『こんなの霊夢達じゃない!』と言われても全スルーします。ご了承ください。
辿り着いた里
「アンタ本当にどうなってんのよ――――――ッ!!」
迷いの竹林出て第一声が、それだった。
息を荒げ、肩を上下している霊夢。だがすぐにキッ、とシオンを睨むと、人差し指でシオンを指した。
「永遠亭からここに来るまでで何体妖怪が出てくるのよ。おかしいでしょ!? あんなハイペースで妖怪が来たら、幻想郷に居る妖怪根こそぎ狩り尽くされるんじゃないのって思ったわ!」
「って言われても、妖怪が来るのは俺のせいじゃないしなぁ……」
ボヤくシオンとて、どうしてこうなっているのか理解できない。そもそもまた体や服に血が付着している。いつもに比べれば多少マシだが、鬱陶しいのには変わりなく。
戦わないで済むのなら、シオンだってその方が良かった。
「アリスの話だとこの先に川があるみたいだから、そこで血を落としたい。大丈夫か?」
「むしろ里に入る前にそうしときなさい。血塗れ状態で言ったら里の人達がパニックになっちゃうから」
「助かる。――もうちょっと頻度を落としてくれれば血なんてつかなかったんだがな」
妖怪と出会う、と一口に言っても、それらは一つでは無い。正面から現れるモノ、奇襲をかけてくるモノ。二体同時に来るモノ、漁夫の利を狙って影に隠れ隙を狙うモノ。言い上げればそれこそキリが無い。
何よりの問題は、霊夢と一緒だった事に尽きる。霊夢は弱くない。どころか、幻想郷内では強い部類に入るだろう。だが未だ幼い体躯と精神、そこから生じる集中力の無さ、どこか
まぁそもそも、こんな頻度で出会う事などまずありえないのだから、霊夢の反応は別におかしくない。一対一なら大妖怪や足手まといでも居ない限り、例え鬼の中でも中程の敵であろうと勝てると、自信を持って言える。が、流石に何十の連戦は疲れた、その結果だ。
「霊力とかは問題無いけど、持って来たお札がそろそろ尽きるわよ。そうなったら弾幕くらいしか張れなくなるわ。針とかは流石にいらないだろうと思って持ってきてないし」
「余力を残してくれてればそれでいいよ。大妖怪――それこそ幽香並の奴でも出てこない限り、負ける気は無いから」
「……幽香って、風見幽香? 戦った事あるの?」
「一ヶ月くらい前に、一度だけ」
「よく生きてるわね、アンタ」
霊夢の知る限り、そして聞いた限りでは、幽香に会いに行って無事で済んだ者は、誰ひとりとしていない。予想できる範囲ではシオンが幽香に勝った、というものだが、それはそれで何か違和感がある。
「まぁ、見逃されたからね。背中ぶった切られて骨抉り取られて死にかけたけど」
「――聞かなかったことにしておくわ」
ああ、そうだ。これ以上突っ込んでいては気が保たない。と言うか何なの、それに骨を抉り取られたって。なぜそれで普通に歩いていられるのよ――!
と霊夢は思ったが、拳を握りしめて、耐えた。そのほかにも突っ込みたいところはある。だが全て黙殺した。
だが当の本人は霊夢の葛藤など知らぬのか、あっさりと言った。
「お、川発見。ちょっと洗ってくる」
「言う必要無いと思うけど、油断してパックリ逝かないでよ?」
「表現が何かおかしくないか」
「だって食われてあの世に行くって意味だもの。これでもいいでしょ」
「あの世、ねぇ。信じてるのか?」
「信じてるも何も、実際地獄とかあるし。閻魔もいるわよ? 死神とかも」
「……流石幻想郷。自分の眼で見るまでは完全に信じられないが、色々おかしいだろ。神様とかもいるっぽいし」
「神様? 見た事あるの?」
「あの人が神様だと言えるなら、一応……? 厄神様って言えばわかるか?」
「厄神様……ああ、名前だけは聞いた事あるわ。ただ近づかない方が良いって言われたけど――って、私の目の前で脱ぐとか、羞恥心無いの?」
あっさりと上を脱いだシオンに呆れる霊夢。が、シオンの反応は霊夢の斜め上を言っていた。
「――別に裸見られたって平気だろ?」
「……は?」
「見られて減るもんじゃないし、大体俺の裸なんて見て得するのか?」
言われて、霊夢はシオンの体を見る。傷だらけの、その体を。今の今まで忘れていた。霊夢にとって外見は記号にしかすぎない。だから傷を見ても「ああ、そういうものなのか」程度にしか思わなかったが、普通の人間ではそうもいかないだろう。
「ていうか、血を落としてもその体じゃどっちにしろ騒ぎになるんじゃ?」
「それはどうにかなるから大丈夫だ。とりあえず血を流さないと逆に面倒だから」
シオンの言葉の意味はわからないが、何とかなるらしい。シオンの裸体を眼に入れないようにしつつ、霊夢は、コイツって本当に男なのかしら、などと思った。
そんな彼女の心情等露知らず、シオンはまず服を手洗いし、続いて髪を梳き、最後に体を流して血を落とす。どこか手慣れたように見えるのは、果たして何故なのだろうか。
「よし終わり。いつでも出発していいぞ」
「私としてはもう少し涼んでいたいところなのだけど。まぁいいわ。行くわよ」
さり気なく素足を晒して水に浸けていた霊夢は、川から足を出すと霊力を使って水気を全て吹き飛ばし、靴を履く。
ついでに周囲の気配を探るが、今のところ何かが近づいてくる気配は無かった。ここから里までは数時間単位かかるため、いずれ遭遇する――というか、シオンが傍にいる事を考えると、今すぐに来てもおかしくはない――だろう。
「シオン、川に沿って行きましょう」
「それはいいが、どうしてだ?」
「川を背にすれば、少なくともある程度の余裕が出るでしょう」
その言葉で即座に察せられるのは、シオンが戦闘者だからだろう。要は、霊夢は川の流れと共に歩けば、片面のみに注意していればいい。仮に川のある方から奇襲されても数秒の時間を必要とするはずだから、自分達なら対応できるだろう、と言っているのだ。
「……川の中から現れたら?」
「その時はその時ね。まぁ、多分来ないでしょう」
「根拠は?」
「勘」
こう言うといつも呆れられるのだが、シオンはふむと頷き一考するだけだった。
それに面食らうのは霊夢だ。予想に反したその態度に、つい聞いてしまう。
「驚かないの?」
「え? ――特に驚く必要があるのか?」
「驚く必要……って」
「霊夢は自信を持ってそう言い切ってる。疑問符を浮かべながらなら呆れただろうけど、そういうわけでもないし。だったら驚く理由は無いよ」
コレはコレで呆れた理由だ。霊夢の言った『勘』と同じく、何の根拠も無い。なのに――霊夢は何故、それを『嬉しい』と感じたのか、ついぞわからなかった。
「は、話しは終わりよね? 里に行くわよ」
「わかった」
クルリと背を向け、足元にある石や岩に気を配りつつ霊夢は歩き出す。だがその歩き方に若干の焦りがあるのは、シオンの気のせいだったのだろうか。
太陽がほぼ天変に差し掛かる頃になって、ようやく里が見えてきた。道中妖怪に何度も出会って里への道を間違えかけたりと何度かハプニングもあったが、何とか辿り着いた。
「……疑って悪かったわ。確かにアンタの運の悪さは筋金入りね」
「だろう? 誇りたくなんて無いけどな」
もうやってらんない、という感情がありありと浮かび上がっている二人。それでも何とか気を取り直し――そこでシオンが気付く。
「魔理沙と――後二人、誰だ?」
シオンの視力の高さ故に気付けた事だが、当然霊夢には見えない。だが、その三人がどうしてそこにいるのかは知っていた。
「どうせなら案内人が居た方が良いと思ってね。頼んでおいたのよ。魔理沙は勝手について来ただけじゃない? 頼んでないし」
意外な面倒見の良さを見せる霊夢。それに驚きつつも、シオンは三人の姿が良く見えるところにまで近付いていく。途中でシオン達に気付いたのか、長身の女性が手を振って来た。
三人も歩きだし、シオンに近づいてくる。だがその歩みは、シオンの姿をはっきりと視認した瞬間止まってしまう。絶句している二人と、あーあと頭を振っている魔理沙を疑問に思いつつ、シオンは三人に近づいた。
「貴女達は?」
「え、あ、ああ……私は上白沢慧音。寺小屋の先生と里の守護者を兼任させてもらっている。君がシオンだな。霊夢から聞いている。今日はよろしく頼む」
どことなく男勝りなその口調。そこに違和感は無く、シオンに『そういうものか』と思わせる雰囲気があった。
ただ――彼女から、人間では無い別の何かを感じるのは、気のせいなのだろうか。
そんなシオンの疑問は言葉という形となる前に、慧音の横に立つ少女が口を開く。
「私は藤原妹紅。隣にいる慧音とは友人だ。里については慧音程詳しくないけど、多少話をしてくれれば、その、嬉しい」
最終的には顔を赤く染めて慧音の服の裾を掴む妹紅。
彼女はシオンと同じ、見ようによっては銀にも見える白髪のロングヘアーと、これまたシオンと同じ真紅の瞳を持っている。その銀のような白髪には白地に赤のある大きなリボンが一つと、毛先に頭上のリボンを小さくしたような物が複数個ある。
上は白のカッターシャツ、下は何故か紅いもんぺのようなズボンを、シオンにはよくわからない何かで吊るしている。また、ズボンの各所には護符か何かが貼られてあった。この服の形状をどこかで見たようなある気がするのだが、思い出す――頭の中から掘り返す――のも面倒なので、諦めた。
それよりも気になる点は、
「……不老不死?」
輝夜や師匠と同じ気配を、この少女から感じ取れる事だ。
シオンの呟きは全員の耳に入っているらしく、目を丸くしていた。シオンの確信的な口調から妹紅が不老不死であるのを見抜いているのを理解する。
「何故、私が不老不死だとわかった。私が不老不死であるのを知っている人間は、余りいないはずなんだけど」
「貴女から感じる気配が、知り合いによく似ていたから、そうだと」
「知り合い?」
「蓬莱山輝夜と師匠……と、八意永琳だ」
つい師匠と言ってしまったシオンは慌てて訂正する。だが、妹紅は何とも言えない、かなり微妙な表情をしていた。
「妹紅?」
「――いや、すまない。輝夜とは顔見知りでな。ところで、どうして永琳の事を師匠と?」
「一か月前に大火傷を負ってね。その時てゐに運ばれて永遠亭に辿り着いたんだが――その後色々あって、俺の荒削りだった戦闘技術を整えたりしてくれた。その他にも人間的に尊敬できる部分があったから、師匠と呼ぶようになった」
もし永琳が人間的に受け付けられなかったら、シオンが彼女を師匠と呼ぶ事は無かっただろう。その点は彼女の人間性が良いモノだったと言える。
「そうか。一月前――ん?」
何となく、妹紅は頭の中に引っ掛かりを覚えた。
(一か月前。大火傷。永遠亭に近いって事は、迷いの竹林辺りのは、ず――ッ!?)
そこまで思い至った瞬間、妹紅の頬が一気に引き攣った。そうだ、あの後彼女と出会った時、こんな事を言っていた。
『しばらく喧嘩はやめましょう。周りに迷惑がかかるから』
その言葉の意味は、まさか。
「どうした?」
「え? あ、あぁいや何でもないぞ!?」
体を仰け反らせて、半ば叫び声を上げながら妹紅は一歩後ろに下がる。だがこの反応、どう見ても何かがあると言っているようなものだ。
そこで、ふと慧音は呟く。
「そういえば一月前って、
「いや私は何も知らない! 私の放った炎がシオンを燃やしたとかそんな事実は一切無い!」
『は?』
「あ――」
シオンの、霊夢の、魔理沙の、そして慧音の視線が妹紅に集中する。
「コレはつまり、どういう事なんだ?」
「状況から判断して、妹紅の攻撃が結果的にシオンに当たった」
「あぁ、こりゃ
「う、うぅ……私だって、まさか当たってるなんて思ってなかったんだ」
「……あの時近くにてゐがいたはずなんだけど。少なくとも、それを頭の片隅に入れてなかったのか?」
「グフッ!」
何かがグサリと妹紅を貫き、四つん這いに倒れる。そうだ、確かにあの時てゐが傍に居て、慌てて逃げていた――ような、気がする。
「そもそも何が原因で争ったのか気になるんだけど」
シオンの言葉に、妹紅の背が震える。
「それは妹紅の愚痴で聞いたような……確かタケノコとキノコはどっちが至高か、だったか。意味が解らなくて放置していたが」
「うっわ、それは無いわ。そんな理由でなんて」
「ありえねぇ……子供かよおい」
意味が解っていない慧音と違い、霊夢と魔理沙ははっきりと理解していた。理解して、妹紅にドン引きの視線を送っている。背中でそれを感じた妹紅は、恥ずかしさから消えて無くなりたいとすら思う。
「なあ霊夢。タケノコとかキノコって何の話だ?」
「うーん、具体的に説明しろと言われても難しいわね。タケノコとキノコくらいは知ってるわよね?」
「ああ。キノコは昔猛毒とか幻覚作用を持ったのを喰った事がある。タケノコはつい最近見た」
「うん。前者については聞かなかった事にしておくわ。それで、その二つを模したビスケット? クッキー? の頭にチョコレートをかける。コレで完成……なんだけど」
「なんだけど?」
「この二つのどれが良いのかって話になって、血みどろの戦いが起こったんだぜ」
「血みどろの!?」
「もっぱら鼻からだけどな。チョコレートの食い過ぎで」
「…………………………」
言葉も出なかった。
「今は『皆仲良く』って結論に落ち着いてるけど」
「水面下では未だに両者は争い合っている――そんな、益体も無い争いだぜ」
「ちなみに私はタケノコ派」
「私はキノコ派だぜ」
「「……………………」」
「タケノコの方が良いに決まってるでしょ! キノコとか何よ! ビスケット部分が小さくてチョコも少ない! それに比べればタケノコはビスケットもチョコも両方でかい! こっちのがお得だし上手いわ!」
「は! そんなんだからお前は貧乏人なんだよ霊夢! タケノコがでかい? ビスケットやチョコが多い? バカか! いいか、確かにキノコは小さい。だが! 小さい分コストは少なく、だからこそ多く生産できる! つまり、長く味を楽しめるって事だ! さっさとタケノコを食い尽くして私が横でキノコを食ってるのを何度見た? 言ってみろよ霊夢!」
「キノコなんて、傘部分を食ったら後は出涸らしそのものじゃない! タケノコは最後までチョコの味が楽しめる! 傘の分離なんてして取って部分はポイする奴が後の絶たないキノコ信者共に比べれば、こっちは皆一致団結しているわよ魔理沙!」
「分離しているのは一部のクソったれどもだけだぜ! 本当の信者なら、取ってまで全部食ってこそ! 一部だけを批判してそれを全体がそうだと言うなんて見損なったぜ霊夢!」
「な、アンタねぇ!」
「んだよ事実だろうが!」
「だからって――」
「そっちこそ――」
その言い合いを目の当たりにして、慧音がふらついた。
「……あぁ」
「大丈夫か?」
身長差的に受け止めるのは難しいが、支えるくらいはできる。
「すまない。ちょっと……な」
「その気持ちはよくわかる」
『何て無駄な争いだ……』
コレが、人の本性だと言うのか。醜い。醜すぎる。世の無常を嘆く二人。
もし他者がこの光景を見れば、こう思うだろう。
「何コレカオス――」と。
何とか正気に戻った二人は、顔中を真っ赤にして縮こまっていた。言い終えてから恥ずかしさがジワジワと来たらしい。後ろでウンウンと頷いている妹紅が憎らしかった。
「ゴッホン。……里、行きましょうか」
無かった事にしてくれるらしい。三人は慧音に心底からの感謝を捧げた。慧音の横で呆れているシオンは完璧にスルーして。
だが流石に妹紅はスルーできなかったのか、おずおずと話しかける。
「そ、その……怒ってないか?」
「何に?」
「大やけどの件について……だ。知らなかったとはいえ怪我を負わせてしまった。言いたい事があれば言ってくれ。素直に受け止めるから」
「と言われても……特に言う事なんてないぞ?」
「え? いや。いやいやいや、何かあるだろう? よくもやってくれたな! とか、そんな感じの」
「いや、本気で無いんだが……」
困っているシオンだが、それに気付かず妹紅は言い募る。
「そんなはずはない! 君は人間だろう? その左半身と眼帯は、もしかして私の炎が原因なんじゃないか? だったら――」
「……いいよ、別に」
通常よりも低い、声。
だが明確に『不機嫌だ』とわかるそれに、妹紅はたじろぐ。
「少なくとも妹紅の炎とこの火傷は無関係だ。それ以前に、あの時の事は
「だが」
「俺は貴女を恨んじゃいない。これ以上言われても――いや、いい。その気持ちだけ受け取っておくよ」
――それに、この外見はそろそろ何とかしようと思ってたし。
その呟きと同時に一歩先に進むと、シオンの体が凄まじい勢いで治っていく。傷痕は消え、火傷は顔の皮膚と同じ瑞々しいモノに変わる。髪にも艶が入った。
「さて」
後頭部に手を当て、眼帯を外す。即座に霊夢達にバレないよう、永琳から手渡された義眼を埋め込んでおく。
「それじゃ、案内を頼んだ」
『…………………………』
まるで人間ビックリショーの如く変わりまくったシオンの外見。だが、と思う。シオンの顔だけ何故ああも綺麗だったのか。その理由がコレだったならば理解できる。
「ねぇシオン。触ってもイイかしら?」
「構わないが、霊夢、どこか発言がおかしくなかったか」
「気のせいよ」
シオンの疑問をあっさり斬り捨て、霊夢はシオンの腕に触る。火傷の腕とは違い、とても肌触りが良い。いつまでも触りたくなるくらいだ。
「スベスベだし、プニプニだし、でも芯はしっかりしてる……何コレ、クセになるんだけど」
「マジか? な、なぁシオン。私も触ってもいいか?」
「いやいいけど。そんなに楽しいのか?」
それに答えは無く。
その後妹紅と、何故か慧音が参加した事を、ここに記しておく。
「結局何時になったら里に入れるんだ?」
そんなシオンの言葉にようやっと彼女達は正気を取り戻す。流石にコレは全面的に彼女達が悪いため、罰の悪そうな顔をしていた。
とはいえそれを気にしてまた何かが起こっても仕方がない。そう思ったシオンは気にしていない旨を伝えようとして――
「魔理沙。ここにいたのか」
「っげぇ、親父!?」
――また、何かの横槍が入った。
シオンの位置からは魔理沙の父親の姿が見えない。わかるのは、目の前にいる魔理沙がとてつもなく嫌な顔をしているくらいだ。
(――何かあったのか?)
シオンは魔理沙の事情をほとんど知らない。現状でわかったのは、魔理沙は、少なくとも父親とうまくいっていない、事くらいだろうか。
「何でここに親父が居るんだよ!?」
「親を舐めるな。さあ家に帰るぞ。母さんが心配している」
「ッ――うるさいんだよ! いつもいつも『魔法使いになるのはやめろ』って! 私がどうしようと私の勝手だ!」
「私をどう思うは勝手だ。……だが少なくとも、母さんに顔を合わせるくらいはしなさい。それくらいはしてもいいはずだ」
それを言われると、弱かった。魔理沙は父親と折り合いが悪い。だが、母親だけは、魔理沙の夢を否定しなかった。受け入れてくれた。だから。
「……わかった。母さんに挨拶、するよ」
「そうか」
どことなくホッしたように思える声。そのまま背を向けて、魔理沙の父親は歩き出す。シオン達に口パクで「すまねえ」と言いつつ、渋々魔理沙はついて行った。
前を歩く父親と、その後ろをついて行く魔理沙。その光景は、どこにでもある極ありふれたものなのだろう。
「……家族、か」
「シオン?」
そんな光景が、酷く眩しかった。
里に入ってまずしたのは、軽食を摂る事だった。もちろん朝食はきちんと食べたが、それも数時間前の話。今は空腹だ。
「ここは里でもうまいと有名でな。ただ店主がそろそろ限界だそうで、もう少ししたら閉店してしまう。間に合ったのは運が良かったよ」
確かに、包丁を握り、鍋を振る姿には、どこか精彩が無い。それでも料理が不味くないのは、彼の料理人としてのプライド故だろう。まさしく『料理を振るう鉄人』のようだった
ほどなく運ばれてきた料理。一口食べて理解した。コレは、彼の人生、その集大成だと。
「……コレは、あなたが最も自信のある料理で、よっぽどの事が無ければ振る舞わないモノのはずだが」
そしてそれを詳しく知る者が、ここにいた。
「いいえ、いいんですよ。私は料理人としては限界だ。家で、家族に対して出す料理ならまだ作れる。でも、店で、『コレが私の作った物だ!』と胸を張って言える物は、多分、それが最後になるでしょう」
「そんな事は」
「あるんです。誰よりもそれをわかっているのは私です。……だから、まあ」
ポリポリと、頬を掻きつつ、恥ずかしそうに彼は告げる。
「今まで世話になった先生に、せめてものお礼を、と思いまして」
「そうか……それは、すま――いや、ありがとう」
「どういたしまして。さ、坊ちゃんと嬢ちゃんにはおまけのデザートだ」
照れ隠しなのか、台に隠れて見えなかったデザートを取り出し、シオンと霊夢の前に出す。慧音と妹紅には食後のお茶を出した。もちろん冷たいものをだ。
妹紅は小さく礼を言うと、少しずつ飲む。その様子を、しょうがないなぁと苦笑いしている慧音と親父。妹紅の人見知りは、かなり知られている事らしい。
そこで、シオンは思いだした。
「そういえば、俺はお金なんて持ってないんだが……」
「え? ああ、大丈夫だ。ここは私が奢るさ。だから心配しないでいい」
それを聞いてニヤけた笑みを浮かべたのは霊夢だ。おおかた昼飯代が浮くとでも考えているのだろう。
「その、すまない」
「気にしないでいい。コレでもそこそこ貯金はある。私はあまり遊ばない人間だから、金はこういった時にでも使わないと貯まる一方なんだ」
苦笑を浮かべて言う慧音に、親父はニコヤカに告げる。
「だったらその金でうちの孫とパーッ結婚式でも挙げてくれませんかね? 貴女だったら大歓迎です」
「はは、それは御冗談を。私は誰とも付き合うつもりはありませんよ」
「これは残念。孫にもそう伝えておきましょう」
慧音が敬語になっているのを感じ取って、コレは脈無しと思ったのだろう。親父は素直に引き下がった。
「腹の調子も落ち着いたし、次はどこに?」
「そうだな……一応お互いの姿を見失った時のために、目印になるところでも決めておこうか」
「それなら寺小屋がいいんじゃないか? 一応アレは里の中心近くにあるからな」
「私は異論無いわ。正直この話もシオンのためだし」
わいわいと、シオンのために話し合う三人。しかしシオンはそれを聞くでもなく、ある方向へ振り向いた。
「え――この、気配。まさか」
まさか、まさかまさかまさかまさか。ありえないと思った。気のせいだろうと思った。だけどこの気配を、忘れるはずが無い。
愕然として立ち止まるシオンに、霊夢が肩を掴もうとしたその時。
もう既に、シオンは消えていた。ただ、『彼女』の元を目指して走りゆく。
そして、また運命は交差する。特別でもなんでもない場所で。
「八雲――紫イイイイイイイイイイイイィィィィィィィッッッ――――!!」
シオンはただ、彼女の元を目指すのみ。