東方狂界歴   作:シルヴィ

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折角余裕を持って完成させたのに投稿予約を素で忘れていました、すいません。

いつもより1.5倍ほど文章多いので許してください。


『本気』ではなく『全力』で

 水上に立つ二人は、ひたすらに剣を振るっている。

 シオンが片足を軸に右回転、下から上へ斜めに剣を振るうと、永琳はシオンの剣に対して十字となるように逸らす。剣が完全に受け流される前に、永琳は自身の体を片足を軸に回転させて、先程の攻撃と同じ事をする。シオンもまた永琳と同じ防御をし、もう一度回転からの斜め斬りをする。

 不思議な事に、二人はそんな感じの事を繰り返していた。

 シオンが攻撃し、永琳が防御し、シオンがやった攻撃を永琳が真似し、永琳がやった防御をシオンが真似し、そしてまた同じ攻撃をシオンがする。

 今度は完全に攻撃を受け流されたシオンは、勢いをそのままに左手で殴る。腕を使って防いだ永琳は、膝を跳ね上げてシオンの腹を狙う。

 時々真似はせずに独自の攻撃で迎撃したりもするが、コレは極稀だ。恐らくまだ両手の指で数えられる程度だろう。

 腹を狙った膝を、シオンは避けずに喰らう。だが一瞬だけ腹を後ろに反らす事で勢いを殺し、ダメージを少なくする。すぐさま剣を真っ直ぐにし、膝狙いで突きを入れる。曲げていた膝を戻し、右腕を前にした半身になって永琳は避ける。

 直後、掌底にした手で剣の腹を殴り、シオンの体勢を崩す。シオンから見て左側から攻撃されたせいで、左肩から沈むように前のめりになるが、とっさに剣の切っ先を水面に接触させ、振り子のように飛ぶ。

 空中で体勢を整えつつ、シオンは剣を盾にする。同時、手に衝撃が来た。少しだけ剣を下に下ろし、左目で永琳が何をしたのか確認する。予想通りといえばそれまでだが、弓で攻撃していた。

 もう一度撃たれてはたまらないと、シオンは魔力で弾丸を形成、永琳の矢に勝るとも劣らない速度で放つ。

 シオンは、永琳には量よりも質で攻撃した方が良いと、経験則で知っていた。

 けれど弾丸はあっさりと魔力剣で真っ二つにされてしまう。お返しとばかりに、永琳はシオンが使ったのと同程度の魔力で作った弾丸を、シオン以上の速度で飛ばしてくる。

 体を沈めて避けながら足に力を籠め、跳び出すように突撃する。身長が伸びたせいで蛇のように地を這う移動は難しくなったが、それでも攻撃を避けるのには便利だ。しかしシオンは即座に横に跳ね、永琳を注視しつつ、()()()()()()()()()水滴を拭う。

 永琳が先程放った魔力の弾丸は一つではなく二つ。片方はシオンに、もう片方はシオンが体を沈めた時に、自然下へ向いた顔を上げる前に空へ飛ばした。そしてシオンが突撃してきた瞬間真下へ叩きつけて来たのだ。

 シオンはそれを察し、真横へ移動して避けた。水滴が真横から飛んで来たのはそのためだ。

 仕切り直し、とばかりにシオンは頭を振りつつ剣を払う。応じるように永琳は弓を消し去ると、また魔力剣を展開する。

 そして二人の体は交差する。

 

 

 

 

 

 シオンの体がドサリと横たわる。その全身は水で浸され、鬱陶しそうな雰囲気を纏わせていた。

 「えっと……大丈夫?」

 眉を寄せて聞くアリス。

 永琳と戦っていたシオンであるが、やはり水上で長時間戦うのはそれなりに神経を削る作業らしく、()()片足を滑らせて水の中に突っ込む、というミスをやらかしてしまった。とはいえ特に怪我らしい怪我もないのだが、一応聞くだけ聞いてみたのだ。

 「不調は無し。問題無い……んだけど、こうも何度も落ちると気分が悪い」

 その口調からは、水に落ちることそのものより、体に水が纏わりつくことを疎んでいるようだった。

 「それなら少しでも早く水の上から落ちないようにしなさい」

 「どんな無茶ぶりだ、それ。そもそもこんな短時間で立てるようになったことを褒めてほしいくらいだ」

 「褒めてほしいの?」

 「……いや、別にいらないな」

 「シオンは結局どっちがいいの!?」

 つい突っ込んだアリスだが、そうしつつも魔力を制御するのを止めない。

 今アリスは、魔力による身体強化をしていた。かなり鍛えているシオンと違いアリスは体ができあがってはおらず、その分魔力強化を使える時間が短い。しかも強化の程を間違えると自滅するくらいの魔力を身に秘めているため、永琳からは「もし最大で使うのなら一部分のみ、それも数分だけ」と制限を喰らったほど。

 だがそれだけではマズイと、少しずつ慣らしているのだ。アリスは回復魔法の才能に関しては他の追随を許さぬほど。そんな彼女は、もし戦闘に巻き込まれればほぼ真っ先に狙われる。当たり前だ。誰だって怪我を負わせた矢先に回復させられるなど、御免なのだから。

 故にアリスは、自分一人でも戦える、あるいは逃げられる程度の力を持つ必要がある。無論他の誰かが守らないはずはないが、できて不足は無い。

 「でも、二人のやってる事って意味はあるんですか?」

 アリスは先程からやっている内容の理由を把握していない。はっきり言って同じ事のリピートにしか見えないのだ。

 「意味がある、どころではないな。正直落ち込むよ」

 「あら、シオンでもそう思うのね?」

 「……貴女は俺を何だと思ってるんだ?」

 「色々狂ってる人外さん? あるいは」

 「やっぱいい。聞きたくない」

 「あらそう?」

 残念ねぇ、と頬に手を当てつつ首を傾げる。

 「ハァ……まぁいい。わかりやすく説明すると、永琳は俺の剣の中にある『無駄』を教えてくれてるんだ」

 「無駄って……あるの? 素人目にも凄いと感じるくらいなのに」

 「ある。斬り合いを見てたならわかると思うけど、同じ行動を三回繰り返してる時が何度もあっただろ?」

 「うん。どうしてそんな事をするのかって思ってたけど」

 「アレは俺の剣の、あるいは体の動かし方にあるおかしなところを、実戦の中で教えてくれてるんだよ。ついでに、その対処法も色々ね」

 それは別に構わない。強くなれている実感はあるし、確かに言われてみればおかしいのにも気付けるからだ。

 が、やはり理屈では分かっていても、感情では長い年月を――といっても、五年にも満たない年月だが――かけて培った剣に対して「まだまだね」と言われているようで、心がざわつくのを止められないのだが。

 「どうしてそう思うの?」

 「……そうだな。例えばアリスが今やってる事。それを、アリスと同条件の人間が、アリス以上の速度で改善していけばどう思う?」

 「……それは」

 「嫌な言い方だったな。でもそう思うだろう? ()()()()()()、と」

 アリスは押し黙る。

 「思うのはしょうがない。俺だって永琳に対してそう感じるんだから。ま、思うだけなら自由だから特に気にしてないが」

 全てに措いて上に行っている永琳。

 何度も何度も自分の剣にダメ押しされる。それはかなり精神に()()ものだ。肉体的な痛みよりもよっぽど辛い。

 それで腐らずにやれるのだから、シオンもシオンだが。本人はそれに気付かずやっているからおかしいと、常々永琳は思っている。普通ならやめたくなってもおかしくないだろうに、と。

 「本人目の前にして言うセリフかしら、それ」

 「言っても気にしない相手に言われてもねぇ」

 あくまで永琳の顔は笑っている。永琳にとって、嫉妬やそれに似た感情など、浴び慣れた物なのだろう。『天才』とはそういうモノだ。

 そして永琳は一つ手を叩くと、場の空気をリセットした。

 「とりあえず、シオンも身体強化を使いなさい」

 「りょーかい」

 軽く言うと、シオンも永琳の意図を理解し、魔力を身に纏い始める。

 最近になって永琳からコツを聞いて魔力の流れをなんとなく把握できるようになってきたアリスは、シオンの纏う魔力量に驚かされる。

 シオンの魔力は、いわば暴風。その小さな身の内のどこに潜ませていたのかと疑う程の魔力を、細かな制御で従わせている。

 「……なるほどね」

 しかし、特殊な機械を以て魔力を見ている永琳には、ところどころにある粗が目立っているのがわかる。やはり正確性では、アリスは一歩永琳に譲るらしい。

 「シオンは強化に使える魔力量がかなり多い。けれど多すぎるが故に均一には整えられない。逆にアリスはほぼ均一に強化できても、扱える魔力は少ない」

 「あの、均一って、できるのとできないのでは何か違いが?」

 「かなり違うわ。そうね……例えば、自分の限界以上に走る時、右足と左足の速さが違ったら、どうなると思う?」

 「転ぶな。……いや、()()()()()()()()()()

 「……?」

 何か理解した風のシオンと、最初の部分しか理解できていないアリス。

 「つまりだ。魔力強化した状態で走っているのに、それぞれの強化があまりにも差がありすぎると、足が千切れる。これは極端な例だがな」

 「大抵の場合そこまで酷くなる前に止めるし、そもそも初心者じゃそんな強化はできないわ」

 シオンが言い、永琳が補足する。

 「だがまあ、もし均一にできれば通常の状態と魔力強化した状態での身体的な動きの違和感は少なくなる。多少の強度の差はそこで覆せる、だろ?」

 「正解。弱い人間同士ならそこまで大局に影響しないけれど、私やシオン、大妖怪クラスになるとその『少し』の差がかなりのモノになる。覚えておいて損は無いわ」

 「……身体強化しても耐久力が一切上がらないせいで、あんまり使っても意味は無いんだがな、俺は」

 シオンの身体能力は、本人でさえ全力を出せないほど体を蝕む。それこそ後先考えず全力全開で殴れば、しばらく片手が使えなくなるほどだ。

 そんな状態で魔力を強化しても、あまり意味は無い。被害が大きくなるだけだ」

 「もしかしてシオン、魔力の『密度』を上げてないの?」

 「密度? 何だそれ」

 その回答を聞いて、永琳は額を押さえた。

 「言ってしまえば『壁』みたいなものよ。あるいは全身を覆って体を守る鎧辺りでも想像してちょうだい。それを纏って、自分の体を保護する。密度を上げるのはそういうことよ」

 永琳が言うのは、つまりは『殻』を纏え、という事だ。

 殻を纏えば自身の攻撃にある程度の耐性が付くし、相手の攻撃を防御する鎧にもなる。今までのシオンは、本人が意識せぬほど微量な魔力しか体外に放出しておらず、それが脆すぎてあっさりと貫かれたのだ。

 「ああ、なるほど。言われてみれば、俺は()()に魔力を展開してばかりで、()()()()なんて事を一度もしてなかったな……」

 今更ながらに気付くシオン。

 「……?」

 その回答に、何となく疑問を覚えた永琳。

 「あ、今日はもう終わりの時間」

 しかし疑念はアリスの言葉で霧消する。

 「そういえばそうか。それじゃ、解散で」

 

 

 

 

 

 

 解散したとはいっても、永遠亭に住む者達の生活サイクルは大体が似通っている。時々早く、あるいは遅れて食事を摂る事はあっても、それ以外の理由で顔をあわせない理由はほとんど無い。

 つまり、この時も全員が顔をあわせていた。

 「アリス、今日の修行はどうでしたか?」

 「いつもと変わらないよ。とにかく魔力に慣らすこと、コレが大切なんだって」

 「アリスの体は魔力を害悪と見做しているのだから仕方がないわ。一足飛びにしようとすれば、もう二度と魔力を使えない可能性すらあるくらい。今は地道な作業を繰り返すしかないわね」

 「事情は知らないけど、難儀だね。恵まれているけど恵まれていない、か」

 「そんなものだと思うよ、シオン。全部が全部上手く行くなんてありえないんだし」

 「あなたはいつも辛辣ねぇ、てゐ」

 鈴仙、アリス、永琳、シオン、てゐ、輝夜。性格も嗜好も種族も何もかもが違う彼等彼女等は、半月近くを共にしていた事で、少しずつ打ち解けていた。

 アリスは鈴仙と、シオンはてゐと、なぜか輝夜とも仲良くなっていた。永琳はどちらともだ。

 「アリスの方はわかったけれど、シオンの方は? 順調なの、永琳」

 「ええ、まあ順調すぎる程に順調かと。教えた事はどんどん吸収していきますし。理論と本能をバランス良く備えているので、死角も少ないですから」

 「それってどういう意味だ?」

 輝夜の問いに答えた永琳に聞くシオン。

 「少しわかりにくいと思うけれど、戦闘する者には大まかに二つあるの。理論で戦うか、本能で戦うか。シオンにも覚えは無い?」

 「……一応」

 何となく、今までの記憶を思い返して、どちらがどちらかを考える。

 「理論はそのまま、頭でいくつも考えながら事を進める。けれど本能と違って刹那のタイミングでの行動が苦手になる傾向があるわね」

 要は考え過ぎて、動くのが遅れてしまうのだ。

 「本能は頭で考えるより先に体が動く、そんな感じ。時に想像もつかないような突飛な行動をするから、この点は強みね。ただ本当に本能のみで動くと動きを先読みされてしまう時もあるから注意が必要だけれど」

 言ってしまえば獣のようなモノだ。

 考えるよりも行動で。話すよりも戦闘で。それだけの話。

 「シオンの場合、考えて動くときとほとんど反射で動くときがあるから、ちょうど良いのよ。実際教える時も、水上に立つ時は言葉で、技術を教える時は剣を交わして自分で勝手に直していたでしょう? だからどちらも、なのよ。戦闘に関わる者からすれば、羨ましい才能ね」

 「なるほど。理解した」

 ベタ褒めと言える永琳の言葉に、しかしシオンはあっさりと頷くだけで、照れも恥じらいも、一切無い。輝夜、鈴仙、てゐの方がリアクションが大きいくらいだ。

 共通するのは一つの事柄。

 ――永琳が褒めるなんて珍しい。

 だった。

 とはいえそれを口に出して藪を突く気は無い。蛇どころか阿修羅が出てくるのが目に見えているからだ。

 「けれど永琳。あなたは昔言っていなかったかしら? 人間が一番成長できる場面は、死に直面したときだって」

 そう、修行、鍛錬、言い方は様々だが、似通っているのは、()()()()()()()()()()()()()()、という点だ。

 だがシオンが求めているのは戦闘、戦い方であり、それ以外は一応覚えているだけ。永琳のやっている事は微温湯のような事なのでは、というのが輝夜の疑問。

 「……え、()()()()()()()()()()()?」

 「確かに、隙があればお互い急所狙いで、容赦なくやっているわね」

 が、輝夜の想像はあっさりと崩される。

 主に、シオンと永琳(バカ)によって。

 「え、は? ……殺し合いって、嘘じゃなくて?」

 「少なくとも」

 「今出せる力の中で最大限出して戦っているわね」

 「まぁほとんど接戦だから、俺は怪我()してないけど」

 「私は何度か殺されたわね」

 無意味に息の整った二人は、交互に言う。

 しかし内容は物騒だった。特に永琳。

 「あの、私は永琳様が死んだところを一度も見てないんですけど……」

 「自分が死ぬ場面なんて見せたくないものよ」

 「それに当たる場所は頭とかが多いからな。何故かは知らないが」

 ジト目で永琳を見るシオン。

 「あくまで多いだけで、他の場所でも殺されてるわよ? ()()よ、()()

 シオンのジト目がますます酷くなったが、永琳はどこ吹く風、満面の笑みを浮かべている。

 が、埒があかないと思ったのか、シオンは諦めた。

 「ま、いいんだけどね。強くなってる実感はあるし」

 「でもまだまだなのはわかっているでしょう?」

 「当たり前だ。今は基礎のやり直し、土台固めだ。それが終わったら、さっさと次に行くぞ」

 「私はあくまでも教えるだけよ」

 「それで十分だよ」

 現状で満足せず、あくまで上を、もっと先を目指すシオン。そして、その道を正すのが永琳の役目だ。

 しかし、当然のように内容をもっと過酷なものにすると言い切る二人を、全員が戦慄していた眼で見ていたのに、最後まで気付かなかった。

 

 

 

 

 

 「よっと」

 軽く振られた魔力剣を避けて、極々自然に剣を返すシオン。そして当然の如く防御する永琳。

 今の二人はウォーミングアップ中。特に合図も無く決められた、その範囲内でのみ移動し剣を振るう。とはいえ速度はそこまで出していない。じゃれているかのようなやり取りだった。

 「なあ永琳、一つ提案なんだが」

 「何かしら?」

 「……昨日言われたし、本当に、今出せる()()じゃなくて、今出せる()()()やってみないか?」

 言われて、永琳の動きが微かに止まる。同時、剣が永琳に届く前に、シオンも止めた。

 「どんなに殺し合ってるとは言っても、能力も魔力の大部分も制限した状態じゃやれる内容はたかが知れてる。一回くらいはやってもいいんじゃないか? あるいは途中経過の把握、のようなものか」

 「そうね……それも、いいのかもしれないわね」

 確かにシオンの技はここ数日で大分上昇した。今まで荒削りだったものが、永琳との修行で余計な部分を削ぎ落とし、洗練され、本当の意味での『技』となった。

 だからこその『全力での殺し合い』を望む。もしも合格ラインを超えれば、次に行こうとするために。

 「でも大前提として、自爆覚悟の攻撃はやめなさい。いいわね?」

 「わかった。それくらいならいい」

 「それじゃ、始めましょうか。――と、言いたいところだけれど」

 「ん? 何かあるのか?」

 「あるに決まっているわ。――アリス! 貴女は永遠亭の中に戻っていなさい!」

 そう、シオンは特に意識していなかったが、シオンと永琳が剣を交わしている最中、アリスも魔力使用の向上のために鍛錬をしている。いつもならアリスに影響が出ないよう気を配ることができても、全力状態ではその余裕が無い。

 もし仮に衝撃波がアリスの居る方に飛んで行き、少しでも掠ってしまえばそれだけで致命傷になるかもしれないのだから、永琳のこの判断は当然のものだった。

 しかしアリスは当惑する。なぜ今日になっていきなり、と。だが永琳の真剣な表情を見て、冗談の類では無いと察した。

 「わかりました! 私は永遠亭で鍛錬を続けます!」

 理由はわからないが、後で聞けばいい、とアリスは二人に背を向けて永遠亭に戻る。

 それを確認すると、二人は少しだけ距離を取った。

 「さて、と。能力解放」

 シオンは永遠亭に来てから一度しか使わなかったモノを解放する。

 「重力制御……その力、見せてもらおうかしら」

 シオンの右手に存在する、禍々しい黒を放出する黒剣。その力を、永琳はただ一度しか見れていない。研究者気質の永琳は、それを調べたくてしようがなかった。

 何故、ただの剣に重力制御なんてものが宿っているのか。

 何故、そんな能力を唯人が扱えるのか。

 何故、何故、何故、と疑問が溢れてきてやまない。永遠を生きる永琳と輝夜。彼女達にとって何より欲しい物は、退屈を紛らわせられる『暇潰し』だ。

 しかし生きれば生きるほどそんな物は無くなっていく。特に自他共に認める『天才』である永琳は、調べたい事柄はどんどん消えて行った。

 そんなところに現れた調べたいこと。知識欲を刺激されないはずがなかった。

 とはいえ調べた結果はシオンにも影響を与えるので、一概に悪いとは言えないのだが。

 「まずは小手調べだ。……行くぞ」

 小さく、冷酷とも言える声でシオンは言う。

 ついで足元の水が蠢き、水玉となって空中に浮かび始める。

 「コレは……」

 ある種幻想的な光景。だが研究者としての性、光景よりも『どうしてこうなっているのか』がどうしても一瞬気になってしまった永琳。その隙を逃さず、シオンは眼に見えるのも難しい小さな重力球を飛ばす。

 「まず一度」

 ――そしてそれは、寸分違わず永琳の心の臓を貫いた。

 しかし永琳は気にしない。心臓を貫かれる、()()()()()()()の痛みで何かを思うほど、普通の生を歩んでいない。

 「なら、次は私の番ね」

 服を自らの血で汚しながら、けれどそれを気にも留めず、永琳は歩き出す。

 走るのではなく歩く。不死人である永琳だからこそできること。だが理由が無い訳では無い。

 「なるほど、一部の重力を操作しているのね」

 永琳はあくまで、自身の知識欲を満たそうとしていたのだ。

 そしてそれは、攻撃にも繋がる。

 「水玉を作ったのは伏線。狙いはあくまで弾幕を無効化するため、というところかしら?」

 そう、どんなに速さのある弾丸であろうと、途中で歪な重力力場に突入すれば、狙う場所は自ずとズレる。当たり所では一撃で即死するシオンは、遠くから狙い打たれることを何よりも警戒しなければならない。だからこその処置だった。

 「まあ、わかってしまえばそれだけね」

 永琳は人差し指をシオンに向ける。その途中には幾重もの水玉がある。しかしそれを意にも介さず、永琳は指に魔力を集め、弾丸を放った。

 シオンは永琳の狙いがわからなかったが、このままではマズいとは頭のどこかで理解していた。そしてその直感は当たる。

 弾丸は水玉のある場所に行く直前、円を描く軌道でそれを避ける。一度だけではない。途中にある場所全てを無駄なく避け、ほぼ一直線にシオンへと向かってくる。

 だが、準備をしていたシオンは魔力を鎧のように手に纏わせて、音を裂いて飛んで来る弾丸を(はた)いた。

 速度と、当たれば大怪我確実の凶撃を、パチン、と軽い音を立てながら防御する。ある意味間抜けだが、防御できればそれでいい。

 お返しに、とシオンは剣を真横に切り裂き、黒い衝撃波を生み出す。重力を纏ったそれは防御する事すらまず不可能。

 だからこそ永琳は空に飛び上がる。本来ならここで追撃をしかけるところだが、躱されるのは目に見えている。シオンは追撃を仕掛ける事無く、しかし自身も空中に飛び上がって視点を永琳と同じ場所にする。

 両者は並び立つ。しかし魔力を使って宙に浮遊するのではなくて、フワフワと辺りに漂う水玉の上へと立っていた。だが水玉がある場所は、イコールで重力の存在が無い。シオンと永琳の髪と服は重力の束縛から解き放たれ、空を漂っていた。

 竹に覆われた趣きある屋敷の中庭、そこで浮かんでいる水玉の上に立つ二人の麗人。絵にすれば数多の人間を魅了するかもしれないその光景は、しかし現実には殺し合いをする殺伐としたものだった。

 「地上――と呼んでいいのかは謎だが――戦での撃ち合いは、あまり差は無いみたいだ。次は空中戦。楽しみだ」

 無表情の中に喜色を滲ませながらシオンは言う。

 「アレでもまだお遊びの部類よ? 戦いはまだまだコレからなのだから」

 自身を血で染めながら永琳は答える。

 「どうでもいいさ。強くなれるのなら」

 「そうね。()れるのなら、他は全部些末な事よ」

 「「さぁ――()()()()()()()」」

 シオンは剣を横に流す。永琳は弓を形作り、矢を番えた。

 足に力を籠め、腕に力を籠める。

 そして人と矢は、一直線に動き出した。

 永琳に向かう事で、相対的に矢の速さも上がる。だがシオンは、敢えて矢を踏み台にする事で自身の速度を上げつつ矢を回避する。

 だが最初の一つは牽制に過ぎない。永琳は再度弦に指を添えると、今度は先程のそれよりも幾分大きい矢を番えた。

 「さて、コレはどう対処するのかしら?」

 先のそれと全く同じ動作で射られた矢。しかし、それで起きた現象は全くの別物だった。

 一つだった矢は二つに。二つの矢は四つに。どんどんと増えて行くそれは、やがてシオンを肉片にする『壁』となった。目の前に突如現れた、自身を殺すかもしれないそれを見ても、シオンは動じない。

 だが、動じない事と何も思わないのは、全く意味合いが違う。

 「その程度の攻撃なら、幽香のマスタースパークの方がよっぽど怖い、ねッ!」

 シオンは剣を縦に構えて眼前に置くと、その形を変えた。自身の体全てを覆うほどに巨大なその盾をしっかりと握りしめる。

 自らに迫りくる壁。シオンはそれを避けるでは無く、敢えて迎え撃つ事を選んだ。決して楽な選択では無い。盾に一定の間隔毎に高低の差を付ける事で着弾に多少の隙を生んだが、それでも両腕に掛かる負担は並では無い。その上壁に当たる度に、前へ進む速度は落ちる。しかし決してシオンは止まらない。

 実際には一秒にも満たない時間だったかもしれない。だが本人には長く感じたその時間は、同時に考える暇も与えてくれた。

 黒陽を使って水場一帯全ての重力を操作しているシオンは、逆を言えばその場所全てにある存在を把握できる。故にシオンは永琳が動いていないのを察していた。

 壁を突き破ったシオンは、即座に近くにあった水玉を踏む、と見せかけて、剣の切っ先を永琳へと向ける。そして、その刀身を()()()()

 黒陽には決まった形が存在しない。それ故の無茶だった。

 無論永琳とて黙って見ているはずもない。後ろへ跳んで距離を取りつつまた攻撃に転じようとして――それができないのを悟った。

 ほぼ無重力空間となっていた永琳の居た場所が、唐突に、何の前触れもなく、()()()()()()()()重力が集い始めたのだ。

 本来星を中心としている重力を、たった一人の人間に向ければどうなるか。

 それは、自身の体が砕ける音で、永琳は理解した。だが、その顔に浮かんだのは痛みで歪んだそれではなく、知らなかったことを理解出来た喜びの笑みだった。

 しかしそれも一瞬、シオンが伸ばした黒陽の刀身が、永琳の顔を貫いた。

 一瞬とはいえ脳を斬られ考える事を止めさせられた永琳は、その体を水面へ落とす。だが、その落ちる寸前、瞬きをする間もなく傷ついた体全てが元通りになった彼女は、手が傷つくのも厭わず剣を握り締めると、シオンを自身と同じく水面へ振り下ろした。

 叩きつけられるシオンと、自由落下する永琳では、落ちる速度には当然差がある。如何に重力を操れようとも、刹那の時間ではそれも無意味。

 左手で受け身を取ったシオンを見つつ、永琳は剣から手を放し、再び弓を形成、流れるように弦に手を置き、矢を放つ。受け身を取ったばかりのシオンにはそれを避ける時間は無く、だが何もしなければ額を撃ち抜かれる。

 だからシオンは、左手を盾にして防御するしかなかった。普通なら、痛みと腕を貫く異物の感覚に動きを止めるかもしれない。けれど永琳と同じく普通では無いシオンは、腕の感覚を無視して、未だ長大な剣を振り下ろす。

 そのままでは避けられるだろうソレ。だからシオンは、永琳と同じやり方をした。根元はそのままに、途中から木の枝のように分かれていく剣は、まるで無数の蛇が絡まったよう。それを見ても永琳の顔には笑みしかない。

 その理由は余裕からか、はたまた別の要因か。恐らくは後者だろうが、その理由はわからない。そのどれでも、シオンには関係無いのだから。

 シオンにとって、()()()()()()()()()()()、それでよかった。

 上空から振ってくる剣群とすら呼べないそれを、永琳は見る。だがそれは、結果として間違いだった。

 ――永琳の背中を貫く水の槍が、その証左。

 「グ、ッ……ガフッ」

 肺を貫かれ、口から血を零す永琳。その彼女を、上空から振り下ろされた黒陽は、圧殺した。

 静寂が辺りを包む。

 そこに立つシオンの背後、そこに浮かぶ水玉。乱雑に浮かぶそれは、決して意味が無い訳では無い。煌々と輝き、共鳴するような音を出す水玉。シオンは、この水玉を使って、本来魔力糸を使って作る魔法陣を作ったのだ。

 単純に魔力を使って水を操ったのなら、即座に永琳に看破されただろう。それをシオンは、魔法陣を通す事でそれを隠蔽した。

 元々水玉を作る過程でシオンは魔力を使用していた。如何に重力力場を歪ませたとはいえ、水玉を一定量のみ宙に浮かせるなど不可能。それを補助するために魔力を使用したため、永琳は魔法陣を使った事にすら気付けなかったのだ。

 使った魔法は『魔法陣にある水玉と同じ動きをする』というもの。

 元は一つであった水。それを水玉にする時、シオンは水を()()()()()()。矛盾するような言葉だが、事実そうなっている。

 例えば二つの容器があり、そこに同じ量の水があったとする。シオンはその片方の水を動かすだけで、もう片方の水も動かせる。

 コレは『一つだった水』であるのが条件。つまり、水自体は分かれているのに、自分達は一つのモノだと誤認させているのだ。だから、魔法陣を形成している水が『永琳を貫く槍』のような動作をすれば、水面の水も同じ様に動く。

 二度も通じるとは思わない。だが圧殺した今なら、まだ永琳も把握できていないだろうと、シオンは魔法陣に送る魔力を止める。

 しかし、それはほんの一瞬だけ、永琳から意識を逸らす事に他ならない。

 ゾワリと背筋が泡立つ感覚。

 それは死の予感。自身を殺す導き手。その存在を知らせるモノ。

 だからシオンは、恥も外聞もどうでもいいと、後ろに倒れ込んだ。受け身も何もかも二の次で、避ける事だけを第一に。

 それがシオンの命を救った。

 シオンの命を奪いかけたモノ、それは永琳の手にある()()()魔力剣。

 そしてその持ち主は――笑っていた。

 「ふ、ふふふ。ああ、本当にびっくりね。びっくり箱の詰まった人間ね、シオンは。私の知らないモノを見せてくれる。こんなに楽しいのは久しぶり」

 とても面白おかしそうに、永琳は笑っている。

 「だから――もっと、教えて! あなたの持っているモノを! 全部!」

 常ならぬ声で、永琳は叫ぶ。いつもの平静さをかなぐり捨て、暇を満たせるモノを持つシオンに乞い願う。

 だがそれは、対峙する側からすれば狂気の思考かもしれない。

 それでもシオンは、その感情がわかるような気がした。暇とは、怠惰とは、それほどまでに人の心を蝕むと知っていたから。

 永琳は瞬時にシオンの目の前へと移動する。

 その移動方法は、縮地だった。あるいはその類似か。どちらも似たようなものだ。どちらもほぼ一瞬で移動できるのだから。

 ほぼ反射だった。剣を振りつつ体を曲げる。

 永琳は、()()()()()()足で蹴ってきた。

 「は!?」

 剣を振っている状態では飛んで威力を軽減するのも無理だ。シオンは蹴られたままに吹き飛ばされる。自ずと腕に刺さっていた剣も抜ける。

 傷が癒えた事にも気付かず永琳はまた前に出る。

 水の上で転がりつつ多少でもダメージを軽減しようとしていたシオンは、グルグルと回る視界のなかでそれを見ていた。少しでも止まれと、弾幕を作りながら。

 しかし永琳は、手に、足に、体に、どこに当たろうとも気にも留めない。

 ――不老不死。

 傷をつけても一瞬で癒える、寿命で終わる事も無い、決して死なぬ存在。

 何より恐ろしいのは、どれだけ傷つけようと、どんな攻撃をしようと歩みを止めない、年月によって培われた精神。

 ある意味では、コレが永琳の戦い方なのかもしれない。シオンにとっては悪夢でしかないが。

 シオンは一瞬黒陽を見、悩んだ。使うかどうか。

 そして止めた。いくらなんでも使うのはマズすぎると。

 「え……あ――」

 だが――左腕を前に突き出してきた永琳、彼女の『眼』を見て、そんな考えは吹き飛んだ。

 「あ……ああ」

 ――その『眼』で見るな。

 「あああ」

 ――違う。『俺達』は()()()()()じゃない。

 「ア――」

 ――だから――

 「アアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァッァァァァッァァァッッッツ!!!」

 

 

 

 

 

 アリスは言いつけどおりに永遠亭に戻ったが、やはり気になる物は気になる。それに暇でもあった。

 てゐはそろそろ満月になるからと、最近昼間はどこかに出かけている。鈴仙は永琳の指示で昼間は薬草などを摘みに言っている。輝夜はそもそも何をしているのかすら知らない。

 だからどうしても暇だった。

 いつもはシオンと永琳の戦いと言う名のじゃれ合いを見ていたからそこまで退屈はしなかった。二人の戦いはアリスの居た世界でも見た事が無い程の高度な戦闘。見惚れないはずが無い。

 「はぁ……」

 やはりどうにも集中できない。

 しかし言われた事は素直に聞くのがアリス。隠れて見に行こうと思う事は無かった。

 ――ここで何も、起こらなければ。

 「!?」

 アリスの体が跳ねる。比喩ではなく、文字通りの意味で。そうなってしまうくらいに永遠亭が揺れたのだ。

 「な、何が……?」

 今まで永遠亭が揺れるなんて事態が起きた事は無かった。

 アリスの心中が不安で揺らぐ。一人である、という事実が、アリスの思う以上に不安の種を植え付けてくるのだ。

 「ど、どうしよう……誰かに会いに行った方がいいのかな。でも永琳様に言われたし、邪魔になるかもしれないから……」

 それでもアリスは言い付けを守ろうと、その場に座り続ける。

 「ッ、キャッ!?」

 だがそれも、もう一度起きた揺れによって倒れてしまった事で消え失せる。

 「……い、いい、よね。確認しに行く、くらいなら……」

 ドキドキと高鳴る心臓を自覚しながら、アリスは立ち上がる。緊張と興奮によるものだと思いながら、その実不安によってアリスは行動する。

 アリスは廊下へ出る。知らずして忍び足になりながら、誰も居ないとわかっていても静かに移動する。

 無意識に中庭から最も遠い場所を順番に視回る。予想通り、誰も居ない。

 そしてアリスは、遂に中庭に辿り着く。

 「――――――――――」

 絶句、するしかなかった。

 水上にシオンと永琳が居る。ここまでは良い。

 だが、している事は凄惨の一言に尽きた。

 シオンが剣を振ると、永琳はワザと腕を貫かせて受け止める。飛び散る血はシオンと永琳に降り注ぎ、しかし二人はそれを無視して次の行動に移る。

 剣で貫かれた腕に力を入れて、締めた筋肉によって引き抜かせないようにする。痛みは際限を知らぬほどに永琳の腕を襲うが、それを無視して永琳は右腕を振るう。

 敢えてシオンはそれを体で受け止め、左足で永琳の足を蹴り砕く。体勢を崩す永琳に、左手を真っ直ぐにして手刀で喉を抉る。

 その時シオンの左手に、黒い何かが纏わりついていた。

 いいや、アリスが見ないようにしていただけだ。今もシオンの体には、黒く蠢くモノが存在している。

 同時に気付いた。シオンの表情は、まるで。

 ――まるで、怯えているようだった。

 永琳の首から上を落としたシオンは、バックステップでその場から離れる。仕切り直しをするように見えるその動作は、アリスにはどうしても、永琳から離れたくてやっているようにしか見えなかった。

 そこから先は、見たくない光景ばかりが続いた。

 近づけばお互いに剣を振るい、シオンは躱し、永琳は体で受け止め剣で貫かれる。その度にお互いを血で彩り、汚していく。

 距離を取れば弾幕を撃ちあい、奇手を交えて騙し合い、一歩でも有利になろうと画策する。

 それは『戦い』というモノの本質を見ていなかったアリスに、恐怖を叩きこんだ。

 今までシオンが学んで来た事は、その全てが()()()()()に使われる。それを理解して、またそれをやろうとしているシオンの精神構造を疑った。

 どうして自分から戦おうとできるのか、と。

 アリスにはできない。しようとすら思えない。もし自分が同じ目に会ったら、きっと逃げる。そう根拠も無く確信した。

 二人の戦いは終わりに近づいていく。シオンの動きが、眼に見えて精彩を欠いているのがわかったからだ。

 「ハァッ、ハァッ、ハァッ――」

 それでもシオンは逃げない。今逃げるなんてことはできないとでも言うように。

 近づいてきた永琳を、もうほとんどが上空に行ってしまった水玉に潜ませた細工に魔力を送り、一瞬だけ拘束するような動きをさせる。

 四肢を捉えられる永琳。だが緩い拘束は力を入れれば即座に壊れそうなほど脆い。

 だが、シオンにはそれだけで十分だった。

 シオンの全身にある黒。それを右手の黒剣に凝縮させる。

 「消え失せろ―――――――――ッ!」

 ――黒い閃光。

 言い表すのなら、それが最も適した言葉だろう。

 突き出した剣から放たれたそれは一直線に永琳を貫き、その更に後方の竹の密林に当たり、どこかへ消え去る。

 時間にしてほんの数秒にも満たない放出が止まると、ポッカリと丸い空虚な部分が密林にできていた。

 そして、永琳は。

 「――ァ」

 右の脇腹から胸にかけてを丸く削られながら、シオンの顎を右膝で蹴りぬき、浮かび上がったシオンを左手で殴り、水面に沈めた。

 アリスには何をしたのかわからないが、永琳はあの一瞬で拘束を壊し、シオンに近づき、そして撃たれた瞬間に体を傾けて回避しようとしたのだ。

 シオンも然る者で、即座に修正して当てようとしたが、結果は見ての通りだった。

 水に体を浸すシオンは、その背中と、揺蕩う白髪しか見えない。だがそれでも、永琳にはシオンがその右手に剣を握ったままなのがわかる。

 先程までの狂気はどこへやら、永琳は目尻を落としてシオンを見ると、何時の間に治したのか、右の脇腹にシオンを抱えると、縁側にシオンを降ろした。

 「――アリス、見ているのはわかっているわ。怒らないから出てきなさい」

 「ッ!」

 ビクリ、と体を震わせるアリス。恐る恐るそちらを見ると、思いきり永琳と目が合った。

 諦めてアリスは姿を現すと、永琳の前に移動する。

 「とりあえず、シオンの怪我を治してちょうだい。ほとんど軽傷だけれど、一応ね」

 「え……あ、わかりました。永琳様は?」

 「着替えて来るわ。このままではいられないでしょう?」

 「そ、そうですよね! すいませんでした!」

 言われて目を逸らすアリス。

 今の永琳は、血で濡れている事を含めても、かなり扇情的な恰好だった。

 引き締まっていて、鍛えている事がわかる、臍まで見えてしまっているお腹。しかしそれも体を美しく見せる要因になっている。そして、もうボロ切れとなって体を隠す程度にしかなっていないせいで少しだけ見えてしまっている胸。同性であるはずのアリスですら何故か赤くなってしまうほどに永琳の体は完成していた。コレで裸体でも見たらどうなってしまうのか。

 意識して永琳を見ないようにしつつ、シオンの治療に取り掛かるアリス。

 それを確認すると、永琳は髪を揺らしながら去って行った。

 シオンの治療をしているアリスだが、やはり特筆して治すべき場所は見当たらない。アレだけの戦闘をしていながら、何故こうも怪我をしないのかと思ってしまうほどに。

 アリスは知らない。怪我を負わないようにしなければ生きていけないほど、シオンの日々は過酷に彩られていたのに。

 だからわからない。シオンのほとんどが、わからない。

 ふと、アリスの目に、黒剣が入る。一〇〇センチもある長大なソレ。見れば見るほど惹き込まれそうになってくるほど妖しげな気配を発する黒。

 引き寄せられるようにアリスの手が伸びて行く。

 だが、その手が剣に触れる事は無かった。

 ピクリと手が動くと、シオンの体が消えていた。

 「シオン、どこに!?」

 消えたシオンの姿を探そうとして――すぐに見つけた。

 額から股まで真っ二つになった()()()()()()()。その先に、シオンが剣を振り下ろした後の残心の構えをしている。

 その妖怪は片腕をアリスのすぐ目の前に向けていた。あともう少しでアリスを貫き、殺していたかもしれない。

 しばらく静止していた妖怪は、そのまま霞となって消える。同時、グラリと揺れたシオンは、前から崩れ落ちた。気絶したまま妖怪を斬る。それは体に刷り込まれた無意識の行動。

 「守って……くれたの?」

 あるいは、アリスのためにやった事なのか。

 理屈では前者だとわかる。だが感情的には後者だと()()()()

 そうでも思わなければ、シオンに悪感情を向けてしまいそうだったから。

 アリスはうつぶせに倒れるシオンに近づくと、魔力を纏いながら抱き寄せつつ立ち上がらせ、肩を貸すと、縁側にシオンを降ろした。その間にもシオンは剣を手放さない。

 運びながらアリスは一つの決意をする。

 あの日感じた思い。それをシオンに聞いてみよう、と――。




途中永琳がおかしくなっている描写を入れています。永琳ファンの方には申し訳ありません。

きちんと理由はあるので石は投げないで――!
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