東方狂界歴   作:シルヴィ

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人外と呼ばれたい訳は

 あれからどれほど経っただろうか。一時間にも満ちてないのはわかる。だが、アリスには途方も無く長い時間に感じられた。

 どう聞こう、どう言えば答えてくれるんだろう。そもそも聞けるのか。ドモってしまって何も言えないのではないか。いやシオンの機嫌が悪くなるかもしれない。でもどうしても気になってしまう。

 グルグルグルグルとアリスの頭の中で、終わらない、とりとめのない思考が回り続ける。

 「ん……ッツゥ……」

 「ッ!?」

 シオンの口から漏れた声に反応してビクッと肩を震わせるアリス。

 ピクピクと瞼が震え、少しずつ開かれる。血の如き紅き瞳が虚空を見、次いでアリスの姿を捉えた。

 顔ごと動かしアリスを見るシオン。どこかボーッしていて、見ているのに見ていない、そんな状態になっていた。

 「シオン、意識ははっきりしてる? 思いっきり頭を殴られてたけど、何か変なところは?」

 「ああ、いや……ちょっと、な」

 どこか罰の悪そうに頭を掻くと、シオンは体を見る。

 「永琳の血がベットリと着いてるな……流石にこの服のまま過ごすわけにはいかないか」

 水に叩きつけられた時に多少は拭えたが、根本的に赤く染まっているのは誤魔化せない。特に白い服と髪に着いた血はかなりグロテスクだった。

 しようがないと内心で溜息を吐きつつ、シオンは上体を起こす。

 「あ、あのシオン。どうしてシオンはそんなに頑張れるの?」

 「――え?」

 ふと、アリスの口からそんな言葉が漏れていた。

 驚いたようにアリスを見やるシオンだが、アリス自身、自分がいきなり聞いてしまった事に驚いていた。あれ程思い悩んでいたのが嘘のようだ。

 だが聞いてしまった事実は取り消せない。このまま行けるところまで行ってしまえと、女は度胸だと、どこかで聞いたフレーズを胸に刻みながら続ける。

 「傷ついて、ボロボロになって、死にかけて……痛みだって酷いはずなのに。それなのに、どうして何度も何度も戦えるの? 努力できるの? ……頑張れるの?」

 揺らぐ瞳でシオンを見つめる。ともすれば濡れているようにも見えるその眼に、シオンはアリスの顔から眼を逸らし、虚空を眺めた。

 「――何も」

 「……え」

 「何も。理由なんて、無い。考えたことも無かった。頑張る理由なんて。目的も無いからな、俺には」

 その言葉を聞いて。

 アリスの中の、何かが壊れた。必死に抑えていたモノが溢れて来て、止まらない。

 ――わからない。

 人が頑張るのには理由がいるはずだ。

 ――私にはわからない。

 そうしなければ人は耐えられない。そうし続ける事に、いつか心が軋み始めてしまう。

 ――私には、シオンの事がわからない。

 なのに、シオンには理由が無いと言う。努力する理由も、続けた果ての最終的な目的すら存在しないと言うのだ。

 ――ダメ、これ以上考えたら、止められない。

 人はそう思えば思うほど、坩堝(るつぼ)(はま)っていく。この時のアリスもそうだった。

 ――()()

 それは、当然の想い。

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()――!

 理解できないモノに対する、どうしようもない感情(おそれ)

 ――怖い怖い怖い怖い怖い。嫌、近くに居たくない、この人から離れていたい。

 それはアリスが心の奥底に抑えていたモノだった。

 今までは、どうしようもなくシオンに対して近しいモノを感じていた。

 ――何で私は、あんな事を思ったの? 嫌だ、失くして! あんな事実、失くして!

 それが、アリスに芽生えた怖れに、嫌悪の芽を植え付けだす。

 ――そうだ、今すぐここから、今すぐに――

 「――アリス?」

 「!?」

 気付けば、シオンが心配そうにアリスを見ていた。

 だがそれは、今のアリスにとって途方もない恐怖を呼んだ。

 気付けば、アリスは思いのままに叫んでいた。

 「――来ないで、この化け物!」

 シオンの動きが止まる。

 「――え――」

 口から漏れ出たそれは、意識してのモノか。アリスに関係無かった。今すぐに、ここから去りたかった。

 シオンの目に、はっきりと「嘘だよ、な?」という思いが宿っていたのにすら、見ないふりをして。アリスは立ち上がると、縁側から立ち上がり、巨大な池となった中庭を迂回して、竹の密林へと歩いていく。

 呆然となりながら、しかしアリスが行ってしまうのが見えたシオンは、立ち上がろうとしながらアリスに叫ぶ。

 「ま、迷いの竹林に行くのはマズい! そっちには――」

 「話しかけないで! 私を見ないで! 私に――近寄らないでよ! 化け物のくせにッ!」

 思いの丈をぶつけて、アリスは一度も振り返らずに走り行ってしまった。

 「ア、リス……」

 手を伸ばした姿勢で、シオンは呆然と呟きながら、彼女の小さくなっていく背を見続けた。

 完全にアリスが消え、その場に残るのは、正座が崩れたような姿勢で(くずお)れるシオンの姿だけがあった。

 「ハ、ハハ……」

 しばらくして、唐突に顔を上げるシオン。その頬は濡れていた。透明なソレと赤いソレの痕を残すのを気にも留めず。

 「アハハハハハハハハハハハハハハハハハ―――――――――――――――ッッッッッ!」

 狂ったような哄笑を上げ、腕を、顔を、髪を掻き毟る。

 その体に、何かを纏わりつかせながら。

 ただただ(わら)い続けた。

 

 

 

 

 

 永琳は自室に戻り、備え付けのシャワーを浴びていた。

 本来永遠亭には一つしか風呂は無いのだが、研究に明け暮れている日々を送る永琳は、今を除けばほとんどの日を不規則な生活にしている事が多い。そのためシャワーで軽く体を洗い流す時が多いのだ。そもそも浴びない日もあるのだが、不老不死故に不健康にはならないし、体が汚くなる事も無い。

 そんな永琳だが、流石に血に塗れるのは(いと)う。如何に不老不死と言えども、外的要素を排除するのは不可能なのだ。

 ザッと体を洗い流し、髪を梳いて丁寧に血を洗い流す。もう数える事すら不可能と言える程にやり続けた事だ。血程度を流すのに戸惑うなどありえない。無意識でもできる、と断言できる。

 思い返すのは戦闘していた時のシオンの様子。容赦の無い全力での殺し合いは、鍛錬程度の斬り結びとは全く違った。

 無表情、無感動な顔。冷たく低く、ともすれば冷酷取れる声。ただ殺す事に特化した戦い方。追い詰められれば追い詰められるほど、生き残る事よりも勝つ事に注視した、自身の体を度外視した戦術に頼る精神。

 何より、最後に見せたあの『黒』が気になった。アレを見せたのは、永琳が()()()狂ったかのような態度を取った後。それまでのシオンは、あんなモノを使う素振りなど見せなかったというのにだ。

 「……トラウマは想像以上に多そうね」

 鋼のように見えるシオンの精神だが、その実メッキでしかない。単純に、壊れるまでの許容量が大きすぎるだけで、一度壊れればすぐに暴走しはじめる。その分立ち直るのも早そうだが、試す気にはならない。

 最初は挑発程度でしかなかった。反応を見ようとしただけなのに、あそこまで反応するとは予想外、だが予想できる事ではあった。人体実験を受けていたなら、()()()で見られる事が何度もあったはずだ。永琳の予想が外れたのは、シオンがそれで(たが)を外した事だ。

 恐らく何かがあった。そのせいでどんどん精神がすり減ってきている。だから小さなトラウマでも異様に刺激されるようになっているのかもしれない。

 「まるで開けてはならないパンドラの箱」

 眼を閉じた永琳の瞼に、最後の光景が蘇える。黒の閃光。恐らくシオンの全力の一撃。

 「纏わりついていたアレは、決してシオンを助けるモノじゃない。むしろアレは」

 放った瞬間、見えた。あの『黒』は、シオンの体を()()()()()()

 右手を食おうと、シオンの右手をギリギリと絞めていた。だがそれにも気付かず、シオンはそのままもう一撃を入れようとしていた。……体を壊すのにすら気付かずに。

 戦っている途中で気付いたが、シオンの能力は一定以上の出力を使い続けると、段階的に持ち主を殺し始める。だからこそ永琳は、攻撃を喰らいながらシオンに接近したのだ。すぐにあんな無茶を止めさせるために。

 キュ、と音を立てながらシャワーを止める。

 バスタオルを頭に乗せ、適当に頭と体を拭いて水滴を取り、いつもの服を着る。

 「さて、シオンにも体を温めるように言っておきましょうか……」

 恐らく、言わなければシオンはいつまで経ってもそのままでいる可能性が高い。どうにもシオンは自分の体に無頓着な部分が多い。多少の血や汚れ程度、気にもしていないのだ。

 鏡で自分の顔を確かめる。永琳はシオンと同じかそれ以上に外見に頓着(とんちゃく)しないが、やはり女の見栄というべきモノがある。多少は確認しておいた。

 確認とも呼べない簡素なソレを終えると、永琳は自室を出る。

 「それにしても」

 思い出すのは、もう一つの光景。

 「何で『黒』はシオンの()()にも纏わりついていたのかしら――?」

 永琳の疑問は、未だ尽きない。

 

 

 

 

 

 永琳が中庭に戻ると、未だシオンがそこにいた。アリスが傍にいない理由はわからないが、どこかにでも行ったのだろうか。

 その考えも、シオンに近づいた事で消え去る。

 崩れた正座のまま前のめりになり、両手を前に投げ出し、顔を伏せている。

 「シオン? どうしたのよ?」

 急いで駆け寄り、頬を押さえて顔を上げる。

 「――」

 片眉を少し動かしただけで済んだのは、永琳だからだろう。

 今のシオンは、まるで廃人そのものだった。眼は死んでいて、開いたままの口からは涎が垂れて来ている。触られているのに反応は無く、表情も動かない。ともすれば死んでいる、と判断されてもおかしくはない。

 こうなった原因に心当たりは無いが、予想は出来る。――アリスだ。

 「……何も言わなくてもいいわ。けど、教えて。アリスと何かあったの?」

 ピクリ、とシオンの体が動く。……この反応からして、合っているのは明確だった。

 「――……う」

 刹那だった。永琳すら知覚できない速度で伸ばされた腕が、永琳の両腕を掴む。

 「……がう。違う。違う違う違う違う違う違う違う違う違う――違う! 俺は、()()()()()()()()! 俺は違うんだッ!」

 魔力を纏わなければ折られてしまいそうなほど手に力を入れるシオン。今までずっと力を抑えていたのだと理解させられるその力と正反対に、今にも戻れなくなりそうなほど手遅れになっている心。

 額を永琳の胸に押し付ける。疾しさなど無い。ただ、誰かに触れて、その温もりに触れていなければもうダメになると、本能で悟っていただけ。

 全身が震える。泣いているのは明白だった。

 「ァ……アッ、ウア……」

 漏れそうになる嗚咽を、血が出るほどに唇を噛み締めて耐え続ける。

 気付けば永琳は、掴まれた手はそのままに、腕を曲げてシオンの体と頭を抱きしめた。

 少し力を入れれば折れてしまいそうなほど、シオンの体は細く柔らかい。どこにアレだけの破壊力を生み出す筋肉があるのかと思わせられる。

 それでも永琳は、ただ力の限りに抱きしめる。今のシオンに、何を言ったとしても、その心には届かない。ならば態度で示すだけだ。

 頭を撫で、髪を梳く。想像以上に艶やかなそれに、しかし今は何も思えない。

 ふいに両腕にかかっていた力が抜ける。

 「……シオン?」

 呼びかけてみるが、反応は無い。

 腕から力が抜けてダラリと垂れ下がる。それでも額は押し付けられたままだ。永琳も無理して引き離そうとはしない。

 だが、シオンはいつまでもその体勢でいる事を良しとはしなかった。

 「…………………………ごめん」

 か細く消えてしまいそうな声で謝るシオン。

 頭を上げて見えたその顔は涙で頬が赤く腫れ、鼻水は無いがグシャグシャだ。永琳はハンカチをどこからか取り出すと、その顔を拭う。素直にシオンはそれを受けた。

 拭い終えると、永琳はハンカチを畳んで仕舞う。

 「何が、あったの? ……もしかして、アリスが?」

 前者では何も言わず、後者でほんの少しだけ反応した。

 それはどちらかというと、心が反射的に聞いてしまったようだった。

 「やっぱり、そうなのね」

 永琳の憂い顔から目を逸らし、また顔を下げてしまうシオン。責めてはいないと、もう一度頭を撫でる。

 「……俺は、()()()()()()()()()()

 シオンがぽつりと小さく呟く。

 「そう、思ってる。だけど本当はわかってるんだ。どんなに否定しても、俺がそう思っていたとしても、周りはそう感じているはずがない。俺はおかしいって、異常だって、きっとどこかで思ってる。でも、そう呼ばれても不思議じゃないんだ、俺は。力も、考え方も、全部『普通』とはかけ離れてる。……これで、どこが化け物じゃないって言えるんだ?」

 シオンだって自分の事がわからない。

 きっと、自分の全てを理解できている人間なんていない。

 「俺は自分の全てを偽れる。その気になれば他人になりすまして、『自分』を殺す事だってできるんだ。剣を使えば重力も、空間も操れる。それを使えば、星を一つ壊す事だってできる。化け物だなんてまだ温い」

 今のシオンは、怖ろしく自らを卑下し続ける。

 「怪物? 悪魔? 死神? 紅月なんて呼ばれもしたな。俺の呼び名なんて、そんなものだ」

 シオンの名前を呼んでくれた人は、一人しかいなかった。

 その人だけが、シオンの力を目の当たりにしても、受け入れてくれた。笑って、凄い、と言ってくれた。……その人は、もういない。

 「壊してばかりで、守る事も創る事もできない。死体の山ばっかり作ったくせに……笑っちゃうよね、ホント」

 思い出すのは、あの光景。自ら死地に飛び込んで、その度に自分だけが生き残る。その足元に、血を流す死肉を残して。

 「彼女にも言われたよ、俺は想像するのができないんだってさ。図星だったよ。どうしようもないくらいに」

 そこで永琳は、昨日感じた違和感の正体を悟る。

 どこまでも戦闘という分野に対し妥協を許さないシオンが、なぜ魔力による身体強化のわからない部分を知ろうとしなかったのか。

 それは、知らなかったのではなく、()()()()()()()()()()

 どんな天才だろうと、頭の中に浮かばない事を試すことなどできはしない。

 「守れず、創れず、壊し、奪い、殺すだけしかできない。そんな存在を、どうすれば『人』と呼べるんだ……」

 シオンの言葉は懺悔のようで、その実は単なる独白。自分自身でどうにかしようと思えなくなってしまっている。どうにかしようとも思っていない。

 「……アリスに、化け物と呼ばれたの?」

 「ああ」

 「アリスは今ここに居ないけど、どこかに逃げたの?」

 「ああ」

 「――最後に、化け物と呼ばれたから、あなたは傷ついたの?」

 「そうだよ」

 「……そう」

 「でも、少し違う」

 「?」

 シオンの言葉に、永琳は何が違うのだろうと思う。

 「他の人間に言われたくらいなら、何も感じなかったよ。そこまで弱いつもりじゃない」

 そう、それくらいならどうとも思わない。赤の他人の挑発に乗る程幼くも無い。

 つまり、シオンがここまで思いつめている理由は。

 「――アリスに、言われたから。どうしてかはわからないけど、どこまでも()()と感じる彼女に言われたから、思ったんだ」

 近しい人間に罵倒されて、傷つかない人間などいない。シオンの場合は、それだけが理由では無かったが。

 「この話は、誰にもしてないけど。俺は人体実験を受けてる途中で、髪と眼と、肌の色が一度完全に狂った。まともな人間とは思えないほど狂った色に。……繋がりが絶たれた気がしたよ。それだけが全部だったのに、それさえ無くなったんだから。壊れそうになった。体じゃなくて、心が」

 今でもあの『色』を思い出したくは無い。あんな、もし見られれば、絶対に一緒に居たくは無いと思われるような色を。

 「だけど俺は、受容できなかった。だから誓った。『せめて、もう一度。もう一度だけ、家族に会いたい』って」

 「――あなたがそこまで思い詰めてるのは」

 永琳は気付いた。いいや、永琳でなくとも気付くだろう。

 「ああ、そうだ。俺がどうしても思ってしまうのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 人は、どちらかというとネガティブな生き物だ。

 大事をやれば失敗するかもしれないと考え、失敗が積み重なればもうダメだと思ってしまう。そう、人とはほんの少しの不安要素でどこまでもネガティブになれてしまう。不安にならない人間など、存在しないのだから。

 「アリスに言われてからずっと、頭の中でずっと繰り返し浮かんで来るんだ。父さんに、母さんに、妹に、化け物だって、近寄るなって、恐怖の眼を向けられながら拒絶される光景が」

 頭を抱えるシオン。永琳は一度、眼を閉じて気持ちを抑えた。

 (――シオンは、()()()()()()()のね)

 恐らくシオン自身気付いていないこと。無意識にあってもそれを拒んでいる。

 父の愛に。母の愛に。家族愛に。そして――恋心に。飢えているからこそ拒んでいる。だが、そこには一つだけ足りない要素がある。

 そうなった原因だ。結果には過程が伴う。ならば、家族に対する愛以外――例えば、親しい人の愛情、とか。しかしシオンの様子を見るに、それすら拒んでいる。

 (――なら、シオンが愛情を喪ったのは、一度だけではない?)

 けれど、永琳にはそれ以上の事はわからない。

 ただ、言えることはある。今のシオンに、伝えるべき言葉が。

 「ねぇ、シオン」

 「……なに?」

 「あなたは自分を化け物だって言っているけれど、私はそう思わないわ」

 「それは、永琳だから言えることなんじゃないのか。永琳は、死なないんだから」

 「そうね。私は死なないわ。でもね、そんな私だから言えることがあるのよ」

 永琳はどこか儚い笑みを浮かべる。その永琳らしからぬ笑みには、様々な感情が宿っていた。

 「かつて私は不老不死となれる薬を作り出した。私に作れない薬は存在しない――そんな、研究者としてのプライドから。今思えば、それはとても愚かなこと。私だけでなく、輝夜も巻き込んだのだから。いえ、あの子は望んでやったのかしら――とにかく、私は色々な事に気付かないくらいに愚かだった」

 自嘲する永琳に、常の振る舞いは存在しない。

 「何度も後悔したわね。あの時あんな薬を作ろうとしなければ――そう思って、何をする気も起きなかった。だけどもう一度輝夜に会った時、あの子は輝いていた。最後に会った時よりも、ずっとね。私を責めずに、ただ感謝だけを述べて」

 その時の輝夜の表情も、自身の感情も、全て鮮明に思い出せる。

 「あなたを化け物にした私を恨まないのですか――そう聞いたけれど、逆に怒られたわ。『私は化け物だなんて呼ばれるつもりはないわ。私は私。蓬莱山輝夜よ。化け物なんて呼ぶくらいだったら、姫と崇め讃えなさい!』なんて。……つい笑っちゃった。あの時にはじめて、私はあの子を知ったの。敬語が抜けたのもアレが原因でしょうね」

 くすくすと楽しそうに笑う永琳は、そこに悪感情を見せることはない。本当におかしくてたまらないと思う、天才ではない、一人の女性だった。

 「遠回りになったわね。今、私もこの言葉を贈るわ。『シオンはどこまで行ってもシオンよ。それは否定できないし、否定しても意味が無い。だったらせめて、言ってやりなさい。俺は人間だ。人の心を喪った化け物なんかじゃない――』って」

 確かに力はある。力があるからこそ強い。だがシオンは、弱い。()()()()()()()を見失うほどに弱くなっている。

 「本当の化け物は、理性も本能も無く、ただただ異形の力を振りまく存在。それからすれば、シオンはまだまだ甘ちゃんね。甘々よ」

 「――――――――――……………………えぇ…………………………」

 どこか呆れたように笑うシオンに、もう先程までの悲壮さは無い。

 「何だよ、それ……ほんっと、バカみたいだ。理路整然とした『天才』サマが、感情論を振りかざすとか……いつもの貴女はどこに行った?」

 「あら、『天才』だって人間よ。たまにはバカみたいなことだってしたくなるわ」

 「そう、だよな。人間だよな……永琳は」

 ふぅ、と一つ溜息を吐いて、そして永琳を驚愕させた。

 「わかり()()()、もう自分を化け物だなんて言うのは()()()()。愚痴を聞いて()()()()ありがとう()()()()()()師匠(せんせい)

 「!?」

 今の今まで全く言葉遣いを改めなかったシオン。

 たまに鈴仙やアリスから、少しは変えた方がいいと忠告されても止めなかったシオン。

 そのシオンが、敬語を使い――そして、()()()()()()()()()()、と認めた事実に、永琳は驚かされた。

 「シオンって……敬語、使えたのね」

 「待ってください、師匠は俺をどんな目で見ているんですか。自業自得ですけど」

 どこか戦慄している永琳に、シオンは頭を掻きながら言った。

 「()が敬語を使おうとしなかったのは、単に私が尊敬できると思える人がいなかったからです。相応の人には相応の態度を取りますよ」

 何もシオンは傍若無人なわけではない。単に自分を曲げないでいたら、敬語を使う必要があるべき相手が見つからなかっただけだ。

 逆を言えば、シオンが敬語を使うのは、()()()()()()()()()()()()()()()、という事になる。

 「――……違和感が凄まじいから、敬語はやめてちょうだい」

 「……わかった。でも師匠と呼ぶのはやめないけど、いいか?」

 「ええ、それでいいわ。むしろそれでお願い」

 それを聞いて、シオンはどこかムスッとした表情を浮かべる。初めて尊敬できる相手を見つけたのに、その相手が拒否しているのだから、しかたないかもしれない。

 だが永琳も、どうにも弱みにつけ込んだ感じがして、素直に受け取れないのだ。

 話を逸らそうと、永琳はずっと気になっていたことを聞いた。

 「そう言えばシオン、アリスはどこに行ったか知っているかしら」

 瞬間、シオンが少しだけビクついたのを、永琳は見逃さなかった。

 「アリスなら――迷いの竹林に、走って行った。頼む師匠、アリスを助けて欲しい」

 それでもシオンはドモることも噛むこともなく答える。それどころか、自分を傷つけた相手を助けて欲しいとすら言う。最初のアレを見なければ、永琳でさえ気付かなかったかもしれない。

 「そう。悪いわねシオン、少しアリスを迎えに行ってくるわ。あなたは風呂でも入ってその血を洗い落としておきなさい」

 「……わかった。師匠、行ってらっしゃいませ」

 最後に付け加えられた言葉に少しゲンナリしながら、永琳は駆ける。

 アリスになんて説教をしようか、と考えながら。

 

 

 

 

 

 「ハァッ、ハァッ、ハァッ……」

 駆ける。駆ける。駆ける。脇目も振らず、ただ前に。

 「ハァッ、ッ、ハァッ……」

 足を取られそうになり、すぐにバランスを整えて、また駆ける。

 「……ッ、ハァッ」

 逃げる。ひたすらに逃げ続ける。シオンから。そして自分から。

 「……もう」

 しかし、限界の人間など居はしない。いずれガタが来るのは、生きているモノなら道理。

 「無理ぃ!」

 息を荒げ、前かがみになりながら息を整える。つい座りそうになるが、膝を押さえてなんとか耐えた。

 脳裏を過ぎるのは先程の言葉。

 『近寄らないで! この――化け物!』

 「うッ……! なんで、私は、あんな言葉を……!」

 口元を押さえて、吐きそうになるような気持ち悪さを抑える。

 言うつもりなど無かった。ただ、衝動的に言ってしまっただけだ。その理由も、全部理解している。……自分が、弱かったからだ。

 アリスは、シオンを妬んだのだ。理由も無く、目的も無く努力できるシオンに、挫折して、唯一の友達に八つ当たりしたアリスは、シオンの強さを妬み、羨み……勝手に、恐怖した。その結果がアレだ。

 思い浮かぶはシオンの顔。化け物と言われて、心底傷ついていたシオン。傷つくなんて思わなかった、なんて言い訳は無い。あの程度の言葉で、なんて誤魔化せない。言ったのはアリスなのだから。

 もしシオンが表情を変えなければ、アリスも何も思わなかっただろう。だが現実は違う。その事実が、アリスの心を追いつめて行く。

 「私は……私は、なんでこんなにバカなの。……変わってない。メリーにあんな事を言ったあの時から、全然変われてない!」

 人はそう簡単に変わることなどできはしない。それを思い知らされた。九歳の子供が知るような現実では無いかもしれない。だが、アリスは王族だ。責任ある立場。そんな人間が、こんな人間でいいはずはない。

 「変わらなきゃ、ダメなのに。そうしないと、メリーにあわせる顔が無い。私は王女で、皆の上に立つべき人間で……だから。私は!」

 肩書きは第三王女というモノでしかない。兄はいるし、姉も二人いる。アリスにやるべき事はあまり無いだろう。だが、そんな理由で努力を放棄するほど、アリスは子供では無い。しかし感情を制御できない点では、まだまだ子供だった。

 その時、俯いていたアリスの頭の上を、一つの光が通った。

 「まぶし――!」

 顔を下に向けていたとはいえ、それだけで遮れるほど小さな光では無かった。少しだけチカチカとする眼に両手を当てた瞬間、声が振って来た。

 「アリス、竹林に来るのはやめておきなさい。今のあなたじゃ不意打ちに対応できるほど強くは無いでしょう」

 「永琳、様……?」

 その声に聞き覚えのあったアリスは、顔を上にあげる。

 チカチカとするため瞬かせた眼に映ったのは、シオンが殺した妖怪とはまた別の妖怪。

 「え、きゃあ!?」

 驚いて腰が抜けたアリスは、その場に倒れ込む。そんなアリスに、音を潜めながら永琳は近づいていく。

 「ここ最近、竹林にいる妖怪の数が増え続けているのよ。だから鈴仙に、薬草の採取の()()()()妖怪退治をお願いしているのだけれど」

 永琳の言い方はあくまでも軽い。だが、その内に潜ませている感情は、決して読み取ることを許さない。

 「私は言ったはずよ。『里の中なら安全』だと。逆を言えば、それ以外の場所ではいつ殺されても文句は言えない。……実際私が助けなければ、今ここであなたは死んでいた。シオンもあなたを心配していたのよ」

 瞬間、アリスにある言葉が浮かぶ。

 『ま、迷いの竹林に行くのはマズい! そっちには――』

 アレは、外に出ればアリスが死ぬかもしれないと危惧して言ったモノ。なのに、自分は。それを理解すると同時に、一気にアリスの表情は歪む。

 「……その顔を見るに、反省はしているようね」

 本当は説教をするつもりだった。なぜあんなことを言ったのか、少し考えれば相手がどう思うのかと伝えた後、その他の部分もダメだしして反省を促す、そうしようと思ったのだが……。

 「私は、本当にバカ。今回もそう。考え無しに言って、謝る前に逃げて、それで後悔して。メリーにもシオンにも、私を心配してくれる優しい人に八つ当たりして、それでまた独りになっちゃうのかな」

 こうも自分を貶しめる相手に説教するほど、永琳は感情任せに怒れない。

 それに、理解もできるのだ。アリスは確かに回復魔法の才能がある。だが、言い換えればそれだけだ。自衛の手段をほとんど持っていない。そんな人間が、シオンのような力ある存在からその暴力を振るわれればどうなるか……想像に難くない。

 「一つだけ言っておくわ」

 「……?」

 だから、少しだけアドバイスをする事にした。

 「人との繋がりが切れるのは、何かをしてからじゃない。何かをしてから、それを放っておいたままにする事よ」

 これ以上は言わない。後は自分で行動して結果を変えろ。

 そう言わんばかりに永琳は背を向ける。

 その背にアリスは問いを投げ返さない。言えば、きっと永琳はアリスを放って行くだろう。

 「……着いてきなさい。永遠亭に帰るわよ」

 「……はい」

 そしてその選択は正しかった。数歩歩いてから、何の前触れもなく永琳はそう言った。アリスは頷きながら言葉を返し、永琳の後を追う。

 永琳が前に、アリスが後ろを歩く。会話は無い。極稀に永琳が周囲を見渡すが、それだけだ。そんな気まずい雰囲気の中で、突如口を開く。

 「シオンに会っても、驚いて何も言わないのはやめた方が良いわ」

 「え?」

 「あなたに言われた『化け物』って言葉。アレは、アリスに言われたからこそ、シオンの心を容赦無く貫いた。近しい人間であるあなたから、ね」

 「……シオンは、私を近しい人だと思ってくれていたんですか」

 意外、と言いたげに、だがどこか冷徹な声音。コレは想像以上に難物そうだ。

 「興味の無い人間にはとことん冷たい人間よ、あの子は。代わりに近しい人間にはとことんまで優しくなれる。要は知っているのよ」

 「何を、ですか?」

 「――自分の手の届く範囲の狭さ」

 永琳は自分の掌を見つめる。

 「一人の人が助けられる人間の数は、どんな存在でも限度がある。だからシオンは、その『助けたい人間』を限りなく小さくした。その分優しさが増したのね」

 まぁ、近しい人でなくとも優しいみたいだけど、と永琳は続ける。

 「そんな風に思っている人から化け物だなんて言われたら、傷つくのも道理でしょうね」

 「永琳様、は……私を責めますか?」

 問われて、永琳は一瞬黙る。

 「私はどうとも言えないわ。力無い普通の人間からすれば、私やシオンを化け物としか捉えられないでしょうし。私達がどれだけ言ったところで、ね。私はその辺り割り切って考えているし、赤の他人から言われても気にしないわ。……近しい人から言われても、多分気にしないでしょう」

 何度も言われた言葉だ。慣れもする。だから今更言われても、どうとも思わない。

 「それにどれだけ互いが近しいと思っていても、仲良くなれるとは限らないわ。――同族嫌悪、なんて言葉もあるくらいなのだから」

 同じだからこそ忌み嫌う。そんな人間関係もある。

 ――しかし。

 「だけど、シオンは別。あの子は何度もサインを送ってたわよ? 『――俺を化け物とは呼ばないでくれ』って」

 「そ、そんなのいつ……」

 「()()()()()()()()()()()()()

 絶句したアリスの歩みが止まる。それに合わせて永琳も歩みを止めた。

 「思い返してみなさい。シオンがなんて言ってたのかを。あの時シオンは、こう言っていた」

 『――今日からここで世話になる事になった、『人外』シオンだ。よろしく』

 「コレがサイン。アリスにはわかるかしら?」

 さっぱりわからない。

 だがそんな事を言えるはずも無く、考え始める。それから数分程経っただろうか。永琳は仕方がないかと溜息を吐く、と同時にビクつくアリス。

 「そもそも『人外』という言葉には複数の意味があるわ。大体は人間でないモノを指すけれど、それ以外にも――人の道を外れた存在にも示してる。そしてシオンは、人外という言葉に『()の枠内から()れた存在』という意味を宿している。ここまで言えば、わかるかしら?」

 横目で見てくる永琳に、フルフル、とアリスは頭を横に振る。

 だがその瞳は見開かれ、揺らぎ、唇は戦慄(わなな)いている。……気付いて、しまったのだ。アリスは、シオンの願ったモノを。

 なのに首を横に振ったのは、気付いていないからでは無い。

 「人外と呼んでほしい。――それは」

 言わないで欲しいという、アリスの無言の哀願だ。

 しかし永琳は、無慈悲にも続きを止めようとはしない。

 「『人外と呼んでもいい――それでも、せめて人()()()事を認めてくれ』」

 あくまでも永琳の推測に過ぎないソレが。

 「コレが、シオンの懇願」

 アリスの心を、散り散りに砕く。

 しかし、永琳はもう一つだけ付け加える事をしなかった。

 『そう、だよな。人間だよな……()()()

 シオンはいまだに自分は化け物なのだと思い知らされている。だがコレを言ってしまえば、きっとアリスはシオンに会う勇気を無くす。

 だから永琳は、これ以上何も言えなかった。

 

 

 

 

 

 呆然自失となったアリスの手を引きながら永遠亭の中庭に戻った永琳は、人影を見た。

 「……シオン」

 「!」

 握った手が震えるのを感じながら、こちらを見やるシオンを見る。

 いまだに全身が血だらけのシオンは、まなじりを落としながらアリスを見つめる。その視線は心配の成分を多分に含んでいて――それがアリスを更に追い詰める。

 血を洗い落としておきなさいと言いつけていたのにも関わらず風呂には入らなかったシオン。それだけアリスが心配だったのだとわかる。自分が最も傷つく言葉を言われてなおその相手を心配できるのは、相当だろう。

 永琳は一度、ギュッと手を握り締める。

 ――後はあなた次第。

 そんな意味を込めると、永琳は二人を残して立ち去った。

 アリスは永琳に握り締められた手で拳を作ると、シオンに向かって歩き出す。だが、

 ――ザリッ。

 そんな音が、聞こえてきた。その音は、砂を擦った音。そしてそれを出せるのは、アリスかシオンのみ。恐る恐る、アリスはシオンの足元に視線を動かす。一歩だけ後ろに下がったその意味が、如実にシオンの本心を語っていた。

 それでも、と。それでもアリスは言わなければならない言葉がある。

 もう一歩だけ前に出て。

 「――ごめんなさい!」

 アリスは思いきり、頭を下げた。

 王族であるアリスが頭を下げるなど、本来ならあってはならない。王族とはどこまでも偉くなければならないのだから。安易に頭を下げれば、それだけその国の価値を下げる。それがどこまで愚かなのか、アリスは物心着いたその瞬間から教え込まれてきた。

 そのアリスが、頭を下げる。それだけ想いのこもったモノ。

 「私は、何もわかってなかった。何も言わずにあなたを責めた! 勝手にシオンを恐怖の対象にした。聞いたのは、こっちなのに……」

 口籠る。言い訳がましいとわかっていたからだ。

 アリスが悪く、シオンは悪くない。ならば、決めるのはシオンなのだ。アリスが無様にわめく権利など、ありはしない。

 「……努力するのは、悪いことなのか?」

 「…………………………?」

 シオンの独り言に、アリスは頭をあげる。

 「今の俺には何も無い。けど、昔一度喪った。自分の命なんかよりも、よっぽど大切なモノを。守れなかった。後悔した。だからせめて、『いつか』現れるかもしれない大切な人を、今度こそ守ろうと、頑張って……それが、責められる。どうしてだ? わからない。俺にはわからない」

 シオンには目的が無い。しかし、それは『目標』を持たないのと同義ではない。

 「異常かもしれない努力。だけど、努力して、自分を磨くのが『生きる』って事なんじゃないのか? 俺はただそれをやり続けただけだ。それ以外を知らない。努力しなきゃ生き延びられなかったから。止める人も、止めてくれる人もいなかったから、ひたすらに頑張り続けて」

 「シオンには……ブレーキをかけてくれる人が、いなかったの?」

 「むしろ一人を除いて死地においやる状況にさせられてばかりだ。大人なんて、ほとんど信用できない。黒い。真暗だ。欲に塗れた汚い人間だ。だから大人なんて、嫌いだ」

 嫌悪感向き出しに表情を歪めるシオンに、アリスは()()される。シオンらしからぬその表情に、シオンの本音が見えた気がした。

 いつもいつも死地にいて、それを切り抜けるために、異常な努力をし続けた。いいや、させられた。その結果が、このシオン。止まらないのではなく止まれない。機械のように際限無くそれをやり続ける人形。あるいは道具。

 「……辛いなんて、思う暇すら無かった。忘れたよ、忘れるしかなかった。壊れた、壊された。何が、何を? 自分でもわからない、だって知らないんだから。俺は『普通』なんて知らないんだから」

 気付けば静謐に涙を流すシオンがいた。

 「こうなった()()を責めていないし、行動をした事も後悔しない。守れたんだから。()()()()()()()()()()()、きっと俺は自分を守れない。だから、だから俺は今」

 「――もう、いいよ」

 トン、と足を踏み出し、アリスはシオンを抱きしめる。

 聞き続ける事に、耐えられなかった。そして永琳の言葉の意味もわかった。こうなったのはシオンのせいではない。誰かを守って、守り抜いて、それをむしろ誇っている。よほど、大切な人なのだろう。

 かつて守れた人がいる。かつて守れなかった人がいる。そしてその意味を思い知らされている。力が足りなかった。だからいつかのために色々な事を覚え、学び、知ろうとしている。

 アリスは何も知らなかった。知ろうともしなかった。だけど、今知れた。だから。

 「私は本当にバカだった。シオンの事を近しいと思っていたのに、何一つ知らないままで」

 「……会って半月くらいの人間が、その人間を知れるはずがないだろうに」

 「そうね。でもそれは理由にも言い訳にもならない。だから今ここで、私はあなたに誓うわ」

 シオンの頬を、両手で押さえる。乾いた血が、パキリと鳴った。

 「私はあなたを知る。あなたは私を知って? 私はあなたのブレーキ役になるから、シオンは私に色々な事を教えるの。お互いがお互いを支える。……シオンが私を許してくれるのなら、それをしてみたい。ううん、させてほしいの」

 ふんわりと、優しい微笑みを浮かべるアリス。それは、いつかの『彼女』を思い起こさせるようで――

 「は、はは……」

 「ど、どうしたの!?」

 いきなり頬を引き攣らせるシオンに、アリスはマズい事を言っただろうかと焦る。だが、シオンは左手を、アリスのそれに重ねた。

 「謝ってくれた時点で、俺はアリスを許してるよ。……嬉しかった、だけだ」

 シオンの頬が歪んだのは、信じられない事を目の当たりにしたからだ。

 「何の力も無くて、俺の力を知ってそれでも受け入れてくれたのは、アリスが『二人目』だ」

 「そう、なんだ……これから、よろしくね? シオン」

 「ああ……よろしく、アリス」

 コツン、と額を合わせて笑う二人には、もう険悪な雰囲気は存在しない。ふいにもう少しだけ、と願う自分がいるのに、アリスは気付いた。同時に『二人目』という言葉の意味に小さな棘を感じて、もっとと思ってしまう。

 けれど終わらないモノは無い。何の前触れも無く、シオンが額を離した。

 「……そろそろ戻った方が良い」

 「でも、もう少しくらいは……」

 「――服」

 「え?」

 自分の服を見下ろして、アリスは一機に顔を赤くした。

 中庭を突っ切って走ったアリスの服は、小さな木の枝や葉っぱが付いている、どころではない。どんどん暑くなってきた、六月一歩手前の今、着る服は相応に薄くなる。つまり、

 ――服が破けて美しい肌が見えている、という事だ。

 「きゃ、きゃああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁッッッ!??」

 叫び声をあげ、服を手で隠しながらアリスは全速力で走る。無意識に身体強化を併用しながらなので、よほど焦っているのだろう。遠くで「ア、アリス!? 何をして――」「イヤアアアアアアアアアァァァァァァァ! 見られた!? シオンに見られちゃった!? 恥ずかし――」「落ち着いてくださいアリス!?」なんて声が聞こえてくる。

 苦笑いしか浮かんでこないが、今のシオンにはそれすらない。

 「――永琳」

 「やっぱり気付いてたのね。いつから?」

 「最初から」

 「少し傷つくわね。コレでも隠行には自信があったのだけれど」

 「知り合いのがまだ上手いな。まぁあっちは能力も併用しているからだが」

 「そう……」

 木陰から、ずっとシオンとアリスのやり取りを見ていた永琳。出刃亀、野次馬、そんなふうにしか捉えられないが、シオンは見られていた事に赤面すらしない。

 どこか永琳がつまらなさそうなのは、気のせいだと信じたい。

 

 「――で、()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 ニコリともせず、永琳は返す。

 「……何の話かしら?」

 「誤魔化すな。俺達を二人きりにして、一人一人にアドバイスして……貴女なら、俺達を誘導する事だってできるはずだ。『天才』たる貴女なら」

 「……ハァ。私は今回何もしていないわ。思った事をただ言っただけ。その結果はあなた達が自分で掴んだモノよ」

 「……ッ。永琳ッ!」

 「――()()()()()()()()()()()()()()()()()()。私の誇りをかけて、それでもまだ信じられない?」

 その視線は鋭く、瞳には激しさを宿して。何より、主に『様』を付け、誓いを言う。それは、永琳の最も大事なモノ。

 「……いいや。嘘を言ってないのはわかってた。ただ、確信が欲しかっただけだ」

 「趣味が悪いわねぇ」

 それはシオンにも伝わった。小首を傾げる永琳に、しかしシオンは悪びれない。

 「あの結果が貴女の手によるものだなんて思いたくは無かった。あの言葉がアリスの本心だってわかってる。でも、それでもアリスはまだ幼い。俺と違って、他人の悪意を『全力で』浴びたことだってほとんど無いだろう。だからどうしても、ね」

 臆病になった、と言えるかもしれない。それでも、確かに信じれるものが欲しかった。永琳に騙されて言ったものではなく、アリス自身の言葉だと。

 ハリボテの嘘は、脆く儚いのだから。

 「それだけアリスの言葉が大事なのでしょう? とても嬉しそうだったものね」

 「永琳!」

 先程と同じ叫び。

 だが、少しだけ染まった頬が、シオンの感情をわかりやすく示していた。




やっと……ここまで、書けました!

文字数前回より増えた上に、ここの内容をきちんと書かないとシオンとアリスの関係やその過程がわからないので、かなり辛かったです。本当は春休みの内に少しくらいは貯めておきたかったんですけどね。
まぁ、ついでに今までの話を読み返して誤字脱字が無いかの再確認をしていたのも主な原因の一つですが。

作中にありますが、本当に永琳はアドバイス以上の事をしていません。裏から二人を操ろうとか一切考えていないので、そこはご安心? を。

永遠亭の話はここが一番書きたかった部分なので、多分後2話か3話くらいで永遠亭は終わるかと。

この作品、いつになったら終わるんだろう……最近色んな想像もとい妄想が浮かんできてその二次創作が書きたくてたまらない。まぁ書きませんが。
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