目覚めた時には、シオンの姿は変わっていた。
傷痕そのものは変わっていない。むしろ急成長したせいで一部はかなり醜くなってさえいた。
それはいい。その気になればいつでも治せるシオンとしては、それらはあまり気にする必要が無い。
だが、爪などが伸びすぎている。余りに長すぎて、それが一瞬両手足についている爪なのだと理解できなかったくらいだ。髪も同様で、それこそ妖怪かと錯覚するほど大量に生えている。
とりあえず一旦爪を髪に変換し、髪の質量を操って長さを調節する。今のシオンの髪は見た目に反して途轍もなくガッシリとしていて、重い。それでいて艶やかな光沢とサラサラの感触は残っているのだから、世の女性は羨み妬む事だろう。
立ち上がると、昨日永琳に渡された浴衣を着た時には、途轍もなくブカブカで不思議に思っていたが、今となっては素直に聞いておいてよかったと思う。聞かずにいつもの服装で寝ていれば、急成長した体によって服が引っ張られ、破れていた事だろう。
急激に変わる視界に戸惑うシオン。
人は十センチ身長が変わるだけでもその誤差の影響は無視できない。その上体格が変わった事で体の重心の位置までもが移動し、ただ『歩く』という動作に途方もない違和感が残っている。
(待て、落ち着け。原因はわかってるんだ。昨日の永琳の薬、アレのせいなのはほぼ確実。でもなんで俺に薬が効いた? 俺の体はどんな毒物劇物でも無効化できるのに、一体どうやって……)
混乱を落ちつけようとし、けれど更なる疑問にはまり、錯乱しそうになる。それでもなんとか立ち直ると、シオンは部屋を出た。
まだ左足は治さない。この現象が何なのかわからない以上、不用意に能力を使うのはマズい。使ってから、使ったせいで死にました、なんて状態になったら、流石に死んでも死にきれない。
ダン、と足を前に踏み出す。フワリと、一瞬浮いたかと勘違いしそうになるほどゆったりとした動作は、だが素早い。左足を使わずに右足のみで走るシオンは、走る途中にふと見えた太陽の位置で現在時間を把握する。
この時間なら全員あそこにいる、と判断し、加速を抑えた。それでもそこそこの速度で走っているシオンは、その前に立つと、思いきり開けた。
「あの、食事中は静か、に――」
「永琳、どういう事だコレは! どうして――」
思いきり開けたが故に大きな音が立てられ、それを注意されかけたシオンは、それを無視して永琳に叫ぶ。
「――どうして、身長が伸びている!?」
その叫びに、永琳を除いた全員がハッとしたようにシオンを見る。
艶やかな美しい髪は足元近くまで伸びており、傷痕も無理矢理引っ張ったように伸びている。外見が余りにもチグハグで、そのせいでシオンの体の醜さが如実に表れている。
けれど、その中で群を抜いて身長が最も伸びている。普通、成長期であってもここまで伸びる事などまずありえない。というより、ありえたらそれは人間ではない、もっと別の『ナニカ』だ。
全員の視線が永琳に集中する。
この場でシオンに何かしたとすれば、それは永琳以外にはおらず、また昨日シオンに何かを飲ませたのも彼女だ。それは先程のシオンの叫びからもわかる。
永琳はズズッ、とお茶を一口含むと、手振りでシオンに座れと示す。
顔を歪めながらも素直に座るシオンを見て、永琳は言う。
「きちんと効果が出たようで何よりね。成功するとは思っていたけれど、確実とは言い切れなかったから。安心したわ」
「それだ。何故あの薬は俺に効いた? 一体俺に何をした?」
「貴方の体には特に何もしてないわよ? 薬の方を
「ちょっと工夫、ね。そんなので効くんだったら、誰も苦労しないと思うけど?」
「特別な事は何もしてないわ。単純に、貴方の体を調べて毒物が効かない事を知った。だから貴方の体を調べて、どんな薬だったら効くのかを何度も何度も想定して調合してを繰り返しただけ。それだけなのよ」
「――な」
誰よりも速く理解したシオンは、しかしその内容に絶句させられる。
シオンは自分が完璧だと思っていない。確かにシオンの体を調べて、特定のパターンを組み合わせて体に影響を与える薬を作る事も可能だろう。
だが、それはあくまで理論上の話し。真面目に創ろうとしたら、誰もが匙を投げる結果にしかならないはずだ。
だってそれは、シオンの体を原子レベルで理解しなければできない事なのだから。
「ありえない。そんなの何時創った……!」
「否定したいのも無理ないでしょうね。私でも一晩かかったもの」
そこそこ楽しかったわよ、という一言は飲み込んだ。絶対良い状況にはならないと、バカでもわかる事だからだ。
シオンは咄嗟にそんな時間があったかを計算し、そして悟った。
「まさかあの時……だからあくびしていたのか!」
「あら、わかったの? すごいわね」
本当に驚いていた、といった体をする永琳。
「ああ、よくわかったよ。俺が貴女に鍛えて欲しいと言ったあの後。それからずっと薬を作り続けていたのか」
「大正解。それと安心して。あの薬と同じパターンで調合しても、もう貴方には絶対に効かないわ。一度投薬された薬に対する抵抗は並みじゃないから、投薬するにしてもまた一度から作り直しになるわね。苦労も並みじゃなくなるけれど」
「俺としては、何故わざわざ身長を伸ばしたのか聞きたいんだが……」
「それは食事が終わって、時間ができてからにしてちょうだい。きちんと答えるから」
「……わかった」
いかにも不服と言ったのが丸わかりのシオンは、やはりまだまだ子供だ。感情が表に出過ぎている。
どこか不穏な空気の入り混じる食事は、あまり美味しいとは感じなかった。
食事を終えたシオンと永琳は、永琳の研究室へと来た。
「……で、説明は?」
「落ち着きなさい……と言って、落ち着けるわけがないわよね。とりあえずお茶の用意をするから、少し待ちなさい」
やはりというか、永琳はかなり几帳面な性格らしい。棚にある膨大な量の紙束はきちんと分類分けされている。だがシオンには題名を見てもその内容はさっぱりわからない。専門的すぎて理解できないのだ。
一部何とか理解できるところもあるが、あまりに少なすぎて結局どんな専門の事を記しているのかわからない。結局は、ここを見ても無駄、というわけだ。
次にあらゆる類の草。というより薬草毒草その他諸々何でもござれの、シオンの勘が『絶対に触れるな近寄るなそもそも見るな』と叫んでいる場所。鮮やかな色をしているモノもあれば、毒々しく濁っているモノもある。ただ、どちらも触りたくは無い。毒物の類はほぼ全て無効化できるとわかっていても、進んで触るのは本当に愚か者だ。
他にも機材などが置いてあるが、用途はさっぱりだ。現時点で覚える予定もないため、ここはどうでもいいと記憶の片隅に放っておく。
そして、入口とは違う場所にある扉。この先は予想できない。
ここまで考察したところで永琳が紅茶を持って来た。
「どうやってかは知らないけれど、見たところ貴方は五感をある程度押さえているようね。それでも常人よりは鋭いみたいだから、味は抑えめの物を用意したわ」
「隠し事ができないね、貴女の前では」
呆れを携えつつ紅茶の入ったカップを受け取ったシオンは、どことなく洗練された動作でそれを口に含んだ。まだまだ荒削りな部分は多いが、それでもシオンの年齢からすれば十分とも言えるその所作に、永琳は感心して頷いた。
「何?」
「いえ、マナーが洗練されてると思ったのよ。どこかで習ったのかしら」
「友人から教わった。一月にも満たないけど、一応お墨付きは貰ったからな」
まだまだ不満そうな咲夜と、そしておそらくは行楽として付き合ったのだろうレミリアにみっちりと仕込まれた日々を思い出す。
それでもなお嬉々として話すシオンを、永琳は柔らかに微笑み、しかし決して表には出さなかったが、内心では驚愕が先行していた。
一月でこれほどとは、と。
だがすぐにジャンルを変えて自分に当てはめてみれば、それほど不思議ではないと思い直す。
「落ち着いてきたようだから、説明を始めるわね」
「頼む」
「不躾に聞くけれど、貴方は自分の欠点を理解しているかしら」
「本当に不躾だな……
「それもあるわね。でも何よりも大事なのは、耐久力が致命的に、そして絶望的に足りていない事よ」
そのまま永琳は棚に移動すると、いくつかのカルテと資料を取り出し、シオンに手渡した。
「資料は人間の体について、要点を纏めたものよ。カルテは実際に確認した物。それを見ればわかると思うけれど、子供と大人の違い、その最たる物が骨」
「骨……」
「そう。子供の骨は大人とは違って柔らかいし、下手をすると体の成長を阻害する。それに伴い骨折も多い」
シオンはカルテを見つつ、永琳の話を聞き、けれど自分に当てはめて疑問に思う。
「……俺、運動のし過ぎで骨折になった事は一度も無いんだけど?」
「それは貴方の体の回復速度が原因ね。要するに、どれだけ運動しようと、体の自然治癒速度の方が上回っているから影響が出ないだけ。その分エネルギーを必要とするみたいだけど」
事実、シオンが今の今まで無茶をしておきながら生きて来られたのは、コレが理由だ。
そうでなければ、幻想郷に来る前に体が壊れて、どこかでのたれ死んでいただろう。
「だったら、わざわざ成長させた理由は? 無理矢理身長を伸ばされたせいで、体が滅茶苦茶痛いんだが」
「普通なら泣き叫ぶくらいの痛みがあるのだけれど……よく平気でいられるわね」
「そんな物騒な
呆れながら溜息をしつつ、シオンはカルテと資料を差し出す。
永琳はそれを受け取ると、棚へ戻した。
「きちんと理由はあるわよ? 貴方の体は一見、確かに耐久力を必要としないように見える。だけど」
永琳は棚のガラスを戻しながら、
「――出せる瞬間火力は、かなり制限されているでしょう?」
「……はぁ。本当、隠し事ができないよね、永琳の前だと」
「その反応、本当だと見ていい訳ね」
「ああ。否定する理由は無いし、否定もできない。俺は出せる力が限られている」
「そして一定以上の
シオンの前へと戻り、椅子へ座った永琳は、紅茶を飲んで喉を潤す。
「だからわざわざ大量の栄養を摂取させて、身長を伸ばしても大丈夫なようにしたのか?」
「ええ。まぁ、あそこまで食べられるとは、流石に予想もしていなかったけれど。鈴仙達には悪いけれど、買い出しを頼む必要があるわね」
「……そう、か」
罰が悪そうに顔を歪めるシオン。
シオンは基本他人を簡単には信用しないが、その反動というべきか、とにかく他人に迷惑をかけるのを厭う。それは偏に、他人と関わるのを拒むためだ。
誰かに何かを頼む時は、必ず礼をしなければならない。言葉でも、物でも、何でもいいからとにかく何かをすべきだ。だが、それは人との繋がりが深く、強くなればなるほど際限が無くなっていく。信用するからだ。信頼されるからだ。
だからこそシオンは、あまり他人に頼むのをよしとしない。
そういった複雑な心情を、永琳はまだわからない。シオンの表面上は理解出来ていても、内面まで把握できる程一緒の時間を過ごしていないからだ。
とはいえ、永琳は今その事を考えていないし、別の事を頼もうとしていた。
「とりあえず、シオン」
「ん?」
「……体はいいわ。無理に隠せとは言わないから。でも、せめて。せめて……顔の傷は、治してくれないかしら?」
「どうしてだ。別に治さなくとも支障は無いが」
「そっちには無くても、こっちにはあるのよ。特にアリスが」
「……なるほど、そう言う事か」
「理解が早くて助かるわ」
要は、刺激が強すぎるのだ。シオンの外見は。
体については服で大部分を隠せるし、アリスも酷い大怪我を負った人間を見た事はあるから、そこまでの嫌悪感は無い。
が、顔だけは別だ。シオンの顔は左半分が火傷、加えて眼球が無く、右半分も、恐らくはナイフかそれに準じた物で切られた痕が大量にある。見る場所で見れば、それこそホラーだ。ゾンビと間違われる可能性すらある。
「ならさっさと治すか」
目を閉じ、開ける。
たったそれだけの動作で、いつもの可憐な女顔に戻っていた。ただし、眼球だけは虚ろになったままだが。
「眼は、治せないの?」
「治せる事は治せるが、一応治さない理由があってね。義眼、ある?」
「無いわ。……しょうがないわね。少し待っていて」
そう言うと立ち上がり、永琳は隣の、先程シオンが何があるのかわからないと判断した扉へ移動して行った。
一分もせずに戻ってきた永琳の手には、眼帯があった。
「とりあえず、コレを着けておいて。医療用の眼帯だから、大丈夫なはずよ」
「わかった」
素直に受け取り、顔に着ける。
顔の一部が覆われた事になるが、虚ろな窪みを晒すよりはマシだろう。
シオンはあまり外見に頓着していないようなので、周りからどのような評価をされようと、全く気にしないだろうが。
「で、他に用件は? わざわざ身長を伸ばした理由は聞いたから、もう何も無いが」
「もう一つあるわ。この部屋に来たのは、それが理由だから」
そう、説明をするだけなら、別の部屋でも事足りる。
それでもここに来たのは、ある物があるからだ。
永琳は机の中にある入れ物の一つに置いた服を取りだした。
「はい、コレ。身長が変わったから、服も変えなきゃいけないでしょう? 繕って置いたわ」
「え……」
永琳から差し出された服は、いつもより大きかった。
茫然とした表情でそれを受け取ったシオンは、すぐに我を返すと
「あ、りがと……う」
そう、小さくお礼を言った。
先程眼帯を渡された時にも言わなかった、お礼の言葉。眼帯は押し付けられたものに対し、この服については完全な善意という違いだろう。
「どういたしまして」
両腕でギュッと服を胸に抱きしめ、どことなく嬉しそうに、恥ずかしそうに顔を赤らめるシオンは大変可愛らしい。
永琳は話を変えるように言った。
「それにしてもその服、凄いわね」
「……?」
服を抱きしめたままシオンは首を傾げる。
この服はシオンにとってはとても大事な物だが、他人から見ればそう思えないはずだ。
水で洗いはしても着続けているせいで擦り切れ、遠くから見ればそうは見えないが、近くで見るとボロ切れに近い。紅魔館に居た時、咲夜やレミリアに文句を言われなかったのは、彼女達が優しかったからだろう。
あるいは、シオンがこの服をどう思っているのかを、何とはなしに悟っていたからかもしれないが。
だが、永琳はシオンがなぜこの服を褒めたのかという部分に疑問を覚えたと誤認したらしく、少し体勢を楽にしつつ言った。
「いえ、その服なのだけれど、どうもかなりの種類、耐性があるらしいのよ。耐刃、耐弾、耐衝撃、耐炎、耐水、耐電……他にも色々ね」
その言葉を聞いて、シオンは衝撃を受けた。
確かにこの服は頑丈だ。鋭い刃物でも、銃弾を受けても、炎で燃えても、多少は傷つき破れたとしても、決して全体に影響は出なかった。
「それに、全部手縫いで作られているみたい。かなりの裁縫技術ね。すぐにできるような物でも無いでしょうに、どれだけ一生懸命に……」
永琳は服を繕った時の感触を思い出す。
あの服は、ボロボロだった。どれだけ酷使すればああなるのかと思うくらいに、酷すぎる代物だった。
けれど、そこには確かな『愛情』があった。
どんな類の愛情なのか、そこまでは永琳にはわからない。ただ一つわかるのは、この服を作った人物は、シオンをとても大事に思っていた。死んでほしくないと願っていた。それ程までに、この服はそこらの服よりも、儚い願いを籠められている。
「――――――――――」
そこまで伝えて――いや、伝える途中で、シオンの瞳から、一つの雫が流れた。
「何だよ、それ。どうして、そこまで……服なんか作ってくれるよりも、俺は――」
――姉さんに、生きていて、欲しかった。
その微かな呟きを、永琳は聞かないフリをする事しかできなかった。
「バカだ、姉さんは。本当に、バカだ……」
そう呟くシオンは、しかしとても悲しそうで、けれど納得のいく表情をしていた。
「落ち着いた……かしら?」
「何とか、ね」
シオンの目からは、片目だけしか涙が流れていない。その理由は、抉りぬいた時にできた傷痕が原因だった。
ただ、感情が暴走し、その他の要因も重なると、血の涙が流れ始める。そこまで行くとシオンが完全にブチ切れている証になる。
とはいえ今回は単なる悲しみから涙が流れただけなので、あまり関係は無い。
「気落ちしているところにこんな事を聞くのもどうかとは思うのだけれど、どうしても気になるから、答えてくれるかしら?」
「俺がわかることなら」
「その服を少し解析して見たのだけど、それに使われている繊維の大部分は何を使われていて、どういう風に造られているのかもわかったわ。でも、やっぱりわからない事もあるの。貴方は何か知らない?」
さらりと爆弾発言をするが、意気消沈しているシオンはあっさり受け流し、首を振る。
「俺は技術者じゃない。そもそもこの服をどこから用意したのか、俺は知らないんだ。単なる服だと思っていたんだけどね」
その言葉と表情に、嘘は見当たらない。つまり、本心だ。
「そう……まぁ一応訊ねてみただけだから、あまり気にしないで」
「ああ、わかった」
「それじゃ、今日から貴方を鍛えるわ。厳しく行くわよ?」
茶目っ気たっぷりの笑顔を浮かべながら片目を閉じ、少しだけ首を傾げつつ、シオンの方を見る永琳に、シオンは力強く頷いた。
「……ああ!」
「それじゃ、買い出し頼んだわね」
「それは構わないのですが、師匠は着いてきてくれないのですか?」
輝夜を除いた五人は――輝夜は朝食を食べ終えた時点で自室に戻った。何をしているのか、シオンとアリスは知らない――永遠亭の玄関へ――来る途中、初めてまともにシオンの顔を
買い出しに行くのは鈴仙とアリス、そして驚いた事に、てゐもだった。
昨夜シオンが一月分に相当する食材を補充しに行くためのこの買い出しだが、当然二人だけで持てるはずがない。
結果永琳の『お願い』でてゐも着いて行く事になった。
「えぇ、そんな面倒なのしたくないよ。そもそも私はそっちが勝手に作った永遠亭に、条件付きでこの竹林に住む許可をあげてるだけ。従う理由は無いね」
無論、最初はこのように渋っていた。
しかしこの内容も事実なため、永琳は反論できない。鈴仙は輝夜と永琳よりも立場が低く、アリスはてゐとの接点がほとんど無い。つまり、永遠亭の住人はまずてゐに雑事を頼めない。
が、この場には、てゐに頼める、いや影響力の高い人物が一人だけいた。
「えっと、ごめん永琳、鈴仙、アリス。流石に俺のせいでこうなってるんだし、内容を教えてくれれば俺一人で買い出しに行ってく――」
「なーんて事は無いよ! 買い出しの手伝いくらいならお茶の子さいさいだからね。あ、でも私がするのは帰りに荷物を持つだけだから、そこだけは注意してよね」
あっさりと前言を
あのものぐさなてゐが、自分から了承した……!? と軽く戦慄していると、そんな二人を置いてアリスが礼を言った。
「ありがとうございます、てゐ様」
「ふん、別にお前のためじゃない。勘違いしないで」
鼻を鳴らして鋭い視線を向けるてゐに、横から声がかかって来た。
「……てゐ、ありがとう」
柔らかい表情を浮かべるシオンに、常の鋭すぎる視線と雰囲気は無い。
「う、あ……こ、これくらいなんて事ないよ。お礼を言われる程じゃないし……」
特に笑っている訳でも無いのにそう錯覚させてくるその表情に、てゐは思いきり動揺した。モゴモゴと呟きながら、逡巡しつつ、しかしはっきりとシオンに目線を合わせた。
「で、でも、どうしても気になるなら、今度二人で月見でもしない、かな? あ、嫌ならいいんだけど」
二人並んで満月を眺めながら、ウサギ達と突いた餅を食べる。そんな光景を幻視したが、あまりに季節外れすぎると思い直す。
知らずして早口になっているてゐに、シオンは永琳を見た。
「永琳、月見って、何?」
「え? ……そうね、満月を見ながら酒を飲んだり、餅を……食事をしたりする、そんな事」
一瞬でシオンの意図を読み取った永琳はそう言う。
「月見……飲んだり食べたり、か。うん、楽しそう」
軽く頷いたシオンは、てゐに笑う。
「満月になったら、一緒に月見をしよう」
「ッ! う、うん、私も楽しみにしてるから!」
ウサギであるてゐは、先程の呟きは全て耳に入っていた。
オドオドとしていた先程の様子は微塵も感じさせず、嬉しそうに飛び跳ねようとする体を何とか抑える。
傍から見ていた鈴仙には、てゐの様子をまるで『恋する乙女』だと評したが、永琳は少し違うと感じた。
てゐの様子から見て、恐らくはシオンに恩義を感じている。てゐは妖獣ではあるが、貸し借りといったモノには意外と重視する。長年の経験から、こう言ったモノの関係は大事だと理解しているのだろう。
それが何らかの理由で高じて、憧れか、それに近い感情になっている。いつかはどこかに落ち着く。その落ち着く場所がどこかは知らないが、少なくとも今ある感情は恋ではない。
――今は、まだ。
「満月は大分先だから、それまでに色々準備しておくね」
「なら俺は当日に頑張るよ」
「何をするの?」
「それは、当日のお楽しみ、だ」
「ふふ、教えてくれてもいいのに。でも、楽しみにしてる。だからがっかりさせないでね?」
「肝に銘じておくよ」
「さ、何時までもこうして話してはいられないし、そろそろ行ってきなさい。頼んだわよ」
放っておくとずっと話していそうな二人を止め、買い出しを促す。
てゐは不満そうだったが、文句は言わなかった。
「それでは、夕方までには帰ります。昼食は用意しておりますので、それを」
きちんと朝の分と昼の三人前を計算して作った鈴仙がそう言う。
鈴仙達三人は里で昼を食べるつもりだ。既に永琳からも許可は取っている。
「行ってらっしゃい」
「……行って、らっしゃい」
『行ってきます』
普通に言う永琳と、隠してはいたが内心複雑なシオンに、三人は笑顔を返した。
「えっと、今日は何処で食べるの?」
「特に決まっていませんね」
「それなら私は久しぶりにアレ食べたいんだけど」
そんな三人のやり取りは、徐々に聞こえなくなっていく。
「……何か、思うところでもあるの?」
「え?」
「なんとなくそう感じただけだから、違うかもしれないけれど」
あまり思いつめない方がいいわよ、とだけ告げて、永琳は中庭に向かう。
その意図を考えないようにしつつ、シオンも着いて行った。
鍛錬が始まると言ったな。アレは嘘だ。
……すいません、単純に色々詰め込みすぎたらこうなりました。
薬の説明をし、そろそろ外見を、せめて顔くらいはどうにかしないとなぁ、とそれを加え、身長伸びたし服を永琳に繕ってもらい、その途中で気付いた事をシオンに話し……最後にああ、そういえば無くなった食材を買いに行くところも……とか加えまくったら、いつの間にか9200文字となってしまいました。
それと、現状てゐはシオンに対する憧れで止まっています。恋ではありません。
今後の展開次第ですが、てゐがシオンをどう思うかは決まっていません。てゐがシオンと深くかかわるようにしたのは……勘の良い人なら気付くかもしれませんね。