まあそのおかげで少しだけマシになったのと、読者の方にもシオンの心理描写がわかりやすくなったかなと思うので、ご了承願います。
「……何が言いたいんだ?」
「気付いていないのかしら? いえ、気付いていないからそんな反応が返ってくるのよね」
軽く目を細めて睨んでいるシオンを、しかし幽香は取り合わない。
気付いていない人間に、何かを気付かせるのは難しい。それが、その人間の根本に植え付けられていれば、なおのこと。
「一つ聞くけれど、どうして貴方は今ここで私に殺されるのを受け入れてるの? もう怪我は貴方自身が治したのだから万全のはずなのに」
「俺がどれだけ足掻いたって、貴女には勝てない。俺じゃ貴女を……殺せない」
あくまで戦うなら幽香を殺すと言い切るシオンに、幽香の戦闘狂としての部分が出てきそうになるが、抑える。
これ以上は戦わない。あらかじめそう決めたのだ。
「そう。……もう一つ聞くわ。貴方にとって、『死』とは何?」
「敗けだ。死ねば敗け。それ以上でもそれ以下でも無い」
ある意味、シオンのこの考えは狂っている。
普通、死をそんな風に考えている人間はいない。そもそもとして、死に対して恐怖を覚える事はあっても、それが一体どんなものなのかと想像できないからだ。
だが身近な部分に死がありすぎたシオンは、死ぬ事への恐怖があっても、それを理由に動けなくなるといった事は無い。だから、死ねばどうなるのかを考えられた。
その結果が、死ねば敗け。戦闘イコール他の人間にとっての遊び、ゲームと同義に捉えてしまっている。
「死ねば、何も残らない。『あの場所』で何かを残した人間なんて、いないんだから」
それが、シオンの答え。
しかし、幽香には歪んでしまった部分も見える。シオンと本気で殺し合ったからこそ、彼女にしかわからない事が。
「だったら、何故私から逃げなかったのかしら?」
「背中を向ければ殺されるとわかるくらいに差がある相手から、どうやって逃げろと?」
「別に逃げられなかったわけではないでしょう。何回かそのチャンスはあったはずよ。なのにどうして逃げなかったの?」
二人の言っている事は事実。しかし、シオンの言葉が証拠の無いあやふやな物であるのに対し、幽香の言葉には説得力がある。
実際、あの二人の戦闘を見ればわかる。終始幽香が優勢だったが、それでもシオンは最後まで食らいついていた。本当に差があるのなら、最初の一撃で終わっていただろう。
「本当の事を言いなさい」
未だ至近距離、それこそキスをする寸前まで顔を近づけている二人。そんな間近で睨みつけられているシオンは、それでも何も言わない。
「何も言わないのなら、私が言ってしまいましょうか?」
「…………………………」
「貴方は、逃げるつもりなんてなかったのよ」
「ッ!」
反射的に顔を歪ませるシオン。その表情からそれが本当だとわかる。
そう、シオンは嘘を言ってはいない。逃げようとすれば幽香はシオンを殺していた。しかし必ず逃げ切れないわけではない。
嘘を言わないからといって、それが真実だとは限らないのだ。
「どうして逃げるつもりが無かったのかなんてわからないわ。だけど、これだけは言える。最後の最後、私にマスタースパークを撃つだけの余力があったのなら、序盤に使っていた空間転移か何かを使って逃走できたはず。どう? 私の言っている事は間違っているかしら?」
幽香は相手が使ってきた戦法を基本的に忘れない。だからシオンがたった一度しか使わなかったアレが何なのかがわかる。
――あの覗き魔と似たような移動の仕方だったから、特に。
紫の場合は境界を曖昧にしての転移だが、それでも転移する時に空間の裂け目を作り、そこに入るという動作を必要とする。それがシオンのと似通っていたのだ。
「……間違ってない。全部、正しい」
シオンも、それがわかるのだろう。だから、否定しない。いや、できない。嘘を吐かないと決めているシオンは、それを破れない。
「逃げるつもりが無かったのは、逃げるわけにはいかなかったからだ」
「……もし変なプライドでそんな事をしたのなら、愚かだと言わせてもらうわよ?」
「違う。俺が……いや、俺は貴女に、『風見幽香』に勝ちたかった」
それが本音。
「実を言うと、俺はここには来るなと忠告されていた。それでもここに来てすぐに来た道を戻らなかったのは、この世界でも上位の力を持つ彼女が戦うなと言うほどの存在がいたから」
レミリアの親切を、シオンが死んでしまった時のフランの心を心配して言ってくれた事を無為にするとわかっていても。
「貴女に勝てれば……この世界で旅しても、ある程度は安全だとわかるから」
もちろんそんなのは絶対では無い。相性というものがあるし、大前提として人間であるシオンは雑魚の妖怪であってもその一撃をまともに喰らえば死ぬ。
「だから、戦った。……今思えば、バカみたいな理由だけどね」
自嘲するような笑みを浮かべるシオン。心底からそう思っているのだろう。
「――それだけじゃないでしょう?」
しかし、幽香はそんな
「確かに貴方の言っている事は真実、本当でしょう。だけどそれは
「何を言って……」
幽香の鋭い眼差しにシオンは戸惑う。
それを見て一瞬眉を寄せる幽香だが、即座に気付いた。
(……まさか、シオン自身気付いていない?)
ならば納得がいく。人が自分の本心を見て見ぬ振りをするのはよくある事だ。シオンの場合はその事にすら気付いてなさそうだが……。
「貴方は望んでいるのよ。例え無意識であろうと、ずっと」
「要領を得ない事を言わないでくれ」
あやふやな物言いに、シオンが段々と苛立ちはじめている。コレは極めて珍しい。シオンは余程の事で無ければまず苛立たない。苛立つための理由が無いのもあるが。
しかし、幽香から見ればその反応は、図星を指されて苛立っているようにしか見えなかった。
「そう焦らなくてもいいんじゃないかしら。落ち着いたらどう?」
「苛立っているのは事実だが、焦っているつもりはない」
「つもり、でしょう? 本当は焦っているのよ。だって」
幽香は一呼吸を置いて、言った。
「――そろそろ、自分でも気づき始めているのでしょう?」
「な――ッ!?」
トン、と体を押されるシオン。受け身すら取れず、いや取らずに尻もちをつく。背後にベッドがあったため背中は倒さずにすんだが、代わりにそれにぶつかった。
「戦っている最中、ずっと気になってたのよ。貴方は私の攻撃に驚きはした。私が貴方の全力の一撃に耐えた時は呆然となった。だけど……
「そんなの、慣れてるだけ」
「ありえないわね。自分より強い相手を恐れるのは、当たり前の本能なのだから。実際、貴方は『戦う前』は私に恐怖していたのだし」
シオンの言葉に自分の言葉を被せる幽香。シオンの『言い訳』を、一つ一つ潰すかのように追いつめる。
体勢も、いつの間にか片膝を着き、シオンの顔の真横、ベッドの縁に手を置いていた。
「……私は、貴方と似たような戦い方をしてきた人間を知っている。だけど、貴方と彼では唯一違う点があった。それが何か、わかるかしら」
「…………ッ」
「わからないでしょうね。教えてあげる。それは、彼は『生きよう』として、貴方は『死のう』と思いながら戦っていたこと」
「違う!」
叫ぶシオン。しかし、幽香には見える。
――恐怖に歪んだ、シオンの顔が。
段々と呼吸が荒れてくるシオンを無視して、幽香は言う。
「死にたいと心から言っている人間でも、それでも心のどこかでは生きたいと願ってる。でも貴方は、本気で、全力で死にたがっている。だから恐怖しない。
「……そんな、はずない。俺は、約束したんだ。フランと、もう一回会うって。なのに」
「そのフランというのが誰かは知らないけれど、貴方も知っているでしょう? ――人は、そう簡単に変われない」
「……違う。そんなの、違う。約束、したんだ。生きて、会うって」
「本心の誤魔化し。貴方にとって、自分の本音を偽れるくらいにはフランが大事なのでしょう」
一切の容赦なくシオンの心を追いつめ、嬲る。だが幽香は、それでも止めない。
「だけど、その『約束』すら破ってしまうほどに、その願望は大きすぎる。
そして、幽香は告げる。
「
シオンにとっての、決定的な一言を。
「
――口にした。
「
シオンは、何も語らない。
いや、幽香の告げた言葉が全て本当だった。だからこそ、何も言えない。
しかしフラフラと立ち上がると、シオンはどこかに向かって歩き出す。
「どこに行く気なのかしら」
幽香も立ち上がると、シオンの前に移動して壁となる。
「……外」
やっと話したと思えば、声に覇気が無い。淡々とした物言いで、答えるだけだ。
「私の話はまだ終わってないわよ」
「他に何があるんだ? 俺を追いつめるのがそんなに楽しいのか?」
「……重傷ね。まあ私が言える事では無いのだけれど。とりあえず、せめてコレだけは聞いておきなさい」
顔を上げたシオンだが、その顔は髪に隠れてよく見えない。けれど眼だけはよく見えた。自身にとって受け入れてくない事実を心に突き刺されたせいか、虚ろとなった瞳が。
「確かに貴方は道具よ。それが戦っている時の私の感想。でもそれは一つじゃないの。もう一つだけ、あるのよ」
「そう……それで?」
聞きたくない、そう叫ばないだけでも、シオンは強いだろう。
幽香は、自暴自棄になっていないのなら、この言葉も素直に届くだろうと判断した。
「貴方には、死にたいと願う道具としての心と、生きようともがく人としての心がある。……私から言えるのは、コレだけ」
何の反応も返さないシオン。
けれど、その瞳は大きく見開かれていた。
「……頭、冷やしてくる」
それから駆け出す寸前の速度でシオンは外へと飛びだした。
「さて、彼は一体どんな選択をするのかしらね?」
ほんの少しの楽しみと期待が入り混じった感情が幽香の胸の内に燻る。
彼がこのまま終わるならそこまで。だが違う道を選ぶのなら――
『……幽香、君は一体何がしたいんだ』
今の今まで何も語らずにいたシャクナゲが、疑念を含んだ声、いや意志で幽香に問う。
「強いて言えば彼のため、かしら? まあ大半は私のためだけれど」
『今の会話のどこをどうすれば君のためになるのか、聞かせてもらっても?』
幽香は腰に手を当てると、その視線を鋭くする。
「……彼は、強い。外見からも、そして年齢からも考えられないくらいに。だけど、
どんなに強力な一撃も、それを放った者の意志が無ければ何の意味も無い。幽香ほどの頑丈な体を持つ者には特に。
しかし幽香は、先程シオンに言った『生きようと足掻いた』人間に傷を負わせられた。シオンと比べれば遥かに弱かった相手だ。
逆にシオンの攻撃では、心の奥底まで届くようなものにはならなかった。一撃はシオンの方がはるかに上だったのに、だ。意志が無い攻撃では、幽香の芯にダメージを与えられない。
「そんな相手に負けるほど私は弱くないわ。でも、最後だけ。最後に撃ってきたマスタースパークを放ってきた瞬間だけは、強い意志を感じたの。……体の奥に届くような、強烈な」
『つまり幽香は、彼に発破をかけた、と?』
「それは受け取り手次第ね。単に私がシオンを追いつめたようにも見えるし、シャクナゲの言う通りに発破をかけたのかもしれない」
所詮はその人が感じた事なのよ、と言う幽香。
確かにそうかもしれないとシャクナゲは思った。人によって物の見方が違うのなら、こんな議論は無駄だ。
だったら今考えるべきは、なぜ幽香がこんな事をしたかだ。
(基本的に幽香は無駄な事をしない。そんな暇をする時間があるのなら、花の世話に時間を割くはずだし。……待って。幽香が時間を割くものはもう一つだけ……まさか)
色々と思うところはあるが、やはりこれくらいしか他の理由が思いつかない。
『幽香、君が彼にこんな事をしたのは、もしかして自分と戦ってほしかったからなのか? 君が言う人の強烈な意志を持って、それから……』
「あら、やっぱりわかっちゃう?」
『幽香……』
「大丈夫よ。彼なら自分で立ち直るでしょ」
『そういう事じゃないんだけど……』
シャクナゲに人の体があったなら、全身で呆れを表現していただろう。
幽香は気付いているが、それをあえて無視している。
(さて、シャクナゲにはああ言ったけれど、変わるか潰れるかは彼次第。できる事なら変わってほしいわね)
このままでいてもしょうがないと思った幽香は、ちょうどいい時間だから昼食でも作ろうと移動し始める。
幽香が料理を作り始める少し前、シオンは手の中にある姉の遺灰の入ったボロ切れを持って花畑を歩いていた。
「死にたい……か」
それは、本当の事だった。
シオンはもう、死にたかった。こんな辛い現実で生きるのが、苦痛だった。死んだ方が何も考えずにすむと、そう思いながら生きている。
そんなシオンを繋ぎとめていたのは、姉との約束。それが無ければ、もうとっくの昔に自殺でもして死んでいたはず。それくらい、死にたかった。
でも、それはフランと出会って変わった……はず、だった。
「変わってない。何も、何一つ変わらない。本当に、なんでだろ」
そんな事を思うが、わからなかった。
奪われて、奪われて、奪われ続けて。幸せなんてほんの一時で、それもすぐに無くなって。また絶望に落とされる。より深く、堕とされる。
「そっか……だから、死にたいんだ」
結局シオンは、そう思い込んでいるのだ。
いずれはフランも、自分の前からいなくなる、と。
無くなってしまうのなら、いっそ死んでしまえばそれを見なくてすむと。
幽香に恐怖したのも、今思えば別の感情から来るものだった。
シオンは条件が違うのなら別だが、事戦闘に関しては一度も負けた事が無い。だからこそ『自分が初めて敗ける』事に怯えた。
それもすぐに『やっと死ねるのかもしれない』という考えに塗り替わった。自分自身に『逃げたら殺される』という、
「こんな後ろ向きの考えじゃ、変わるはずがないよな……」
ふいにシオンは、自分の髪に何かが絡まっているのに気付いた。
それをとってみると、絡まっているというより、結んであるのがわかった。
「コレは……布? いやハンカチ、か?」
花柄のハンカチ。描かれているのはシャクナゲを少し簡単にしたものだ。
「いつの間に……」
言った瞬間、わかった。ハンカチをつけるタイミングなど、シオンが呆然自失となりながら幽香の家を出て行った、あの瞬間しかないと。
そのハンカチを見てみると、小さな紙が入っていた。
紙には小さな文字で、遺灰を入れるのなら、コレを使いなさいとあった。
どうして幽香がこんな気遣いをしたのかはわからない。それでもありがたかった。こんな汚い布の中に姉の遺灰を入れるなんてと、ずっと思っていたから。
シオンは座ると、ボロ切れを縛っていた擦り切れて千切れる寸前のゴムを解く。だがすぐにはボロ切れを開かず、先に『十六夜咲夜』になる。
外見的な変化は銀色の髪と青色の瞳だけだが、シオンの能力が変わった。
「『時間停止』」
範囲はボロ切れの中身。コレでよしと思ったシオンはボロ切れを開く。そこには、時間が凍結した事で一切の動きを見せない灰があった。
小さく風が吹く。だが凍結したおかげで灰は飛んで行かなかった。シオンの懸念が当たったようだった。
急いでシオンは灰を掴み、幽香から貰ったハンカチに包む。しかし縛る物が無い事に気付く。
「……髪で、いいか」
一旦能力を解除し、髪を数本引き抜く。その数本をゴムに変え、ハンカチを縛る。
立ち上がり、なんとなく周囲を見渡す。全てが花に覆われている景色だ。誰かの手で整えられなければ、絶対にありえない光景。
「……本当、バカみたいだ。なんで……『姉さんとこの風景を見られたら、どんなに嬉しいんだろう』って……思うんだ」
どれだけ望んでも、そんなのはありえないのに。
「なんで俺は……独り、なんだ」
寂しいと、心が叫ぶ。咲夜と、美鈴と、パチュリーと、レミリアと……フランと、一緒に居たいと、そう願っている。
独りに慣れ切っていた時はこんな事思わなかった。
人との温もりに触れたせいで、心を蝕む感情が生まれてしまった。
だけど、否定できない。あの時が一番、幸せだったから。
「もう、独りは、嫌だ……! ウ、アァ……ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
シオンは心の赴くままに、叫んだ。
幽香は、そんな叫びを聞いていた。正確には、花を通して伝わってくるのだ。
「バカね、本当に」
だからこそ、わかる。余計な感情を挿まず、ただ見た事をそのまま伝えてくる花達の様子から。 どれだけシオンが悲しんでいるのか。
どれだけ辛い思いをしてきたのか。
「失くしてしまったものは戻ってこない。でも、それをいつまでも胸にしまっていても、それにひきずられるだけなのよ」
『幽香……』
「……シオンは大事な人を。私の場合は花だけど……わかるのよ。その辛さが」
幽香がどんなに花を慈しみ、大切にしようと。
花は、すぐに枯れてゆく。
けれど幽香は、その花一輪一輪の小さな輝きを忘れない。それが、枯れてゆく花達への手向けとなるだろうから。
しかし、枯れてゆく花を見るのが辛いのには変わりない。幽香はそんな思いを忘れず、また新たな種を植え、花を育てる。
花が大切だから。枯れていった花も、これから咲いてくれる花も。
「彼も……それに気付けば、前に進めると思うのだけれど」
大切な人を失った人を後悔し続け。
それができなければ、シオンは幽香に殺されずとも、いずれ死ぬ。
そうなったら、自分がシオンを殺す。腑抜けた相手に拘るほど幽香は小さくないが、自身が戦った相手がそうなってしまうのを許せるほど大きくも無いのだ。
だが、幽香のソレは杞憂だった。
シオンは拳を握りしめると、それを『自分の顔面に』放った。
ドガァン! という、およそ人から出るべきでは無い音が出た。それだけの音だ、当然シオンの顔も酷くなっている……はずだが、鼻血が出ている程度で、どこかが折れたりヒビが入っている様子は無い。
「独りが嫌なら……会いに行けばいい。フランが、レミリア達がいる、紅魔館に! 死にたいと思っているのなら、誰と戦っても死ねないくらいに強くなればいい!」
そうだ。姉との約束で死ねないのなら、それを利用しろ。
死にたいと願う心を抑えつけてでも、生きてみせろ!
「俺はもう、絶対に約束を破らない! 必ず『生きてまた、フランと会う』!」
普通の人間なら、ここで誰かの助けを必要とするだろう。
しかしシオンは違う。ほとんど一人、いや独りで生きてきたシオンは、どんな決断も独りでする必要があった。
今回は幽香の発破で無理矢理気付かされたが、それが無くともいずれは気付いただろう。
シオンは立ち上がると、幽香の家へと足を向ける。
幽香の家へと辿り着くと、扉を吹き飛ばすかのような勢いで開けた。
「……幽香」
「花を通して伝わって来たからわかるわ。とりあえず、ご飯にしましょうか」
「いいのか?」
「よくなかったら貴方の分を用意なんてしないわ」
「ありがとう」
長らく栄養を摂らずにいたシオンは少し限界が近かった。シオンは椅子に座ると、テーブルの上にあるご飯を食べ始め、あっという間に食べ終えた。
「ごちそうさま」
「……もう少し味わったらどうかしら」
「十分美味しかったよ。それに体の方が限界だった。栄養補給しないと倒れそうだったし」
シオンは食器を片づけると、幽香の方に体を向けて、頭を下げた。
「今日一日」
「…………………………何がかしら?」
なんとなく予想がつくが、幽香は先を促した。
「今日一日だけでいい。ここに泊まらせてほしい」
まだ頭を下げ続けるシオン。
「……そうね。なら、花の世話を手伝う。この条件付きでいいなら、受け入れるわ」
「!」
少し悩んだが、それだけにしておいた。
驚くシオンに向けて、幽香は妖しく微笑んだ。
「この花畑は広大よ。死ぬ気でやりなさい」
「ああ!」
幽香の言われた通りにシオンは軍手やスコップなどの道具を持つ。幽香自身は手慣れている上に能力があるので必要無いが、やはりジョウロなど、一部の物は使う。
まず幽香が花に花畑がどんな状態にあるかを聞き、それによってやり方を変える。
雑草があるのなら抜き、水が足りないならかける。花同士が近すぎるのなら場所を変えておいたりなど、やる事は様々だ。
水をかける以外は二日間近く何も出来なかったため、やらなければならない作業は多い。シオンの手があっても、場合によっては余計な事をされて遅れるかもしれない。
が、それは杞憂に終わった。
のみこみが早い――早すぎるシオンが、幽香が言わずとも勝手にやってくれるのだ。
ふと、シオンが芽吹いたばかりの小さな花をスコップで周りの土と一緒に取っているのが目に入った。
「シオン、その花をどうするつもりなの?」
「え? ああ、何となく動かした方がいいかと……ここでいいか」
シオンはこの季節、総合的に日当たりの良い場所に優しく花を植え直す。感覚の鋭いシオンだからこそ花を一切傷つけずにできる。
そんなシオンを、幽香は訝しげに見ていた。
(……どうなっているの? 確かにシオンが移動させた花があった場所は、芽吹いたばかりの花を植えておくようなところじゃない。移動させた場所も最適。だけど)
どうしてそれがわかったの? そんな言葉が出かかった。
なんせ幽香でもシオンがやるまでは気付けなかったのだ。
幽香の能力はあくまで『花の意志』を感じ取れるだけであって、その意思が薄い芽吹いたばかりの花はわからない。
人間で言うところの赤ん坊のようなものだ。赤子は泣いて意志を伝える事はできるが、言葉が無いからそれがなんなのかを察知しにくい。
シオンは、それを完全に把握していた。
(どうしてなのか……聞きたいけれど、そんなのはできないわよね)
何より幽香のプライドが許さない。
相手の手の内を相手が自分から話すのならともかく、自分から聞くのは我慢ならない。自分自身で考えるからこそ強くなれるのだから。
結局シオンも幽香も、この時の一幕はすぐに忘れる事になった。
シオンは特に思う事無く、幽香はその内自分で把握しようと思って。
「それじゃ、俺はもう行くよ。泊めてくれてありがとう」
「……自分を殺しかけた相手にお礼を言うのはおかしい気がするのだけれど」
「そうなのか? 俺は特に気にしてないし、気にする理由も無いと思うんだけど」
本気で不思議そうにしているシオンを見て、幽香はそれ以上言うのをやめた。
今二人がいるのは、花畑の出口。その一歩手前だ。紫の能力に例えて言うなら、外と内の境界の境目にいる。
「幽香」
「何かしら」
「次は勝つ。いいや、
凝縮した殺意を幽香に向けて放つシオンを見て、幽香は嗤う。
「私にほとんど傷を与えられなかった貴方が、私を殺せるとでも?」
「さて、どうだろうね。やり方次第じゃないか」
不敵に微笑むシオン。
マズい、と幽香は思う。完全燃焼しきっていたはずの戦闘欲求が再燃し始めている。このままでは今ここで二度目の戦闘をしてしまいそうだ。
それは流石に嫌だった。今のシオンと戦うのも十分愉しいだろうが、もっと先、それこそ五年十年後のシオンと戦えば……どれだけのものになるだろうか。
とはいえこのままの状態もどうかと考えた幽香は、一つシオンにアドバイスをする事にした。
「シオン、貴方はマスタースパークを使う時に魔力を滞空させていたけれど、それは間違いよ」
幽香は手を斜め上に向けると、小さく呟いた。
「マスタースパーク……
手から一発、その周りから四発の閃光が放たれる。それは雲を切り裂き、消えた。
「滞空させるなんていう余計な動作を入れたら隙ができるわ。分散させたりして威力を落としてでも一瞬で使いなさい」
「……手加減、していたのか?」
「子供相手に本気を出すほど堕ちていないわ」
「舐めてくれるね……」
今度は幽香が余裕の笑みをする。シオンは顔を引き攣らせるが、それでも笑った。
しばらく笑みを交えていたが、ふいにシオンが一歩踏み出し、花畑の外に出る。
「いつかはわからないけど、必ずまたここに来る」
「その時を楽しみにしているわ」
それだけ言うと、二人は背を向けて歩き出す。
――次に会う時は、また殺し合う。
そんな思いを、胸に秘めて。
――しかし、二人とも忘れている。
シオンは今回も『独りで』自分の心を解決した事に。
誰の手も借りず、解決『してしまった』事に。
未だにシオンの心は、何も変わっていない事に――。
人の心は簡単に変わらない。
まさしくその通りだと、この言葉を聞いて思いました。
いずれはシオンのこの考え方も変わるのでしょうか。
それがこの物語の行く末ですね。