シオンが地下室に入って感じたことは、血と肉と、それらが腐ってできる臭いだった。しかも、予想よりもかなり酷い臭いだ。息を吸うごとに肺にこびりついて離れないと錯覚するくらいに、酷い。
「ここ、臭過ぎるぞ……確か、四九五年、だったっけ? 一体どれだけの人数をここで殺してきたんだ?」
顔を顰めてぼやくシオンだが、レミリア自身も顔が歪みそうになるのを必死に抑えていたため、責めることはできなかった。しかし、少しの不安はあった。
「……私たちのこと、幻滅したかしら?」
「臭いがきつ過ぎると思っただけだ。血と肉が混ざり合って腐り、それが酷い臭いを出しているのは何度か見たけど、ここまでのは無かったからね。大雑把に計算して、二万人前後ってところか。ならこの臭いは、ずっと扉を閉じているせいかな」
「何が……ああ、そう言う意味。そうね、大体それくらいかしら。……何か思わないの?」
二人の言う二万人前後とは、ここで殺された人の数だ。シオンのした予想だと、吸血のために一ヶ月に三人から四人程度をこの部屋に連れて来て殺したとして、一年で大体四十人前後。それが約五百年だから、二万人前後と思ったのだ。
「別に、たったの二万人程度だろ? 特に何も思わないよ」
「たったのって……人間の価値観だと、大量虐殺者扱いされるのが普通じゃないかしら?」
「そうですね。外だと十人前後でもそんな扱いを受けるのではないでしょうか」
レミリアは今までの経験から、咲夜は八雲紫などから聞いた話を思い出しながら言った。まあ、普通ならそうなんだろうなと思いながら、シオンはしみじみと言った。
「だったら、俺はどうなるんだろうな。屍の山を何度も築いてきた俺は。ちなみに屍の山の単位は数千から数万だ。まあ数人程度しか殺さなかった時も結構あるが」
洒落にならない言葉に、レミリアは頬が引き攣りそうになるのを感じたが、それを必死に抑えて言った。
「……冗談、よね?」
「事実だが?」
今度こそ頬を引き攣らせてしまったレミリアに、あっさりと即答する。咲夜は何とか表情を取り繕うことができていたが、若干表情が固まっていた。
「幻想郷の外で見たことがある、と言うのは、そういう意味ですか?」
「いや、別にそれだけじゃないよ」
「え……シオンは外来人なの?」
二人が話しているのを聞いていたレミリアは、初めて知った情報に、つい横やりを入れてしまった。その問いに、二人は頷いた。
「そう言えば、言い忘れてましたね」
「そうだな。二時間くらい前にここに落とされたってのも言ってなかったし」
「……二時間、前ですか……」
「適応し過ぎじゃないかしら……?」
これには本気で呆れてしまう。今までここに来た人間や妖怪は、余程のバカか、理性の無い低級妖怪でも無い限り、大なり小なり混乱するからだ。
そしてつい、と言った風に咲夜の口から本音が漏れる。
「私と会った時には、既にここにいても違和感が無かったのですが……」
「それに関しては、今まで生きていた環境がやばかったから、そのせいじゃないか?」
「モノには限度があるわよ……」
「気にするな。それよりもさっさと行こう。フランに会わせたいんだろう」
気にするし、そもそもシオンが話し始めたんだと色々言いたいことがあったが、話しが更に脱線すると感じたのか、二人は黙ったまま一つの扉の前に案内した。
「着いたわね。シオン、扉を開けて。けれど、決して中には入らないで」
「何かあるのか?」
「いいから。もう一度繰り返すけど、決して中には入らないで」
「……わかった」
何度も忠告するレミリアに、自分の身を案じているからだと察し、神妙に頷いた。そして、シオンは扉を開けた。
「あら、今回は原型を留めているのね。たまに粉々になって形も残らない時があるから、今回はマシな方ね。……フランの機嫌がいいのかしら?」
小さく呟いたレミリアだが、何の心の準備もできなかった人間が見れば、嘔吐どころか失禁しても可笑しくは無い。
扉を開けたことで更に臭いがきつくなったが、そんな些細なことはどうでもいいと思える程に酷い部屋だった。
部屋の中は人の血が飛び散っている。恐らく大量の人間を殺したせいで、部屋が真赤になって――元々紅魔館は赤色だからだから、余り関係は無いだろうが――いるのだろう。
そして床の端には、人の骨と、人だった何かと、腐った肉の塊が散乱していた。
それらに隠れるように、魔法によって作られた複雑な術式があった。レミリアの親友が作った、フランの能力の暴走を可能な限り封じ込め、中から外を見ることができないという効果を持った特殊な魔法。この魔法があるからこそ、フランは未だにレミリア達に気付いていないのだ。
そんな部屋の中に、レミリアにとてもよく似ている顔立ちをした一人の少女がいた。濃い黄色の髪をサイドテールにしてまとめ、その頭の上にレミリアとは少しだけ違う色のナイトキャップをつけている。瞳の色はレミリアと同じ真紅だった。座っているせいでよくわからないが、身長はレミリアとそう変わらないだろう。若干低いくらいだろうか。服装も真紅を基調としていて、半袖とミニスカートを着ている。夏はともかくとして、冬は寒そうな印象がある。
そして少女の背中に一対の枝のような物に七色の宝石のような結晶がぶら下がった翼があるが、それを抜いても可愛いと言い切れるだろう。全身が、血で彩られていなければの話だが。そのせいで、整っているはずの容姿が台無しになっていた。薄い黄色の髪も真紅に染まっている。
しかし、シオンは少女の瞳にある感情だけを見ていた。その奥底にある、途轍もない渇望を。
恐らくあの少女がフランドール・スカーレットだろう。そのフランの目の前には、かろうじて人だとわかる物体が転がっていた。形からして恐らく男性。だが、とにかく状態が酷い。
顔はグチャグチャになっているが、先程まで絶叫していたせいだろう、大きく口が開いていた。
二つの目は片方が潰れていて、既に無くなっている。もう片方は目の中から飛び出ていて、今にもポロリと落ちてしまいそうだ。しかし肉と血管と神経によって、ギリギリ繋がっている。だがフラフラと揺れていて、今にも何処かに転がって行きそうだ。
体の方はもっと酷い。胴体の中央近くに大きな穴があり、上半身と下半身が千切れていないのが不思議な程だった。
一部の骨は皮膚を突き破っており、臓器の一部は外に転がっていて、ところどころ欠けている物があった。
殺した方法としては顔をある程度の力――フランが本気で殴っていたら、形を保っている訳が無い――で殴り、その後は弾幕か何かで胴体に穴を開けたのだろう。
そこまで確認したレミリアは、シオンが何を言うのだろうと思い、一言も聞き漏らさないように意識を耳に集中させた。それと同時に、シオンが呟いた。
「うん、グロイな」
「……それだけ?」
グロイ、と言っておきながら涼しい表情をしているシオンに、些か間の抜けた声を出してしまう。ちなみに咲夜はフランの世話をする時にこう言った死体を見ていてので、もう何も思わなくなってしまっていた。
「まあ、これよりも酷い死体を、何度も見たことがあるしな。これくらいじゃ何も思わないよ。……何なら、今まで見て来た死体の形でも説明しようか?」
「そう、そうなの。フフ、合格よ」
レミリアは、その言葉につい笑ってしまった。もしもやっぱり止めると言われたり、あるいは蔑んだ目で見られると思っていたところに、この反応。つい笑ってしまった。
シオンがフランを助けられる可能性があるとしても、シオン自身にその意思が無ければなんの意味も無い。だからこそ、シオンが何も動じていないのが嬉しくなってしまい、声が弾んでしまった。
「それで、すぐに始める? それとも明日にする?」
「今すぐ始める……と言いたいんだが、流石に何の対策も無しに行きたいとは思わないな」
顎に手を置いて考える。しばらくして、何かを思いついたのか、顔を上げた。
「レミリア、あの死体にフランの能力を使わせてくれないか?」
「別にいいけれど、何故?」
「ちょっとね。上手くいくかはわからないけど、試しておきたい」
「わかったわ。咲夜」
「はい、お嬢様。コレを」
左手を差し出すレミリアの手の中に、紙と万年筆を置く。そして、その紙に何かを書いた。
「何を書いたんだ?」
「え? ああ、あの死体を消滅させて欲しいから、能力を使って消して、と書いたのよ」
シオンの質問に答えると同時に、折った紙を投げる。その紙は、フランが座り込んでいる場所のすぐ傍に落ちた。
「……?」
首を傾げながら手紙を読んでいる。いきなり手紙が来た事も、能力を使って欲しい理由も書いていないのに、気にしていないようだった。全て読み終えると顔を上げ、右手を前に出す。そして、何かを握りつぶす動作をした。その瞬間、目の前の死体が『破壊』され、消滅した。
「一瞬、か……確かにコレは強力過ぎる。と言うか、下手に近づこうとすれば、それで終わりなんじゃ……」
あまりにも予想外過ぎたのか、頬を引き攣らせてしまう。シオンがそんな顔をするのを意外に思いながら、レミリアは聞いた。
「それで、これからどうするの?」
「ちょっと待ってくれ。今から
『は?』
作り変える、と言う言葉が理解できなかったらしい――普通は理解できる方がどうかしているのだが――二人を無視して目を閉じ、集中する。
シオンに説明する気が無いと悟ったのか、二人はその行動を邪魔しなかった。そんな二人にありがたいと思いつつも、フランが能力を使った時の様子を思い出す。自身の能力の補正を使って、それを理解しようとする。
何度も何度もその場面を繰り返すが、やはり能力は発動しなかった。
「やっぱり、あの程度じゃ足りない、か……」
「何が足りないのかしら?」
シオンの能力が何なのかを聞くいい機会だと感じたのか、レミリアは聞いた。そう簡単には言わないだろうと思ってはいたが、ヒントくらいは得られるかもとは思っていた。が、その考えはあっさり消える。
「俺の能力は、幻想郷風に例えれば、『あらゆる体に作り変える程度の能力』だよ」
「体を……作り変える?」
「ああ」
余りにあっさり言われたことに驚いているレミリアを見るが、シオンは能力を言ったことを後悔していなかった。
(さっき言ったのは嘘ではないけど、本当のことを言った訳でも無いしな)
とりあえず、言っても問題無い範囲で説明をした。
「俺の能力は、その存在の構成物質をある程度理解すれば、その体になれる。見た目を鉄にしたり、外見をレミリアそっくりにしたりできるってわけ。まあ、その『ある程度』が洒落になってないんだけどね」
「それって、何かいいことでもあるの?」
レミリアの疑問も当然だろう。今の説明だけでは、ただ外見だけを変えられるだけとしか思えない。しかし、それは間違いだ。
「作り変えられるのは外見だけじゃない。その物質の特徴とでも呼べる部分は効果が出る。鉄になれば硬くなるし、レミリアの外見になれば犬歯が生える。……ここまではいいか?」
シオンの問いに頷く。それを見て続きを話した。
「少し話が変わるけど、毒や病気に薬があるように、炎に水を使うように、この世界の物には、何かをぶつければ、限度はあるけどそれを消すことができる。つまり――」
そこまで言われて、レミリアは理解した。
「――フランの能力を、何らかの対抗策を使って無効化、あるいは軽減する」
「――そう言うこと。この能力は簡単に言えば、中身の無いハリボテだ。けど、外見が『絶対に壊れない』概念を持っていれば、ほぼ無敵になれたりする。……まあ、そんな物、あるはずがないんだけどな」
シオンは、自分で言ったことの馬鹿さ加減に笑ってしまった。何せ、そんな物があったとしても、余り意味が無いからだ。
(外が無敵でも、中身にダメージが通らない訳じゃないんだよね。さっき言った通り、ただのハリボテに過ぎない。どの道、
「とにかく、その対抗策を考えるためには、フランの能力を理解する必要があるんだけど……今までとは違いがありすぎて、参考にならない。そもそも、妖怪の構成物質なんて見たのは初めてだから当たり前なんだが、能力の補正があっても殆ど理解できなかった。髪とか血液とか、何でもいいからサンプルになる物があればいいんだが……」
そこで言葉を止め、苦々しい表情をする。シオンが言わなかった続きを、代わりにレミリアが言った。
「不用意に近付けば、最悪死ぬ。とは言え、近づかなければ何もできない」
更に苦々しい表情をするシオンは溜息を吐くと、レミリアに右手を向けた。
「ハァ……仕方がない。レミリア、髪と血を少しくれないか?」
「何故……ああ、そう言う事ね。いいわよ、今回は事情が事情だから、特別に許してあげるわ。ただし、悪用したら許さないわよ?」
「わかってる」
「それならいいわ。咲夜、ナイフを」
「畏まりました」
ナイフを借りたレミリアは、まず一本だけ髪を抜き取って、それをシオンに渡す。それを受け取ったシオンは、髪の毛を異常な集中力で見始めた。
その光景を見てあることが気になったレミリアは、咲夜の耳に口を寄せ、ある命令をした。咲夜は嫌々と首を横に振るが、主の命令に逆らうことはできず、結局はやらされることとなった。
そして、途轍もなく嫌そうな顔をしながら、咲夜は新たに一本ナイフを取り出すと、それをシオンの首に当たる寸前で止める。しかし、シオンはそれに全く気付かずに、ただ髪の毛を見続けていた。
「やっぱり……」
「お嬢様、こんな心臓が悪くなるようなことをさせないで下さい!」
何かに得心が言ったように頷くレミリアに、小声で抗議する。が、レミリアは軽く謝るだけだった。
「ごめんなさい。どうしても気になることがあったから、確かめたかったの」
レミリアが咲夜に命令した内容は単純だ。普通に、シオンが反応するかどうか確かめたいから、ナイフを押し当てて、と言ったのだ。リスクの高い賭けだったが、レミリアはそれに勝った。
「咲夜、何故私がこんなバカな真似をしでかしたのかわかるかしら?」
「……いいえ、わかりません」
どことなく拗ねている感じのする咲夜の反応につい笑ってしまいそうになるが、それをすると本格的に拗ねかねないので自重した。
「少しだけ気になったのよ。私の能力に代償があるように、シオンにも代償か何かがあるんじゃないかって。結果は正解ね。シオンの場合は、代償と言うよりも制限。構成物質って言うのが何なのかはイマイチわからないけれど、彼が周りの物に反応できないのだから、かなり辛い制限だと思うわ」
「それは、どういう……?」
「あら、気付いてなかったの? シオンは、常に全方向に注意を向けている。つまり、何かが起きても絶対に反応ができるようにしているってこと。実際に、咲夜に攻撃が行きかねたあの瞬間、シオンは後ろに咲夜がいると気付いていたからこそ反応できた。後ろに目が付いていなければ、あんな動きは不可能よ」
「それでは、つまり……私はバカだった、ということですね。シオンは油断なんて一切していなかった。無用の心配でしたね……」
咲夜は自らの言動を悔いているのか、項垂れていた。しかし、それは間違いだ。
「一概にそうとも言えないわよ? 確かにあの時シオンは怒った。けれど、それが理由で心配しなくてもいいって言うのは間違っているわ。もし心配しないように思えるとしたら、余程信頼しているのか、あるいはその相手がどうでもいいかのどちらかなのだから」
貴女は、どちらなの? そう言って咲夜を見るレミリアに、咲夜は大きく頷いた。
「私は、例え無駄な気遣いだとしても、シオンを心配しようと思います」
「そう……それで咲夜が後悔しないのだったら、そうしなさい」
「はい。……お嬢様、ありがとうございます。それと、わざわざお手間をかけさせてしまって、すみませんでした」
「別に構わないわ。可愛い従者のためだもの。……それに、シオンを心配するのは正しい選択だと思うのよ」
「それは、何故でしょうか?」
「……彼は強い。けれど、シオンはあくまで人間よ。今の状態で狙われれば即死しかねない。さっきも、もし咲夜がそのままナイフで貫けば、それで終わりだった。それが、心配」
「……レミリア、お前は咲夜を殺す気なのか?」
突如横から聞こえてきた声に、二人は身を竦ませた。恐る恐るシオンがいる方を見てみると、呆れているような、あるいはバカを見るような目で二人を見ていた。
「えっと……咲夜を殺す気って、どういうこと?」
「少し考えればわかるだろ? いいか、他の何にも注意が行かないって言うのは、言い換えれば自分の力を抑えている部分も注意を向けられないってことだ。つまり、普段は抑えてる力を抑えられない。さっき試したことは、下手をすれば咲夜の命を問答無用で奪いかねなかったんだぞ?」
事実、そうなのだ。シオンは普段は普通の人間並みに力を落としてはいるが、本来ならあっさりと岩を砕けるくらいの筋力はある。そんな力で咲夜を殴れば、体が壊れて死ぬだろう。
二人はそれを知らないが、レミリアの弾幕を受け止めたシオンであればできると言うのは悟ったのか、顔が強張っていた。
「次からは、勝手な真似をしない方がいいよ」
溜息をしながら忠告すると、レミリアは自らのバカな行動に反省し、咲夜は死にそうになったと言う事実に顔を青くしながらコクコクと頷いた。
「理解できたんなら、それでいい。レミリア、髪の毛はもう理解したから、血をくれ」
「わかったわ」
そう言って咲夜から借りたナイフを左手の一刺し指に押し当て、そのまま切る。そこから零れてきた血を数滴をシオンの右手に落とした。
「ありがとう」
「別に構わないわ。髪の毛はまた生えてくるし、そもそも一本程度ならそこまで関係ないのだから。傷なら……ほら、塞がった」
レミリアの左手を見ると、その言葉通りもう傷口は治っていた。自然回復と言うよりも、ほぼ近い。それを確認したシオンは、レミリアの血を見る。しばらくすると何を思ったのか、いきなり
それを見ていたレミリアは一瞬固まると、裏返った声で叫んだ。
「シオン、何をしているの!? 速く吐き出しなさい! 人間が吸血鬼の血を飲んだらどうなるのか、わかっているの!?」
「それに関しては心配いらないよ」
「私の血を飲んで、平気なはずないでしょう!!」
のほほんとしているシオンを怒鳴りつけるが、全く動じていない。レミリアは再度怒鳴ろうとしたが、シオンに何の変化も起こっていないのに気が付いた。
「何で、何も起こらないの……?」
「俺って、毒とか薬とか、そう言った類の物が一切効かないんだよね」
能力の説明の時のようにあっさり言うシオンに、レミリアは思考が追い付かなくなりそうになった。そして、一つのことを思ってしまう。それは、
「シオンって、本当に人間なの? 妖怪じゃなくて?」
と言うものだった。言外に化け物呼ばわりされたことに、シオンは溜息を吐いた。
「……そう思うのも無理ないけど、一応人間だよ。自分でも、人間の枠内から思いっきり外れているのはわかっている。化け物、人外、そう言われるのが当然のような生活だったし、戦場とかだと『死神』って呼ばれていたからね。まあ、これに関しては、俺の服装と使っていた武器のせいだから、自業自得なんだけど……」
シオンの表情は変わっていない。けれど、それは単に表情を動かしていないだけで、とても傷ついているのが咲夜にはわかった。それがわかってしまった咲夜は、シオンを傷つけたレミリア――自らの主に対して、睨みつけると言う暴挙をしてしまった。何故こうしたのか理解しないままに。自分がしたことを後悔しても、既に手遅れだった。
しかし、咲夜の視線を感じたレミリアは、少し顔を俯かせるだけで、咲夜を叱らなかった。それどころか、誇り高い吸血鬼らしからぬ行動を取った。
「……ごめんなさい」
咲夜の視線で、自分が何を思ったのか理解したレミリアは、流石に悪いと思ったのか、珍しく頭を下げて素直に謝る。レミリアが素直に謝罪するとは思わなかった咲夜は、別の生き物を見るような目で見てしまった。
(まさか、お嬢様が頭を下げるなんて……)
本当に従者なのか、と疑いたくなるような考えをしている咲夜に気付かないレミリアに対し、シオンは別にいい、と言った。
レミリアがこうも素直に謝ったのは、フランの事を思い出したからだ。フランも、その力のせいで化け物だと呼ばれた。その時の妹の表情を、レミリアは忘れていない。忘れられない。
ゆっくりと頭を上げたレミリアに、今現在の能力が発動できるかどうかを言った。
「とりあえず、吸血鬼の構成物質は大体わかった。けど、これはあくまでも『フランとよく似ている』だけだから、直接見ないといけないことには変わりない。参考になる物があると無いじゃ全然違うから、やった事が無意味という訳ではないけど」
「それもそうね。けど、一ついい? 髪の毛と血だけで構成物質の全部がわかるものなの?」
レミリアのもっともな指摘に、シオンは頭を掻いた。
「流石に大丈夫、とまでは言い切れないね。確かにその人物の肌とか臓器とかを見た方がいいんだけど……まあ、矛盾してるけど、大丈夫」
(言える訳が無いな……実は初めて会った時から、ここに来るまでに、バレないように注意して観察してたなんて……)
この方法は無駄に神経を使う。もし勘のいい相手をジロジロと眺めていたら、すぐにバレるからだ。
そのため、相手には悟られないように、且つ相手の細胞を把握できる最低量だけ集中しなければいけない。
この技術を覚えるのにシオンでさえ時間がかかったのだから、その難易度は察せるだろう。しかも、使っている間は無駄に神経が削られていく。その疲労度は無視できないほどだ。長い時間観察できること。そしてある程度の距離が離れていても平気なシオンの視力の良さと、観察眼の高さが無ければ、実現できなかった程なのだから。
(バレたらどうなるか……。これに関しては、言わなくてもいいか。と言うより、言いたくないだけだが)
そこで思考を止める。変な事を言った自分に疑惑の目を向け始めているレミリアに、嘘ではない範囲で言い訳した。
「まあ髪の毛で外を、血で内側をほぼ完璧に把握できた。そこから今まで知った構成物質と照らし合わせてみて、総当たりで確認したからな。だから、大丈夫なんだよ」
嘘でない。嘘ではないが、真実でも無い。けれどレミリアは一応納得できたのか、小さく頷くだけだった。
「そう……。一応理解できたわ。わざわざ説明させてごめんなさいね」
「別に気にする必要は無い。妹を助けたいんだろ? ならそれは当然だ」
その言葉にレミリアは苦笑する。良い人間なのか、ふざけた人間なのか、それがわからなくなってきたからだ。
「それで、そろそろ行くの?」
「ああ。もう前準備で必要な物は無いからね」
そう言って扉の前に行こうとするシオンに、咲夜は言い忘れていたことを聞いた。
「シオン、念のために武器を持っていかなくてもいいのですか?」
「え? ……ああ、いらないよ。そもそも話しをしに行くのに、なんで武器を持っていくんだ。戦いに行くわけでもあるまいし」
「ですが……!」
「くどい。どの道武器ごと『破壊』されれば終わりなんだ。だったら持っていかない方がいい。剣を持ってる相手と持っていない相手なら、持ってない方を信用するだろう? それと同じだ。リスクの方が大きすぎる」
それでも食い下がろうとする咲夜に、レミリアは頭を振って止める。
「お嬢様、何故止めるのですか!?」
「言っても無駄だってことは、既に理解しているでしょう? だから止めたのよ」
「そ、れは……」
図星だった。咲夜とて、シオンに何を言っても無駄なのは理解していた。それでも言わずにはいられなかったのだ。そんな従者の心情を理解できるレミリアは、どうしようか悩んでしまった。
(心配するかしないかを決めさせたのは私だけど……ここまでとはね)
レミリアはあの時のシオンの姿を知らなかったからこう思えるのだろう。
そもそも、レミリアはこの時点で――いや、最初にこの話を持ちかけた時に、気付くべきだったのだ。死ぬのを恐れている人間が、こんなゲームを受けるはずがないことに。
しかし、この時点ではレミリアはそれに気付くことはできなかったため、内心で頭を抱えることになった。
「とにかく、何を言っても無駄よ。それ以前に、シオンの言葉が正しいのだから。諦めなさい」
諭すように言うレミリアに、咲夜は何も言えない。そんな時に、シオンの声が届いた。
「別に平気だよ。武器を持って行くつもりは無いけど、対抗手段が無い訳じゃないし」
「え……? ですが、他に何が……」
シオンを頭から爪先まで見るが、殆ど何も持っていない。それ以前に、あんな恰好では暗器すら隠し持つのは厳しいだろう。能力も使ったところで無意味に近い。
しかし、シオンは咲夜たちにも言っていない武器があった。
「さて、行かせてもらうかな。……鬼が出るか蛇が出るか。とりあえず、即死だけは勘弁して欲しいところだね」
少しだけ冷や汗を流すシオンに、咲夜は申し訳なさそうに言った。
「……力になれず、申し訳ありません。お気をつけて」
「頼んだ私が言うのもおかしいけれど……死なないで」
二人の気遣いに頷き、濃密な死の気配が漂う部屋の中へと歩いていく。そして、部屋の中に入る寸前で一瞬だけ止まる。
(俺は、まだ死ねない。アイツを、奴を殺すまでは!)
それを胸に誓って、シオンは部屋の中へと進んだ。それと同時に、勝手に扉が音を立てて閉まった。
「♪……♪♪……♪♪♪……♪♪……♪♪」
真っ暗な部屋の中で形がある物は、少女と人だった何かだけ。そんな場所で、フランは歌を口ずさむ。遠い遠い昔に教わった歌を。
「♪♪♪……♪……♪…………♪♪」
そして、少女――フランは歌うのを止める。フランと同じか年下の男の子が部屋に入って来たからだ。
「ねぇ、私と遊ばない?」
その言葉に、男の子は固まってしまった。