東方狂界歴   作:シルヴィ

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今回は1万文字超えてません。
今回は流石に内容的に足りませんでした。


『シオン』という人間

 「…………………………」

 「…………………………」

 「…………………………」

 「…………………………」

 「…………………………」

 ただ黙々と、目前にある料理を食べる五人。

 その様子には常の楽しそうな表情は無く、重苦しい雰囲気があった。

 そうなった理由は、見ていられないほど意気消沈しているアリスに引きずられているからだ。

 とはいえそれに影響されているのは鈴仙が主で、シオン、永琳、てゐの三人はまた別の理由だ。

 シオンは食べている最中は話す気が無く、永琳も同様。てゐはシオンの方をチラチラと眺めているため、自分の分を食べるペースが遅くなっている。

 (もう一人分と言われて気軽に用意しましたが……失敗でしたかね)

 鈴仙は心の中でそうごねた。

 元々鈴仙は、この永遠亭に住んでいるもう一人の人物――輝夜が帰って来たのだろうと思っていたのだ。なので用意して、アリスの気分を晴らすための言葉を考えながら戻って見れば、気絶していたはずのシオンという少年が当たり前のようにそこにいた。

 何とか表情には出さなかったが、内心では驚愕させられたのは言うまでもないだろう。

 あの大火傷からの失神。普通なら数日から数週間は目覚めなくともおかしくはないと思っていたのに、あっさりと目を覚ましたのだ。異常である。

 それでもてゐが連れて来た人間、客分だ。相応の対応をした。永琳が何も言ってこなかったのを鑑みるに、恐らく大丈夫だったはず。

 カチン、という音で、鈴仙は我を取り戻す。音がした方を見ると、シオンが箸を置いて手を合わせていた。

 速い。片手しか使えず、かといって行儀の悪さを気にしてだろう、寄せ箸をせず、皿の移動のために一度箸を置き、皿を移動させ、箸を手に取るという一連の流れを何度もやっていたが、誰よりも早く食事を終えた。

 「永琳、話しはどこで?」

 「貴方が起きた部屋の場所は覚えているかしら? 覚えているなら、その部屋の右隣にある部屋に行って待っていて」

 「わかった。待っている」

 運びやすいように箸と皿を纏めると、シオンは肩を壁にもたれかけさせ、片足を引きずりながら部屋を出て行った。

 「師匠、話しとは?」

 「今は言えないわね。少なくとも、彼の許可を得てからでないと」

 ストレートに話さないという永琳に、鈴仙は眉を寄せた。

 永琳は基本的に口が堅い。余程の出来事が無ければ秘密を洩らさないので、これ以上の詮索は無意味だろう。

 意外に思ったのは、てゐも、そしてアリスも何も聞かなかった事だ。

 てゐは無駄だと思いつつも聞くだろうと思っていた。いつもそうだからだ。

 アリスは永琳の性格を知らないのと、子供故の好奇心から聞くのではと何とはなしに考えたのだが、今回は外れたらしい。

 後に聞いたところ、てゐ曰く「恩人の秘密を無理矢理暴くほど恥知らずじゃないよ」だそうだ。アリスは「修行を付けてもらった時の感覚から、多分人の秘密をそう簡単に話す人じゃないんだろうなって」と感じたらしい。

 「さて。それじゃ、私も行くわね。食器はお願い」

 「わかりました」

 シオンと同じように皿と箸を纏めると、永琳も部屋を出て行った。

 二人の話し合いがどうなるのかはわからない。

 ただ言えるのは、アリスにとって良い選択になると言う事だけだった。

 

 

 

 

 

 シオンが永琳に言われた通りの部屋の扉を開けると、そこは診察室だった。

 清潔なシーツをつけた寝台。診察に使うのだろう道具を纏めた箱。幾つかはシオンが知らない道具もあったが、何となく机の上にあったカルテを手に取った。

 「――……ッッッ!??」

 そこにあった内容は、シオンの想像を絶するものだった。

 「なん、で……コレ、が」

 「いくら机の上に置いてあるからって、人のモノを勝手に見るのは失礼よ」

 後ろから届いた声に、シオンはカルテを持ったまま振り向いた。

 予想通りと言うべきか、そこには永琳が立っている。先程の注意とは裏腹に、顔には笑みが浮かんでいる。

 「貴方のその反応からして、大筋は合っているのね」

 「悪趣味、だな。わざとこんなところに置いたのか?」

 「そう思うのだったらそう思っていて構わないわよ。特に不都合も無いのだし」

 睨みつけるシオンと、飄々とした笑みを浮かべる永琳。

 だがそれもすぐに消えると、永琳はどこか申し訳なさそうに、けれど真剣な眼差しでシオンを見詰める。

 「ごめんなさいね。本当は無理に調べるつもりはなかったのだけれど、アリスが気にしてしまっていたから、原因を調べようと思ったの。そのカルテは、貴方の体を調べた結果を纏めた物よ」

 頭を下げながら謝る永琳に、シオンはどこか居心地が悪くなる。永琳が、真摯に謝っているのがわかるからだ。

 「――ハァ、いいよ、もう。この程度なら別に気にしてないし」

 シオンはカルテを眺めながら、少しだけジャンプして寝台に腰を下ろす。それを横目に永琳も椅子に座った。

 「いくつか質問をしても?」

 「こっちの要求を聞き入れてくれるなら」

 「要求は?」

 簡潔なやり取り。

 シオンとしては余り話したい内容では無い。話したところで、このカルテの内容を見るに問題は無いからだ。

 実際、紅魔館から出た直後にここへ来たのなら、何の見返りも求めず話しただろう。だが今は一つの目的がある。……いや、二つ、か。

 「俺を鍛えて欲しい。もう一つは……現実的じゃないから、今は、良い。その内話す」

 その内容に、永琳は少し悩む。

 「鍛えると言っても、その内容にはかなりバラつきがあるわ。どういったものを鍛えればいいのかしら」

 しかし断るという選択肢は無いらしく、受け入れてくれるようだった。

 「戦闘、それに準じた事柄を全て。俺は今まで我流で戦ってきた。でもそれは、この幻想郷じゃ足枷になる」

 かといって、一から鍛え直そうとしても、身に染みた戦い方は、早々直りはしない。ならば誰かに師事するのが一般的なのだろうが、ここには師になってくれる人物などほとんどいない。大妖怪相手に戦うのを目的としているシオンを鍛えられるとすれば、それは永琳くらいのものだろう。

 そういった事を説明すると、永琳は今一度悩んだ。

 「貴方の今の力はどれくらいなの? 無理な事を言われても、私には不可能よ」

 そこが一番の問題だ。

 シオンの力は、レミリア達ならよく知っているが、初対面の永琳にそんなのはわからない。

 ある程度の才能があれば、幻想郷の、探せばどこにでもいる程度の妖怪なら倒せるようになれるくらいにはできる。

 だが、大妖怪と相対するにはそれでは足りない。彼女らと戦うには、一極だけでもいい、それこそ『ぶっ飛んだ』才能が必要となる。

 「その点に関しては大丈夫。ここに来るまでに吸血鬼一家、花妖怪、雑魚妖怪の大群と色々戦ってきたから」

 「……。……それなら、大丈夫そうね」

 一瞬言葉に詰まってしまう永琳だったが、それは当然だろう。

 こんな幼子が、既に大妖怪どころか()()花妖怪と戦って生きていると言うのが、既にしておかしい。

 が、コレでノルマについては大丈夫だろう。シオンの持つ力がどんな類のモノかはわからないし予想もできないが、目的自体はどうにかなる。

 (問題はあると言えばあるのだけれど)

 その時はその時だ。

 今は、気になる事を聞くとしよう。

 「質問、いいかしら?」

 「いいよ。何から言えば?」

 「そうね……まず確認だけれど、シオン、貴方――」

 それは、あくまでも確認。前提だ。

 『シオン』という人間を形作っている、その大前提。

 永琳は一拍置いて、言った。

 

 「――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 その問いに、シオンは目を瞑った。

 訂正は無い。沈黙の意味は、是。それはつまり、永琳の言う言葉は真実という事。

 「……驚かないのね?」

 「まぁ、あのカルテを見た時から、永琳がそこまで達しているとは思ってたし。むしろあそこまでわかっていながらそこまで思い至ってないなら、正直失望ものだ」

 冷笑を浮かべて鼻で笑うシオン。その姿は妙に様になっていて、華奢な外見とはあまりにチグハグだった。

 シオンには分不相応な精神力がある。その原因が、人体実験を経たせいだ。その程度がどうあれ何かしらの悪影響があるはずなのだが、一見シオンには何も無いように見える。

 が、それはあくまで一見というだけ。

 永琳が調べた限りでは、いっそ殺された、あるいは死んだ方がマシなモノばかりだった。

 「……人間が持つ五感、神経伝達速度の向上。それらに振り回されないよう思考回路の速度も弄ってあるわね。その影響で人体のリミッターが外れて、身体能力にバラつきもある。それと、脳の一部が無くなってるのを見るに、意図的なサヴァンシンドロームも起こっている」

 『サヴァンシンドローム』、あるいは『サヴァン症候群』と呼ばれるコレは、言ってしまえば障碍者にも関わらず優れた能力を持つ人間を示す。

 だが、それにもバラつきがある。常人には絶対にできないような計算ができるかと思えば、誰にでも解ける簡単な式すら答えられない時すらある。

 シオンのソレも同じ。

 ただ、シオンの場合は少し特殊で、何も障害を負っていない。

 それは、

 「人体実験で、何人もの人間を使ったから」

 という、ただそれだけだった。

 切り取ってもいい場所とそうでない場所を、何千何万という人間を使って確認した。その結果がシオンだ。

 「……俺が持つのは『完全記憶能力』。アイツ等のコンセプトからしても、当然の帰結だろうな」

 「なぜ?」

 「簡単だよ。そもそもこの人体実験のテーマは、『戦争で使う生体兵器を作る』事だ。なら敵の情報は精確な方が良い。かと言って人間の記憶程当てにならない物は無い。だったら、いっそ全部覚えてしまえばいいなんて、極端な結論になっただけだ」

 「確かに極論ね。でも、それだけ?」

 「いや、頭を切り開いたのは、もう一つの物を埋め込むためだ。多分だけど、こっちが本命だろうな」

 それこそが、シオンに埋め込まれたあの機械。感情を抑制する機能を持ったモノ。

 「用途は脱走、反乱の阻止。まぁあの場所に居たのは、一番年上でも九歳だったから、あくまで保険程度だろうな。将来の為でもあったんだろうけど」

 欠点はあった。アレはあくまでも一時凌ぎ程度であったため、()()()()を求めなかった。

 そのせいで、無理矢理抑制された感情が爆発し、心がバラバラに壊れる子供が多かった。シオンの知る限りでも、大勢いた。

 しかもその壊れた子供を再利用し、弄った。

 「何も感じなかった訳じゃ無い。だけど、誰も、何もできなかった。あっちは大人で、こっちは子供。……地力が、違い過ぎたんだ」

 そして、それがわかっていてなお刃向かった子供もいた。彼等がどうなったのかを、シオンは知らない。

 わかるのは、彼等は決して帰ってこなかった。それだけだ。

 「俺は、何もしなかった。生き残るためにずっと耐え続けていた俺は、『他人』を心配できるだけの余裕は無かった。だから、誰とも関わらないようにしていた」

 「その口振りだと、結局関わったの?」

 「そう言えるだけの関係性じゃなかったけどね……あっちが俺に話しかけて来ただけだし」

 微かに笑みを浮かべているシオンは、少しだけ嬉しそうで、でも悲しそうだった。

 「でも、生き残ったのは俺だけだ。俺だけが、あの実験で生き残った人間で……唯一の、()()()だった」

 まるで自らを物のように揶揄する口調。

 けれどそれは、自分の感情を極限まで押し込めた物だった。それが、永琳にはわかった。

 「あいつ等は俺をどこかに輸送しようとしたんだろう。でも、俺はそれをさせられたくはなかった。でも、頭に植え込まれた機械がある。逃げられないし、刃向かう事もできない。……それを逆手にとった。『コレを付けているから安全だ』という思考の隙間を、突いたんだ」

 シオンは、ある時からただ只管に同じ動作を繰り返し始めた。心の奥底に、ある事柄を引きつめながら。

 「それが『感情を抑制された瞬間、敵を突き殺せ』だった。……成功した。そして、アイツの手に持っていた、俺達に植え込まれた機械をコントロールする物を壊して……研究所にいた人間全てを――殺した」

 ――その後はずっと、逃げて逃げて、逃げ続ける逃亡生活の始まりだった。

 「研究所にいた時の話は、そんなところかな。まぁ他にも色々あったんだけどね。でも、今は聞く気、無いんだろう?」

 「……そうね。私が聞きたいのはあくまでそれであって、貴方の人生全てではないわ」

 気にならないと言えば嘘になる。

 だが、それを聞ける立場に、永琳はいない。

 少なくとも、それだけの信頼を、シオンから向けられていない。

 「そのカルテだけど。そこに書いてあるのに見覚えは無い?」

 「ある。なんで俺の体を調べただけで使われた薬がわかったのか疑問に思うけど、ここに書かれているモノは全部使われた」

 「半信半疑だったのだけれど、合っていたのね。……正直合っていて欲しくなかったのが本音だったのだけど」

 後半は、シオンに聞かれないようボソリと呟いた。

 ここに書かれた薬は、いくつかは『まだマシ』なものがあった。けれど、そのほとんどが、一滴でも、あるいは一欠片でも体内に取り込めば即死する、というものだ。

 永琳でさえ、積極的に扱いたいとは思わない。輝夜と永琳は()()()()()から平気だろうが、他の人間、あるいは妖怪が、万が一にも触れれば大変な事になるので、やめている。

 「その他の薬については――」

 「知ってはいるけど教えるつもりはない」

 「……でしょうね。やっぱり、同じ事を繰り返さないため?」

 「ああ。こんな実験、やるだけ無駄だ。……そもそも、コンセプトから外れすぎなんだ、この計画は」

 「外れすぎている……? そもそもこの計画の根幹は何なの?」

 「単独で小国を落とす化け物を生む事。そしてそれらで隊を作り、それこそどんな国と戦おうとも勝てる事」

 百人の兵士、軍人を鍛えるために使う金と、たった一人の人間を養う金。どちらが軽いかなど言うまでもない。

 そして、シオンは単独で万の人間を相手にしようが勝てる。

 つまり、一人で万の軍隊と同等なのだ。

 そんな存在が隊を組めば、どうなるか。かかる費用と実際の効果は、分不相応な程に膨れ上がるだろう。

 スパイにしてもいい。感覚が遥かに鋭いシオンは、探索、隠密、その他諸々何でもできる。それこそハニートラップさえ可能だ。外見が外見なので、特殊性癖持ちにしか無理だろうが。

 いわゆる『何でもできる』人間だ。もし本当にこれを量産できるのなら、それこそ世界を支配できるだろうが、問題はある。

 あの実験は痛みが先行しすぎて、まず耐えられない。実験内容が内容なので、どうあがいても五歳以下の子供でなくてはいけない。だが、五歳程度の子供が激痛に耐えられる事はほとんどありえない。

 短期間で兵士を育成するのは、まず現実的ではないのだ。かかる費用もバカにはならない。本末転倒にも程がある。

 「……まぁ、あっちの目的はその実験で得た結果を他の場所で行っている実験に利用するってのもあったみたいだから、一概に無駄と切り捨てられないんだけどな。そもそもマッドサイエンティストの魔窟だったあの場所に、金なんていうのを気にする人間はいなかったけど」

 そもそも研究ができれば他の事は些末だと公言しているような連中だ。お金なんてモノ、絶対に気にしていない。

 「話が逸れた。とにかく、色々急ぎ過ぎたんだ。そもそも必ずこの薬を使わなくちゃいけない理由は無いからな。それでも使ったのは、実験の経過と一緒に()()()()()()()()()()だ。少なくとも痛みくらいには耐えられるように、と」

 「正気じゃないわね。子供が耐えられるわけないじゃないの」

 「あっちも、それはわかってたみたいだけどね? 俺を作るまでにかかった人数がそれを証明してるよ。下手な鉄砲、数撃ちゃ当たるって感じだったし」

 「ちなみに、かかった人数は?」

 「――()()()()()

 即答。

 「……え?」

 一瞬、永琳には理解できなかった。

 それだけ予想外だったのだ。

 (一〇〇〇、万? 五歳以下の子供を、一〇〇〇万も?)

 どうやって、と問う前に、シオンが答えた。

 「あの世界には人間なんて、それこそ腐る程溢れてる。それに、スラム、戸籍登録されてない子供、材料には事欠かない。スラムはゴミ溜めみたいなとこだし、戸籍登録されてなければ捜査はされない。理に適ってる集め方だ」

 吐き捨てるように言うシオンの顔には、隠しようも無い憎悪があった。

 「……まぁ、最終的に物を言うのは『才能』とか言ってたから、最終期に集められた子供は、親のいない、あるいは親に売られた子供を除けば、無理矢理誘拐された奴ばっかりだったけどね」

 その一人が、シオンだ。

 こんなところかな、と言って、シオンは締めくくった。

 コレが、シオンが幼少期に受けた全て。シオンの根幹にある、『他人を容易には信じない』、その理由。

 無論あそこだけが全てでは無いが、人の悪意を見たのは、研究所が始まりだ。

 「……このカルテにあった事は全部話したよ。でも、他にも気付いた事はあるんだろう?」

 「ええ、勿論。でもその前に、お茶を飲みましょう。疲れたでしょう?」

 「別に平気だけど……貰えるのなら、貰うよ」

 「そ、なら待っていなさい」

 永琳は立ち上がると、お茶を用意し始めた。

 それが完成すると、シオンに一つを渡して、もう一つを机の上に置いた。

 一口飲んでみたが、まぁまぁの出来だった。鈴仙の方が上手いだろうが、永琳にはこれが限界だった。

 「まず、予定外の事があった。貴方という結果は、そのほとんどが成功してる。でも、一部の異常が起こった。感覚を増幅する以上に、体の機能が増大してしまったのよ」

 「正解。それが理由で、俺の体は常に栄養不足だ。体の機能にエネルギーを回し過ぎて、身長が伸びてくれない。代わりに毒も利かず、怪我も軽いのなら数分で治る」

 「しかも細胞が完全に死滅する前に再利用できるから垢は無く、排泄物を作る前に完全に体に吸収できる」

 「……前者はともかく後者は言わないでほしいんだけど。なんか、汚い」

 どこか嫌そうに言うシオン。

 とはいえ真実なので否定できない。シオンが風呂に入ったりしなくとも清潔なのは、コレが原因なのだ。流石に埃や土、煤などはどうしようもないが、体自体が汚くなるのはほぼ無い。

 女性からすれば羨ましいと思うだろうが、どうしようもないくらいに欠点があった。

 「まず、アリスの回復魔法。アレで激痛が起こってしまったのは、元から早すぎる自然治癒力が極端に増幅されたせいね。何事も過ぎた力は碌な結果にならない。強すぎる回復能力は、体を壊してしまう」

 「まぁコレについてはどうとでもなるよ。あっちが加減してくれればそれでいいし……そもそも初見で俺の体を見抜けるのはほぼありえないからな」

 「気にしてないなら理由を言ってアリスに教えてくれるとありがたいのだけれど?」

 「どうしてだ?」

 「アリスの方が気にしてるのよ。あの子は、自信が無くなっているから」

 アリスは昔から、魔法を使う事を夢としていた。

 それだけを求めて、数年も練習するほどに……自らの体を、傷つけるほどに。この世界に来て何とか簡単な攻撃魔法と、そして天性ともいえる回復魔法を覚えたアリスだが、アリスの目的はあくまでも『強大な攻撃魔法を扱う事』だ。

 つまり、アリスは知らずして妥協している。

 そして、無意識にそれに気付いている。

 「……でも、失敗してしまった。と、そう思ってしまっているアリスは、今、自信を無くしかけているのよ。元が元だからどうしようもないし、こればっかりは本人次第になるわ」

 だが、もしシオンがアリスは失敗していない理由を言えば、それも解消するだろう。一概には言い切れないが、心にかかった重圧は軽くなるはずだ。

 「まぁ、いいよ、別に」

 「――え?」

 「わかったって言ったんだ」

 正直、意外だった。

 先程の話から、シオンは他者を信頼する事はほぼありえない。恐らく認められれば信用という段階を一足飛びするだろうが、逆を言えばそこまで行かなければならないのだ。

 紅魔館は例題だ。アレはあくまで、指針を失って暴走した結果ああなっただけで、普段ならそうはならない。

 だからこそ、気になる。シオンとアリスのやり取りは要領を得ず、永琳でさえいったいなんだったのかわからなかった。

 「なぜそこまで優しいの?」

 主語を抜かしたが、恐らくこの感覚は正しい。

 多分シオンは、性根は優しいのだ。それが歪になっただけで。

 「他人とは思えないから、かな。俺とアリスは、きっと誰よりも近しい……そんな感覚。よくわからないんだけどね」

 シオン自身、どうしてそう思うのかわからない。

 理由は絶対にある。そこまではわかるのだが、その先がわからないのだ。戸惑っているのはシオンも、そしてアリスも同じ。

 その理由がわからないうちは、とりあえずその想いに従ってみる事にしたのだ、シオンは。

 「コレで全部? 他にあるならまだ答えるよ? 応えられる範囲でだけど」

 「……今はコレだけね。正直予想外な事が多すぎで、考えを纏めさせてもらいたいわ」

 「俺は待っててもいいよ。どうせここにいる限りはやる事無いし」

 「ならお言葉に甘えさせてもらうわ」

 そういって紙と筆箱を取り出した永琳は、先程の話を纏めた資料を作り出す。

 しかし、そこには決定的に抜けている内容があった。それを永琳は気付かない。なぜシオンが人体実験の話をしたのか。それは、()()()()から目を逸らすためだ。

 嘘は言ってない。しかし、それで騙せない訳ではない。

 とはいえ永琳の事だ。近くない将来、必ず気付いてしまうだろう。シオンとしては、別に知られてしまっても構わなかったが、今はまだ永琳の性格がわからない以上迂闊な事はできない。

 それまでに何ができるか、どんな事を覚えられるか。ある意味時間との勝負だった。

 

 

 

 

 

 「――今日からここで世話になる事になった、『人外』シオンだ。よろしく」

 軽く笑いながらそう言うシオンに、永琳は肩を竦めた。

 てゐはいい。どちらかというと喜んでいるようだし、問題は無い。

 問題は、アリスと鈴仙だった。アリスはシオンに対して申し訳なさそうにしているし、鈴仙はアリスにそんな思いをさせている原因であるシオンを快く思っていない。

 そして――

 「私は永遠亭の主、蓬莱山輝夜よ。よろしくね、『人外』さん」

 ニコニコと、とても面白おかしそうに笑っている主が、永琳の頭痛の種になりそうだった。

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