東方狂界歴   作:シルヴィ

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飲まされた物は

 シオンが永遠亭での日々を過ごすために案内された部屋は、永琳の隣の部屋だった。

 永琳曰く「その方が都合が良い」そうだ。何が都合が良いのかわからないが。

 ちなみに永琳の隣の部屋、つまりシオンから見て二つほど隣の部屋は永琳個人の研究室らしく、近づかないでほしいと忠告された。シオン自身『研究室』という単語を持った部屋にはいい思い出が無いため、素直に頷いておいた。

 「確か、アリスに気にしていないって事を伝えればいいんだっけ……」

 自室に戻ったシオンは、周りを見ながら呟く。

 本来客人を想定していない部屋だったらしく、部屋に置いてあるのは急遽持って来た布団と机、姿見くらいで、その他のモノはシオン自身必要無かったのを理由に断った。

 シオンは姿見を見ながら思う。恐らくアリスは、自分の姿を見るたびに申し訳なさそうな顔をするだろう、と。

 「だったらいっそ」

 そしてシオンは、紅魔館でさえしなかった事をする。

 

 

 

 

 

 「おはよう、永琳」

 次の日の朝。

 シオンはやはり五時前には目を覚ましていた。

 いつも通り鍛錬でもしておこうと部屋を出たら、ちょうど永琳も出てきたところだったらしく、小さな欠伸をしていた。

 「あら、早いのね。こんな時間に何、を――……」

 声のした方を見やった瞬間、永琳は言葉を失った。

 「シオン、貴方のそれ、は」

 「ん? わかりやすくしておこうと思ったらこうなった。気にしないでいい」

 「気にしないで、って……」

 「じゃ、また後で」

 ひらひらと手を振って、シオンはその場から去る。

 後に残されたのは、唖然としながら口を開ける永琳だけだった。

 

 

 

 

 

 シオンの日課に剣および太極拳の鍛錬が入ったのは、この幻想郷に来てからだ。前まではそれこそ毎日剣を振っていたからわざわざ素振りをする必要性など皆無だったのだが、ここではしなければならなくなってしまった。

 とはいえ心を落ち着かせるのには有用なので、素振りをするのは苦では無い。今は左手と左足を動かせないので、少し面倒だったが、それだけだ。

 力強さよりも鋭さを感じさせる剣と拳。剣を振るったかと思えば咄嗟に上へと投げ、その間に拳を振るい、落ちてきた剣を取りまた振るう。どこまでも実戦を想定したそれは、必然どこか危なっかしい。

 その姿に気付いたのは、朝食の用意をするために起きていた鈴仙と、珍しく早起きしたてゐ。そして、永琳だ。

 三者ともにシオンの視界で見える範囲にはいない。しかし彼女達程であれば、見えなくともシオンのしている事は把握できる。

 一時間程経っただろうか。シオンは素振りをやめると、先日皆でご飯を食べた部屋へと移動をする。この時間ともなるとアリスも既に起きており、輝夜も初日くらいはと目を覚ましていた。着いていないのは、シオンだけだ。

 ほぼ料理を運び終えた鈴仙は、シオンがこちらに来ていると悟る。それを全員に伝えると、皆の反応は別れた。

 てゐはどことなく嬉しそうに、反対にアリスは申し訳なさそうに。永琳はどことなく困った様子で、輝夜は何か面白い事が起こらないかぁと思っていそうだ。

 カタ、という音がした刹那、全員そちらの方を見た。

 そして、シオンの姿を見て――

 「……ッ!!」

 ――全員が、絶句した。

 「どうした? そんなありえないものを見るような目をして」

 シオンは首を傾げながら問うた。

 普段であれば何気無いその仕草も、今は痛ましさを増長させるものでしかない。

 ショートカットになっている髪がサラリと揺れ、その下に見えた傷痕にまたも絶句させられる。

 ――シオンの全身は、今や傷だらけだった。

 左半身は焼け跡が残っている。昨日確かに治ったはずの左手足は、更に酷くなっていて、無事だったはずの胴体すら焼けている。左手足のソレに比べればマシだろうが、元々比べるようなものでもない。顔にも影響があり、首から額に近くまで火傷が浸食している。何より()()()()()()()()()()()。虚ろな空洞が覗かれるだけだった。

 その火傷に覆い隠されるかのように、大小様々な、切られた、あるいは斬られた痕が見えてしまった。アリスにはわからないが、弾痕もあった。

 コレらはあくまで左半身のみの話しであり、右半身は火傷が無い分傷痕が強調されておるため、どちらにしろ悲惨であるのには変わらない。

 なぜこんな姿で来たのか。変装、冗談、そのような類ではないのは見た瞬間に理解させられた。酔狂でそんな事をする人間でないのは、昨日の時点で明らかだ。

 つまり――この傷痕は、シオンという人間が受けた攻撃の痕を示している。

 様々な意味が籠められた視線を感じたシオンは、どこか複雑そうな表情を浮かべた。

 「永琳、何か逆効果な気がするんだが、気のせいか?」

 「やりすぎなのよ。後刺激が強すぎね」

 「そうか……アリスの魔法が成功してもしなくてもあまり変わらない事を理解させて遠回しに気にしていない事を教えようと考えたんだが……」

 わかりにくいわっ! と全員が思わされたが、シオンに悪気は無いため、何も言えずに口を閉じるしかなかった。

 しかし二人のやり取りに少し場の空気が明るくなったのは僥倖だろう。それだけシオンの姿はインパクトがありすぎた。

 あまりに自然体すぎるシオンと、あらかじめその姿を見ていた永琳の余裕が、何とかその場を凌いだとも言える。永琳はともかくシオンにそんな意図は無いだろうが。

 「それじゃ、いただきます」

 気付けば当たり前のように座っていたシオンは、昨日と同じやり方で黙々と食べ始めているのだった。

 

 

 

 

 

 永遠亭の住人全員に強烈な印象を残したシオンは、のほほんとした表情でその場を去ると、どこかに向かって行った。

 どことなく浮ついた雰囲気でどこかに行ったようなので追いかけようと思ったのだが、思った時には完全に気配を紛れさせていたため、追いかける事は叶わなかった。

 気付けば既に昼を過ぎ、昼食を食べるべき時間になっていた。朝食を多く用意していたために昼食は軽めなものにしておいたのだが、シオンだけは朝食と同じ量を難なく完食していた。

 気付けばアリスの鍛錬をするべき時間になり、いつも通りの日課をこなす事になった。

 庭に出て魔法操作の修行を始めるアリスを、縁側に座って腕を組んでいる永琳と、そしてなぜかその右隣に足を投げ出し、投げ槍なシオンが見ていた。

 「筋は悪くないみたいだな。どことなく型に嵌った感じだけど、それが破れれば化けるってところか」

 永琳とほぼ同じ内容の推察をするシオンは、見る目が無い訳では無いらしい。しかしシオンの言い方はどこか上から目線であり、しかしシオン自身に相手を見下すような意識は無い。あくまで言い方が悪いだけで、シオン自身はアリスを俯瞰して見ているのが理由だろう。

 「で、コレを見せるのが目的?」

 シオンがここにいるのは永琳に呼ばれたからであり、それ以外に理由は無い。鍛えて欲しいと言ったシオンであるが、左手足が動かない現状、できる事は限られている。せめてこれをどうにかしない限り、上を目指すなど夢のまた夢だ。

 それは永琳もよくわかっている。永琳は、今日気付いた事を聞きたかっただけなのだ。

 「シオン、貴方の傷跡を見て思ったのだけれど。その傷痕のいくつかは、どう見ても内臓を傷つけられた箇所がある、そうでしょう? ……なぜ貴方は生きているの?」

 正直に言ってしまえば、どうしてシオンが死んでないのかわからない。どう見ても致命傷を負っているのに、普通にそこにいるのか理解できない。

 再生能力を持っている、というのならば傷痕が残る説明がつかない。限定的な回復能力と言うのが永琳の考察だが、やはり疑問は残る。能力とは、そんな使い勝手がいいモノでは無い。必ずどこかに制限が入る。

 そもそも能力とは何なのか――と、余計な事にまで発展しそうなった時、シオンが言った。

 「ご明察、俺は普通なら死んでるよ。これのおかげで生きてるに過ぎない」

 シオンは髪の毛に触れると、能力を発動させて一本の針を作る。

 「自分の細胞を別のモノに変質、変換させる能力。それを使って髪の毛とか血液を内臓に置換したってだけ」

 「変換時におけるデメリットは?」

 「常人なら発狂する程度の激痛と、あるもの以上は絶対に持ってこられない。肌を石とか鋼鉄に変換するならほぼロスが無いけど、逆に失ってしまった血液、皮膚、骨、内臓の代わりにする時は相応に消費させられる」

 つまり、シオンは傷痕を治すのを嫌がったのだ。

 無論理由はある。それも切実な。

 「新陳代謝が高いからその分血液や皮膚は何とかなるけど、骨とか内臓みたいな、欠けたりすれば絶対に自然治癒しない部分にだけ使用するようにしなきゃならない。傷跡がほったらかしなのは、その分に回す余裕が無かったからだ」

 要は保険だ。骨は内臓の次だったが、それでも無くなればマズい。外見に頓着している暇などなかった。

 「左手足の神経はほぼ全部焼き切れていたけど、それでも代替物はあったから、後回しにしていた。動けば痛みとかそういったものは無視できるからな」

 ――本当は、治すという事すら忘れていただけだが。

 その一言を押し止めた。

 この事実に気付いたのは、幽香に自殺願望を無理矢理自覚させられてからだ。

 死ぬ事を望んでいたシオンは、その確率を上げるために左手足を治すという手段を頭の片隅にすら浮かべなかった。

 ただそれだけの、情けない話をする必要は無い。シオンはそう思った。

 「待ちなさい」

 そんなシオンを止めたのは、硬い表情をした永琳だった。

 「今、貴方は()()()()()()()()()()()()()()()()……そう言ったのよね?」

 「……? そうだけど?」

 「じゃあ、なんで貴方は――()()()()()()()()()?」

 そう、それは絶対的な矛盾。

 人は神経を通してはじめて自分の意志で手足を動かせる。

 その神経が無いのに、シオンは今まで手足を動かしていた。本来なら、ありえないのに。

 永琳はその都合上、シオンの体を調べた。だがやはり他人の許可無く体を弄り回すのは流石に気が咎め、本当の意味で調べたとは言えない。

 だが前後の情報を把握するために、昨夜てゐからその時の状況を聞いた。その時てゐは、シオンが左手足を動かせないなどとは一言も言わなかった。

 つまりシオンは、()()を誤魔化している。

 「何だ、そんな事か」

 しかし当の本人は、つまらなそうに鼻を鳴らした。

 「別に不思議な事じゃないよ。骨折した時はそこを補強してそれ以上悪化させないように、焼き切れた中で残った神経を利用して手足を動かしてただけさ。……手足を動かすのに必要なのは、何も神経だけじゃない。骨も必要だ。その原理を利用させてもらった」

 シオンがやったのは、とても単純な事。

 シオンの体は常に超高温だ。シオン以外の人間が触れば普通に火傷する。それを抑えるためにシオンは自分の全身を、本来の皮膚の上に薄い皮膚で覆わせていた。普通の、常温の人肌を。コレを利用して全身の傷跡を覆い隠し、熱すぎる体を誤魔化した。

 だが左手足だけは特別製で、言うなればその部分にだけ鎧を纏わせて、その鎧を動かす事で結果的に手足を動かす、といった形になっていた。

 ただそれだけではやはり動かせない部分も出てくる。だからこそ、纏った鎧に『棘』を作り、()()()()()()無理矢理残っていた神経に繋いで、動かせない部分を動かしていた。

 「――まぁ、それも燃え尽きたんだけど。何日かしないと作り直すのは無理だ。それにこの方法もあまりいいとは言えない。どうしても誤差が出る」

 纏っているといっても、所詮はそれだけ。直接動かしているわけではない以上、ほんの少しだけタイムラグができてしまう。

 それを何とか埋めて戦ってきたが、コレも限界が近い。その内治したいが、今までが今までだったせいで治せる暇があるとも思えない。何とも悲しかった。

 「ねぇ、シオン」

 「ん、何?」

 「――もしもそれが……いいえ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()……貴方は、どうするの?」

 ――。

 刹那、時が止まった。

 無音。シオンも永琳も、息一つしない。

 張りつめた空気の中で、しかしアリスだけは()()()()()

 何も気付かないアリスの横で、シオンは右手の拳を握りしめ、永琳は組んでいた腕を解き。

 その時、小さな風が吹いた。

 「――くちゅっ!」

 その風で鼻をこそばゆくされたのだろう。アリスがくしゃみをした。

 「……っ」

 「――っ」

 シオンは失笑を、永琳は苦笑をそれぞれ浮かべる。

 いつの間にか、凍っていた空気も無くなっていた。

 「――治す気は無いよ。今だけじゃなくて、ずっと」

 「なぜかしら? 少なくとも貴方は、その力を好いてはいないようだけれど」

 「まぁ確かにね。でも、この力があったからこそ生きれ来れたのも事実。それに、この力無しじゃ戦えなくなる。しばらくすれば慣れるだろうけど、今以上の戦いはできなくなるだろうな」

 「別に戦いだけが全てじゃないでしょう? それこそ里で働いて、お金を稼いで、お嫁さんでも貰って、普通に生きていく……そんな事だって、できるはずよ」

 「無理だ。俺は今まで生きてきた中で、何十何百と死にかけた。それで理解したよ。俺は文字通り()()()()()()。……運が、悪すぎるんだ。ありえないくらいに」

 「……?」

 運が悪い。多少程度ならシオンはそう言わない。

 ならば、どのくらいなのか? 永琳は訝しんだ。

 「常人ならあっさり死ぬような状況に何度も陥ってれば、まともな運を持ってるなんて口が裂けても言えなくなるよ」

 シオンは一つ溜息を吐くと、投げ出していた足を体に寄せた。

 その体勢は、恐らく立ち上がろうとしているが故だろう。これで話は終わりだと、言外に告げていた。

 「最後に一ついいかしら?」

 「何だ?」

 ぴたり、とシオンの動きが止まる。

 永琳はそれを確認してから、アリスに聞こえないようシオンの方へと体を向け、その耳元へと口を近づけ、言った。

 「―――――――――――――?」

 

 

 

 

 

 瞑想に近い状態になっていたアリスは、ほとんど周囲に気を配っていなかった。

 心をなるべく空にし、ただ魔力を感じ取り、循環させる。シオンと永琳が何をしているのか少し気になったが、気にしてどうにかなるわけでもなし、ほとんど聞き流していた。ある程度距離があったため、最初から聞こえていなかったのもあるが。

 数十分程してからだろうか、くしゃみの恥ずかしさを誤魔化しながらも魔力の循環を続けていたアリスは、それを解いた。

 刹那。

 「――――――――――っひ!?」

 殺気。

 今まで感じたことすら無い膨大で強大で凶悪、近くにいるだけで恐怖を感じずにはいられない強烈な意志。それが周囲に漂っていた。

 ガタガタと体が震える。

 無意識の内に動いていた足を必死に抑え、シオンと永琳が居る方を向く。

 そして。

 血飛沫が、舞った。

 

 

 

 

 

 「ッ……躊躇無し、ね」

 「…………………………」

 少しだけ顔を顰めながら言う永琳に、シオンは無表情で、しかし眼だけは睨みつけている。

 永琳はその鋭い眼光を見つめながら、首元に置いてある()()()を見た。

 「とりあえず、コレをどけてくれないかしら?」

 「……なぜ」

 「?」

 「……なぜ、表情を変えない?」

 油断無く永琳を見つめながらシオンは問う。

 殺す気だった。いや違う。()()()()()()

 「そうね。貴方と同じで痛みには慣れているから、かしら?」

 そう言って永琳は。

 ――自分の右腕を貫いている漆黒を、見つめた。

 シオンは永琳の首を貫こうと、一瞬のタイミングで剣を放った。

 絶妙のタイミング。首を逸らしてもすぐに修正できるように、右腕と、少ししか取れない体のバランスも調整した。

 なのに当たらなかったのは、永琳がわざと右腕を貫かせて動きを微かに鈍らせ、そのできた隙に回避を成功させたからだ。

 シオンならば生きるためにやる。戦場で生き続けた者でも、痛みを堪えて行うだろう。だが両者には決定的な差異がある。

 ――それは、悲鳴をあげるか否か。

 シオンはしない。その程度は慣れた、慣れて、しまった。しかし後者はそうではない。例え拷問の訓練を受けようが、まず耐えられない。

 しかし永琳は平然としている。それどころか、苦笑いすら浮かべていた。

 不気味。シオンも自分という例外を知っているが、なるほど納得だ。

 ――異常。それを本当の意味で理解したのは、この時が初めてだった。

 「とりあえず、矛を収めてくれないかしら? 私は別に貴方に害なす気は無いわ」

 「……わかった」

 永琳の顔を見て、シオンは剣を縮小させ、首にかける。

 どこか感心したように永琳が見ていたが、シオンは眉を寄せて疑問を表した。

 「ああ、いえ。普通理性的に言っても聞かないのが人間だから、驚いただけよ」

 「単純に、俺個人としては、今のはほぼ完璧に俺が悪いんだから、怒られるのはこっちだと思っただけだ」

 「――本音は?」

 「逆上するとわかっていながら敢えて言った貴女は少し性が悪い」

 「鎌かけをしたのは本当だけど、どちらかというと確認の意味合いが強いわね。九分九厘は確信していたから」

 「……だから性が悪いと言ったんだ。どっちにしても結果は同じなのに」

 「それは『そうだという可能性が高い』というだけで、『真実』ではないのよ」

 「貴女みたいな研究者気質の人間はそういった部分の融通が利かないのがな」

 「そういうものよ、私達は」

 苦虫を噛潰したように言うシオンと、苦笑しつつも悪びれない永琳。

 いつの間にか、貫かれたはずの右腕の出血も止まっていた。

 「でも騙したのは悪かったわね。代わりと言っては何だけれど、鍛錬は貴方が望む以上の結果を約束するわ」

 「それなら、いいよ。俺が危惧したのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()って事だけだったし」

 「信用第一の商売をやっていますから、ね」

 「……もう行くよ。鍛錬は数日後に」

 「そう。それじゃ、また」

 「また」

 ゆっくりと、見様によってはまどろっこしい歩き方で、シオンは中庭から去って行く。

 その後ろ姿を見ながら、永琳は思う。

 (――何て強い、子供。哀れとは思えない。彼はそれを望んでいない。だけど、憐れまずにはいられない、不憫な子。幸せは無く、未来すら見えず、日々を生きるのは惰性でのみ。何度死にたいと願った事なのか)

 それでも必死に生きているのは、何故なのか。強さを求めるのは、どうしてか。

 永琳にはわからない。出会ったばかりの人間では、そこまで深くの事は読めない。だが、その人生が決して幸福な物では無いのは、事実だろう――。

 と、そこまで考えたところで、今まで二人の雰囲気に中てられていたアリスが、息を荒げながら駆け寄って来た。

 息があがっているのは、恐らくシオンの殺気によるものだ。極度の緊張は、それだけ体を疲弊させる。

 「あ、あの! 右腕は大丈夫なのでしょうか!?」

 「え? ああ、大丈夫よ。特に問題は無いわ」

 「でも、思いっきり貫かれていましたよね? すぐに治して――……?」

 永琳の右腕を見て、アリスは硬直した。

 久しぶりに見た反応ね――と想いながら、永琳は右腕を見る。

 貫かれた右腕は、既に治っていた。魔法では無い。単なる体質。しかし、誰もが一度は望むモノを、永琳は宿していた。

 「私は、怪我をしないし、病気にもならない。寿命も無い。そういう体質なのよ」

 硬直していたアリスは、それが何なのかを、理解した。

 古今東西、あらゆる立場の者が追い求め、しかし途中で必ず挫折する、奇跡の体。

 「まさか、永琳様は――」

 「その考えで合っているわ。予想通りの反応をありがとう」

 遂に完全に固まってしまったアリスを見て、永琳はそういえば、と思った。

 (シオンも私の回復を見ていたのだから、少しは驚いてもいいものなのに、全然驚いていなかったわね)

 あくまでも平然と見ていた。

 演技では無いのはすぐにわかる。今思えば、あの反応は珍しかった。

 気付いてないのか、あるいは気付いていてあの反応なのか。

 少しだけ、気になった。

 

 

 

 

 

 その日の夜の事。

 永琳は、鈴仙に一つの指示を出した。

 ――自分の分を先に食べたら、後はひたすら料理を作り続けなさい。

 当然、鈴仙は困惑させられた。作るのはいい。作業は大変だが、妖怪である彼女は体力も集中力もそれに準ずる。

 だが、作った物を処理するのは誰がやるのか。捨てるのなら勿体ないとしか言えず、それなら最初から作る意味が無い。

 そんな疑問も、永琳の瞳を見て消えた。

 長年一緒にいるのだ。永琳がどんな事を考えてるのか、全てでは無くともほんの一部くらいは読み取れる。あの眼は、信頼できる眼だ。

 鈴仙は自分の分と、輝夜、永琳、アリス、てゐの料理を作り、食べ、それからはずっと、永琳に言われた通り料理を作り続けた。

 運ぶのはてゐとアリスがやった。アリスはともかくてゐはぶつくさと文句を言っていたが、永琳がてゐの耳元に口を寄せ、一言二言何かを呟くと、それまでの態度が一変、それはもう真面目に運んでいた。

 しかし、それも一時間、二時間となれば疲れが出てくる。永琳からの終わりの指示は無く、鈴仙はただ作るしかない。

 アリスとてゐは何故か口数が少なくなっていた。まるで『ありえないモノを見た』というような態度を不思議に感じたが、そんな暇はすぐに無くなる。

 それから更に一時間以上も経ち、食材が尽きかける頃になって。

 「もういいわよ。お疲れ様」

 ようやく、終わりが来た。

 「さ、流石にこんな長時間料理を作り続けるのははじめてなので疲れました。腕なんてもう上げられませんよ」

 その言葉通り、鈴仙の腕はダラリと下がり、ガタガタと震えていた。疲労が限界を超えてしまったのだろう。

 てゐとアリスも、鈴仙程では無いが酷い物だった。ただ、どちらかというと肉体的な疲労では無く、精神的な疲労のようなモノに見えたのが鈴仙は気にかかった。

 「それで、あの料理は一体どちらの方々が? 食べ終わった皿は戻ってきていましたので、誰かが食べたのはわかるのですが……」

 「言うより見た方が早いわ。今ならまだ食べてる頃だろうから、着いてきて」

 「はぁ」

 気の抜けた声を出しつつ、鈴仙は永琳の後ろを着いて行く。

 そしていつも皆が食事をしているところへ行き、目にした光景に口をあんぐりと開けた。

 「な、なんですかコレ……?」

 驚愕。一言で表せば、それ程的確な表現は無い。

 料理を食べているのはシオンただ一人だ。それはいい。

 だが――一体何人前を食べているのだ、彼は。

 (食材は鮮度などの理由で数に差はありますが、それでも一月は保つ量がありました。それがほぼ尽きるという事は……)

 想像して、怖ろしくなった。

 永遠亭に住む者は、シオンを除いて五人。その五人が一日三食食べても一月保つ量。つまり十五人前に三十日をかければ、自ずと答えは出てくる。

 「……約、四五十人、前?」

 「私としても予想外よ。まさかここまで食べられるなんて……」

 「まだまだ余裕はあるけどね。ごちそうさま。鈴仙、だっけ? 美味しかったよ、料理」

 カン、という音を立てながら皿を置き、手を合わせながら礼を言うシオン。

 その言葉通り、シオンはまだまだ余裕そうにしているが、正直冷や汗が止まらない。純粋に礼は嬉しかったが、食べた量が酷すぎた。

 輝夜などは最も近くで見続けたため、食べてもいないのに胸焼けを引き起こしている。口元を手で押さえ、息苦しそうに胸を押さえていた。

 今見たばかりの鈴仙でさえ、その状況が頭を過ぎっただけで苦しいのだ。直に見た輝夜の心中は察して余る。合掌。

 それはさておき、なぜ永琳はこんな事をしたのか。ギリギリ明日の朝の分と、朝少なめに作れば何とか二、三人分の昼食が残っているだけで、食材は尽きる。つまり、三日前買い出しに行ったばかりであるのにも関わらず、また行かなければならない。

 若干の不満を抱えつつ、永琳に問うた。

 「それで師匠。なぜこのような事を?」

 「ちょっと食い溜めをさせなければならなくて、ね。シオン、アレだけ食べていたけれど、体に貯蓄できたエネルギーはどんな感じかしら?」

 「……正直わからない。そもそもコレだけ食べたのははじめてだしな」

 当たり前だっ、と全員の心がまたも一つになったが、やはりシオンに悪気はない。文句を言えようはずもなかった。

 「まぁ、とりあえずこちらを向きなさい」

 「ん? ――……っが!?」

 素直に永琳へ体と顔を向けると、唇と顎を片手で掴まれ、もう片方の手を喉奥にまで突っ込まれた。

 「ん! ん――っ、ァ、やめっ! ――――――――――!?!」

 吐き出そうとするも、無理矢理何かを飲まされる。喉から胃に落ちて行く過程で、シオンはそれが何なのかを理解した。

 無理矢理振り解くも、先程大量の料理を消化していた胃は未だに活発に活動しており、吐き出す前に完全に消化されてしまった。

 喉奥を触られた事で嘔吐くが、かといって吐き出されるのは胃液だけだ。喉にこびり付く酸っぱい味を飲み込み、永琳を睨む。

 「いきなり何を飲ませた……!? 今のは薬だろう。俺に薬は効かないとわかっていながら、何故こんな真似を」

 「明日になればわかるわ。それまで待ちなさい」

 「それで納得できるとでも?」

 「どの道今説明したところで理解できないわ。いえ、理解できても納得はできない、と言った方が正しいかしら。詮無い事よ」

 のらりくらりと要領を得ない事を言う永琳に、シオンは――何もしなかった。

 「てっきり攻撃してくるかと思ったのだけれど」

 「貴女が無駄な事をしないのはわかってる。それに万全な状態ならまだしも、片手片足が動かない今の現状じゃ絶対に勝てない。万全でも怪しいが……とにかく、殺すつもりだったらとっくに死んでる。気にする理由は無い。それに、明日になればわかるんだろう?」

 「ええ」

 「ならそれでいい。俺は寝させてもらう。また明日」

 誰の返事を聞く事も無く、シオンは自室へと去って行く。

 「師匠、流石にアレはやりすぎでは? 言って飲んでもらう事もできたはずでは」

 「無理矢理にでもやらなければ、絶対に飲まないわよ、彼は。シオンはこちらを完全に信用していないもの。彼と私達……いえ、アリスを除いた私達は、未だに他人止まりなのよ。私達の関係がどうなるかは、これから次第ね」

 「それならますます悪化させるような事をしてはダメなんじゃないの? 貴方の事だから何か考えがあるのでしょうけれど、貴方程の頭脳を持たない私達にはさっぱりわからないのよ」

 「簡潔に言えば、シオンは理由があれば許す、理由が無ければ許さない、そんな性格、でしょうか。とにかく、彼は怒っていませんよ。少なくとも、今は、まだ」

 そんな不穏な言葉を残し、その日は解散となった。

 

 

 

 

 

 次の日、八時。

 珍しく遅く起きたシオンは、それを疑問に思いつつも立ち上がろうとして、気付く。

 「は、い?」

 

 

 

 

 

 朝食を用意し終えて座り終えた鈴仙は、五人でいただきますをして料理に手をかけた――その瞬間、パーン! と扉が開かれた。

 「あの、食事中は静か、に――」

 「永琳、どういう事だコレは! どうして――」

 今までとは違う視点。伸びた手足に髪。

 「――どうして、()()()()()()()()!?」

 一五十センチを超えた身長は、彼を幼児から少年へと、その姿を変えさせた。




というわけで、いきなり身長伸びました。

いやー流石に九歳なのに三歳児とほとんど身長変わらないとか誰得? ですし。

今のシオンはフランよりも身長上です。女よりも男の方が背が低いのはどうなんだとか、外見から判断するとフランがショタ……ゲフンゲフン、とかになるからじゃありませんよ?

きちんと理由はあります。

ああ、シオンに薬が効いた理由は大多数の人が納得できる事を。

『永琳だから』で片付いちゃいます。

便利ですよね、この一言で大抵何とかなっちゃいますから。まあ理由は考えてあるので、一応次回でわかります。

というわけで、次回から本格的な鍛錬入ります。シオンの飲み込みの速さも相まって、チートレベルの速度で強くなる予定です。
無論その途中にあるイザコザも考え中。

ああ、何時になったら第一章が終わってくれるのか……第一章の第一話が紅魔館、第二話が太陽の畑~永遠亭、第三話が終局に向けて、第四話が一番短い終わりのお話、で第二章突入と頭の中でできているですが、全く終わる気配ありませんね。自分で書いててびっくりです。

誤字脱字、おかしな表現の報告、読めない漢字にルビを振った方がいいなどのアドバイス、勿論感想批判お待ちしております。
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