「このままここにいても仕方がないわ。ここで最低限の応急処置をして、それから私の部屋へ運びましょう。てゐ、少し手伝って」
永琳は一旦シオンをその場へ置くと、未だダルそうに横たわっているてゐを手招きする。少し渋るだろうと予想していた永琳だが、それに反して素直にてゐは永琳の横へ来た。
「私は何をすればいいの?」
「とりあえず袖を持ってくれればいいわ。服を脱がす時に雑菌が入ったら最悪な事態になるかもしれないし、ハサミで切るから」
「わかった」
てゐはシオンの肩より上から左腕側の袖を掴み、少し持ち上げる。その時に見えた火傷の酷さに息を呑みかけるが、必死に呼吸を止めてそれを押さえた。
その間に、シオンの腋から下にいる永琳はどこから取り出したのか、懐からそこそこに大きい入れ物を取り出していた。縦十五センチ、幅は四十から五十、くらいだろうか。色は白く、装飾も何一つ無いシンプルな物だ。
その入れ物を開くと、中には剪刃――ハサミ、持針器、摂子、糸と針等々、恐らくは手術で使うであろうモノが入っていた。
永琳はその中の一つ、布を切るためのハサミを手に取ると、服の袖部分に近づけようとし――
「ッ!?」
腹に来た衝撃で吹き飛ばされ、壁に激突する。
ハサミはもちろん、他の道具もばらまかれてしまった。
「シ、シオン……?」
信じられない、と言ったように目を見開き、驚いているてゐ。
それもそうだろう。今の今まで意識が無いと思っていた人間が、荒い息を吐き、それでも無理に立ち上がろうとしているのだから。
てゐからはシオンの顔は見えない。けれど、その目は確かに永琳を睨んでいる。訳も無くそう理解できた。
流石の永琳も予想外の攻撃には驚いたらしく、何度か咳をしていた。
「――。……容赦なく鳩尾狙い。しかも、最初は手刀で貫こうとしてたわね?」
「ギリ、ギリで打点をズラしておいて……よく言う、よ」
どうやら永琳が咳をしていたのは、シオンが鳩尾近くを狙ったかららしい。
鳩尾は人体の急所の一つ。当たったところで即死はしないが、代わりに多数の神経があるため痛覚が他よりも高い。ここを突かれると、場合によっては横隔膜を瞬間的に止められ、その状態になると呼吸困難に陥る。
咄嗟に打点をズラした永琳だが、横隔膜を止められたのを防ぐ事は出来ず、一瞬呼吸が止まってしまったというわけだ。
とはいえあの刹那のタイミングで打点をズラせただけでも神業だ。普通なら鳩尾を貫かれて地獄の苦しみを味わわされるだろう。
何とか呼吸を整えて永琳が立ち上がるのと、片足だけでバランスをとれなくなったシオンがふらついて壁によりかかったのは、ほぼ同時だった。
「そのままだと手足が化膿して切り落とさなければならなくなるわよ?」
「……それくらい、わかってる。服を脱げば、いいんだろ?」
永琳は冷静に諭そうとし、けれどシオンが意外にも同意してくれたので、これなら楽に終わりそうだと安堵した。
「そうよ。だから早くハサミで――何をやっているの!」
しかし、それもすぐに覆される。
なんとシオンは、動かせる右手で服を脱ごうとしていたのだ。仮に洗っていたとしても、あの服が汚れているのは明らかだ。そんな服を脱ごうとすれば、必然その汚れは左腕に付着してしまうだろう。
だからこそ永琳はハサミで服を切ろうとしたのだ。服自体は修繕しなければ使えなくなるが、手足が二度と動かなくなるよりはマシだろうと。
シオンは永琳の叫びでその意図を見抜いたようだ。脱ごうと動かしていた右手を止めた。
「……この服を着られなくなるくらいなら、手足が無くなる方がマシだ」
「何を言って……!?」
ふいに、永琳は悟る。
シオンは本当に、そう思っているのだと。自分の手足などより、服の方が余程大切だと。それ程の物なのだと。
だから切られるのを拒む。戦闘時に汚れるのは仕方がないと思えても、それ以外の理由でこの服を汚されるのだけは耐えられない。
それが、シオンの本音。
けれど永琳からしてみれば、随分と我儘な患者が来たとしか思えない。
「服を切れないんじゃ、ちゃんとした処置はできないわよ?」
「別にいい。いや……
「……?」
その言い回しにどこか引っ掛かるが、相手が処置を求めてはいない以上、助ける理由は無い、のだが……助ける義理は、あった。
二人のやり取りをどこか焦ったように見ているてゐ。彼女がその義理の訳だ。
「……ふぅ。仕方がないわね。応急処置だけしておいて、後はアリスに頼みましょう」
「アリス?」
「うちに居候してる女の子の名前。人を治すのを得意とする――いえ、それしか扱えない、けれどそれだけが突出し過ぎている子よ。力は普通の子供と同じかそれ以下だから、喧嘩はしないでちょうだいね?」
「……そう」
釈然としない様子で頷いたシオンは、よりかかっていた壁を頼りにズルズルと腰を落とす。
永琳はてゐに視線で道具を集めるように頼むと、懐から取り出した包帯を持ちながらシオンのところへ移動する。
「……今、どこから出した?」
「秘密よ」
本気で悩むシオン。服の形から考えて何処かに何かをしまえるような余裕は無いのだが、もっと色々出てきそうな気がしてならない。
複雑な表情をしているシオンを尻目に、永琳は包帯を巻いていく。キツくはしない。表面をフンワりと覆う程度だ。
「痛くは無いの?」
「微妙に痛くはあるけど、それだけだな」
「……そう」
包帯を巻き終えると、永琳はシオンを移動させようと手を貸そうとする。
しかしその前に自力で立ち上がってしまったシオンは、目で問うていた。
――どこに行けばいい? と。
「……着いてきて。私の部屋に案内するから」
「わかった」
シオンが永琳の手を借りないのは、シオンが永琳を信用してないからだろう。眼を見れば大体わかる。手当てしてくれた事に感謝してはいるが、だからといって信用できるとは限らない。そう思っている。
シオンが右肩を支えにして壁によりかかりながら足を前へ出すのを気配で感じる。しかしその歩みは遅々としており、一向に進まない。
ただでさえ疲労しているのに、片手片足は満足に動かせないのだから当然といえば当然ではあるのだが、この速度では永琳の部屋に辿り着く前にどこかで力尽きるのが目に見えている。
「シオン、私が肩を貸すから、無理しないで」
そこで手を差し出したのは、意外にもてゐだった。
「てゐ、貴方はそんな事をする殊勝な――」
「永琳は黙って案内して!」
つい口を出すと、大声で怒鳴り返された。
普段の態度を知られたくないのか、それとも今はそれどころではないと言いたいのか。両方のような気もするが、至極もっともなので言われた通り黙って歩き出す永琳。
一回だけ肩を竦めていたのはご愛嬌だろう。
てゐが肩を貸しているとはいえ、それでも歩みはまだ遅い。だからだろうか。
「……誰か、来た?」
その気配に、シオンが気付いたのは。
「シオン、誰が来たのかわかるかしら?」
「んっと……女性が一人と、女の子が一人。でもなんか近いな……背負われてるのか?」
「……あぁ、なるほど。その二人は気にしないでもいいわ」
「知り合いか?」
「友人……いえ、どちらかというと家族、と言った方が正しいかしら? そんな関係ね」
「そう……」
どこか沈んでいるように聞こえる声音。
それは何かを悔やんでいるようで――羨んでいるようで。
過去に何かがあったのだろうとは、わかった。
ふと、シオンが後ろを振り向いた。
「――走ってこっちに向かってる?」
「え?」
走る。そんな行為をするとすれば、二人だけだ。
ここにいるてゐと、アリス。そしててゐはここにいる。ならば残るはアリスのみ。
だが、彼女が走る理由とは?
帰って来たのなら、里を歩くので疲れているだろう。往復したのならなおさらだ。なのに走ってこちらへ来ている。
さしもの永琳も、少なすぎるヒントでは答えに辿り着けない。
「……なんだろ、この感じ。近くて、遠い。傍に居て欲しくて、居て欲しくない。似ているようで、似ていない。わからない。なんなんだ、この感覚」
シオンがぶつぶつと呟いている。
その内容は本人でさえ理解出来ぬもの。それでも何とか理解しようとして――その前に、一人の少女が来た。
金色の髪、翡翠の瞳。息は上がり、頬は紅潮している。そんな美しい少女は、永琳とてゐを視界に収める事すらせず、ただ目の前を見ていた。
幼い、白髪赤目の少年を。
「……アリス、だっけ。確か」
「はい。あの、貴方は……?」
「シオン。川で感じた気配は、貴女だったのか」
「あの時のあの感じを……シオンも?」
「みたいだな。よくわからない、でも胸が焼けるような、変な感覚」
「会わなくてはならない、でも会ってはならない」
「何かが変わる。変わらせられる」
「変わらなければならない。変えなくてはいけない」
息も吐かせぬ二人の応酬。
永琳も、てゐも、後から追い付いてきた鈴仙でさえ、混ざれない。
お互いしか見えない、見えていない二人は、今何を思っているのだろうか。
「変えたくなければ会ってはいけない」
「変えたいのなら会わなくてはいけない」
「「そんな――感覚」」
「……俺は、どっちつかず。変えたいとも思うし、変わらなくていいとも思う」
「私は、会いたかった。どうしようもない自分を、変えたかったから」
終わらない二人のやり取りを、第三者が横槍を入れて来た。
「シオン、そんな事してる場合じゃ無いよ。早く火傷の治療をしないと……!」
割って入ったのは、てゐだった。
いきなり我を取り戻し、ハッと息を吐く二人。
「今のは……」
「一体……?」
シオンもアリスも、何故あんなやり取りをしたのか理解できない。ただ、そう思った事を口にしていただけ。それだけなのだ。
どこか微妙な雰囲気が溢れる中で、永琳が言った。
「とにかく治療が先ね。アリス、今すぐ魔法を使っても?」
「だ、大丈夫です。出かけてからは一度だけしか使っていませんので、魔力は有り余ってますから」
だが、一体何を治療すればいいのだろうか。
そんな疑問を浮かべていると、永琳はまずシオンの左腕に巻いた包帯を解く。
「――!??」
アリスは声にならない声をあげる。
鈴仙も一瞬息を呑んでいた。
シオンの左腕は、火傷を負ってからかなりの時間が経っていたせいで、目も当てられないモノになっていた。
そんなモノをぶら下げながら普通に会話していた事に、アリスは恐怖を感じた。
なぜ、痛みに顔を歪めないのか。自分だったら泣き叫んでいてもおかしくないのに、と。先程まで感じていた熱意は、いつの間にか消えていた。
一方見られているシオンは、アリスが何を思っているのかを大体理解していた。というより、コレが普通の反応だろうとも思っていた。
永琳も、アリスの後ろにいる女性――いや少女も、そしててゐも。どうしてこんな風に動けるのか、よくわからなかった。
「不思議? 私達が貴方の怪我に動じていないのかが」
「……ッ。まぁ、疑問には思ったけど」
「コレでも私達は幻想郷の医者。こういえば、わかるかしら?」
「……。なるほどね。この程度の怪我なら見慣れてる、か」
「そういうことよ」
永琳もそうだが、怪我をしているシオンまでもがこんな反応ができるのは流石におかしいとアリスは思う。思うが、今は怪我をなんとかするのが先だ。
永琳が左足の包帯を解くのを横目に、アリスはシオンの腕に手を当てる。
ザリ、という、およそ人の肌から感じるべきではない感触。
――気持ち、悪い。
一瞬そう思ってしまったアリスを、永琳も、シオンも責めなかった。二人はアリスの些細な表情の変化を見逃さなかったのだ。
(――ううん、今は治療に集中しないと)
そうして、アリスは魔法を発動させる。
いつも通りに感覚。一定の魔力量を放出し、シオンの体に影響を与えて行く。
「う、ぐあぁぁぁ、ぁぁぁぁあッッッ!?」
唐突に響く悲鳴。
それがシオンから漏れたものだと気付いた時には、アリスは吹き飛んでいた。
「――え?」
「アリス!」
吹き飛んだ方向は鈴仙が立っている場所だった。偶然そこだから受け止められたものの、もし誰もいなければ壁にぶつけられていただろう。
「アリス、怪我は!?」
「え、あ、うん、大丈夫。怪我はしてないし、痛いところもないよ」
「そう、ですか」
鈴仙から見てもかなりの速度で飛ばされたのだが、アリスが傷を負っているわけでもなく、痛みを堪えている様子も無かった。
一つシオンに文句を言おうと鈴仙が顔を上げると――
「……あ、が、ッ……」
――地に倒れ伏し、全身を痙攣させている、シオンの姿があった。
特にアリスの魔法を受けた左腕を庇おうとしている。
「……なぜ、痛がっているのかしら?」
「そんな事言ってる場合じゃ無いよ! シオン、大丈夫!?」
永琳は訝しげに、てゐは狼狽しながらシオンに問いかける。
だが、シオンは答えている余裕が無かった。
炎で左手足を燃やされ、そこから永遠亭まで延々と歩き続け、気絶に近かった状態から無理矢理意識を戻して永琳が服を切断しようとするのを止め、それからまた永琳の部屋まで歩く。
そして、今回の事がトドメとなり、シオンは気絶してしまった。
それでも耐えようと右手を必死に握り締めていたのが永琳にはわかる。一体なぜそこまで意固地になるのかわからなかったが、今はそれを着にしている暇は無い。
「わ、私、は……」
愕然と自分の両手を見るアリス。
アリスはシオンを追いつめるつもりなど無かった。先程の妙な感覚もそうだが、意図してアリスが行ったのは魔法を行使する、ただそれだけ。
なのに、結果は失敗。
鈴仙を治すのに成功して思い上がっていたのだろうか。元々アリスは魔法を使うのに適しているとは言えない人間だ。それなのに、魔法の中でも比較的どころではなく難しい回復魔法を使えている。
正確にはそれくらいしか魔法が使えない。永琳からも、アリスは回復魔法と補助魔法に関しては才能があると言っていた。事実、アリスはこの二つは簡単に扱える。
その後に、永琳から「アリスはいずれ、どんな怪我でも治せるようになるでしょう」と。
だからこそ、思ってしまったのだ。
――永琳様は薬で病気を治し、私は回復魔法で瀕死の重傷となった人を癒す。そうすれば、私が魔法を習う意味がある、と。
実際永琳の中で最も突出した才能は薬学に集約されており、他のモノはそれに付随している事が多い。無論その他の道にも精通している永琳だが、人の傷を治す医学と人の病気を治す薬学では大きな開きがある。
なればこそ、アリスは医学を学ぼうと思ったのだ。永琳のために。そして人のために。
だが、間違えてしまった。
アリスの魔法は、一歩間違えれば人を殺す凶器となる。そう何度も教えられていたのに。永琳から、何度も。
それに、魔法は成功していない。
火傷を負っていた皮膚は、色こそ変わったが、完全に治っていない。つまり、失敗したのだ。アリスの魔法は。
それがアリスの心を追いつめる。せめて成功していれば。いや成功しても変わらない。シオンに痛みを与えたのは自分だ。今回の出来事がいつかまた起こらないとも限らない。
なら、なら――
「今回の出来事だけれど。多分貴方のせいではないわよ、アリス」
「で、でも! 実際に、シオンは……!」
「確証は無いけれど、ほぼ確実に原因はシオンの方にある。だから自分を責めるのだけはやめなさい。いいわね?」
「……はい」
今まで見た事も無い程に鋭い視線の鈴仙に、アリスは文句を封殺された。
「私はこれからシオンを部屋へ運ぶけれど。貴方達は休んでなさい。疲れているでしょう?」
「あ……」
「うん、まぁそうだね。永琳がシオンを運んでくれるんだったら、私はさっさと休ませてもらうことにするよー。後は任せた」
先程までの必死さはどこへやら、軽い調子で言うと立ち上がったてゐはどこかへ立ち去ろうとする。
「ま、待って下さい! そんなにあっさりと……!」
「ん? だって永琳に任せれば大抵はなんとかなるし。だったら無駄な心配をするよりも、本当に必要な時までに体を休ませるのは当然でしょー? それとも、ここでうじうじしてればなんとかなるのかなー?」
「そ、それは……そうですが」
「じゃあ先に行かせてもらうねー。アリスもそんなに悩んでないで割り切っておいた方がいいと思うよー」
ひらひらと手を振ると、てゐは去って行く。
本当に、そうなのだろうか。自分の思っている事は無駄になるのか。それとも――
「さ、私達も行きましょう。少し疲れてしまいましたし」
ハッと意識を取り戻す。
そうだ。鈴仙は里から永遠亭まで自分を背負って走りきったのだ。疲れていて当然だろう。
そんな事にまで気付かなくなるほど自分が追いつめられているのに気付いて愕然とさせられてしまうアリス。
「う、ん。そう、だね」
もごもごと呟くように言うアリスに、鈴仙は、そして永琳も、少し心配そうに見つめていたのには、最後まで気付かなかった。
「さて、と」
一つ息を吐き出すと、永琳はシオンを横抱きにして立ち上がった。
その視線はシオンの左手、そして左足に向けられている。
傍から見れば痛ましそうに見つめているように見えるかもしれない。しかし、永琳が思っているのは全く別の事だった。
(シオンのこの火傷……コレは、どこをどう見ても……いえ、考えても詮無い事ね。今は多少の手当てをしておきましょう)
アリスは失敗をしているかと思っていたようだが、その実成功している。
なら何故ああなったのか――その理由までは、現時点ではわからない。
天才と誰からも言われ、そしてそう呼ばれるだけの才と自負があると永琳は思っている。だが如何に天才と言えど、わからない事はわからない。
今回の出来事も、顔にこそ出さなかったが永琳は困惑していた。
先程の魔法は完璧に、そして完全に成功していた。にも関わらず、シオンは苦痛の叫び声を出していた。
そこは永琳、一応いくつか原因を考えてはいる。しかしそれらはあくまでも『一応』であり、確証も確信も無い。
だからこそ調べる。原因を。シオンの体を。
「三十分もあれば足りるかしら」
そう言いながら、永琳は歩き出す。
その口元に微笑が浮かんでいたのは、わからない事を調べられるからなのだろう。
先に部屋――皆がよく集まる
その三人は、それぞれの話をしていた。
「――んでまぁ、輝夜が暴走して戦いが勃発、私は命辛々逃げ出したってわけ。シオンとはその逃げてる途中で会ってね。一緒に逃げようって言った時に、警戒を怠っちゃって。後ろから火球が飛んで来た時は、あ、コレ死んだなーなんて思ったよ。まぁシオンに助けられたんだけど」
「それは……災難でしたね。あの二人の戦いは容赦が無い上に回りの被害を考えませんから、正直命がいくつあっても足りませんし……」
「そうそう。因幡の幸運ウサギの私だから助かったんだと思うよ。攻撃がほとんど飛んでこなかったし」
「それで、てゐ様はなぜシオンを助けて? そんな事をする性格には見えないのですが……」
「……さり気なく容赦ないんだねー、アリスって。命の恩人だよ? それを返すくらいの情は私にもあるからね」
いかにも不満です! といった表情で言うてゐに、鈴仙はまぁまぁ、と手で押さえ。
「しかし私も意外だと思います」
「フォローじゃなくて追いつめられた!?」
「だよね鈴仙。まさか
「ねぇ、『あの』って何なの! なんか無駄に強調してるような気が!?」
「正直ありえません。もしや偽者なのでは?」
「まさかの疑惑!? 二人とも私に恨みでもあるのかな? かな!?」
「ありませんよ。ええありませんとも。ねぇアリス?」
「そうですね。あるはずがありません。例えば、竹林で妖怪に会った――なんて事もありませんからね?」
「ですね。落とし穴に落とされて、そこが
「すいませんでした――――――――――――――!!!」
一気に炬燵から飛び出て土下座するてゐ。
それをニコニコと、妙に輝いている笑顔で見つめるアリスとてゐ。
「……何をやっているのかしら?」
そんな一種異様な光景を、永琳は呆然と見つめていた。
「……結局その妖怪に会ったのね。それで、結果は?」
「何とか倒せました。永琳の作った『
「そう。でもアレは反動度外視のモノだったはずよ? 腕は?」
「アリスが治してくれたので、今はなんとも。ね、アリス?」
「え、と……うん。そうだね」
「「…………………………」」
暗い表情で同意するアリスに、鈴仙と永琳は顔を見合わせる。
想像以上にシオンの件が引き摺られているらしい。てゐも、わかりにくいとは思うがフォローしていたし、今もかなりわかりにくいが『アリスの魔法はちゃんと使えるんだ』と遠回しに伝えたのだが、効果は無かったようだ。
(とはいえ、大方予想通りなのだけれど)
そう、これくらいは予想できていた。いくら才があろうとも対人関係については相応の経験が無ければ手玉にとられる。永琳はその『相応』の部分がやはり突出しているため余り問題にならないのだが、その分他者の心情を大体読み取れてしまうのだ。今までの経験則から。
先程調べた結果から、なぜあのような事が起きたのかは既にわかっている。そして、その結果を教えればアリスは安堵する。と同時に、聞いてしまった事を後悔するだろう。絶対にだ。それがわからない永琳ではない。
なればこそシオンに直接言ってもらうしかないのだが、当のシオンは昏睡状態で未だ目を覚まさず。というより二時間で目を覚ますはずがないのだが。
「そ、それでは私は料理の支度をしてきます。下拵えはもうやっておりますので、後少しで食べられますよ」
「あ、そうなんだ。じゃあ今日はなるべく多めで。色々あって疲れたし」
「わかりました。では着いてきてください」
「はいはーい」
さり気なく逃げに入った鈴仙を横目に、永琳は内心で溜息を吐く。
鈴仙はどうにも奥手だ。今までが今までだったために仕方のないのだろうが、それでももう少しくらいは努力してほしいとも思う。
まぁある程度頑張っているのはわかっているのだが、人間関係と言うのは些細な事であっさりと壊れ、そして二度と元には戻らない事も間々ある。鈴仙がそれを理解しているといいのだが、とそんな事を思っている永琳は、気付かなかった。
「……図々しいとは思うけど、その料理、俺も食べさせてもらってもいいかな?」
いつの間にか襖が開き、くたびれた様子のシオンが立っていたのに。
シオンが目覚めたのは、十五分程前の事だった。
最近妙に気絶してばかりだ、そんな思いを胸に無理矢理体を起こす。
なぜかあった鏡を見ると、みすぼらしいという表現が似合う自分の姿があった。
服は汚れ、髪は肩まで焼け落ち、左手足は火傷の痕。顔の汚れは無くなっているのを鑑みるに、何かで拭かれたらしい。
「確か、永遠亭、だっけ」
そしてここは迷いの竹林。そんなところに家があるなぞ普通ではありえない。そして、
「永琳。天才、か……」
その名を持つ人物が二人いることもまたありえない。
つまり、咲夜が言っていた『天才』とは、あの女性の事を指している。
「永琳なら――わかるかもしれない」
一目見た瞬間に気付いた。彼女の才能に。
佇まいは武を修めた者のソレであり、瞳は深い知性を感じさせた。何よりも――雰囲気。
自分は天才なのだと言外にしらしめてくる、あの感覚。生まれ持ったカリスマ性とはまた違う、その道の経験を積んだ者特有の覇気、とでも言えばいいのだろうか。それを永琳は持っていた。
「まだ……足りない。全然、足りないんだ。俺は」
唇を噛みしめながら手を握り締め、体を震わせるシオン。
それは力を渇望する人間特有の姿で――同時にどうしようもない愚かさを知らしめる。
だが、それでもと、シオンは立ち上がる。
左手足は動かない。動かせない。だから壁にもたれかかり、歩き出す。その姿には常のシオンの姿は無い。ただ無様に足掻くだけでしかない。
それでも人が見れば――それこそアリスが見れば、目を細めるかもしれない。
その姿には、諦める、などという選択肢が無いのだから。
一歩一歩、確かに床を踏みしめて歩く。松葉杖かそれに準じた何かがあればもう少しマシな歩き方ができたかもしれない。
しかしここは人の家で、置いてあるのも人のモノ。勝手に使うのは憚られた。だからこそ時間がかかってしまったのだ。
場所に着いては気配でわかっても、移動速度が遅すぎて話にならない。いつもなら数分で着く程度の距離が、その何倍もかかってしまう。
目の前にあった襖を、震えているせいで頼りなく見えてしまう右手で少しずつ開く。音すら出ていない。
そのせいだろう、誰もシオンが来たのに気付かなかった。
しかし『料理』という言葉は聞こえて来たので、つい言ってしまった。
「……図々しいとは思うけど、その料理、俺も食べさせてもらってもいいかな?」
わかりやすく驚いているアリスと、驚いているのがわかりにくい永琳。てゐと、それと鈴仙という少女は見えない。どこかに行っているのだろう。
コレから自分がどんな事をするのか、シオンは少し不安に思う。幻想郷に来てからの自分は不安定すぎて、怖いのだ。
それがどんな結果を生むのか、わからないシオンだった。