東方狂界歴   作:シルヴィ

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前に投稿してからもう25日も……!

あれからテスト一週間前→テスト突入→台風で延期、土日勉強に潰れる→テスト後すぐ文化祭準備に→土日また潰れる→月曜日片付け→火曜水曜でなんとか書き上げる←いまここ

……書く時間が無い! ついでにスランプ(ネタはあっても言葉が思いつかない)に陥っていて空いた時間でも全然書けなかったという……


Sideアリス/再度の遭遇

 「遅れてごめんなさい鈴仙!」

 「いえ、大丈夫ですよ。……その服は?」

 「永琳様が用意してくれたの。似合う?」

 「ええ、もちろん」

 やった! と小さく喜ぶアリスに微笑みを向ける鈴仙。

 しかし、そうしながらもやはり師匠は凄いと思っていた。

 二人が人里に行く事になったのが昨日だとしても、師匠とアリスの修行で朝は服が作れない。だとすると、師匠が服を作れるのは夜の間だけだ。たった数時間も無いのに上下を揃えられるのだから、どれだけの技術を持ってすればできるのだろうか。

 そんな事が一瞬頭を過ったが、今それを聞いてもしょうがないだろう。

 「準備できましたか?」

 「うん。いつでも行けるよ」

 靴を履いていたアリスが立ち上がると、鈴仙とアリスは永琳に言う。

 「それでは師匠」

 「行ってきます永琳様」

 「行ってらっしゃい。気を付けてね」

 手を振って二人を見送る永琳。

 二人の背中が見えなくなった頃に背を向けると、真後ろにてゐがいた。

 「……今までどこに行っていたの?」

 「ん? まぁちょっとね。ところで、あの人間はどこに行ったんだ?」

 「鈴仙と一緒に人里に行かせたけど、なぜそんな事を?」

 永琳がそう言った瞬間、てゐの雰囲気が変わった。

 「そうか、だったらいいよ。それじゃ」

 「待ちなさい」

 背を向けたてゐの肩に、永琳はそっと手を置いた。

 「てゐ。貴方が隠している事を、全部、誤魔化さずに、話しなさい」

 わざわざ区切っている永琳は、恐らく笑っている。てゐには、わかるのだ。

 だからてゐは、ギギギギと、まるで油の差されていないロボットのように永琳の方へと振り向いた。

 そこには、般若かと見紛う笑顔を浮かべた永琳が――いや、本当に般若が後ろにいると、てゐには見えた。

 「逃げたらどうなるか――わかるわよね?」

 

 「鈴仙、人里ってどんなところなの?」

 「そうですね、こう言ってはなんですが、そこまで文明は発達していないところです。元々人数が多くないのもありますが、科学技術は河童の専売特許なので、あまりやる必要が無いというのも原因の一つになっています」

 アリスとしては科学技術がどのレベルなのかもわからないし――自分の元居た世界よりはあると思うが――正直に言うと興味も無い。

 だが、一つだけ気になる言葉があった。

 「河童って?」

 「永遠亭に住むのなら会う事は無いと思いますが……川に住んでいる妖怪です」

 「え、妖怪なの?」

 「まあ一応そうなのですが、人間には友好的なので、例え会ったとしても大丈夫です。とはいえあっちが勝手に人間を盟友だと言っているだけなのですが」

 「それっておかしいんじゃ? 人間に友好的なのにあっちがそう思っているだけって……」

 「……思い込みって、怖いですよね」

 どこか遠い目をして呟く鈴仙に、なんとなくアリスは、ああ、河童が人間は盟友だと言っているだけなんだ……と理解した。

 「そ、それで他には何があるの?」

 「ん~……お店などはそちらにもあるでしょうから、寺小屋でしょうか?」

 露骨な話題逸らしだが、鈴仙は普通に答えてくれた。

 「寺小屋……お寺?」

 「あぁいえ、そういうものではなく、勉強を教えるところ、と言えばわかりますか?」

 「うん。でもそれって、お金とか必要なんじゃ? 大丈夫なの?」

 「教える人が一人しかいないので、あまり大勢に教えられるわけではありませんが、授業料はそう高くありませんよ。いつも大変そうですが、本人も楽しそうです」

 私も子供のお世話をする時があります、そう言って笑う鈴仙。

 「後は里から離れてはいますが、幻想郷唯一の神社である博麗神社。それと」

 「キャ!」

 「アリス!?」

 アリスの悲鳴に鈴仙は後ろを見た。

 そこには片足が地面の中にあるアリスがいた。

 「な、なぜ地面が……? とにかく足を抜い――」

 そこで鈴仙の声が途切れる。

 足元が無くなって、その中に落ちたからだ。

 「鈴仙、大丈夫!?」

 なんとか足を引っこ抜いたアリスが穴を覗き込むと、その顔が一気に引き攣った。

 「う、うわぁ……」

 穴の中は、その、なんというか、()()()()()を放つ物が大量にあった。

 具体的には生き物が生きていく以上必須とする事であり、それによってできる物だ。

 そんなところに落ちた鈴仙がどんな気分なのかは、同じ女であるアリスには予想する必要すら無かった。

 「…………………………い」

 一息入れると、鈴仙は叫んだ。

 「帰ったら覚悟しなさい、てゐ―――――――――――――――ッ!」

 

 片手でてゐの肩を押さえ、もう片方の手の人差し指を額に当てている永琳。

 その姿はどうしようもない子供をどうやってまともにするのか悩んでいるような感じだったが、実際は肩に置いている手をギリギリと握り締めていたりする。

 「……二人がそれにかかっていない事を祈るわ」

 そう言い、確認のためにてゐの言った事を反復する。

 「それで、その肥溜め的な何かを仕込んだ穴に、縄で固定した丸太が飛んで来る、それの他には何を仕込んだの?」

 ちなみに、てゐは今回そこそこ工夫して罠を設置したらしい。

 例えば少し引っ掛かる程度の小さな穴を作り、そこから足を抜いて前に進んだらもう一つの大きな穴に落ちる、と言ったようなものだ。その努力を別のモノに回して欲しいと思った永琳は悪くないだろう。

 更に言えば、予想に反して強硬にも何も話さないてゐに、しょうがないと言わんばかりに永琳は拷も……もとい、それに近い『お話』をして、なんとか口を割らせる事に成功した。

 しかし、なぜか最後の一つだけ――てゐは言っていないが、永琳の勘がそう告げている――は絶対に話そうとしないのだ。

 「これ以上話す事は無い」

 それだけしか言わないのだ。これ以上何もしかけてないと言わないのは、永琳に嘘を言っても無意味なのと、後からバレたら何をされるかわからないのが理由だろう。

 今回も同じ事しか言わないてゐに、一つ溜息を零すと、永琳は言った。

 「なら、てゐ『だけ』アリス達が帰ってくるまで食事抜きね」

 「な、それは!?」

 「それが嫌なら言いなさい」

 「う、ぐぐ……」

 てゐは、アリス達がいつ帰ってくるのかがわからない。里に行ったのなら食材を買いに、あるいは置き薬の確認などだろうが、アリスが着いて行ったとなると話は別だ。

 最悪数日間――そう思うと、てゐは自分の腹が鳴っていると錯覚してしまった。

 別に妖怪なのだから食事などせずとも生きていけるが、一度染み付いた贅沢はそう簡単に抜けはしない。

 要するにてゐは、兎らしく餌付けされていた。

 耳も頭も項垂れたてゐは、小さな声で言った。

 「……最後の、一つは」

 

 「全くもう、あんな物をしかけるなんて……私だったからよかったものの、アリスが落ちたらどうするつもりなのでしょうか」

 「あ、あはは……」

 あの後、穴から這い出た鈴仙は妖力を使って全身にこびり付いたアレを全て穴の底に沈めた。

 その時の鈴仙の様子は、正直思い出したくないとアリスは思う。本当に、今にもキレそうだったのだ。

 しかし物は落とせても臭いまでは落とせない。それについてはどうしようもないので、とりあえず持ってきていた水筒の水で服を着たまま全身洗い流して妖力を使って乾かしておいた。

 未だに匂いは残っているが、この際贅沢は言っていられない。里に入る前に川があるので、そこできちんと臭いを落とそうと鈴仙は決めた。

 「すいませんアリス、この臭いが大変不快なので、少し早足で行きます。速度は合わせますが、早すぎたら言ってください」

 「わ、わかった。とりあえず行きましょ」

 鈴仙の気持ちがよく理解できるので、アリスは一二もなく頷いた。

 そうして歩き出そうとして、アリスは頭上に影が差しているのに気付いた。鈴仙は気付いていないが、おかしい。

 (竹はほぼ真直ぐ生えるはず。だったらなんで影が――?)

 上を見て、アリスは息を呑んだ。

 「鈴仙、上! 止まって!」

 「え――?」

 鈴仙がアリスの叫びに応じて止まって振り返った瞬間、轟音を立てて何かが落ちてきた。

 「な、なななんですかコレは!?」

 前を見ると、黒い壁があった。

 しかしそれは、鈴仙が近すぎるからそう見えるだけだ。少し離れた場所にいるアリスには、それの姿が見えていた。

 「コレは、私と鈴仙が会った妖怪――!」

 

 「妖怪を捕まえた?」

 「そ。なんか無駄にデカいくせにトロいのが竹林にいたから、ロープで全身グルグルに縛ってどっかの竹の上らへんに置いて来たんだよ。人里に行くのに鈴仙がよく使う場所だし、ちょうどいいかなと思ってね」

 ま、流石にあたしだけじゃ運ぶのは無理だし、知能は無さそうだから誘導してから捕まえたんだけど、とおどけるてゐ。

 てゐはこう見えてそこそこ力持ちだ。運ぶのはともかくとして、竹の上に置くだけなら、上手くやれば確かに不可能ではない。

 しかし、一つ気になる点があった。

 (()()()()()()()()()()――。もしそれが私の勘違いであったならいいけれど、もし予想通りなら……()()()()()()()()()()()()

 うまく逃げられればいいのだけれど、と永琳は二人を心配した。

 

 「ど、どうしよう、鈴仙」

 少しだけ怯えているアリスに、鈴仙は言い切った。

 「戦うか、逃げるかですね。ですが相手の速度が分からない以上、いたずらに体力を消耗するのは得策ではありません」

 「じゃあ……」

 「様子見、ですね。今回は武器を持ってきていますので、最悪()()事も視野に入れましょう」

 「……!」

 鈴仙が何気なく言った、殺すという言葉。それにアリスは息を呑んだ。

 価値観の違いだ。アリスは生き死になど体験した事は無い。だから、相手を殺すなんて考えは頭に浮かぶ事すら無い。

 なのに、鈴仙は殺すと言う。相手は妖怪だと言われればそれまでだが、やはり心のどこかでは躊躇してしまうだろう。

 だから、アリスは言った。

 「……鈴仙、私はサポートに回るから、指示はお願い」

 「アリス……?」

 「私じゃ、相手を殺せないと思うから。そんな覚悟は無いし、背負う覚悟も無い。だから、今だけは、お願い」

 今だけは、とアリスは言った。

 それはつまり、いつかアリスは誰かを殺す事を覚悟する、という意味だろう。

 「そんな日が来ない事を祈りますよ」

 鈴仙としてはそんな事をしてほしくない。だがこの世界で、そして永遠亭で生きる以上、いつか必ず妖怪を相手にし、殺す日が来る。だから鈴仙は遠回しにアリスの想いを否定するしかできなかった。

 二人が言葉を交わしている間に、妖怪がゆったりとした動作で立ち上がろうとしていた。

 その妖怪は、一言で言えば黒い。ほぼ真黒だ。鈴仙とは、違う。鈴仙は人型。対してあの妖怪は獣型であり、色も一つ。まるで、()()()()()()()()()()()()かのようだ。

 「鈴仙、どうして同じ妖怪でもこんなに違うの?」

 「簡潔に言えば『存在が確立されていないから』ですね。妖怪は噂を元に生まれます。しかしそれがあまり広まっていなかったり、あるいは恐怖心が薄ければ、あんな形になるのです。だから低位の妖怪はまず自分自身を確立させるために人を襲い、その恐怖心を糧にしようとするのです。そうしなければ、生き続けられないから。忘れ去られた妖怪は、消えてしまうから」

 「消え、る」

 「ですが通常、あの程度の妖怪であれば、人の中に潜在的にある恐怖心でも自己を保っていられますが、知能は無いも同然です。自分が消えない事すら理解できません。だから――」

 妖怪は体を起こすと、手足の四本で体勢を整える。若干蛙に近いが、その巨躯は蛙なぞの比では無い。

 何やらキョロキョロと周囲を見渡している。と、その視線が一箇所で止まった。

 「――考えなしに、人を襲うのです!」

 鈴仙が言い終えると同時、妖怪がアリス目がけて突撃し出した。

 

 

 

 

 

 「アリス、とにかく相手の全体を見てください! 一点だけを見ていては足元を掬われます!」

 鈴仙はそう言うと、懐から黒い何かを取り出した。

 形としては、小さな黒い筒と、その端から握る部分が飛び出ており、その二つの間に指二つか三つが通せる穴があった。その穴にはトリガーがあるので、恐らくそのトリガーを引く事で筒の先から何かが飛び出る……アリスには、それくらいしかわからなかった。

 鈴仙はそれを片手で構え、照準をしながら呟く。

 「念のために武器を持ってきて正解でしたね――」

 まずは一発、トリガーを引く。

 ドンッ、と大きな音を立てると、視認できない速度で小さな塊が妖怪に向かって飛ぶ。

 しかし、鈴仙には見えた。

 飛んで行った弾丸が、妖怪の体に当たり、そして『弾かれた』。

 「な!?」

 驚きながらも二発、三発目を撃つ。だが、当然弾かれる。

 「アリス、横に!」

 「う、うん!」

 アリスには今の状況がわからないため、とにかく横に飛んで妖怪の体当たりを回避する。単なる回避だが、あの巨体、質量で襲い掛かられれば、アリスの体など一撃で潰れるだろう。

 けれど、鈴仙はアリスの身体能力に驚いていた。

 (アレは――魔力? 身体強化ですか。いえ、今はそれどころではありませんね)

 地面を蹴り、アリスの元へと移動しながらチラと妖怪を見る。

 (あの妖怪は動きが遅く、恐らく力も無い。代わりに――私の攻撃が一切通じない堅固な防御力を持っている)

 アリスの横に着地した鈴仙は、すぐに言った。

 「すいませんアリス。私ではあの妖怪の鎧とも言える体をぶち抜く事はできません。火力が圧倒的に不足しています」

 「それは……さっきの攻撃で、なんとなくわかってた。でも、それなら逃げるの?」

 「無駄でしょう。追いかけられるに決まっていますから。なので、奥の手を使います。たった一度限りの、奥の手を」

 「……それを使えば、あの妖怪に勝てるの?」

 「当てどころによります。体に当てても多分意味がありませんから、狙いは、頭。これ以外の場所は狙えません。しかし、コレはある程度近くに行かないと意味がありません。かと言って離れていれば威力は減衰します」

 だが、とアリスは思う。あの妖怪は無駄にでかい。頭のあるところへ行く前に振り落されるのがオチだろう。

 「幸いと言いますか、ここには竹があります。これを足場にして移動すれば、ある程度はなんとかなるでしょう」

 しかし、その間にもアリスは狙われ続ける。あまり時間はかけられない。

 無意識の内に焦りかけた鈴仙を止めたのは、意外にもアリスだった。

 「……ねえ、鈴仙。相手の動きを止められれば、当てられるのよね?」

 「ええ、まあそうですね」

 「だったら、私がなんとかできるかも」

 「は!?」

 戦闘中にも関わらず、視線をアリスの方に向けてしまう。

 アリスはただ、『信じて欲しい』と目で訴えていた。

 「――……ああもう! 危なくなったら止めますからね!」

 「ありがとう」

 言外に助けてくれると言ってくれた鈴仙に、アリスは一言だけ返した。

 「それじゃ、行くね」

 魔力を纏い、アリスは駆け出す。一直線に、妖怪へ向かって。

 

 「遅いかもしれないけれど、二人を追いかけましょう」

 「ええ……面倒だなぁ」

 「元はと言えば誰のせいなのかしらね。……薬の実験台にするわよ?」

 「全力でお手伝いします!」

 ボソリと呟かれた永琳の一言に、冷や汗を掻きながらてゐは即答する。

 そう、とどこか残念そうにしているが、何とか諦めてくれた永琳を見て、青褪めていたてゐの顔色が少しだけマシになった。

 最初の頃、てゐは永琳や輝夜にも悪戯をしていた。そのことごとくが看破され、また破壊され続けたが、それでも懲りずに設置するてゐに、永琳は薬を飲ませた。

 その時の感覚は、思い出したくも無いものだった。

 以降、てゐはこの二人に関して悪戯をするのをやめた。誰だって命は惜しいのだ。

 項垂れながら永琳に着いて行くてゐは、項垂れていたが故に気付くのが遅れ、永琳の体に頭を当ててしまった。

 「っと、どうしたんだ?」

 「追いかける必要が無くなったわ」

 「意見変えすぎだろ!」

 ついツッコんだが、気にせず永琳は自身の部屋へと足を向ける。

 「まあ、鈴仙一人だったら厳しいでしょうけど……アリスも一緒だから、大丈夫よ」

 なぜアリスが一緒だから不安になるのではなく、大丈夫なのだろうか。てゐの角度からは横顔しか見えないその微笑みは、なぜか楽しげだった。

 

 「っは!」

 アリスは気合を入れるために一つ声を発する。

 実際は心の内に潜む恐怖心を誤魔化すためなのだが、体が動けばこの際どうでもいい。気にする余裕も無い。

 生まれて初めての戦い。

 そんな状況でまともに動けるだけ、アリスはマシだろう。子供ゆえの無謀さもあるだろうが、それでも、だ。

 「――――――――――!」

 妖怪は声にもならぬ声を出す。

 と、いきなり横にある竹を掴み、バキッ、と割ると、アリスに向けて放り投げて来た。

 「え、えーと、『動体視力強化(アイ・プラス)』!」

 『動体視力強化』はそのままアリスの動体視力をあげる魔法。本来なら『視覚強化』なのだが、それだと他の視力も上げてしまうため、できない。

 視力があまりにも『良過ぎる』人間は、近くの物を見ようとし続ければ目を痛ませ、目から見た情報を処理するために稼働する脳を疲れやすくする。

 現状子供であり、またそういった感覚に慣れていないアリスのために、永琳はあえてデメリットを教え、その危険性を伝えた。アリスの聡明さを逆手に取ったのだ。

 そのためアリスにはそれぞれの感覚をいくつかに分けている。ただし、言葉は全て同じで、心の中で思った事柄を強化する、という風になっている。

 「遅い!」

 アリスの眼は、飛んで来る竹をスローモーションで捉えた。

 そしてタイミングを計り、アリスは竹に向かって、跳んだ。竹に上手く飛び乗り、そこからまた上に跳ぶ。

 妖怪へ向かって、ではなく、その更に上にあるロープへ向かって。

 「――っし」

 ロープを掴むと、複数の竹に絡まっているのを無視して横に思いっきり跳ぶ。いくつかは耐えたが、いくつかの竹は折れてしまった。

 物を壊す事をせず、そしてどんな物にも命があると、今よりも幼き頃に教わったアリスは、少し胸が痛んだが、気にしている余裕は無い。まだ竹に絡まったままの、ある程度の長さを確保したロープを持って、地面へ下りる。

 だが、それを狙ったように地面を叩き、地を揺らす妖怪。踏ん張っていたならともかく、下り立ったばかりで、しかもまだ着地が上手くないアリスは倒れてしまった。

 追撃に、妖怪は地面を叩いた時にできた割れ目に手を入れ、アリスの体よりも遥かに大きな塊を持ち、投げてくる。

 逃げられない、とアリスは理解する。明らかにアリスが立ち上がり、逃げようとするよりも早くあの塊が自分の体にぶつかる。

 アリスは身体強化は使えるが、それでもまだまだ粗が目立つ。ぶつかれば重傷、当たり所によっては死ぬ。

 腕を顔を前に出して交差し、頭を下にして小さくなる。つい目を閉じてしまうが、アリスは怯えてこうしたわけではない。

 頭を下にしておけば胸を庇える。腕を前に出せば多少は威力を下げられるし、頭と、その先にある胸を庇える。

 人の弱点はそれだけではないが、少なくとも脳、首、心臓を守れれば即死はしない。むろん怪我が大きければ生きていても死ぬだけだが、生き残れる可能性は上がる。そう永琳に教わった。

 しかし、予想に反して衝撃は無く、痛みも無い。ただフワリと優しく腕を包む感覚と、少しの浮遊感を感じるだけだった。

 「……?」

 おそるおそる目を開けると、鈴仙の顔が見えた。そして、自分がどんな体勢をしているのか理解する。自分はお姫様抱っこをされていたのだ。

 「な、なんで……?」

 「先程言いましたよね。危なくなったら助ける、と!」

 体を前に倒し、姿勢を低くして前に走る。そう、あの塊に向かっているのだ、鈴仙は。

 しかし、あの塊の狙いはあくまでアリス。つまり、前に行っても当たる事は無い。代わりに、飛ぶ勢いに耐え切れずに落ちてくる小さな土がパラパラと、たまに石も落ちてくる。

 それはアリスには当たらず、鈴仙の頭と髪、背中に当たる。鈴仙がわざわざ姿勢を前に倒していたのは、アリスを庇うためだったのだ。

 「鈴仙、いいの?」

 「汚れを気にする暇などありませんよ。ある程度接近したらアリスを降ろしますので、準備しておいてください」

 髪を汚し、傷ませるのを気にして聞いたが、鈴仙はそんな余計な事を言うなと一蹴する。

 少し落ち込んだアリスだが、鈴仙の言う事はもっともなので、自分はバカかと思って気にしない事にする。

 そんなアリスは、ふいに叫んだ。

 「鈴仙、私を前に投げて!」

 「え、は?」

 「いいから早く!」

 「は、はいぃ!」

 アリスの気迫に押されて、鈴仙は遠慮も情けも容赦もなく全力でぶん投げた。……あ、と思った時にはもう遅い。

 妖怪の腕力で全力で投げられれば、速度が出る。ただし、大人だろうと子供だろうと恐怖で泣き出しそうなくらいの速度、だが。

 しかし、現状アリスは動体視力強化が使える。周りの景色がスローモーションで見れるのであれば、恐怖心は多少和らぐ。

 問題は、ただ単純に前に進んでいるだけなので、体がグルグルと回転して気持ち悪くなりそうだという事ぐらいだった。

 そんな気持ちわるくなる事もやっと終わり、アリスは狙い通りに妖怪の足の間を通れた。空中で体勢を変え、足を地面に着ける。

 慣性に従ってガリガリと地面を削りながら、数秒して止まる。いまだスローモーションの世界の中で、アリスはロープを持った手をしっかりと握り、グルリと半円を描くように妖怪の右足の外側へ向かう。

 これでよし、と判断したアリスは、全力で上に跳び、竹を足場にしてさらに跳ぶ。

 後ろを振り向いたアリスの視界には、()()()()()()妖怪の姿が見えた。

 とても単純な話だが。

 片足を上げた状態で、半円上にした紐を地面に着けたままの方の足にかけられ、そして思いっきり引っ張られたら、どうなるか?

 答えは簡単。支えを失った体は、引っ張られた方向とは逆に倒れる。アリスは今回妖怪から見て前に引っ張ったので、妖怪は後ろから倒れる事になる。

 アリスが投げて欲しいと言ったのは、コレが理由。片足を上げていなければコレは絶対に成功しない。タイミングが命のこの策は、動体視力を強化できるアリスか、アリスと同じかそれ以上に動体視力が良い、または異様に勘が鋭い者にしかできないだろう。

 今回は運に助けられただけ。次回もこうなるとは限らない。

 だが、だがそれでも――!

 「鈴仙、今!」

 自身の友人であり、また姉とも呼べる鈴仙を、助ける事ができる!

 「流石です、アリス!」

 アリスを投げてからすぐに駆け出していた鈴仙は、妖怪が倒れ切る前にその体に飛び乗り、頭に向けて走っていた。

 妖怪が地面に背中をぶつける直前、鈴仙は少しだけ跳んでその衝撃を受けないようにし、そしてどこからか――()()()()()()()()()()

 「……何、アレ?」

 あんぐりと口を開け、呆然としているアリスを尻目に、鈴仙はそれを妖怪の頭に向ける。

 「実を言うと初めて使う物なのですが――師匠作、私の火力不足を補うために作られた散弾銃、たっぷり味わってください」

 そして、その引き金を、引いた。

 

 

 

 

 

 アリスの位置からでも、まるで耳元で叫ばれたかのような轟音が届いた。なら、それを至近距離で聞いた鈴仙はどうなったのだろうか。

 鈴仙のいる方を見ると、

 「……耳、畳んでる?」

 ペタリと耳を畳んでいた。それでいいの、鈴仙、と思ったが、とりあえず見ない事にした。

 だが、鈴仙が振り向いて来た時、見て見ぬフリなどできなかった。

 「うッ……」

 妖怪の顔は、そのほとんどが吹き飛び、残った部分がまるで紐の先にある重石がブラブラと揺れるように、首と繋がっていた。そして顔が吹き飛んだ時に飛び散った血は、大部分が鈴仙の持つ銃に、鈴仙の体にベッタリと着いていた。紅い瞳と合わせて、その姿は途方もない恐怖を誘う。

 なんとか込み上げる吐き気を堪え、竹を掴んでいた手を放し、地面に下りる。

 そのまま妖怪の体に飛び乗り、鈴仙の元へと駆ける。

 その途中で、グラリと鈴仙の体揺らぎ、膝を着いた。そんな鈴仙に向かって叫ぶ。

 「鈴仙、大丈夫!?」

 走る速度を上げ、物の数秒でそこに辿り着く。アリスは鈴仙の体に付着している血を気に留める事も無く、彼女の肩に触れていた。

 鈴仙は冷や汗を掻きながら、銃を持つ腕を押さえていた。

 「あ……アリス、です、か。すみ、ませんが、少し待って、ください」

 苦痛を堪えるように唇を噛み締める。だが、腕の振るえは隠しきれてなかった。それでも銃をその場に置いた事で多少はマシになったらしく、体に付着した血を飛ばした。

 しかし、すぐにまた腕を押さえ始める。

 「痛むの? その痛みはどんな風に?」

 「衝撃に耐え切れずに腕の骨を数ヶ所折っただけなので……大丈夫です。私は妖怪なので、すぐに治せます」

 だが、一向にそんな気配は無い。アリスは鈴仙に問いかけるような視線を向ける。と、もう隠しきれないと悟ったのか、鈴仙はポツポツと言い始めた。

 「実は……てゐと違って、私は、ほとんど妖力が使えないんです」

 「妖力が使えないって……でも、アレを吹き飛ばした時に使ってた、よね?」

 「アレくらいならほとんど妖力を使いません。ですが、治癒となると……」

 なんとか身体能力を上げるくらいはできるんですけどね、と苦笑いをする鈴仙。その苦笑いは、どちらかというと、何かを堪えるかのようなものだった。

 「だから、私には体の治癒ができなくて……ここに、永遠亭の近くに来た時も、師匠に傷を治してもらって、本当にギリギリのところで生き長らえたんです。……てゐが私を認めないのも、私が妖怪として致命的な欠陥を持っているからなのかもしれませんね」

 諦観が入り混じった笑みに変わる鈴仙を見れなくなったアリスは、

 「……ちょっと、我慢してね」

 と言って、鈴仙の腕を押さえた。

 「ッ」

 少しだけ表情を苦痛に染めるが、腕を動かさないようにする。

 「……うん、あんまり変な折り方はしてないから、私でも大丈夫」

 「え……?」

 アリスが何かを呟くと、手に光が灯り、それは鈴仙の腕に伝わって、仄かな燐光を宿す。その光は徐々に増えていき、やがて眼を焼くほどの光が、周囲を照らした。

 やがて光が収まり――目を開けた鈴仙は、腕の痛みが無くなっている事に気付く。

 「コレは……」

 「私も、これくらいしか取り柄が無いの」

 少しだけ恥ずかしそうに笑うアリスは続ける。

 「身体能力を強化するのと、回復魔法くらいしか使えないって、永琳様にも言われちゃって。だけど、この二つだけなら筋が良いって、永琳様に褒められたから、これだけで十分」

 「()()に……《・》()()()()()?」

 「うん」

 信じられないものを見るような目でアリスを見る鈴仙に気付かず頷く。

 (師匠が人を褒めるなんて……アリスの才能は、それほどあるのですか?)

 基本的に永琳は他者を褒めない。褒める要素が無いからあまり褒めないのだ。そのくせ上手く人をやる気にさせられるのだからその手腕は凄まじい。

 そんな永琳が他者を褒めるとは、つまり、『その方面において自分は勝てない』と認めたようなものなのだ。

 鈴仙の戦慄に気付かず、アリスは笑顔で言う。

 「だからね、鈴仙。欠陥を抱えた者同士、一緒に頑張ろ?」

 「……!」

 驚きに目を見開き、しかしすぐにふっ、と柔らかい笑みを浮かべる鈴仙。

 (そうですね。才能があろうとなかろうと、アリスはアリスです。こんな無邪気な笑顔を向けてくれる、綺麗な人)

 治った手で銃を持ちあげ、鈴仙は言った。

 「二人で、頑張りましょうか」

 「うん!」

 二人の間に朗らかな雰囲気が流れる。

 だが、二人は忘れていた。ここは、妖怪の体の上なのだと。

 唐突に揺れる妖怪の体に、二人は片膝を耐える。

 「な、なんで揺れてるの!?」

 「落ち着いてくださいアリス! 様子がおかしいですが、妖怪は死ねば消えます! 地面に落下し始めたらすぐに体勢を立て直してください!」

 そんな鈴仙の予想は儚くも裏切られ、妖怪は上体を起こした。

 鎖骨辺りにいた鈴仙とアリスは、放物線を描きながら地面に落下する。

 「た、確かに倒したはず! 頭を吹き飛ばされても生きていられる妖怪は、低位の中にはいないのに――!」

 顔中に疑問を浮かべるも、体は着地に備えている。膝を曲げて衝撃を和らげると、鈴仙はすぐに動いてパニックになっているアリスの体を受け止める。

 だが、あまりにも時間が無かった。受け止める事はできたが、そのまま倒れてしまったのだ。

 その間にも妖怪は不安定な体勢で腕をあげようとしている。アレは、殴るための動作だ。

 (マズイマズイマズイ――! 私はまだ耐えられても、アリスは――! ……っは!)

 気付く。相手は拳を振り上げているだけ。なら、振り下ろすタイミングを見切れば――落ちてくる場所がわかれば、後はそのまま一直線だ。無理矢理打点を変えるなどすれば減速し、最悪全く別のところに行ってしまう。

 (だったら私がすべき事は、アリスを守る事。それだけです!)

 全ては一瞬。腕が振り下ろされ、それがどこに落ちるのかを見極め、アリスを投げる。降ろされる前に投げる事はできない。仮に相手の狙いがアリスなら、すぐに拳を降ろす場所を変えられるだけだ。

 「アリス、少ししたら投げます。今度はうまく着地してくださいね?」

 おどけて言う鈴仙に、アリスは驚愕する。アリスとて現在の状況はわかっている。アレが当たれば、自分が死ぬ事くらい。

 しかし、それでも。

 「そんな事したら鈴仙が死んじゃうかもしれないのに!」

 「大丈夫です。一撃くらいなら耐えてみせます。アリスが喰らえば死んでしまいますが……私なら、耐えられる。耐えたら怪我を治してくださいね?」

 「だからって、そんなのダメ!」

 「言う事を聞いてください。それに。……『姉』は、『妹』を守るものなんですよ」

 だから鈴仙は、『自分自身を囮にして』アリスを守る事を選ぶ。

 確かに戦術的判断もあるが、あくまで鈴仙の目的はそれだけだ。

 「鈴仙、やめて……!」

 「アリス、舌を噛んでしまいますよ」

 鈴仙の口調は穏やかだ。これから自分が傷つくと分かっているのに。

 もう、今すぐにでもあの妖怪は動くだろう。その瞬間を見極めるために、知らずして鈴仙の視線は鋭く、顔は険しくなる。

 そして――動いた。

 (なっ、速い――!?)

 今までよりも遥かに速い速度で迫る拳。だが、アリスを投げる隙はある。鈴仙が腕でガードする暇が無くなっただけだ。問題は無いと鈴仙は判断する。

 暴れようとするアリスを、腕に力を込める事で押さえ、投げようとし――

 「……え?」

 その前に、妖怪の体が倒れ、それに流されるように拳も横に逸れた。

 「一体、何が――?」

 「バカぁ!」

 無理矢理鈴仙の腕を振り解き、鈴仙の胸を叩くアリス。

 「え、ちょ、アリス!?」

 「鈴仙のバカ! 私だけ助かっても意味無いのに! 鈴仙がもし死んじゃったら、私は、これからどうすれば……!」

 ドン、ドンと胸を叩くアリスを、鈴仙は見つめる。腕を止める事はしない。目の縁から零れている物を見て、止める事などできなかった。

 「……すみません、アリス」

 「そう、思うなら!」

 もう一度、強く叩く。

 「……もう、こんな事、しないで。お願い、だから」

 「はい。わかりました」

 「わかってない! 本当にわかってるなら……即答なんて、しない」

 事実だ。もしまた今回のような事があれば、鈴仙は今回と同じ事をするだろう。

 「努力します。そうならない努力もします。なってもなんとかします。それではだめですか?」

 「……ダメ、だけど。でも……最後まで諦めないなら、許す」

 「諦めませんよ。アリスを置いて、死ねるわけないとわかりましたから」

 それから少しだけ泣いたアリスをあやしつつ、数分が経つ。

 我に返ったアリスは、赤くなった眼で鈴仙を睨み、しかし袖を掴んでいる。

 苦笑いを浮かべつつ、鈴仙は全く別の事を思っていた。

 (最近の妖怪は何かがおかしい……。普通、低位の妖怪があんなに強いはずがありませんし、頭を吹き飛ばされても動くはずがありません。ですが、それが異常と呼べるものでもないのもまた事実。師匠が調べればわかるかもしれませんし、報告だけはしておきましょう)

 鈴仙はアリスを連れて歩き出す。

 その胸の内に、一抹の不安を抱きながら。

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