東方狂界歴   作:シルヴィ

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Sideシオン/ウサギと火

 川城にとりと別れたシオンだが、時間が時間だ。

 五月だから冬に比べればマシとは言え太陽が出ている時間は限られている。

 「今日はここまで、か」

 川を下っていたシオンだが、太陽はもう沈む寸前。これ以上進むのは危険だ。夜目が利かない訳では無いのだが、通り慣れた道でない以上、いらないリスクを背負いたくはない。

 とはいえ朝幽香の家で食事をしてから何も口にしていない。数日なら何も飲まず、何も食わなくとも行動できるが、緊急時を考えるとそれはしたくない。

 「……仕方ない、久しぶりに()()でも食べて――待てよ」

 不意に思い出す。

 「そういや幽香から弁当貰ってなかったっけ?」

 そうだ。確かに貰った。そこまでしてもらう義理は無かったのだが、押し付けられたのだ。

 しかしにとりも雛も、そして目聡い文すらそれに気付かなかった。

 ではどこに――?

 答えは簡単で単純だった。

 「白夜」

 白い剣を振るい、異空間からそこまで大きくない弁当を取り出す。正直どうなのと思うような能力の使い方だが、文句を言われる筋合いはない。……剣は文句を言いそうだが。

 それはそれこれはこれ、というような表情で白夜を消し、弁当箱の蓋を開けるシオン。

 弁当箱の中身はたまご焼きから始まり、からあげ、ブロッコリー、タコさんウィンナー、それらを包むようにキャベツを挿んで壁を作る。それで半分近くを埋めているが、一番端にさくらんぼが何個か置いてある。オーソドックスなおかずだ。

 さくらんぼの旬は早くとも五月の終わりのはずなのだが、何故入っているのだろうか。

 そう思いつつ一つ口にしてみると、柔らかい感触がした。昔偶然食べた物よりも酸味が薄く、純粋に『甘い』。さくらんぼそのものは小さいが、未だ味蕾がありすぎるシオンとしてはこちらの方が美味しい。

 「これ――もしかして豊錦?」

 紅魔館になぜかあった食べ物に関する資料。

 その全ては外来の物であり、幻想郷にある物は限られているが、それでもさくらんぼの情報もあった。

 元々さくらんぼは育てるのが難しく、果物の中でも高価な物なのだが――いくつかある品種の中でも、豊錦は甘い方だ。比較的早く収穫できる物でもある。それでも収穫できるのは五月の二五日前後となるため、未だ中旬の現状手に入るはずが無いのだが。

 そう思ったが――幽香だからこそ、できる方法はある。

 花を――いや、恐らくは植物を操る程度の能力。あれを使えば、さくらんぼの種さえあれば作れるはず。だがそこまでする理由があるかと問われれば、それはありえない。

 とりあえず種を吐き出そうとぼんやり遠くを見ていた視線を下に向けて、そこで気付く。

 「……炒飯に、旗?」

 今の今まで気付かなかった、それ。

 シオンはおかず、デザート、そして主食を見て、ようやっと理解する。幽香がさくらんぼを入れた訳を。

 思えば、幽香が果肉が少ない豊錦を選んだのは、シオンの口も体格相応に小さいから。酸味が薄く甘味が強いのは、シオンの味覚が未発達だから。

 つまり――幽香がこんな弁当にしたのは、

 (――完全に俺を子供扱いしているからか……!!)

 とはいえ、

 (実際子供なんだけどな。九歳だし)

 結局そこに集約される。

 グチグチと色々な事を思いながら弁当を食べる。

 悔しい事に、弁当は大変美味しかった。冷えているが程良く甘いたまご焼き。醤油が無くとも味の滲みたからあげ。野菜も新鮮なようで、普通のとは味が違う。

 弁当としては合格点、シオンの観点からすれば満点だ。

 そんな自分の感情を複雑に思いながら空になった弁当箱をまた異空間に放り込む。

 時刻はまだ七時。それでも明日早くに目覚めるため、シオンは木を背に眠りにつく。

 

 

 

 

 

 朝、四時。

 「本当、嫌になる」

 また血に塗れた体を見て、そう思う。

 幸い川は目の前だ。服を脱いで体に付着した血を洗い流し、体をスッキリさせる。

 妖怪はもうとっくに消えている。去ったのか、あるいはシオンが全て殺したのか。それはわからない。興味も無かった。

 服を着直したシオンは川を下っていく。

 基本人間は水が無ければ生きられない。比較的科学が浸透していない幻想郷なら、川の近くに里があるだろうと判断したのだ。

 だが、一つ問題が起きた。

 「道が分かれてる?」

 そう、水路が左右に存在するのだ。これではどちらに進んでいいのかわからない。

 にとりに案内された時には気付かなかったが、恐らく川の角度とシオンの視点が偶然合わなかったのだろう。

 問題はそこではない。

 問題は、どちらに進めばいいのかわからない事だ。

 如何に完全記憶能力を持っていようが、進むべき道がわからなければ意味が無い。そもそも自分が通って来た道を戻っても里に行けると決まっていない。

 手詰まり、というわけだ。

 しかし立ち止まっていてもどうにもならない。

 ではどうするか。

 ――勘で進むしかないだろう。

 とりあえず右へと向かうシオン。途中遮蔽物が無い川のすぐ傍を通るのは何となく嫌な予感がしたので、近くにある木々の中を行く事にした。

 それからどれだけの時間が経っただろうか。荒れ道の中でも木の枝が密集している中を通っているので、そこそこの距離しか進めていない。一般人に比べれば遥かに速いのだが、本人としては微妙だ。

 悪戦苦闘しながら道無き道を行っているその時、不意におかしな感じがした。

 「……あれ?」

 キョロキョロと辺りを見回すが、何も見えないし何も聞こえない。

 気のせいだろうと判断し、止めていた足を前へ踏み出す。

 何故だか妙に気になる感覚がしたのだが――それは、何だったのだろうか。

 

 

 

 

 

 歩き進めていると、森の中を抜けた。

 「道が……ある?」

 森を抜けた先には、きちんと整備されている道があった。整備されているとは言っても、木々が無く、岩や石をどかして『人が普通に歩ける』だけのものでしかない。それでも先程までシオンが通っていた道よりは数十倍マシだ。

 もしかして自分が通っていた道は……とも思ったが、知らない街でここに行けと言われてもできないのと同じだろう。人もいないのであれば道を聞けるわけでもなし、仕方がないと諦める。

 どうしようもない現実に意識を戻し、シオンは目の前にある物を見つめる。

 「これ……どこからどう見ても、竹、だよな?」

 つい漏れた独り言。

 シオンの目の前には、大量に生えている緑の棒。それは本で見た物とほぼ同じだった。

 「どうしようかね。行く意味があるのか、そもそもここを通れば何かあるのか」

 正直、悩む。

 だが悩んだのは数瞬、シオンは前へ歩き出す。

 「行かなきゃ何もわからないし。何かを得たいのなら何かを捨てろってね」

 一つ軽口を零し、シオンは竹の中へと入る。

 そこが幻想郷での『迷いの竹林』と呼ばれる場所だったとシオンが知らなかったのは、今日最大の不幸だろう。

 

 

 

 

 

 「もう何時間経ったと思ってるんだ……!?」

 ここに入ってから、恐らく五時間以上は経過している。前へ進んでも進んでも意味が無いと思わされる。

 体力に関しては全く問題無いが、道標も無い場所を歩いていれば気力が萎えるのも仕方ない。

 「まさか俺って方向音痴、とかか? そうじゃなきゃこうなってるのも説明できないし……」

 一向に里に辿り着けないのは、別にシオンのせいでこうなっているのではなく、大概が誰かのせいなのだが、本人は気付かないし気付けない。

 若干落ち込みながらも歩き続ける。

 また一時間程歩いただろうか。シオンは疑問の声をあげる。

 「いくらなんでもおかしすぎる。六時間以上歩いても景色が何も変わらないって、普通はありえない。まるで同じ場所ばかりをグルグル回ってるみた……」

 バッと周囲を見渡すシオン。

 そうしながら必死に頭の中の記憶を参照し、眼前の光景と照らし合わせる。

 完全記憶能力を持っていようと、人は見る物を、ほんの少し角度を変えただけでもその印象を大きく変えてしまう。それはシオンもわかっているが、それでも今は頭の中を探っていく。

 そして、周囲を見渡して、ようやく気付いた。

 「前へ行ったと言っても竹を避けて行かなきゃならない時もある。それに普通なら気付けないくらいに傾いた地面。日々入れ替わる竹は目印にできない。って事は――ここは天然の迷路!?」

 六時間も無駄にした、と落ち込むシオン。

 と頭を掻きながら苦りきった顔で辺りを見る。しかし何も見えず、只々シオンが今まで歩いて来た道と変わらぬ光景を映す。

 「戻るにしてもどこを行けばいいのかわからない、か。最悪だ、本当に」

 それでも来た道を戻ろうと歩き出す。

 三十分。そろそろ諦めて飛んで行こうかと思った頃に、誰かが走っている音が聞こえた。音から考えて恐らく滅茶苦茶に走っている。そして、その音の主はシオンのいる方に向かっていた。

 速度から考えてすぐに見つかる。あわや敵か――そう思って警戒していると。

 遠く離れた場所で、ウサギの耳を付けた黒髪の少女が、こちらに向かって走っていた。

 「耳――それにこの気配、妖怪!?」

 驚きもそのままに、少女は此方に気付く事無くは知っている。まだ距離もある。シオンだからこそ見えたのだろう。

 だが、とシオンは思う。あの少女は余りに――余りに、()()()()()()()

 あの感じからして何かから逃げているのはほぼ確実。しかし足音も気配もあの少女一人だけ。では、一体何から逃げているのだろうか。

 その時、シオンと少女の視線が交差した。

 「こんな時に人間――しかも子供!? ああもうしょうがない!」

 少女はシオンのすぐ傍まで来てそこで立ち止まると、焦った表情はそのままに叫んだ。

 「すぐにここから逃げて! 死んじゃうよ!」

 普段なら疑うシオンも、今回は警戒しない。余りにも必死過ぎるし、嘘を吐いていないのもわかるからだ。

 「でもここは天然の迷路なんだろ? 逃げろと言われてもまたここに戻って来るのがオチだ」

 「は? なんでそんな事知って――言ってる場合じゃないか。遅くなっちゃうけど、私の後ろに着いてきて!」

 「あ、ああ、わかった」

 頷いたが、シオンは視界の隅に何かが飛んで来るのが見えた。

 少女は気付かない。気付かないままシオンに注意しようとしていた。

 「よかった。じゃあすぐに行くよ。見失わないように気を付けて――」

 「危ない、後ろ!」

 「――え?」

 少女が振り向くと、左斜め後方から十メートルも離れていない場所に、少女とシオン、二人を飲み込んでもまだ足らないと言外に主張する炎の球が視界に入る。

 アレが当たれば、少女は死ぬ。

 本来なら避けられる。だが驚愕で体が硬直したせいで、この距離では避ける事などできない。目の前にいる人間に気を取られた結果だ。普段なら後ろも警戒しているのに――と後悔する。

「クソッ!」

 そんな悪態が聞こえて来て、少女は目を閉じた。

 自分なら、『偶然』助かるかもしれない――そんな希望的観測を信じて。

 けれど、そんな『偶然』は訪れず、ドンッ、と体を押されるような感覚だけを感じた。

 「え――?」

 目を開けると、右手で自分の体を押している少年の姿。あの体格から想像もできない力に押されて、少女は火球の射線上から外へ出る。

 少年が何かしたのか、地面に倒れても痛みはほとんど感じない。

 例え痛みがあろうとも、今目の前で炎に飲み込まれようとしている少年に比べれば遥かにマシだったに違いない

 「ダメだよ、そんな……逃げて、今すぐそこから逃げて――!」

 必死に、腹の奥から叫ぶ。どこからこんな声が出て来たのかと自分でも驚く。基本的に叫ばない少女は、こんな声を出した事は一度も無かった。

 その声を受けてか、少年は一度自分を見る。

 先程は焦って見れなかった、少女のようなあどけない顔。だが瞳は赤く、髪は白い。そんな外見を持つ少年は、少女を安心させるように、優しく、そして儚い笑顔を見せた。

 その口元が動いたように見えたのは、何故だろう。

 そして――火球は、少年に当たった。

 

 

 

 

 

 少女を吹き飛ばし、シオンはすぐ目の前に火があるのを自覚する。

 無我夢中の行動だ。理由など無い。

 ただ、できなかっただけだ。自分が危険な時に知りもしない他人を助けようとする少女を見捨てる事など、できなかった。

 もし少女が何もせず逃げたなら、シオンも『他人を助ける暇なんて無い』とでも言って切り捨てただろう。それは『IF』の話でしかないが。

 シオンは少女が火球の射線上から逃れられているのを願いながら考える。

 大きさはシオンの身長の三倍以上。飲み込まれれば灰になり、何も残らないだろう。ならば、このまま飲み込まれる訳にはいかない。

 黒陽は無理。この状況では黒陽の力が効果を発揮する前に当たる。白夜は論外だ。空間から引き摺り出す暇さえ無い。

 気及び魔力も効果は無いだろう。せめて魔力に属性――それも水を宿して使えればまた別の話になるのだろうが、何の属性も宿ってない魔力を撃っても威力の減衰しかできずに弾かれる。

 他の手札は? ――無い。この状況なら咲夜がいれば別だろうが、シオンの細胞変質は若干のラグがある。咲夜の時間停止は使えない。却下。

 結果、打つ手無し。正確には非常識な力を使った防御は意味が無いとわかっただけだ。

 (これが普通の火だと仮定すれば手はある。ただ普通じゃなかったとしたら――賭けだな、それもかなりの)

 とはいえそれも『多少マシ』になる程度だろう。近くに治療できる場所があるわけでもなし、最悪苦しむ時間が長引くだけ。

 (それでも――このまま当たるよりはマシだ!)

 思考加速で得た脳内のみでの討論は終わり、現実の体を動かす。

 火球のみを見据えて体を動かし始める。

 右腕は少女を突き飛ばした状態で伸びきっており、動かせない。動かせるのは左腕のみ。その左腕も走る時に前へ出している。通常、走る時に人は手足を前後させているので、左腕が前にあるのだが、それが幸運だったのかもしれない。

 人はただ突っ立っている場合に手を思いきり動かす時、後ろから前へ突き出すより、前から後ろに払う方が簡単にできる。勿論その手の動かし方によって変わるだろうが、ただ無造作に払うだけなら後者だ。少なくとも、シオンはこちらだった。

 今のシオンもそうだ。後先考えず少女を助けようとしたため重心は定まらず、片足は未だ浮き上がったまま。体勢も上半身が前に出ているので、このままいけば片手で受け身をとらなければ顔から地面にぶつかるだろう。その前に火球がぶつかるだろうが。

 二つ目の幸運は、振り上げている足が右足だった事だろうか。

 (これなら、行ける!)

 そう思った時だった。

 「ダメだよ、そんな……逃げて、今すぐそこから逃げて――!」

 焦りと恐怖と、その他にも様々な感情が入り混じった叫び。

 少女とてわかっているだろう。逃げられるわけがない、と。

 それでも、自分を心配してくれているであろう事は嬉しく思う。だからシオンは左足を捻じ曲げ上半身をも捻る。傍目から見れば少女の叫びに応じてつい振り返った、そんな風に見えるかもしれない。

 体勢を変えた勢いをそのままに、顔を少女の方へ向ける。

 先程の叫びで何となくわかっていたが、やはり少女の顔は歪んでいた。

 外見は全く似ていない。……だが、なぜだろう。

 (沙羅に似てるような気がするんだよなぁ。よく泣いてた。懐かしい)

 意識せず、シオンの表情は柔らかいモノになっていく。

 そのままシオンは、口だけを動かした。

 ――だ い じ ょ う ぶ。

 伝わっているとは思わないし、伝わっていなくても構わない。

 アレでいい。アレだけで十分だ。元々自分とこの少女は出会うはずがなかった。なら、これくらいあっさりしているのが丁度いい。

 シオンは捻っていた左足を思い切り元に戻す。

 全力、とまではいかないが、それでも通常出しているパワーを超えている。半端では無い痛みがシオンの左足に負荷をかけるが、歯を食いしばり、体を崩さないように地を踏みしめる。

 物を捻り、それを戻そうとすれば反動が起こる。それを利用していつも以上の力を出す。それがシオンの目的。

 では、それでどうなるか。

 足と上半身、二ヵ所で起こした力を左腕だけに集めて、前から後ろへ払う。

 先程シオンは魔力を水にすれば火球を消せると考えたが、何もそれだけではない。

 それより大きな炎で飲み込む。地面にぶつけて消滅させる。あるいは――()()()()()()()()()()()

 溜めに溜め、そして稼働した左腕は少女に認識できない速度で振り払われる。無論それだけでは意味が無い。確かに風を起こせるだろう。炎の威力も減衰できる。だがそれではダメなのだ。焼け石に水でしかない。

 (ここで――もう、一工夫!)

 腕を振り払えば、後は喰らうしかない。普通ならそう考える。

 しかし――一度しか回転できない理由など、ありはしない。

 腕を後ろに振り抜いた勢いをそのままに前へ倒れ込んでいた体を回転。タイミングを見計らって後ろへ飛ぶ。

 だがこんな不安定な動作では稼げる距離はタカが知れている。後一秒もせずに炎はシオンを飲み込むだろう。

 (でも、それでいい!)

 距離があってはダメなのだ。離れすぎていては意味が無い。

 シオンの体は未だに回転している。左腕だってもう一回だけならギリギリ払いに使える。

 一度目は当てなかった。それは威力を少しでも下げるため。当たれば即消し炭の状態でその方法を使えば失敗する。

 だから、二度。それが生き残るための最低条件!

 魔力で表面を、気で内面を覆う。多少なりとも威力を上げ、且つ耐久力を上げなければいけないのだ。二度目だけは失敗できないのだから。

 シオンの目的は、火球を()()こと。

 それが最も確率の高い、生き残る方法。

 そしてシオンは――腕を、振り払った。

 劫火の中に自分自身の腕を突っ込む。風圧でほんの少しだけ炎を振り払えたが、肉を焼かれる感覚はあった。

 それでも腕は止めない。ここで止めれば、その瞬間、死ぬ。

 「……ッ……」

 一秒が何分にも感じる。それぐらいに感覚が引き伸ばされている。

 (やっと、半分!)

 風圧が消え、炎は魔力でコーティングされた腕に喰らいつく。

 (……燃え、る。腕が、燃やされる!)

 魔力は消し飛ばされ、皮膚の表面は焼け爛れた。次は、気だ。これが無くなる前に全て斬れなければ、腕は燃やし尽くされる。残った体も飲み込まれるだろう。

 だが現実は無常だ。気はどんどん食われていく。腕も燃えていく。

 (あと、ちょっとなのに――!)

 残り、三十センチも無い。けれど、その前に気が消える。

 ここまで来れば腕その物は振りきれるだろうが、それでは切り裂けない。この火球はシオンの体よりも遥かに大きい。

 腕だけで斬るのは本来不可能だ。

 だからシオンは、それ以外を利用した。

 ――『真空波』。あるいはソニックブームとでも呼ぶもの。

 それでこの火球を切り裂こうとした。けれど、その制御は難しい。シオンの視界には炎を切り裂く風の剣が見える。それも最後に失敗すれば意味が無い――!

 (どうするどうするどうすればいい!? このままじゃ……!)

 その時、シオンは風の向きが変わったのを感じた。

 (え――?)

 その風は、シオンのソニックムーブの動きを助けるように吹いている。

 (これなら――!)

 刹那、シオンは左腕を千切らせるような勢いで腕を振り抜く。

 『幸運』にも、風の流れが変わった事で完成したソニックムーブ。

 左腕は焼かれ、いつもの白磁のような肌は見る影もない。それでも、振り抜ききった。

 だが――現実は、いつも無情だ。

 上下に分かれた炎は、確かに消え始めている。()()()()()()()()()()()()()

 驚愕で目を見開くシオン。

 直撃コース。避けられない。もうほとんど無いに等しい状態で、それでも炎は自分を生かす材料(シオン)を求めていた。

 そして、当たる。咄嗟に動かした左腕で頭を庇うが、胴、足と炎は食らいついてくる。

 「――ァッ」

 声にならぬ声が口から漏れる。

 左半身を炎に飲み込まれるシオン。それと同時、加速した思考は戻り、現実へと帰還した。

 燃える。燃える。燃える。

 体が炎に融かされていく。

 それは許容できない。まだ死ねない。そう思って必死に意識を繋ぎとめる。

 体が地面に叩き落とされた。その反動を利用して体を地面に擦りつける、いや体ごと抉るようにする。

 ただ炎を消す事を願って。それだけを思って。そして――

 「それ以上動いたらダメ! 火はもう消えてるよ!」

 必死に自分の体を押し止める、少女を見た。

 

 

 

 

 

 少女にはよくわからなかった。この少年が生きている理由が。確かに炎に飲み込まれたはずなのだ。なのに左半身が燃えているだけで、消し炭にはなっていない。

 だが、そんな些末な事を気にしていられなかった。

 生きているのだ、この少年は。

 火を消そうともがいている少年を助けようとして、気付く。

 少年は、効率的に火を消そうとしている。無駄にもがくのではなく、燃えている部分を他の場所に移さないようにして、火を、地面を抉るようにしながら消していた。

 やがて火は消える。けれど少年は気付かない。大火傷を負って焼け爛れた手足をまだ地面に擦りつけていた。

 「それ以上動いたらダメ! 火はもう消えてるよ!」

 このままでは左手足が最悪な事になる。傷を負っていない右半身を押さえて意識をはっきりさせようとして――気付く。

 (そもそもこんな状態で意識をはっきりさせたら――)

 そう、激痛で失神する。あるいは失神できずに痛みに苦しむかもしれない。どっちがいいと問われたら恐らく前者だろうが、余り変わらないような気もする。

 「そもそもどうして火球が飛んで来たの? 私は因幡の幸運ウサギ、因幡てゐなのに」

 そこが不思議だった。

 少女、てゐの能力は『人間に幸運を授ける程度の能力』なのだ。勿論、それは本人も例外ではない。だからあの時あの瞬間、火球が飛んで来るなどありえない。

 どうしてと考えかけるが、今はそんな事をしている場合ではない。てゐはシオンの体を少しだけ調べる。

 火傷は酷いが、何故か手足だけが酷い状態で、服に覆われた肩や腹は余り焼けていない。あくまで手足が酷いだけだ。理由はわからないが、それに少しホッとする。左半身全てに火傷を負えば、流石に死んでしまうかもしれない。

 どうやら無意識に幸運でも渡していたのだろう。だからこの少年は生き延びれたのだと思う。

 これからどうするか、そう悩んでいると、少年が右手を動かしていた。無意識に手を掴み、呼びかけてしまう。

 「慌てないで、それに動かないで。化膿したら最悪な事になっちゃうから」

 いつの間にか口調も変わっていた。

 てゐはいくつかの口調や声音をその時々によって切り替える。

 威厳を作る為の上から目線の偉そうな口調。

 相手をおちょくって逆上させるための間延びしたバカにするような口調。

 今使っている、普通の、どこにでもいる少女のような口調。

 他にもあるが、今は普通の少女のような口調だ。

 「……て、ゐ。怪我……無い?」

 「――! 私より先に、自分の心配をしてよ!」

 「別に……平、気。それと……髪は、ある?」

 なぜこんな状況でそんな事を聞くのかという疑問が浮かぶが、てゐは素直に髪を見た。

 「ううん、さっきの火で燃えちゃってる」

 「やっぱ、り……か」

 そこまでが限界だった。シオンは荒い息を吐いている。もう話す余裕は無かった。

 この火傷の最低限の治療もできないままでは、妖怪に襲われてすぐに死んでしまう。せめて能力を使えればよかったのだろうが、髪が燃えてしまってはそれもできない。

 手詰まりか、と思ったその時、てゐがシオンの体を起こした。

 「て、ゐ……?」

 「ごめん、私はそこまで力があるわけじゃないから、これが限界。でも、永琳のところに行ければ必ず助かるから。がんばって」

 「あり、がと。後……言い、忘れてた、けど」

 「ダメ、もう話さないで。無為に体力を消耗したら死んじゃうよ」

 「こ、れだけ、言えれば、いい、から……名前、シオン」

 「……わかった。頑張って、シオン」

 てゐは今度こそシオンの体を立たせた。

 身長差がありすぎるが故にシオンの背中と胸元に手を置いて支える。

 本来ならなお姫様抱っこができればいいのだろうが、てゐはそれができるほどの筋力を持たないため、こんな形になった。

 てゐが歩き出すのに合わせてシオンも歩き出す。しかし片足が焼け爛れているので、自身の体重のほとんどをてゐに預ける必要があった。

 シオンの体重は軽い。それに気を遣っているのか、重さもあまり感じない。

 これなら大丈夫そうだ、と安堵した瞬間、目の前が爆発した。

 「……え?」

 理解できなかった。

 目の前の爆発したモノ、それは先程シオンを飲み込んだ火球。それはわかる。だが、何故途中で爆発したのだろうか。

 てゐは何もしていない。という事は、後はひとりでに爆発したか、あるいは、

 「……シオン?」

 シオンが何かしたか、だ。

 そして、それは後者だった。

 てゐすら気付かぬ間に、シオンの左手には白い剣が握られていた。それが一体なんなのかはてゐにはわからない。

 しかしそこから歩き始めて数分後、また飛んで来た火球が爆発するのと同時に白い剣が輝くのを見て、コレが何かをしたのを察した。

 「シオン、大丈夫なの?」

 「…………………………」

 黙して語らず、いやシオンの目にはもう輝きがほとんど無い。鈍い光が目の奥に灯っているだけだ。

 気絶、ではなくとも、それに近い状態なのは明白だ。そんな状態で歩き、なんらかの能力を使い続けているのは驚異的でもある。

 歩く。てゐがシオンを支え、その支えに縋ってシオンも歩く。遅々とした歩みでも、てゐは文句を言わずにシオンを支え続けた。

 途中から飛んで来るものは火球だけでなく、炎の波であったり、火柱だったりと、色々なものに変わっていった。それら全てを見えない何かが壁となって防いでいたが、それだっていつまで保つのかわからない。

 「この速度だと、永遠亭までかなりかかる……それまで、大丈夫かな」

 その時はその時だと諦めるしかない。

 だが――流石幸運を司るウサギ、と言うべきか、あるいはシオンの意志の強靭さに驚くべきか、永遠亭に着くまで、シオンの能力は発動してくれた。

 無論、てゐの疲労は生半可なものではなかった。シオンは能力を使ってはいるが、ほとんど意識が無い。足元を注意する事すらしないため、何度か躓きかけたのだ。シオンを支えているてゐも巻き込まれかけ、しかもその真最中に炎が飛んで来たため、悪寒が止まらなかった。

 這う這うの体で永遠亭に辿り着いた時は、もう泣き出したい程に辛かった。

 シオンを支え続けた腕には力がほとんど入らず、身長差故に屈むのを要され、腰と足が小鹿のように情けなく震えている。

 それでも、辿り着けた。助けられた。

 「恩は……返せた、かな」

 ごめん、と一言言って、シオンを玄関横の壁にもたれ掛けさせる。

 それから疲れた体に鞭打って永遠亭に入り、大声で叫んだ。

 「永、り――――ん! 今すぐ、玄関に来て――――!」

 その叫びを最後に、もう限界、と言わんばかりにてゐは力なくくずおれる。

 程無くして小走りに永琳は玄関へ来た。疑問と、苛立ちか、あるいは別の何か。それが何なのかわからないが、よく思ってないのは確かだった。

 「てゐ、いきなり叫ばないで。驚いて薬品の調合を間違えかけて、かなり強力な毒を作りかねなかったから」

 どうやらそれが理由らしい。確かに洒落になってなかった。

 けれど、てゐとしてもあまり余裕は無い。

 「ご、ごめん……でも、急患! 今すぐ看てあげて!」

 息を荒げながら、それでもなんとか言い切る。

 訝しげな表情を浮かべる永琳は、しかしてゐが本気で疲れているのを察した。

「そう。それで、その急患は?」

 表情を読み取ってそれが本気かどうかくらいわかってくれる永琳は、無駄な確認の時間を必要としないため、そこはてゐにとって楽だった。

 「すぐ、そこ。玄関の横に、いるよ」

 「わかったわ。休んでなさい、てゐ」

 「そうさせてもらうよ―……」

 一気に脱力してダラけるてゐを横目に、永琳は外へ出る。

 「――これは」

 一目見て全て察する。

 どうして火傷を負ったのか、そこはわからない。

 けれど先程のてゐの様子から、この怪我を負った過程にはてゐが関わっている。そうでなければあのてゐがあそこまで必死になる理由が無いからだ。

 そこで考察を止める永琳。今はそんな状況では無い。とにかく治さなくては。

 シオンの体を横抱きにして――シオンは何度お姫様抱っこされるのだろうか――永遠亭の中へと戻る。

 「ねぇ永琳、シオンは助かりそう?」

 未だに体を投げ出していながら、けれど心配そうにてゐは尋ねる。

 見ただけでしかないのに尋ねたのは、永琳は外と比べてもなお遥かに高い技術を持つ医者故。その永琳なら、怪我の具合から何かわかるはず。そう思っての事だ。

 「この火傷なら死にはしないわ。火傷を負った範囲が小さかったのが幸いね」

 「そう、ならよか……待って。()()()――()()()? それって、まさか」

 永琳は黙して語らず、ただシオンの手足を注視している。

 てゐにはそれが何を指し示すのかわからない。

 ただただ不安を煽られるしかなかった。

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