖魔法の習得を始めた。
「コレは……」
永琳はアリスの魔法目を見張る。永琳が驚くほどに、アリスが使った魔法は予想外だった。ある意味で、『医者いらず』をそのまま表している。
それなりに面倒な制限もありそうだが、それ以上に強い。上手く使いこなせば、サポート特化として申し分無い人物になるだろうと予想できる。
だが、今はまだ開花する前の蕾だ。花開く前に枯れるかどうかは、彼女次第。
一つパン、と手を叩く。ビクリと体を震わせたアリスは集中力が切れたのか、魔法の発動も止まった。
「そろそろ止めた方がいいわ。いくら魔力があると言っても人の集中力に限界はあるし、これ以上は非効率的。それに時間も丁度いいわ。朝ご飯を食べに行きましょう」
「わかりました」
二人は永遠亭の中へと戻り、居間へと移動する。そこには永琳の言う通り、できたばかりの料理が並んでいた。
「師匠、アリス、おはようございます。後はお茶を淹れるのと輝夜様を呼んで来ればいつでも食べられますよ」
ニッコリと満面の笑みを浮かべながら言う鈴仙。その視線はどことなくアリスの方を向いている気がしたが、気のせいだろうか。
「では、私は輝夜様を呼んできますね」
鈴仙が部屋を出て行ってから数分後、未だ眠そうな輝夜を伴って戻ってきた。
「姫……また夜遅くまでゲームをやっていたのですか?」
「だっていいところまで行ったんだもの。やりたいと思うのも仕方ないでしょう?」
永琳の呆れ顔もなんのその、手を口元に当てて欠伸をする輝夜。このやり取りにはもう慣れてしまったのか、鈴仙は黙ってお茶を淹れている。
全員がそれぞれの場所に座ると、いただきますと挨拶をして、各々が食べたい物を手に取り、口へと運ぶ。
大体半分くらい食べた頃だろうか、永琳が一旦食器と箸を置いた。
「鈴仙とアリスにお願いがあるのだけれど、頼まれてくれないかしら?」
その言を聞き、鈴仙はすぐに、アリスは少しあたふたとしながら箸を置く。どうにもこの箸という物には慣れないのだ。
「師匠、それは必ず私とアリスでやらなければならないのですか?」
「そう言うわけでは無いのだけれど、一度くらいは見ておいた方がいいんじゃないかと思ったのよ」
「ああ……わかりました。私は構いません」
二人のやり取りを輝夜は理解しているようだが、アリスにはわからない。
「あの、鈴仙と永琳様は何の話を?」
「すいません、アリスにはわかりませんよね。今の話は、一度アリスを人里に連れて行ってはどうか、というものです」
「人里……」
「まあ妥当でしょうね。アリスは永遠亭しか見てないのだし、幻想郷の一部……特に人間が安全な場所の把握はしておいた方がいいわ。永琳はそう言いたいのでしょう?」
「そうですね、姫」
それで、と永琳は続ける。
「アリスはどうしたいかしら? こちらとしては置き薬のストックを確認するために、どの道鈴仙を里に行かせる必要があるから、それに着いて行くか、行かないか。それを決めてちょうだい」
アリスは少し悩んだが、すぐに言った。
「行きます」
「そう。だったら食事を食べ終えたら動きやすい服に着替えて、里に行ってきて」
食事を終わらせ、鈴仙が皿を洗っている間に永琳が用意した服を着る。
アリスには読めない字のロゴがある淡いピンク色のシャツを着て、ヒラヒラが付いたスカートを穿く。スカートだから動きにくいかと思ったが、どうやら外側をスカートに、その内側にズボンがあるようで、アリスの感覚としてはズボンを穿いているのとあまり変わらない。
どうやら永琳は可愛いファッションと動きやすさを両立させる物を選んだようだ。とはいえ永遠亭にはこういった物を着る者はいないため、とりあえず簡単に作れる服を急いで永琳が作成したらしい。その割には完成度が高すぎるのだが。
「着替え終わったかしら? ……よかった、似合ってるわね」
どことなくほっとしている永琳。彼女としてはこの服は納得のいくクオリティでは無かったようで、少し心配していたらしい。
「ありがとうございます、わざわざ服を用意していただいて」
「別に気にしないで。流石にドレスで竹林やら整備されてない道やらを歩かせるわけにもいかないのだし」
あんな恰好で外に出るのは余程の阿呆だ。重い、スカートが長すぎて走れない、裾を木などに引っ掛けやすいなどなど、運動などできようはずがない。
「それに、ドレス一着だけで生活なんてできないわ。病人用の貫頭衣なんて着させられるはずもないし、いずれまた新しいのを作るつもりよ」
アリスとしては願っても無い言葉だ。いつもいつも無駄に豪奢で綺麗なドレスばかりを着ていたせいなのか、その反動で動きやすく可愛い服を着るのが楽しいのだ。
永琳が作ってくれた服がある程度増えたら、それを使って服を組み合わせてみようと思う。
「あの、永琳様」
「何かしら」
「私に何かして欲しい事はありませんか?」
だが、やはり貰ってばかりというのはアリスのプライドが許さない。たとえそれがちっぽけなモノであろうとも、それがあるのもやはりアリスである所以なのだから。
微かに眉を寄せている永琳は、珍しく悩んでいた。
正直に言ってしまえば、アリスにできる事などほとんど無い。ならば、煙に巻くような言葉を言うしかなかった。
「だったら、人里に行ったら情報収集でも頼めるかしら?」
「情報収集、ですか?」
「ええ。最近起こった不思議な出来事を集めて欲しいのよ」
若干趣味が混ざっていたが、これくらいならできるだろうと永琳は思う。
とはいえ、そんな簡単に永琳が調べたいと思うほどの『不思議な出来事』など見つからないだろう。だからこそ、永琳にとって知りたいというのは事実でも、早々には達成できず、なおかつアリスにでもできる事なのだ。
「――はい!」
しかし、永琳を疑う事はせず、アリスは笑顔で頷いた。
アリスを落胆させないための嘘に近い言葉とはいえ、その裏表の無い純粋な笑顔に、永琳の心が少し、痛んだ。
はい、今回の引きでわかる通り、次回人里行きます。
てゆーか今回で人里に行くつもりだったのに……! なんか、長くなっちゃいました。
そしてもう一つ。女性のファッションなんてわかるか。