「で、まずは何を?」
中庭へ移動したシオンは、キョロキョロと辺りを見渡す。
広い、と言えば広いのだろう。だがシオンとしてはかなり物足りない程度でしかない。コレでは全力を出せば、周囲にある池、うまく整えられた木、花などを吹き飛ばしてしまうかもしれない。
「何をするにも相手を知らなければならないから」
だが当の永琳は、全く気にしていないようだった。軽く体を動かし、ウォーミングアップをしている。
「とりあえず――全力で来なさい。能力を使っても構わないわよ?」
ピタリとそれを止めた永琳は、誰もが見惚れる笑顔で言った。
「……死にたい、いや死ねないだろう貴女は気にしないだろうが、この庭を整えた人は気にするんじゃないのか」
「大丈夫よ。あの子は私には逆らえないし、それにそう言うって事は、ワザと狙おうとはしないでしょう?」
実際に聞いた訳では無いが、永琳を不死ではあると看破しているシオンと、それを聞いても驚かない永琳。
どちらも常人より
「ま、いいや。俺としては鍛えてもらえれば文句は無いし、その過程でここが壊れても知らん」
「と、言いつつも、さり気なく一番被害が少なくなるであろう場所に移動している……フフッ、優しいのね?」
一瞬で顔に苦渋を浮かべたシオンは、否定すれば嘘になるし、仮に否定しても永琳はその笑みを消す気は無いだろうと思った。
「どうでもいいよ。こっちのが戦いやすいのは事実だ」
「なら、そういう事にしておきましょうか」
含みのある言い方をしつつ、永琳は素直に着いて行く。
その間にシオンは左手足を動かせる程度には治しておく。傍から見れば何の変化も無い左手足は、しかしきちんと動かせる。
ある程度歩いたところでピタリと止まると、二人は相対した。
「本気で、いいんだよな?」
「ええ。遠慮はいらないわ。全力で来なさい」
「後悔するなよ」
「する必要は全くないわ」
永琳のその言葉を合図に。
シオンは、前へと飛びだした。
前へと飛びだしたシオンは、いつの間にかその右手に漆黒の長剣を握っていた。
愚直、とすら言える程に真っ直ぐ永琳の目前に突き進むシオンを迎え撃とうと、永琳は少しだけ腰を落とす。
コレはあくまでもシオンの実力を見るためのモノ。シオンの一挙手一投足を見逃すわけにはいかない。
永琳に辿り着く、その二歩前。突如後ろへ飛んだシオンは、そのまま
「……!」
微かに驚いた永琳。
(姿を透明にした線はない。純粋な瞬間移動の類ね)
けれどシオンがどこに消えたかを一瞬で把握する。
永琳は後ろへ振り向きざまに、手刀に魔力を纏わせ、五十センチ程の剣を作って一閃する。
右手は横に、左手は縦に。ほんの少しだけ斜めにし、少しだけズレたバツ印を描くように振り抜く。
永琳の魔力操作能力は相応に高い。多少でも、並みの鉱物より遥かに硬くできるくらいには。
しかし、シオンはそれを上回った。
シオンは、わざわざ永琳が手刀を交差させている、その中心部分を狙った。最も攻撃を通しにくい場所を。
そして――儚い音を立てながら、魔力剣は壊される。
そのまま、
「っけほ、けほ」
ドッ、ガアアァァァァッァン! という轟音を響かせ、クレーターを作り上げたシオンだったが、風で飛んで来た砂煙で咳をしてしまう。
「予想以上に威力が出たな……」
巨大なクレーターを見てそう思う。
緑髪を風に揺らしながら、シオンは自分の腕を見る。
(力任せの一撃でアレ、か……。幽香の腕力もそうだけど、耐久力自体が上がって出せるパワーが上がったお蔭だな)
実のところ、シオンは剣の振り下ろしの際に、特別な事を何もしていない。
単純明快に、幽香の膂力に加えて黒陽の力で威力をブースト、そのまま全力全開で振り下ろしただけ。
紅魔館でもクレーターを作ったシオンだが、あの時は体の制御に殴り方にも様々な技術を込みでやった。だが、今回はそれもない。
つまり、シオンが紅魔館で使った技術をここで使っていれば、もっと酷い結果になるはずだった、という事になる。
(流石は幽香、と言うべきか。このパワーでも本来の力には遠く及ばないんだから、本人がやればどうなる事やら。にしても)
永琳の気配が消えている。
シオンは永琳に一撃を叩きこんでからも一切油断していなかった。やったと思った瞬間が最も危ない事を、身を以て知っているからだ。
だから、反応できたのかもしれない。
「――!」
背後から飛来してきた一条の槍。
咄嗟に身を捻って回避――しようとして、少しだけ、槍が曲がった。
「グ、ッ……ァ!」
脇腹を、貫かれた。
「魔力、の槍……か!」
槍は消えずにそのまま残っている。
しかも体からほんの少量ずつ魔力が減っている。この槍は、撃ち貫かれた者の魔力を消費してその場に留まり続けるのだろう。
シオンは槍が飛んで来た方向を向き、睨みつける。
そこには、服の一部が吹き飛び、だが無傷の、弓を構えた永琳がいた。
それから察するに、この槍はコレを矢の様に引いて射ったのだろう。こんな変則的なモノでよく撃てたと感心するくらいだ。
「――スゥ――フゥ――……ッハ!」
シオンは脇腹に手を当てると、魔力を瞬間的に纏って槍を対消滅させる。
栓の代わりになっていた槍が消えた事で血が溢れるが、瞬時に能力を使って傷を塞ぐ。それでも受けた痛みは早々に消えないが、痛みそのものには慣れているシオンは特に気にしない。
そして、ワザと全てを見ていた永琳は、弓を下ろしていた。それを見て、シオンも緑髪を白髪に戻し、剣の切っ先を下に向ける。
「……痛覚が常人よりも高いのに、表情一つ変えないなんて、ね」
永琳の場所から、槍を貫かれた瞬間のシオンの顔は見えない。
だが、わかる。彼が無表情を貫いていたのが、わかってしまう。呻き声をあげたのは、あくまでも反射的に出しただけだ。
例えば、意図せず相手と手が触れた時、小さく声が漏れるように。相手と体が接触してしまった時、頭を下げて軽く謝罪するように。
シオンとて人間だ。むしろ体を貫かれて呻き声一つで済ませる方がおかしい。
更に槍を対消滅させたアレ。永琳の作り上げた槍は生半可な魔力では消せないし、何よりも
魔力が足りなければ純粋に破壊できず、魔力が多すぎれば逆に奪われる。
ではあの槍をなぜ対消滅できたのか、といえば答えは簡単。
あの槍を『魔力で破壊でき、且つ吸収されないギリギリのラインを見極める』だけ。
明瞭な答えではあるが、それ故に永琳も工夫を凝らせる。そして、永琳は『天才』だ。そんなあっさり壊されるようなモノを、創るはずがない。
それこそ、シオンが当たり前のようにやった、壊せるはずが無いように。
永琳としては、あの槍は自分で消滅させるつもりだったのだが、予想の上を行かれてしまった。余程魔力制御と細かな感覚に優れているのだろう。
即座に破壊しようと行動したのも好点だ。魔力を吸われる、というのは存外自分の精神に負担を掛けてくる。長時間の戦闘において、精神の疲労と言うのはバカにならないほど影響を及ぼす。
その事をシオンは知っているのだろう。
そしてシオンが手に持つ漆黒の剣。アレはシオンの胸元にあったはず。ペンダント型のアクセサリーが剣になったのにも驚いた。
そして空間転移。あの一瞬、ずっとシオンの姿を見ていた永琳は、シオンのあの移動の仕方がおかしいのと、刹那のタイミングで振った『もう一つの剣』を見ていた。
とはいえ本当に一瞬だったので、それが『白い剣』だったとしかわからなかった。
移動してからのあのパワーも驚異的だ。力任せに振ったのだとわかるくらいに無茶苦茶な太刀筋だった事から、まだまだ威力は上がるだろう。
永琳がこう考察できるのは、シオンの体の動きから悟ったからだ。
素人が剣を振るとすれば、まず手本となる人間の動きを意識するだろう。だが、体全体を意識できるはずもなく、ほぼ確実に『剣を振る』動作に意識を先行させすぎて、足の踏み込みや体の重心移動がガタガタになる可能性が高い。
そしてシオンは、逆に『意識して』力任せに振るようにしていた。つまり、空中での体勢移行が凄まじくスムーズだったのだ。
力任せに反した剣の振りと、驚愕するほど上手い体の動かし方。どちらが本来のシオンの力かなど、比べるべくもない。
ただし、これらを理解できたのは永琳だからこそであり、素人が見ても剣の動きしか見ず理解できなかっただろう。
今得た情報を元に、永琳はしばし考える。だがとりあえずの方針は決まった。後はそれらを修正していけばいいだけだ。
「シオン、まずはそのおかしな歩方を治しなさい」
ピクリ、とシオンの体が揺れる。
その顔からは、何故、という言葉が見て取れた。
「いくらなんでも後ろに移動するのが早すぎるわ。それで悟った。貴方が何故、前へ走る瞬間
矛盾している言葉だが、ほぼ正確に表現している。
シオンはどこかに移動する時に、必ずと言って言い程、同時に反対方向に向かって跳んでいる。
動きが止まらないのが不思議な程絶妙な力加減。正直コレに一番驚かされた。流石に慣性はどうにもならないようだが、後ろへの移動でもあそこまでの速度でやられると、それは一種の奇手妙手になる。
だが、前へ走る――というより、跳べば、同時に後ろへ跳ぶ。シオンはなぜそうするのか。そんな事をすれば動きが遅くなるのは当然なのに。
「答えは、『どのタイミングでもどこかへ移動できるようにする』ため。違う?」
「……前へズレた重心を体の中心へ戻すには、そうするしかないからな。面倒でもこうしておいた方が役立つんだよ」
それこそが理由。
シオンが一対多を最も得意とするのは、言い換えれば『多人数からの攻撃を回避できる術を持っているから』だ。
そしてシオンは、戦って傷つく内に悟った。
――攻撃するよりも、同士討ちによる自爆を誘発した方が、楽だと。
結果、シオンは全方向どこから攻撃が来ても回避できるようになってしまった。代わりに必ず一手遅れるため、どちらかと言うと受け身の戦法しか取れなくなったが。
だがコレは、あくまで一対多で使えるだけで、一対一ではむしろ足枷になる。なんせ、必ず一手譲るのだ。それがどれ程のハンデか、バカでもわかる。
「まずはそれをまともな歩方に矯正するわ。必ず治しなさい」
「……いや、無意識で行うくらいのコレをどうやって治せと? 無理だと思――」
「治しなさい」
「いやだから」
「な・お・し・な・さ・い」
「……アア、ワカッタ」
一字一句区切られて、しかもとっっっても素敵な笑顔で言われたシオンは、どことなく引き攣った顔で頷いた。言葉がカタコトなのも気のせいだろう。
当のシオンは、
(まるで姉さんみたいに言われて、反射的に頷いてしまった……)
と項垂れていたが。
「でも永琳、問題はあるぞ? 無意識レベルで刷り込まれた歩方を強制するのはかなりの期間がかかる。それはどうするんだ?」
「その点は大丈夫よ。だって、シオンはもう体の重心をまともに把握できてないのでしょう?」
言われて、シオンは口を噤む。
「まともな方法では無理でも、まともではなくなった今なら、どうかしら?」
「……なるほど。確かに、これなら数日で治せそうだ」
一歩前へ進むのさえ途轍もない違和感があるシオンは、逆を言えばそれをどうするかでこの先が決まる。
言ってしまえば永琳は、一度作った土台を崩しただけ。それをどう直すかは、シオン次第だ。
同じのを作るのか、別のを作るのか。
同じものを作るのなら意味が無い。
だからこそ永琳はまともな歩方を覚えさせる。奇手はそれ単体では相手を驚かせるだけ。そこ止まりでしかない。だが、それを定石で盤石にできれば……あるいは。
「ああ、それと。もう一つだけ付け加えさせてもらうわ」
「なんだ?」
早速、と言うべきなのか。シオンはもう歩方の改善を行っていた。
その足運びには見覚えがあった。恐らく、太極拳。誰かに師事でもしていた事があるのだろうか。
とはいえ別に無駄ではないし、何より既に動きがかなり改善されている。予想以上のスピードだった。
が、それとこれとは話が別。
永琳は少しだけ腹に力を込めると、
「――これからは、黒い剣だけの能力を使いなさい。それ以外の能力は決して使ってはダメよ」
そんな事を、言ってのけた。
「あのお菓子、美味しかったですよね。期間限定だそうですし、機会があればもう一度行ってみましょうか」
「そうだね。その時はてゐ様も一緒に行きませんか?」
「……シオンは、甘い物好きかな。いやでも……」
「てゐは、彼と一緒に行きたいようですね」
「アハハ……」
アリスに話しかけられた事にも気付かず、てゐは下を向きながらブツブツと悩んでいる。これには二人とも苦笑するしかない。
三人は里で必要な物を買い、甘味処で菓子等を食べ、里の住人とお喋りをしたりと一通り楽しんだりし、今はもう永遠亭に辿り着く寸前だった。
だが、そんな和やかな雰囲気は消える。
「――! この音は!?」
「この方向。永遠亭、からだね。一体何が?」
即座に気付いたのは、鈴仙とてゐ。
その視線は油断なく虚空を睨みつけている。だが、アリスには何が起こったのか、理解できない。
「ねぇ、今何が起きているの?」
「そういえば、アリスは強化の魔法も何も使っていないんでしたね。聞こえなくて当然ですか」
「単純に、永遠亭の方から轟音が聞こえて来ただけ。多分、地面が揺れるくらい大きな音だったよ」
「永遠亭、から……?」
何となく、アリスはその原因に心当たりがあるような気がした。
「とにかく急ぎましょう。師匠達の事ですから大丈夫だとは思いますが、万に一つという事もあります。アリス、荷物を渡して――……アリス?」
「永遠亭……永遠亭で、音……あ、もしかして!」
思い出した、といった風に叫ぶアリスに、鈴仙とてゐの視線が向かう。
「もしかして、何かわかったのですか?」
「うん。多分だけど、シオンと永琳様が戦ってるんじゃないかって」
「戦う? ――まさか鍛錬の事を言ってる?」
「そうじゃないかな、と思って。鍛えてくれればそれでいいって感じの言葉を、昨日シオンから聞きましたし。だから」
「なるほど。それならば先程の音も……しかし」
――あの音の正体は、そのシオンが?
鈴仙とてゐは知っている。長年共にいたのだから、永琳の戦闘方法がどのようなものなのか、わかるのだ。
そして、永琳は轟音を伴う技を持っていない。いや、正確にはできるのだが、永琳は超絶技巧派の人間。力技は使用しないし、まして相手を鍛えるのなら、余程そういった戦法が得意な者にしか教えないだろう。
だからありえない。ならば、先程の音の正体は、自ずと一つに絞られる。
「……外見で、判断しすぎましたね。まさかここまで強いとは」
「シオンは、強いよ。でも、予想外、だったかな」
あの華奢で小さな体躯からは予想もできないパワーに鈴仙は自身の不甲斐なさに憤り、てゐは想像を超えたシオンの力に、まだ舐めていたのかと思った。
音はもうしない。
三人は歩き続け、永遠亭の玄関を開けた。
「あら、お帰りなさい。タイミングはぴったりだったみたいね」
「師匠」
腕を組んで首を傾けているその姿は、まさしく美女。
「アリス、シオンが怪我をしているから、治しに行ってあげて。重傷では無いから急がないでも大丈夫だけど」
「あ、はい!」
パタパタと走って行くアリスは、どうやら永琳の言葉は最後まで届かなかったらしい。
「……まぁ、特に不都合があるわけでもないから、大丈夫かしら?」
「師匠」
二度目の通達。
永琳は傍らにいる鈴仙とてゐに視線を向ける。
「あの音は、まさか彼が?」
「やっぱり聞こえていたかしら? でも心配しないでいいわよ。彼は敵では無いから」
「……そう、ですか。師匠がそう言うのなら、私からは特に」
どこか敵愾心が滲むその声は、アリスを慮ってのモノだろう。
良くも悪くもシオンという存在はアリスに影響を与えすぎる。それが良いモノであればいいのだろうが、そう上手く行かないのが現実だ。
それを危惧しているのであれば、当然だろう。鈴仙はアリスの『姉』なのだから。
とはいえこの感情が身勝手なモノであるのはちゃんと理解しているらしく、今はシオンに危害を加える事は無いだろう。
「えっと、怪我したって言ってたけど、それはどれくらいの?」
「軽く斬ったりしただけよ。手加減はしたし、シオンは回避が上手いから、ほとんど無いようなものだけれど」
「そっか。なら、私は行かなくてもいいかな」
てゐは小さく頷くと、どこかに行ってしまう。
「……それでは、師匠。私も夕食の準備をしますので」
「ええ。ああ、鈴仙。私とシオンの分は無くていいわ」
「はい? なぜでしょう?」
「昼の分を食べていないからよ。私達はそれを食べるから、無くて平気なの」
「昼を食べてない、とは……休憩をしている間に食べなかったのですか?」
なんとなく予想できてしまった鈴仙。
だが、それはいくらなんでもありえないと思ってしまう。だって、それでは、あまりにも異常で――
「ええ。だって、一度も休憩していないもの」
――その予想は、覆されなかった。
「一度も、なんて……私とアリスとてゐは十時前にここを出ました。今はもう五時を過ぎています。
驚愕どころか恐怖を感じ始める鈴仙。
一般的に人間の全力はそこまで保たない。妖怪でも同様だ。
唯一不老不死であるが故に肉体的な疲労等はほぼ無い永琳と輝夜は例外だろうが、シオンは違うはず。
だが、鈴仙は知らない。シオンは常人よりも数十倍その身体機能が向上している事に。つまり、戦闘可能な時間も相応に増えている。しかも多少の疲労なら仮に戦闘中であろうと無いも同然なので、そんな時間を戦っていられる。
ただし。
あくまでもそれは『机上の空論』と同じようなモノであり、同じ事ができるような人間は早々いないだろうが。
「私もそこまでとは思っていなくて、つい熱中してしまったのよ。教え甲斐がある人間なんて、早々いないもの」
クスクス笑っている永琳とは反対に、鈴仙はシオンに対する危機感を強める。
そして同時に決意する。
もしシオンがアリスに害を加えようとしたら、その瞬間、命に代えても彼を殺す、と。
「……そんな事にはならないよう、祈っていますよ」
永琳と別れて台所へ向かいながら、鈴仙はそう呟いた。
「何、コレ……」
アリスが中庭に着くと、そこは見るも無残な光景になっていた。
地は抉れ、ところどころにクレーターがある。その反面、木や花には全く影響が無い。どうしてなのだろうか。
荒れ果てた地面に反比例して美しい木と花、そんな場所の中心に、シオンはいた。
漆黒の剣を斜めに突き刺し、左手を柄に、右手を剣の腹に、体を剣全体にもたれかかるようにしている。
体は大きく上下し、それ程疲れているのだろうことが窺える。実際、かなり息が荒くなっていた。
だが何よりも、血に塗れていたのが酷かった。恐らく返り血。だが、誰のか――と、そこまで考え、一人しか居ない事に思い至る。
殺し合いをしていた――アリスの居る場所からは、シオンの顔は髪の陰になっていて見えない。
その場から何とか足を動かし、抉れクレーターになっている地面を迂回してシオンの元へ移動した。
「シオン……大丈、夫?」
背中から覗き込むようにシオンの顔を見て、絶句した。
シオンの目は霞んでいて、恐らく焦点が合っていない。それどころか、目の前の景色さえ見えなくなってしまっているかもしれない。
「え……ああ、アリスか……」
ほんの少しだけ顔を動かしたシオンは、しかしその視線はアリスに向いていない。
「もしかして、眼が」
「まぁ、大丈夫。声とか足音とか気配とかで、どこにいるかはわかるし」
全く大丈夫に見えないから心配しているのだが、シオンには通じていない。
「後、アリス。永琳は敵じゃなくてよかったと、心底思うよ。アレは、正真正銘の『天才』だ。……本当に人間なのかと、疑いたく、なる、ね――」
「シオン!? シオン、大丈夫!?」
ドサリ、と地面に倒れるシオン。支えを失いグラついた剣は、地面に横たわる前にどこかへ消えた。
意識を失う直前、シオンは永琳に言われた言葉を思い返していた。
『なぜ、黒陽の能力だけを使えと?』
『ああ、それが剣の名前なのね。答えは単純よ。シオン、貴方が同時に使えるのは二つまででしょう?』
『――! なんでわかった』
『黒陽を使ったすぐ後に空間転移をしていたけれど、同時に細胞変質能力を使ってはいなかったから、かもね』
永琳は少しだけ悩みながら、言葉を続けた。
『黒陽と空間転移、黒陽と細胞変質能力。必ず二つ以上は使っていなかった。多分、それが今の貴方の限界。最大で扱える能力の数。無理をすれば三つ同時に使えるのでしょうけれど、負担は大きい……こんなところかしら?』
『それだけ、で?』
『貴方も似たような事をしていたじゃない。眼の動き、表情の変化、心の動揺に応じて揺れる体の些細な部分の変化、声の高低強弱、その他にも色々な箇所で相手の性格や対人に慣れているかどうか。どんな違いがあるというの?』
『――……ッ』
最早絶句するしかない。
シオンがしていた事を、永琳は既に知っていたのだ。知っていて、見逃されていた。
『それに、複数の事柄を一遍にやるよりも、一つの事柄に集中していた方が結果が出易いわ。見たところ、貴方が最も得意とするのはその剣の力みたいだから。得意な物から伸ばすのは当然でしょう?』
あの、一瞬で。
永琳は、シオンが何が一番扱いやすいのかを、把握していた。
『けれど、歩方に関してはやっておきなさい。身体面と能力面は別物なのだから』
『……あ、ああ』
『それともう一つ。どうしてかは知らないけれど――その矛盾は早くどうにかしておいた方がいいわよ? ……まぁ、心の奥底から死にたいと思っているみたいだから、私から言える事では無いのだけれど』
それは、シオンの根底にある、拭いようも無い願望。
幽香に見抜かれた、シオンの愚かなと言うべき浅ましい想い。
その事を、一瞬で悟られた。
『――ッ。永、琳』
『何かしら?』
『人は、図星を突かれると逆上する。反論できなければ、特に』
『ええ、そうね』
『悪いとは思う。でも――何も知らない他人に横から言われるのだけは、不愉快だ!』
そう言いはしたが。
本当は、わかっていた。
自分が、永琳に恐怖していたのだと。
背中に怖気が走るくらい、永琳を『恐ろしい』と感じたのだと。
それを激情の中で隠す事でしか、その感情を抑える事ができなかったのに。
シオンは、まだまだ自分は弱いと思うしかなかった。
シオンの傷を癒し、後から来た永琳がシオンを部屋へと運んで行った後、その場に残っていたアリスは思う。
あそこまでボロボロになりながら、それでもなお強くなろうとするシオンは、一体何を思っていたのだろう、と。
自分は夢の為だった。夢の為に必死になった。結局それは儚い幻想に過ぎなかったが、だからこそ知っている。
――身を切るような努力は、辛いモノだと。
あそこまで自分を追いつめるような努力は、後先考えていないからこそできること。それ程までにシオンは強くなりたいと願っているのだろう。
「なぜ彼は」
かつて、人を喜ばせるための魔法を使いたいと願った少女は思う。
「なんでシオンは」
今は人を癒すための魔法を覚えた少女は想う。
「あそこまで、頑張れるの――?」
全てを捨てるような努力をできなかった少女は、今はこの場に居ない少年に対して問う。
どんな理由で、自分をそんなに追いつめられるのか――と。
「どうして……」
その問いに答える者は、いない。
永琳がチートな件について。
やばい、少しどころではなくやりすぎた感が凄いです。
でも永琳は他の追随を許さぬ知識の『天才』ですし、これくらいは……いえやっぱないですよねぇ。
ちなみに鈴仙のシオンに対する好感度は、マイナスとまでは行きませんがかなり低いです。
そしてアリスの好感度は高いですが、それでも永遠亭優先。公私の分別は付けております。
現状永遠亭の住人>アリス>てゐ>>>>シオンというところでしょうか。
そしてアリスの疑問。
コレが永遠亭での一番のテーマですかねー