新しい修行を始める、と言った永琳は、シオンに背を向けると、手に魔力を纏わせ、剣の形へ整える。
それを振るい、地面を切り裂き、粉切れに消滅させる。
抉られた地面は、一辺と深さが約十メートルほどの正方形となっていた。その中に、魔力で作られたであろう水を入れる。
水が溢れる、その寸前で止める。
何がしたいんだ、と訝しげなシオンの視線を背中に感じながら、永琳は水上に
「それじゃ、シオンにもコレができるようになってもらいましょうか」
ニッコリと笑いながら、
永琳は、そんな無茶ブリを振ってきた。
「いや無理だろ、コレは。いくらなんでも」
即答だった。言う速度もどこか速い。
そんなシオンに、永琳はやれやれと頭を振る。
まるで聞き分けのない子供に対するような態度に、シオンはなぜそんな態度を取られなければならないんだと思う。
「いい、シオン? 水の上に立つのはあくまでも前段階。
「人間は普通水の上に立てない。道具があるならまだしも、無いなら無理だ」
「シオンも私も、一般でいう『普通』に当て嵌まらないのはわかっているでしょうに。……まあいいわ。少しだけ、手本を見せてあげる」
見本? と訝しむシオンに、永琳は縮地を使って一瞬で距離を詰め、襟首を掴むと、そのまま空中で放り投げた。
「!?」
少しだけ気を抜いていたシオンは、反応すらできずに身を投げられる。それでも少しずつ体勢を変え、何とか下を見られるようにした。
同時に魔力を纏おうとするが、どうしても纏えない。
「クソッ!」
絶対に永琳が何か余計な事をしたと断定しながら、シオンは地面を見る。そこには、何故か空中に立ち、弓を構え、矢を数本同時に番えた永琳が居た。
ギリギリと音を立てながら構えているのが見える。それを一気に放たないのは、シオンの体勢が整うのを待っていたからだろう。その気になればすぐにでも射って怪我を負わせ、優位に立つことだってできたのだから。
そして、矢が一斉に放たれる。未だ中に浮き、能力を使えず、魔力も使えないシオンには、気を使うしか避ける術は無い。
ただし、それはあくまで他の人間の場合。シオンにはもう一つだけ、手があった。
シオンはタイミングを計る。
チャンスはほんの一瞬。それを逃さず、シオンは『ソレ』を踏んだ。
永琳が微かに驚いたのが見える。機を逃さず、シオンは『矢』を踏みしめ、跳んだ。他の遅れて来た矢は体の向きを変える事で、半ば無茶をして避ける。とはいえ完全に避けられるわけもなく、多少の裂傷は負った。
しかし大局を見ればそう大きな怪我でも無く、むしろ良い判断だと言える。空中を自由落下するよりも余程マシだからだ。
永琳が次の矢を番えているのが見えるが、今のシオンにそれを止める術は無い。だが、永琳が矢を放つより、シオンが先に永琳の元へ辿り着く方が早い。空中を移動するにも、ほんの一瞬のタメがいる。
いける。そう確信したシオンは、即座にそれが間違いだと悟った。
突如空中を『蹴った』永琳が、地面に向かって落ちていく。このままでは背中から地面に激突するかもしれない。だが、シオンと距離を取ったのには変わりない。
もう形振り構っていられないと黒陽を長剣にしたシオンは、剣を後方へ振りかぶる。
永琳も、弓と矢を持つ手に力を籠める。
両者は互いを睨みつけながら、剣を振り、矢を放つ。
トン、と二人は地面に下り立つ。
シオンは右の頬に矢が掠り、永琳は左の頬に剣が掠った跡があった。二人は理解していた。殺す気でやるつもりはなかったと。
「ふ、二人とも何やってるのよ――!」
が、傍から見れば、本気の殺し合いをやっているようにしか見えなかった。
アリスの叫びは当然と言えば当然だ。後ろで何をするんだろうかと半ば、どころか野次馬前回で見ていたら、いきなり殺し合い――の真似事――を始めたのだ。アリスじゃなくとも、肝を冷やされる。
しかし怒鳴られた当の二人は、アリスを無視していた。
「ね? 理解できたでしょう」
「正直現実感は薄いが、有用性は理解できた。……ま、不便ってわけでもないしな。覚えろというなら覚えるだけだ」
「ならいいわ。私は戻らせてもらうけど、シオンは?」
「わかってるだろうに」
「一応の確認、よ。じゃあね」
永琳がどこかへ行くのを横目で確認した後、傍にあった池のような物を見る。コレからなる事を想像して少し陰鬱になるが、文句を言っていられる立場でもない。
内心溜息を零しつつ、シオンは縁に立った。
そして、最後の最後まで無視されたアリスは。
「……私って、何でここにいるんだっけ?」
草葉の陰で泣いていた……かもしれない。
「う、プハァ……ゴホッ」
口の中にあった水を吐きだしつつ、シオンは池の縁にしがみつく。
少しだけ息を整えると、体を放し、体を沈めて池の底に足を着け、ジャンプし、水の上へと跳び上がり、水を『掴んで』立つ。だが次の瞬間、水の底に落ちる。
水の中に落ちながらシオンは思う。
もう何度、コレを繰り返しているのだろうか、と。
水は服にも髪にも滲み込み、相応の重さを与えてくる。体にも纏わりついてきて気持ち悪い。
何となく、この感覚には覚えがあった。
暗い、暗い、暗い。何かが体にしがみついてきて、決して離さない。それは少しずつ体を蝕んで行って――最後は、全部が壊れる。そしてドロドロになった部分は表へ出てきて――
いや違う。
何が?
そうだ。壊れるんじゃない。コレは、縛っている『鎖』の役目は――
――『俺』が、全部を壊すのを防ぐ物?
「ッ!」
腕を掴まれ、強制的に顔が水の外へ出る。
思い出したかのように息をして、して、咳き込んだ。
「シオン、大丈夫!? 意識はあるの!? しっかりして!」
「あ……アリ、ス……?」
「よかった……全然上に上がってこないから、心配したんだよ」
目尻に何かを浮かべたアリスがそう言う。
そういえば、とシオンは思う。最後に落ちてから、数分くらい経っているような気もする。しかし特に何かを感じているわけでもない。
なぜか、心が凍っていた。
「シオン、少し休憩しよ? ……シオン?」
先程から何も答えないシオンに、怪訝そうな顔を向け始めるアリス。
マズイとは思う。心配してくれている相手に何も言わないのは失礼だ。しかしどうしても口が動いてくれない。
気まずい雰囲気が流れる、その寸前。
「――まだできていないの、シオン?」
先程から人一人が水に落ちているのを不思議に思った永琳が、掻き消した。
凍っていた心は動き出した。
「……何か、上手くできなくてね。どうしても掴めない」
先程の感覚もわからないまま、シオンはそう答える。
そのままアリスの体を抱きしめつつ、池の縁を片手で握り締め、体を持ち上げる。ポタポタと垂れる水を跳ね除けながら、永琳に聞いた。……アリスがどこか恥ずかしそうにしているのに、一切気付かないまま。
「コツとか無いか? 足で水を掴む方法」
「掴む? もしかして、勘違いしていないかしら?」
「え?」
「そもそも人間の足で水を掴めるはずがないじゃない」
何を言っているの、と言いたげに首を傾げる永琳に、シオンは訳がわからなくなる。
永琳がやれと言ったのに、どうしてそう言うんだと。
が、すぐにそうでない事に気付く。同時に永琳も気付いた。
「液体を掴めるはずがない、か」
「そうね。私は地面に立つように水の上に立て、と言いたかったのだけれど……説明不足だったみたい」
水は土や氷のように固まっているわけではない。そんなものを掴もうと考えていたシオンは、頭のネジが緩んでいるのではとつい思ってしまった。
「ごめんアリス。集中したいから、一人にしてくれないか?」
「え、う、うん……。でも、大丈夫なの?」
「……」
アリスの問いには答えず。シオンはまた、同じ作業を繰り返し始めた。心配そうに見つめるアリスだが、シオンのお願いは素直に聞き入れ、背を向ける。
だが、なぜだろうか。
今のシオンが、どこか追いつめられているように見えるのは。
永琳も、少しだけ表情を厳しくしている。
「……危ういわね」
「永琳様?」
「なんでもないわ」
二人は並んで歩き出す。
そんな気配を感じ取りながら、シオンは黙々と、機械のように同じ作業を繰り返す。
繰り返していると、水の上に立つ、そのコツがわかってきた。
水は確かに不定形だ。土と違って固まってはおらず、だからこそ沈んでしまう。だが、言ってしまえば
永琳は空気を踏んでいたが、水は確かに『そこ』にある。
今までは掴もうとしていたのを、足の裏で浮かせるように立つ。そうすると、少しだけ、体が水の上に乗っかる。しかし足に力を籠めると沈んでしまう。
つまり、水の上に立って移動するには、
矛盾している、と思う。
足に力を籠めずに移動するなんて、どうやればいいんだろうか。
悩むが、まだ満足に水の上にすら立てていない。まずはそれからだと思い直し、シオンはまた、沈んでは浮くを繰り返し続ける。
あれから、何時間経ったのか。
耳に水が入りすぎて、音が聞こえない。鼻から水が入ってきて、痛い。水を飲み過ぎて、腹の中が揺れている。
何より、水の中にいるのが気持ち悪い。
「……ン」
聞こえないはずなのに、てゐの声がした。
「…………オン」
アリスの声もする。
「起きなさい、シオン!」
そして、肩を掴まれて、シオンは
「永、琳?」
シオンは立っていた。そう、意識が
そして永琳に肩を掴まれて、我を取り戻したのだ。
「よかった……目を覚ましたのね」
ホッと、安心したように息を吐いた永琳は、次の瞬間。
「この――バカッッッ!!」
「――――!!」
「一体何時間こんな事を繰り返していたの!? 少しは休憩を挿みなさい! 前と違って今回の鍛錬は下手をしたら死ぬのよ? 自分の体調くらい把握しておきなさい!!」
「……ああ。そう、だな」
「……私からはコレだけよ。てゐとアリスには、また別のお説教をもらいなさい」
まだ呆然としているシオンを放って、永琳は少し離れる。
そして、
自分が水の歩いている事すら気付かずぬまま地面へと移動し、二人の説教を素直に受けているシオン。
今回の事でシオンは水の上に立てるようになった。永琳の予想を超える、大きな進歩だ。
しかし、このままではいけない。このまま行きつくところまで行けば、シオンは本当に戻れなくなってしまう。
「フゥ」
ここ最近の気苦労は一気に増えたような気がする。
それもまた一時の事だとわかっているし、貴重だとも思うが、やはり面倒なものは面倒だと思う永琳だった。
説教を受けたシオンは、まず体を調べられた。長時間水に浸かり続けた悪影響を調べたい、との事だ。
結果は、特に問題無し。
疲労はかなりたまっているが、言ってしまえばそれだけだ。安静にしていれば風邪をひく事も無いだろうとのこと。
それを聞いてからのてゐは素早かった。何時もは面倒臭がってやらない風呂を焚き、布団の準備をして、そしてご飯の用意の手伝いもした。
その熱意に中てられてか、永琳も強い口調で今日の勉強会にシオンの参加はできないと言い切った。アリスも頷いている。
輝夜はそんな様子を面白そうに、鈴仙は少しだけ楽をできて嬉しそうだ。
が、当のシオンは不服だった。
「別にこの程度の事で病気になったりしないんだが」
「ダメだよシオン! ほんの些細な事で大事に繋がる時もあるんだから!」
「小さな傷が膿んで、その場所を切り落とす事になった人もいるんだよ?」
「いや、でもなぁ」
てゐとアリスの二人から責められ、それでもなお口籠るシオン。
が、別に理由が無い訳では無い」
「昔真冬の雪が降っている中で数時間川に流されていた時も、別に風邪になったりはしなかったんだが……」
ちなみにその時の気温はマイナスを突っ切っていた。
「え?」
「嘘?」
他人事のように聞いていた永琳、輝夜、鈴仙でさえ驚かされた。
「……そんな状態になったら、普通、凍死するわよ?」
あるいは窒息死か、あるいは心臓が止まったりするかもしれない。とにかく、生きていられるのがまずおかしい。
「あの時はやばかったな。体ガチガチに固まってるし、握力なんて無いも同然。近くに人も居なければ体を温めるための道具も無いからしばらく歩き続けるハメになったし。『運良く』助かったけどね」
あっけらかんと言ってのけるシオンだが、言っている内容は凄惨だ。
「その後は……どうなったのかしら?」
「ん?
『…………………………』
かける言葉が、一瞬出てこなかった。
「あ、当時五歳と半年ちょっとくらいの出来事だから」
今度こそ、何も言えなくなった。
結局シオンは勉強会に参加させてもらえず、それどころか、半ば強制的に自室へと戻されてしまった。
「特に何ともないんだがな……能力で体調は把握できるし」
シオンの能力は細胞を変質させるもの。言い換えれば、自身の体を細胞レベルで理解できている事に他ならない。
流石に体調が悪い状態で無理をする気は無い。……それが『死ぬかもしれない』状況ならいざ知らず。
ふとシオンは思いだす。
「……どうせ暇だし、
空間を殴りつけ、そこから白く輝く剣を取り出す。
「んじゃ、行くか」
剣を振るい、空間の裂け目を作る。
「ついでに小細工を残しておいてっと」
そうしてシオンは、その場から姿を消した。
一方真面目に勉強に取り組んでいるアリスと、彼女の語学を教えている永琳。
「永琳様、この単語が読めないのですが……」
「ああ、それは――」
シオンがいないためにマンツーマンでの勉強ができるのだが、どこか物足りない様子の永琳と、やはり違和感の拭えないアリス。何時もは横に居る人間が居ないというのは、ただそれだけで調子が出ないモノだ。
「……シオンは、休んでいるのでしょうか?」
「無理ね」
「即答……でも、流石に今日くらいは休んでいるのでは? あんなに言ったんですし」
「本人が納得していない説得は無意味よ。まだ部屋にいるみたいだけれど、少しでも注意が逸れたらどこかに行くんじゃないかしら」
「探っているんですか? 今も?」
「片手間でできる事よ。気にする必要は無いわ」
感嘆の息を吐いているアリスは、永琳のソレを謙遜と受け取った。
そもそも『気配を探る』なんてこと、アリスにはできない。だが『なんとなく』その人が来るといった経験はアリスにも存在する。それを突き詰めた結果なんだろうな、くらいの想像はできた。
「……凄い、ですよね。シオンは」
「いきなり何?」
「いえ。私よりも頭が良くて、私よりも強くて。気配りもできて、一見冷たいけど、本当は誰よりも優しくて……欠点なんて、無いように見えます」
「…………………………」
永琳は否定しない。
事実だからだ。シオンは他者との関わりを深くするのを拒んでいながら、その実他人に向ける配慮を忘れない。てゐと仲良くなれているのもそれが理由だろう。彼女はここ最近になって、シオンにもかなり軽い悪戯をする時が何度かあった。それをあっさり見抜くシオンだが、そうだとしても悪戯をされて気分が良くなるはずもない。
シオンは笑って許していた。その訳は聞いていないが。
「……やましいです」
小さな独白。
だが、『羨ましい』と言ったのは、聞き間違いではないはずだ。
「……他人が羨んでいるモノを、必ずしも本人が望んでいるわけではないのだけれど」
「え?」
「なんでもないわ。さ、続きをしましょう」
変な空気になる前に、一度手を叩いて元に戻す。
慌てて手元に視線を戻すアリスを眺めつつ、永琳は内心で溜息を吐き――
「ごめんなさい、行くところができたわ」
「あ、はい。わかりました」
――そして、部屋を出て行った。
その後に怒鳴り声が聞こえてきた理由を、アリスは知らない。
結局、昨夜は永琳に輝夜のところへ行っていたのがバレた。
説教された上に無理やり連れ戻されて、寝るまで監視されたので、戻る事さえできなかった。まあ当然といえば当然なのだが。
だが、結果としては良かったのかもしれない。
そのおかげで、昨日のアレを思い出さずにすんだのだから。
(何だったんだ、あの幻は。今まであんな物を見た事は一度も無かったのに)
あの『鎖』がどんな役目を持っていたのか。
何故、自分はそれの意味を知っていたのか。
何よりも、アレが自分の行動を縛るためのものではなく、自分の行動を封じなければ
まるで、そうしなければ取り返しのつかない事になると言っているかのように。
「あーもうやめだ、やめ。考えても答えが出ない事をいつまでも悩んでても意味が無いし」
頬を叩いて気持ちをリセットし、シオンは部屋を出る。
廊下を歩いていると、道中で鈴仙に出会った。
「珍しいな。この時間に会うなんて」
「シオン、さん。そうですね。基本的に私が起きるのはもう少し後ですから」
「無理して敬称を付けないでいいよ。貴女が俺を気に入ってないのはわかってるから」
「!! ……なぜ、それを」
「見てればわかる。そこまで顔芸が得意じゃない人は、特に」
言われて鈴仙は、強張らせていた顔の緊張を解く。
「……申し訳ありません」
「いきなりどうした?」
「いえ、敵意を向けられて良い気分をしないのは、誰だってそうでしょうから」
「ああ……。別にいい。慣れてるし」
敢えてそれ以上を言わず、シオンはその場を去る。
シオンは一部正確に言わなかった。シオンが慣れているのは、『殺意』だと。そして敵意は、自分では無く周囲に常にあったものだと。
そんな事を言われても困るのは理解できたため、言わなかったが。
「……なんか、やる気が無くなってきた」
朝から気が滅入る事ばかりだ。運が無い。
それでもシオンは中庭へと足を向ける。水の上を、歩くために。
朝食を食べ終えると、珍しく永琳がほんの少しの敵意を纏いながら水の上に立っていた。
周囲にある水場も増えている。中庭のほとんどが、水場になっていた。それに伴って水に面している土の部分が金属に変わっている。本来永琳は基本的に方針だけを言って、後は本人の努力に任せる。永琳曰く「本人の自主性を育てるため」であり、恐らく本音だ。面倒くさがっている訳では無い。
永琳とて人間だ。わからない事もある。
だからこそ永琳は他者から教えを請う事を恥だと思っていないが、請うてばかりで自分では何もしない人間を酷く嫌う。こんな方針にしているのは、シオンとアリスを、そうならないようにするためだろう。
二人も特に不満は無い。元々二人共に自分の力で努力し続けた人間だ。そこに方向性を提示されただけでも爆発的に伸びる。
今までの二人はどこに行けばいいのかわからず彷徨ってばかりで、コレといったものを伸ばせなかった。
どの力を伸ばせばいいのかわからず、三つの能力を同時にやろうとして器用貧乏になりかけ、今までの経験も奇手ばかりだったシオン。
攻撃魔法を扱えず、最後は無理矢理にでも使おうと、両腕を傷だらけにし、一生残るだろう痕を残しかけたアリス。
永琳は、子供の二人に道を示した。だが、それも限界が来た。特に、相手と状況によって目まぐるしく戦闘内容が変わる場合は。だから永琳は水の上に立つ。シオンに、自らの技術を教えるために。
いや、少し違った。
永琳がコレからする事は、
「――さ、始めましょう。貴方の剣を
間違った部分を調整する、痛みを伴った教訓だ。
「何か、トラウマを刺激されるいやーな副生音が聞こえた気がする……」
目からハイライトが消えた――ように見える――シオンは、アハ、アハハと、狂ったかのような笑い声をあげる。
それがどこか自分を鼓舞するかのように聞こえたのは――気のせいでは、無いのだろう。
アリスも、今の永琳は恐ろしかった。笑っている。笑ってはいるのだ。それがとても恐怖感を煽るのは、本能故だろうか。
さり気なく距離を取る非情なアリスに気付く事無く、シオンは永琳の前に立つ。
「隙アリよ」
「ちょ!」
そして、準備する間を待つことなく、永琳が突っ込んでくる。
シオンは咄嗟に後ろに跳ぼうとして――ズブリ、と片足が水の中に埋まった。
あ、という声は、誰のものだったか。
水しぶきを上げながら、シオンは落ちた。
永琳は無言で落ちた部分に近づくと、片手を水の中に突っ込んで、シオンの首を引っ掴んで引き摺り出す。
「ァ……ゴ、ッ……ガ」
咳き込もうとして、しかし首を絞められているためそれができない。片腕、しかも女性のものとは思えない握力。
永琳はシオンを掴む腕を引くと、シオンを
だがそれは、かなりの速度となり、背中に暴風を叩きつけられる。また体が水面の下に行く前にと、何とか手で水を小堤で殴って――受け身として手を付けて、ではない――反動で体勢を立て直しつつ、跳ぶ。
その間にも永琳は動いている。いつの間にかその手の平を天に向けていた永琳は、残像が残る程の速さで手を振る。
狙いは眼。ほとんど反射で顔を逸らしたシオンは、逸らした後に狙ったのが左目、眼帯を付けている方だと気付いた。つまりフェイク。
本命は――水を纏わせた、蹴り?
「まさか!?」
その意図を理解したシオンは、即座に黒陽を展開し、長剣を大剣に変える。
刹那、その大剣に、幾重もの斬撃が来る感覚があった。
ウォータースライサー。本来であれば特殊な機材が必要なソレを、永琳は
シオンも条件が揃えば風で似たような事をできるが、それもあくまで手刀。足で、しかもこんな連続的にやれと言われれば、不可能としか返せない。
どうすれば、と思うが、悩んでいる猶予はあまりない。こうしている間にも、ウォータースライサーが届いてくる数は増えている。耐えられるのは、永琳が加減しているからだ。
(移動する? 無理だ。攻撃を一度止めさせなければしようと瞬間を狙い撃ちにされる。このまま止まっていてもいずれ押し切られるだけだ。とにかく永琳の足を……足?)
思い至ると同時、シオンはわざと片足を水の中に浸け、力の限りに蹴った。
「う、ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!」
振り抜くと、大きく水が揺れる。
今シオンと永琳が立っている場所は、地面ではない。液体の水だ。ならば、他者の足を止めたいのなら、足元を揺らすのが相場だ。
それでも永琳は手慣れたように攻撃を再開する。
しかし、一瞬途切れた『間』、それだけあれば十分だった。
ほとんど無理矢理な縮地で永琳の前へ移動する。大剣は短剣に戻す。距離については一切考えていないため、恐らくぶつかる可能性がある。それを考慮すれば、振り回せない大剣や長剣は不利になってしまう。それ故だ。
が、予想に反して、視界は真っ暗になった。
「……? ?? ッ!?」
顔をズラそうとして、それもできないのに気付く。と、いうより、コレは……何かに挟まっている、ような気がした。
どことなく柔らかい感触もする。
瞬間、シオンは凍った。
ギギギ、とブリキの人形のような動きで一歩、二歩と離れ、そして、その予感が合っていた事を悟る。なんとシオンは、
衝撃が無かったのは、うまく受け止めたからだろう。
どこか恐怖しているシオンは、過去に何かあったのだろうか。
「ハァ」
「!!」
ビクッ、と体を震わせるシオンは、おそるおそるといったように永琳の顔色を窺っている。反省している様子がアリアリと見える。コレでは怒るに怒れない。
怒るといっても、女性の胸に顔から突っ込むのは非常識だという注意なのだが。
「今回は見逃すわ。次からは注意してちょうだい」
「あ、ああ。わかってる。……よく、わかっている」
ホッとしていながら、シオンの体から強張りは抜けない。本当になにがあったのか。
しかし区切るのにはちょうどいいと思う。
そして、ある意味地獄の訓練が始まる――。
テストが終わり、気付けば最終更新から既に3週間。
ヤバイです。書く気力が無くなったうえにズルズルとゲームしていました。
一週間更新すらちゃんとできないなんて……。
というか実はコレもギリギリ寸前投稿。
チャットが楽しくて書き終えたのが0時だったなんて言えない……!