「いきなりなんだ、と言いたいところだけど……ゲームって?」
当たり前とも言える疑問だ。戦闘になりかけたところから心配されたり、推測を話したりした後に、今度はゲームをしようと誘われる。シオンでなくとも訳がわからない。
レミリアもそのことは理解していた。
「ゲームの内容は簡単よ。私の妹、フランドール・スカーレットと友達になってほしいの」
「友達になる?」
「そうよ」
シオンは更に訳がわからないといった感じの顔をする。それを見て、レミリアはつい笑ってしまった。
「私の妹はね、狂っているのよ。……四九五年もの間、幽閉されているくらいに」
「狂っていて、幽閉されている、か。どうせ他にも何か理由があるんだろう? 吸血鬼が狂っている、という理由だけで閉じ込められるのはありえない。家族ならなおさらだ」
「……流石ね。察しが良くて助かるわ。そう、実はもう一つ理由があるの。フランドール――フランはね、ある能力を持っているの。私の能力よりも遥かに強力で危険な、ね」
「レミリアの『運命を操る程度の能力』よりもか?」
レミリアは小さく頷く。それを見て、シオンはゲンナリとした表情で呟いた。
「ありえないだろ……」
「私やフランの能力よりも遥かに強力な能力はあるし、私の力は絶対じゃないとわかってしまったのよ? それに、シオンが気付かせてくれた能力の代償も大きすぎるのがわかったのだから、仕方ないわよ」
「決められた運命は壊すためにあるんだよ。とは言え、基本的にレミリアの能力は自分より弱い相手には有効だけどな」
溜め息を吐くレミリアにシオンは笑いながら言う。レミリアは苦笑を返した。
「貴方にとっては、そうなんでしょうね。とりあえずフランの能力を説明するわ。フランは『ありとあらゆる物を破壊する程度の能力』を持っているの。力の内容は、文字通りの意味。この能力を持っているせいで、フランを閉じ込めるしか力を封じる方法が無かったの」
「……なるほどね。確かに規格外過ぎる。吸血鬼の枠内を超えている。けど、幽閉されている理由はまだありそうだけど」
「……何故、そう思うのかしら?」
流石にこの程度では驚かなくなったレミリアだが、こんなことを思っていた。
(目の前にいる人間が『彼女』だと思えば、ある程度までは驚かないわ)
……ある意味、一種の自己暗示に似たようなことはしていたらしい。
レミリアがそんなことを思っているとは知らないシオンは、自分の考えていることを言い始めた。
「……本当に邪魔なら、閉じ込めるのではなく殺した方がいい。手っ取り早いし、何よりフランが暴走して全てを破壊する危険性も無くなる」
「フランの力を封じ込める方法があるって可能性もあるわよ?」
「それはありえない」
「……何故断言できるのかしら?」
絶対にありえないと態度で示しているシオンに、レミリアはまるで期待しているかのように――いや、実際期待しているのだろう。やっと妹を救うことができる
レミリアはそれを表情に出すような不用意な真似はしない。あくまでも可能性なのだと逸る心に言い聞かせる。
そしてシオンはレミリアの顔を――いや、
「まずはレミリアの疑問から答えようか。貴女はフランの力は『ありとあらゆる物を破壊する程度の能力』と言った。なら、その封じ込める何かなんて簡単に壊せるはずだ。ああ、代償が大きいとか言わなくていいぞ。伝承通りなら妖怪は俺たち人間とは比べ物にならないスペックを持っているはずだ。そんな存在すら躊躇するような代償なら、始めから閉じ込める必要なんてない」
「伝承なんてあやふやなものを信じられるの?」
レミリアは自信たっぷりな顔で――俗に言うドヤ顔――シオンの痛い部分を突く。だが本当のところ、そこしか反論できる部分がなかったのだ。
これが普通の人間なら、能力事態封印してしまえばいい、と言うだろう。だが、シオンは言い方は違うが、既にそんな簡単に封じ込められるなら閉じ込める必要はない、と言ってしまっている。つまり、この反論は使えない。
そして、反論を言っている途中で、レミリアは気付いたのだ。シオンの瞳から、これくらいの腹の探りあいはできるだろう? と言っていたことに。シオンはレミリアを試しているのだ。せめて最低限の理解力は持っているのかを知るために。
それを理解したレミリアは、自然と自分の頭に血が上るのを感じていた。
レミリアは相手を弄ぶことはできても、逆に弄ばれるのをされたことは少ない。まぁ、大妖怪を弄ぼうとする存在など殆どいないのも原因なのだが。強いて言えば、どこぞの妖怪の賢者がたまにするくらいだろうか。とはいえ、レミリアが彼女とあったのは随分と前の話だ。
それともう一つ、レミリアの場合は吸血鬼としての誇りがシオンの態度を許容するのを許せない。許すことを許さない。その上、五〇〇年以上も生きているレミリアだが、未だに精神年齢は子供に近い。精神は肉体に引っ張られると言われているが、それは妖怪にも当てはまるのだろうか。
と、ちょうどその時に、咲夜が部屋の扉を開けて戻ってきた。
「すいません。遅れました」
咲夜が来たことでレミリアは多少冷静さを取り戻したのか、まともな返答をした。
「薬の入った箱は見つかったの?」
「あ、はい。先程は走って退出するなどと言う見苦しい真似をしてしまい、申し訳ありません」
「別にそれくらい構わないわ。急いでやらなければいけないのはわかっていたのだしね。それに関しては何の罰も与えるつもりは無いから、安心してちょうだい」
「ありがとうございます、お嬢様。シオン、左手を出してください」
「……手間かけさせてごめん」
シオンは左手を出しながらそう言った。何より、薬《・》
(そもそも、どんな薬を使っても効果が出ないんだけど……)
咲夜は差し出された左手に薬を塗り始める。それがある程度まで終わった時に、躊躇いながら言った。
「……シオンは、あまりイメージが安定しませんよね。人をからかったかと思えば確固とした意志を持っていたて、更には異様な推測をしたり、かと思えば当たり前のように頭を下げたり……」
「何かをしてくれる相手に感謝するのは、当然の事だと思うけど」
「そうなのですが……何と言いますか、初めて話した時の印象が強すぎるせいで、似合わないと思ってしまってしまうのですよ」
確かに、最初に会った時は咲夜をからかって怒らせた。そのことを思い出したシオンは、まあ、色々とやり過ぎたなぁ……と思ってしまった。余り後悔はしていないのだが。
それからは何も言わなくなった咲夜が黙々と包帯を巻いていたため、誰も話すことはなかった。
そして、包帯を巻き終えた咲夜は薬や余った包帯を箱にしまうと、立ち上がって礼をした。
「それでは、私はこれを戻して来ますね」
「別に、わざわざ戻して来なくてもいいのよ?」
「そうですか? なら、部屋の隅へ置いておきますね」
咲夜が部屋の隅に部屋を置きに行くのを見ながら、レミリアは先程の話の続きを話し始めた。
「それで、何故そんな風に確信できるのかしら?」
「大妖怪の中でも更に上位に位置され、『紅い悪魔』と呼ばれる吸血鬼の妹なら、その才能もかなりのもののはずだ。姉の才能がそっくりそのままあるなんて思ってないが、それでも十分にあるとは考えられるだろう? 逆に一切の才能が受け継がれていないなんてケースもあるけど……」
「……その答えは、つまらないわ。もっと面白い回答を期待してたのに」
「俺は面白い回答をするためにここに居る訳じゃ無いんだけど?」
レミリアの愚痴に、シオンは頭を抱えたくなるのを感じた。
紫と会った時も思ったが、身勝手過ぎる。妖怪がこんなのばかりだとしたら、様々な部分で色々な矛盾ばかりを抱えてしまい、幻想郷と言う世界が壊れるんじゃないか? なんて考えがつい頭をよぎったが、シオンはどうでもいいと判断した。来たばかりで何も知らないこの世界がどうなろうと、はっきり言ってどうでもいいと思ったのだ。
「まあ、いいや。それで、封印の線が無くなって、それでもフランが殺されていない理由は、この館の主である貴女がそれを命じていないから。そして、殺さない理由はフランという化け物のような力を利用して交渉を有利にするためか、あるいは――」
普段であればフランを化け物呼ばわりしたシオンを八つ裂きにしているはずのレミリアだが、何故か化け物と言った時にシオンの顔の端に何かが浮かんでいたことに気をとられてしまい、何の反論もすることができなかった。
結局何も言うことができず、レミリアは先程消えたはずの怒りが心の片隅に溜まっていくのを感じていた。そして、それをなんとか押さえようとしていた。
が、それは無駄な努力に終わる。次のシオンの言葉ですぐに顔全体を真赤に染めてしまうことになるからだ。――勿論、怒りによる感情ではない。
「――危険だとわかっていながら、それでもなお守りたいから、か。俺の直感だと、多分後者だと思うんだけど……まさか、レミリアってシスコンなのか?」
「な――!?」
レミリアは図星を突かれたことと、はっきりとシスコンと言われたことによる恥ずかしさに、怒りの感情が吹き飛んでしまう。口をパクパクしているレミリアに、シオンは追撃を――シオンは追撃をしていることにすら全く気付いていないのだが――入れた。
「鳩の真似でもしているのか?」
その言葉で我を取り戻したレミリアは、体を震わせながら手を握り締めて、必死に怒りを押さえ込もうとする。
……余談だが、咲夜は顔を真赤にしながら、今にも笑ってしまいそうになるのを抑えるために、顔を俯かせて体を震わせていた。更にどうでもいい事だが、シオンはそのことに気付いていて、あえて無視していた。
その後何とか落ち着きを取り戻したらしいレミリアを見て、シオンは話を締めくくった。
「とりあえず、部外者である俺にわかるのはこれくらいだな」
シオンのその言葉に、レミリアは今までの感情を全て吐き出すように溜息を吐いた。咲夜も少々呆れているらしく、しようがない、といった風に首を横に振っている。
「ハァ……それでも十分過ぎるくらい理解していると思うのだけど? 私達じゃそんなすぐに理解することなんてできないのだから」
これに関しては事実だ。幻想郷には頭のいい天才や秀才が多いが、それでもここまで突出している存在はほんの一握りだけしかいない。
そんなことを考えながらレミリアは聞いた。
「それで、どうするの? このゲーム、受ける? 受けない?」
早く答えが聞きたいのか、テーブルに肘を乗せて身を乗り出すレミリアに、今度はシオンは溜息を吐いた。そして腕を組んでしばらく考えてから、右手の人差し指を立てた。
「ゲームって言い方が気に入らないんだが……まあ、いい。一つ条件がある」
「……どんな条件?」
「俺が勝ったら、何でも一つだけどんなことでも聞いてもらう。こっちが賭けているのは命なんだから、これぐらいは当然だろ? 勿論、レミリアたちができることしか言うつもりは無いから、そこは安心してくれ」
「…………………………」
その言葉にレミリアは悩んでしまう。だが、それも仕方ないだろう。なにせ、どんなことをされるのかわからないからだ。その内容によっては、死ぬよりも辛い目にあう可能性すらある。
(これがただの人間なら悩まないで済むのだけど。どうせフランに殺されてしまうのだから。けれど……)
シオンなら、できるかもしれない。奇しくも咲夜と同じことをレミリアは思っていた。だが、この条件では頷くことができない。
(もしもこの件で嫌な思いをするのが私だけならそれは仕方がないと諦められる。自業自得なのだから。けれど、もしもシオンが咲夜達に何かをして、それで取り返しのつかないことになったら、私は……!)
そんな風に思いつめるレミリアに、シオンはどこか優しい声で言った。
「……何を懸念しているのかはわかる。だから、願い事の内容は言えないけど、制限を付け加えるのと、その内容による影響で起こる可能性。そしてその影響による俺の対応は言っておくよ」
「え……」
その言葉に顔をあげるレミリア。シオンは、レミリアが何故悩んでいるのかがわかっていた。
(自分よりもまず家族や従者のことを考える……か。紅魔館の主としては感情を表に出し過ぎているし、俺個人の感想としては半人前。主としては失格だ。だけど、俺にとってはそんなのはどうでもいい。大事なのは、好感が持てるかどうかだからな)
呆けているその顔の前に、シオンは右手を開いた状態で見せた。
「まず、紅魔館にいる者達に害を及ぼすようなことは言わない。例えば、死ね、あるいは奴隷になれ、とか、そういうこと」
そこで親指を閉じる
「二つ目。この願い事で恐らく紅魔館にいる貴女達にある程度の影響が出る。まあそこまで酷くはならないと思うけど」
人差し指を閉じる。
「三つ目。その影響は紅魔館の外にも及ぶ可能性があるが、時と場合による。だけどこの点に関しては、実際になってみないとわからない。俺はこの世界の事情なんて全然知らないから、全く予測できないしね」
中指を閉じる。
「四つ目。俺の出した条件のせいで紅魔館に悪影響が出た場合、その時は俺を巻き込んで構わない。そしてその場合、俺は余程のことが無い限りは拒否することは出来ない」
薬指を閉じる。これで残りは一つになった。
「そして最後。もしも俺が先の四つの条件に反した場合は――」
最後の小指を閉じながら、レミリアの目を見て言う。
「――俺を殺しても構わない」
『な……!?』
シオンの言葉が予想外だったのか目を見開き体を強張らせるレミリアと咲夜。それとは対照的にシオンは全て言い切ったとばかりに姿勢を崩しリラックスしている。まるで、自分が死ぬことに興味が無いかのように。そんなシオンの態度を見て、レミリアは怒鳴った。
「貴方、それ正気――」
「シオン! そんなことを言う必要はありません!」
「ちょ、咲夜!?」
怒鳴ろうとして言った言葉をそれ以上の大きさで怒鳴る咲夜に驚くレミリア。不意を突かれたのと先程までの冷静さから一変した咲夜に驚いたシオンの二人を無視して、咲夜はシオンに詰め寄る。冷静さを完全に失っていたのか、敬語が全て抜けていた。
「いい! そもそもシオンはこのゲームを受ける理由は無いのよ!?」
「いや、そもそも咲夜はこの為に俺を連れて来たんじゃないのか……?」
冷静に反論するシオンに、咲夜は言葉に詰まる。自分がここに連れてきたことを思い出したのだ。レミリアは二人の様子を眺めながら、懐かしいと思っていた。
(今は、もうあんな風に話す機会なんて無いから、懐かしいわね……)
レミリアが懐かしがっていると、咲夜が俯きながら言葉を発した。
「なら……せめて、そんな簡単に殺されてもいいなんて言わないで」
悲しそうに言う咲夜に、何故ここまで感情的になっているのかをレミリアは理解した。
(咲夜は『人間』の友達がいないんだったっけ……)
レミリアのこの考えは半分正解で半分間違っていた。確かに咲夜には人間の友達がいない。咲夜は吸血鬼に仕えている。しかも、幻想郷中に名を知られているほどに有名な吸血鬼が住んでいる館のメイドをやっている咲夜は、レミリアの庇護下にあると言っていい。
つまり、咲夜自身が妖怪であろうとなかろうと、力の無い存在にとっては恐怖の対象となってしまうのだ。
何か嫌な事をして、主に報告されたら? その主が自分たちを殺しに来るのでは? 大体そんな考えを持ってしまう。咲夜にわざと嫌がらせをしたとして、例え咲夜がそれを笑って許しても、陰でレミリアに報告するような、そんな器の小さい人じゃないというのを信じ切るのは不可能だった。
しかし、シオンは咲夜どころかレミリアすら怖いと思っていない。それ以前に、本当に人間かどうかを疑いたくなってくるような感性の持ち主だった。
が、咲夜が心配しているのはそこではなかった。咲夜は、シオンをこの部屋に連れて来る時に感じた、今にもどこかに消えて無くってしまいそうな儚い少年の姿に、あの時の危うさが現実になるのを恐れたのだ。
(咲夜はそんな狭量な人間ではないし、私もそんな理由で殺しに行くつもりは無いのだけれど……言ってもわかる訳ない、か。やっぱり人間というものは、一部を除いて理解しにくい生き物ね)
だからこそ、シオンを心配するのだろう。レミリアを恐れるどころか、大笑いしたシオンなら、自身と友達になれるかもしれない、と。そこまで考えてから、レミリアは顔を赤くした。
(まあ、笑われたのは恥ずかしいし屈辱だけど……けど、新しい友人になる可能性があるシオンにこれ以上無様な姿はさらせないわ。……とは言え、フランの狂気を何とかできればの話なんだけどね)
ちなみに、レミリアには、私に新しい友人ができるかもしれないから、無様な姿を晒すのは嫌だ、と言う部分もあったりする。フランを助けられるかもしれない以上、いつかはそうなる可能性があるからだ。が、敢えてレミリアはその感情を無視した。それを表に出していたとしたら、まるで恥ずかしがってる子供のよう――現代風に言えばツンデレになるのだろうか?――だ。とはいっても、今更な感じが否めないのだが
それかrレミリアが思考の海に没頭するのを止めて、二人の方を見てみると、未だに二人は――と言うよりも、咲夜が色々と言っていた。
「――とにかく! 確かに貴方には力がありますが、人間なのです! 気を抜いて油断してしまえば、いつか、死ん……」
途中まで威勢よく叫んでいた咲夜だが、声はどんどん小さくなり、最後は口を閉じてしまった。その理由は、今までただ黙って聞いていたシオンが、テーブルを叩いたからだ。
咲夜とレミリアの二人は驚いてしまい、その表情のまま俯いたシオンを見た。二人に見つめられているシオンは、小さく軋んだ声で呟いた。
「俺は、あの時からずっと、油断なんて、したことは、ない! 気を抜いた、ことだって……!」
途轍もなく小さな声。ともすれば聞こえないほどの音量にも関わらず、何故か二人の耳に届いてきた。シオンは、今にも怒り狂いそうになるのを抑えるように、手を思いっきり握り締め、歯を噛みしめていた。
シオンのその様子に咲夜は失言したのを悟り、焦ったような口調で更に墓穴を掘った。
「で、ですが、先程も姿勢を崩していましたし――」
「それは咲夜から見た話だろう。もしも本気でそう思ってるなら、さっきの攻撃で俺は消し飛んでるね」
見つけた反論をあっさり切り捨てられ、何も言えなくなった咲夜は俯いた。そんな咲夜を見て、シオンは溜息を吐くと、冷静さを取り戻した声で言った。
「……ごめん。だけど、俺に気を配る必要は無いよ」
それだけを言って、ただ悲しそうに笑う。それを見た咲夜は、そんなのは無理です、と言って首を横に振った。その後無理をして笑うと、咲夜はシオンに謝罪した。
「私も不用意な事を言いました。すみません」
頭を下げる咲夜に、シオンも首を横に振った。
「別にいいよ。気にしてないから」
無理に作った笑顔を見るのが辛かったシオンは、レミリアの方を向き、少し申し訳なさそうな顔をした。
「ごめん、待たせた。それでレミリア、返答は?」
「……言わなくてもわかってるくせに、無理矢理言わせたいのかしら。だとしたら、貴方は結構鬼畜なのね。そこまで譲歩されたのに、嫌と言えるわけがないでしょう?」
シオンの雰囲気が戻ったのを察したレミリアは、濁った空気を戻そうとワザと不貞腐れたような態度で返す。そのことを理解したシオンは苦笑すると、声を発さずにありがとう、と言った。
それに対してレミリアは、やはり声を発さずに、どういたしまして、と返すと、右手を前に差し出した。それを見たシオンは小さく笑い、右手を前に出して、レミリアと握手した。
「これで、契約は成立よ。……フランのこと、頼むわね」
「ああ、わかった。……俺にできることは、全力でやってやるよ」
前半は事務的に、後半はレミリアの本音を告げた言葉に、シオンは大胆不敵な笑みを浮かべながら、勢いよく頷いた。
そして、申し訳なさそうに立っていた咲夜に、レミリアは笑いながら告げた。
「それじゃあ、咲夜。私たちの前に立って、シオンを案内してあげなさい」
「畏まりました。お嬢様」
何とかいつも通り完璧な一礼をする咲夜に頷き、シオンを見る。
「シオン、咲夜と私に着いてきなさい。これから、フランのいる地下牢に行くから」
シオンが了解、と言うと同時に二人は立ち上がった。そして、先導する咲夜に着いて二人は部屋を出て行った。
三人が部屋を出てからしばらく経ち、長い長い、長すぎる廊下を歩いて、三人は地下へと続く扉の前に立っていた。
「……シオン、これから私たちは貴方を試すわ」
「試す? 何を?」
「それに関しては、ここを降りている途中でわかってくるはずよ。……一応、心の準備をしておいてちょうだい」
シオンの疑問には答えずに、ただ一方的に告げるレミリアに対して訝しむが、どうにもならないと判断したらしいシオンは溜息を一つしてから了承した。
それを見たレミリアは咲夜に一つ頷きを見せる。合図を受け取った咲夜は、目の前の扉を開けた。耳障りな音を立てながら開いたその扉の先は何も見えず、ただ暗闇だけが続いていた。
咲夜はその闇を見ても一切の躊躇を見せずに扉を潜る。咲夜が潜るのを確認すると、次はレミリアが、最後にシオンがその扉を潜った。三人がその先に行くと、扉は勝手に閉まっていった。
三人が扉の中に入ってからしばしの時間が経つ。そして階段を下りている途中にシオンは何かに気付き、何か匂いを嗅ぐような仕草をした。
「おい、レミリア。この匂いって、まさかとは思うんだが……」
「気付いたのね。そうよ、コレは――」
「嫌だ! 死にたくない! だ、誰か、た、助け……ギャアアアァァァーーッ!!」
シオンの確認するような問いに答えようとしたレミリアの言葉は、下から響いて来た男の声によって掻き消された。
そのことにレミリアは不快に感じたのか、眉を寄せると苛立った口調で呟いた。
「どの道、答えはすぐにわかるわ。このまま咲夜に着いて行きましょう」
「わかった。……多分、俺の考えは十中八九合ってるんだろうけどな」
このやり取りの間にも男の悲鳴は届いていた。しかし、三人はそれを一切気にせずに階段を下り続ける。レミリアは、咲夜はともかくシオンまでもが全く表情を変えないのに気付いていたが、やはり今更か、と思いながらも、ほんの少し嬉しく思っていた。
(これなら、大丈夫かしらね。まあ、駄目だったら駄目だったで諦めるしかないのだけど……そんなことにならないでよかったわ。シオン、頼むわよ。貴方しか、フランを助けられる存在はいないと思うから)
それからどんどん大きくなっていく叫びに、ついに耐えられなくなってきたシオンは、顔を顰めた。まあ、顔を顰めた理由はもう二つあるのだが。
一つは異常に鋭すぎる五感をそのままにしていたことだ。
(『
その考えを頭を振ることで無かったことにする。そして、いきなり変な行動をしたことで不思議がっているレミリアの注意を逸らすために、制限をかけるためのカモフラージュとして耳を押さえながら言った。
「うるさいな……」
「それに関しては同意するわ。けど、いいの? 貴方もこうなるかもしれないのよ?」
「それはそれ、これはこれだ。必ずこうなると決まった訳でも無いしね。とりあえず始めにするのは話が通じるかどうかの確認かな。……繰り返し言うけど、やっぱうるさい」
「多分話は通じると思うわよ? あくまで多分だけれど。まあ、今までの人たちみたいにならないことを祈ってるわ。それと、この声は多分、そろそろ……」
レミリアがそう言うと、タイミングよく悲鳴が止み、それと同時に何かが潰れるような音が聞こえてきた。
「ああ、やっぱりね」
「……ピタリと止まったな。というか、グシャって何だ? まさか体を握り潰したのか?」
自身の直感が当たったのにご満悦なレミリア。シオンは本来ならありえない音に驚いた様子だったが、余りショックを受けた様子は無かった。だが、二人ともに咲夜の言葉で顔を引き締めた。
「お嬢様、着きました」
「わかったわ。咲夜、扉を開けなさい。……さて、今までの反応でどうなるのかの予測は着くけれど、実際のシオンはどんな反応をするのかしらね?」
咲夜に命じ終えたレミリアは、最後に呟きながら地下牢に入っていき、シオンもそれに続いた。レミリアの最後の呟きは、不安と期待の入り混じったような声音だった。